No.198433

『想いの果てに掴むもの』 ~第21話~

うたまるさん

『真・恋姫無双』魏END後の二次創作のショート小説です。

 何とか一部の将からは誤解が解けて、呉の復旧に手を貸す一刀達。 だけど其処で問題が発生してしまった。
 一刀は鈴の音の甘寧から、軍の規律を乗り越えた協力を約束させる事が出来るのだろうか?

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2011-01-29 06:05:41 投稿 / 全16ページ    総閲覧数:17871   閲覧ユーザー数:12348

真・恋姫無双 二次制作小説 魏アフターシナリオ

 

『 想いの果てに掴むもの 』孫呉編

 

  第21話 〜 天の御遣い、水面を飛ぶが如く駆ける 〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この作品は、原作を元にしていますが、オリジナル要素も多く含まれています。

 登場人物の口調や性格に差異があるかもしれません。

 論理的に合っていない所もありますが、そう言った諸々の面を許容できない方は、お引き返し下さい。

 

 

 

一刀視点:

 

 

「だ〜か〜ら〜〜っ、協力して欲しいと言っているだけだって」

 

 いい加減我慢の限界が来て、ついつい声を荒立ててしまう俺を、風が春蘭ちゃんなみに忍耐力が無いのです。とか半眼の眼差しでしみじみと呟いているが、俺はあえてそれを無視する。

 さすがに春蘭の気の短さと同列視されるのは勘弁してもらいたいが、此処で下手に突っ込んでも風にやり込まれてしまう事は経験上学習済み。

 もっとも、無視したとしても大抵が風のペースに巻き込まれる事が大半なのだが、今回はどうやら呆れるだけで黙っていてくれるつもりのようだ。

 一応、思わずとは言え、大声を出した事は失敗だったと自覚している。

 協力を申し入れているのに大声を出しては、それは恫喝以外の何ものでもないからだ。

 これが華琳や桂花辺りだったら、もう自分がミジンコ以下の生物になったような気分にまでボロクソに言われていただろうな。 それくらいの自制が出来なくてどうするのかと。

 でも大声を出したくて出したわけじゃない。 俺だってそれなりに我慢強いつもりだ。

 だけど、こう何度お願いしても、

 

「……駄目だ。 貴様を関わらせる訳には行かない」

 

 と、甘寧さんに冷たい感情以外に何も感じられない声色で、更にいかにも事務的と言わんばかりに何の感情もないような声で、同じ返答を返され続けては、いい加減俺だって大声を出したくはなる。

 そして幾らしょうがなかったとは言え、彼女の部下がいる処でそんな事を言えば、

 

ひ、ひぃぃーーーっ

 

 思わず悲鳴を上げたくなるくらい、周りで作業をしていた水兵の皆さんに、お怒りの視線の集中砲火を浴びる羽目になる訳で。 ……あっ、手に持った荷物を置いてにじり寄ってくる人も何人か。

 別に喧嘩をしている訳では無いんです。 話し合いをしているんです。 大声を出してしまった事には謝りますから、どうか穏便に話し合いましょう。と言うか話し合いたいなぁ…。

 と、集まってくる水兵さんの団体さんに、情けなくも心の中で謝っていると。

 

「……貴様等には関係ない事だ。自分の作業に戻れ」

 

 静かな口調にも拘らず。 甘寧さんの冷たい視線と共に元の持ち場に戻って行く皆さん。

 その様子にほっと息を吐くのもつかの間。 今度は背筋に寒気が走るような冷たい視線と殺気を俺に叩きつけ。

 

「……貴様が幾ら客人とは言え、度を越せばその限りでは無い。 自分の立場を考えて物を言う事だな」

 

 俺にそう冷たく言い放つなり。これ以上関わりあえんとばかりに背中を向ける。

 でも、俺は冷たい態度に怒りを覚える事はしない。 協力を求められてきて来た俺の協力を拒まれた事に、もう理不尽さを感じる事はなくなった。

 逆に甘寧さんのその態度が俺を冷静さを取り戻させてくれている事に気が付いた時、俺は甘寧さんの心遣いを嬉しく思った。

 この人はこう言う不器用な人なんだと理解できたから。 …いいや、その事は分かっていたはずだ。

 最初にこの街を案内された時、彼女は冷たくそっけない態度でも、しっかりとこの街の現状を案内してくれた。 本来ならば隠しておきたい所まで俺に見せてくれた。 彼女の不器用なりの必死さを。 そして優しさを。

 それを、俺は焦るあまりに忘れていた。

 

 今のだって見方を変えれば、俺を叱ってくれたんだ。

 水兵達から見れば自分達の信じる将が、人前で見知らぬ男に恫喝されて黙っていられるわけが無い。

 だけど甘寧さんさんはそれを止めてくれた。 そして俺に教えてくれたんだ。

 此処は俺の世界の学校とは違って、一から十までを全て教えてくれるわけじゃない。 せいぜい十の内一を教えてくれるくらいだ。

 華琳だってそうだ。と言うか華琳の場合は自分で気づきなさいとばかりに曲解して俺を叱りつける。

 直接言ってくるのは、それこそ俺が相当の馬鹿をやったか、呆れ果てられた時に、口と共に手と足が飛んできて俺を折檻する時ぐらいだろう。

 ……偶に"絶"を突き付けられるのは、何度体験しようと慣れる物では無い。

 だからこう言っては何だけど、華琳の事を思えば分かり易いと言える。

 でも、だからってこれくらいで引き下がるようなら、そもそも何度も頼まない。

 なら、俺の願いを承諾できない理由があるはずだ。 それを何とかするしかないかと、俺は攻め口を変える事にした。

 ……したんだけど。

 

「……貴様、何にやにやと笑っている」

 

 いかにも不機嫌全快と言わんばかりの言葉と雰囲気を、刺す様な殺気と供に叩きつけられたら、幾ら図々しい俺でも二の足を踏むと言う物。

 ……あの、何で此方を見もしないで、そんな事が分かるんですか?

 

 

 

 

 そもそも、何で甘寧さんに頼み事をしているかと言うと。

 亞莎と明命の一件以来、少なくても二人の誤解は解けたおかげで、仕事が順調に捗った事もあり、それなりにこの街の問題点の改善すべきところが見えてきた訳だけど。

 街の警備計画そのものに関しては蜀と同様で、現時点で警備の兵の人数が増やせない以上、正規兵から一時的に兵をお借りしてスラム街を中心に巡回ルートを増やして行き。 その分警備の兵で窓割れ理論を地道に実践して行く。

 そうする事で、治安が少しでも良くなった所で、冥琳達に長老達や商人達に基金の申し入れをする。

 今は実験的にやっているだけで、基金が無いと元に戻ってしまうとなれば、商人達も事が自分達の商売に係わるだけに耳を貸さない訳には行かないだろう。

 それに商人達からしてみれば、良くなるか分からない物より、良くなると確信が持てれば、商人達は商売の安全のためなら金を惜しむ人種では無い。

 つい数年前までは盗賊や強盗の横行のおかげで、命を失ったり商品を奪われ、商売が立ち行かなくなり首を吊らねばならなかっただけに、彼等からしては他人事ではないからだ。

 少なくても蜀では上手く行ったようだし、冥琳達ならきっとうまくやるだろう。

 

 問題は次から次へと発生する強盗や盗賊だ。

 むろん孫呉の警備兵達も遊んでいる訳では無いが、単発や勃発的に起きた事件ならともかく。 計画的、そして組織的に動いている言わば盗賊団と言った連中が、復興しつつある建業の街の財力を奪っていっている。

 大きい街故に多くの商家があるため、国から見てみれば金額的には知れてはいるが、盗賊団が複数あるうえに、その事自体が商人達からの基金を出し渋る原因になっている。

 むろん、ただの盗賊団であれば三国一の諜報員である明命が、あっという間に本拠地を突き詰めて、一網打尽するのだろうけど。

 

『 陸であれば逃がしたりしないのですが、流石に船を使われては……、しかも夜となればなおさらです 』

 

 と、胸の前で両手を合わせて申し訳なさそうに言う明命に、更に詳しい話を聞くと。

 明命も船は人並み以上に扱えるらしいけど、相手はどうやら隠していた船で多数と言う利点を生かして風上に向かって漕いで逃げるらしく。 何時やってくるか分からない相手に待ち伏せなど出来るはずもなく、広い長江では逃亡先を予測する事も難しいとの事で、後は地道に調査をするしかないのだけど、それも範囲が広すぎて芳しくないようだ。

 しかも此処の所、ますます組織だって動いている節が見られ、これ以上被害が大きくならないうちに何とかしなければいけない状態になっている。

 

 と言う訳で相手が船ならばと、孫呉が誇る海軍に協力してもらおうと、甘寧さんの所に何度も足を運んだ訳だが、快い返事が貰えない事にいい加減頭に血が上ったと言う次第だ。

 うん、こう改めて思うと、一方的だったかもしれないなと反省する。

 落ち着いて考えてみれば、呉の海軍といえば三国一と言ってもいい。

 それを安易に見せてくれと言うのは、軍事機密を見せてくれと言っているに等しい。

 

 俺にとって軍事機密とか言うと、兵器やミサイルとか言ったイメージがあるけど。 軍船も立派な兵器。

 例えそれが帆船だとしても……ん? 帆船……そうか。 …そうだよな。

 船を動かすのに動力が風と櫂しかないこの世界の船において、その性能を大きく左右するのはそれを操る乗組員の腕にかかっている。 ならそれは、船を動かすノウハウを見せろと言っているのと同じ事なんだ。

 それに軍船とはいえ動かせば、それ相応のお金が掛かってしまうらしい。 二年前も、桂花が必死にやり繰りしながら船を用意し、水上戦を知らない兵達に繰り返し調練をさせていたけど、あの時の桂花は本気で倒れる一歩手前だったのを俺は今も覚えている。

 だからなのだろう。軍用の港だと言うのに船は港に着港したままで、一船たりとも動いていない。

 

 甘寧さんにしても、彼女の性格からして民のために力を貸したいのは山々なんだと思う。

 でも軍としては、たかだか盗賊の相手に膨大な金の掛かる船を動かす訳にはいかないのだろう。

 …いや、正確には盗賊退治には動くだろう。 華琳もそう言う時は例え節約するべき時でも躊躇することなく動かした。

 民の苦しみに代えられないと言って……。

 ただ、それでも動かすその時まで、情報収集を徹底させていた。

 無駄な出費を少しでも抑えるために……。

 軍を動かす出費で、民への負担を少しでも減らすために……。

 きっとそれと同じ事なんだと思うし、他にも理由があるかもしれない。

 ……でも、駄目なんだ。

 

 今回は街の警邏と同じ、船でもって警邏する事に意味があるんだ。

 まずは犯罪を起こしにくい環境を作る事。 彼等だって、好きで盗賊をしている訳では無いはず。 もう戦乱の世は終わり。貧しいいながらもギリギリ生きて行けるだけの世の中になったはず。

 なら、止めるきっかけを与えるべき時なんだ。

 それでも奪う事を止めないと言うのならばそれは仕方無き事。

 頑張って生きている人達のために彼等を討つのを躊躇う気は無い。

 

 問題はどう説得するかだ。

 盗賊を減らすためには船を動かすしかない。 でもその船を動かすお金を得るには盗賊を減らして見せる事で豪商達から多額の基金を出させなければいけない。 ……堂々巡りだ。

 お金を掛からないように船を出すにしろ、軍船である以上は盗賊に勝って当然の事。 そうでなければ孫呉により支配を揺らがせる要因の一つになってしまう。

 それ故に、お金がかかっても万全の態勢で出航し無ければならない。

 

 

 

 

 でも俺としては、其処に拘ってほしくない。

 街の警邏と同じ事。 負けなければいいんだ。

 目を光らせていると言う姿勢を見せる事。

 絶えず情報を得て、街や民の変化を見逃さない事。

 民の生活の役に立てる事。

 例え犯人を逃す事になっても、民に被害を出さ無い事を優先しなければいけない。

 例え軟弱な考えでも、結果的に犯罪が無くなればいいんだ。

 でも、これは軍とは大きく異なる街の警備の考え方で、甘寧さんを説得できる内容とはとても思えない。

 

 そう思って頭を巡らせたとき、視界の縁に一艘の船が目に入る。

 目の前のような大きな船では無い。 言わば小さな漁船が、帆を風で脹らませながら水の上を駆けて行く。

 そっか、別に大きな軍船でなくても速ささえあれば。

 

「駄目ですよ〜。 賊はおそらく漁を生業をしている人達が船を動かしています。

 小さな船ではあちらに一日の長があり、追いつく事も逃げ切る事も出来ないでしょうね」

 

 風の眠たげな声が、俺の脳裏に浮かんだ言葉を一陣の風の様にして打ち消して行く。

 その言葉に、目の前の甘寧さんも苦笑浮べながら小さく頷く事で風の言葉を肯定する。

 今は必要もないのに勝てない戦をする余裕は無い、と言っているかのように……。

 でも、俺は其処に一条の光を見た。

 

「甘寧さん、この辺りの川は基本的に何時でも風は吹いているんだよね」

「……ああ、朝夕と風の方向が変わる時に僅かに止まるがな」

 

 俺の質問にいぶかしげな顔を一瞬するものの、俺の質問に丁寧に答えてくれる処を見ると、この人は自分の好き嫌いはともかく、きちんと理を解いて行けば分かってくれる人だと確信が持てた。

 良かった。 最初は春蘭みたいな人かと思ったけど、どちらかと言うと秋蘭に似ているなと、心の中で甘寧さんの印象を書き換える。

 そして頭の中で構想を組み立てながら、甘寧さんに挑発染みた笑みを浮べた後。

 どうか此方の話に乗ってくれますように。

 

「風、戻って考え直そう。

 三国一の海軍と言っても、漁師に負ける程度の腕しかないとは思わなかったからね」

 

ギリッ

 

 風の手を取って、帰ろうと踵を返した俺に甘寧さんの拳を強く握り込む音が聞こえてくる。

 むろん、これが挑発だって事はこの人に気が付かれている。 そしてこれくらいの挑発には乗って来ない事も今までの事から理解はしている。

 でも、同時に武同様に船乗りとしても誇りを持っている事も理解していた。 …だから。

 

「船で思い出した技術が在ったけど、その程度の腕なら必要ないかな。 何せ練習量と腕がものを言う技術だからね」

「……待てっ」

 

 そう言って足を踏み出した時。

 冷たい殺気と共に、甘寧さんの声が聞こえてくる。

 むろん、殺気そのものは彼女からしては本気ではないと分かる。

 ……分かるんだけど、はい正直恐いです。 春蘭の殺気を日頃受けていなかったら、今頃膝が恐怖で笑っていた自信がある。

 と、そんな自慢にならない自慢は横に置いておいて、隣の風に上手く行ったかを確認するかのように目を向けると。

 

『 今度はどんな悪巧みですかー? 』

『 おうおう、これで唯の捨て台詞って言うなら、サクッと逝くぜ 』

 

 等と、実に不本意な事を目で訴えてきた。 挙句に器用に宝韘も目でそう訴えてくる。 もう何でもアリだなぁこの不思議人形。 もし目からビームを出しても、俺は驚かんぞ。

 

「……貴様、我等に天の技術は使いこなせない。 そう愚弄する気か」

「そう言うつもりはないよ。

 ただ小型の船なら、経験の浅い俺にだって勝てるんじゃないかなと思っただけさ」

「…ふっ、見え透いた挑発だが乗ってやろう。

 我等水の民が陸の軟弱な者に、例え挑発であろうとも船で勝てる等と思われては堪らんのでな」

 

 

 

 

 と言う訳で、その日の夜。 

 

「で、お兄さん。 思春ちゃんに勝負を吹っ掛けたのは良いですが、これで本当に勝負になるんですか?」

「まぁ、武の勝負だったら勝ち目なんてないけど。 これなら風(かぜ)次第で勝てる見込みがあるさ。 もっともそれなりに練習が必要だけどね」

 

 俺と一緒にひたすら麻の布を縫い合わせる風に俺は答える。

 甘寧さんはああは言ったけど、実際は思惑がそれなりに在る。

 面子もあるだろうけど、それだけで動くような人じゃない。 最強の海軍を持つ呉としては、船の技術を見逃す訳には行かないと言うのもある。

 ましてや俺の言葉から、まだどこの国も手に入れていない言だと察しがついたはずだ。 それを逸早く手に入れ。使いこなす事は大きな意味を持つ。

 その上でその技術を身に付けると言う口実で、軍船を動かし盗賊達を威嚇し、上手く行けば討伐も出来るとなれば、幾ら魏や蜀にもいずれ伝えられる技術とはいえ、今の孫呉にとって美味しい話に違いない。

 

 そう、これは面子を守ると言う芝居なんだ。 こっちが勝っても負けても結果は同じ。 甘寧さんはきっと軍船を用いての警邏に手を貸してくれる。 技術提供の礼と言う名目のもとに。

 だけど物事には口実と言うのも必要な事がある。 それがこの呉の海軍の面子を守るための勝負なんだ。

 

「それにしても随分変わった形ですね。 お兄さんの国では、皆こんな形の帆の船が走っているんですか?」

「いや、俺の世界は前にも言ったけど、動力って言うのがあって船もそれで動いているんだ。 こう言う帆は使っている所もあるみたいだけど、殆どレジャー用かな」

「れ、れじゃーですか?」

 

 俺の言葉に風が首を傾げているのを見て、つい横文字を使ってしまった事に気が付き、それが遊びだと説明する。

 俺自身、船遊びなんて興味が無かったし、そう言う身分でもなかったけど。大学の合宿と言う名の遊びに、部命として付き合わされた時に、普段俺に一方的にやられている先輩方の腹いせか、及川を巻き込んでFJ級とか言う帆船に乗せられた事が在った。

 最初こは右往左往こそしたものの、最期にはそれなりに楽しめたのだから、今思えば良い経験だったと言える。

 

「何にしろ勝負事に負けたとなったら、後で華琳様が黙っていないと思うので頑張ってくださいねー」

 

 等と呑気に他人事のように言いながら、例の大きな飴を口に入れて、黙々と二つの布を縫い目の方向を変えて縫って行くと言う作業に戻る風に。

 

「あはははっ、何言ってるんだよ。 これ二人乗りだぞ。と言うか、俺それしか知らないし」

 

ぽとりっ

 

 俺の言った事があまりにも意外だったのか、放心した口から飴が布の上に転がり落ちていく。

 隣の部屋からは、連れて来た兵士達が、船の改造と練習用の船を床に固定してくれている音が聞こえる。

 真桜お抱えの園庭無双の皆さんでもある彼等にとって、それくらいはお手のもの。 むろん、応急処置では無いので何時もの様に触ったら壊れるなんて事は勘弁してもらいたいので、見た目は二の次にして頑強さを要求してある。

 うん、とりあえず。 風のこの呆然自失の顔はしっかりと心のカメラにメモリーしておく。

 むろん、このままでは逃げられかねないので、今のうちに逃げ道を塞ぐ。

 

「ちなみに連れてきた兵達は皆、船を操舵した経験が無いと言ってたから問題外ね。 稟から風はその手の事は一通りできると聞いてるよ。 大陸中を旅をする上では必須な事だったってね」

「うぅ……風を最初から巻き込む気だったのですね」

「まぁ、良い思い出と思って」

「……勝っても負けても、風は華琳様から御仕置きを受ける気がするのです」

「……ごめん、それ否定できない」

「この腐れぽんち野郎」

 

 宝韘の言葉に苦笑を浮かべるも、風と一緒に船で駆ける様子を心の中で浮かべ。きっと良い思い出になると、笑みを浮べながら手を動かして行く。

 この時はその事を疑いもしなかった。 でも俺は肝心な事を一つ見落としていた。

 致命的と言える程の事を……。

 

 

 

 コテン

 

 可愛らしいと言える音を立てながら、風の小さな体が船の中を転がる。

 

 ぽとっ

 

 綱を支えるために踏ん張りきれず。 身体が船から離れ床に落ちてしまう。

 あれだけ身体を横にしても転がり落ちなかった宝韘が頭から離れた宝韘は、心なしか気を落とした表情をしており。 これ以上は時間の無駄でしかないと俺に訴えているようだった。

 次の日から基本動作の練習を始めた訳だけど。 初めてすぐに問題が見つかった。

 それは俺の知っている船を動かす操作と、風の知っている船の操作には大きく隔たりがあり。 それでも船の操舵の経験があるだけマシだと思い練習をしていたのだが……。

 

「やはり風では、お兄さんの求める動きは出来ないのです。 なにせ・」

「やっほ〜、一刀聞いたわよ。何か面白い事になっているってね。 って、どうしたのよ?暗い顔をして」

 

 風の言葉も遮って雪蓮のやたらと明るい声が、その声の持ち主共々突然と部屋に乱入してきた。

 まぁ…彼女らしいと言えば彼女らしいし、この国の王である彼女が我がもの顔で顔を出すのも華琳を見れは当然と思えるんだけど……、一応客の部屋なんだから、もう少し気を使って欲しい気がするのは俺だけか? と思いつつも。

 

「明命に冥琳に献上品の酒に手を出した事で、謹慎喰らってると聞いたけど。 もういいのか?」

「そんなものは隙を見て抜けだしてきたわ。 大体一刀がばらすからこんな事になったんじゃない。 せっかく夜中にこっそり飲むつもりで盗って置いた秘蔵の酒を、一刀にあげたのに一滴も飲まずに怒られるなんて理不尽よ」

「お、俺が悪いにか?」

「そうよ。 ばれなかったら闇に葬れたんだから」

 

 何の迷いもなく自信満々に自分は悪くない、と答える雪蓮に俺は眩暈を覚えるが……、そう言えば華琳も無茶苦茶言う時は無茶苦茶言うもんなぁ。 王と言うのはそうでなければ務まらないのかも知れないと、心の中でなんとなく納得していると。

 

「全ての事柄に天意あり、此れも天の采配なのかもしれませんね〜」

「どうしたのよ行きなり。 もしかして私に手を貸せと言うの?」

「そうなのですよ〜。風ではお兄さんの役に立てないと分かったので、代わりに役に立ってもらおうと思いまして」

 

 いきなりの風の言葉に、雪蓮は少し難しい顔をして、

 

「面白そうだから手を貸すのは構わないし、思春もそれくらいは認めてくれるでしょうけど。 ……はっきり言って船の腕じゃ、私では思春の相手にはならないわよ」

 

 そう自嘲気味に甘寧さんの腕を認めて苦笑を浮べる雪蓮を、風は構わないですよ〜と言いつつ、雪蓮を手招きして先程までやっていた風の動作を説明すると。

 

「……成程、風では身長が足りないって事なのね。 いいわ。そう言う事なら代わってあげる。

「風では身長以外にも足りなかったので、助かるのです」

 

 勝手に進められる話に、俺はそれでも雪蓮の言葉に感謝する。 負けても仕方ないとは思ってはいるけど、やはり不戦敗なんて事態だけは避けたかった。 それに雪蓮ならば。

 

「雪蓮が力になってくれるなら勝機が無いわけじゃない。 雪蓮の体重なら、風に重りを付けなくても風(かぜ)に負けな・」

 

ごっ!

 

「……くはっ!」

「悪かったわねっ。 風より重くてっ」

「お兄さん……流石の風もそれは庇えないのです」

 

 激しい衝撃と共に頭の中を飛び交う星と、意識が真っ白になる程の痛みに呻き声を上げる中、雪蓮と風のそんな声が聞こえてくる。

 ……うん、今のは俺が悪かった。

 

 ガクッ

 

 

 

 

「ふーん、面白いわね。 確かにそれならば思春にも勝てる可能性はあるわ。

 要は今まで以上に風(かぜ)に合わせて、如何に息を合わせて素早く動くかって事ね。 大きな船だとそうも行かないけど、それでもこの帆の能力は大きな武器になるわ」

 

 俺の不用意な言葉のために気絶する羽目になった俺の代わりに、風が説明してくれたのか、目を覚ますなりそんな雪蓮の言葉が聞こえてきた。

 頭を振って、まだ痛む頭をさすりながら……あっ、やっぱりタンコブが出来てるや。

 

「この縦帆と従来の横帆を巧く組み合わせて使えば、今まで以上に船の動きに自由度は上がる。 少なくても矢が届くほど近寄らない限り、かなりの事が出来るはずだよ。

 それに帆の形が明らかに違うから、法で一般の使用を禁じてしまえば幾らかの対抗策になると思う」

「あら目が覚めたのね。 ならとっと練習を始めるわよ。 今までの動きが邪魔にならないように体に覚えさせないといけないんだから。

 それと、私が一緒に戦う以上は、負ける気で戦うなんて事は許さないからそのつもりでね」

 

 いや、その気持ちはありがたいんだけど、頭を打ってすぐにあの練習は流石に不味い気が……。

 それに、謹慎を抜け出してきたんじゃあまり長居しているのは不味いんでは? と思いその事を口にすると。

「あんなのは溜まった仕事をやらせるための口実よ。 大体どこの世界に王を謹慎する家臣が居るって言うのよ」

 

 確かにもっともな話だな。……でも魏では見られない光景だけど、蜀だと関羽さん辺りが。平気で桃香を監禁して溜まった仕事を処理させていそうなのは俺の気のせいか?

 

「それに新しい技術を逸早く手に入れるためと言えば、冥琳も強く反対できないもんね〜」

「………そっちが本音か」

「何の事かな〜♪」

 

 雪蓮の言葉に、何となく沙和を思いだしながらも苦笑を浮かべ、俺は一からこの帆の使い方を説明し直して行く。 むろん座学でね。

 頭を打ったばかりだし、これくらいの意趣返しはさせて貰わないとな。

 

 

 

 

「まさか、ぶっつけ本番で船に乗る事になるとは思わなかったわ」

 

 良い風が吹く中、雪蓮の溜息交じりの言葉が風に流される事なく俺の耳に入ってくる。

 うん、俺も思わなかった。 多くはないとはいえ。数度は練習できると思っていた。

 

「誰のせいだよ」

「あら、私は止めたわよ」

 

 風を受けて、いい感じに膨らむ帆に負けないように、連れて来た魏の兵士が一生懸命小舟を支えている。

 その異形の帆の形に、嘲笑を浮べる呉の水兵さん達を、甘寧さんはみっともない真似をするなと言わんばかりの冷たい視線で黙らせてくれたのは嬉しいと感じる。

 でも、これが実は二枚目の帆じゃなく、練習する風景をその目に見ていたなら、そんな事態にはならずにいたんだろうなと思う。

 

「雪蓮がと言うならともかく、まさか孫権があんな酒乱だったとは……」

「何よそれ、失礼ねぇ」

 

 事の起こりは、帝への献上品である酒だった。

 あの雪蓮が俺達の部屋に来た日、一通りの動きの練習が終わった後。 例の酒がまだ残っていると知った雪蓮が味見をしたいと言いだした事に在る。

 まぁそれは良い。 俺も雪蓮の協力に感謝していたし、この酒に関しては、もうどうしようもない事。 それに酒に罪はない。

 そんな訳で、軽く風と三人で飲んでいたのだが……。

 

『 姉様っ! 』

 

 と言って、一応名目上は謹慎中にも拘らず。 勝手に部屋を抜け出し、仕事をサボっている雪蓮を探しに来た孫権が乗り込んで来た訳だけど。

 其処には酒を楽しんでいる俺達の三人の姿がある訳で……、まぁご想像の通り烈火のごとく怒りだした孫権を俺はせめて落ち着けようと、せめて水を一杯と思って湯呑を差し出した訳だが、……俺も酔っていたんだろうなぁ。 まさか慌てて掴んだのが水甕ではなく、例の酒壷だったなんて。

 その事に気が付いていた風と雪蓮が俺を止めたんだが、時すでに遅し。 俺の言葉を信じた孫権がそれをそのまま一気に喉に流し込み。

 たった一杯の酒で、別の意味で大虎が出現する事になった。

 

 ああなった孫権を誰も止める事が出来ずに、始まってしまった大宴会。

 次々とウチの兵士達を酔い潰すだけに飽き足らず。 ……ちなみに冥琳達呉の連中は、とばっちりを喰らって堪るかと言わんばかりに酒だけを置いて逃げて行ったばかりか、俺達の居る区画を兵に命じて閉鎖しやがった。

 その事に、どんなに皆に恐れられているんだよ。と冷や汗をかく暇も無く孫権に捕まってしまった俺を、風も雪蓮も助けてくれる事無く。 これは幸いとばかりに、風共々帆に包まって身を隠しやがった。

 その後は、酔い潰されて覚えていないが、どうやら普段は持っていない勘を、ここぞとばかりに発揮し。

 

『 風、姉様、そんなに私と呑むのが嫌なのですかっ 』

 

 と、せっかく作った帆を剣で細切れにして、二人を引きずりだし二人の抵抗などお構いなしに酔い潰したとの事。

 華琳の話では蜀の桃香も、ある程度酔うと怪力無双になり、人に抱きつきまくって来ると言ってたなぁ。

 

「アレで記憶がないどころか、自分に良い様に捏造されているって、反則だよな」

「……そうね、それは否定できないわ。 せっかくの酒豪もアレでは台無しよ。 勿体ない」

「そう言う問題か?」

「そう言う問題よ」

 

 

 

 

「勝負の内容は、此処を出て一里程川下にあるウチの兵士の船を廻って戻ってくる事。 進路妨害などは構わぬが直接妨害は禁ずる。

 雪蓮、分かっていると思うが。 この後は仕事をサボった分、仕事が終わるまで部屋に監禁させてもらうから、間違ってもそのまま逃げようと思わぬ事だな」

「……え〜と、勝った者には、普通は御褒美があるものじゃない?」

 

 審判役の冥琳は、大きな汗を垂らしながら問う雪蓮に、俺にまで背筋が凍りそうな冷たい氷の炎のような目を向け。

 

「ほう、散々口実を作ってサボった時間が褒美の様な物なのに、更に褒美を要求すると。 では、仕事が終わるまで、愛人である私と熱い一時を過ごすと言うのはどうだ」

「そ、それ絶対御褒美じゃないと思うんだけどなぁ〜。 せめて手伝ってくれたら嬉しいかなぁと」

 

 雪蓮の言葉に、ますます冥琳からの迫力が増し、その迫力のあまりに、俺はその迫力に呑まれるままに雪蓮共々首を縦に振るしかなかった。……我ながら情けないな〜。 と思いつつ、冥琳の合図で試合が始まる。

 風や亞莎や明命の声援を背に受けながらも、俺は雪蓮と共に船に乗り込み、桟橋を蹴って小舟に勢いをつける。

 俺が完全に船に乗り込み体制を整える頃には、既に配下の水兵と乗り込む甘寧さんの船は既に三挺身先におり、その事実に俺は思わず声を上げる。

 だけどそんな俺の声を、

 

「これくらいは、最初から分かっていた事よ。 驚いている暇があるなら、これ以上離されないように体を動かしなさいっ」

 

 厳しい声が…。

 だけど何処か温かみのある声が…、

 一瞬とは言え弱気になった俺の心を奮い立たせてくれる。

 

「分かってる。 行きは追い風、凧を出しても向こうの方が僅かに有利。 風に対して垂直じゃなく斜めに進むんだ」

「不思議よね。 風に沿って走った方が速いと思うのに、少し斜めの方が速いだなんて思いもしなかったわ」

 

 だろうね。 俺も揚力とか力学とかを学んでいなかったら不思議だと思っていただろうな。 正直、あの夏に其れを体験するまで、それすら疑っていた。

 ……でも。

 

「ほら、思春達も少しだけど斜めだろ。 経験上そうした方が速度が出るって事を知っているんだ」

「ふーん、そうした差が積み重なって大きな差を生んでいたってわけね。 そろそろ切り返すわよ」

「おーけー」

「お、おーけ? 何よそれ?」

 

 雪蓮の言葉に身体を動かしながら反射的に答える。

 勝負は始まったばかり、船を操る腕の差もあって、思春達との船との差は少しずつ広がる一方だけど、それは最初から分かっていた事。 要は突き放されなければいいんだ。

 勝負は後半。 復路にまで如何に離されないかなんだ。

 それまでは、実際に船に乗って練習できなかった分、この船に早く慣れるんだ。

 

「う〜ん。 気〜持ちいい〜〜〜っ♪」

 

 追い風に帆が強く張り、その分勢いの付いた船が、白波を立てながら奔って行く。

 まるで、水の上を跳ぶかのような勢いを増した事に、雪蓮がそんな喚声を飛ばすが、正直俺としてはまだそんな余裕はない。 思った以上に以前乗ったヨットと違う感覚に四苦八苦しているからだ。

 強い風を受ける帆の勢いに負けないように、船の縁から体を大きく外に傾け、船とのバランスを取っているのだが、時折足を滑らせそうになる。 そんな俺に対して雪蓮は試合の最中だと言うのにとんでもない事を言い出す。

 

「一刀、そっちの方が面白そうだから、代わりなさい」

 

 と言って、舵を放りだし俺の持つ縄を引っ手繰る。

 

 

 

 

「ち、ちょっ」

「いいから舵持ちなさい。ひっくり返るわよ」

 

 自分のした事を棚に上げて、俺に指示する雪蓮に怒りを通り越してあきれる俺は、船をひっくり返すわけにもいかないので慌てて、雪蓮の居た場所に身体をずらし舵を縄を持つ。

 さっきの俺ほどではないがそれなりに、体重移動を必要とする場所だが、俺くらいの体重があるのならば十分過ぎる。問題は……。

 

「雪蓮の体重だと、風の勢いに負けかねないぞ」

「また体重の事言って、懲りてないわね。 まぁ今回は良いわ。

 一刀、足りなければこうすればいいのよっ」

 

 そう言って雪蓮は船の縁に足を掛け。 船から飛び降りるかのように、身を投げ出しながら帆を張る縄を持つ。

 水面とほぼ平行になる雪蓮は、水面に恐怖を少しも感じる事無く。

 

「ひゅ〜〜っ♪ すっごいわねこの快走感。そっちとは全然違うわ♪ やっぱり代わって正解だったわ♪」

 

 むしろ水飛沫を浴びながらも、そのスリルを楽しんでいるように見える。

 確かにそう言う姿勢は知っていたけど、普通躊躇いもせずにやるか?

 雪蓮の丹力と言うか無謀さに呆れつつも、俺は俺で雪蓮の動きの邪魔をしないように舵と縄を操って行く。

 船の主導権は雪蓮に握られたものの、船はさっきより速度を増し。 もはや水の上を跳ねているようにすら感じる。

 その勢いに雪蓮は、一層の喜びの笑みを浮べながら右へ、左へと、風がブレル瞬間がまるで最初から分かるかのように船を操って行く。

 やがて試合も半分近くが過ぎ、目印の船を旋回した甘寧さん達の船が俺達の船とすれ違う。

 水面ギリギリの姿勢を取る雪蓮の姿に、甘寧さんが何か言っていたようだけど、風と波の音で聞き取り辛かったのと、聞こえない聞こえないと大声で言う雪蓮の声に邪魔されて、聞き取れなかった。 実際何言ったかは想像はつくんだけどね。

 何にしろ、このままなら勝負はついた。

 そんな俺の考えを読んだのか、雪蓮は悪戯っぽい笑みを浮べ。

 

「さぁ、とっとと追いついて、思春の驚く顔を見ましょう」

「もしかして、それが一番の目的だったと言わないよな?」

「そんな訳ないでしょ。 でも、狙っていなかったと言ったら嘘になるわね」

 

 そう方目をつぶって、俺に笑いかけてくれる。

 雪蓮のそんな態度が嬉しかった。

 俺に対して微笑みかけてくれた事では無い。

 この世界の人間からしたら、とんでもない考えを…。

 俺の言葉を少しも疑わずにいてくれている事が。

 だからつい聞いてしまう。

 

「疑わないのか?」

「そりゃー疑うわよ。 風上に向かって船が進むなんて、誰が聞いたって疑うに決まっているじゃない。

 私はね、一刀を信じたの。 そして一刀の言う事を疑わずに練習していた風を信じたの。 一刀の真剣な言葉を信じるのに他に理由が必要?」

「……あっ」

 

 雪蓮の言葉に、涙が出そうになるほど嬉しさを感じた。

 そしてその懐の大きさに、雪蓮が間違いなくこの国の王なんだって事を自覚した。

 本当にこの世界は、凄い人たちばかりだ。

 そんな人達と、俺は一緒に生きている。

 なら北郷一刀。 お前のやる事なんて唯一つだよな。

 

「そうだな。 疑って悪かった」

「そうね。 でも悪いと思ったなら、後は分かるわよね」

「ああ」

 

 雪蓮の言葉に、俺は力強く頷いて見せる。

 全力を尽くす。

 そう、元々凡人の俺がこの世界の英雄達と一緒に居られるにはそれしかないんだ。

 だから、俺は雪蓮の信頼に応えるかのように、心の中に滴を落とす。

 滴が齎す波紋と共に広がって行く色の無い世界。

 集中するあまりに、感覚が広がった世界。

 其処で俺は雪蓮の動きに付いて行けるよう全神経を集中する。

 この試合勝って見せる。 そう、心の中で誓いを立てる。

 

 

 

 

「は〜〜い♪ 思春、先に行くわね〜♪」

「んなっ!」

 

 櫂を手にする甘寧さん達の船の横を、風に乗って通り過ぎる俺達に…。

 風上に向かって帆を張って船を走らせる俺達の船に…。

 雪蓮は水面ギリギリの所で視界の上下を逆さまにしながら、手を振って見せる雪蓮に…。

 部下と共に、息を合わせて櫂を漕いでいた手を止めて、絶句の表情で此方を見詰めてくる。

 そんな甘寧の驚きの顔に満足したのか、雪蓮は俺に満面の笑みを向けて。

 

「あの娘のあんな顔初めて見たわ。 これだけでも参加した価値があるわね♪ 当分これでからかえるわ」

「ちょっと甘寧さんに同情したくなってきた」

「でも、流石思春ね。 こんなに離されているとは思わなかったわ」

「確かに。 手漕ぎで川上に向かってあの速さが出せるって、はっきり言って異常だぞ」

「だからこそ孫呉は三国一の海軍でいられるのよ。 この勝負、距離が短かったら勝ち目はなかったわね」

 

 甘寧さんの事を誇らしげに言う雪蓮は、華琳同様何処か眩しくて、その姿に目を細めてしまう俺に。

 

「一刀、終着点まであと僅かだけど、最期まで気を抜いちゃ駄目よ」

「ああ、勝負はまだついていない。最後まで何が在るか分からないからな」

「ふふっ。 それで良いのよ」

 

 もう決着は着いたと言って良い程距離はある。

 でも、勝負は最後まで分からない。 気を抜いた瞬間に、相手にやられるなんて事は、この世界では日常茶飯事。 武と同じ、絶えず残心を心得ていなければいけない。

 だから俺と雪蓮は、最後まで気を抜かずに船を走らせる。

 帆が最も効率よく風を捉まえれるように…。

 船が少しでも波の抵抗を少なく受けるように…。

 船を風に乗って走らせる。

 風に乗って何処までも…。

 

 風に乗って何…処……ま……で……も……。

 

「ちょっと一刀っ。最後まで気合い入れなさいって言ったでしょっ!」

「風がいきなり止まった事まで俺のせいにするなっ!」

 

 まだ風が止む時間でもないはずなのに、突然止んでしまった風を、俺のせいにしてしまう雪蓮に思わず怒鳴り返してしまう。 うん、さっき雪蓮が懐が大きいとか、眩しく感じたりしたのは気のせいだ。

 うん、そう思う事に決めた。 と思いつつ俺と雪蓮は冷静に現状を把握する。

 ゴールはもう目に見えているとは言え、惰性で届くような距離でもない。

 それに……。

 

「このままじゃ思春達に追いつかれるわね」

「そうだな、俺達も漕ぐか」

「そうね。 とてもあんな速度出せないにしても、風が止んだくらいで勝負を投げ出したくはないわって、この変な形の櫂はどうするの?」

 

 俺が船の中の縁に括りつけられた棒を雪蓮に渡すと、見た事も無い形に雪蓮は驚く。 何せ短い上、複数ある。 確かに、このままでは戸惑ってしまう。

 俺は見本を見せるように、棒を棒を繋ぎ合わせて二本のオールにする。

 本当はきちんと一本にしておいた方が強度はあるんだけど、今回は試合と言う事で邪魔になるものはこうやって加工してもらって、片づけておいた訳だけど。

 こんな時間に風が止むとは想像して無かったから不要になると思っていたけど。 用意はしておくもんだなぁ。と改めて、真桜の教育を受けた配下の兵の皆さんに感謝する。

 雪蓮は俺のした通りに棒を二本のオールに組み立てるのを見て、俺は雪蓮に背を向け、オールを船の縁に在る穴に通して力いっぱい漕ぐ。

 そしてその力を受けるように船が前に進むのを見て、雪蓮も同じように俺の後ろに腰かけてくれたのだけど。

 

ふにょ

 

「きゃっ、ちょっと一刀」

「あっ」

 

 思いもかけない柔らかな物体が後頭部に当たり、同時に雪蓮の短いながらも可愛らしい悲鳴が聞こえる。

 どうやら園庭無双の皆さん。 俺と風の組み合わせで考えて船を加工していたため。 オールを通す穴の間隔が短く、雪蓮の胸に後頭部を埋めると言う事故が発生してしまった。

 とにかくこのままでは、漕ぐ所ではないため位置を入れ替えるのだが、これはこれでその密着しすぎていると言うか、その……なんだ。

 

「一刀。 変な事考えたら、そのまま頭突きをかますから、今は勝負の事だけを考えなさい」

「そ、そうだ、変な妄想している場合じゃなかった」

「………」

「あっ、いや、その、男の性と言うか、とにかくそれどころじゃないって、思春達に追いつかれる」

「……後で問い詰めてあげるから覚えておきなさい」

 

 雪蓮の舌打ちを最後に、俺と雪蓮は気恥ずかしさも無視して必死に漕ぎ出す。

 "氣"を使い速度と筋力を上げているとは言え。正直雪蓮の速度について行くので精一杯どころか、足を引っ張っているのが分かる。

 それでも雪蓮一人に漕がせるよりはマシなはずと信じて、俺は急速に減り続ける"氣"を自覚しながら、必死に雪蓮の動きに合わせて船を漕ぐ。

 だけどそんな俺を嘲笑うかのように、甘寧さん達の船は俺達の船に追いつき。

 一心不乱に船を漕ぐ俺の努力など、それが力の差だと言わんばかりに俺達の船を突き放して行く。

 ……もう、勝負は着いた。

 風はとても吹く様子は見られない。

 雪蓮の話では、珍しい事だけど一旦こうなったら、一刻は吹かないとの事。

 でもだからって、漕ぐ手を止める事なんて出来ない。

 勝負を投げ出すなんて真似は出来ない。

 この勝負に協力してくれた兵士達の皆さんや、協力してくれた雪蓮のためにもそんな真似は出来ない。

 そんなもう男の意地としか言えないくだらない想いに俺は、"氣"の尽きた身体を必死動かす。

 くだらないかもしれないけど、俺には大切だと思える想いなんだ。

 

 だから、動かす。

 手を、足を、そして腰を。

 もう、目の前は酸欠と疲労のあまりよく見えない。

 それでも俺は動かし続ける。

 だって今此処に在るのは、俺一人の力じゃないって信じれるから。

 

 

 

 

「…お兄さんっ」

 

 真っ暗になった俺の世界に、風の声が聞こえる。

 身体が鉛のように重い。

 石像になったかのように、うまく動かない。

 それでも必死に動かす俺の意思に、風の俺を呼ぶ声が聞こえてくる。

 

「どいてなさい。 こういうのは思いっきりやった方が逆にいいのよ」

 

ドスッ

 

「………………カハッ」

 

 視界の闇を吹き飛ばすかのような一条の光、なんて生易しい物じゃない何かが俺の腹部を襲い。

 その衝撃のあまりに息をするのを忘れるほどの痙攣した後。俺は咳き込むかのように蹲る。

 やがて、涙に視界が歪んでいる物の視界が元の光りを取り戻す頃には。

 

「ほらっ、止まったでしょ」

「う〜っ、お兄さんがのた打ち回るのは何時もの事ですが、今回は風がお兄さんを助けたかったのですよー」

「そう? なら今度からは私が手を出す前に事を済ませておきなさい」

「けほっ……風、のた打ち回るのは否定してほしいんだけど」

「おぉぉ、それはそれは風とした事が、お兄さんを心配するあまりに、つい本当の事を言ってしまったのですよ」

 

 半眼で何の抑揚も無くそう誤魔化す風。

 だけど、その半分瞑った目には、確かに俺を心配し安堵する光があり。

 そんな風にまた心配かけてしまったなと、自分の力の無さを悔やむ。

 何にしろもう過ぎた事だ。反省し改善すべき場所はあるけど、それを何時までも悔やんでいる暇はない。

 俺はケジメをつけるべく雪蓮に。

 

「ごめん、俺のせいで負けちゃった」

「そうね。一刀の力の無さで負けちゃったわ。 ……でも、一刀の所為にする気は欠片も無いわ。

 むしろ得る物が多かったもの。 天の知識とか言う以前にね」

 

 そう言って雪蓮は笑顔で俺に右手を差し出す。

 今だ船底座り込んでいる俺を起こすために。

 そうだな雪蓮は一緒に戦った仲間なんだ。 なら此処は真っ直ぐ前を向いて笑顔を返すべきだな。

 やや俯いていた顔をまっすぐ雪蓮に向け……慌てて元以上に下を向く。

 そんな俺に雪蓮は不思議がるが、とにかく色々拙いと思いつつ、俺は慌てて上着を脱いで前を見ないようにそれを雪蓮に差し出す。

 

「あっ」

 

 その事にやっと、水に濡れ、服が体に張り付き色々と凄い状態になっている事に気が付いた雪蓮が、俺の服を取り、上半身を覆い隠してくれる。

 そしてその事を横目で確認してから自分の力でよろけながらも立ち上がる俺に、雪蓮は肩を貸してくれる。

 

「ふふっ、あんなの魏の娘達で見慣れているだろうに、何を今更恥ずかしがってるのよ」

「い、いやそう言う問題じゃ無いって」

「別にあれくらいで、どうこう思ってたら戦場を駆け廻れないわ」

「そうかもしれないけど、此処は戦場じゃないし、やっぱり気になる物は気になるんだよ」

「さっきは自分から人の胸に頭を埋めて来たくせに、何を可愛い事言ってるのよ」

「いや、アレは事故であって、決してワザとじゃ」

 

 雪蓮のトンでも発言に、俺は先程の感触と温もりを思い出してしまい。慌ててその事を否定するのだが、時すでに遅しで。 せっかく誤解が解けたと言うのに、冷たい疑いの目で俺を見る亞莎と明命の姿が……あの、せめて弁明をさせて貰えないでしょうか?

 と我ながらきっと情けない顔をしているだろうなぁ、と思っていると。

 

「そうね。 もしあれが態とだったら、それをネタに一刀を寄越せって言えたのに残念ね」

 

 と、とんでもない発言をしてくれる。

 一応自分の発言で明命達に誤解を与えたと思って、雪蓮なりのフォローなんだろうけど、冗談を交えるにしても、もう少し内容を選んで欲しい。

 大体それではまるで、孫呉の王である雪蓮に手を出したから、その責任を取れって言っているみたいに聞こえるじゃないか。

 そんな事がもし例え冗談でも華琳達の耳に入ろうものなら………。一瞬頭に過ぎった考えに俺は身体を震わせ、その想像を振り払うかのように頭を思いっきり横に振る。

 うん、今一瞬絶が首にかかった気がしたぞ。

 と、とにかく内容はともかくとして、雪蓮のフォローと雪蓮に上着を貸すと言う行為のおかげで無事俺の疑惑は解けたようで、明命達は俺に対しての警戒心を解いてくれる。

 

 

 

 

 そんなしなくても良いような騒動をしている所に、今まで遠く俺達を眺めていた甘寧さんが顔を出す。

 そうだな。 俺は勝負に負けたんだ。 ならケジメは付けないと、そう覚悟を決める。

 

「……この勝負私の勝ちだ」

「ああ、俺の負けを認める。 でも街の・」

「黙れ。 敗者が何を言っても敗者の戯言にしかならない。 口を開いて良いのは勝者のみ」

「……」

 

 叩きつけられる気魄と正論に俺は黙り込む。

 だけど、本当に黙り込む訳には行かない。 甘寧さんだってこの勝負の本当の意図は分かっている筈だ。

 この街を守りたいと思う人達の心は分かっている筈だ。

 それを分からないなんて言わせたりしない。

 皆の想いを意思に変え。

 意思に篭る力を目に込めるかのように、俺は甘寧さんの目をまっすぐ見つめる。

 その行為に目を細める甘寧さんに、怖気そうになる俺の弱腰を抑え込み。

 真っ直ぐに想いを伝えるかのように、彼女の瞳の奥を覗き込む。

 だけど甘寧さんはそんな俺を、小さく鼻息で笑う。

 そして口に出た言葉は、

 

「勘違いするな。 お前の望む通り船による巡視は行おう。 あの帆と櫂の形状は使える。 その調練を中型船で行うのであれば、人数も装備も最小限で済む」

「えっ、それじゃあ」

「二度も言わせるな。 勘違いするなと言ったはずだ」

 

 言っている事の意味が分からず呆然とする俺を、甘寧さんは小さく溜息を吐き。 風を見た後、俺に再び目を向け。

 

「貴様はもう少し自分の重要性を自覚するんだな」

「えっ?」

「それ以上は自分で考えろ」

 

 そう言って背を向ける甘寧に、俺はどう言う意味かをもう一度訪ねようと甘寧さんの名を呼んだ時。

 

「思春だ。 此れからはそう呼べ。

 他国でしかない我等の為にあそこまでする貴様を、我が誇りのためにも認めない訳には行かない。

 ……たとえそれが女の敵であってもな」

 

 そう背を向けたまま、俺を後ろ目で見ながら告げた後。もう話しする事は何もないと言わんばかりに去って行く。

 その姿にかっこいいと思わず心の中で呟き。

 同時にその誤解は解けなかったなぁと、残念に思いながらも安心して気が抜けたためなのか、疲労が一気に俺を襲い。

 俺の意識は再び闇に沈んで行く。

 

 

 

雪蓮視点:

 

 

「ねぇ冥琳、私も疲れてるんだけど」

「あの程度の事で根を上げる雪蓮では無かろう。 いいから手と頭を動かせ」

 

 く〜っ、冥琳の鬼っ!

 こう言う時お互いが分かり過ぎていると下手な嘘も聞かないから、相手の心が分かるってのも善し悪しよね。

 一応、溜まった仕事を片づけるのを手伝ってくれているから文句こそはないけど。これって絶対逃亡防止が主目的としか思えないわ。

 冥琳の心遣いを疑うつもりはないけど、それだけじゃないって言うのが引っ掛かる。 まぁ自分に原因があるから、私が悪いって言えば悪いんだけど、面白くないのも事実。

 でも今日は色々楽しかったから、それも許せちゃうから不思議よね。

 天の知識。アレは思った以上に使える。

 今までも真桜の部下である使者を経由してその技術の高さに感心させられたけど。実際に運用にこじつけたのは、真桜の能力在っての事だと思っていた。 言ってしまえば真桜が一刀の天の話を元に閃いたもので一刀自身には、大した能力は無いと思っていた。

 だけど冥琳の蜀で一刀が何をして来たかの報告。 そして一刀自身が呉に来てから見せてきた彼自身の能力は、間違っても凡庸と言える様なものでは無い。

 それに本人は自覚していないけど、それ以上に一刀は面白い。

 天の知識とか言う以前に、見ていて楽しくなる。

 

 弱いのに必死に背を伸ばし、足りない分も必死に頭を捻らせて補おうとする。 そしてそれでも足りないモノを必死で足掻き続ける姿は、目を逸らす事が出来ない。

 何よりあの真っ直ぐな目と心根。

 結構スケベで、その癖に初心で、あの戦乱を体験しておきながらも優しさを忘れない。

 やる事は無茶苦茶で勘違いだらけなのに、それでも結果を見れば皆が笑っている。

 華琳があの子にだけは自分を見失うのも分からないまでも無い。

 ……だって、あの子可愛いもの。

 だからなんでしょうね。

 

「うちの娘達が一番脅威と感じたから、あんな妙な噂を放って置いたんでしょうね」

「おかげで、我等は相互理解と言う事に時間を取られ過ぎた」

「良いじゃない。うちの娘達にとっても良い成長の機会よ。

 それに、あのお堅い魏の連中が、男一人にムキになるなんて可愛いと思わない?」

「気楽に言ってくれるな。 それを見守らねばならない私や祭殿の気苦労を考えてくれ」

 

 私の言葉に大きく溜息を吐くけど、冥琳もうちの娘達の成長に一役買っていると分かっているから、私の方針に反対せずに黙って見てくれている。

 亞莎、明命、そして思春。 それぞれが一刀に真名を許した。

 穏とシャオは出かけていないけど、一刀と話し合う機会があればきっと、すぐに誤解を解いて心を赦してくれると思う。

 問題は蓮華だけど………記憶に無いとは言え、一刀に説教しながら飲んでいた蓮華の様子から、そう心配しなくても良いって私の勘が告げている。

 風も私達と一刀が仲良くなり過ぎないように目を光らせているけど、アレはそれくらいで何とかなるモノじゃないわね。

 なにせあの子は、私達を一人の普通の人間として見ているんだもの。

 大の男を震え上がらせる私達を、王や将としてではなく一人の女性として見ている。

 その上世の中の辛い事を知った上で、あの優しい目と笑顔をする事が出来るなんて、とんでもない冗談のような奇跡。 免疫のないあの娘達では、時間の問題よ。

 ……もっとも、そんな時間を華琳がくれるとは思わないけどね。

 

「それはそうと、一刀からの報告で盗賊達がここ最近妙に連携して動いている節があるって報告があったけど、冥琳はどう思う?」

 

 突然話を変える私に冥琳は振り回される事なく、一度出ている答えをもう一度頭の中で思案し直す。

 一刀の書いてある報告通りと答えが出ているのならばそんな真似はしないし。 何も所見を述べずに私に報告を渡す事はしない。

 きっと私の勘に引っ掛かるかを確認した上で、私に自分の考えを述べるつもりだったのだと思う。

 

「裏で動いている者がいると考えた方が良いだろう」

「それはこっち側だけ?」

「まだ何とも言えぬが、両方と思った方が良いだろうな」

「……そう。やっぱり良い事ばかりとは言えないわね」

「仕方なかろう。 それ程までに天の御遣いと言うのは利用価値があるし、逆に脅威と感じ消そうと考える者も出てこよう。 問題は本人にその自覚が無いと言う事だ」

 

 冥琳の言葉に、私は目を瞑り溜息を吐く。

 一刀の自分の価値に対しての無自覚さは仕方ない事。 一刀は、天の国では一庶民で、平和な暮らしをしていたと言う。 なら、そんな自覚が急に出来る訳が無い。

 それに一刀が増長して成長の妨げにならないように華琳達が釘を刺していたみたいだし、それが此処に来て裏目に出たんでしょうね。

 何にしろ、色んな問題が此処に来て浮き上がって来たわね。

 まだ孫呉に反意を持つ者達。

 妙な気配を見せる五湖。

 裏で暗躍している張譲。

 ……問題は山積みと言う訳ね。

 それに、華琳はこの機会に一刀を大きく成長させようと思っているらしけど、やり方が気にいらないわね。

 あんな良い子を、例え理由があったからってあんなふうに言うなんて……。 其処まで想っているんだったら、二年前に天の国に帰してるんじゃないわよっ。 両足の腱を切ってでも引止めなさいっての……。

 

 

 

 

「……らしくないわね」

 

 私の独白に冥琳は一瞬目を向けるものの、軽く肩をすくめた後、手元の書簡に再び目を落とす。

 そんな彼女らしい心遣いを嬉しいと感じながら、思っていた以上に頭に血が上っていた自分を意外と思ってしまう。

 だいたい人に固執する華琳が、自分が愛した男をあっさり手放すわけが無いわ。 そんな事で止められるなら、とっくに止めてたに決まっている。

 止めれなかったからこそ、あの娘は自分の力の無さを嘆いたんでしょうし、あれだけ邁進し続けてきた足を止めてしまったのよ。

 

「……本当、らしくないわね」

 

 あの娘があんなに一人の男に執着するだなんて。

 私がこんなに、力を貸してあげても良いと思うだなんて。

 だからなんでしょうね。

 あの子があんなに真っ直ぐなのは。

 世の汚さに潰されずに、あんな綺麗な目をしていられるのは、

 華琳が、魏の娘達皆で一刀の成長を見守って来たからなんでしょうね。

 

 ふふふっ。

 

 その事に自然と笑みが零れる。

 自分の考えに、興奮する自分がいる事を自覚してしまう。

 だって、奪い甲斐があるもの。

 それだけ大切にされている子の心を奪う。

 これで興奮しない方がどうかしている。

 それが気に入った子なら尚更の事。

 華琳だってそう言う所があるんだから、それに関して文句なんて言わせない。

 たしかに、ああいう初心な子を無理やり襲うのは心地良いかもしれないけど、あいにくそう言う訳には行かない。

 それでは本気で戦争が起きかねない。やるならば合意の元よ。

 ……もっとも、今回は流石に無理でしょうけどね。

 

 でも一刀。 貴方の天の血、うちの娘達の誰かに注いでもらうわよ。

 

 あの娘達だって孫呉の未来のためにも、いつか子を生さないといけないんだもの。

 なら、ああいう子が相手なら不足はないでしょ。

 だって、真名を許すくらいなんですもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく

あとがき みたいなもの

こんにちは、うたまるです。

 第21話 〜 天の御遣い、水面を飛ぶが如く駆ける 〜 を、此処におおくりしました。

 三ヶ月振りの更新になってしまいました。

 本当は十二月中に更新したかったのですが、最初の部分に躓き。 話全体としては出来上がっていたものの今日に至ってしまいました。

 今回は孫呉と言ったら、海兵と言うくらい水上戦に強いと言うお話なので、その辺りを背景に書いてみました。 むろん、水の都かどうかなどの色々突っ込みどころはあると思いますが、その辺りは目を瞑って頂けたらと思います。 またヨットなどの帆船に知識に関しても、碌に知らないので間違っていても流して貰えればと思います。

 さて今回は思春がメインと思いきや、某我儘王にその立場を奪われてしまった可愛そうな思春でしたが、最後はカッコよく彼女らしさを見せれたと思います。

 そう言えば真では孫権の酒癖の悪さは出ませんでしたが、萌将伝ではどうだったんでしょうね……。

 

では頑張って、執筆していきますので、どうか温かい目で見守りください。

 

 PS:風がかぜのように空気になって来ている。……次回気を付けねば。


 
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