#27
「さて、昨日宿の主人に聞いた話ですと、このまま北西に向かえば歩いて10日ほどで次の街に着くそうです」
「徒歩でそれなら、お馬さん達がいればその半分、あるいは3日で着きそうですねー」
「そうだな。さて、二人はどっちに乗る?この間と同じでいいか?」
「そですねー。お兄さんの前はなかなか座り心地がよかったので、稟ちゃんには勿体ないです。それに、稟ちゃんとお兄さんが一緒に乗ると、黒兎馬ちゃんが赤兎馬ちゃんに変わってしまいかねませんのでー」
「ひと言余計です」
風と稟を助けてから3日間街に滞在して休憩を兼ねて準備を整えたのち、一刀たちは陳留へ向けて出発することとなった。
なぜ、風と稟も同行するのかというと―――。
時は戻り、3日前の夜―――。
「ん、終わったか?」
中から呼ぶ声に動揺から立ち直り、部屋に入った一刀が見たのは、鼻血の海に溺れる戯志才と、彼女を介抱する程立の姿であった。
「えと、どうしたんだ?」
「さっきのお兄さんの様子を見てですねー、稟ちゃんがまた妄想をしてしまったのですよ」
「え、そんな要素あったか?」
「ありましたよー。呂布ちゃんや風の裸を見ても動じないお兄さんを見て、『最早裸くらいでは動じない程慣れているのですか?』とか、『北郷殿の房中術で私も虜に………』とか、あとは―――」
「だいたいわかった。そんなに血を噴いて、足りなくなったりしないのか?」
「まぁ、いつものことなので大丈夫でしょう」
風は稟の鼻血で床に絵を描きながら、それよりもお兄さん?と一刀を睨む。
「風は傷ついたのです。風の穢れを知らない身体を覗いても、何の反応を示さないのはどうかと思いますよ?」
「というか覗いてないし」
「同じです。いいですか?風のこの美しい身体を見ても襲い掛かるならまだしも、何事もなかったかのように出て行くとは、お兄さんの男性としての機能を疑いますよー」
「ぷはっ」
『襲い掛かる』という単語に反応して、戯志才が再び軽く鼻血を噴出した。」
「稟ちゃん、いい加減にしてくださいよー」
「ふがふが!(誰の所為ですか!)」
「いや、変に騒いでもあれだろう?」
「まぁ、お兄さんが風のような少女ではなく、熟女好きということはわかりましたが、それでも女の子の裸を見た責任はとるべきなのだと思います」
「えと……責任って?」
「はい、責任として、風を娶ってください」
「責任として、風を娶ってください」
「うぇっ!?」
「ふ、風っ!?」
「―――と言おうかとも考えましたが、風たちを陳留まで連れて行くことで許してあげます。ですので、鼻血は噴かないでくださいねー、稟ちゃん?」
「ふ、噴きません!」
程立の本音はいずこか知る由もないが、この会話の目的地はここだったのだろう。あまりにも自然な流れに、一刀は思わず頷いてしまう。
「それは構わないけど………」
「あと、風はもうお兄さん以外の男の人に嫁ぐわけにはいかなくなったので、これからは風のことを真名の風と呼んでくださいねー」
「え、それって程家の家訓なの?………まぁ、前半は今後よく話し合う必要があるとして、真名に関しては有難く受け取らせてもらうよ。ただ、生憎と俺に真名はないから、好きに呼んでくれ」
「ではではー、これからもお兄さんと呼ばせてもらいますね」
そう言ってくふふと笑う風の顔は、悪戯っぽいものであった。と、これまで蚊帳の外にいた戯志才は、わざとらしく溜息を吐くと、口を開いた。
「貴女は最初からそのつもりだったようですね。北郷殿、今日は時機を失っておりましたが、私も貴方に真名を預けます。これからは稟とお呼びください。あと、戯志才は偽名で、本当の名前は郭嘉と申します。故あって偽名を名乗っておりましたことをお詫びします」
「偽名だったんだ。でも、えと………いいの?」
「っ!風の真名は受け取れて、私の真名は受け取れないというのですか!?やはり私も裸を見せなければならないのですか?裸!?………あぁ、そうして私の裸体を舐め回すように見つめた北郷殿は私の身体を寝台に抑えつけ………………風共々娶られ………ふがっ!?」
「はい、そこまで。真名は有難く受け取るから、その妄想はまた今度にしてくれ」
「ふがふが」
そうして一刀は陳留まで護衛を兼ねて同行することと、二人の真名を受け取ることを承諾した。
話を聞いていた恋もまた、彼女たちを真名を交換するのであった。
時は再び戻り3日後―――。
「ふふふ。恋ちゃんには負けませんよー」
「………?」
「おやおや、これは正妻としての自信ですかねー」
「風。落とすぞ」
「おぉっ!これはこれは、お兄さんは風を虐めて喜ぶ変態さんなのですか?」
「謝るなら今のうちだ。3、2、1………よし、黒兎。やれ」
「ごめんなさいです」
「よろしい」
正妻(?)に対して側室(?)としての挑発をしていた風は、黒兎が後ろ脚で立つことでようやく謝罪をする。恋は言葉の意味をよく理解してはいなかったが、彼女の前に座っている稟は、真っ赤な顔で鼻を抑え、何事かをぶつぶつと呟いていた。
「それにしてもー」
「ん?」
「お兄さんはそんな恰好で暑くないのですか?」
ゆったりと一刀の胸に寄りかかっていた風が、ふと尋ねる。一刀はこれまでの旅路と同様に、黒い羽織を纏っていた。
「ん?別に暑くはないよ。それに、こいつにも結構愛着があるしね」
「そうですか。思い出の品ですか?」
「………まぁ、そうだね」
セキトと戯れる稟を前に乗せた恋を横目に見ながら、一刀はこの羽織の出自を教える。それを胸元で留めている髪留めについても。
語り終えた一刀は、ふと、身体にかかる圧力が消えているのを感じる。視線を前に戻すと、風が一刀の方を振り返っていた。
「お兄さんや恋ちゃんも、なかなか壮絶な人生を送ってますね。こんな世の中だから仕方がないのかもしれませんが………」
風にしては珍しく、からかうような雰囲気のない真面目な口調であった。
「お兄さんは………」
「なんだ?」
「いえ、いかに将来の正妻とはいえ、これはいま尋ねることではありませんねー。これからゆっくりと男女の絆を深めていきますので、閨の中ででもお聞きしますよー」
「はいはい」
「むー」
それは彼女なりの精一杯の誘惑だったのか、一刀に軽く流されて頬を膨らませる風であった。
………風は不安に思うのです。
恋ちゃんはあんな性格ですし、お兄さんは自分の悲しみや苦しみを押し殺して、恋ちゃんの苦しみを抱え込んでしまっているのではないだろうか、と。
そして風は、そのように思って貰える恋ちゃんが羨ましいのです。稟ちゃんはともかく、お兄さんは婚姻を冗談と思っているようですが………お兄さんは一目惚れという言葉を知らないようですねー。
風は、こう見えてけっこう真面目に考えているのですよ。それに―――
「お兄さん、恋ちゃんが本妻なのはわかっていますが、側室も愛してくれなきゃ風は泣いてしまうのですよ?」
「はいはい」
―――風には、お兄さんが『天の御遣い』という予感がどうしても拭えないのです。もしお兄さんが『天の御遣い』という存在だったとして。もし、お兄さんが『天の御遣い』という役割を担い、何かを成そうとしているとして。………その重責を恋ちゃんは理解してあげられるのでしょうか。
………………お兄さんを支えてあげられるのでしょうか。
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