No.200045

虚界の叙事詩 Ep#.15「ブレイブ」-2

巨大国家の陰謀を探る話から、世界的な脅威へ。明かされた主人公達の秘密。彼らはこれからの危機にどう立ち向かっていくのでしょうか?

2011-02-06 15:25:43 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:335   閲覧ユーザー数:299

 

1:19P.M.

 

 

 

 

 

「スパイなどが、このシェルターに入る事はできません。入り口は我々が固く封鎖しており、誰

一人として侵入する事はできません」

 

 シェルターの奥深くの会議室。シークレットサービスの男は、原長官に対してそう言っていた。

 

「そんな事くらい、『ユリウス帝国』側も分かっているだろう。相手は必死だ。我々を何としても捕

らえようとして来るはずだ。想像もつかないような手で、我々を捕らえようとしてくる」

 

 原長官は、変わらぬ様子だ。

 

「その方法が、我々の中のスパイだと…、おっしゃるのですか…?」

 

 周囲の様子に警戒を強め、男は言う。

 

「『ユリウス帝国』が潜り込ませた工作員は世界中にいる。『タレス公国』とて例外ではないのだ

ろう?予想以上に奥深くまでスパイが潜りこんでいるかもしれん」

 

「で、ですが、シークレットサービスの内部にまでスパイが潜り込んでいる事など…!」

 

「このシェルター内の警備は全部で何人だ?」

 

 相手の言葉を遮って、原長官が尋ねた。

 

 戸惑いながらも男は答えた。

 

「…、この場所へと通じる各フロアに一人ずつついておりまして、合計10人が警備についてお

ります」

 

「連絡は常に取り合っているか…?」

 

 原長官は続いて尋ねる。

 

「ええ、10分置きに定時連絡をお互いと本部に。何か緊急の事態が発生すれば、すぐに全員

に連絡が行きます」

 

「最後に確認をとったのは何時だ?」

 

「5分ほど前です…」

 

「私からの要望だ。もう一度連絡をとってくれないか?」

 

 原長官がそう言うと、シークレットサービスの男はうなずき、すぐに袖の中に隠していた無線

機を使った。

 

「応答せよ。こちらパブリック。異常はないか?」

 

 すると返事はすぐに返ってきた。

 

「こちら、アンダーソン。異常なし。定時連絡は五分後のはず。何かあったのか?」

 

「いや、原長官からの要請で、全員に異常はないかどうか確認をしているところだ。シェルター

内の全員に告ぐ。異常はないか?」

 

 彼がそう言うと、次々と応答が戻ってくる。

 

「異常なし」

 

「異常はありません」

 

 彼を含め、合計8人の返事が戻ってきた。しかし、シェルター内警備のはずの、10人には足

りなかった。

 

「ベール。応答せよ。ベール。何かあったのか?」

 

 原長官の目の前にいる、シークレットサービスの男が呼びかけても、返事は返って来なかっ

た。

 

「ポラー、ポラーも応答せよ。ベールとは最も近くにいるはず。応答せよ」

 

 もう一人の方からも返事は戻ってこない。シークレットサービスの男の顔色が変わっていく。

 

 彼は原長官の方を向き直って言った。

 

「ベールとポラーからだけ連絡が入りません」

 

 原長官は表情を変えずに答えた。

 

「どちらかが、裏切り者か…。それとも両方がスパイなのか…」

 

「本部。本部!応答せよ。こちらシェルター内のパブリック。原長官と一緒だが、入り口付近を

警備のはずの、ベールとポラーからの連絡が途絶えた。すぐさま確認を…」

 

 雑音と共に、返事は返ってくる。

 

「こちら本部。たった今、『ユリウス帝国軍』がこの島に上陸。港にて『SVO』の4人を包囲した。

シェルター内の警備を強化するよう命じる」

 

「了解…」

 

 彼は原長官と目線を合わせて事を伝える。

 

「『ユリウス軍』がこの島に上陸した模様です。『SVO』の4人が包囲されました」

 

「『SVO』の4人ならば切り抜けられるだろうが、相手が問題だな…。空母を指揮していたのは

誰だ?」

 

「報告では、空母はイオ号。マーキュリー・グリーン将軍がそれに乗り込んだという報告が入っ

ております」

 

「マーキュリー・グリーン将軍か…。やり手だとは聞くが、『SVO』の事をどれだけ知っている

か、だな」

 

 その時、原長官についているシークレットサービスの男が、ふいに何かの気配を感じ取った

ように、周囲を警戒した。

 

「何者かが、このフロアにいるようです」

 

 会議室の先の通路を、影が過ぎった。

 

 シークレットサービスの男は、袖の中の無線機を使う。

 

「こちらパブリック。要人フロアに何者かが入った気配はあったか?」

 

 返事はすぐに返ってくる。

 

「いや、ない」

 

「何者かが侵入した模様。警戒を強めろ」

 

「いや、そうではない」

 

 原長官が通信を遮った。

 

「出てきても平気だぞ」

 

 原長官がそのように言うと、通路の中を、まるで隠れるかのように近づいてきていた一人の

男が姿を現した。

 

「あ、あなたは…」

 

 シークレットサービスの男は、驚いたかのように言った。

 

 姿を現した男とは、太一だった。

 

 彼は、ゆっくりと原長官達の方へと近づいていく。

 

「彼は『SVO』を辞めた事になっているが、実際は違う。私を密かに護衛するように命じたの

だ」

 

 原長官は、太一の姿を頼もしそうに見ながらそのように言うのだった。

 

「『ユリウス帝国軍』のスパイがここに来るかもしれない。私を護衛する者は多くいた方がいい。

シークレットサービスの方々には、少し迷惑かな?」

 

「いえ、そんな事はありません」

 

 太一は、原長官のすぐ近くに立った。すると太一は、『タレス公国』の言葉を操り、男に言っ

た。

 

「このシェルターを警備していた2人との連絡が途絶えたのか?再度、連絡を取り合って、各フ

ロアの異常が無いかどうか調べるんだ」

 

「了解」

 

 そう言って、シークレットサービスの男は、再び連絡を取り合おうとした。

 

 その時、まるで何かに撃たれたかのように、シークレットサービスの男は、地面に崩れた。

 

「何だ?何が起きた?」

 

 原長官を抑え、太一が、崩れ去ったシークレットサービスの男を調べる。

 

 その男は、すでに息絶えていた。

 

 シークレットサービスの男は、背中を撃たれていた。

 

 おそらく飛んできたのは弾丸。太一は、弾が発射されて来たであろう方向を確認しようとする

が、そこは壁だった。

 

 よく見れば、壁には穴が開いていた。弾丸が貫通してきた跡だろうか。

 

 太一は、原長官に体勢を低くするように指示した。原長官は、すぐさま会議室の机の影に身

を隠す。

 

 その時、更にもう一発の弾丸が飛んできた。

 

 弾が飛んできた方向は、先ほどと同じ。つまり壁を貫通して来た。飛んできた方向は太一に

は分かってきたから、弾丸をかわす事はできる。

 

 しかし、弾のスピードは速かった。更に、壁の向こう側から飛んできていたので、太一にはそ

の弾丸を認識し、避ける動作が少し遅れた。

 

 太一の肩を弾がかすめていく。

 

 そのまま弾丸はテーブルの方にまで飛んで行き、テーブルの足を破壊する。

 

 弾丸は高威力だった。太一のコートの肩の部分は大きく切り裂かれ、更に肩に鋭い切り傷が

入る。

 

 太一はその衝撃で地面を転がった。

 

 弾丸を発射してくる狙撃手は、壁の向こうから発射して来る。しかし、なぜこちらが見えている

のか。

 

 壁の向こうから狙ってくるにしては正確な弾道だった。

 

 サーモグラフィーなどの熱源探知を使えば、こちらの位置が分かるかもしれない、しかし、そ

れにしては正確に太一の居場所が分かっている。

 

 この狙撃手は、太一を狙っているのか、原長官を狙っているのか。

 

 原長官はテーブルの影に隠れているが、発射されて来ている弾丸は、頑丈な壁を貫通して

来ている。それだけではとても安全とは言えなかった。

 

 再び飛んでくる弾丸。

 

 今度は太一は、壁の方をしっかり集中し、再び弾丸が発射される事も分かっていたので、弾

丸を防御する事はできていた。

 

 しかし、衝撃が強く、太一は大きく後ろへ跳ね飛ばされる。

 

 弾丸の威力が上がっている。相手が近づいているという事だった。

 

 相手はこちらの様子が分かっているようだが、こちらは相手の様子をうかがい知る事はでき

ない。

 

 弾丸が発射される回数が増えるほど、太一にとっては不利だった。

 

 壁には囲まれているが、太一と原長官は、まるでガラスの壁に囲まれているも同然だった。

 

 このままではいつか、2人は始末される。

 

「太一、どうにかならないか?」

 

 原長官が尋ねてくる。しかし、太一は弾丸の穴が4発開いた壁の方を向き、集中している為

に何も答えられなかった。

 

「相手はライフルを使っている…。しかもコンクリート壁を易々と貫通する徹甲弾を使っていて、

壁越しには敵の位置が分からない…」

 

 太一がそう言ったとき、弾丸が更に一発発射されて来た。

 

 太一は何とかそれを避ける。

 

 しかし、別の方向から銃声が立て続けに鳴り響いた。

 

 太一はとっさに会議室の方へと身を戻さなければならなかった。

 

 機関銃が発射されて来ていた。

 

 とめどなく発射される弾に、太一は身を隠さずにいられない。

 

 もう一人いる。壁の向こう側から、サーモグラフィーか何かで強力な弾を発射して来る一人

と、機関銃を発射して来る一人。

 

 機関銃を乱射されている。普段の太一ならば、弾丸よりも速い速度で動けるからそれに対処

する事はできる。

 

 だが、こちらからその狙撃を確認できない狙撃手がいる為、太一にはその場から動く事がで

きなかった。

 

 いずれ太一と原長官は始末される。その時間は早まったようだ。それも、より確実になったと

言える。

 

 機関銃の方は、会議室との距離を縮めて来ていた。

 

 弾丸を撃ちつくしたその者は、カートリッジを抜き取り、それを捨てると、再び新しい弾を装て

んした。

 

 今度はそれを撃って来ようとはしなかったが、距離はどんどん縮まった。

 

 そして、訓練された動きで、会議室の方へと銃口を差し込んできた。

 

 その男は、『タレス公国』のシークレットサービスの姿をしていた。黒いスーツに身を包む、『ユ

リウス』系の長身の男だった。

 

「原長官。我々と一緒に来て頂きます。無駄な抵抗は辞めてもらいましょう」

 

 と、その男は言い放ち、更に太一の方にも機関銃の銃口を向けた。

 

「お前もだ。一緒に来てもらう」

 

 太一は、その男に向かって警棒を振るおうとした。男一人など、例え機関銃で武装していよう

とも、太一の敵ではない。

 

 だがその時、壁を貫通して、一発の弾が太一に向かってくる。

 

 それは、太一の左脚を貫通し、原長官のすぐ側の椅子を破壊、そして会議室を抜けて、反対

側の壁に命中した。

 

 太一は思わず膝を付く。脚を撃たれ、思い切りバランスを崩した。

 

 機関銃の男が、太一の方へと銃口を向けなおす。

 

「分かるか? 無駄な抵抗をすれば、お前だけではない、原長官をも傷つける事になるぞ。そ

れでもいいのか?」

 

 冷静な声で、膝を付く太一に向かって機関銃の男は言った。

 

「いい加減にするんだ。私の部下を傷つける事は許さないぞ」

 

 原長官は、機関銃の男達の行為を見かねて、思わず声を上げるのだった。

 

「そうですか。ですが、私共は命令を受けているので。それに従うまでです」

 

 彼の方を振り向きもせずに、機関銃の男は言った。

 

「『ユリウス帝国』の『皇帝』がこんな命令をするのか! しかも、シークレットサービスに潜入し

てまで!」

 

「私は、何も、『ユリウス帝国』の人間とは言っておりませんよ。それに、これは命令です。私は

誰も裏切ってはおりません」

 

「同じ事だ。それに、こんな事をするのは『ユリウス帝国』くらいのものだ」

 

 原長官は断固としてそのように言うのだった。

 

「どちらにしろ、この世界を覆っている現在の状況というのは、あなたや、あなたの部下、いえ、

それだけではない。国際問題などという事など、どうでも良くなるような状況なのです。だから、

あなた達の協力が必要だ」

 

「どちらにしろ、私は『ユリウス帝国』に協力するつもりなどない」

 

「そうですか、ならば、こうするしかないようですね」

 

 そのように機関銃の男は言うと、太一の方に向かって引き金を引こうとした。

 

 その時、会議室の方に、ぬっと大きな姿が現れる。

 

「原長官の言う通りだ。オレ達はハナっから『ユリウス帝国』に協力するつもりはねえぜ」

 

 それは、浩だった。

 

 機関銃の男が振り返るような間も無く、彼は、拳を繰り出し、その男を殴りつける。

 

 まるで、巨大な鉄球に打ちのめされたかのように、その男の体は会議室の宙を舞い、原長官

の近くへと崩れ去った。

 

「浩。来てくれたのか?」

 

 驚いたような、信じられないといった表情で、原長官は言う。

 

「ええ、オレもしょうがねえ。来てしまったんスよ。オレだけじゃあない。井原も一緒です」

 

 原長官にそのように言うと、床に跪いている太一の方を向く。

 

「大丈夫か太一? らしくないぜ。まあ、一人じゃあ無理もないのかもしれないがよォ。結局、オ

レ達も来ちまったぜ。もう一人の奴は、井原が追っている。すぐにでもカタがつくだろうぜ!」

 

 

「やっぱりオレもあんたらと一緒だぜ。これからどこかに行くっつっても行く場所もねえ。結局、

オレの居場所はあんたらと同じ場所にしか無かったって事だ。今はな。『ゼロ』の奴をぶっ倒し

てから、改めてじっくり考えるとするぜ」

 

 以前持っていた、いつもながらの自信、いつもながらの声の調子で浩は太一に向かって言っ

ていた。

 

 先ほどまでは、まるで落ち込んでしまったかのように自信を失っていたような浩だったが、自

信を取り戻したのか、彼は元の調子に戻っていた。

 

「一博も? 一博も一緒なのか?」

 

 原長官が、まだ信じられないと言った様子で、浩に言った。

 

「ええ、オレと同じ事を奴も言っていましたよ」

 

 浩は答える。一博と彼の2人は自分の意思で、『SVO』を辞めたはずだったが、今、こうして

戻って来ている。

 

 結局は彼らも、戻るべきか迷っていたのだ。

 

 一発の銃弾が、再び壁を貫通してきていた。

 

「おっと、危ねえ」

 

 浩はぎりぎりの所でその弾をかわしていた。会議室の外の壁には、更にもう一つの穴が開い

た。

 

「太一、動けるか?」

 

「ああ、何とかな…」

 

「井原の奴は、もう一人の奴を倒しに行った。このシェルターの中を張っていた他のシークレッ

トサービスは、どうやら機関銃の野郎にやられちまったみてえだからな!」

 

 会議室の外を伺う浩。だが、外には無機質な打ちっ放しのコンクリートの通路になっている。

 

「井原一人で倒せるかどうか…」

 

 浩は呟いた。

 

「相手は『能力者』などではないのだろう? それだったら、一博一人でも何とかなるはずだ」

 

 原長官は心配する浩に向かってそう言った。

 

「さあ、そいつはどうですかね、原長官。『ユリウス帝国』はオレ達が『能力者』だって事をよく知

っている。そんなオレ達を必ず捕まえたいんだったら、ヤワな連中をけしかけてきたりはしない

はずっすよ。それに地上には部隊まで派遣されて来ちまっている。『タレス公国』がこっちの味

方にいるってのに、奴らは本気に違いないっす」

 

 外を警戒している浩は、原長官の方を振り返らずにそう言った。

 

「では、『能力者』が我々を狙っているというのかね?」

 

「いえ…。オレが言いたいのは、『能力者』でなくても、やり方次第で、十分にオレ達を始末する

事もできるだろうって事です。結局はオレ達も、『能力』を発揮していない時は、普通の人間と

変わらないんですからね。」

 

 その時、再び、一発の銃弾が壁を貫通して来た。それには浩のすぐ脇をかすめ、部屋の壁

にめり込む。

 

「井原の奴がちょいと心配なのはそのせいで…」

 

 浩は、その飛んできた弾丸をちらりと見て言っていた。

 

 

 

 

 

 一博は、浩と別れ、もう一人の男の方へと近づいていっていた。

 

 このシェルターの中に入るのには、初めは抵抗があった。彼らがこのシェルターの中に入る

事ができないわけではない。元だったとはいえ、『SVO』のメンバー。『タレス公国』のシークレ

ットサービスが中に入れてくれる。

 

 だが、このシェルターの中に入り、再び原長官を守ろうとするならば、それは『SVO』に戻ると

いう事を意味していた。

 

 あの、危険な任務に再び身を投じなければならないのだ。

 

 一博は迷っていた。自分は果たしてあのような任務を、これからも続けて行く事ができるのか

どうか。

 

 ほとんど浩に背中を押されるような形で、このシェルターの中に戻ってきた一博だったが、シ

ークレットサービスがやられ、何者かが侵入した形跡を見つけると、あの緊張感が戻って来る

のを感じた。

 

 自分は『SVO』をやめた人間。そんな事など忘れてしまうかのような緊張感が、戻ってくる。

 

 この緊張感。死と隣り合わせ、一秒たりとも油断のできない戦い。やはり忘れられないものな

のか。

 

 まるで『SVO』であり続ける事が、自分にとっての宿命でしかないかのような、そんな気がして

仕方ない。

 

 一博は、何者かが向かったと思われる、その場所へとゆっくりと近づいて行った。浩を先に行

かせ、一博はシェルターの最下層に降り立った。

 

 原長官は一博から見て左手にある会議室にいる。人の気配は、一博から見て右手の方にあ

った。

 

 気配を隠しながら、物音を立てずに、一博は近づいて行った。

 

 階段を降り、T字路を右手に曲がり、通路を進んで行く。

 

 じっと聞き耳を立てると、サイレンサー付きの銃が放たれる音が聞こえて来た。

 

 サイレンサーを使っているわけだから、音はほとんどしないのだけれども、風船から空気が

抜けるような音までは隠しようが無い。

 

 その音が聞こえてくる。更には、弾が、シェルターの鉄筋コンクリートを貫通する音も。

 

 T字路の先には幾つか扉がある。それらには食料倉庫と書かれていたプレートがかかってい

た。突き当たりには、更に左に向かう曲がり角があった。

 

 一博の手には、再びサーフボード入れの中に入った巨大な剣がある。曲がり角の近くにま

で、気配を殺して接近し、鉄筋コンクリートの壁に背を当てた。

 

そして、サーフボード入れの中から、鉄骨のような剣を取り出した。

 

また再びこの剣を握る事をするとは思っていなかった。いびつな鉄骨を固めたかのような、鈍く

光る刃が輝いている。

 

 曲がり角から、先の方を伺った。そこには、シークレットサービスの男が一人倒れている。背

後から狙撃されたらしく、うつ伏せに倒れていた。

 

 そしてその先に、これもシークレットサービスの姿をした男が一人いた。

 

 彼は、ライフルを一丁構えていた。それは、骨組みだけになった組立式ライフルで、無駄なも

のは一切付いていない。

 

 ほとんど、傘の骨組みと言ってもいいかのような形状だった。銃口にサイレンサーが取り付け

られている。

 

 そしてライフルを構えたその男は、頭にスコープのようなものを被っている。

 

 彼は壁越しに狙撃をしているようだった。赤外線スコープ、もしくは熱探査機のようなものを

使って、壁越しにある会議室を、狙撃をしている。

 

 鉄筋コンクリートの壁を何枚も貫通する。相当な破壊力を持つライフルでないと不可能なは

ずだった。

 

 ライフルを使って狙いを定めている。隙があった。

 

 一博は、さっと曲がり角を曲がり、ライフルを持つ男へと剣を向けた。

 

「そこまでだ。ライフルを降ろせ」

 

 と、彼は言ったが、相手はそのままライフルの銃口を一博へと向けた。

 

 何のためらいもなく、引き金がひかれる。動揺する素振りも見せない。手馴れた動きだった。

 

 さっと一博は身をかわしたが、ライフルから発射された弾を見ることができない。しかも弾は

音をする前よりも一博のすぐ脇をかすめて、壁を抉った。

 

 破壊力があるという事は、弾速も速いという事か。油断できない。

 

 再び弾を装填する音がする。しかも弾が壁を貫通して来る。たとえ、鉄筋コンクリートの壁を

背にしていたとしても、油断できなかった。

 

 一博はさっと身を伏せる。

 

 案の定、一発の銃弾が壁を貫通して来た。

 

 チャンスは、相手が弾を再装填するまでの時間だ。一博は曲がり角から飛び出して、シーク

レットサービスの姿をした男へと向かおうとした。

 

 しかしその時、一博の背後の部屋の扉が開かれる。

 

 一博はさっと背後を振り返った。そこには、ショットガンを持った男が現れ、それを一博に向

けて発射した。

 

 ショットガンの銃声がシェルター内に響き渡った。

 

 一博はそれを避けようとするが間に合わない。散弾を左脚に浴びてしまった。

 

 思わず膝を付く一博。散弾は彼の脚に命中し、血が溢れた。

 

「も、もう一人いるなんてな…。いや、予想はしていたが…。全く気配を、感じなかった…、ぜ

…」

 

 一博に銃口を向けている男は、ポンプアクション式のショットガンをリロードし、弾を再装填し

た。

 

 空になった薬莢が、軽い音を立てて床に転がった。

 

「殺すなよ。生け捕りにしろっていう命令だ」

 

 ライフルを持った男の方が、ショットガンの男に向かってそのように言った。

 

「ああ…、分かっている」

 

 ライフルの男の方が、一博に銃口を向けた。骨格しかないそのライフルには、弾が込められ

ている。

 

 ただの銃ならば、一博にも弾を避ける事ができるだろう。

 

 だが、男の持っているライフルの弾は、一博には見て取ることができないほどの弾速だった。

この脚で、それを避ける事ができるだろうか。

 

「お前達には、我々と一緒に来てもらう」

 

 その男は、『ユリウス帝国』の言葉で一博に言った。

 

 一博は、何とか意味を取ったが、それに従うつもりはなかった。

 

「断らせてもらおうか…」

 

 ショットガンを持つ男は、一博に銃口を押し付けた。

 

「お前が従わなくても、他に7人もいるんだ。一人ぐらいいなくなっても構わん」

 

 一博は、そう言って来る男の方を向いた。

 

 相手は自分達と同じプロだから、とても容赦をしてくれるようには見えなかった。

 

 今のショットガンの銃声が、太一達の元へと届いているはずだ。すぐにも彼らがここにやって

来るだろう。

 

 案の定、彼らはすぐに姿を現した。

 

「井原ッ!」

 

 浩だけがその場に姿を現した。一博がやって来た方の通路から、彼が走ってくるようだった。

 

「近づくなッ!こいつがどうなってもいいのかッ!」

 

 ショットガンを持つ男が言い放った。

 

「うるせえッ!」

 

 浩は何も考えずに走ってくる。

 

「おいッ!浩!」

 

 何も考えていない浩に向かって、一博は叫ぶが、もう遅い。ショットガンの男は本気だ。一博

に向かって、ショットガンの引き金を引いた。

 

 しかし、その時、弾が発射されたショットガンは、宙に舞っていた。持っていた男の手を離れ、

宙に舞い上がっていた。

 

 反対方向にいた太一が、警棒を振り上げ、男の手からショットガンを弾き飛ばしていた。

 

 ショットガンが自分の手から離れた事も、その男が気がつかない内に、浩はダッシュの加速

も加えて、その男を殴りつけた。

 

 まるで爆風ような衝撃が吐き出され、ショットガンの男は浩の拳によって吹き飛ばされる。

 

 吹き飛ばされた男の体は、そのまま突き当たりの壁にめり込んだ。

 

「太一ッ!お前、その脚で!」

 

 浩が太一の姿を見て言った。

 

 太一は、ライフルの男によって放たれた弾によって、脚を負傷していた。彼はその脚でここま

で走ってきて、気付かれないようなスピードで、ショットガンの男の武器を失わせていた。

 

「ライフルの男が逃げる!」

 

 一博が呼びかける。

 

 ライフルの男は、いち早く状況を察知し、その場から逃げ出していた。

 

 シェルターの最深部の通路を、奥の方に向かって走って行く。

 

「あの方向は、もっと奥へ向かう方だぜ。こっからの出口はこっち側にしかないんだ!」

 

「応援を呼ぶつもりなのかもしれない…」

 

 

プロタゴラス タレス公国首都

 

11月27日

 

8:39 P.M.(現地時間)

 

 

 

「『NK』全土に及ぶ今回の被害は壊滅的なものであり、世界的に見ても莫大な損害を残すでし

ょう。経済的にも、環境的に見てもです。死者は推定1000万人以上。あくまで概算です。今後

の死の灰の拡散規模によっては、それが数倍にも膨れ上がります。

 

 『NK』本土は全て人工島によって構成されておりますが、今後、ありとあらゆる船舶、航空機

が近付く事はできません。深刻な放射能汚染地区になります…。数日の間に、『NK』全土が、

放射能に包まれます」

 

「要点は分かった。国連保健衛生局による避難活動は続いているのか?」

 

 説明をする者の言葉を遮るようにして声を発したのは、『タレス公国』のベンジャミン・ドレイク

大統領だった。

 

 『ユリウス帝国』、『ジュール連邦』に次ぐ経済規模を誇る、東側の大国を統括する初老の

男。彼は、首都内の執務室、その会議室の中の椅子に堂々と座り、大きな存在感を示してい

た。

 

 ぐるりと囲んだ彼の補佐官達は、大統領の言葉に集中する。

 

「…現在、可能な範囲での救援活動は続いております。各国がそれぞれ協力した救援部隊

は、すでに15万人を救助しました。避難民は近隣諸国の避難施設、又は、『NK』離島の《クリ

フト島》へと送られております」

 

 恭しくドレイク大統領に説明するのは、国家情報局の代表だった。

 

「結構。『NK』政府はたった今、全く機能していない状態だ。首都は壊滅状態。混乱は当分の

間続き、避難民は路頭に迷うだろう。我々が、行動し、中心となってこの混乱を収束させねば

ならない」

 

 大統領がそのように言うと、会議室にいた者達はうなずき合った。

 

「大統領…、『ユリウス帝国』への対処はいかがなさりますか…?」

 

「それは、外交上の問題か?それとも、ハラ長官関連の問題か?」

 

 大統領は、遠まわしな表現で尋ねた。

 

「…後者の方です」

 

「毅然とした態度を見せろ。貴国の法律だけで、我々数カ国が恩赦を認めようとしている者の

逮捕はできない、とな」

 

 毅然とした態度は、ドレイク大統領の言葉と態度にも表れている。周りにいた者達も同意す

る事しかできない。

 

「たった今、入った情報ですが、《クリフト島》にて、『ユリウス帝国軍』の艦隊、イオ号が島へと

接近、我が国のシークレットサービスをよそに、ハラ長官に近付いている模様です。軍側は武

装している模様で、実力手段に訴えていると…」

 

 国家情報局の代表が言った。

 

「…『ユリウス帝国』側にも、現実を見てもらわなければならない。ハラ長官らの恩赦状を突き

付けろ。そうすれば、彼らも退散する。このような事態を仕出かした張本人は『ユリウス帝国』

なのだ。それ以上強行な手段を用い、たった数人の国際指名手配犯を逮捕する事など、今の

彼らにはできないはずだ」

 

 『ユリウス帝国』を前にしても、ドレイク大統領の態度は変わらない。世界の強国と対等に渡

り合うには、毅然とした態度と、したたかな駆け引きが必要だ。

 

「それが、大統領…。違うのです」

 

「どういう事だ?」

 

「シークレットサービスからの話では、『ユリウス帝国軍』の空母、イオ号の指揮官、マーキュリ

ー・グリーン将軍は、ハラ長官達を逮捕しに来たのでは無いと言っています。あくまでも協力を

求めに来たのだと…」

 

「しかし、彼らは実力手段に訴えているのだろう?同じことだ」

 

 ドレイク大統領は、相手の言葉を遮るかのように言った。

 

「ええ…。部外の者に危害は加えていないようですが、かなり手荒な行為に出ている模様です」

 

 それを聞いた後の、ドレイク大統領の行動は早かった。

 

「直ちに、『ユリウス帝国』のアサカ・マイ国防長官か、フォード皇帝に電話を繋げ。彼らに直接

私が話す。貴国のしている事は戦争行為だとな。もし、これ以上、強行手段に訴え続けるのな

らば、しかるべき制裁を我々が下す、とも言っておこう」

 

 

 

NK クリフト島 政府要人シェルター

 

1:24 P.M.

 

 

 

 太一、一博、浩は、食料庫と書かれた扉を荒々しく開いた。

 

「奴が逃げたのは、この中だぜ…。間違いない…」

 

 小声で浩が呟いた。そして、中の様子を注意深く伺う。

 

 食料庫の中は、無数の段ボール箱が積み重なっている。それが広い空間に延々と連なって

いた。段ボール箱はその重なりで幾つものブロックを形成しており、曲がり角や隠れる場所も

多くあった。箱の中身は、非常時の為に備えられた保存食ばかり。これだけあれば、相当の人

数の食を、かなりの時間維持する事ができるだろう。

 

「地上にも『ユリウス帝国軍』が来ているって話だぜ…。オレ達はとうとう追い詰められたのかも

な?」

 

 と、浩は言いつつ、段ボールが形成している通路をゆっくりと歩み始めた。

 

「だ、だが…、変わった事を言っていたな? 奴らはおれ達を捕らえにきたんじゃあなくって、協

力を求めに来たんだって…。一体、どういう事だ?」

 

 負傷した脚を抑えながら、一博が言っている。出血が酷く、その跡がこんこんと通路へと残っ

ていた。

 

「おい井原、お前は、どこかその辺りで休んでいろ。置き去りにするってわけじゃあねからよォ

…。その傷じゃあ、オレ達がお前を庇わなくちゃあならなくなる」

 

 浩が、段ボール箱の間の通路を伺いながら言った。

 

「ああ…、そうだな…。あいつの事は任せたよ…。おれは、とりあえずここで待っているから…」

 

 一博は言って、食料庫の入り口に座り込んだ。冷や汗をかき、脚の様子を見れば、傷が酷い

事も良く分かる。血痕が広がっていた。

 

「応急処置のやり方なら、分かっている…」

 

 一博がそう言うのよりも前に、太一と浩は行動していた。太一もライフルの弾で負傷したは

ず。しかし、弾を受けていない方の脚で踏み切り、素早く、段ボール箱の上へと移動していた。

 

 浩は通路の方から堂々と奥の方へと迫っていく。

 

 敵はライフルを持ち、油断無く熱探査機で2人の方を伺っている。だが所詮相手はたった一

人、浩にはまるで臆する様子が無いかのよう。拳を打ち鳴らしつつ、どんどん奥へと向かう。

 

 段ボール箱の形成する通路。彼はその横道を一つずつ伺った。

 

 彼が横を振り向いた瞬間。一発の弾丸が飛んできた。

 

 風を切り裂く音が聞こえる。食料の入った段ボール箱を破壊しながら、ライフルの弾が飛んで

きた。

 

 それは、浩が気付くよりも前に、彼の体へと着弾する。彼の左肩を弾は打ち抜こうとした。

 

「ひ、浩…!」

 

 一博の声が聞えて来る。相手はライフルにサイレンサーを付けていて、発射時の音は聞こえ

ない。しかし、段ボール箱が破壊される音は聞こえていた。

 

「大丈夫…、だぜ…。この程度の弾ならよォ」

 

 一博の心配もよそに、浩は、放たれてきたライフルの弾を掴みながら言っていた。それは確

かに彼の体へと着弾している。だが、皮膚を傷つける事も無く、弾は彼の体で受け止められて

いた。

 

「ただ、筋肉を硬くしちまったら、弾丸の衝撃はオレを傷つける。だが、防弾チョッキみてーに、

弾丸の衝撃を分散できるようにオレの筋肉を調整できれば、よォ。弾なんて避けるまでもねえ

んだぜ。ただ、ライフルの弾は少し痛かったがな」

 

 だが、そう言いつつも、浩はどんどん置くの方へと迫った。

 

「今ので、てめーがどこにいるのかは明白になったぜ」

 

 浩は言い放ち、素早く行動した。段ボールの作り出している通路を駆ける。途中、何発かの

ライフルの弾が彼の方へと襲い掛かる。

 

 段ボールを破壊して、浩の方へと迫る弾。だが、彼はその弾を硬質化した肉体の防御壁で

防がれる。

 

「何発やろうと、無駄だってな!」

 

 あともう少し。曲がり角を曲がり、浩は敵に到達する。しかし、その時、

 

 シェルター内部に、警報が響き渡った。けたたましいサイレンの音。

 

「火災発生!火災発生!地下十階、食料庫A内部にて火災発生!」

 

「何だってんだ?」

 

 一瞬浩は怯む。同時に、天井のスプリンクラーから、勢い良く水が溢れ出した。

 

「火災報知機を作動させたな?だが、こんなので、オレ達をはめようってのか!」

 

 浩は曲がり角を曲がるのと同時に拳を繰り出した。

 

 だが、そこには誰もいない。段ボールの作り出す通路が続いているだけだ。

 

 同時に、段ボール箱の上からは、太一も迫って来ていた。しかし、彼もまだ誰にも遭遇してい

ない様子だった。

 

 天井から勢い良く溢れ出す水。防水性の段ボールを濡らしていく。

 

「逃げ足が速いぜ。しかも、ここは非常口じゃあねえか!火災報知機を作動させれば、自動的

に扉が開く。ここは行き止まりだと思っていたが、まだ地上への出口があったとはな!」

 

 火災報知機と共に壁に備え付けてあった扉。それは、この倉庫の入り口にあった扉よりは小

さく、しかも目立たない。更には、誰かがすぐ以前に通ったかのように、開けっ放しにされてい

た。

 

 浩は、警戒しながらその扉の中へと駆け込み、太一もそれに続いた。

 

 扉の先は無機質な鉄骨造りの階段になっている。ここはその最下層。地上へと階段はずっと

伸びていた。階段を駆けて行く一つの足音が響いている。

 

「待ちやがれッ!」

 

 浩は叫び、太一と共に一気に階段を登り始めた。

 

 約十階分の階段を彼らは上る。だが、それでも相手には追いつけない。

 

 やがて地上階へと到達した二人は、非常口から外へと飛び出した。

 

だがそこにいたのは、一人のシークレットサービスに扮した男ではない。

 

 太一と浩の2人は、大勢の『ユリウス帝国兵』によって囲まれていた。

 

「おいおい、こりゃあ…」

 

 あっけに取られたかのように浩が漏らした。ここは、要人シェルターの言わば裏口。自分達

が出入りしていた入り口とは真反対の目立たない場所にあるらしい。見知らぬ人工島の風景

が続いている。

 

しかし、上空にはヘリコプター。地上には大勢の兵士達がいた。

 

「何てこったあ。オレはてっきり、奴を追い詰めていたのかと思ったが、追い詰められていたの

は、こっちだったとはな!」

 

 と、浩は思わず吐き捨てていた。

 

「大人しく従え。そうすれば何もしない」

 

 シークレットサービスの姿をした男は、非常階段の出口にいる2人に向かってそう言った。

 

「いきなりライフルをぶっ放してくるような奴を、信用できるかよ!」

 

 とりあえず言葉の大意だけ掴んだ浩は、言い放つ。

 

「これだけの数の兵。しかも銃を向けられていても従わないのか?」

 

 男は冷酷に言って来た。

 

「撃っても構わん。だが、生け捕りにしろ」

 

 兵士達は、太一達に向けて一斉に機関銃を向けた。

 

「けッ。まずいぜ!」

 

 浩は踵を返し、太一と共に非常階段の方へと戻る。扉が閉められるのと同時に、低い位置に

銃弾が飛び込んできた。

 

 致命傷にならないよう、脚を狙っている。弾は非常階段の扉によって遮られた。

 

「完全に包囲されたってのはこの事か? 『ユリウス帝国』め。これじゃあまるっきり戦争行為じ

ゃあねえか!」

 

 非常扉の内側にも、銃弾が当たっている音が聞こえてくる。

 

「これは、たまらんな、戻るぜ、太一」

 

 浩はそう言って、太一と共に登ってきた非常階段を再び降り始めた。彼らが降りて行った後、

非常扉は再び開かれ、そこから『ユリウス帝国兵』達が姿を現す。

 

「下へ向かったぞ。追えッ!追えーッ!」

 

 その声を上に聞きながら、太一と浩は近場のフロアへと降り立っていた。

 

「どうする? 何か策はあるか?この分じゃあよォ、地上にいる先輩達もどうなっちまったか分

かりやぁしねえ。ちッ。オレが珍しく優柔不断だったお陰でよ、仲間が分裂しちまったよなー」

 

 浩はボヤく、しかしその時、2人がいるフロアでも物音がした。

 

「各階をくまなく捜索しろ。この区画にいる事は間違いない」

 

 通路の角から浩が兵士達を伺う。彼は思わず舌打ちすると顔を引っ込めた。

 

「こりゃあ、完全に追い込まれたぜ。今頃地上じゃあ、『ユリウス帝国』の空母が大量の兵士を

降ろしている頃だ。しかも、ここは小さな島で、どこにも逃げ場はありゃあしねえ」

 

 そう言う浩の姿を、太一は黙って見ている。

 

「『SVO』を辞める、辞めないに関わらず、オレ達はいずれひっとらえられていたのかもな?こ

の分じゃあ、よォ」

 

 兵士達の足音が迫って来ていた。2人がいるのはフロアの奥の方で、これ以上先に逃げ場

は無い。非常階段も制圧されているはず。

 

 と、そこへ。

 

「こっちだよ。こっち!」

 

 呼びかける女の声。と、同時に、2人の体は、一つの部屋の中へと引きずり込まれた。

 

 

 

 2人が引きずりこまれたのは、非常階段脇にあった電源室だった。機械のうねるような音は

聞こえてくるものの、部屋自体は真っ暗で何も見る事はできない。部屋の広ささえも伺い知れ

ない。

 

 ただ、天井が低いという事は確かだった。背の高い浩は早速頭をぶつけていた。

 

「おいッ。一体何だってんだ?」

 

 浩は声を上げる。だがそれは無理矢理手で封じられた。

 

「あたしだよ。あたし」

 

 それは聞き覚えのある女の声だった。

 

「もしかして香奈か?」

 

 太一が口を開いた。

 

 しかし、香奈の方は何も答えようとはせず、黙って浩の口から手を離していた。

 

「お前、また戻ってきたのか?いや、そうじゃあないか?島がこんな状態じゃあ、逃げ回るしか

ねえもんな。この場所だってすぐに発見されるぜ…」

 

「…内側から扉を塞げるから、時間は稼げるかもしれないがな…」

 

 と、太一。

 

 狭い室内で、3人が動く音が聞こえる。香奈は、暗闇の中で電源室の扉を塞ごうとしている。

 

やがて聞えてきたのは、部屋の外を動き回る『ユリウス帝国兵』達の足音だった。

 

「このフロアも制圧。だが、依然として姿が見えない。もっと各階をくまなく捜索してみろ。ダクト

などに隠れているかもしれん」

 

 司令官らしき者が、無線で地上と連絡を取り合っていた。

 

「案外よォ。意地張っているよりも、素直に従っちまった方が身の為、かもしれねえな? この

オレがこんなにコロコロ考えを変えるなんて、優柔不断かもしれねえけどよ…」

 

 その声を聞き取った浩が、小さな声で呟く。この電源室に兵士達が踏み込んでくるのも時間

の問題だった。

 

「そこの扉、何が入っている? 開けて調べてみろ」

 

 兵士の声が外の廊下に響き渡っていた。

 

 

「どうするの?このまま黙って帰る?それとも、あなたの命を犠牲にしても、このままあたし達を

捕らえようとするの?」

 

 沙恵は依然として、マーキュリーの胸に刃を突き立てたままだった。周りの兵士達に銃を向

けられ、その場の緊張感に誰しもが全く動けない状態だ。張り詰めた緊張の空気が周囲に漂

う。

 

「こ…、こんなもので、わたし達を脅そうっていうの…?笑えてしまうわね…?」

 

 マーキュリーが掠れた声で言った。恐ろしいまでの美貌の眼は霞んで見えたが、睨むような

視線を沙恵に向け、明らかに威嚇している。胸に刃を差し込まれていて、今にも心臓にまで達

しそうだと言うのに、恐れるのではなく、彼女は逆にそれを怒りに変えている。

 

「おおい、銃を下ろせ。こいつらの言い分も少しは聞いてやろう」

 

 場の緊張した空気が乱れる。

 

 そう言ったのはジョンだ。彼は周囲を囲む兵士達に命じる。

 

「いいから下ろせってんだよ」

 

 まだ銃を下ろさない兵士がいる。ジョンはその再度命じた。しかし、緊張感の無い声だった。

まるで、まだゲームを続ける事を促すような声。彼は危機を感じていないのか。

 

「銃を下ろせ」

 

「早く下ろせ」

 

 兵士達が命じている。『SVO』の周りを取り囲んでいた兵士は、次々と彼らに向けていた銃を

下ろした。

 

 しかし、それは銃を向けていないというだけで油断の無い姿勢。緊張感は変わらない。

 

 そんな中、沙恵とマーキュリーの元へと、ジョンが近付いてきた。彼は手に剣を持ったまま、

堂々と近付いてくる。

 

「それ以上近付くと、この女がどうなるか、分かっている?」

 

 沙恵は、近付いてくるジョンに向かって言い放つ。それは彼女の母国語では無いが、迫力は

込めたはずだ。

 

 だが、ジョンは脚を止めなかった。

 

「その割には、いつまで経っても将軍を殺さねえじゃあねえか? そうだろうな。殺しちまった

ら、交渉の材料が無くなる。交渉の材料が無くなったら、無駄な抵抗をするお前はただやられ

るだけだ…」

 

 ジョンはそのまま歩み続け、沙恵との間合いに入り込んだ。

 

「そう思うんだったら、何かしてみなさいよ」

 

「おう、そうかい」

 

 ジョンがそう答えるのとほぼ同時に、沙恵はマーキュリーの胸に、更に深く刃を差し込んだ。

 

 同時にマーキュリーが軽く喘ぐ。

 

 まだ心臓を突き刺してはいない。だが、その鼓動を直接感じられるほど、近くまでは刃が接

近している。

 

 出血が、一層酷くなる。刃を突き刺しているから、まだそれほどではないが、止め処なく血が

溢れていた。

 

 沙恵は、マーキュリーとジョンを交互に見た。

 

 このジョンという男の、余裕を見せ付ける表情。不安だった。まるで、恐れるものは何も無い

かと言っているかのよう。今のままで、マーキュリーを倒す事は簡単だったが、このジョンという

男に関して、どうすれば良いのか。

 

 隆文と登、2人がかりでも苦戦する相手なのには違いない。それに周りには兵士達も銃を手

にしている。

 

 沙恵が、どうしたら良いか考えていたその時、張り詰めていた緊張の空気に、高い音が鳴り

出した。

 

 思わず飛び上がってしまいそうな程、突然の出来事。一定のペースで鳴り続けるそれは、携

帯電話の呼び出し音だった。

 

 誰の電話が鳴り出したのか、この状況でそれは重要な事ではない。

 

 しかし沙恵は、自分の目の前まで迫ってきた男、ジョンが、ズボンのポケットに捻じ込むよう

に差し込んでいた携帯電話を取り出すのを見ていた。

 

 戦いの最中、ジョンはそれがまるで当然の事であるかのように行動して見せた。

 

 画面を確認した彼は、素早く電話に出る。

 

「ああ、オレだ?」

 

 沙恵にはどうしたら良いか分からない。相手は隙だらけのようにも見えた。だがそれは、本当

の隙だろうか。

 

 油断させようという策なのかもしれない。

 

「何ィ!撤退?」

 

 ジョンが顔色と声色を共に変えた。

 

「撤退ってどういう事だ?オレ達の目の前には、奴らがいるんだぜ!無駄な抵抗をしていやが

るが、すぐにひっ捕らえられる。だってのによォ!」

 

 意外だった。この男は、今まで余裕とも言える態度を見せ付けていた。しかし今は、電話の

先の相手に慌てたような態度を表している。

 

 この隙にマーキュリーを殺してしまう事も沙恵にはできる。だが、ジョンは電話に出つつも片

方の手には剣を持っている。

 

「ああ…、ああ…、そうかよ…!」

 

 幾度かの相槌の後、ジョンは荒々しく電話を切った。

 

 余裕の消えた無表情、彼はそれを沙恵とマーキュリーの方に向けた。

 

「撤退だ」

 

 感情が込められていないような声。

 

「えっ?」

 

 そう言ったのは沙恵だった。

 

「国防長官からの命令だぜ…。さっさと撤退して戻って来いとよ…」

 

 そう言うと同時に、ジョンは電話の通話終了スイッチを押していた。

 

「さっさと、うちの軍の将軍から刃を抜けよ。お前らを、わざわざ見逃してやろうってんだぜ…」

 

 怒りも何も篭っていない声でジョンが言った。沙恵は、自分達を騙す為の罠のような気がして

ならない。

 

「言われた通りにするのよ、沙恵」

 

 背後から絵倫が言ってくる。沙恵は仕方なくマーキュリーから刃を引き抜いた。

 

 溢れ出す血と共によろめくマーキュリー。その体はジョンによって抱えられた。

 

「て…、撤退…?一体、どういう事よ…?」

 

 掠れた声で、マーキュリーがジョンに尋ねている。左胸からは溢れるように血が出ており、彼

女はそれを手で押さえていた。

 

「知らねえが、どこぞやの国の根回しがあったらしい。国際問題も考えて、国防長官殿は、これ

以上『SVO』って組織には関わらないと判断した」

 

 

 

 

 

「バーナーを持って来い。焼き切れ」

 

 電源室の扉の外から、『帝国兵』の声が聞えて来る。通路の外は、にわかに騒がしくなってい

た。

 

 やがて、何かが持って来られる気配がし、バーナーの炎が噴射される音が響いて来た。

 

「ど、どうする?時間の問題ってのはこの事だ」

 

 小声で浩が言った。

 

「どうしたら良いのかなんて、あたしには分からないよ」

 

 と、答える香奈。太一の方はと言うと、すでに警棒を抜き放ち、油断が無かった。

 

「おお、そうかい。だが、香奈ちゃんよォ。『SVO』を辞めるって真っ先に決めたのはあんたなん

だぜ。しかしこの状況。どこへも逃げる事ができなかったってのは、分かるけれどな?」

 

「それとこれとが、どういう関係があって?」

 

 どの位で扉は開けられてしまうのだろう。そんな事を考えつつ、香奈は尋ねていた。バーナー

は外側の扉の上を走り、兵士達は銃を向けている。そして、その先には自分達が隠れている。

 

「さあな?人間、追い込まれると、どんな質問をするかなんて、分かったものじゃあねえしな。た

だ、気になったってだけさ…」

 

 平静さを装う浩。

 

「あたしは、まだ辞めるって決めちゃあいないよ」

 

 香奈はためらった様子も見せずに言った。

 

「へええ。それはどういう風の吹き回しだい?まあ、オレも、結局似たようなものだったけれども

な」

 

 バーナーの走る音が聞こえる。危機感を感じながらも、浩は半分皮肉るように香奈に尋ねて

いた。

 

「それは…。あたし達がやらなきゃ、って思ったから。あの時は、あの存在について何も知らな

かったわけだし、でも、原長官からちゃんと『ゼロ』の事を聞いて分かったよ。これ以上、あの存

在に好き勝手はやらせられないって…」

 

「そうか…」

 

 暗闇の中に聞えて来る声。浩の言葉にしては落ち着いている。

 

「うん?どうしたの浩君?」

 

「いや、ただ、ここで捕まっちまったら、それもしょうがねえかなって思った。オレも辞めるって決

めていながら、恥ずかしい顔して戻ってきたわけだがな。似た者同士だぜ、オレと香奈ちゃん

もな」

 

 浩がそう言った時、バーナーの音が止まった。

 

「よし、蹴り破れッ」

 

 兵士達の声が聞えて来る。電源室の中にいる3人は身構えた。

 

 外に何人の兵士がいるかは分からない。しかし、『高能力者』の自分達であっても、大人数の

相手では身体がもたない。それだけは分かっていた。

 

 覚悟を決めた。その時、

 

「おいッ!そこまでだ。止めろ」

 

 『帝国』の言葉で制止の声。

 

「撤退だ。すぐにここから撤退して、本国へと帰還するッ」

 

 それは、兵士達の無線から聞えて来る声のようだった。雑音に混じって、外の通路に声が響

き渡っている。

 

「えッ?何を言っているの?」

 

 香奈は小声で言った。

 

「撤退だッ!すぐにこちらまで戻って来い。全ての班に告ぐ。すぐさまこちらに戻って来い!」

 

「りょ…、了解…」

 

 一人の兵士がそう答えると、外の通路は再び騒がしくなった。

 

 少しの間、彼らは混乱したかのような気配を見せていた。しかし、やがて規律整った足音をさ

せながら、兵士達はその場を一斉に後にしていく。

 

 やがては外の通路は、気配一つ感じられない程、静かな場所と化した。

 

「おいおい、一体、何がどうなってんだ?」

 

 浩は突然の事態に、動揺した声で呟いていた。

 

 

6:15 P.M.

 

 

 

 

 

「この度のあなたの行動には、我々としても感謝したい。あなたのお陰で、我々は『帝国』に捕

らえられる事もなく、無事に元通りの組織に再生する事ができるのだからね。願ってもいない

事だ」

 

 原隆作は、テレビ電話を通じ、『タレス公国』のベンジャミン・ドレイク大統領と会話をしてい

る。

 

 要人エリア内の一室には、大型のモニターが取り付けられ、がらんとした閣僚緊急会議室に

は、彼だけが立っていた。

 

「するべき事を、したまでだ。これ以上、『帝国』の好きにさせる事はできないのでね。『ゼロ』の

危険性を考えると、我々で行動した方が良いと思う」

 

 表情を変えずに、ドレイク大統領は言って来た。

 

「『ゼロ』…、ですか…。まさか、これほどまでとは…。私も、全く持って予想にしていませんでし

たよ、大統領…。私は二次的被害、つまり、奴が『力』を乱用して犯罪を犯したり、国家を脅か

すテロリストに成り得る、そんな危険ばかりを危惧していた。しかし…」

 

 隆作は深刻な顔をしていた。

 

「今回、君の国を襲った悲劇的事態は遺憾に思う。我々の国だけではなく、国連加盟国全ての

総力を持って、復興支援をしていきたい」

 

「ありがとう。感謝したい…」

 

 しかし、隆作の顔には不安が残っていた。『NK』を襲った壊滅的被害は、永久に爪痕を残

す、復興などという事ができるのか。そして、何より『ゼロ』。

 

「…、君の部下達の勇気ある行動は、我々も評価しているよ」

 

 そんな隆作の表情を見かねたのか、ドレイク大統領は真剣な顔で言って来た。

 

「優秀な部下達であると、自負しております…」

 

「我々は、是非とも彼らに協力して欲しい。その避難施設に居ては、何かと肩身が狭いだろ

う?リュウサク。私の国に来ないか?歓迎するよ」

 

「しかし、私にはこの事態の収拾をするという仕事があるので…」

 

「それは、別の部下達に任せておけば良いだろう?『SVO』ではなく、君の優秀な部下だよ。大

勢の命が失われ、限られた人材しか残っていない今、彼の存在は君にとって大きいのではな

いかね?」

 

 ドレイク大統領がそう言った時、原長官の肩に手を乗せる者がいた。静かに部屋の中に入っ

てきたその者は呟く。

 

「原長官…、私に任せてください…」

 

 それは島崎だった。彼もすでに、《クリフト島》の政府要人シェルターにやって来ていた。

 

「そうだな…、君に任せよう…」

 

 まだぎこちなさは残っている。島崎には全てを話したわけではない。だが、自分が政治生命

をかけてあそこまでした事が、全てドレイク大統領によって認められている事だったという事

実。そして、『NK』という国の現状。彼ならば、それらからどういう事だったか、分かったはず

だ。

 

「島崎君…。すぐさま、生存している外務大臣と連絡を取り合いたまえ。そして、話し合いをし、

今後の方針を打ち立てなさい」

 

「はい…、分かりました。原長官はどうなさるのですか?」

 

「私か…?私は『SVO』のメンバーと『タレス公国』に向かう」

 

 

Next Episode

 

―Ep#.16 『コンフェレンス』―


 
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