二十三話 ~~正体~~
汜水関の前は、混乱に包まれていた。
連合軍の作戦通り門の外におびき出された董卓軍。
対するのは、汜水関を破ろうと猛攻をしかける曹操、孫策軍。
両軍が正面から衝突してから、もういくらかの時間が経っていた。
どの方向からも、鉄のぶつかる音と、人の悲鳴が響き、一向に鳴りやむ気配は無い。
しかしそんな周囲の状況とは対照的に、様々な轟音が響く戦場の中で、愛紗はただ一人静寂に包まれたように動けないでいた。
地面に膝をつき、激戦により疲弊しきった身体はもうその場で立つことすらままならない。
左手で抑える右腕からは、いまだ止まることのない血が滴り、変わることなく激痛が走っている。
そのはずなのに、まるでそれらの苦痛を忘れてしまったかのように、愛紗は全く別の感情に満たされていた。
その視線は、ただただ目の前に立つ人物の背中に注がれている。
先ほどの華雄の一撃で、自分は確かに死ぬはずだった。
だがその攻撃が自分に届くことは無く、華雄と自分との間に立つ一人の人物によって阻まれた。
そしてそれは、本来ならばこんな戦場の只中には居るはずのない人だった。
それは、先ほど華雄の一撃で自らの死を覚悟した瞬間、頭の中に顔を思い浮かべ、会いたいと願った人だった。
「あなたが、どうしてここに・・・・・・」
自分にしか聞こえないほどの小さな声で、愛紗は呟いた。
まるで、今のこの状況が現実であることを確かめるように。
“ギィィンッ!”
愛紗の視線の先で、つばぜり合いの形となっていた華雄と一刀はお互いに武器をはじき、後ろに飛びずさって距離をとる。
「愛紗、無事か!?」
離れた華雄を横目に見ながら、一刀は愛紗のもとに駆け寄る。
「ご主人様・・・・本当にご主人様なのですね・・・・・?」
「ああ。 遅くなってごめんよ。」
いまだに立ちあがることができない愛紗の傍に膝をつき、その肩を抱く。
両肩に感じる一刀の手の感触。
それが現実だと分かると、愛紗の表情が自然と柔らかくなる。
「! その腕、ケガしてるじゃないかっ!?」
愛紗の右腕から流れている血に気がつくと、一刀の表情が焦りの色に変わる。
「だ、大丈夫ですこのくらい・・・・・・っ!」
一刀に心配をかけまいと傷を隠そうとする愛紗だが、再び感じた激痛に思わず顔がゆがむ。
「ほら、すぐに止血を・・・・・・」
「私は平気です。 それよりも・・・・・」
「いいから! ほら!」
愛紗の言葉は無視して、傷ついた彼女の右腕をとり布を巻いてやると、愛紗も抵抗をやめ大人しく一刀に腕を預ける。
「申しわけありません。 ・・・・しかしご主人様、どうしてこんなところに来たのですか!」
少し顔を赤くしながらも、強い口調で愛紗は言う。
それはもちろん、一刀の身を案じての事だ。
本来なら一刀は、後方で桃香たちと共に戦場の様子を見守っているはずだった。
その一刀がこんな戦場の只中にいること自体、愛紗には信じられない事だ。
「何でって・・・・愛紗を助けるために決まってるだろ?」
“キュッ”と愛紗の腕に巻いた布を縛りながら、一刀は当たり前のように答えるが、その返答に愛紗の声も厳しさが増す。
「助けるって・・・・・お言葉ですが、ご主人様の力では・・・・・・っ」
「大丈夫。」
「え・・・?」
『これで良しっ』と布を縛り終え、一刀は笑顔で言った。
「俺は負けないよ。 って言っても説得力無いかもしれないけど、今は俺を信じて欲しい。」
「しかし・・・・・・」
「それに、前に言ったろ? いくら愛紗が強くても、またには俺を頼って欲しいって。 ・・・・・だから今回は、後ろで俺の戦いを見ててほしい。 愛紗が見ていてくれたら、きっと俺は頑張れるから。」
「ご主人様・・・・・・・」
臣下としての立場を考えれば、ここで一刀を止めるのが当然であることは分かっている。
しかし今の愛紗には、それをする力すら無い。
そしてそれ以上に、今の一刀ならば大丈夫だと、どこかで安心してしまっていた。
「それじゃあ、行ってくるね。」
そう言うと一刀はゆっくりと立ち上がり、自分の顔を見上げる愛紗の頭を笑顔で撫でる。
それはまるで今からの戦いに何の不安も感じていないような、優しい微笑みだった。
「・・・さてと、待たせて悪かったね。」
愛紗に背を向け、先ほどの場所から動いていない華雄のへと視線を移す。
「おしゃべりは終わりか。 それで貴様・・・・何者だ?」
「北郷一刀。 ・・・・君の敵だ。」
華雄の質問に答えたその顔には、すでに愛紗に向けたような笑顔はなかった。
そして華雄は、一刀の名を聞いたとたん眉をしかめる。
「北郷・・・・だと? 関羽が主人と言っていたが・・・・・なるほど、貴様が噂に聞く天の御遣いというヤツか?」
「さぁね。」
「何・・・・?」
「天の御遣いなんて俺にとってはどうでもいいし、別に君に恨みがあるわけじゃない。 だけど愛紗をこれ以上傷付けるって言うなら、俺は容赦しない。」
「ご主人様・・・・・・・」
そう言う一刀の顔は、愛紗にとっては珍しく怒りに震えているように見えた。
愛紗は気を失っていたので覚えていないが、以前に翠と蒲公英の街を守るために清涼へ行った時、烏丸族に攫われた愛紗を救おうとした時の表情に似ている。
だがその時とは一つだけ違い、怒りに声を荒げることは無く、静かに感情を内に秘めているようだった。
「フン。 容赦しない、か・・・・・。 それはこちらの台詞だ。」
自分に対し厳しい表情を向ける一刀に気押されることも無く、華雄はもう一度手にした戦斧を構える。
「君主がノコノコと一人で戦場にやってくるとは、呆れたバカだな。 貴様を倒せば、この戦況も覆せるというもの。」
「そう簡単には行かないさ。」
華雄の言葉に応えるように、一刀も手にした緋弦を構える。
「覚悟しろ・・・・・北郷一刀!」
武器を構えた二人の間に、ほんの少し静寂の時間が流れた。
「はぁーーーーーーっ!!」
その静寂を破り、先に動いたのは華雄だった。
放たれた矢のような勢いで、斧を振りかぶり一刀めがけて駆けだす。
だが対する一刀は、突進してくる華雄を目にしても、その場から動こうとはしなかった。
「ご主人様! 避けて下さいっ!」
その様子を後ろから見ていた愛紗が、悲痛の表情で叫ぶ。
「・・・・・・大丈夫だって言ったろ?」
「え・・・・・?」
“ビュン!”
「なにっ!?」
愛紗の心配とは裏腹に、彼女の叫びに涼しい顔で答えたかと思うと、その瞬間一刀は華雄の斧が届く寸前でなんなくそれをしゃがんでかわした。
まるで一瞬一刀が消えたように見えた華雄は、斧が空を切った感触と同時に目を丸くする。
「・・・・遅いよ。」
“ドスッ!”
「ぐぅっ!?」
瞬間、華雄の腹部に激痛が走る。
華雄の一撃を交わした直後に一刀が放った右足による回し蹴りは、的確に華雄のみぞおちを捉えた。
その衝撃で華雄は後ろに飛ばされる。
「この・・・・っ!」
しかしすぐに体勢を立て直し、華雄はもう一度一刀に向けて斧を振る。
“ブン!”
だが、その斧はまたしても一刀に届くことはなかった。
“ブン! ビュン!”
「くっ・・・・なぜ当たらん!」
止むことのない華雄の連撃を、一刀はすべて紙一重で、しかし無駄の無い動きでかわしていく。
華雄が斧を振るう回数と同じだけ、その斧が空しく空を斬る音が響き渡る。
「ご主人様・・・・いつの間にこれほど・・・・・・」
その光景を後ろで見つめながら、愛紗は目を丸くしていた。
今目の前で戦っているのは、間違いなく一刀だ。
しかしそこには、彼女の知っている、優しく、戦いを知らない一刀の姿はどこにもない。
一騎当千の豪傑である華雄の攻撃を、いまだ手にした緋弦を振ることなく軽々とかわして見せているのだ。
「はぁ・・・はぁ・・・・・」
絶え間ない攻撃を続けていた華雄にも、さすがに疲労の色が浮かんでいた。
肩で息をしながらも武器を構える華雄を、対する一刀は最初と変わらぬ表情で見つめる。
「悪いけど、君じゃ俺には勝てないよ華雄。」
「何だと・・・・・っ!」
「・・・俺は、君の動きは全部知ってる。 身体が教えてくれるんだ。」
「くっ・・・・・訳の分からんことをゴチャゴチャと!」
一刀の言葉で華雄の表情は一気に険しさを増し、その怒りを斧に乗せたように渾身の力で振りかぶる。
恐らくは愛紗と戦った時をも凌ぐ最大の一撃。
だが・・・・・・
“ガシッ!”
「なっ・・・・・!?」
「だから言ったろ? 全部知ってるって。」
華雄の渾身の一撃は一刀を捉えるどころか、今度は振り抜くことさえ叶わなかった。
大きく振りかぶった華雄の斧を、一刀は振り下ろされる前にその柄を左手でつかんで止めていた。
どれほど強力な攻撃も、スピードに乗る前ならば止まっているのと同じだ。
「・・・・・終わりだ。」
「!?」
“ギィィン!!”
次の瞬間、華雄の攻撃を止めた体制から、一刀はこの戦いで初めて右手に持った緋弦で華雄の斧をはじいた。
主の手から離れた斧は宙を舞い、荒野の地面に深々と突き刺さった。
そして息を吐く暇も無く、今度は武器を失った華雄の首元に一刀の緋弦が赤く光っていた。
「俺の勝ちだ。 華雄。」
「くっ・・・・・・・」
自分の喉元に付きつけられた切っ先をにらみながらも、華雄の動きは完全に止まった。
華雄の最初の一撃から数えても、僅か数分。
それは信じられないほどに圧倒的で、あっけない決着だった。
「私の負けだ・・・・・殺せ。」
華雄は悔しそうにつぶやくと、身体の力を抜いて観念したように目を閉じた。
「そっか。 それじゃあ・・・・・」
静かに言いながら、一刀はつきつけていた緋弦の切っ先をゆっくりと引く。
そして・・・・・・
“キン”
「!・・・・・何のつもりだ?」
すぐそばから聞こえた音に、華雄は閉じていた目を空ける。
するとそこには彼女の感じた通り、喉もとから引いた緋弦を鞘に収めている一刀の姿があった。
「君は殺さない。 殺す理由がない。」
「貴様っ・・・・私を侮辱する気かっ!?」
一刀の言動に怒りをあらわにする華雄だが、対する一刀はいたって冷静だった。
「別にそんなつもりはないさ。 ただ、君に一つ頼みがあるんだ。」
「頼み・・・・だと?」
「ああ。 華雄。 今すぐに君の部下を連れて、この戦場から撤退してほしい。」
「なにっ!?」
「見ての通り、曹操、孫策軍に攻められて、君たちの軍はボロボロだ。 このまま戦っても、そうかからない内に連合軍は汜水関を突破する。 だったらこれ以上無駄な犠牲を増やす前に、剣を退いてくれないか?」
「何をバカな! 我々の使命は貴様らを足止めし、汜水関を守る事だ! それをみすみす自ら放棄するなど・・・・」
「君の言いたいことは分かる。 だけどこのまま戦えば、君も、君の部下たちも無駄に命を落とすことになるんだぞ!」
「無駄だと? 貴様・・・・っ! 我らの武人としての誇りを愚弄する気か!?」
“ガシッ!”
「くっ・・・・・」
その言葉に逆上した華雄が放った右拳を、一刀は難なく受け止めて見せた。
そのまま華雄の拳を強く握りながら、一刀は叫ぶ。
「武人の誇りってのが君たちにとって大切だっていうのは分かる! だけどそれが何だ!?
誇りの為に死んで、いったいそこに何が残る!?」
「っ・・・・・・・・・・・」
華雄の拳を握る一刀の手が“ギリギリ”と揺れる。
「ここで生き残るのは、確かに君にとって恥ずべきことかもしれない! だけど、生きてさえいればこれから誇りを取り戻すことだってできる! でも死んでしまったら、全てがそこで終わりなんだぞ!?」
「しかし、私は・・・・・・・・」
「頼む、華雄。 俺はもう・・・・敵も味方も、死ぬ必要のない人たちの命が消えるのを見たくない・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ご主人様・・・・・」
後ろでその言葉を聞いていた愛紗には、一刀の気持ちがしっかりと伝わっていた。
そして、恐らく華雄にも。
「・・・・・・わかった。」
少しの沈黙の後、うつむきながらも華雄は小さく答えた。
「本当か?」
「ああ。 だが勘違いするな! 私は武人の誇りを捨てたわけではない! 捨てずに背負い・・・・・誇りを守るために生きるのだ!」
「それでいい。 ありがとう、華雄。」
理由なんて、後付けでも何でもいい。
ただこれ以上無駄な犠牲が抑えられるなら、それで十分だった。
「フン・・・・敵に礼を言うとはおかしな奴だ。 今回は私の負けだが、忘れるな。 いつか必ず、私を生かした事を後悔させてやる。」
「ああ、いつでも相手になるよ。」
「フ・・・・・・・」
一度細く笑って、華雄は一刀に背を向ける。
そして地面に刺さったままの斧を引き抜き、大きく空に掲げた。
「董卓軍に告ぐ! 全軍てった―――」
“ヒュッ!”
「ぐっ・・・・・・・・!?」
「!?」
その瞬間、一つの小さな影が華雄の背中を襲った。
ここが戦場のただなかであることを考えれば、ある意味それは起こるべくして起きたと言えるのかもしれない。
しかしそれはあまりにも最悪で、残酷なタイミングでやってきた。
流れ矢だった。
斧を空に掲げ、華雄が部下に撤退の号令をかけようとしたまさにその時。
戦場のどこからか飛んできた一本の矢が、華雄の背中に深々と突き刺さった。
「・・・・くそっ・・・・・・・・」
“ドサ!”
「華雄っ!」
華雄は斧を地面に落とし、その場に力無く倒れこんだ。
それを見た一刀は、すぐさま傍に駆け寄る。
「華雄! おい、しっかりしろ!」
「・・・・北郷・・・・・一刀・・・・・・」
倒れこんだ華雄の身体を抱き上げると、彼女は、小さく口を開いた。
しかしその呼吸は弱弱しく、背中から流れる血は一向に止ろうとはしなかった。
「ハッ・・・・・どうやら、私はここまでらしい・・・・・」
「何言ってるんだ! 生きるんじゃなかったのか!?」
「・・・・それも、もう叶わんさ・・・・・」
「そんな・・・・・っ」
「最後に・・・・お前のような奴と戦えてよかった・・・・・・」
最後の力を振り絞り、華雄は口元に笑みを浮かべて見せた。
「華雄・・・・・・・。 ああ! 俺も、君と戦えた事を光栄に思う・・・・・・・!」
「そうか・・・・・・・ならば、悔いは・・・・・・ない・・・・・・・」
力無く言い終わると、華雄は静かに目を閉じた。
そして、その目が二度と開くことは無い。
「華雄・・・・・・・・・・・」
「ご主人様、華雄は・・・・・・」
歩くこともままならない身体をなんとか支えながら、愛紗がゆっくりと歩み寄る。
すると眠ったままの華雄を抱く一刀の身体は、少し震えているように見えた。
「せっかく・・・・・助けられると・・・・・・・・」
あの時、きっと華雄は生きたいと願ったはずだった。
一刀の思う理由とは違っても、確かに死を拒もうとしたはずだった。
しかしそれを叶えられなかった事が、どうしようもなく悔しかった。
あの時矢を放った者を責めることなど、当然できるわけもない。
誰のせいでもない、誰も悪くない。
分かっていたつもりだが、戦場とはこういうものなのだ。
ついさっきまで生きていた命が、ろうそくの炎が吹き消されるように次の瞬間には燃え尽きている。
生きたいと願う者たちの想いを、いとも簡単に消し去ってしまう。
だから、こんな戦いは速く終わらせなければいけないのだ。
これ以上、同じ犠牲を増やさなくて済むように。
「華雄将軍がやられたぞっ!?」
「くぅ・・・・将軍抜きでは指揮を取れる者がおらん! 全軍退却だっ!」
華雄の訃報を知り、今まで決死に戦っていた董卓軍の兵士達も一気に退却していく。
皮肉にも、華雄の死によって、一刀の願いとは違う形で敵を退ける結果となった。
「汜水関は放棄する! 早く後退しろ!」
部隊の隊長らしき男が指揮を出しながら、馬で駆けていく。
だがその前方に、いきなり飛び出し行く手を遮る人影が現れた。
「おい、お前!」
「! 何だお前は!?」
男の行く手を遮ったのは一刀だった。
いきなり目の前に現れた敵に、男は馬の脚を止めて困惑の表情を浮かべる。
「敵か・・・・こんな時に・・・・っ」
「違う! 彼女を。」
腰の剣に手をかけようとした男の言葉を遮って、一刀は両腕に抱えていた戦友を差し出した。
「!? 華雄将軍!!」
「どうか彼女を、連れて帰ってやってくれ・・・・・!」
「・・・・・・・・・・・・・・」
少しの間目を丸くしていた男だったが、やがてそっと両手を伸ばし華雄の身体を抱きうけた。
「・・・・・・・・感謝する。」
短く言って頭を下げ、華雄を抱えた男は汜水関の向こうへと駆けて行った。
続いて董卓軍の兵士がどんどん退却していく中、一刀は一人立ち尽くしその背中を見つめていた。
「ご主人様・・・・・・」
「! 愛紗・・・・・・歩いて大丈夫かい?」
歩み寄ってきた愛紗の肩を取り、ボロボロの身体を支えてやる。
「ありがとうございます。 あの・・・・・・」
「・・・・・もういいんだ。 戦いは終わった。」
そう言う一刀の顔は笑っていたが、その瞳はまだ悲しそうに揺れていた。
「帰ろう。 皆が待ってる。」
「はい。」
――――――――――――――――――――――――――――
それから間もなくして董卓軍は完全に撤退し、汜水関を巡る戦いは連合軍の完全勝利で幕を閉じた
――――――――――――――――――――――――――――
「主っ! 愛紗っ!」
「二人とも無事か!?」
愛紗を抱えるようにして馬で戻ってきた一刀を、一足先に戦いを終えて陣に戻っていた星たちが心配した様子で迎えてくれた。
「ただいま。 心配かけてごめん。」
すでに一刀の顔からは、さきほどの悲しみの表情は消えていた。
まだ華雄の事は大きな悲しみとして心の中に残ってはいたが、それを表に出して皆にこれ以上余計な心配はさせたくなかった。
「ただいまじゃないよぉ! ホントに心配したんだからね!」
「全くです。 主が一人で陣を出て行ったと聞いた時はさすがの私も肝を冷やしましたぞ!」
少し涙目で起こる桃香の横で、星も少し呆れたように言う。
「でも本当に、お二人とも無事で何よりでした。 ところで、愛紗さんはやっぱり華雄さんと?」
「ああ。 だが、奴を倒したのは私では無い。」
「? 愛紗じゃないって、それじゃあ・・・・・・・」
「ご主人様だ。」
「「「「ええっ!!?」」」」
愛紗の一言で、その場にいた全員が声を上げ、一気に視線が一刀へと集中した。
「そんなに驚かなくても・・・・・」
当然の反応とは言え、少しショックだ。
「冗談でしょ!? ヘタレのご主人様が敵の将を倒したなんて!」
「うんうん!」
目を丸くしている雪の横で、蒲公英も力強く頷いている。
この二人にいたっては、疑うどころか完全に嘘と決めてかかっているようだ。
「なぁ、愛紗。 本当にご主人様が戦ったのか?」
翠も、いまいち信じられないといった様子で眉をひそめ、愛紗に問いかける。
「ああ。 素晴らしい戦いだったぞ。」
「フム。 まぁ愛紗が言うのならば真実なのだろうが・・・・・・しかし主よ、いつの間にそれほど鍛錬を積まれたのだ?」
「そーだよ! なんで今まで隠してたの?」
「いや、別に隠してたわけじゃ・・・・・・」
星と雪のたたみかけるような問いかけに戸惑ってしまう。
正直、一刀自身何がどうなっているのか分かっていないのだ。
説明しろと言われてもできるものではない。
「(・・・・・て言っても、一応心当たりはあるんだけど・・・・・・)」
しかしそれを言ったところで、皆を余計に混乱させるだけだ。
今ここで、自分の身に起こったことを皆に話すのはやめることにした。
「まぁ、そんな事はいいだろ? こうして皆無事だったんだから。」
「あ。 さりげなくごまかした。」
「ぐっ・・・・・」
蒲公英からの鋭いツッコミだった。
「でもま、確かにご主人様の言うとおりだな。 愛紗も助かったし。」
「うん、そうだね♪」
しかしなんとか一刀の苦し紛れのごまかしに皆も納得してくれたようで、それ以上質問攻めには会わなかった。
「それじゃあ朱里ちゃん、これからどうしようか?」
「この戦いで、こちらも負傷者がたくさん出ました。 まずはその方たちの手当てが先決です。 比較的軽症の方は、疲れていると思いますが手を貸して下さい。」
「おう! 任せとけ!」
「は~い。」
「わかったのだ。」
朱里の要請に、先の激戦でもうヘトヘトのはずの仲間たちも快く返事をする。
「それでは私も・・・・」
「何言ってるんだ愛紗! 君は怪我してるんだから、手当される側だろ? おとなしく休んでなきゃだめだ!」
「大丈夫です、これくらい・・・・・・」
「ダ~メ!」
「ですが・・・・・」
“ピシッ!”
「きゃうっ!?」
聞き分けようとしない愛紗の額に、一刀のデコピンがさく裂した。
「言うことききなさい。 これ以上我がまま言うなら、もう戦いになんか行かせないからな?」
「うぅ・・・・・・はい。」
“ヒリヒリ”とすこし痛む額をさすりながら、愛紗は顔を赤くして渋々だが頷いた。
「ハッハッハ。 さすがの愛紗も、今回ばかりは主には逆らえんか。」
「うっ、うるさいぞ星っ!」
高らかに笑う星に、愛紗は赤い顔を更に赤くして怒鳴る。
こうして少しずつだが、激戦の緊張感は和らいでいった。
――――――――――――――――その夜。
一刀は天幕の寝台に、仰向けになっていた。
外では、まだ他の皆が負傷者の手当てをしている。
もちろん途中までは一刀も手伝っていたのだが、皆がそろって『ご主人様は先に休んでください。』と言うので、その言葉に甘えることにした。
皆に悪いという気持ちもあったが、それ以上に一刀には早く眠りたい訳があった。
それは、疲れを癒すためではない。
この世界に来た時から、ずっと頭にあった一つの疑問を解決するために。
「さぁ・・・・・鬼が出るか、蛇が出るか・・・・・」
覚悟を決め、一刀はゆっくりと瞳を閉じた。
「・・・・・・よし。」
気がつくとそこは、見慣れた黒の世界。
目を開けているのに何も見えず、自分の声すら確かではない無の空間。
思えば、自分から望んでここに来るのは初めてだ。
今までは、来たくも無いのになぜか気づくと来ていたが、来ようと思えば来れるものなのだと少し感心する。
「さて・・・・・居るんだろ? 出てこいよ。」
感慨にふけるのもそこそこに、見渡す限りの暗闇の中で顔も名も知らない知り合いを呼ぶ。
するとどこからともなく、聞きなれた例の声が響いてきた。
(――――――――・・・よう。 お前から会いに来るなんて珍しいじゃないか。)
いつもと変わらない。
まるで今日来ることを知っていたような、こちらの全てを見透かしているような上がり調子の声だ。
「一つ、確認したいことがある。」
(――――――――確認・・・? その様子じゃ、あんまり楽しいことじゃなさそうだな。)
「・・・・・お前の正体についてだ。」
(――――――――ほぉ・・・・・・・。)
少しだけ、声の主から余裕が消えたように感じた。
(――――――――それで? 名探偵君の見解を聞こうか。)
「・・・・やっぱりな。」
(――――――――なに?)
「お前の声、道理で聞き覚えがあると思ったんだ。」
そう言いながら、一刀は少し可笑しそうに笑う。
なぜもっと早く気付かなかったのか、自分で自分が間抜けに思えたからだ。
「今思えば、最初に聞いた時に気付くべきだったんだよな。 言ってみれば、俺にとって一番身近な声だったんだから・・・・・・」
そう・・・・・それは恐らく、誰よりも一刀が一番知っている声だった。
(――――――――はは。 なるほど・・・・・どうやらご明察のようだな。)
一刀の答えを聞く前に、声の主も同じように笑う。
そして・・・・・ゆっくりとこう続けた。
(―――――――――そう。 俺は、お前だよ・・・・・・・・・北郷一刀。)―――――――――――
――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――
――――――――――――
~~皆であとがき~~
一刀 「読者のみなさん、こんにちは。 北郷一刀です。 今回からあとがきも少しは面白くしようということで、この『悠久の追憶』に出てる皆であとがきをやっていくからよろしく!」
愛紗 「・・・・・ご主人様。 何も無いところに向かって何をおひとりでしゃべっていらっしゃるのですか?」
一刀 「おお。 愛紗、良いところに来た! 今、この作品を呼んでくれてる読者の皆さんに挨拶してたところなんだ。 せっかくだから愛紗も、ほら!」
愛紗 「えっ! そ、そんな急に言われても・・・・・・・・コホン。 え~・・・・・お初にお目にかかる。 性は関、名は羽、字は雲長だ。 よろしく頼む。」
一刀 「愛紗~、そんなんじゃダメだよ。」
愛紗 「え!? ダメなのですかっ!? 私なりに精一杯やったつもりなのですが・・・・・・・」
一刀 「そんなに固くならなくていいからさ。 もっと笑顔でリラックスして。」
愛紗 「りらっくす・・・・・・? 良く分かりませんが、笑えば良いのですね。 えっと・・・・・・・こうですか?(ニコ♪)」
一刀 「うんうん。 やっぱり愛紗は笑ってる方が可愛いよ。」
愛紗 「か、からかわないでくださいっ!////」
一刀 「まぁ、文章だから顔は見えないんだけどね。」
愛紗 「なっ! 騙しましたねご主人様っ!!」
一刀 「あはは、ごめんごめん。 おっと・・・・そうこうしてるうちにもう時間か。 まぁ今回は初回だからあとがき的な事は何にもやって無いけど、次回はついに登場した頭の中の俺が何者なのかが分かるから、また読んでくれると嬉しいな。 ほら、愛紗も!」
愛紗 「え? ああ、えっと・・・・・・次回もよろしくお願いします。(ペコリ)」
一刀 「それじゃあ、また次回の『みんなであとがき』で!」
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二十三話目です。
今回からあとがきを少し変えてみましたww
なお、誤字・脱字等ありましたらどんどん指摘してやってください。