No.207234

真白の童と亡八の鬼 第1話

ate81さん

第1話。
少女と出会い、鬼と再会する。
この話まではライトノベルを目指して、なんとか軽い感じにしようとしていました。
しかし、次の話からだんだん文体が暗くなっていきます。
オリジナル作品は自分の素が前面に出てくるので、なんとか抑えたいとは思うのですが。

2011-03-20 17:10:22 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:2246   閲覧ユーザー数:1912

 

 

第1話 残苦と意志、それと獅子

 

 

雪原を越えて、俺は病院を目指した。

雪を蹴散らし地面をくり抜いて作られたすり鉢ような集落のど真ん中、そこに病院はある。集落の入り口は、数人の歩哨が立って出入りを監視していた。

「俺だ、病人がいるから、はやく!」

 撃たれても困るので、一旦停止する。

「お、おお! 念のため銃を――」

「腰についてる、とってくれ」

両手がふさがっているため、顎で指し示す。中年の歩哨は慌てて俺の上着の下、ホルスターから銃を抜き取り、確認し、弾を抜き取って元に戻す。

「よし、通って!」

「おう!」

 急いで集落の中に入る。

 入り口から坂を下ったすり鉢の底、ど真ん中の建物を目指して走る。

ようやくお日様がのぼって比較的暖かくなり、家に籠もっていた人たちが、少しずつ外の様子をうかがい始める頃で、何人かが俺の必死の形相に驚いて、わっと飛び退き雪山の中に足をつっこんでいた。

「何事かね!?」

雪かきをしていた老人が声を掛ける。

「病人だ!」

俺は走りながら答える。

その大きな声に、周囲がざわめき出す。えらいこっちゃの大合唱。おい、そこ、合掌するのはまだ早い! まだ生きてる!

なんだなんだと、人が集まり、こちらを見る。それに構う余裕はなく、俺はようやく見えてきた赤い煉瓦の二階建て、軍営兼倉庫兼病院の入り口に駆け込む。

「軍医! サツカ先生っ」

 入り口のすぐ近くの扉を開け放ち、彼女の名を呼ぶ。

「急患だ!」

 ありがたいことに軍医殿は暇そうにしていた。イスに座り机に肘をついていた体勢から体を起こし、こちらを向く。

「はいはい、どうしました? あら、ノイさん。戻ってきたんですか」

口元に笑みを浮かべ、目は眠たげ。これが常態の軍医先生。外していた眼鏡をつけて、立ち上がる。

「急患を雪原で発掘した」

 と、真っ白少女を差し出す。

「ああ、お仕事見つけてきてくれたんですか」

 少女を受け取ると、ベッドに寝かせる。

「診察しますから一応あっち向いていてください」

「ん……ああ、そういうことか。了解した」

 診察が終わるまで窓から外を眺める。

「特に危機的状況、というわけでは無さそうですよー」

 間延びした声がカーテンの向こうから聞こえる。

「雪に埋もれて気絶したから、危ないかと思ったんだが」

「凍傷は重くありません。というよりですね……これは単に寝ているだけです」

「んあ!?」

 思わず大きな声をあげる。

「馬鹿かその子……俺も」

 焦った自分が恥ずかしい。

「歩きづめだったんでしょうね、足が一番痛々しい」

「……集落の付近、共和国寄りの雪原に倒れてたんだ。一番近いシエダ村か、あるいは」

「壊滅した集落の生き残り、ですかねぇ」

 この集落は東西南北100里以上にわたって広がる大雪原に存在する。雪原の東半分は大国、イースリス共和国に属し、西半分はラス女王国に属しているが、その境界は曖昧だ。特に近年は女王国側が共和国領を浸食してきている。おかげでいくつかの集落が軍によって蹂躙され、無惨な状況に追い込まれた。

「珍しいですね、真っ白な髪。街では目立ちそうだけど……この雪原なら」

「ああ。肌も白いから、雪に埋もれていたとき気づかず踏みそうになった」

 嘘だ。思いっきり踏んだ。

「さて……と」

 と、女医がカーテンを開け、診療録をつけながら口を開く。

「とりあえずこちらで預かりましょう。あの子が目を覚ましてからじゃないと、事情も分かりません」

「そうだな。それじゃあ、よろしく頼む」

 俺は立ち上がり、診察室から出ようとしたところで、

「待った!」

 いつもののんびりした動きからは考えられ無い速度で、サツカの手が俺の腕を掴んだ。

「あなたも病人でしょうがっ」

「いや、俺は健康体だ。つま先から頭の先まで」

「ほう。全治1ヶ月の傷が2週間で治ると? 絶対安静とはいいませんが、うちのベッドで寝ていてください」

「ふぅ……」

 服を掴まれ、引き寄せられる。

「あなたが女王国の人間だからって、遠慮することはないんですよ? もう、5年以上前のことではありませんか」

「……ああ、もう、そんなに前になるか」

 患者用のイスに座り、過去に思いをめぐらす。

 かつて、俺が所属したラス女王国軍。7年前、その指揮官の一人として、俺は共和国軍と相対した。女王国軍の第一目標は大雪原を横断し、気候温暖な地域に拠点を得ること。もう一つは大雪原から共和国軍を一掃し、女王国本領の壁とすること。

 数回の会戦と、拠点の取り合い。砦を築き、破壊し、建て直し。結果として、女王国軍は撤退、共和国軍は一応の勝利を得て、大雪原はそれ以降両国の緩衝地帯となった。

「とはいえ、きな臭くなっている現状からしてみれば、俺が共和国の集落内部に居続けるのもまずかろう」

「そんなこと……戦争になったら、あなたは、女王国に帰るのですか?」

 半ばおろしていた瞼を見開き、俺を真正面から見つめる。

「まさか」

 ため息をつき、首を横にふる。

「帰るわけにはいかないよ。といって、共和国軍とも肩を並べて戦えない。どっちつかずではあるが、集落の周囲で、遊撃役でも勤めるさ……」

「……いつも集落の外で寝泊まりしているのも、同じ理由ですか」

「そうだ。恨み言ならいくらでも聞くが、寝首を掻かれたくはないからな」

「味方にも敵にもなりきれない。私たちもあなたも……つまり、もう少し時間が必要ということ?」

「ああ」

 多分それは、10年過ぎても、まだ足りないだろう。

「というわけで俺は行くぞ。数日ごとに顔を出すから、あの子の事でなにかあるならその時――」

「いーえ。病気の間はここにいてもらいます。病人を見捨てるほど不感症じゃないんですから」

「おいおい」

 彼女にとって病院は自分の城、その中に入った俺は捕虜みたいなものだった。抵抗むなしく拘束され、俺はベッドに寝かされた。

「病人の気分だ」

「病人ですからあなた」

 さすがに縛り付けられる事はないが、ここまでされて無理に起き上がって外に出る気もおきず、午睡としゃれ込むことにする。寝て起きたばかりで、なかなか深い眠りには入らず、用意された小説など読みながら、まどろみまどろみ、いつのまにか外は夕暮れ。

「はぁ」

 ベッドから出て少し体を動かし、調子を確かめる。

 健康体というのは嘘ではない。傷は治っている。女王国軍の男は、外傷の治癒が極端に早いのだ。

 上着をはおり、オーバーシューズを履く。耳当てをつけ、帽子をかぶり、最後に手袋をつける。夕方になり気温は急転直下、これでもまだ寒そうだ。

 これから集落の外に出ていくつか候補のある小屋へ向かうつもりはない。この時間帯に動くのは危険だし、市場が閉まっている今、食料の確保もできない。

 ただの散歩だ。

 ただの。

 

「お、旦那、外出かい?」

 集落の出口、物見櫓から声を掛けられる。何度か立ち話をしたことがある知己の男だった。

「散歩だよ。念のため、銃弾を分けてくれるか?」

「了解、旦那のは7発だったね……ほいよっ」

 と、弾の入った革袋が、櫓にかかった紐に通される。紐を引っ張り、手元に革袋を寄せて、銃弾をとりだし、銃に装填する。

「ありがとう」

 礼を言って外に出る。

 黄昏が、周囲を赤く染めていた。足下の雪を蹴飛ばせば、血しぶきのごとき様になるだろう。

 降雪は完全に止んでいて、風もなく、地平線の先まで見通せそうだった。

「さてと……」

 まずは集落の外縁をひとまわりすることにする。

 集落は木の柵で囲まれており、その機能は砦一つに匹敵する。

 柵に破れはないか。周りに害獣はいないか。この確認は一時間もかからない。まだ陽は沈んでいなかった。集落の入口まで戻って、思案する。物見櫓から見える範囲を探索していても仕方がない。

「森の様子を見て戻るか……」

 集落から少し離れて、丘を越えたところに森がある。大雪原の名の通り森林にとって厳しい環境ではあるが、モミの木を中心とした鬱蒼とした森が広がっている。

「さすがに、今から森にはいったら、大変なことになりかねないな……ん?」

 丘の上から森を見下ろしていると、赤い点がちらついた。夕焼けの中分かりづらいが、ゆらめくそれは炎のそれだった。

「火事か?」

 集落から離れているから延焼の可能性はないが、森林は貴重な資源であり、看過するわけにはいかない。丘から駆け下り、火元へ急ぐ。

「……戦斧でも借りて来りゃよかったか」

 もし小火レベルではなかったら、被害を最小限に抑えるには切り開くぐらいしか方法がない。とはいえ、戦斧があったとしても、一人で食い止めることは難しいだろうが。

 森の木々の隙間から、火の気配が感じ取れる。近い。

「篝火……いや、焚き火か?」

 明らかに火の規模が小さく、整っている。誰か人がいるのか。こんな集落の近くで野宿か?

 焚き火は、森の中でも木々の間隔が開けた広い場所、その真ん中にあった。

「誰かいるのか?」

 少し警戒しつつ、火の近くへ寄る。焦げ臭い匂いに交じって、なにか獣の匂いがした。

「……っ、なんだ?」

 停止してあたりをみわたす。

 獣肉でも焼いているのかと思ったがその手の気配ではない。火を中心とする周囲から、それは匂ってきていた。複数の獣臭。息づかい。

 銃把に手をのばし、引き抜こうとしたところで、一つの声が響いた。

「同族……ではないようだが、眷属の者かな?」

 木々の隙間から漏れ出る低い音は、唸り声のような大地を伝う声。大地を割って、天に烈火を吹き上げるような声。

「……なるほど、こんな地方まで出張中ですか、放浪の獅子たち」

 俺の応答に、周囲の気配が動く。しかし、視界のうちに入ったのはただ一頭だ。黄金のたてがみを風になびかせ不敵な笑みを浮かべた獅子の顔、予想以上に高い位置に頭があるのは、四つ足ではなく後ろ足で立っているからだろう。体つきもまた獅子のものだが、手足は人間のもので、貫頭衣で体をおおっているため、遠目には大柄な人間と見紛いそうだ。

 彼らは獅子にして獅子にあらず、人にして人にあらず。獣人、と彼らは呼ばれている。

「うむ。驚かせてすまないな。私は国境無き獅子団の長、シキという者。そちらは?」

「俺はノイ・エイデカー。元女王国出身、現……無国籍者だ」

「そうか。よければ、仲間達を紹介したい。獅子団の全てというわけではないが、人に慣れた者達を連れてきている」

「喜んで、シキ殿」

 頷くと、一頭ずつ顔を出し始める。全員で七頭。自己紹介を済ませると、輪になって火を囲む。隣にはシキ、賓客席なのだろう、シキからの酌を受けながら、歓談する。

「では、共和国側から大雪原に入ったのではなく、帝国側からこちらに?」

「ああ。灰の砂漠を越え、大山脈を越え……なかなかに厳しい旅だったよ」

 シキが深紅の酒器で酒をあおりながら、いままでの旅路を語る。「帝国」とは南西の強国だ。女王国と接してはいるが、大河と砂漠と山に阻まれているため、共和国側から抜けるのが普通だ。

「帝国では、かの雷臣と酒席を共にし、今日は君だ。実に面白い」

 事も無げに呵々と笑い、酒を飲み干す。

「しかし、この北辺までわざわざ足を伸ばすとは、何事かあったので?」

「うむうむ然様、我らは」

 と、杯を掲げ、仲間に示す。六頭の獅子たちは同じように自身の杯を天にささげもつ。

「戦の匂いを嗅ぎ取り、この地に来た」

「……なに?」

 首を傾げる。

「我ら獅子団の目的は、戦争の監視。道を逸脱した者を喰らう、第三の力となることにある」

「つまり、共和国と女王国の戦いがはじまると?」

「すでに小競り合いは起きているのではないか? いくつかの集落が女王国側に吸収されているようだが」

「……それは女王の意志ではないでしょう。女王が本格的に軍を動かすなら、こんな警戒されるようなことはせず、一気に動かすはず」

「なるほど、君は元女王国出身だったか、女王と面識があるのかね?」

 注がれた濁り酒をちびちび飲み、故郷を思い浮かべる。氷の中に閉ざされた、緑の国、ラス女王国。その支配組織は女王を中心とする貴族制で成り立っている。自分もまた、その支配組織の末端にいた。女王に跪く、股肱の臣の一人として。

「ええ。少しだけですが」

「そうか。まぁ、戦いが無いなら無いでよい。我らはまたうつろうのみ。だが、もし、戦いが起きたならば、そのあり方を見定めさせてもらう」

「あり方、ですか」

 シキはうなずき、その鬣を撫でる。視線を焚き火の炎に向け、軽くうなり声を上げる。

「戦争は多くの民を兵として動員する。兵は殺し殺されることを恐れるが、恐怖を狂喜に変える者も出てくる。強兵、英雄、無双の者、呼び名は何でも良い。君にも覚えがないかね? 戦場においてこそ、その天稟が発揮される人間に」

「確かに異彩を放つ者が2、3いましたが……まさか、その者達を咎めるつもりですか?」

 戦場で活躍した者は通常、褒め称えられるものだ。英雄として。英雄とは人殺しのことじゃないか、という者もいる。しかし、殺さなければ殺される、殺さなければならないが殺せない、そんな極限状況の中で、その代行者、代表者としてその手を血で染めた人間を、誰が責められよう? 罪悪感を少数の代行者に押しつける行為は、悲しい偽善だ。

 英雄は、褒め称えられることで、認めてもらうことで、かろうじて、孤独から生還できる可能性を得る。それでも、心に傷を負い、再起不能になる者もいる。死者に、殺されるのだ。そんな人間を女王軍にいる間、何度か見てきた。

「まさか」

 シキは否定し、天を仰ぐ。

「ただ、力を得た軍は、時に暴走し、世をかき乱す。兵を殺すことだけに飽きたらず、道を外れた事を行う。非武装の民、女、子供、老人を殺し、嬲り、破滅させて快楽を得る。そのような事態が生じた時だけ、我らは英雄を倒しに行く」

「……そんな、無茶なことを」

 いくら獣人でも、軍を相手にすれば無傷ではすまない。

「うむ。英雄の魂を叩き直し、我らの一族とするのだ。獣人族はそうやって増える」

「驚きの事実です」

 生殖しないのか。

「でも、それなら戦争中に割り込みをかけて、英雄を倒せばいいのでは? わざわざ、道を外した者だけ倒す必要は無いでしょう」

 そう言うと、獅子一同がざわめいた。

「そんなこと」「できるわけがない」「紳士のすることではない」「獅子道に反する」

 ……獅子道?

 シキが、俺の疑問に答えるため、口を開く。

「うむ。皆の言うとおりそれはできない。我らは紳士なのだから。獅子の心をもった紳士、獅子心紳士なのだ」

 いや、あんたら心も体も獅子だろ。

 という言葉を俺は飲み込み、変換し、なるほど、という一言をひねりだした。

「では、軍同士が戦っている間は不干渉、ということですか」

「……残念ながらな。君もそうではないのかね? 無国籍者、と名のっていたが」

「いや、俺は――」

 自分の立場を説明しようと思ったその瞬間、小さな振動が地面揺さぶった。

「なんだ!?」

 その場にいる全員が気づく。地震ではなく、何かが動く震動であると。

 俺は拳銃を引き抜き、獣人たちは携えていた大刀を構える。

 獣の咆吼が、耳を聾し、木々の葉を揺らす。そばにいる獅子たちのうなり声とは違う荒々しいそれは、聞き覚えのある響きだった。

「くっ……」

 やはり戦斧を借りてくるべきだった。拳銃は「対人兵器」としては優れているものの「対物兵器」としては心許ない。対物――そう、あの吼える声は、

「来ますよ」

 と、俺は声を掛けた。何が来るのか俺は分かっていた。

 でも、「何が」来るのかを、シキ達に教えはしなかった。あれを一言で言い表すのは避けたかったのだ。

 あれを。

 あの、自分と同じ物を。

「怪物」を。

 

 

周囲の樹木を大きく揺らしながら、「怪物」が近づいてくる。どん、どん、どん、と大地を鳴動させて、存在を誇示する。シキたちが獅子の体を持った獣人ならば、「怪物」は巨人だ。

 目の前の木を無造作にはね除けて、その「怪物」が姿を現す。

 灰色の巨人、シキも俺と比べ一回り大きいが、それとは比べものにならない。全長はシキの倍はあるかもしれない。

足も手も大蛇のように太く長く、大地に垂らして体を支え、時折駄々をこねるように地面にうちつけている。大木のごとくがっしりした体は、触れることを拒む針のような毛に覆われていてあたりを威圧している。体の上でふらふらと揺れる頭は、人間の頭に似ているが、似ている分全身の異常さが浮き彫りになっていて、俺はどこか哀れみを感じた。

「これは――!」

 シキ達が毛を逆立てて、戦闘態勢に入る。しかし、初めて見る敵に用心してか、皆じりじりと後退している。

「こいつは火が弱点だ! 火矢でも松明でもいい、あいつに浴びせかけろ!」

 俺は焚き火に近づき、松明に火をつける。

 森林に火が付く可能性もあるが、それよりも、怪物を見逃す方が危険だ。

獅子団の数頭が俺に続き、シキを含む他数頭は散らばってその場から離れた。逃げたわけではなく、怪物の後方に回るつもりだろう。

 松明を投げつけるタイミングをはかるため、俺は森からじりじり後退し、丘の中腹に上った。獅子の一頭が側面から松明を投擲したが、怪物の腕が鞭のようにしなり、それを弾いた。

「胴体に当てるんだ!」

 腕と足は動きが多い分いなされやすい。しかし、四肢をつないでいる体は大きい上動きにくい。毛がおおっているのも弱点を隠すためだろう。

「このっ!」

 巨碗を振り下ろした隙を狙い、胴体と腕の継ぎ目を拳銃で撃つ。弾丸は怪物の左肩に命中し、その肉を爆ぜさせた。衝撃でのけぞった体に、松明を投げる。同時に三本。状況を見極めていた獅子たちが、攻撃を開始したのだ。

 怪物は身体を炎上させ、体躯をくねらせた。小さな火はかき消されるが、時と共に火は烈火となって、怪物は火達磨になる。

 集団戦は久しぶりだったが、仲間が優秀だったおかげで、うまく連携できた。

「見知った怪物のようだが」

 獅子が一頭近づいてきて、俺に尋ねる。

「このまま暴れさせておいても絶命するだろうが、森に延焼しているぞ!?」

「わかっている。しかし、近づけば――」

 大足を震わせ、怪物が吼え猛る。火炎にのたうちまわりながらも、こちらへのプレッシャーは途切れることがない。

「来るぞ、できるだけ離れろ!」

 怪物は両足を縮め、屈む。膂力をためにためて、解き放つ。両腕をのばし、突っ込んでくる。

 そのエネルギーは俺たちと怪物の間にある障害物、枝、土、岩を、消し飛ばし、削り取り、ぶっ飛ばし、弾け散らす。

「嵐のようだな、あれは」

 いつのまにかシキが併走していて、つぶやいた。

「止めるには頭をつぶすしかないが、腕が邪魔。そして腕は火も銃弾も通用しないときた」

「何か手はあるかね? あるなら、我らが全力を持って助けよう」

「そうだな……さっきやったように、銃で腕と胴の継ぎ目を撃ち、ひるんだ一瞬で頭を攻撃する。拳銃が二丁あればいいが、今回は無理だ。となれば、一人が射撃、そして誰かが大刀で斬りつけるしかないだろう」

「ふむ、では君が射撃で私たちが――」

「いや、俺も一緒に斬込ませてくれないか」

「む? しかし危険ではないかね。我らでも腕の骨1本を覚悟しなければならないだろう。君の細腕では」

「大丈夫」

 と、俺は手袋を外し、左拳を握り、腕を上げてシキに見せる。

「なるほど」

 それだけでシキは了解した。

「では、私の大刀を持って行きたまえ。射撃は任せられよ」

 互いの得物を交換し、ひとつの獲物に狙いを定める。

「同胞たちよ!」

 シキの大呼が空気を裂く。

「雄魂をあらわにし、大敵に牙を剥け! 勇を持って喉元へ飛び込み、気を持って噛み砕くのだ!」

 俺には分からない伝令で、全ての獅子たちが動き出した。

 どっしりした大刀を腰だめに構えて、俺も彼らに従う。

 一見ばらばらに散らばっただけに思われたが、獅子たちは怪物の間合いギリギリを見極めて攻撃を誘い、怪物がその場から移動するのを防ぐ布陣をとった。シキによる一発を待ち、生死の水際で留まり続ける。

 怪物は燃え上がった身体をかきむしり、一刻も早く敵を一掃しようと焦っているようだった。両腕を振り回し、どうにか俺たちを叩きつぶそうとしている。それにより、肩の巨大な肉塊に阻まれていた箇所が大きく露出する。

 そこに一閃、シキの弾丸が吸い込まれた。

「グガアアアアアッ!!?」

 俺が撃ち抜いたところと同じ場所、より大きなダメージとなったのだろう。怪物の悲鳴が号令となり、獅子たちが止めをささんと一斉に飛びかかった。

「ちっ!」

 獣人の瞬発力にはかなわず、俺はビリ。だが、ある意味幸運だった。

 怪物は撃たれてすぐ後退りし、獅子達の半数はたたらをふみ、半数は腕の半ばまでしか届かず、振り払われ吹き飛んだ。

 俺は予想していた位置より1歩踏み込み、飛びかかった。しかし、怪物は一撃を放つ余裕を獲得していた。傷を受けていない右腕が俺の頭上から振り下ろされた。俺は右手で構えた刀を突き出すが、無理だ、届く前にぶち当たる!

「ぅおらあああっ!!」

 衝撃が、俺の身体を揺さぶる。視界に光が弾け、暗転しそうになる。だが、耐えた。

 左拳で、奴の右腕の勢いを落とし、右の刀で奴の首を貫いた。

 巨体が揺らぎ、雪原に倒れ込む。身体についた火が雪によって小さくなり、消えていく。戦いの終わりを象徴するように。

「ふぅっ、はああ……」

 緊張が弛緩して座り込み、しびれた左腕を右手でさする。特に怪物のパワーを受けた左拳を重点的に。拳の色は灰色。あの怪物と同じ色だ。

 幸い、骨は折れていない。そのかわり分散された衝撃の一部によって、古傷が開いた。

「お見事でしたぞ、ノイ殿!」

 獅子団の皆が俺の周りに集まり始める。

「むむ! 血の色!? 傷を負いましたかな?」

「いや、古い傷が開いただけで、どうということもありません」

「もう陽が沈む。近くの集落までお送りしましょう」

 シキが拳銃を俺に返し、俺も奴を討ち取った大刀を返す。俺は獅子の背中に乗せられ、森をでた。怪物を素早く倒したおかげで、火が森全体に広がることはなく、数本焦げ付いただけですんだ。俺は丘の上でそれを知り、ほっとした。

 集落のある平野にでると、夕日がもう地平線に沈みかけていた。

 獅子たちは、怪物を半殺しにした殊勲兵器、松明を灯し、集落を目指した。

 ゆっくりと、俺を気遣うように、ゆっくりと。

「集落が見えてきた。者ども、獅子団旗を掲げよ!」

 間違って攻撃されないように、中立を示す旗を左右に振りながら集落へ近づく。

「む? 入り口で誰かがこちらをみているぞ」

「歩哨では?」

「女性のようですが」

「ふむ?」

 俺は獅子の肩越しにのぞき見る。

 残照を浴びて、佇む影は二つ。

 一人はサツカ女医、そしてもう一人は、あの白い少女だった。

「降ろしてくれるかい」

 俺は獅子の肩をつつき離してもらい、着地した。俺は女医に手を振る。

 彼女は俺に気づいたようで、隣に立っていた少女の手を取り、一緒に俺の目の前まで歩み寄ってきた。

「なーにやっていたんですかあなたは」

 と、叱られる。

「血が出ているじゃないですか!?」

「ああ……はは、大丈夫かと思ったんだけどな」

 傷口を押さえ、苦笑する。

「この子は、回復したみたいだな」

 と、俺は少女の方に視線を向ける。

 俺の血の色と同じ瞳が、こちらを見る。視線が交差すると、少女は、薄く、微笑んだ。

「ええ。起きて検査が終わったのであなたと会わせようとしたら、あなたがいなくて。探すために外に出ようとしたら、ついて来たがりまして」

「そうか……それはすまなかったな」

 と、頭を下げると、何かが動く気配がした。顔を上げると、

「え?」

 少女が視界から消えていて、

「お父さん!」

 俺に飛びついていた。

「お」

 驚きの声が重なる。

「おおおお、お父さんんって!?」

 一番動揺したのは俺だった。

 だから、少女の軽いタックルで、

「ノイさん!」

雪原に倒された。

怪物を倒した英雄は、ただ一人の少女に倒された。

真っ白な雪の中に埋まると、雪と同じ色の髪が俺の頬を撫でた。

その隙間から、真っ赤な眼がのぞき、そこには情けない俺の顔が映っていた。

 

 

 ……続く


 
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