「ねーねー那津君っ!!」
階段をドタドタ駆け下りて、美苗は那津也の部屋のドアを開けた。
ちょっと勢いよく開けすぎて、バタンッ!と扉が悲鳴を上げる。
当の本人那津也はベッドに寝転んだまま、目線だけをこっちに動かしていた。
美苗はそんな彼の目の前に行くと上から笑顔で覗き込む。
肩ほどまで掛かっている髪がはらりと垂れ落ちた。
「あのねっ、連れてって!」
「…は?」
直球勝負で用件だけ言うものだから、呆れて物も言えなくなった。
沈黙していると、部屋の入口から呆れ声が飛んできた。
「美苗、それやったら通じへんやろ…」
ようやく身体を起こして入口を見れば、隼斗と陽華が立っていた。
相変わらず無愛想な顔で沈黙を続けていると、二人がちゃんとした説明を始める。
「美苗と陽華が外行きたい言うからどこ行くか話してたんや。」
「だって折角の夏だしサ、行かなきゃ損じゃん!」
「…で、どこへ行くことになったんだ?」
自分の役割を悟って、那津也は小さく溜息をついた。
どうやら『運転手』になれと言ってるらしい。
「あーそれやねんけど、確か白崎の方に見晴らしのええ場所があったよな?」
当たりか…
胸中で那津也は呟いた。このメンツはいつでもこのパターンで誘うのだ。
無表情のまま、再度小さく溜息をついて返事を返した。
「…あぁ。で、白崎に行く事になったのか?」
白崎、というのは白い浜辺で有名な土地の名前である。
ここからなら車で30分ほどの近場。
海岸線沿いを国道が走っているので、行きやすい良い場所だった。
しかもちょっと高台っぽい高さに国道を通しているから尚更だ。
一通りの行き方を思案すると、那津也は急に何かに気づいた。
「まぁ構わないと思うが…。陽華、お前は良いのか?」
「え、何が?」
何も気づいてないらしい陽華を見て今度は大きく溜息をついた。
お前な…
そんな那津也を見て陽華は眉を吊り上げる。
どういうことだよ!と噛み付く陽華に静かに言葉を投げかけた。
「白崎って海辺なんだが…」
「う、み、!?」
「…どしたの?」
陽華は思いっきり焦りと戸惑いを浮かべていた。
どういうことかさっぱり分からなくて、美苗と隼斗は自然と彼女の方に顔を向けてしまう。
慌てふためくというか驚きで声も出ないというか…何か混乱してる…?
そんな陽華を見て、那津也は簡単に答えを差し出してやった。
「カナヅチなんだ、コイツ。」
「ええええええぇぇぇぇぇぇぇぇッ!?ウソッ陽華泳げなかったの!?」
「声がでかいよッ!」
思わず自分の感想を大声で叫んでしまった美苗に一言ツッコミを入れると、恥ずかしいといった表情で呟いた。
「どーしても駄目なんだよ…」
一気に行く気をなくしてしまったらしい陽華に、美苗はどうしようかと考え込んでしまった。
だが20秒も考え込めば、ま、いっか!という結論に達してしまう。
「別に海辺なだけで、実際に泳ぎにいくわけじゃないし…行こうよ陽華!」
「う…うん、まー…見るだけなら…」
小さく頷き返した。これで決定だ。
「そうと決まれば那津君、一緒に行ってくれるよね?」
「仕方無いな…」
那津也はやっぱりいつもの無愛想さだったが、異論は無いらしい。
美苗は部屋の入口に舞い戻ると、出て行く際に最高の笑顔で微笑んだ。
「じゃぁ私、琴音さんにお出かけの話してくるね!!」
バタバタバタ…と元気よく豆台風のように去って行く美苗を見て、那津也は小さく何かを呟いた。
その言葉は隣に居た隼斗にだけ聞こえる。
那津也の呟き声に苦笑すると、隼斗は豆台風が消え去ったドアを見つめて、こっそり溜息をついた。
「あれを止められるんは、姉ちゃんくらいやで…」
「いってきまーす!」
数日後、今日も留守番役の琴音にそう叫ぶと、バイクを押しつつ山道を下る。
ちゃんと整備された道路はちょっと下ったところにあるのだ。
そもそもなんでこんな山の中に家を建てたのかが非常に疑問だが、細かい事は気にしない。
30分ほど下ると道路に出くわす。
車の少ない、というかほとんど通らない道路。そこで隼斗は美苗に、那津也は陽華にそれぞれヘルメットを放り投げた。
「白崎までの道のり知っとうか?」
ヘルメットを装着しながら那津也に聞いた。どうやら隼斗は地図でしか確認したことが無いらしい。
一方の那津也は軽く頷いてみせた。
「前に一度、行ったことがある。」
「なら、先頭頼むわ。」
目だけで了解、と言うと、自分のバイクを前に進めた。
ハンドルを握り、エンジンを始動させる。
隼斗も後ろでエンジンをかけた。
数十秒後、風を切って2台のバイクが走り出した。
30分後、高台をずっと走り抜けていると下のほうに海が広がっていた。
真っ青な海。
白い雲。
なんという絵に描いたような 普 通 な 良い景色!
バイクで颯爽と駆け抜けながら、美苗と陽華はそんな斜め下を見下ろしていた。
ちなみに、運転手さんも時々チラリと視線を海に向けている。
ガードレールの隣を走りながら、素晴らしい景色を堪能していた。
「綺麗ーーー!!」
休憩所というか、広場というか、公園というか。
開けた場所にバイクを止めて、4人は景色を見下ろしていた。
すぐ下は海。高さは絶対100mくらいある。
断崖絶壁、という表現が似合いそうな崖の上で、青くて広い海を眺めた。
足元の芝生…に見えるけど実は雑草たちの集合体という草むらでは、小さな花が咲き乱れていた。
「ひゃっ!」
美苗の頬に冷たい感触が感じられた。
パッと振り向くと、隼斗が缶ジュースを差し出している。
「飲むやろ?」
上から見下ろしてくる瞳は、いつも以上の優しさを映し出していた。
笑顔で美苗は受け取り、そのまますぐそばのベンチに腰をかけた。
ぎゅっと力を入れてふたを開ける。ひやりとした缶ジュースはとても美味しかった。
隣に腰掛けた隼斗も自分のジュースを空けると口を当てる。
何と言うか…二人だけの世界、といった感じだ。
「相変わらず仲が良いねぇー。」
仲良く歓談している二人を見ながら微笑ましく呟いた。
その言葉は独り言だったのだが、近くにいた那津也は律儀に返事を返す。
「そうだな。」
「…ってあんたいつの間にジュース持ってんだよ!」
視線をやれば、物凄くナチュラルに那津也も缶ジュースを持っていた。
しかも普通にフタ開けてるし。
ゴクゴクと飲みながら目だけを陽華の方に向けると、彼女は片手をグーの形にしてわなわなと震わしていた。
「あんた、自分だけ…!!」
自分にもジュースを買ってこなかったことに、不満があるらしい。
そんな陽華の顔が怒りで煮えたぎっているのを見て、珍しくふっと笑った。
「冗談だ。」
ほら、と空いていた手でもう一本の缶を陽華へと放った。
いきなりの行動に、慌てて投げられた缶を受け取るとしげしげと眺めてしまう。
実はちゃんと買っていてくれたのだ。
「那津…」
嬉しさのあまり頬を赤く染めた。
…が、那津也の余計な一言がそれを一瞬のうちに引っ込めてしまった。
「礼は今度倍返しで頼む。」
「………。」
まぁもうナチュラルというかあまりにナチュラルすぎてすぐに返事を返せなかった。
黙々と一人楽しくジュースを飲むを那津也をしばらく見つめると、やがてまた拳を振るわせる。
わなわなわなわな…!
「那津ッ!!てめぇーーーーーーーーーーーーッ!!!」
あー青い空が綺麗だなー。
そんな空の下で、やっぱりいつものように素晴らしい絶叫が高台に響き渡った。
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わけあって共同生活している彼らの、ある日の些細な出来事。
ノリと勢いだけで書いた話なので、気軽に流してくだされば幸いです。