No.201729

静かなバレンタイン

【春蘭】「か、華琳様!北郷の部屋から異臭が!」
【華琳】「あ……アレ置きっぱなしだったわ」


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2011-02-15 10:03:25 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:5130   閲覧ユーザー数:4102

 早朝。

 

 まだ鳥も鳴かないほどの時間、厨房へと向かう流琉の姿があった。

 今日は以前一刀から聞いた『バレンタイン』という日だった。

 チョコレートという菓子を女性が造り、それを男性にあげることで、気持ちを形にするのだという。

 

「う~ん、材料もちゃんと聞いておけばよかったなぁ」

 

 いかに流琉が凄腕の料理人といえど、材料や造り方が分からなければ、つくりようがなかった。

 

「黒くて甘い食べ物らしいけど」

 

 などと悩んでいるうちに、足は既に厨房へとたどり着いていた。

 と、扉に手をかけたところで、中からの物音に気がついた。

 

「……? 誰かいるのかな……?」

 

 恐る恐る扉を開き、音を立てないように中を確認する。

 

「……違うわね。一刀の反応はこれではないわ」

「華琳様……?」

 

 中にいたのは、何かの味見をしていた曹操こと華琳だった。

 手に持っている器の中には、黒い半固形の何かが入っている。

 気に入らなかったらしく、その中身を横において、また別の作業にとりかかる。

 普段ならもう流琉の気配に気づいていそうだが、集中していてまるで気がついていないようだ。

 

「種類によって味も違うと言っていたわね……。甘みと苦味をだすには……」

 

 想像で作っているのか、華琳の手元にあるいくつかの試作品は、どれも本物のチョコレートとは似ても似つかぬものだった。

 スープのような液状のものもあれば、団子のようなものまで。

 一見すれば、どれも食べられないものではなさそうだが、やはり一刀が言っていたものとは違うものだ。

 

「ん……。苦っ……。これじゃ薬も同然だわ……」

 

 再度味見。

 しかし、やはり納得のいくものではない。

 

「……少し休憩ね。さすがに煮詰まってきたわ」

 

 一度椅子に座り、華琳は自分の作ったものを眺める。

 これらを作るきっかけは昨日の夢だった。

 夢の中で、一刀は何かを食べている。それが何かと聞けば、天界のお菓子で、今日は女の子からそれを貰える日なんだとか。

 ずいぶん美味しそうに食べていた様子に、華琳は聞いた。

 『そんなに美味しいの?』と。

 美味しいよ、一刀はそういった後に、同じ口調でつづけた。

 『元々美味しいものだけど、これは気持ちが詰まってるからね』

 

 そういった一刀の顔はすごく幸せそうだった。

 目が覚めて、それが夢だと知ったとき、一刀が以前言っていた『バレンタイン』の事を思い出した。

 夢の正体はそれかと、急いで夢で一刀が食べていた物を思い出す。

 しかし、どんなに考え込んでも、その食べている物が見つからない。

 そのお菓子がなんなのかを知らないのだから、当たり前だと気がついたのは一時ほど悩んだ後だった。

 

「……どれも菓子というには愛想がないわね」

 

 自分が作ったものを眺めて、ぽつりと呟いた。

 

「街に何かあるかしら」

 

 ふと思い立ったことだった。

 街なら行商もいくつか並んでいるだろうし、それらしい材料が見つかるかもしれない。

 思い立ったが吉日。

 華琳は椅子から立ち上がり、外へ出る準備をと部屋へ向かう。

 

「あ、こっちへくる……!」

 

 流琉は急いでその場を離れた。

 

 

 ◆

 

 

 朝の街

 

 まだ早いとは言っても、商人たちの朝はもっと早い。

 まだ陽が出てそれほど経っていないというのに、街中にはすでに行商がいくつか並んでいた。

 

「ふむ」

「お、いらっしゃ……えぇぇっ!?」

「?」

「あ、いえいえ、なんでもありません」

 

 商人が驚いた理由はいくつかあるだろうが、最も大きな理由は、自分のところにあの曹操が来たということだろう。

 彼女が贔屓にする店という店がすべて、この街では成功している。

 国が贔屓しているようなものなのだから、その効果はすさまじいものだ。

 それに加え、華琳自身の求めるものの質の高さもあり、商人達の間では一つの伝説のようにもなっていた。

 

「黒色で苦味のある食材がほしいのだけど、わかるかしら」

「黒色で苦味……? 黒となると豆あたりが思いつきますが、苦味ねぇ。醤やらそのあたりですかい?」

「菓子につかうものなのよ」

「菓子の材料で黒……。う~ん、すいません、うちじゃちょっとわからないですわ」

 

 最初のところでは思い当たるものはなかった。

 二つ目のところへ向かう。

 

「黒色の苦味を含んだもの、ですか」

「えぇ、菓子に使うものでね」

「小豆あたりではなく?」

「小豆はもう試してみたけれど、どこか違うのよ」

「なんていう菓子です?」

「チョコレート、というものよ」

「ちょこれぇと……? すみません。うちではちょっと……」

「そう……。邪魔をしたわね」

 

 二つ目のところでもそれらしいものはなかった。

 それから三つ目、四つ目と回ってみたが、やはり見つからない。

 どの商人も苦味という点で行き詰ってしまう。

 

「うん? 何してんの?華琳さま」

 

 と、街を歩いていると声をかけられた。 

 

「霞、めずらしいわね。まだ朝のはずだけど?」

「それ、うちがいっつも昼からしか起きて来てないみたいやんか」

「そうね、”いつも”ではなかったわ。ごめんなさいね」

「かなわんなぁ……。それで、ここで何してたん?」

「チョコレートの材料を探しているのよ」

「……それ、一刀がいうてたやつ?」

「えぇ、作ろうと思っていたのだけど、どうしても思う物ができなくてね」

「あぁ……たしか”かかお”やったかなぁ」

「かかお?」

「前にうちが外国の話しとったときにやけど、一刀がいうててん。たしか『こぉひぃ』とか『ちょこれぇと』の材料やていうてたわ」

「と、いうことは、外からの商人を探さないといけないのね」

「三国がまとまったとはいえ、外からのなんかいてるんかなぁ……」

「とにかく、探してみるわ」

「うちも見かけたら知らせるわ~」

 

 霞と別れて、あらためて街中を眺める。

 少し時間もたったおかげか、さっきよりも行商の数は増えている。

 店のほうもちらほらと開けているところも見え始めた。

 

「とりあえず、かかおで当たってみましょうか」

 

 ◆

 

 

 捜索は昼過ぎまでかかった。

 訪ねた店が二桁に達したところで、半ば諦めつつ問いかけた最後の一軒。

 

「あぁ、あの豆なら少量ですが、ありますよ」

「あ、あるの!?」

「えぇ、以前南蛮のほうに行った時に仕入れたものですけどね。なかなか売れるものでもないんで、仕入れは打ち切っていたんですが」

「残っている分だけもらえるかしら」

「わかりました」

 

 店の奥から取り出してきた袋を受け取り、代金を支払う。

 

「むこうではこの豆を煎って、すりつぶしたときに出る粉を湯のようにして飲んでいましたよ。仰られていた黒くて苦味のある物もこれに近い物じゃないでしょうか」

「ありがとう、助かるわ」

「いえ、必要な時はまた声をおかけください。仕入れを再開しますので」

「その時はお願いするわ」

 

 華琳は嬉々として、袋を持ち帰る。

 その様子は普段の彼女、そして、『乱世の奸雄』として名を馳せた曹操とはとても思えぬ様だった。

 

 城に戻ったあと、華琳はさっきの商人のいっていたことを参考に、あらためてチョコレートの造り方を想像する。

 この豆をすり潰すといっていたが、本来豆は油分が多く、潰したところで粉というよりは粘土状の物になってしまう。

 一刀が言っていたチョコレートの様子を考えると、そちらを使用するほうが説得力はあるだろう。

 とにかく一度試してみる必要はある。

 数は少ないのだから、慎重にやらなければならないのだ。

 

 厨房へともどり、さきほどのカカオ豆を取り出す。

 

「さて、つくりましょうか……!」

 

 豆を二つまみほど鍋の中に放り込む。

 全体に火が通るように煎って行く。色が少しずつ濃くなっていき、やがてはっきりとした黒を作り出す。

 香りがのぼってきたところで、豆を別の皿に移す。

 

「……皮はどうすればいのかしら。とにかく剥いてみるのが基本か」

 

 豆が冷めるのを待ち、皮をむいていく。

 

「痛っ……!」

 

 しかし、なれない作業のせいか、半分ほど終えたところで指に少しずつ痛みが走っていく。

 指先が黒く変色し、夏候姉妹が絶賛する指は見る影もなくなっていた。

 

「はぁ、まったく。天人も手間のかかる趣向を持ったものね」

 

 文句をいいつつ、全ての豆を剥き終えたところで、次の行程を考える。

 

「これを潰すんだったわね。…………っ!」

 

 力を入れて、棒でゆっくり潰していく。

 ばりばりと音をならせ、また豆の中身と混ざり合い、少しずつ柔らかくなっていく。

 どろりとした感触が生まれ始め、思い描いていた『チョコレート』の形に近づく。

 

「っ……つっ!……」

 

 しかし、さきほどの痛みがぶり返し、また力を込めて棒で潰すことから、その痛みは更に増していた。

 手を離してみると、棒に当たっていた手のひらが赤く滲み、皮がむけていた。

 

 痛みに構わず豆を潰す作業に没頭する。

 ある程度つぶれてくると、今度は細かいものを潰すのが難しくなる。

 

 作業は一時ほど続いた。

 

「はぁ……っ、こんなところ、かしら」

 

 まだ細かいクズが残っているものの、カカオは綺麗な茶色に染まっていた。

 固まる温度が高いのか、既に最初のときよりも、カカオは硬くなり、混ぜるのにかなりの力が必要なほどになっている。

 

「湯でなんとかできるかしら」

 

 容器を薄い物に変え、鍋に湯を張り、その上にカカオの入った容器をかぶせる。

 

「……これで少し楽ね」

 

 あらためてクズを潰していき、全体が滑らかになったのは夕方近くになった頃だった。

 

「苦……っ」

 

 味見してみれば、それは酷く苦かった。

 でも、今朝つくったような苦さではなく、なんとなく不思議な味だった。

 

「甘いのは、砂糖でも入れればいいかしら」

 

 砂糖入れて再度かき混ぜる。

 砂糖のおかげか、カカオの硬さは湯せんする前とさほど変わらないところまで増していた。

 

「痛っ!!!、……これは、無理かしら」

 

 皮の向けた手は、更に傷をひろげ、見るに耐えないものになっていた。

 限界かとおもい、もう一度味見。

 

「…………」

 

 その味に、華琳は言葉が出なかった。

 何とかのような味、という言葉がでない。

 甘い、や、苦いというものでもない。

 

「気持ち、ね。今はその表現に頼るとしましょうか」

 

 

 ◆

 

 

 

 とある一室。

 

 華琳は一つの包みを持って、部屋の前にやってきた。

 そして、扉を二度たたく。

 中からの返事はなく、華琳は構わず部屋にはいった。

 

「一刀、入るわね」

 

 部屋の扉を閉めて、そう部屋の主に言うが、やはり返事はない。

 

「あなたね、こんなものを女性に作らせるなんてどういう風習なの? 天の人間は手が鉄で出来てでもいるのかしら」

 

 華琳の手には布がまかれていた。

 動かすと痛むようで、見た目よりもそれは強く、手の動きを制限するものだ。

 

 かろうじて無事であるもう片方の手で包みを机の上におく。

 

「……あなたの言っていた幸せな味になっているかは分からないけれど、出来る限り、やってみたつもりよ」

 

 華琳はふと頬を緩め、微笑んだ。

 

「この包みは沙和が作ってくれたわ。皆には内緒といっておいたけど、あの様子じゃ、今頃はもう伝わっているのでしょうね」

 

 夕日に照らされ、その頬は仄かに紅くなっているようにもみえた。

 

「覚えている?以前言ったわよね。あなたを後悔させるって。…………どう?少しは後悔してもらえたかしら。 あなたは……これを、たべられない、ものね」

 

 華琳の視線の先には、一刀が以前着ていた制服そっくりに作られた服が椅子にかけられていた。

 

「………………」

 

 包みを開けて、中のチョコレートが外の空気に触れる。

 しかし、冷やし方が不十分だったせいか、それは既に固形ではなく、どろどろと溶けてしまっていた。

 指で溶けたチョコレートをすくい、口の中に含む。

 味は十分確かめたのだから、問題はない。

 けれど――

 

「…………何が幸せな味よ。 こんなもので、どうやって幸せになれるというのよ」

 

 目元を手でこすり、華琳はもう一度、制服のかけられた椅子を見据えた。

 

「…………感想、早く言いなさいよ。 この曹孟徳が作った物なのだから、『おいしい』だけなんて許さないわよ」

 

 ――(えっと、ふ、深い味だな!溶けてるから口当たりもすごくいいよ)

 

「溶けたのはただの失敗よ……。悪かったわね」

 

 ――(あ、え、そ、そうだったのか!? けど、十分おいしいよ?)

 

「だから、それは許さないって……もういいわ」

 

 赤い澄んだ空気の中に、一人だけの声が響く。

 だんだんと声は震えていくが、その感情を彼女は許さなかった。

 華琳は窓を向いて、空を眺める。

 

「今夜は……星が流れるかしら」

 

 彼女を照らす夕日は、綺麗過ぎるほどに赤くて、それは同時に今夜の空の様子を示唆しているものでもあった。

 星が流れるたびに思い出す。

 酷く情けなくて、あまりにも日常的だった、非日常との出会いを。

 

「誇っていいわよ、一刀。あなたは唯一……」

 

 一筋の輝きを頬に造りながら、少女は微笑んだ。

 

「私の          だから」

 

 

 

あとがき( ´゚д゚`)

 

まさかの自分で( ´゚д゚`)

 

しかも間に合わなかった( ´゚д゚`)

 

どういう事なの……( ´゚д゚`)


 
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