月に従える将も兵も虎狼関に退避させた。後は当初の手筈通りに事を運べば月たちの逃亡は完全に完遂できる。後は時間稼ぎ。汜水関の早急な陥落で大幅な修正となったが、死にもの狂いで防衛に当たれば不可能ではない。
汜水関と虎狼関との中間、緑に溢れる草原が広がっている。所々に岩盤から突き出した岩もあるが、ほとんどが平地で奇襲を受ける可能性はゼロに近いが、防衛には適さない土地でもある。何故そんな土地で防衛にあたったか、理由は簡単だ。適した場所が存在しなかったから。むしろ岩石があるだけこの土地はましなほうだった。
「完全に私の失策じゃ」
二つの関で防衛する手筈だった為、それまでの土地の情報収を怠ったことに聖は自分自身に怒りをぶつけた。
「正念場だな。聖、後悔するなら戦が終わってからにしろ」
前方に姿を見せた連合軍を目に聖を正気へと誘う。
「…………」
「自分の責は生きて換算しろ」
「わかったのじゃ」
聖の目に生気が戻る。それを確認して俺は明星の皆に視線を向ける。誰ひとりとして臆していない目が視界に入った。その姿を見て俺はただ頷き、鞘から剣を抜き
「明星は恩を無碍にすることなき義勇軍。この防衛線の意味を心に刻み奮戦せよ!」
言葉をのせて連合軍に突き付けた。
前方に立ち塞がる布陣に驚いたのは連合軍だった。次の戦は虎狼関だとたかをくくっていただけに驚愕の色は濃かった。
「な、なんでこんな所に董卓さんの軍が陣を敷いているのですか!」
優勢である連合軍の総大将とは思えないほどの狼狽を窺わせる袁紹。その妹である袁術も体をぶるぶるさせている。その他にも同じ反応を見せる諸侯がちらほらと確認できるが、動じることなくこちらを見据えてくる軍勢もある。そもそも奇襲したわけでもないのに恐れている意味が分からない。
「袁紹と袁術だけなら簡単だったんだがな」
両翼に陣を敷く軍勢の旗を目に苦笑する。孫と曹、その実力は汜水関で十分に見せてもらった。正直な所、真正面からぶつかり合えばこちらもただではすまない。
「やっと噂の明星とやりあえるのね。力が湧いてくる」
孫呉の王、孫策は酷く嬉しそうに笑みをこぼし、
「兄様……」
戦とはいえ兄と戦うことを割り切れない曹操は正反対の表情を浮かべていた。
「馬鹿じゃないの? 虎狼関が待ち構えているのに野戦するなんて考えれない!」
曹操軍の軍師、筍彧は悪態を吐きまくる。
「………そうね。春蘭、秋蘭、兵を率いて明星を殲滅しなさい」
曹操は決断する。自分と母が唱える覇道の道の為に。
「軍師としては裏を考えてしまうのだが……」
眼鏡の中心をくいと持ち上げて戦況を読む周瑜。
「ですよね~。虎狼関みたいな砦があるなら誰でも籠城することを考えるはずなのに」
同じ軍師の陸遜も周瑜の意見に同意する。
「何か理由があるのよ」
呉王である孫策は軍師の意見を一蹴した。
「その根拠は勘か? 雪蓮」
「えぇ」
孫策の勘は当たることはこれまでに実証済みである故、周瑜は簡単に認めた。まさに軍師殺しの特殊能力である。
無策の現状を打破する方法を明星は持ち合わせてもいなければ、存在もしない。ただ防御に徹し、相手の攻撃に耐え凌ぐしかないのだ。その事自体の行為は難しくなく、やはり問題は時間となる。相当の時間を稼がなければ成し得られない作戦なのだ。汜水関で防御に徹していれば余裕さえ生まれたのだが、過ぎたことをくどくど口にしても仕方がない。
「来るぞ!」
連合軍から放たれた無数の矢が放物線を描きながら降り注ぐ。それを合図に開戦した。両翼の二軍が突撃してくる。
「昴と椛は左翼! 枢と壬は右翼を守れ!」
一瞬の判断が勝敗を決めるなか、できるだけ平常心を保ちながら指示を出す。
「弓を射て! 少しでも進軍を遅める」
後方に控えている聖と弓兵に指示を出す。無数の弓矢が交差して両軍に襲いかかる。地に伏せていく両軍の兵士。それでも互いの攻撃は怯まない。
「大将の首をとれ!」
多種の鎧を身に纏った兵士たちが多種の武器を振るってくる。
「俺の首を簡単に討てると思うなよ!」
一刀で周りを囲んでいた兵士を絶命させる。
「なら私が相手させてもらおうかしら」
桃色の髪を靡かせながら剣を振り下ろしてきた。返り血で赤いチャイナドレスはさらに染まっている。全体重を乗せてきた孫策の斬撃に押し込まれ、足は大地を砕く。ひりひりと腕が痺れをみせる。虎の娘にして小覇王の異名は伊達でない。
「俺も軍の頭首! 簡単に負けるわけにはいかない」
剣を押し上げて跳ね返す。宙を舞い孫策は着地した。同時に体勢を整えた俺は孫策に殺気をぶつける。
「心地いい殺気を放ってくれる!」
「同じ言葉を返させてもらう!」
同時に大地を蹴り直進して剣が交差した。火花が散り、喧噪に包まれた戦場に甲高い金属音が響く。拮抗した力は互いに引かず、五分五分の位置で蠢きあう。
「主、退きます!」
後方から聖の声が耳に届き、交えた剣を滑らせて拮抗した勝負を避けた。両翼に視線を向けると若干押され始めてはいるが泥沼状態ではない。
「全軍退け!」
「逃げるつもり!」
孫策は犬歯を剥きながら怒りに奮闘している。
「戦略撤退だ」
自分ながら上手い逃げ言葉だと思う。戦略? そんなのあるはずがない。このまま退避しても俺たちには………。
洛陽に董卓軍は集結していた。
「月、これ以上は待てないわ」
逃亡用意は出来ていた董卓軍だが、主君である月が明星を待つと言って数刻がたつ。月の想いを一に考えたい詠でもさすがに限度がきていた。明星が帰還すれば一緒に行動する手筈だったが、万が一に帰還しなければ長安へと下って身を隠せと言われている。
「……わかった。我がままを言ってごめんね、詠ちゃん」
今にも泣きそうな顔を見て詠は表情を歪めた。後方で控えていた恋や霞も同様に。
月は目尻にたまった涙を拭い「長安へと下ります」と全軍に指示を出した。
連合軍は明星軍を追い詰めた。正式に伝えるならば予めに用意されていた逃亡劇だったのだと悟った。
「これでは洛陽には行けないではありませんか!」
キーキーと奇声を出す袁紹を後目に他の軍勢に目をやる。さすがの孫策と曹操も予想していなかった事態らしく、呆けていた。
「退路はなし。雌雄を決するか………」
燃え盛る虎狼関を背に呟く。これが最終策。虎狼関は洛陽へと繋がる最短ルートで、周りを道すれば完全に月たちを逃がせると読んだ。それを含めての野戦での時間稼ぎ。他者から見れば明星は捨て駒扱い。されどこの策を提示したのは俺たち明星なのだから文句の一つも挙がりはしない。
「ここが死に場所と考えているならすべて捨てろ! 我らはまだ生きて乱世を沈めなければならないのだからな」
「御意」
大地にむき出しになっていた岩石に腰を下ろしながら各自に檄を飛ばした。
「いくぞ、皆」
一人また一人と岩石から腰を上げる。燃え盛る炎をしながら死線へと身を委ねる。これから見せるのは本気の明星。それを示すかのように将軍の得物が以前のとは異なる。筒状の武器を手にした者や、上下に刃が施された剣の形状に似た得物。背を超越する線の細い剣と槍に弓。そして鉄で出来た札。
「始めようか、連合軍!」
岩石の中心に軍旗を直立させ、それを中心に左方を筒を持つ壬に弓を掲げる枢が。右方には上下の刃を煌めかせる昴と印が刻まれた鉄札を扇状に広げる聖。そして中心には前軍に背を見せながら筒の照準を左右に狙う椛と長刀を構える俺たちは全軍を見据えながら各自の死角を埋めた。
連合軍と明星軍の最終決戦の火蓋が切られた。
今回は頑張って長く書いてみました。ただ内容は薄いかもしれません………。
因みに筒状の武器は銃です。三国志に銃! と思われますが、外史だと思って流してください。それでも無理なら仙人の聖が製造したということで納得してください。お願いします。
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早すぎる汜水関の陥落。逃亡時間を稼ぐため、明星は必至の防戦に入る。