新約ブリーチ破面編アフター第0話
静かに。静寂と無明が支配するそこは静かに、滴る雫の一滴まで凝縮したように色濃く蔓延している。
曰く、そこはどこまでも続く闇。
曰く、そこは永劫続く時。
曰く、そこは朽ちることすら許さぬ不変の回廊。
様々な形容をこれまで聞かされ続けた『そこ』は、極刑を凌ぐ罰を与えるために作られた地獄だと言われてきた。
身体拘束を強いられ、ただ延々と闇の中に取り残されるだけの処置。一見すれば生ぬるい拷問でしかなく極大の罪過を犯した者に対する処置ではないように思える。しかし真実は至って簡潔に、そして無情にもその理に反する。
何も無く、何も感ぜず、何をしても何も返ってこない。発した声は闇に吸われ自らの耳にすら反響せず、明かりという概念すら存在しないそこには視覚的な変化など起こりえるはずもなく幻視の類すら許されない。鼻につく香りは何も無く、肌に残る圧迫感すら縛道により封じられている。
完全に五感を封じられた状態。もはや自分という存在すら確認することができないその状態は、常人であるならば数時間としないで精神が崩壊するレベルのストレスを与える。
しかしその死すら許されず、ただ辺りの闇と同化することしかできないでいる状態を二万年も強要されること。それは拷問という範疇すら逸脱した、人道に真っ向からそれる、酷く残忍で凶悪で無慈悲な措置と言える。
その無限に続く地獄こそ、地下監獄最下層・第8監獄『無間』。
(……くだらん)
その刑罰を受けているまさに最中、一向に意に介さぬといった様相でただ一人辟易としているのは、今回尸魂界に甚大な被害及び脅威を与えた張本人。
名は、藍染惣右介といった。
彼はこの永劫不変の地獄を直に経験し、その上で下らないと断じ切り捨てた。まるで下劣で無粋な干渉を受けたかのような不快感。払拭し難い酷く尾を引く悪性の忿懣。虫を素手で潰したように生理的嫌悪感が失われたはずの感覚器に虫酸を走らせる。
(くだらん、実にくだらん。もはや直視するにもあたらない)
静かに。ただ闇に溶け込むように静かに、彼はこの状況を受け入れ、そして回想に耽る。
(無様な醜態をさらけ出し、なお気づきもしない中央四十六室の無能さ。これでは全く変わっていない。依然ただの木偶に過ぎん)
一人、その監獄の中に溶け込む姿はどこか宗教画を想わせる荘厳さすら湛えている。それは彼という存在感が依然強く顕れているからに他ならない。
(隊長格も、副官も、皆変わらん。未だ無知なまま現状を甘受し安寧と過ごすだけ。これが貴様らが命を賭して得た現実だと言うのか。だとするならば、もはやこの世界は救いようが無いほどまでに腐りきっている)
そしてそれに破れた自身もまた同様に無様の一言に尽きる。
(計画に狂いはなかった。一切須らく順調に回っていたはずだった。なのになぜこうなった? どこで私は間違えた?)
この地獄にも一切動じていないように見えた藍染も、その毒は少しずつ回っているようだった。意味のない自問。過ぎ去った過去を延々と繰り返し回想することを未だ止まれらないでいる。
(全てが完璧であった。想定外の要因も、未知の不確定要素も全て含めた上で私の計画に矛盾も欠陥も、一欠けらの疎漏もなかった。なのになぜこうなった?)
遥か昔に誓ったはずなのに、絶対に違えぬと心に決めてきたはずなのに。全てを捨て、全てを犠牲にしてここまで一人で登ってきたはずなのに、どこでこのような致命的なミスを生み出してしまったのか。
ただそれだけを飽きることなく、機械的なまでに何週にもわたり考え続けてきた。
なぜだ?
なぜ私は奴らに破れた?
なぜ……何も知らず、知ろうともせず、知ることを放棄した奴らに私が……
そして深く深く考えが沈んでいくうちに、ある変化を察知した。
本来ならば拘束状態でありえないこと。しかし彼に限って言えばこのような束縛にはほとんど意味をなさない。
故に気がついた。
外から『音』が聞こえる。
ガチャ……
小さく、そして鈍く鳴る金属の外れる音。まるで鋼鉄でできた巨大な扉をゆっくりと、しかし全力で開けていくように、その徐々に広がっていく射光からは肉眼で見えそうなほどの威圧感が流れ出ていた。
四十六室直属の監視か? それとも何らかの理由でここへの立ち入りを許された隊長格か?
否、時間もタイミングも理由も、入り込んでくる気の質量共においても、今この瞬間ここにあるべき正当な理屈を持つ者、持ってなくてはならない者は誰ひとりいるはずがない。
つまり、ここへ来た者はすなわち違法侵入を意味し……
『……なんの用だね、雛森君』
しかし、ドアが開き切る前に彼は先手を制した。
「っっっ!?」
ビクッ、と一瞬ドアの向こうから図星を指摘された時に起こるような音が聞こえ、そしてまたドアがそっと開いていった。
『ここがどこだかわかった上で来ているのか?』
喋るという表現方法は封じてあるため、かなり限定的な機能しか持たない伝達系縛道を用いて話しかける藍染。
「こ、ここ、こんばんは……藍染たいちょ…う…………」
そしてやっと人一人通れる程度の隙間まで開けることに成功した雛森が、どこか苦笑いしたような、しかしどこかばつの悪そうな表情で入ってきた。
言うまでもなく違法侵入。それはかつての朽木ルキアにも並び及ぶ大罪だ。
どんな理由や経緯があったかは定かではないが、今この瞬間が誰かにでも知られた時尸魂界にまた大きな混乱が起こることは想像に難くない。
そんな中、そんなことを一切思わせないそぶりで雛森は藍染に続けて話しかける。
「その拘束具を付けていても……ある程度鬼道が使えるの…ですね……」
『私はここがどこだかわかった上で来たのか、と聞いたのだが雛森君。もはや自由の利かない身であるならば会話など必要ないという意思表示かい?』
「え!? いや、あの!? す、すみません隊長!!!」
簡単なゆすりになんの抵抗もなくかかる雛森桃。自分がそのように育て上げたにせよ、その姿はつくづく無能で度し難く凡俗極まる。話したところで一つの益にもならない類の人間。
つまるところ、ただの有象無象。私の最も軽蔑するべきゴミと等しい存在に他ならない。
『なんのつもりかは知らないが、私はもうお前には興味を持っていない。早々に立ち去りたまえ。邪魔だ』
故に不愉快。この空間を自分と共有している者がこのような屑だけということが何より気に入らない。
しかし、別段腹を立てる程感情を移す相手でもない。憤怒を起こさせるまでもなく、悲哀に濡れさせる必要もない。ならばもはや絶望に沈ませる意味も持たないため、言葉通り彼女はゴミ。その形容に相応しい、ただいるだけで存在が疎まれる使い捨ての駒の残骸に過ぎなかった。
だからこそ、なんの考慮もなく言動も変え退室を強要した。その一言で彼女がどうなるかなど考えもせず、楽しむことも画策することもなく、本当の意味で彼女という存在を突き落としていった。
昔であったならば、かつてのように精神に過度の負荷がかかっていたことだろう。
誰より信頼していたはずの人から裏切られる。その行為に心が耐えきれず、崩壊していたであろうことは容易に想像がつく。
そう、以前のままでいたならば。
「……えへへ、そう…ですよね? すみませんでした藍染隊長。私、無粋でした」
また、眉をひそめて苦笑い。何かを耐えるような、そんな健気さをどこか湛えたような目で彼女は笑う。
「私、あなたに聞きたいことがたくさんあります。だから危険を冒してまでここに来ました」
ただ一言。笑顔を一変させ、それだけ告げる。その顔に揺らぎは一切なかった。
『…………』
無言。雛森の言葉を聞いているのではない。むしろ否定。貴様にはもう意識を割く必要はないと、目の前の女を前に、また深い瞑想に入ろうとしている。
しかし彼女はその様子もお構いなしに話し続ける。まるで自分に決意を確認するかのように。
「ですが、隊長の言うとおり今日は帰ります。最初からいきなり話し続けるというのも失礼ですから……」
そういうと彼女は振り返って出口の扉に手をかける。
隙間からスッと抜け、またゆっくりとドアを閉めていく。その音は初めの時よりも幾分早く思える。
そして最後、閉まりきる寸前のところでそっと彼女は呟いた。
「……また来ます隊長」
そして扉は完全に閉まり……
「次は、話してくださいね……」
最後に呟いた言葉は無人の回廊に煙のごとく霧散していった。
『…………くだらん』
扉を閉めた状態ではここと外の空間は完全に断絶される。故に最後の言葉はこの永劫続く闇に届くことなどありえない。
しかし、深い瞑想の中で藍染は呟いていた。自問にではなく無意識のどこかへ。
完璧を体現してきた彼らしからぬ、本人すら自覚することのない、取るに足らないただの小さな感情の想起であった。
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完全にわかですが、あまりにも藍染さん及び作中ストーリーが納得いかないので、勝手に破面編から先のストーリーを考えてみた黒歴史作品です。とりあえずサクッと攻略したいのでフラグは即立て即回収で行く方針です。色々変なとことか齟齬があったらすみません……