一方、蜀の陣営の前線では焔耶と翠が『にゃあ黄巾党』を蹴散らしていたが、呉の支援の鈍りが目に見えて戦線に影響を及ぼし始めていた。
馬上の翠に向かって『にゃあ黄巾党』の兵が槍を突き立てようとするのを紙一重で交わし、かわりに槍で一突きにするが後続の敵の勢いは衰えず、翠は下がる味方を庇う為に突出する形になってしまった。
「くっ・・・どうなってんだよ!」
そこで飛んできた流れ矢を弾き、翠も一度下がる。
下がった翠の代わりに槍を構えた槍兵の部隊が一斉に突撃して一時敵を食い止め、その間に翠は本陣へと戻った。
馬を降りて本陣へと戻った翠の周りの兵は慌ただしく走り回り、怒鳴るような声での話し合いが本陣中心で行われていた。
そのあまりにも慌てたような様子に嫌な気配を感じる。
その中でようやく何かを考え込んでいた雛里の姿を見つけた。
「雛里!戦況はどうなってる!?敵の攻撃がこちらに集中してきている気がするんだ!」
突然声を掛けられた雛里は「あわわ!」と慌てながら手をバタバタさせていたが、すぐに気を取り戻して翠に向き合う。
「あわわ・・・翠さん、大変です。鈴々ちゃんと朱里ちゃんが黄巾党の増援と一緒に出現したみたいです・・・」
「な、なんだって!?」
焦って涙目の雛里に告げられた一言に翠は愕然とする。
「それは、敵の増援として・・・って事か・・・?」
半ば呆然とした翠の言葉にコクンと雛里が頷く。
「なんで・・・!」
ギリッと槍を握る手に力が篭るが、その問いに答えれる者はいなかった。
「実は・・・翠さんに相談があるんです」
雛里の言葉に顔を上げて雛里の顔を見れば、そこにあったのは真剣な表情だった。
そして即座に周囲に目配せをして、話が聞こえる範囲に兵がいないのを確認する。
いつもと違う切羽詰った様子に翠も戸惑うが、翠も周囲を警戒した。
「翠さんには、魏の陣営に潜り込んで欲しいんです」
唐突な雛里のその言葉を、最初理解できなかった。
「・・・どういうことだ?」
訝しげな表情を作るが、雛里はさらに周囲を警戒しながら話を続ける。
「魏の兵に変装して、魏の本陣に行ってほしいんです・・・そこには、『天の御遣い様』が捕らえられている筈です」
「・・・え?」
「今、蒲公英ちゃんには魏の陣営近くで陽動作戦をしてもらっています。その動きに合わせて潜り込んで、間違いないか確認をして欲しいんです」
帽子の隙間から覗く瞳がキラリと輝く。
「ちょ・・・ちょっと待てよ。『天の御遣い様』は今、建業にいるんじゃないのか?それが何で魏の本陣で捕らえられているんだ?」
話の内容のキナ臭さに思わず声をひそめる。
「細作からの報告です」
雛里のハッキリした言葉に、翠は上げそうになった声を気力で止める。
雛里はアッサリと細作を使ったと言ったが、それは同盟国である魏の中枢にまで細作の手を伸ばしているという事で戦時中ならいざ知らず、雛里の行動は一つ間違えば同盟崩壊の引き金になりえる事だった。
そんな大それた事をやってのけた雛里の行動に空恐ろしい思いもあるが、翠はそれを追及する気にはならない。
むしろ────
「もし、可能なら・・・『天の御遣い様』を掻っ攫って来い・・・か?」
薄っすらと笑みを浮かべる翠に、雛里はコクン、と頷いた。
急速に意識が覚醒して、一刀は縄に縛られたまま上半身を起こす。
「わ!に、兄ちゃん!?」
「一刀・・・?」
ガバッといきなり起き上がった一刀に季衣と春蘭が驚くが、一刀はそれどころではなかった。
猛烈なまでに頭の中で警報がけたたましく鳴り響く。
それは『南海覇王』を手放してもなお感じられる猛烈に危険な予感。
ザワザワと全身の肌が粟立ち、冷や汗が出る。
「ど・・・どうしたの?兄ちゃ────」
「危ない!!!」
一刀が感じたままに季衣に体当たりをして倒したそのすぐ側を、猛烈な勢いで"何か"が通り過ぎた。
「え!!?」
もつれ合うように倒れこみながら、季衣が目にしたもの。
さっきまで季衣の体があった場所に、天幕の外から突き立てられた槍の刃先があった。
その形は間違いようも無い。
『方天画戟』
ならばその使い手は────
「気配を消していたのに外れた・・・さすが、ご主人様」
天幕の向こうから感情の篭らない声がする。『さすが、ご主人様』の部分を除いて。
「恋さん!?」
季衣の狼狽を余所に即座に立ち上がった次の瞬間、天幕が暴風によって吹き飛ばされた。
空気そのものが怒り狂ったように巻き上がり、易々と天幕をただのボロキレへと変貌させて巻き上げる。
暴風を巻き起こしたのは、恋の闘気。
その闘気が闇の中にありながらも見えるほどに高まり、"いつか"見た光景とその名前が脳裏を過ぎる。
「呂布・・・奉先・・・」
「恋・・・」
呻くような一刀の声に、恋がちょっと拗ねた様な表情を浮かべた。
あまりにも巨大な闘気とその表情とのギャップに僅かに戸惑うが、一刀の勘は明確に危険だと告げている。
「ご主人様 ────迎えに来たよ」
まるでお遣いに来たかのような言い方だが、それは一刀にだけ向けられたものだった。
「他は、邪魔」
季衣と春蘭がゾッとする。
三国同盟以前の戦いでも、ここまでの敵意を見せ付けることは無かった筈だった。
急いで体を起こそうとした春蘭だが、体に力が入る筈も無く上半身を上げるだけで息切れを起こす。
「しゅ、春蘭さまっ!」
季衣が慌てて手助けをしなければ、まともに動くことも出来ないだろう。
せめて、二人が逃げれるだけの時間は稼がなければならない。
二人の様子を見ながら、一刀は覚悟を決めた。
ブチッという音。
それは一刀が力ずくで縄を引きちぎった音。
急速に心が冷えていく。
完全に冷える前、二人に向かって告げた言葉・・・。
「に、げ、ろ」
ゴッ!と一刀の両腕に着けられた黒い閻王から黒い気が溢れ、一刀の瞳が紅く染まる。
周囲の空気が異質なものへと変わり、一刀の心は完全に冷え切った。
見えているのは目の前の敵だけ。
そして、戦いが始まった。
一刀が地を蹴り、右手を恋に向けて振るう。
空気を打ち抜くような一撃を、だが恋は左手で易々と掴んで方天画戟を下段から打ち上げる。
辛うじて交わした一刀だったが、掴まれた右手が解けない。
掴まれた右手を無理に振りほどかずに左の膝を恋の腹めがけて繰り出すが、その動きよりも早くに恋の膝が一刀の膝を防ぐ。
ギインッ!、という骨の軋む音が体の中に響いて僅かに一刀の表情が動き、その一刀の頭上目掛けて方天画戟が振り下ろされる。
それを左手で受け止めたが、ドスン!という何トンもの象が大地を踏みしめたような音がして両足が地面にめり込む。
強い────
冷たい心の中で、一刀は冷静に恋の戦力を分析していた。
力、速度、技、その全てが恋が上。
勘による先読みの速度すら恋は上回っていた。
何をしても攻撃の全てが防がれる幻影に、冷や汗が流れる。
不意に。
恋の力が弱まり、その隙をついて後ろ跳びに恋と距離を取る。
「・・・ご主人様、強い」
ポツリと呟いた恋の言葉は、今の一刀にとっては屈辱的だった。
更に気を練り上げる。
もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと・・・。
今、一刀の手には『靖王伝家』は無く、『にゃあ黄巾党』を倒した時の半分程しか力を出せなかった。
だが、『黒い閻王』で練り上げられた一刀の気は、やがて"その時"に近づく。
高まり続ける気が暴走を始め、全てがスローモーションのように感じる。
その中で、一刀は恋が笑うのを見た。
「無駄ですよ。ご主人様」
聞こえない筈の無音の世界にあっても、その言葉はハッキリと聞こえた。
恋の後ろから誰かが現れる。
恋の後ろから現れたのは、愛紗。
その手には、『靖王伝家』が握られていた。
そして────
悪夢を告げる声が聞こえた。
<<バックアップデータをロードします>>
<<呂布データをロード>>
<<インストール、完了しました>>
華琳が前線に行った事で本陣の天幕は誰も居なかった。
いや、"誰も居なくなっていた"
警備の者達数人の姿が消えていたのだった。
誰も居ない筈の天幕から、カチャリ。という音が聞こえる。
その音は天幕の中に置かれた『靖王伝家』を持ち上げた音。
それを抱えた人影が天幕を飛び出した。
「どういう事かしら」
天幕の外に出た瞬間に掛けられた華琳の声に、天幕から飛び出した者がビクリと体を震わせる。
「・・・答えなさい」
厳しい表情を浮かべる華琳の先には、『靖王伝家』を抱えた者の後姿。
ゆっくりと、その者が後ろを振り向く。
そこにいたのは────
「答えなさい!秋蘭!」
うぶぉあー・・・死ぬ・・・忙しすぎて・・・死ぬ・・・。
せめてこれを完成させねば・・・。
次話はちょっと長くなるので二話の予定ですが、一話になった場合は第二部最終回「UNKNOWN」
で、
二話になった場合は、「裏切りの貂蝉」です。
ではまた。
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・・・後・・・一話・・・?