チュンチュン・・・チュン・・・
「・・・・・・グァ?」
朝日と小鳥の囀りで青年は重い瞼をこじ開けた。
体を起こして自分を見れば、包帯が左肩から腹にかけて幾重にも巻かれており、その上から薄い布をかけられていた。
「???」
青年は自分の身に何があったのか分からず、混乱した。
おぼろげに覚えているのは、目の前に広がる緑豊かな森林が見えた後、突然体が引き込まれるような感覚に襲われ、そして・・・気が付けばここで寝かされていた。
周りを見渡すと、自分が逃げ出そうとした研究室の面影はなく、美しい外装を施した生活用具らしき物が溢れる部屋だった。
「??????」
訳がわからず、思わず顔を傾げる青年。
その時、目の前の扉が静かに開けられた。
「ッ!!」
突然の事で反射的に跳ね起き、青年は扉と距離を取った。
もしもまたあの研究員だったら・・・そう考える青年だったが、その予想とは違う人物が入ってきた。
「あら、目覚めたのですね。」
そう言いながら一人の優しげな少女が、手に桶と布巾を持って現れた。
「・・・・・・グゥルルルルッ」
しかし、青年は先程まで自分が寝ていたところに腰掛ける少女を威嚇し続けた。
そんな様子を見ていた少女は、ホッと息をついた。
「良かった。体中に傷があったようだったので、心配したのですが・・・そのご様子なら大丈夫そうですね。」
「・・・・・・」
青年は少女が危害を加えるつもりが無いと判断すると、距離は取ったままだが、威嚇するのを止めた。
ジーッと見つめる青年に少女は疑問に思った。
「もしや・・・貴方は話すことが出来ないのですか?」
「・・・・・・」
何も答えない青年の反応を見て、少女は理解した。
しかし、此方の言葉には反応しているところをみて、一応言っていることは理解出来ているようだった。
そう考えていると、後ろの扉が勢い良く開け放たれた。
再び驚いた青年は少女と扉、どちらにも距離を取るように飛び退いた。
「協、そやつの容態はどうだ?」
そう言って長髪を靡かせて少女が部屋に入ってきた。
協と呼ばれた少女は溜息をつきながら口を開く。
「弁姉さま、そのような開け方は以前止めてくださいといったはずですが?」
「硬いことを言うのではない、協よ。・・・ほう、もう動けるのか。」
弁と呼ばれた少女が青年に目を向けた。
その青年は威嚇こそしなかったが、黒い髪を逆立てて睨みつけていた。
その様子を見た少女―――劉弁は、再び妹の劉協に視線を戻した。
「協、こやつの名は分かったか?」
劉協は首を横に振った。
「いいえ。・・・それが、この子は此方の言葉は理解できるようなのですが、話すことが出来ないようなのです。」
「・・・そうか。」
そして再び青年に視線を戻す劉弁。
未だ睨んだまま二人から目を離さない青年に、劉弁は目線を同じにして言う。
「案ずるな。お前に危害を加えるつもりは、此方には無い。だから、此方に来てはもらえないか?」
暫く青年は劉弁を見て唸っていたが、やがてゆっくりとだが頷いて近寄ってきた。
その様子を見守っていた劉協はクスリと笑った。
「たまに弁姉さまが凄いと思いますよ。」
「フッ、相手と同じ目線で想いをぶつければきっと答えてくれるものさ。」
床に座った青年に、今度は劉協が立ち上がって近寄った。
「私の名は劉協。ここ洛陽にて中華を治める皇帝『霊帝』を母とする者です。」
「私の名は劉弁。隣の協の姉にして、王室第一王女だ。」
二人は自己紹介すると、寝台へと座った。
すると、今度は青年が口を開いた。
「協・・・弁・・・名前・・・一刀・・・」
途切れ途切れだったが、それでも青年―――一刀は自己紹介を返した。
その姿に一瞬目をキョトンとさせた二人だったが、やがて微笑んだ。
「えぇ、宜しくね。一刀。」
「話せるんじゃないか、一刀。宜しくな。」
劉弁は一刀のボサボサの髪をワシャワシャ撫でながら、言った。
そこにグゥ~ッという二つの可愛らしい音が鳴った。
?マークを掲げ首を傾げる一刀に、目の前の少女達は顔を真っ赤にした。
「・・・・・・そういえば、まだ朝食がまだだったな。」
「私も、です。一刀の世話ですっかり忘れてましたね・・・」
だがグギュルルルルルっというその二人の声よりも大きい音が、一刀の腹部から聞こえた。
腹をさする一刀に二人は吹き出した。
「クックック・・・そうか、一刀もか。」
「フフッ、では三人で参りましょうか。・・・きっと母様もおらっしゃる頃だと思いますし。」
「?」
首を傾げる一刀だったが、誘われるがままに、二人の後を付いて行くのであった。
恐らくその時食堂に入った者達は必ずこう思っただろう。
・・・・・・なんだこのうず高く重ねられた食器は、と。
ある一角のテーブルにてその元凶は未だ料理を貪り食っていた。
同席している二人の少女、劉弁と劉協はポカーンと眺めていた。
その片っ端から料理を凄まじい勢いで平らげていくその姿は、むしろ気持ちの良いものだった。
そう、誰であろう一刀である。
――――――時間を遡る事数十分前。
「これはこれは、劉弁様、劉協様ではありませぬか。如何にされましたか?」
調理場に居た料理長共々珍しく食堂に食べに来た二人を暖かく出迎える。
「あぁ、偶にはここで朝食をと思ってな。・・・母上はまだ来ていないのか?」
「いえ、まだでございます。恐らくはまだ起床をされていないかと・・・」
「全く、母様はまた寝坊ですか。一体いつになったらキチンと起きられるようになるのかしら?」
その時、料理長が後ろで所在無さそげに立っている一刀に気が付いた。
「劉弁様・・・あちらの御人は一体・・・?」
「いや何、私達の客人だ。・・・さて、料理をお願いしてもいいか?」
「はい、畏まりました。すぐにお持ちいたします。」
長年の経験で料理長はそれ以上の詮索をすることなく、奥へと引き下がった。
それに伴って他の料理人達も下がって行くのを見て、劉協は椅子に座った。
「それにしても、ここに来るのは久しぶりですね。いつ以来でしょうか・・・」
「もう随分と来ていなかったからな。・・・母上と最後に来てから6年も経つのではないか?」
そう二人が思い出話に浸ろうとする時、三人の手元に料理が届いた。
「お待たせしました。」
「・・・そうだったな。ここは頼んだらすぐに来るんだったな。」
「美味しく、早くお届けするのが私どもの矜持ですので。」
置かれた料理を見ながら苦笑する劉弁。
だが、劉協は一刀の方を見たまま無言でいた。
それを見た劉弁と、その料理人は不思議に思って一刀を見た。
そこには、既に食べ終わっていながら次の料理はまだかと目をランランに輝かせながら待つ一刀の姿が。
顔を引き攣らせながら劉弁は言った。
「一刀」
「?」
「お前、もう食べ終わったのか?」
「・・・・・・。(コクリ)」
三人に届けられた料理は、二人は量が決められているので然程多くは無かったが、一刀のは軽く二人前位の量があったのだ。
だがほんの少し目を放した隙に食べ終わっていて、しかもおかわりを所望しているとは。
これに対して料理人は目を燃え滾らせた。
そして、すぐさま調理場に駆け戻ったと思うと、今度は大量の料理を持って来た。
恐らく話を聞いたのであろう料理長達が、厨房から顔を出して此方を伺っていた。
一刀の目の前に置かれていく大盛りの料理の数々。
劉協と劉弁に「食べてもいいの?」というような目線を一刀は送る。
―――――――――キラキラさせながら。
それにたじろぎながら劉協は頷き、劉弁は「あぁ、いいぞ」と言った。
その瞬間、一刀の目の前にあった大盛りマーボー豆腐が消えた。
『!!??』
その光景にその場にいた全員が目を剥いた。
その間にも次々と料理は一刀の喉から引き締まった腹へと吸い込まれていく。
そして、一刀の腹VS料理人魂の勝負が始まった。
――――――――以上回想終わり。
「料理長、もう腕が限界です!!」
次々と料理人達が筋肉痛で倒れていく中、それでも尚料理長はたった一人でその逞しい腕を振るっていた。
「馬鹿者!!お客様が求められる限り、それに対して答えることが料理人魂というものなんだ!!」
未だ一刀の暴食が止まらない中、遂にテーブルから料理が消えた。
「料理長ッ!!」
「ヌゥオオオオ!!」
そして数十分後・・・
―――――料理長は、木椅子で燃え尽きていた。
一方一刀はケプッと可愛らしいゲップを一つすると、立ち上がりながら言った。
「料理・・・よかった・・・」
その一言に、料理長はフッと笑って気絶したのであった。
積み上げられた皿を見る劉協は溜息をついた。
「一刀、満足しましたか?」
それにコクリと頷く一刀。
「では、母様の元に向かいましょうか。弁姉さま。」
「・・・えぇ、わかったわ。皆、今日はすまなかったな。」
『いえいえ・・・またお越しくださいませ・・・』
そういって料理人達は後片付けをし始めた。
それを申し訳なく思いながら、劉弁は一刀に言った。
「一刀」
「?」
「腹が減っているとはいえ、あまり皆を困らせるなよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・グゥ。(コクリ)」
あまり納得してないようだったが、それでも一刀は劉弁の言うことに頷いた。
それにフフッ笑った劉協が、一刀の頭を撫でた。
一刀はそれをくすぐったそうにしながらも、目を瞑って気持ち良さそうにしていた。
劉弁はその様子を見て微笑みながら、三人は霊帝の待つ政務室へと歩を進めた。
・・・・・・ちなみに余談だが、その日は宮中の食料庫がほぼ無くなってしまったそうだ。
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第二話。
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