No.207117

つかさ、つかさ、つかさ。

mooさん

らき☆すた二次創作。
もしも、かがみがラブレターをもらったら……
というような感じで書きはじめた「かがみ様への恋文」
シリーズの、サイドストーリ的位置付けです。
まずは「かがみ様への恋文」シリーズを

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2011-03-20 00:00:15 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:820   閲覧ユーザー数:805

 

ぎりぎり、ぎりぎり。

 

きしむ音がする。

 

ぎりぎり、ぎりぎり。

 

最近、つかさにはそんな音が聞こえるようになった。

ふと気がつけば、どこからともなくそんな音が響いてくる。

 

『なんの音だろう?』

 

そう思ったときには既に聞こえなくなっていた。

 

ぎりぎり、ぎりぎり……。

 

今日もまた聞こえる。

その音が聞こえるとつかさはとても嫌な気分になる。

無性に腹が立つ。イライラする。何もかもをめちゃくちゃにしてやりたくなる。

 

ころんとローテーブルの上に置いてあったジュースの入ったコップを倒してみる。

 

「もぉ、つかさ。何やってるのよ!」

 

姉が慌てて立ち上がり、ティッシュペーパーに手を伸ばす様をつかさはじっと目で追っていた。

 

「優くん、大丈夫?濡れなかった?」

 

かがみは机の上に広がったオレンジ色の液体が優一の方へ流れないようにと、

慌ててティッシュペーパーで拭き取っている。

 

『また、優くんか……』

 

つかさは取り乱すこともなく、ただそう呟いた。

テーブルからこぼれ落ちた液体がつかさのひざに滴り、

スカートに染みを作っていてもお構いなしだった。

 

『大丈夫?つかさ?』

 

少し前ならば、つかさが慌てて取り乱し、空回りしていても姉が手を差し延べてくれていたのに、

今は目をくれようともしない。

 

「つかさ、塗れてるよ」

 

こなたがハンカチを手に、つかさのスカートをぽんぽんと叩くように拭いている。

 

「平気だよ、こなちゃん。……私が悪いんだから」

 

そう言って、つかさはぽたぽたと落ちてくるオレンジの雫をぼうっと見つめているばかり。

 

「つかさ、大丈夫?何か変だよ?」

 

倒れたコップを起こしたこなたが、俯いているつかさの顔を覗き込む。

 

「ぼーっとしてるからこぼすんでしょ。しっかりしなさい!」

 

姉から浴びせられる厳しい言葉。

でも、いつものことだからつかさは応えない。

 

けれども。

 

「でも、しかたがないですよ。つかさ先輩もわざとじゃないんだから」

 

優一にそう弁護されると心は穏やかでなくなる。

悲しみとも怒りともわからないような感情が沸き起こってくる。

 

ぎりぎり、ぎりぎり……。

 

また嫌な音がつかさの頭に響いてくる。

 

「つかさ、顔色が悪いよ?着替えた方が良いよ」

 

心配そうにこなたがつかさを立たせようとする。

つかさも素直にそれにしたがって立つと、

こなたに連れられてかがみの部屋をでた。

 

『またお姉ちゃんと優一くんは二人きりか……』

 

つかさは閉まる部屋のドアを見つめて呟いた。

 

つかさは優一が嫌いだ。

 

 

 

つかさは、かがみと一緒にいる時間が好きだった。

いつも傍らにいて、見守っていてくれる姉、そんなかがみが大好きだった。

かがみと一緒にいる時間が幸せだった。

それが当たり前だと思っていた。

 

かがみだって、つかさが一緒にいればそれだけで幸せなのだと信じていた。

 

でも、違った。

 

優一はかがみに幸せをもたらし、つかさに不幸を与えた。

 

つかさからかがみを奪った憎い存在、それが優一だった。

だからつかさは優一が嫌いだった。

 

憎い奴。でもつかさは心の底から憎みきれないでいた。

彼の無垢な笑顔がそうさせていた。

 

憎いのに憎めない。つかさはそんな自分に苛立つ。

 

『優一くんなんか、死んでしまえばいいのに』

 

そんなおぞましい感情も、彼の穏やかな表情を前にすると消えてしまう。

 

『せめてお姉ちゃんの前からいなくなってくれれば……』

 

そう思うくらいが関の山だった。

 

『どうしたらお姉ちゃんの前からいなくなるのかな?』

 

その答えは簡単だった。

 

『お姉ちゃんが優一くんのことを嫌いになればいいんだ』

 

でも、どうやって?

 

『……どうしよう?』

 

つかさは考えた。

考えて、一つの結論に達した。

 

 

 

作戦決行日。つかさは優一を家に誘った。

 

「明日、家で一緒にケーキ作らない?」

 

「先輩の家でですか?」

 

優一はいぶかしげに首をかしげた。

ケーキくらい一人でも作れてしまうつかさがそんな誘いをする理由がわからなかったからだ。

愛しいかがみ先輩の妹というだけで、

二人で一緒に遊んだりする程特別親しい間柄でもないのに。

 

でもだからと言って断る理由もなかった。

愛しいかがみ先輩の妹の誘いであるのだから、

無下に断ることもできないように思えた。

 

「良いですよ」

 

それがつかさの罠であるとも知らずに、優一は快諾した。

 

そう言って優一を家に呼んだものの、つかさはケーキを作るつもりは微塵もなかった。

優一から服を剥ぎ取るのが目的だった。

そのための口実にすぎない。

 

つかさの手にかかれば、たっぷりの生クリームを爆発させるなんてこと、造作もなかった。

生クリームを絞り出すふりをしながら、

それを盛大に噴射させ優一の頭のてっぺんから足の先まで、

とろりと溶けた乳白色の液体塗れにすることなどたやすい。

 

「ごめんね、手が滑っちゃって……」

 

そう言いながら、おろおろするふりをして見せれば誰もわざとだなんて疑いはしない。

つかさなんだからしかたがない、と誰もが信じこむ。

 

「平気ですよ、気にしないでください」

 

と優一も疑う様子は微塵もない。

 

「洗うから服脱いで」

 

そう言って優一に服を脱がせる。

 

恥じらい、躊躇い、遠慮する優一にバスタオルを渡してパンツまで奪い取る。

それを全部まとめて洗濯機にぶち込んだ。

 

「ごめんね。服が乾くまで部屋で待ってて」

 

言いながら、つかさが通したのは自分の部屋ではなくかがみの部屋。

 

「だって、私の部屋に男の子を入れるの嫌だもん」

 

とは言っても、優一も気が気ではなかった。

 

「じゃあ、私後片付けしてくるから、優一くんはここで待っていて」

 

と、あこがれのかがみ先輩の部屋に一人取り残されてしまった優一。

つかさに通されたとは言っても、部屋の主の承諾がないことが引っかかっている。

もしもかがみ先輩が知ったらなんというだろうか?

と考えるだけで不安になってくる。

 

ほぼ全裸の姿で、留守中に部屋に上がり込んでいる。

そんなところにかがみ先輩が帰ってきたら……と、考えるだけで優一は青ざめる。

 

けれど、そんな焦りも時間とともに和らいでくる。

どんなに待っていてもかがみ先輩は帰ってこない。

これなら帰って来る前に服が乾くかもしれない、という希望が少しずつ膨らんでる。

 

少し安心したのか、優一はローテーブルの前に静かに腰を降ろした。

 

いつもならここにいるはずのかがみ先輩の姿がない。

かがみの部屋に一人だけという違和感。

それも全裸。

 

あまりに非現実的な状況に、現実感が遠のいていく。

これは夢なんじゃないかと錯覚してしまいそうな程。

 

そんな優一の目に、一冊の日記帳が飛び込んできた。

それは無造作にテーブルの上に置きっぱなしにされていたものだった。

 

優一はつかさの狙い通り、まんまとそれに手を伸ばしてしまった。

 

「あ、お姉ちゃん。お帰り〜」

 

と遠くでつかさの声が聞こえる。

優一は心臓が縮み上がるような思いがした。

 

階段を上り、近づいてくる足音。

 

優一は慌てて日記帳をテーブルの上に戻し、

日記に熱中するあまりいつの間にか緩んでいたタオルをかけ直した。

 

慌てて言い訳を考えても何も思いつかない。

ただおろおろと部屋の中を右往左往するばかり。

 

がちゃりとドアが開いた瞬間、

幻滅したかがみの顔をみるのが恐くて、

優一は思わず目をぎゅっと瞑った。

 

「びっくりした?」

 

その声を聞いて、おそるおそる目を開けるとつかさだけが立っていた。

 

その姿を見てほっとする優一。

 

けれど、それも一瞬の間だけ。

つかさが手に持っていた写真を見せられた瞬間、表情が凍り付いた。

 

そこには全裸でにやけながらかがみの日記を読み耽る獣の姿が写っていた。

 

写真からは手にした帳面がかがみの日記であるかどうかは判別できなかったが、

優一にそんな冷静な判断ができる余裕はなかった。

そしてその日記が、つかさの用意した偽物であるとは優一にわかるはずもなかった。

 

冷静になって読んでみれば気づけたのかもしれない。

けれど、かがみの部屋で一人全裸という異常な状態に加え、

愛するかがみ先輩の日記を読むという背徳感に心が乱れないはずがなかった。

 

どうしてそんな写真をつかさが持っているのか。

そんな疑問はこのさい問題にならなかった。

その写真が存在すること事態が問題なのだ。

 

顔面から血の気が引き硬直している優一の目の前で、

つかさはひらひらと写真を見せつける。

 

「優一くん、最低」

 

つかさは姉の部屋のどこかに仕込んだ隠しカメラでの盗撮行為は、

高い高い棚の上にあげて優一を貶む。

 

優一はその場に崩れ落ちた。

 

「とりあえず、服を着ようか」

 

そしてつかさはがさがさとタンスの中を漁る。

かがみの部屋のタンスの中を漁る。

 

「これに着替えて」

 

選んだ服を優一の目の前に並べて見せた。

 

「そ、そんなの無理に決まってるじゃないですか!」

 

並べられた服は下着まで含めて全てかがみのものなのだから、

優一の反応はもっともだった。

この際、そこになぜブラジャーまで用意されているのか、

そんな些細なことは疑問には思わないようだった。

 

「これは命令なんだよ?優一くん」

 

そう言ってつかさは例の写真をぺたりと優一の胸に貼り付ける。

ひらひらと床に枚落ちたそれを優一は慌てて拾い上げると、

小さく丸めて手に握りしめた。

 

「大丈夫だよ、優一くん。他にもまだまだいっぱいあるから。

でも、お姉ちゃんに見せたらなんて言うかな?」

 

そこまで言われては、優一に拒否することなどできるはずはなかった。

 

ただ黙ってそこに並べられた服を身に着けるしかなかった。

ブラジャーはもちろん、パンツ一枚のこすことなく全てだ。

幸い、小柄な優一にはかがみの服がすっぽりと入った。

どちらかといえば若干の余裕があるくらいだ。

 

「可愛いよ、優一くん」

 

そんな褒められかたをしても優一は喜べないどころか、

屈辱と羞恥以外のなにものでもない。

 

「せっかくだから記念写真を撮ろうよ」

 

言いながらぱしゃりとシャッターを切るつかさ。

 

「止めてください!」

 

優一は突き出した手でカメラのレンズを塞ぐようにして叫ぶ。

 

「へぇ〜、お姉ちゃんの部屋で全裸になって日記を読むような獣でも、

恥ずかしいなんて思うことがあるんだぁ」

 

それを言われては優一は悔しそうに唇を噛みしめて言葉を飲み込むことしかできなかった。

 

「今日一日私の言うこと聞いてくれたら、お礼にこの写真はあげるよ」

 

つかさは手にしていた写真を優一の胸にぐいと押し付けた。

 

「だから、ここに座って」

 

優一はつかさに肩を押されるままふらふらと後ろに下がり、

かがみのベッドにストンと腰を落とした。

 

つかさの離した手からひらひらと舞い落ちた写真が優一の膝の上に乗った。

優一はそれが床に落ちる前に慌てて小さく丸めて握りつぶした。

 

「顔をあげてよ」

 

優一がつかさの方へと目を向けた瞬間を狙ってシャッターを切る。

 

「優一くん、可愛いよ」

 

そう言いながら、またシャッターを切る。

 

「ベッドに横になってみて」

 

とつかさが言っても、優一は躊躇っている。

愛しいかがみのベッドに身を横たえることに抵抗を感じているのだろうか。

 

「お姉ちゃんがいつも眠っているベッドだよ」

 

つかさは優一に大きく顔を近づけて、赤くなっている耳許でささやく。

 

「お姉ちゃんの匂いのするベッド。優一くんは嫌いじゃないでしょ?」

 

肯定も否定もしない優一の胸を少し強く押してやれば、

そのままベッドに倒れた。

つかさはその頭を掴んで枕に顔を埋めさせる。

 

「どう?優一くんの大好きな匂いがするでしょ?」

 

優しくささやきつづけている間も、つかさはシャッターを切る手を休めない。

 

「優一くん、幸せそうだね。お姉ちゃんの服を着て、お姉ちゃんのベッドに包まれて、

お姉ちゃんの匂いを嗅げて、嬉しいでしょ?」

 

つかさはその最高に幸せそうな表情をぱしゃりとカメラに収める。

 

「ねぇ、優一くん」

 

つかさもベッドに腰かけ、密着するくらいに優一に身を寄り添わせる。

 

「もしもだよ……」

 

そう躊躇うように言いながら、優一の膝に触れる。

かがみの、純白のワンピースから伸びている膝だ。

それから太股をそっと撫でるようにしながらゆっくりとワンピースの裾をたくし上げる。

 

「もしも、お姉ちゃんがこんなことをしたら、優一くん嬉しい?」

 

つかさは裾を戻そうと伸ばした優一の手を捕まえて、

その自らの手でさらに裾をたくし上げるように導く。

 

「こんな風に、お姉ちゃんが優一くんを誘ってくれたら、嬉しいでしょ?」

 

そう言いながら、ぱしゃりとまた一枚。

かがみのベッドの上で、彼女のワンピースを身に纏い、

自らの手でその裾をたくし上げ、少女の下着を晒け出している少年のあられもない姿を写真に撮る。

 

「でも、優一くんがこんな変態だって知ったら、

お姉ちゃんは絶対にそんなことしないと思うけれどね」

 

「僕は……好きでこんなことをしているんじゃありません!」

 

「別にいいじゃない。優一くんがお姉ちゃんの部屋で全裸になったり、

お姉ちゃんの服を着て、

お姉ちゃんのベッドでお姉ちゃんに誘惑してもらう妄想をして興奮する変態だったとしても、

私は黙っててあげるから」

 

「……本当ですか?」

 

優一は、不安気に上気した顔をつかさに向ける。

 

「本当だよ。ちゃんと優一くんが私の言うことをなんでも聞いてくれたら、私は何も言わないから」

 

そう言っている間もつかさは優一の写真を撮りつづける。

 

「じゃあ、せっかくだから外に行かない?」

 

「えっ?でも僕の服はまだ乾いてないんじゃあ……」

 

優一がさっきまで心地よさそうに赤く初めていた顔がたちまち青ざめる。

 

「私はまだ着替えても良いって言ってないよ?」

 

「でも……誰かに見られたら……」

 

「何言ってるの?みんなに見てもらいにいくんでしょ?

可愛い優一くんの姿をみんなに見せてあげるんだよ」

 

「そ……そんなの無理です!」

 

「じゃあ、この写真をみんなに見てもらう?

優一くんのこんな姿をみたら学校中のみんな驚くんじゃないかなぁ?」

 

つかさは今まで撮影していたカメラを振って見せる。

 

「優一くんは、どっちが良い?」

 

「先輩は……先輩はどうしてそんな酷いことをするんですか?」

 

そう言ってつかさを睨み付けるのが優一の精一杯の反抗だった。

 

「どうして?私が優一くんのこと嫌いだからに決まってるでしょ?」

 

「じゃあ、どうして僕のことがそんなに嫌いなんですか……?」

 

「お姉ちゃんが好きになった人だから、かな。

お姉ちゃんが優一くんのことを嫌いになったら、私は優一くんのことが好きになれると思うよ」

 

そう言ってつかさは微笑む。

 

「さぁ、明るいうちにみんなに見てもらいに行こうよ」

 

つかさは嬉しそうに優一の手を引き、ベッドから起き上がらせる。

もたもたしている優一を引っ張って、ずんずんと外に連れ出す。

つかさはとても楽しみだった。

これから憎くて憎くてしかたのなかった優一が、不幸に見舞われるのだから。

ひょっとしたら、少女よりも可愛らしいその顔が涙に濡れ苦悶に歪むかもしれないと思うと、

つかさの胸は楽しげにはずむ。

 

 

 

ぎりぎり、ぎりぎり……。

 

つかさの頭にまた嫌な音が響く。

 

つかさは不機嫌だった。

優一を辱めてすがすがしい気持ちに浸るつもりだったのに、

とても不愉快だった。

 

道を歩けばたちまち注目の的となった。

 

道行く人全てがその足を止め、振り返り、その姿が見えなくなるまでのしばしの間、

目を奪われる。

つい今し方天から舞い降りたばかりの天使のように清純で、美しく、そして可憐な形をしている。

男も女も、老いも若きもまるで奇跡を目の当たりにしているかのように、

感動の溜息を漏らす。

 

つかさは未だ嘗て一度もそんな視線を向けられたことなどない。

それなのに、つかさの後ろにいる少年は、男の癖につかさよりもきれいだった。

女装しているだけだというのに、本当の女の子よりも女の子らしい。

 

それに気づいてしまったから、つかさは不機嫌になっていた。

優一を辱めるつもりが、一緒に並んで歩いていてはまるで優一の引き立て役だ。

 

もちろん、当の本人はそんな事に気づいているはずもなかった。

周囲の視線は公衆で女装しているものを見る好奇と侮蔑が込められたものだと思い込んでいた。

恥ずかしさのあまり顔を伏せ、つかさの影に隠れ、

つかさに引っ張られている手をぎゅっと握り返し、怯えるように歩いている。

 

優一の短めの髪も、黒くて長いかつらで隠されている。

もともと男らしくないほど弱くて細い体の線をしているから、

少女の服も違和感なく着られる。

 

「あの……やっぱり、僕……変じゃないですか?さっきからみんな見てるし……」

 

優一は小声で呟いた。

 

「何言ってるの?優一くん。とっても気持ち悪いよ?

男の子が女装して街中を歩いているなんて、頭おかしいんじゃないの?

って思ってみんな見ているんだよ。

私が可愛いっておだてただけでのこのこ外に出てくるなんてすごく馬鹿だよね?

自分の姿を鏡で見てみればいいのに。

哀れな変態さんが映っているよ」

 

つかさは苛立たしげに言葉を吐き羞恥心を煽る。

優一が恥しがってくれなければなんの意地悪にもならないのだから。

 

それに、認めたくなかった。優一の方が可愛いなんて、絶対に認めたくはなかった。

 

ぎりぎり、ぎりぎり。

 

また不快な音が聞こえてくる。

 

 

 

「あの……先輩。僕……トイレに行きたいです……」

 

つかさの後ろに隠れるように顔を伏せとぼとぼと着いて来ていた優一が、

不意につかさに耳打ちをした。

 

つかさが振り返り、その顔を見れば苦しそうに顔を歪めていた。

 

「お腹、痛くなってきたの?」

 

つかさは、嬉しそうに頬を緩めながらそう問うた。

 

「はい……」

 

苦しそうに声を吐き出す優一。

 

「我慢、できない?」

 

「少しだけなら……大丈夫だと思います」

 

つかさは優一の手を取ると、指を絡めるようにしてぎゅっと強く握った。

 

「あ、……あの、先輩……?」

 

予想外のつかさの行動に優一は驚いた。

公衆の面前で、突然手を繋がれて恥ずかしくもあった。

そして何よりも、その理由がわからなかった。

ついさっきまで自分の事が嫌いだといっていたのに、なぜ?

だから、手を握り返すことはしなかったけれど、拒むこともなかった。

その手に悪意が込められているなどとは微塵も疑わずに。

 

「トイレ、行きたいの?」

 

そう言ってつかさに顔を覗き込まれると、

優一は赤く顔を染めて目を逸す。

 

優一は一度、こくりと頷いた。

 

「そっか。でも、ダメだよ。まだ行かせてあげない」

 

一瞬、優一は耳を疑った。

 

「どうして……ですか?」

 

すがるような目で訳を問う。

 

「優一くんの苦しんでいる姿をもっと見たいからだよ」

 

「で、でも、僕、もう……」

 

そう言って言葉をつまらせる優一。

強烈な腹痛と便意に見舞われたのか、その場に蹲ろうとする。

 

つかさは手を強く引っ張って無理矢理立ち上がらせた。

 

「出ちゃいそう?」

 

優一は返事もせず、自由なもう一方の手でお腹を抑え、

目をぎゅっと閉じて苦痛が去るのをひたすらに待っていた。

 

つかさにもその様子は手に取るように伝わった。

優一が苦しみに合わせて、無意識のうちにつかさの手を強く握りしめるからだ。

 

「こんなに人がいっぱいいるところで出しちゃうなんて、最低だよね」

 

そう言いながらつかさは笑っていた。

 

「少し歩こうよ」

 

つかさは優一の手を引っ張って歩きだした。

 

優一が辛そうに歩みを緩めると、鞭打つように手を引っ張りさらにペースをあげる。

 

優一の顔は青ざめ、体中にじっとりと脂汗を滲ませている。

額に滲みでた汗をほほに滴らせながらも、優一はまだ持ちこたえていた。

 

「優一くんはいつまで我慢できるのかな?」

 

つかさは優一の苦しんでいる顔を満足げに眺めながら言った。

 

「お姉ちゃんが良く効くって言ってたんだよ。

優一くんのジュースに入れてあげた、下剤」

 

「げ……下剤?」

 

「うん。だから我慢できなくなったら言ってね。

みんなの見ている前で出しちゃうところ、写真に撮ってあげるから」

 

言いながら、つかさはずんずんと優一の手を引く。

さっきから優一が強く手を握り返してくる間隔が短くなっている。

きっと、もうすぐ限界なんだろうと察して、優一を執行の地へと連れていく。

 

そこは駅前の広場。

駅へ向かう人、出てくる人、バスを待つ人の列、

人の流れが決して途切れない場所。

 

あたりを見回せばビラを配っている人、

歌を歌っ手いる人、大同芸を披露している人達までいる。

つかさはそこで優一に未曽有のパフォーマンスを披露させることにした。

 

つかさが歩みを止めると同時に、優一は崩れるように両膝を地面につけて蹲った。

 

「もういいよ」

 

優一の手を離して、優一から距離をとろうとしたときだった。

足首を捕まれてつかさは驚いて振り向いた。

下に目を向けると地にひれ伏したままの姿で、

目から涙を溢れさせてつかさを見上げていた。

 

「トイレに……行かせてください。なんでも、言うこと……聞くから……」

 

嗚咽は漏らしながらも苦痛を堪えて、つかさの足に泣き縋った。

 

公衆の面前でその行為は大いに人目を引いた。

離れたところから優一が精神的に崩壊する様を嘲る企みであったが、

思わぬ反撃にあった。

周囲からはどちらかというと優一よりもつかさの方へ好奇の視線が向けられている。

 

このまま優一が限界を迎えれば、つかさとて無関係を装う事はできないように思われた。

 

つかさの足を強く握りしめる優一の手から、

限界が近いことを覚り、焦るつかさ。

そうしている間にも人の壁が遠巻きに形成されていく。

 

やむを得ず、つかさは優一を立たせた。

そして、近くにあった喫茶店へと駆け込んだのだった。

 

 

 

トイレから出てきた優一は、つかさの座っていたテーブルの向かいに腰を降ろした。

既にそこには二人分のオレンジジュースとイチゴの乗ったショートケーキが用意されていた。

 

「優一くんも食べるでしょ?」

 

そう言って微笑んだつかさの顔に、優一は恐怖を覚えた。

 

またこれにも下剤が入っているかもしれない、

そう思った優一は首を横に振るしかなかった。

 

「食べるでしょ?」

 

表情を崩さずにもう一度繰り返したつかさ。

けれど、その目は決して笑っていなかった。

 

観念した優一はおそるおそるフォークを手に持った。

 

優一がフォークで小さく切り分けけたケーキを口に運び、咀嚼し、

飲み込む様をつかさは満足そうに見つめていた。

 

優一はそれだけでまたお腹が痛くなってくる気がした。

 

「優一くんは猫と犬、どっちが好き?」

 

問われて、優一は少し悩む。

 

「どちらかといえば猫が好きです」

 

それを聞いてつかさはにやりとほくそ笑んだ。

 

「じゃあ、にゃあって鳴いてみて」

 

「ど、どうしてそんなことを……」

 

優一の顔が恐怖でひきつる。

つかさの邪悪な笑顔から、何かを察知したのだろう。

 

「早く鳴いて見せてよ、ダメ猫」

 

そう言って、つかさは優一のすねを軽く蹴飛ばす。

 

「に……にゃぁ……」

 

優一はすねの痛みを堪えながらぎゅっと目を閉じて、小さな声を辛うじてふりしぼった。

 

「良く聞こえなかったよ?

ちゃんと猫みたいに地面に這いつくばって私の足に頬ずりをしながら鳴いて見せて」

 

優一は無言でうなだれたまま何も言わなかった。

 

「ここだったら誰も見ていないから平気でしょ?それとももっと人の多いところでやりたい?」

 

つかさがそう言うと、優一はゆっくりとテーブルの下へと潜りこんだ。

 

人通りの多い駅前の広場に面したテラス席。

けれど誰もそこでお茶している人のことを気に止めることなく、

足早に去っていく。

 

ここなら誰も見ていないはず、と優一は信じたかった。

そしてつかさの足に両手を添え、ふくらはぎにそっと頬を触れさせる。

それから、回りに聞こえないような声でもう一度鳴いてみせた。

 

不意に、優一は顔面を蹴飛ばされた。

つかさの靴の裏を突然顔にぶつけられた。

 

「汚いのら猫がいる。お腹減ったの?何か食べたいの?」

 

優一は涙を湛えた目で必死につかさを睨みあげる。

それが精一杯の反抗だった。

 

「ふ〜ん……」

 

とつかさは邪悪な笑みを浮かべる。

 

「そっか。お腹減ってるんだ。じゃあこれを食べるといいよ」

 

つかさは足元にイチゴを落としてよこした。

それはさっきまで優一が食べていたケーキの上に乗っていたイチゴだった。

 

「食べないの?お腹減ってるんでしょ?」

 

優一は躊躇いながらも落ちたイチゴに手を伸ばそうとした。

 

「痛っ!」

 

イチゴを掴む前に優一の手はつかさに踏み潰された。

 

「猫は手でイチゴを掴んだりしないよ?」

 

優一がもう一度つかさを睨みあげた拍子に目から雫がこぼれ落ち、頬を駆け抜けた。

 

「反抗的な目。お仕置きをしなきゃ。そっちの手も出して」

 

言われるまま、優一はもう一方の手を差し出す。

その手もつかさは踏みつけた。

 

「さ、残さず全部食べるんだよ」

 

優一はゆっくりと顔を地面に近づける。

唇が床には触れないようにしながら、イチゴだけを加えて口に入れる。

イチゴのへたを吐き出そうとしたら、つかさが踏みつける力を強くした。

だから、苦いのを我慢して残さず全部平らげた。

 

「汚〜い。本当に食べちゃったんだ」

 

言いながらまたぱしゃぱしゃとシャッターを切りつづけるつかさ。

そのカメラから顔を背けることが優一に唯一許された抵抗だった。

 

「泣いているの?」

 

「泣いてなんかないです」

 

とは言ったものの、その声は嗚咽にまみれていた。

 

「猫はにゃあって泣くんだよ?」

 

言葉と同時につかさの爪先が、優一のお腹にめりこむ。

 

「……にゃあ……」

 

優一は苦しいのを堪えて必死にそう漏らした。

 

 

 

「優一くんはまだ猫としての自覚がたりないんだね」

 

喫茶店を出て、優一の前を歩いているつかさがそんなことを口にしても、

優一は何も反応しなかった。

 

「こういうのは形から入るといいと思うんだよ」

 

つかさが立ち止まったのはとある雑居ビルの狭い階段の前。

見上げてみると、そこはコスプレ衣装を扱う店が入居していた。

 

「十分だけ待っていてあげるから耳と尻尾を買ってきて。一分でも遅れたらお仕置きだよ?」

 

そう言って微笑んだつかさの目が冗談ではないことを悟ると、優一は階段を駆け登った。

ネコミミと尻尾、それはメジャーなアイテムらしく、

店員に言えばすぐに袋に包んでくれた。

それを受け取ると急いで階段を駆け降りる。

 

「買ってきました!」

 

息を切らせた優一がつかさに袋を見せる。

 

「優一くんって、そんなに馬鹿で恥ずかしくて死にたくならないの?」

 

優一にはそう言ったつかさの言葉の意味が理解できなかった。

 

「でも、僕はちゃんと先輩の言いつけを守りましたよ……?」

 

おそるおそる顔を覗き込む優一。

 

「じゃあ、それを付けて」

 

つかさは優一が手にしている袋を指さした。

 

「……今、ここで、ですか?」

 

その問に対して、つかさは肯定も否定もせず、ただ袋を指さしつづけていた。

 

優一は観念してごそごそと袋を開けた。

 

「優一くん。恥ずかしいから、私から五メートルはなれて歩いてね」

 

つかさに背中を向け、とぼとぼと離れていく優一を見て、つかさは名案を思いついた。

それを実現するべく、別の店へと向かった。

 

店の前に着くとつかさは五メートル離れたところに電話をかけた。

 

「もう一つ買ってきてほしいものがあるんだけど」

 

そんな口調だったけれど、お願いではない。命令だった。

 

「首輪とリードを買ってきて」

 

つかさが指さしたのはペットショップだった。

 

「ちゃんと試着させてもらって買うんだよ?僕に似合う首輪をくださいって」

 

その言葉を聞いてしばらく優一は言葉を失ったらしい。

電話はしばらく無言だった。

 

「それって……どういうことですか?」

 

「決まっているでしょ?馬鹿な猫の首に着けるんだよ」

 

それからまた沈黙。優一は電話を握ったまま立ち尽くしていた。

 

「どうしたの?馬鹿な猫はご主人様の命令になんでも素直に従わないと生きていけないんだよ?

優一くん、明日から学校に行けなくなっちゃうよ?」

 

ゆらり、ゆらりと優一はゆっくりと歩みを進めてペットショップへと近づく。

 

「ちゃんと僕が使うんだって言って買うんだよ?ちゃんと見ていてあげるからね」

 

つかさはそう優一に耳打ちをすると、他人を装ってペットショップへと入った。

 

そして一部始終を見ていた。

優一が自らの首に首輪を巻きつける様を。

呆気にとられた店員がその様子を見つめている様を。

そして離れたところからこそこそと奇怪なものを見つめる一般客の姿を。

 

「……似合いますか?」

 

と優一が店員に問うても、店員は無言だった。

 

優一にも学習能力があるらしく、次は首輪をしたまま店の外へと出てきた。

 

「偉いね、優一くん。とても馬鹿みたいだったよ。

これでどこから見ても頭のおかしな人だよ」

 

言いながらつかさはくすくすと笑う。

 

「それで、次は何をしたらいいんですか?」

 

意外にも、電話の向こうから次の命令を求めてきた。

ただし、明日にも死んでしまいそうな程生気を失った声で。

 

「じゃあ、最後に良いところに連れていってあげる」

 

『最後』と言う言葉に優一は若干の希望を感じたようだった。

 

「とりあえず電車に乗るから切符を買ってきて。猫一枚ね」

 

優一が自動券売機の前に立とうとするのをつかさが嗜めた。

 

「そんなところじゃ猫の切符なんて売っていないでしょ?」

 

「じゃあ、どうしたらいいんですか?」

 

「駅員さんに聞けばいいと思うよ。猫の切符が欲しいにゃあって」

 

つかさは言葉の途中から笑いを堪えていた。

 

優一は素直にその言葉にしたがった。

すると親切な駅員は窓口から出てきて券売機の前まで付き添い、切符を買ってくれた。

 

それからバスに乗って向かったのは、見慣れた場所だった。

そこは陵桜学園高等部。

 

そこでつかさから最後の指令が下った。

 

「さっき買ったリードを自分の首輪に着けて、そこのバスの停留所の看板に括り付けて」

 

「先輩……こんなの酷すぎます……約束が違います」

 

今にも泣きだしそうな声。

 

「私、言うことを聞いてくれたらこの写真は誰にも見せないって言っただけだよ?

もしも嫌だって言うなら、これから優一くんの素敵な写真をみんなに配ってくるよ」

 

優一は観念して自らを停留所の看板に繋いだ。

 

今日は休日だからいつもとは比べものにならないくらい生徒の数は少ない。

それでも時おり通りかかる生徒たちが、

奇怪なものを見るように遠巻きに眺めながら歩きさっていく。

 

優一の体に痛い程の視線が刺さる。

バスを待つ生徒たちが停留処にやっては来るけれど、

優一を避けるようにしていつもとは逆の方向に列が延びる。

 

優一の方をちらちらと見ながら皆がこそこそとささやいていた。

 

学校の前で、とびきりの美少女が猫の格好をして首輪を付け、

リードで繋がれていては気にならないはずがない。

けれども、それが優一であると気づくものは誰一人としていなかった。

 

そこまで耐えていた優一だけれど、突然その場に崩れ落ちた。

 

どうしたのだろうかと気になったつかさ。

けれども優一の目の前に呆然と立ち尽くす少女の姿を目にしてすぐに理解できた。

 

「それ……私の服……」

 

言葉を失っていた少女が最初に口した言葉。

 

瞬間、優一は顔から出るもの全部が吹き出し、地面に伏せ、声をあげて泣きだしてしまった。

きっと絶望したのだろう。

 

これで、これで姉の心は優一から離れていくものとつかさは確信した。

また元のように姉の目は自分に向けられるものだと思っていた。

 

けれども、少女は、つかさの姉は、かがみは優一に歩み寄ると傍らに跪いた。

そしてその首の縛めを取り払うと、手を差し延べて優一を立ち上がらせた。

 

「一緒に帰ろう」

 

そう言って、手を引きバスに乗り込んだ。

二人を乗せたバスが走り去っていくのをつかさは睨んでいた。

 

ぎりぎり、ぎりぎり……。

 

歯を噛みしめて恨めしそうな形相でつかさは小さくなっていくバスを睨んでいた。

 

この本は、既刊の「かがみ様への恋文」シリーズの

サイドストーリ的位置付けです。

いきなりこの本を手に取られた方には、

オリジナルキャラクターの存在や、

キャラクターの関係などがわからなかったかと思います。

宣伝するわけではありませんが、そこは本編を見てください。

 

さて、この話を書こうと思った発端は、

四一朗さんに描いていただいたつかさがあまりに可愛くて、

可愛くて、つかさを前面に押し出した話を書いてみたくなったからです。

でも、つかさってちょっとキャラ薄いですよね?

そんなことないよ!と言われたこともありますが、

私の中ではとても薄いです。

親愛なるかがみ様の「影」にすぎないといっても良いくらい、薄いです。

つかさはもっと欲望を露にしないといけないと思います。

そうしたら、こんな話になりました。

 

今回は夏コミプレビュー版という位置付けであり、話はこれで完結ではありません。

夏コミには続きを書いて、いつものように販売したいと思います。

プレビュー版ではつかさが優一をいじめるシーンばかりでしたが……

それは今回限りです、たぶん。

次からは優一が苛められるシーンが減るはずです、たぶん、きっと。

だから、もしも、そう言ったものを期待して本を手に取ってもらうと、

がっかりするかもしれません。

まぁ、続きの話はまだ具体的には考えていないのでわかりませんが…。

そもそも、夏コミに受かるかどうかもわかりませんけれどね。

 

 
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