No.203460

バカとテストと召喚獣 僕と木下姉弟とベストフレンド決定戦 その5

本作品の設定の一部はnao様の作品の設定をお借りしています。
http://www.tinami.com/view/178913 (バカと優等生と最初の一歩 第一問)
本作品はバカコメが主体ですので重点が変わった優子さんになっていますが。

完結しましたので他の話とあわせてご覧ください

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2011-02-24 06:53:23 投稿 / 全13ページ    総閲覧数:7451   閲覧ユーザー数:7024

 

総文字数約20000字 原稿用紙表記71枚

 

 

バカテスト 家庭科

 

【第五問】

 

問 以下の問いに答えなさい

『三大栄養素と呼ばれているものは、たんぱく質、炭水化物、(1)である』

 

 

島田葉月の答え

『(1)脂肪』

 

教師のコメント

 正解です。小学生なのに高校生の試験の問題を解いてしまうとは、葉月さんは大変優秀ですね。ちなみに、脂肪よりも脂質の方が一般的かもしれませんね。

 

 

島田美波の答え

『(1)死亡』

 

教師のコメント

 小学生の妹さんが答えられた問題を高校生のお姉さんが答えられないのは少し問題があるかもしれません。島田さんには今後より一層の日本語に対する理解を深めて欲しいです。

 

 

吉井明久の答え

『(1)希望』

 

教師のコメント

 吉井くんは確か日本でずっと生まれ育った筈でしたよね?

 しかも“し”ではなく“き”になってます。吉井くん的にはこれで正しいのかもしれませんが。

 

木下優子の答え

『(1)愛情(男性の裸エプロン)』

 

教師のコメント

 A組の木下さんがF組生徒のような解答をしたことに先生は驚いています。

 

姫路瑞希の答え

『(1)愛情(手作り弁当)』

 

教師のコメント

 何故でしょうか? 死の香りがします。

 

 

 

 

バカとテストと召喚獣 二次創作

僕と木下姉弟とベストフレンド決定戦 その5

 

 

『あうっ、お姉ちゃんはバカなお兄ちゃんのお姉ちゃんなのですよね?』

『ええ、そうですよ。私はアキくんの姉の吉井玲と申します。今日はよろしくお願いしますね、島田葉月ちゃん』

『バカなお兄ちゃんのお姉ちゃんということは、葉月にとっても義理のお姉ちゃんなのです。よろしくお願いしますなのです』

『あの、私が葉月ちゃんの義理の姉とはどういうことでしょうか?』

『バカなお兄ちゃんはまだ葉月との仲をご家族に報告してないのですか? だったら葉月が代わりに言うのです。葉月とバカなお兄ちゃんは結婚を誓い合った仲なのです』

『そっ、そうだったのですか!』

『葉月とバカなお兄ちゃんはもうキスも済ませ、大人のデートをする約束もした完璧な恋人同士なのです』

『アキくんにそんな深い仲の女性がいただなんて全然知りませんでした。姉失格です』

『だけど葉月の恋の成就は前途多難なのです』

『どうかしたのですか?』

『葉月のお姉ちゃんは、葉月とバカなお兄ちゃんだと年の差がありすぎるから恋愛は無理だって言うんです』

『葉月ちゃんは今何歳なのですか?』

『11歳、小学5年生なのです』

『11歳ということはアキくんとは6歳差…………全然問題ありません!』

『本当なのですか、バカなお兄ちゃんのお姉ちゃん?』

『私とアキくんも6歳差。つまり、6歳差は恋愛をするのに最も適した年齢なのです!』

『凄いのですぅ。一部の隙もない完璧な論理なのです』

『というわけで、私はあなたにライバル宣言をします、葉月ちゃんっ!』

『葉月にライバル宣言ですかぁ?』

『同じアキくんを愛する者同士、アキくんと恋愛をするのに最も適した年齢差同士、私、吉井玲は島田葉月ちゃんを最強の恋のライバルと認めます』

『お姉ちゃんもバカなお兄ちゃんのことが好きなのですか?』

『私はアキくんにずっと昔からラブラブのメロメロです』

『葉月にとって最強の恋のライバル出現なのです。でも、負けませんなのです!』

『私も負けませんよ葉月ちゃん。生まれてこの方23年、遂に私は終生のライバルに巡り合いました』

『葉月もうかうかしていられないのです。今日はバカなお兄ちゃんのお友達を決める大会をのんびりと見ているつもりでしたが、ラブアタックの必要ありなのです』

『私も負けてはいませんよ、葉月ちゃん。何しろ今日の私にはとっておきの秘策がありますから』

『秘策、ですか?』

『ふふふふ。今日はアキくんの為に愛妻弁当を準備してきました。これでアキくんは私にメロメロな筈です』

『あぅ~。葉月は、お姉ちゃんが包丁と火は危ないからと料理をなかなかさせてくれないのです。だからバカなお兄ちゃんへの愛妻弁当を作れないのです』

『どうやらお弁当では私に分があるようですね。ふふふ』

『うー、だけど葉月は負けませんです。今日こそバカなお兄ちゃんの愛を確実に勝ち取ってみせるのです』

『私だって負けません』

『大人の恋愛じゃなくて、お友達を決める勝負で盛り上がれるお姉ちゃんたちの無邪気さが羨ましいのです。みんな本当に子供なのです。はぁ~』

『そうですよねえ。はぁ~』

 

 

 

 

「それじゃあ第1回戦第2種目、ベストフレンド弁当対決を始めるよぉ」

 愛子ののん気な声と共に新たな戦いが始まる。

 ベストフレンド決定戦の1回戦第2種目は料理対決。

 アタシたちは吉井くん、秀吉らの尊い犠牲を払いながら決戦の場となる家庭科実習室へと移動した。

 

 ここで現状をもう1度振り返ってみる。

 アタシは料理が苦手だ。それは料理勝負で言うまでもなく不利な要因となる。

 そしてアタシ以外のみんなは料理が得意なように思える。

 姫路さんは料理に自信があるようだし、坂本くんと土屋くんの料理の腕前はプロ級だと聞く。島田さんは学校に手作り弁当を持参していると弟は言うし、代表は花嫁修業と称して料理の研究に余念がない。唯一久保くんの腕前だけはわからないけれど、何事にも卒がない彼のことだ。料理の腕前もそれなり、ううん、それなり以上にはあるだろう。

 つまり、アタシが一番料理下手である可能性が非常に高い。言い換えればアタシがこの勝負で勝てる可能性は限りなく低い。

 

 アタシは圧倒的に不利な立場にいる。

 だけどこれは料理王を決める大会じゃない。料理勝負は吉井くんのベストフレンドを決める戦いの一部分に過ぎない。

 そして審査員たちは偏った趣向の持ち主たちだ。

 これらの条件を考慮に入れた上でこの料理勝負の方針を練らないといけない。

 すると導き出される答えは必然的に2つとなる。

 

 1.料理技術による失点を可能な限り小さくする

 2.料理技術以外による加点を可能な限り大きくする

 

 1に関して言えば、更に2つの小方針を導き出せる。

 

 A.自分の技量を客観的に測り、無理をして凝った料理を作らない

 B.基本を忠実に守り独創的な味付けを試みない

 

 言い換えれば、料理の技術評価の得点は放棄する代わりに自分から減点となる要素を増やさないようにする作戦。

 素人が料理する際によくやりがちな、自分の腕と舌を過大評価して起きる失敗をなくす。それがアタシにとって最も重要なポイントとなるだろう。

 出来上がった料理が美味しくないのは仕方がない。自分の腕が至らないだけのこと。

 けれど自分から不味くなる方向に動くのは愚か者のすることだ。それだけは避けたい。

 そして2つ目の方針に関してだけど……制限時間である90分以内に何か策を練らないといけない。

 料理の減点を補える何か一発逆転の秘策を……。

 

 

 

 さて、そろそろ料理に取り掛からないといけない。策を練ってて料理ができないじゃ本末転倒となってしまう。

 でも、何を作ろう?

 アタシの目の前には大きめの鍋が置いてある。

 やはり料理といえば、何かを煮るのが王道だろうか?

 アタシは記憶を検索して過去に作った鍋料理のレパートリーを引き出してみる。

 すると2ヶ月前の記憶がヒットした。

【カレー(閲覧禁止)】と題名が書かれた脳内フォルダを警告を無視して開く。

 ………

 ……

 …

 

 ……確かあの日アタシは乙女小説の料理バトルの影響を受けてカレーを作ってみたのだった。

 そして心優しいアタシはそのカレーを弟に振舞った。

「嫌じゃあっ! 姉上の作ったカレーもどきなぞワシは食いとぅない~っ!」

 秀吉はアタシのご馳走も食べずに吉井くんの家に遊びに行くとか言い出したので椅子に縛り付けておいた。

 食事の直前に出掛けようだなんて弟はマナーが悪すぎる。

 それに、だ。

「カレーもどきって何よ! アタシは天才よ。誰よりも早く料理を習得できるのよ!」

 文月学園成績トップ5に入るこのアタシが舐められたものだった。だけどアタシは弟の無礼を気にせずにその口へとカレーを掬ってスプーンごと突っ込んだ。

「あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、明久ぁあああああぁああああぁっ! ……ガクッ」

 すると弟は奇声を上げて一切の生命反応を停止してしまった。

「う~ん、間違ったかしら?」

 あの化学物質とあの化学物質の配合比率を間違ってしまったのかもしれない。

「アタシの求める料理はまだ遠いわね」

 失敗は成功の母と言うし、この失敗を糧に更なる成長を遂げればいい。

 そんなことを考えながら、アタシは翌日料理に飽きてやめた。

 

 

「……煮るのは避けないとダメね」

 過去に振り返って得た結論。

 アタシの料理の腕前は2ヶ月前と変わっていない。

 つまりあの物質とあの物質の配合比率の謎をまだ解いていない。

 調味料の配合もできない分際で、煮物に挑戦するのは無謀すぎる。

 

「すいませ~ん。遅れましたぁ~っ」

 実習室の扉が開き、バタフライマスクを付けた姫路さんが入って来た。

 走って来たのか肩で息をしている。そしてその両手には理科実験室から持って来たと思われる大量の薬瓶が抱えられていた。

 アレは一体?

「えっとぉ~、私の調理スペースはどこでしょうか?」

「アタシの隣よ、姫路さん」

「ご親切にありがとうございます。って、私は姫路瑞希じゃありません! マスク・ド・プリンセスロードです!」

「あ~はいはい。わかったわよ」

 笑ったり怒ったり表情がコロコロよく変わる子だ。男の子はこういう女の子らしい子が好きなのだろうなと思いながら駆け寄って来る姫路さんを見る。

「きゃっ!?」

 そして彼女は自分のスペースに着く直前につまづいて転んでしまった。倒れた反動でスカートが捲り上がり中のピンク色が見える。可愛い顔して思った以上にセクシーなシルクのレース。

「痛いですぅ~っ」

 こういうドジな所も男子のツボを突くのだろう。もしかすると吉井くんも姫路さんみたいな子が好みなのかもしれない。まあ、それはともかく──

「気を付けないと危ないわよ」

 姫路さんが落とした薬瓶を拾う。幸いにして割れた瓶は1つもない。

「今度から気を付けなさいよね」

「はっ、はい。ありがとうございます」

 アタシが拾った3つの瓶を立ち上がった姫路さんに渡す。その際にラベルに貼られたシールの文字が見えてしまった。

 『濃硫酸』『硝酸カリウム』『クロロ酢酸』

 その文字を見てアタシは頬を引きつらせた。そんなアタシの表情の変化を読み取った姫路さんがハッと表情を引き締める。

「もしかしてラベルの文字を読んでしまいましたか?」

「……随分変わった調味料を使うのね」

 そうとしか答えられない。顔が硬直したアタシの精一杯。

「特製肉じゃがを作る際の隠し味なのですが、みんなには内緒にしてくださいね」

「絶対に誰にも言えないわよ。そんな隠し味は……」

 ……姫路さんはもしかすると料理が上手ではないのかもしれない。

 大体、硝酸カリウムって何なの?

 姫路さんが防腐剤効果を狙っているのはわかる。

 だけど、入れるなら硝酸カリウムじゃなくて青酸カリウム(KCN)でしょうが! 

 青酸カリウムなら胃酸と反応してアーモンドの香りが発生するので後味も存分に味わえる。

 それに、さっぱりした酸味を肉じゃがに加えたいのならトリクロロ酢酸(CCl3COOH)にした方が酸味が増して良い筈。酢酸に比べて酸味1万倍は伊達じゃない。

 そして何より塩酸と硝酸が生じてしまうこの調味料の組み合わせでは、化学反応が起きて王水が生じ、鍋が融解してしまう。

 鍋が解けてしまってはせっかく完成した肉じゃががダメになってしまう。

 詰めが甘い姫路さんは料理の腕がそれほど高くないのかもしれない。

 ……少し気持ちに余裕が出てきた。

 ちなみにアタシが悩んでいたのはテトロドキシンとダイオキシンの配合比率だった。

 

 

 

 さて、何を作ろう?

 煮るのがダメだとするとやはり焼くだろうか?

 アタシは再び過去の記憶フォルダを漁る。

 すると『焼肉(閲覧する者に死と災いを)』という1ヶ月前のファイルをみつけた。

 警告もプロテクトも破ってフォルダの中身を見る。

 ………

 ……

 …

 

 確かあの日アタシは乙女小説の料理バトルの影響を受けて焼肉を作ろうとしていた。

そして心優しいアタシはその焼肉を弟に振舞おうとしていた。

「嫌じゃあっ! 姉上の作った焼肉もどきなぞワシは食いとぅない~っ!」

 秀吉はこの日もアタシのご馳走も食べずに吉井くんの家に遊びに行くとか言い出したので椅子に縛り付けておいた。

 食事の直前に出掛けようだなんて弟はマナーが悪すぎる。

 それに、だ。

「焼肉もどきって何よ! アタシは天才よ。誰よりも早く料理を習得できるのよ!」

「そんなことを言って、ワシは先月三途の川の向こう側で1日滞在してしまったのじゃ! ワシはもう姉上の料理は絶対に食わんぞ!」

「先月のことをいつまでもグダグダと、男の癖に女々しいわねえ」

 秀吉はアタシより女らしいと専らの評判だけど。

「それにワシは両手を縛られておる。焼肉を食べることは不可能じゃ」

「うるさいわねぇ」

「なっ、何をするのじゃ!」

  弟の頬や口の周りに生肉を張り付ける。

  後は火炎放射器の出力を調整して綺麗に肉だけを焼けば、秀吉が今の状態でも食べられるだろう。アタシって本当に優しい姉だと思う。

 だけどここでアタシの思ってもみないハプニングが生じた。

「ごっ、ごっ、ゴキブリじゃぁああああああああぁっ!」

 生肉の匂いにつられたのか、秀吉の顔に黒くて楕円形のGが飛び移った。

「ご、ご、ごごごご……」

 完璧な優等生を誇るアタシであっても苦手なものはある。

 アタシは咄嗟に自衛の為の手段を発動した。

「汚物は消毒よぉおおおおおぉっ!」

 最大火力で火炎放射器を秀吉に浴びせGの殲滅を図った。

「あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、明久ぁあああああぁああああぁっ! ……ガクッ」

「う~ん、間違ったかしら?」

 アタシとしたことが、つい火力を強くしすぎて秀吉の顔と共にお肉までケシ炭にしてしまった。せっかくのお肉に勿体無いことをしてしまった。

「アタシの求める料理はやっぱりまだ遠いわね」

 失敗は成功の母と言うし、この失敗を糧に更なる成長を遂げればいい。

 そんなことを考えながら、アタシは翌日料理に飽きてやめた。

 

 

「……焼くのは避けないとダメね」

 過去に振り返って得た結論。

 アタシの料理の腕前は1ヶ月前と変わっていない。

 今日は火炎放射器を使う際に火花と光から目を守る防熱ゴーグルを持って来るのを忘れてしまった。

 火炎放射器も安全に扱えない分際で、焼き料理に挑戦するのは無謀すぎる。

「って、もう残り30分しか残ってないじゃない!」

 結局アタシは梅干のおにぎりを握ることにした。

 

 

 

「女子高生、しかも吉井くんが綺麗と言ってくれた女の子が握ったおにぎりなのよ。加点されるに決まっているじゃない」

 言いながら虚しくなって来る自分への言い訳を述べながらおにぎりを握っていく。

 この決定戦の女の子の参加者は美人揃い。だからアタシにだけ加点されることなんかないのはよくわかっている。

 しかも今日の審査員の趣向から考えると男の子が握った方がポイント高そう。そんなこともわかっている。

 だけど先ほど決めた方針に従って余計な手は加えない。

 炊き上がったご飯に塩を振って梅干を乗せ、後は三角形に両手で丁寧に握っていく。最後にノリを巻いておしまい。料理の行程はただそれだけ。

 これ以上何かすればマイナス要因が増えるだけと自分に言い聞かせながら次々におにぎりを握っていく。

「だけど、これだけじゃ流石に点数が低いわよね……」

 出来上がったおにぎりを見ながら呟く。

 大きさは不揃い。ノリの巻き方も微妙。そしておにぎり以外のおかずは1品もなし。

 料理上手な他の参加者に勝てる要素がどこにも見当たらない。

 やはり方針2『料理技術以外による加点を可能な限り大きくする』をよく検討する必要がある。

 ポイントは多分2つ。

 

 ア 吉井くんへの愛情を示すこと

 イ 男の子

 

 『料理は愛情』という言葉もあるし、吉井くんに対する愛情が篭っていることがわかる料理の方が好感度が高いはず。

 そして、アタシの将来のお義姉さんと吉井くんに告白したあのいけ好かないおさげ女は男同士の恋愛に過敏なまでに反応を示す。BL愛はもっと秘めたものにしないと社会的地位が危うくなるというのにだ。

 とはいえ、あの2人の趣向がそうである限り攻略の糸口は掴み易い。

 つまり、総合すると

 

『男の子が吉井くんに愛情込めた料理を振舞う』

 

 が加点の鍵となると思われる。

 だけどアタシは正真正銘の女の子。双子の弟がいるせいで、吉井君たちに男の子みたいに扱われたりもするけれど、女の子・オブ・ザ・イヤーに選ばれてもおかしくない可憐で繊細な少女だ。

 そんなアタシに男の子を求めるのは土台無理な話だ。

 じゃあ、一体、どうすれば?

 残り時間は後5分しかないのに……。

 

「よっしゃっ! 遂に完成したぜ」

 隣の隣のスペースから男の子の声が聞こえる。そして右手にお皿を持った坂本くんが出て来た。

 坂本くんのお皿に乗っているあれは──

「フォアグラっ!? フランス料理っ!?」

 坂本くんが料理上手なのは聞いていたけれど、フランス料理まで作れるなんて……何て器用なお嫁さんなの、坂本くん!

 これも全ては吉井くんへの愛情の賜物なのね。

 あの才色兼備の代表が危機感を持って花嫁修業に励み、吉井くんから坂本くんを奪い返そうとしているのも頷ける。

 坂本くんの吉井くんへの愛情は並大抵のものじゃない。

 うん?

 坂本くんの吉井くんへの愛情?

 …………これだっ!

 アタシは遂に逆転への糸口をみつけた。

「ねえっ、坂本くんっ!」

 坂本くんに駆け寄りながら話し掛ける。時間はもうない。

「何だ、木下優子?」

 坂本くんが疑いの眼差しでアタシを見る。

 だけどそんな視線に臆している暇はない。

 残り3分以内に交渉をまとめないと。

「坂本くんの持っているそれ、なんだけど……」

 アタシは坂本くんが左手に持っている『それ』を指差しながら交渉を始めた。

 

 

 

『それじゃあ、ベストフレンド料理対決の審査を始めるよぉ』

 場所は戻って体育館。

 いよいよ審査の時が来た。

「それじゃあ、最初に審査を受けるのは誰が良いかな? 希望者から行うよぉ」

 愛子の声を聞いて姫路さんが1歩前に出る。

「それでは私からお願いします」

 姫路さんは自信たっぷりだ。

 だけど、彼女の肉じゃがは鍋が溶解してダメになっている筈。

 あの自信は一体どこから来るの?

「私の料理は、これですっ!」

 姫路さんが掲げたもの、それはガラスの容器に入った肉じゃがだった。

「ガラスの容器っ!? かっ、考えたわね、姫路さんっ!」

「伊達に何度も失敗してませんから。って、私は姫路瑞希じゃありません! マスク・ド・プリンセスロードですっ!」

 アタシは姫路さんの実力を見誤っていた。

 ガラスの器は王水でも解けない。

 姫路さんは料理が完成した早々に肉じゃがをガラスの器に移したのだろう。それにより鍋が融解しても料理がダメになることはなかった。

 料理バトル漫画風に言えば一発逆転の秘策を姫路さんは取り入れて来たのだ。

「この王水硝酸カリウム濃硫酸クロロ酢酸入り特製肉じゃがを食べれば、舌どころか色々な所までトロけてしまうことを保障しますよ♪」

 何という自信。

 だけど姫路さんの料理にはその自信を裏打ちするだけの力がある。

 審査員のみんなも互いに顔を見合わせたまま硬直して動かない。

 姫路さん、あなたは何てできる女なの。やはり姫路さんは最強の料理人。料理マイスターなのねっ!

「……まあ、何だ。姫路の料理は別格だからな。他の参加者へのハンデとして最後に審査してもらったらどうだ?」

 坂本くんがとても気まずそうに姫路さんに意見を述べた。

 審査員たちは坂本くんの意見に一も二もなく頷いていた。

「坂本くんがそう言うのなら私の審査は最後にしてもらいます。肉じゃがは温かい内に食べた方が美味しいのですけれど……って、私は姫路瑞希じゃありません!」

「最後までには明久も目を覚ますだろ」

 坂本くんはいまだ安らかに眠っている吉井くんを見ながら呟いた。

 

「え~とぉ、それじゃあ瑞希ちゃんの代わりに最初に審査を受けてみたい人は誰かな?」

「ウチがお願いするわ」

 姫路さんの代わりに勇ましく前に出たのは島田さんだった。

「先制攻撃を仕掛けて戦況を有利に運んでやるわよ」

 島田さんの物言いは何とも男らしい。

 世が世なら稀代の戦国武将として活躍したのではないかとさえ思う。

「それでは美波ちゃん、お弁当を披露してください」

「ウチの弁当はこれよ!」

 既に本名で呼ばれることを否定すらしなくなった島田さんが出した料理。それは──

「美波ちゃんの料理はサンドイッチだぁああああぁっ!」

 愛子が実況っぽく絶叫する。

 島田さんの手の中には、卵やハム、レタスにトマトといったオーソドックスな構成のサンドイッチが盛られたお皿があった。

「確かにウチの料理技術じゃ坂本や土屋には敵わない。下手に凝った物を作ろうとすれば失敗するだけ。だけど、アキに対する愛情なら誰にも負けないわっ!」

 島田さんの物言いは実に男らしい。愚弟にその男らしさを半分でも分けて欲しい。

 吉井くんが今の愛の告白を聞けば感動したのだろうけど、残念ながらまだ逝っている。

 そして島田さんの方針はアタシと類似している。料理技術ではなく、その他で加点を狙いに来た。さて、吉井くんへの愛情を強調したこのサンドイッチの採点は?

「サンドイッチの具のレパートリーは一般的なものですが、卵は丁寧に潰されており、ハムも綺麗に畳まれています。宣言通りにアキくんへの愛情が垣間見える1品です。ビューティフルヴィーアブ仮面さんには7百点を差し上げます」

「うっしゃああああぁっ!」

 ガッツポーズを取る島田さん。

 料理勝負の基準点がどれくらいなのかわからないけれど、7百点はかなり高い点数ではないだろうか?

「…………料理は愛情だと? 笑わせるな」

 だけど、そんな島田さんにケチを付ける男がいた。

「土屋っ!」

 ムッツリーニくんこと土屋くんだった。

「…………卓越した技術は愛情などという誤魔化しを必要としない」

「何ですって!?」

 いつの間にか雰囲気が料理バトル漫画っぽくなっている。

「…………本当の料理を、見せてやる」

 格好良く言い放つ土屋くん。

 気が付くとアタシの口を挟めない世界に入ってしまった……。

 

 

 

「それではムッツリーニくんの料理を披露してくださいっ」

「…………これが、俺の料理だ」

 土屋くんがそう言ってみせた料理。それは──

「ウチと全く同じサンドイッチ!?」

 島田さんと具のレパートリーまで全く同じサンドイッチだった。

「…………調理の際の音さえ聞けば、何を作っているかは見ずともわかる」

 すると土屋くんは音だけで島田さんがどんな具入りのサンドイッチを作っているのか当てたことになる。恐るべき聴力と推理力の持ち主だ。

「何よ! いくら技術が高かろうとウチと同じサンドイッチなら評価はそんなに変わらないわよ」

「…………だから本当の料理を見せてやると言っている」

 審査員席へとサンドイッチを運ぶ土屋くん。そして──

「流石はムッツリーニくん。ボク、こんな美味しいサンドイッチを食べたのは初めてだよ」

「あうっ、美味しいのですぅ」

「ビューティフルヴィーアブ仮面さんのサンドイッチは丁寧に作られ、愛情も篭った良い料理でした。ですが、こちらの土屋くんのサンドイッチは……何と言いますか次元が違います。材料の選定から調理法までプロ級。いえ、プロを上回る技術力の高さを示しています。……土屋くんには料理技術点最高の千点を差し上げたいと思います」

 土屋くんは2人目にして早くも満点を取ってしまった。

「そ、そんなぁ……」

「…………フッ」

 ガックリと膝をつく島田さん。静かに勝ち誇る土屋くん。

「……島田、元気を出して」

 そして島田さんの肩にそっと手を置く代表。

「……料理は愛情は間違っていない。島田の仇は私が討つ」

 会長からいつにない熱さを感じる。

「…………フッ。面白い」

 そんな会長を鼻で笑う土屋くん。

 何故だろう?

 3人のやり取りを見ていると、この先あまり見せ場のない3人が退場する前に必死に自分たちの活躍の場を作っている。必死にドラマを演じて注目を集めようとしている。

 そんな気がして止まない。

「それでは代表、霧島翔子さんの料理を披露してください」

「……私の愛妻弁当は、土屋の技術力にだって負けない!」

 代表がそう言って見せた料理はハートの形をした可愛らしいお弁当箱に入った言葉通りの愛妻弁当だった。

 

『 I LOVE YUJI! 』

 

 ご飯の上にノリでそう文字が書かれていた。

 これ、吉井くんへのベストフレンド弁当というお題だった気がするのだけど……?

「霧島翔子さんのお弁当から坂本くんへの溢れんばかりの愛情を感じますっ! 技術点8百点に加え、愛情点7百点を加算。合わせて千5百点を差し上げます」

 あっ、認めるんだ。

「…………そんな。この俺が負けるなんて」

「……技術では土屋の方が上。だけど、土屋の料理は自分の技術の高さを見せ付けるだけで、食べてもらう人への思いやりがなかった」

「…………食べてもらう人への思いやり。……そんな基本的なことを忘れていたなんて」

 涙を零す土屋くん。え~と……。

「確かに土屋の料理には思いやりが足りなかったかもしれない。でも、凄いよ」

 土屋くんの元へとやって来る島田さん。

「ウチは愛情を言い訳にしながら料理技術を向上させることを怠っていた。怠慢だったウチが土屋に負けたのは当然だったのよ」

「……私も、花嫁修業をしているにも関わらず、料理の腕で土屋に全く敵わなかった。更なる精進が必要」

「…………島田、霧島」

 ヒシッと抱き合う3人。

 体育館の中なのに、バックが夕日の川原に変わって見える。

 こういう時、アタシはどう対処すれば良いのだろう?

 確かこういう状況で言う台詞は……あっ!

「ビバッ」

 死亡フラグならぬ退場フラグを見事に打ち立てた3人を生暖かい目で見守りながら拍手した。

 

 

 

「それじゃあ4番手は誰が行ってみる?」

「俺が行こう」

 前に出たのはアタシの宿敵坂本くんだった。

「俺の料理には明久に対する愛情は欠片もないからな。翔子のような高得点は期待できない、か」

 自虐めいた言葉を発しながらも坂本くんにはいささかの動揺も見られない。

 学校の調理室でフランス料理を作ってしまえる彼の実力は土屋くんにも匹敵するものだろう。

 つまり、千点は確保できるという自信が坂本くんにはあるに違いない。

「……雄二の料理は私が食べる」

「おい、翔子っ!」

 代表が人間離れした脚力で跳躍して坂本くんの手からフランス料理が乗った皿を奪う。代表はさっきから変なモードに入ったままだ。そして──

「……雄二が……吉井の為に裸エプロンしながら料理している光景が目に浮かぶ」

 坂本くんの料理をつまみながら涙を零していた。

「ちょっと待てっ! 俺は裸エプロンなんぞしてないぞ!」

 坂本くんは動揺しながら反論を試みるけれどもう遅い。

「坂本くんが裸エプロン? ……本当です。坂本くんがアキくんの為に裸エプロンで調理している様が網膜に張り付いて離れません!」

「これは、この料理は坂本くんのアキちゃんへの愛情の塊です。私にも坂本くんの裸エプロンが見えるよ!」

「先生は男子生徒の制服の裸エプロン化を職員会議で真剣に協議したいと思います」

「葉月もこの美味しそうなフランス料理を食べてみたいのです」

「葉月にはまだ早いからダメ!」

 坂本くんの料理を食べると坂本くんが吉井くんの為に裸エプロンで調理している姿が目に浮かぶ。それはもうこの体育館の中で規定事実と化していた。

「よしっ! アタシも食べるわ」

 学園の秩序を守る者として学内で裸エプロン妄想が広がるなんて認められない。アタシが食し尽くして被害の拡大を止めなくちゃ!

 今行くわよ、リアル雄二×明久っ!

「ふぅ。ごちそう様でした」

「坂本の料理もなかなかやるじゃない」

 だけどアタシが食べようとする直前で姫路さんと島田さんにより全て食べられてしまった。満面の笑みで鼻血を垂らし続ける2人を見て自分の出遅れを後悔した。

「坂本くんには料理技術点千点に裸エプロン点2千点を加えて3千点を差し上げます」

「だから俺は裸エプロンなんかしてないって言っているだろうがぁっ!」

 流石は坂本くん。

 1回戦での失策をあっという間に挽回してしまった。

 

 

「坂本くんが行くならば僕も行こう」

 続いて進み出たのは久保くん。

「僕の料理はこれさっ!」

 久保くんが披露した料理は──

「パエリア?」

 魚介類とサフランを使った炊き込みご飯と呼べるスペインの郷土料理であるパエリアだった。

 久保くんは何事にも卒がない人なので様々な料理が作れるに違いない。だけど、どうして敢えてパエリアで勝負してきたのだろう?

「久保くんの料理はアキくんの大好物のパエリアですね」

「吉井くんの大好物?」

 吉井くんの好物がパエリアだなんて知らなかった。アタシの知らない情報を久保くんが知っているなんて悔しい。

 アタシもこれからパエリアを作る練習を始めないと。

パエリアって海産物だから、確か材料はフグとヒョウモンダコとエイの尾とスベスベマンジュウガニだっけ? 

 秀吉に味見してもらって頑張らなくちゃ!

「さあ、召し上がれ」

 審査員たちが久保くんの料理を口に運ぶ。さて、反応は──

「こっ、これは、坂本くんの時と同じように久保くんがアキくんの為に裸エプロンで調理している光景が目に浮かびます!」

「わっ、私にも見えます。アキちゃんはやっぱり総受けなんですよ!」

「先生は男子生徒の制服を裸エプロンに替えるように学園長に直接掛け合ってきます」

「葉月もパエリア食べたいのです」

「子供はダメ!」

「坂本くんも久保君もずるいです。男の子は裸エプロンになって明久くんの気が惹けますが、女の私にはできません。私の裸エプロンなんて誰も見たくないですから……」

「どうやら吉井くんの為に裸エプロンになって調理した甲斐があったようだね」

「俺は今こそ断言する。この文月学園は変態の巣窟だ」

 喧騒を見ながら坂本くんがホロリと涙を零している。

 確かにBLは秘めてこそ華なので、大っぴらに裸エプロンと騒ぐのはどうかと思う。

「という訳で、文月学園の風紀を守る為にアタシにも一口頂戴っ!」

 騒動の元凶を断ち切るべくパエリアに手を伸ばす。

「……ごちそうさま。だけど久保より雄二の方が裸エプロン似合っている」

 しかし、パエリアは既になくなってしまっていた。何故アタシは人生の分岐点でこんなにも出遅れてしまうのだろう?

「久保くんには技術点7百点、裸エプロン点2千点で2千7百点を差し上げます」

「やはり裸エプロンの力は偉大だったようだね」

 流石久保くんは毎回点数をきちんとまとめてくる。

 だけど、この流れならアタシにも勝機はある!

「続いて6番目は誰が行く?」

「アタシが行くわよ!」

 手を挙げながら前へ出る。

 さあ、アタシのターンだ。

 

 

 

「考えてみるとボク、優子の料理って食べたことがないんだよね。期待してるよ」

「……秘策ならあるわよ」

 愛子ったら余計なことを。

 確かにアタシは秘策を用意した。けれど、それは料理自体じゃない。

 料理だけ見たらきっと──

「これがアタシの料理よ!」

 おにぎりを包んでいた布を開く。

「えっ? ……おにぎり、なの?」

「土屋くんや坂本くんの料理を見た後だと、えっと、華やかさにちょっと欠ける、かな?」

「あうっ。形もあんまり綺麗ではないのです」

 やはり評価は微妙。というか今までで一番良くない。

 味だって見た目に比例している。多分美味しくない。

 だけどアタシには隠し玉というか隠し味がある。

 後はそれにみんなが気付くかだけど……

「……優子のおにぎりから雄二の匂いがする!」

 よしっ。代表がアタシの秘策に気が付いたわ。

 代表は俊敏な動きでおにぎりを皿から1つ奪い取り、手を震わせながら口に入れる。

 さあ、アタシの料理の評価は一体?

「……不味い」

 うっ。代表にアタシの料理を一言の元に切って捨てられてしまった。

 秀吉には何度も不味いと言われてきたけれど、他の人に言われるとやっぱり傷付く。

 しかも、塩振って握っただけの誰も失敗しなさそうなおにぎりでだ。

 吉井くんはまだ逝ったままで良かったかもしれない。

 それにしても、アタシの準備した秘策は不発だったのだろうか?

 でも、そうじゃなかった。代表はアタシのおにぎりを不味いと評したけれど、黙々と食べ続けている。そして──

「……このおにぎりは凄く不味い。でも雄二の味が、雄二の裸エプロンの味がする」

 涙を浮かべながらアタシの秘策を解説してくれた。

「坂本くんの裸エプロンの味ですか?」

 先ほどまでアタシの料理を倦厭していた審査員たちが一斉に興味を持ち始めておにぎりを手に取っていく。

「こ、これは……確かにおにぎりは相当に不味いですが、坂本くんがアキくんの為に裸エプロンで料理している様が匂い付きで認識できます」

「おにぎりはこんなに不味いのに、坂本くんの裸エプロンがこんなにも鮮明に思い浮かぶなんて……不思議」

「葉月もこの不味いおにぎりを食べたいのです」

「ダメよ。不味い上に裸エプロンなんて絶対に食べさせられないわ」

「先生もこの不味さにはむしろ感動さえ覚えます。ですが、脳裏と鼻腔をくすぐる坂本くんの裸エプロンがまた別の感動を誘います」

 ……あんまりアタシの料理を不味い不味い連呼しないで欲しい。アタシの人としてのプライドはもう崩壊寸前だ。

 

「それで、木下優子さんが坂本くんの裸エプロンを再現した秘密とは何なのでしょうか?」

 お義姉さんから核心に触れる質問が飛んで来る。種明かしをする時が来たみたいだ。

「アタシの料理の秘密……それはこれよっ!」

 先ほどまでおにぎりを包んでいたナイロン製の布をみんなに見せる。

「エプロン、ですか?」

 お義姉さんはまだこのエプロンが何なのかわかっていない模様。

「……それは、雄二が調理時に使っていたエプロン!」

 そして秘密に先に気付いたのはやはり代表だった。

「そうよっ! これは先ほど坂本くんが素肌に直につけて調理していたエプロンなのよ!」

 みんなが驚きの表情でアタシの持っているエプロンを凝視する。

「どうしてさっきから俺が裸エプロンで料理していたことがデフォ化してるんだ?」

 坂本くんが何か不満を述べているけどみんなで無視。

「つまり、おにぎりに宿る坂本くんの裸エプロンイメージと匂いはこのエプロンから発せられたものなのですね?」

「そういうこと!」

 この秘策ではアタシが準備した料理がおにぎりだけだったことが偶然にも良い方に作用してくれた。

 おにぎりだけだったから坂本くんの裸エプロンで包むことができた。最初に考えた通りに煮物や焼き物をメニューに混ぜていたら裸エプロン包みはできなかった。

 愚弟という尊い犠牲を払っての料理練習は無駄ではなかったのだ。

「それでは吉井くんのお姉さん。優子の採点をお願いします」

 そして訪れた運命の一瞬。

「木下さんのおにぎりは残念ながら技術的に高いものとは言えません。料理技術点は10点しかあげられません」

「クッ」

 土屋くんや坂本くんの技術点が千点だったのと比べると百分の1の点数。

 今更ながらに自分の料理の下手さを痛感させられる。

「ですが、坂本くんの裸エプロンを使用して私たちに魅惑のファンタジー世界を見せてもらった創意工夫を考慮して千点を加点したいと思います」

「つまり優子の得点は千10点だね」

「よっしゃああああああぁっ!」

 ガッツポーズを取りながら喜びの奇声を上げる。

 料理勝負で土屋くんの点数を上回ったって、我ながら凄い快挙だと思う。実力では百分の1の点数だったけど。

「……優子、ちょっと」

 代表に袖を引っ張られる。

「どうしたの?」

 代表が羨望の眼差しでアタシを見ている。

「……どうやって手に入れたの、雄二のエプロン?」

「えっ?」

「……私がいくら頼んでもくれなかったエプロン。どうやって入手したの?」

「ええ~とぉ、それはねえ……」

 代表から視線を外す。

「坂本くんと交渉して手に入れたのよ。ほら、アタシ、いつもクラスの交渉役を務めているじゃない。だから交渉って結構得意なのよ。アハハハハ」

「……そう。口下手な私にはできないやり方。シュン」

 い、言えない。

 今度の休みに代表を遊びに連れ出して坂本くんを自由にする代わりにエプロンもらったなんて絶対に言えない。

 

 ともかくこれで、第3種目を戦う上でアタシが不利を抱え込むことはなくなった。

 

 

 

 

「……愛子。あなたさっき、何気にアタシのおにぎりを食べなかったわよね?」

「何のことだかボクにはさっぱりわからないなあ」

 そう言えば愛子が今までに試食したのは土屋くんのサンドイッチだけだったりする。何気なく自分を安全圏においてるわね、この子。ケロッとした顔で相当計算高い。

 それはさておき──

「さて、後料理を披露していないのは誰だっけ?」

 現在まで料理を披露し終えたのは6名。ということはもう1人しか残っていない筈。

 いよいよ、この料理勝負の大本命姫路さんの出番ということになる。

「ならば次はワシが披露しよう」

「えっ?」

 だけど意外な所から声が上がった。

「秀吉? アンタ、生きてたの?」

 首の骨をへし折って確実に地獄に送った筈の弟が横に立っていた。

「復活したのは調理終了時刻の15分前じゃったがな」

 どうやら秀吉は何度倒しても復活するタイプのラスボスらしい。完全に沈黙させるにはコアを破壊するとか、特殊なアイテムで復活阻止の結界を作るとかしないとダメっぽい。

 まあアタシはラスボスが何度復活してもその度に踏み躙るだけだけど。

「時間がなく、しかも復活後も体が満足に動かなかったせいで大したものは作れなかったが、不戦敗になるよりはマシじゃろ」

 弟の言葉がいちいち嫌味に聞こえる。まるでアタシのせいで料理ができなかったみたいに聞こえる。

「それでは妹くんこと木下秀吉さん、料理をどうぞぉっ!」

「ワシの料理は……これじゃ!」

 秀吉が見せた料理。それは──

「お刺身なのです」

 島田さんの妹の言う通り、秀吉が出した料理はマグロの赤身やホタテ、タコを中心とした刺身の盛り合わせだった。

「お姉ちゃん。このお刺身を葉月食べて良いですか?」

「……木下は裸エプロンなんてしてないでしょうね?」

「何故ワシがそんな真似をしなければならんのじゃ!」

 料理を食べて良いかどうかの判断基準が、料理人(男)が裸エプロンをして作ったかどうかというのは世界広しといえどもここだけだろう。

「木下がそう言うのなら……葉月、食べても良いわよ」

「わ~い。頂ますなのです」

 島田さんの許可をもらい、律儀に手を合わせてから刺身を食べ始める妹さん。

「美味しいのです♪」

 妹さんが美味しそうに刺身を食べている様を見ると心が和む。こんな妹だったら欲しい。

「姉上、幾ら島田の妹が可愛いと思っても手を出すでないぞ」

 アタシの弟はこんなにも憎たらしいと言うのに。……後でまた殺ろう。

 

「このお刺身とっても美味しいのです。特にこの、人肌に温めてある所が最高なのです」

「「「「「人肌っ!?」」」」」

 妹さんの人肌発言に島田さんや審査員たちが一斉に反応する。

「ちょっとウチにも食べさせなさい!」

 妹さんから箸を奪うようにして取り、島田さんが赤身を1切れ口の中へと放り込む。

「こ、これは……っ!」

 島田さんが大きく目を見開く。

「木下ぁっ、あんたこの刺身をどうやって作ったのか詳しく説明しなさい!」

「どうと言われても……体がろくに動かず調理台を使えなかったので、左腕をまな板代わりにして魚介類を捌いただけじゃ」

「それってつまり……」

「「「「「「『秀吉』盛りっ!」」」」」」

 妹さん以外の女子の声が一斉に揃った。

「そうよ。刺身を食べた瞬間から頭に浮かんでいたモヤモヤとした映像は木下の『秀吉』盛りだったのよ!」

「お刺身を食べていると、裸の木下くんの体の上にお刺身が敷き並べられている映像が目に浮かびますぅっ!」

「先生は木下くんの『秀吉』盛りも大いにアリだと思います」

「…………俺にも『秀吉』盛りを食わせろ」

「ウチがそんなことを許すわけがないでしょうが!」

「みんなが何を騒いでいるのか葉月にはわからないのです……?」

 みんなは秀吉の刺身を食べながら大いに盛り上がっている。

 だけどアタシの心は雨雲に覆われてしまっている。

「『秀吉』盛りなどと、みなは一体何を言っておるのじゃ?」

「アンタが変な調理法をするからこうなったんでしょうが!」

 とりあえず弟にワンパンチ顔面に入れてみるものの気分は晴れない。

「坂本くんや久保くんの裸エプロンを上回る『秀吉』盛りを使った木下秀吉くんには5千点差し上げます」

 そしてまた秀吉が最高得点を取ったことが腹立たしくてもう1発お見舞いしてみる。

「何故ワシは姉上に攻撃されているのじゃぁああああああぁっ!?」

「黙りなさいっ! この、ラスボスがぁっ!」

 吉井くんの心だけでなくベストフレンドの座まで奪い取ろうとする愚弟がとっても悔しかった。

 

 

 

「じっちゃんっ! 僕、秀吉と幸せになるから2人の結婚を認めて欲しいんだっ!」

 アタシが愚弟にとどめの一撃を加えようとしていた所で吉井くんが復活を果たした。

「あれっ? 僕は向こうの世界に逝っていた筈なのにここは一体? 今はどこ?」

 そういえば、今は吉井くんの為のお弁当勝負なのに彼は参加者のお弁当を1度も食べていない。ちょっと可哀想。だけど──

「あ、明久よっ。あれは、向こうの世界では結婚に性別は関係ないと言うからついお主の口車に乗せられてしまっただけで、やっぱりワシはお主と所帯を持つことは……」

「秀吉ぃいいぃっ! アンタは次の種目が始まるまでもう1回逝ってなさぃいいぃっ!」

「理不尽じゃぁああああああぁっ!」

 吉井くんにみつかる前に愚弟をバックドロップで葬り舞台脇に捨てておく。

 何で秀吉は決定戦と関係ない所で勝手に吉井くんとの関係を進めているのよ。所帯って何? 何で結婚まで漕ぎ着けているのよ? 

 全く、私の方こそ理不尽を感じるわよ。

「さて、明久。復活したばかりの所を悪いが、料理の審査員の仕事をしてもらいたい」

 坂本くんが縛り付けられたままの吉井くんに話し掛ける。

「料理の審査員? 姉さんの料理じゃなきゃ構わないよ」

「という訳で明久に試食してもらえ。良かったな、姫路」

「吉井くんに食べてもらえるなんて本当に幸運です。って、私は姫路瑞希じゃありません!」

 いいなあ、姫路さん。

 自分の作った料理を好きな人に食べてもらえるなんて。

 アタシも、吉井くんに手作り料理を食べて欲しい。

「名前を間違ってしまい済まなかったな、プリンセスロード。お詫びに俺が明久にお前の料理を食べさせてやろう」

 坂本くんが吉井くんの口元に姫路さんの肉じゃがを運ぶ。リアル雄二×明久♪

「ちょっと、雄二っ? その、姫路さんが作ったような食べたら舌どころか色々な所までトロけてしまいそうなヤバい感じがする肉じゃがは何なのっ!?」

「安心しろ。作ったのは姫路じゃなくて、マスク・ド・プリンセスロードだからな」

「いや、絶対それ、姫路さんの料理だって! 肉じゃがに王水と硝酸カリウムと濃硫酸とクロロ酢酸入れる人なんか他にいないって!」

 吉井くんが大声で叫んだ瞬間を狙って坂本くんが木製のスプーンを口の中へと突っ込む。

「つべこべ言うな、明久。お前は料理の審査員なのだから、大人しく食って逝け。ほらア~ンだ」

「何でこっちの世界に戻ってきた早々にこんな目にぃいいいぃっ!? ……ガクッ」

「俺もこの料理勝負で色々失ったからな。道連れがいないとやってられねーんだよ」

 愚弟が地獄で2人きりなのを良いことに関係を進展させようとしないか。

 それだけがアタシの心配だった。

 

 

ベストフレンド決定戦 1回戦 第2種目終了時 得点表

1位 木下秀吉 1万5千点

2位 久保利光 5千7百点

3位 坂本雄二 3千1点

4位 霧島翔子 2千5百点

5位 木下優子 2千10点

6位 土屋康太 千5点

7位 ビューティフルヴィーアブ仮面 7百3点

8位 マスク・ド・プリンセスロード -10万点

 

 

 

「最終勝負は2人でペアを組んでもらってチーム対抗の時の運勝負だよぉ」

「お料理勝負ではほんのちょっとだけ失敗しちゃいましたけど、次で逆転ですっ」

 料理で-10万3点を言い渡されたのにポジティブシンキングを続ける姫路さん。彼女を見ているとアタシの人生に足りないものは何か色々と考えさせられてしまう。

「ペアの決め方はどうするんだ?」

 坂本くんが至極当然の質問をした。

 この種目の点数次第で準決勝にいける4名が決定する。

 相方が第3種目、ひいてはこの決定戦の勝敗を左右するのだから神経を使わないわけがない。

「ボクも最初はくじ引きでペアを決めようと思ったんだけどねえ……」

「……雄二と私は夫婦。だからペア以外あり得ない」

 代表が坂本くんの腕を取って引き寄せた。坂本くんも予想済みだったのか諦めの溜息を吐いている。

「とまあ、坂本くんと代表がペアにならないとボクが代表に酷い目に遭わされそうとか諸々の事情があって、準備委員会の方でペアと対戦表を決めておいたよぉ」

 愛子は今回も何気なく保身を図っている。

 それはさておいて、アタシのペアと対戦相手はどうなっているのかしら?

 愛子が張り出した模造紙の内容を確認する。

 

ベストフレンド決定戦 時の運勝負 ペア&対戦表

 

ヘル・サブミッションズ

  木下優子 & 木下秀吉

   VS

モア・デンジャラス・コンビ

  姫路瑞希 & 島口美波

 

坂本夫婦

  坂本雄二 & ■■坂本翔子

   VS

残り者ペア

  久保利光 & ムッツリーニ

                          』

 

 ……多分ツッコミを入れたら負けなのだろう。負けにして欲しい。というわけでアタシは何もツッコミを入れない。

「……坂本翔子は正しい」

 はいっ、代表負け。

「正しくねえっ!」

 はいっ、坂本くんも負け。

「ウチの苗字が島田じゃなくて島口になってるじゃないの!」

 はいっ、島田さんも負け。

「私の名前はプリンセスロードです!」

 はいっ、姫路さんも負け。

「残り者ってのは流石に酷い気がするよ。事実だけど」

 はいっ、久保くんも負け。

「…………俺なんてあだ名で記載されている」

 はいっ、土屋くんも負け。

 秀吉は黄泉の国からまだ帰って来ていない。

 はいっ、これでアタシの優勝で決まりね。

「優子は何も言わないの?」

「アタシはツッコミ担当じゃないわよっ!」

「確かに優子って一見ツッコミ担当に見えて、BLネタとか暴力ネタでボケ返してくるもんね。意外と生粋のボケ担当かもね」

 何故かしら?

 今、とても愛子にバカにされた気がする。

 

「それで、ウチらと木下姉妹の対決って何をするの?」

 島田さんはアタシと愛子のバトルに目もくれず対決方法を尋ねている。

 指をパキパキ鳴らすおまけまで付けてだ。

 確かにそろそろ彼女とはどちらが2年女子最強か白黒ハッキリ決着を付けた方が良いかもしれない。

 彼女が吉井くんの腕をへし折るのとアタシが愚弟の腕をへし折るののどちらが速いか、早折り勝負をしてみたい。

「勝負方法だけど、時の運勝負ということで、ボクたちが抽選で選んでおいた審判に勝負内容と採点を決めてもらいます。だからボクもどんな種目になるか知らないんだぁ」

 何とも無責任にして愛子らしい種目だ。

「それじゃあ、第1試合の審判員の方、入ってきてねぇ」

 愛子の声に導かれ、スポットライトを浴びながら1人の女子生徒が舞台へと登ってくる。

「何で美春が豚野郎の友達を決める大会の手伝いをしなければなりませんの。しかもお姉さまは朝から姿が見えませんし」

 ブツブツと不服を述べながら近付いてくる、髪を左右で束ねてチョココロネのように巻いたあの女子生徒は……

 

「ゲッ。美春」

 島田さんが頬を引き攣らせる。

 そうだ。彼女は島田さんをこよなく愛するというちょっと変わった性癖を持つ2年D組の清水美春さんで間違いない。

「それでは審査員の方、自己紹介をお願いします♪」

「第3種目の審判兼採点者を頼まれました2年D組清水美春です。お姉さまのレア写真10枚と引き換えとはいえ何で美春がこんなことをしないといけないのだか。はぁ~」

 清水さんは傍目からもすぐわかるほどにやる気がない。

「唯一の救いは、美春が採点する4名の参加者は全員美少女ということです。でも、お姉さまがいないなんてやる気が出ません。はぁ~」

「……わ、ワシは男……じゃ……」

 弟は意外に早く復活を遂げたようだ。床を這いながらアタシたちの前へと出てきた。

「次はタッグ戦なのだから、アタシの足を引っ張るんじゃないわよ」

 何度復活してもへし折るのがアタシのモットーだけど、次の勝負では愚弟の力が必要になるかもしれない。汚れキャラ対決とか、1回死んでみる対決になったらアタシは全面的に弟に依存しなければならなくなる。

 だからアタシは今回だけ弟を生かしておくことにする。

「おおっ、遂にワシもあちらの世界にいかずに次回を迎えることができるのじゃな。うんうん」

 愚弟の機嫌が妙に良い。何か腹立たしいわね。

「姉上もその暴力性を封じ込め、家でのだらしなさを改善すれば明久の嫁になる可能性も生じるじゃろう。もっとも、それでもワシの絶対的な有利は変わらんじゃろうがな」

 白い歯を見せながら陽気に笑う秀吉。よほど楽しいらしい。

「ふ~ん」

「姉上……人間の首は後ろに回るようにはできておらぬ……ぞ……」

「じゃあ360度にするわ」

 そしてアタシはそんな秀吉の首を360度捻ってみせた。今回も結局いつも通りの結末を迎える秀吉。

「木下さんは1対2で私たちに勝とうと言うのですか?」

 そんなアタシたち姉弟を見ながら姫路さんが余裕とも不満とも取れる笑みを浮かべる。

 ちなみに島田さんは清水さんから背を向け全力で逃げ出そうとしているが、姫路さんが首根っこを掴んで離さない。

「フッ、ハンデにはちょうど良いぐらいよ」

 強がってみるが、運動以外は代表に匹敵する能力を誇る姫路さん相手に余裕などある筈がない。 そしてその姫路さんのパートナーはアタシが1対1で勝てないかもしれない戦闘能力を誇る島田さん。

 はっきり言って非常に厄介な2人が組んでいる。

「う~ん、明久。お主の気持ちは嬉しいが、ワシとお主ではやはり家族の承諾が得られぬ。……駆け落ちしようなんて急に言われてもワシは……その……できれば正式に……」

 それに比べてアタシのパートナーは……こんなんだし。

 というかさっきからこいつは何で大会の山場を無視して吉井くんとの仲を劇的に進めているの?

 あの世ルートが正解ってどんなBLゲームフラグよ?

 とにもかくにも、前門の姫路さん&島田さん、後門の秀吉とアタシの行く手には難関だらけだった。

 

 

 続く

 

 

 

 


 
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