No.196314

真・恋姫無双 季流√ 第41話 董勢編 予感と蹴りと名づけ

雨傘さん

恋、音々音、華雄の拠点。
これで董卓編は終了。
お楽しみ頂ければ幸いです。

2011-01-16 21:25:09 投稿 / 全12ページ    総閲覧数:13718   閲覧ユーザー数:7621

予感

 

 

 

 

 

「…………一刀、遊ぼ」

 

恋は犬だ。

 

他に形容のしようがない。

 

「ごめんな、仕事がまだ終ってなくて」

 

「………………………………………………………………………………じゃあ恋、ここで待ってる」

 

やたら間の長い返事をすると、部屋の片隅で蹲るように座る。

 

恋の”待て”が始まった。

 

そして寂しそうな視線だけは、じっと送られ続けてくるのだ。

 

あまりにも不憫過ぎて、不器用な春蘭が秋蘭に頼みこんで座布団を作ってもらった話など、もはや笑い話どころではない、それほど深刻であった。

 

恋が部屋の片隅に用意された座布団に座っていると、後から入ってきた者達が入りにくくて仕方がない。

 

これはなんとかしないと、一刀への書簡の運搬が滞り仕事に支障がでそうなほどであった。

 

唯一、恋を気にせず入れる月に、部屋の前で待っている者達が一刀へ渡すようにと頼むのだが、月が運んでくる新しい仕事の山を見るたびに、キューンと恋が瞳を潤ませるので、そろそろ月でも限界であった。

 

「月……大丈夫か?」

 

恋の視線を背後からビンビンと受け、穏やかな月でさえ苦い顔をせざるを得なかった。

 

「へうう」

 

この一言だけだが、一刀は思わず目頭を指で摘んだ。

 

__いかん、そろそろ本当に解決策を出さねば。

 

よしっと一刀は今手に取った書簡を置き直すと、なにか妙案はないかと思考を巡らせた。

 

__だがな! そういつもいつも名案がでるとは思うな! 俺よ!

 

「…………………………………………………………一刀、まだ?」

 

「も、もうちょっと待っててくれ、な?」

 

 

__なんとかしないとな。

 

 

「なぁ恋?」

 

「………………なに?」

 

「恋はさ、その、どうして俺のところに来てくれるのかな?」

 

腕に恋を絡めたまま、仲良く街を散策する2人。

 

ところかしこから美味しそうな臭いが立ち上り、鼻腔を楽しくくすぐってくれる。

 

この香りが唯一の弱点らしい弱点となる恋は、一刀の腕をぐいぐいと引っ張りながら次の店へと足を向かわせる。

 

すでに一刀はお腹が一杯で溢れんばかりであったが、もきゅもきゅと食べてくれる恋に、つい買い与えてしまう。

 

そして恋が14店目に入ったそのときだった。

 

椅子に座り恋が注文をしたあと、お茶をすすっていたら、なんの脈絡もなく恋が口を開いたのだ。

 

「……………………………………………………恋、一刀が好き」

 

ぶふっ!

 

突然、後ろから槍を突き刺されたような一撃が一刀を襲い、お茶をふいてしまった。

 

何故、どうして、という疑問符が頭に浮かぶ中、恋が言葉を続けてくれた。

 

「…………………………さっき、一刀が訊いたから」

 

__ああ、そういうことか。

 

ようやく合点がいった。

 

たしか先ほどの質問は3店目辺りにしたはずなのだが、ここ14店目にして答えを返してくれたということか。

 

一刀はそこからかぁと思いながら、にやける顔を隠すために改めてお茶をすすった。

 

__嬉しい、これはかなり嬉しいぞ。

 

自分を好いてくれて、ああやって邪魔にならないよう、我慢してくれるだなんて男冥利に尽きるというものだ。

 

しかも恋の好意は純粋、これで喜ばずにいられようか。

 

でも惜しいかな、後一歩なんだが。

 

一刀としても、恋なりの気遣いの意味を理解し、これ以上要求するのは気が引ける。

 

だからといって、仕事を滞らせると華琳や桂花から怒られて、彼の自由時間がもっと減っていくわけで……

 

負のスパイラルに陥りかけていた。

 

そのことに気づいた一刀は、どうにかしてマイナススパイラルを止められないかと、まるで日本の政治家のようなことを考えだした。

 

__ようは俺が恋ともっと一緒にいられればいいんだよな? でも俺は仕事時間がいつもギリギリ

なわけで……24時間しか持っていないわけで……

 

どうしようかと考えていると、いつの間にか料理が運ばれてきており、恋が食べ始めていた。

 

元気のない一刀を見て、恋もしょんぼりと箸が止まってしまう。

 

「…………………………………………迷惑?」

 

「い、いや! そんなことはない! 俺も恋のことが好きだからさ! とても嬉しいよ!」

 

捨てられた小犬のような表情を見せた恋に、慌てて一刀は安心させるため手を振った。

 

一刀の言葉を聞いた恋はパァッと華が咲いたように笑顔になり、一心不乱にご飯を食べだす。

 

これ以上、恋に悟らせるわけにはいかないと一刀も笑顔を作るが、内心では未だ悩み続けていた。

 

__ふっ、悲しくなるぜ、欺瞞ばかりが上手くなる。

 

恋の食べっぷりに胸焼けが起きそうな一刀だったが、そのままお茶をすすっていた。

 

 

……………………………………

 

__なんとか、しないとな。

 

 

「なぁ恋、夜の間もずっとそこにいるのか?」

 

「………………………………………………うん」

 

コクリと頷く恋に、書簡と向き合う一刀は内心で溜め息をついた。

 

まさか昼を越え、夜までずっと片隅に座っているとは。

 

書簡を読んでいるはずなのに、ちっとも頭に入ってこない。

 

チラリと書簡から視線を上げると、恋がじっと自分を見ていた。

 

「なぁ恋、セキト達にご飯を上げないと不味いんじゃないか?」

 

「………………うん」

 

「きっと、お腹減ったって言ってるぞ?」

 

「お腹が減る……………………大変」

 

そう、お腹が減るのは大変だ。

 

それをわからない彼女ではない。

 

しかし彼女は大変と口ではいいながら、座布団の上から動こうとしなかった。

 

こんこん

 

「さっさと開けるです! 書簡を持ってきてやったですよ!」

 

音々の声が扉から聞こえたので、机のボタンを押して鍵を外す。

 

蹴破るように入ってきた音々は、小さな体に山のような書簡の束を抱えて入ってきた。

 

予備の机にその書簡の山を放り投げた音々は、部屋の隅で膝を抱える恋へと飛びついた。

 

「恋殿~! ずっとこんなところにいては、お体を壊してしまいますぞ!」

 

「ちんきゅ」

 

ぎゅっと抱き合った2人は、お互いを見詰め合うようにくっついていた。

 

百合臭のする2人だが、一刀はそっと様子を伺っている。

 

「恋殿~、セキト達がお腹をすかせて待ってるですよ!」

 

「………………とても困った」

 

「後は音々が見てるですから、ご飯をあげてきて欲しいのですよ」

 

「…………うん」

 

頷いた恋は、最後にじっと見つめるように一刀を一瞥すると、部屋から出て行った。

 

恋がでていった後の座布団に、音々が一刀を睨むようにして座る。

 

気まずい空気が部屋を支配した。

 

__ここ、俺の部屋だよな? どうしてこんなに座り心地が悪いんだ?

 

1人心中で落ち込む一刀だったが、さきほどの2人のやり取りを思い出し、不自然な部分があったことに気がついた。

 

__”私が見てる”ってどういうことだ?

 

「おい、お前」

 

音々の言葉にハッと気づいた一刀は、顔を上げた。

 

見ると膝を抱えた音々が、鬼の形相で一刀を睨んでいた。

 

どうしてそこまで怒られているのか、まるで見当がつかない。

 

「ん? なんだ? 音々」

 

「お前………………死ぬですか?」

 

音々音の言葉を最初、一刀は理解することができなかった。

 

鳩が豆鉄砲を喰らったような、きょとんとした顔をしている。

 

少しずつ一刀はぎこちない笑みを浮かべた。

 

「は? お前なに言っ”死ぬですか?”」

 

「ちょっと待てよ意味がわか”死ぬんですか?”」

 

「お、おい音々、いくらな”死ぬの?”」

 

「音々! いいかげ”そうですか、死ぬんですね?”……っ」

 

 

 

「北郷一刀は、死ぬんですか?」

 

「死なねえよ!!!」

 

 

 

一刀がここまで大声をだすということも珍しいだろう。

 

顔つきが苛立ちで歪み、視線は音々を責めている。

 

季衣や流琉にはとても見せられない表情、一刀のそのひどい動揺具合を音々はしっかりと掴んだ。

 

自分の大声でハッとしたのか、一刀はバツが悪そうに音々から視線をそらし、素直に謝った。

 

「ご、ごめん音々。

 でもちょっと待ってくれないか、その……何いってるんだお前?」

 

笑顔で取り繕うってんだろうが、もう遅いと音々は思った。

 

真意を撞かれた人間の表情を解せぬ、音々音ではない。

 

一刀のとまどった表情に対して、音々は冷たい瞳で見つめるだけだ。

 

熱くはならず、心が凍ってしまったかのようだった。

 

音々は思った。

 

ここで、私はこいつに殺されるかもしれないと。

 

__……それでもいいですかね。

 

音々は視線を落として一刀の情けない表情から外すと、ぽつりとしゃべりだした。

 

「昔、恋殿が物心ついた時には、どこかの道で1人ぼっちだったそうです」

 

「なんだよ急に……」

 

音々の迫力に飲まれる一刀は、”死ぬ”などと言われたことに、自分でも驚く位に動揺していた。

 

なに動揺してやがると、自身を諌めながら音々の言葉に耳を貸した。

 

平静を保つのが、ここまで苦しいと初めて知った気分だった。

 

「果ての見えない道端で1人、呆然としていた恋殿は、しばらくしてセキトと出会い、やがて丁原様というご老人に拾われたそうです」

 

「丁原?」

 

__たしか、呂布奉先が仕えた人だったな。

 

高鳴った心臓を抑えた一刀は、立ち上がりかけた体を椅子へと座り直した。

 

ぐっしょりと汗をかいており、背中が冷たかった。

 

「丁原様は河内で勅史についていた方ですよ。

 ……ここからは本当に内密にしろですよ」

 

「何を?」

 

 

「どうして恋殿が丁原様に拾われたかです」

 

 

「……なんだと?」

 

「丁原様、そのとき蛮族との戦いをしていたですよ」

 

「蛮族? 河内なんて大陸の内側でか?」

 

「烏丸が朝廷の討伐部隊から逃れ、追い立てられるように大陸の内側へと入ってきてしまったのです。

 すでにその頃には半ば野盗化して、盗賊みたいに成り下がっていたのですが、烏丸といえば遊牧民であり羌族と並ぶ騎馬が飛びぬけて優秀な部族です。

 各地の領主が追っていたそうですが、追い詰めるのは容易ではなかったようです」

 

「…………」

 

「あるとき、朝廷から丁原様にその一隊の討伐命令が下ったです。

 丁原様はその命令通り討伐に向かったですが、相手もやるもので、上手く逃げおおせてました。 ……ある日、信じられない事が起こるまでは」

 

「信じられない?」

 

「ある山間まで、その烏丸の一隊を追い詰めた時の話しなのですが……笑うなですよ、音々も随分と昔に、密かに調べた事なのですから」

 

もったいぶる音々に、一刀は訝しげに片眉を上げた。

 

「山間を走る烏丸の騎馬隊……その進むべき道が無くなったのです」

 

「無くなった? どういう意味なんだ?」

 

想像がまるでできない一刀は音々に問い返した。

 

しかし音々も表情を険しくするだけで、納得はしていないようであった。

 

「消えたのですよ。

 山と山の間にあったはずの大道が……烏丸が目指した道先が、火薬が爆発したような轟音と共に、大量の土砂と落石でその姿を埋められて消えたのです」

 

「突然の土砂崩れか……そりゃあ、凄い偶然だな」

 

「偶然……そうです、そうなのですよ。

 そして烏丸は追い詰められました。

 いくら騎馬で精強をならした烏丸といえども、まるで土の壁のようになってしまった道の先へは進めず、立ち往生でした。

 すぐに丁原様の騎馬隊がそこへと駆けつけ、髭だらけでボロボロの烏丸達も、逃げるのを諦めたように剣や槍を手にとったらしいです」

 

「よくそんな昔のこと、調べられたな」

 

「これでも結構苦労したのですよ。

 当時の様子を知る人を1人だけ探し出せて、その証言と記録を付き合わせたのです。

 ……とにかく、もう争いは避けられないとお互いにわかっていました。

 そして丁原様が烏丸と対峙したその時なのです。

 幼き恋殿が山から降りてきたのは」

 

「……え? 恋がそこで?」

 

「まだ歩きはじめたくらいの幼子が、突然戦場にでてきて双方とも驚いたそうなのですよ。

 ですがそれだけではなかったのです」

 

音々の話す光景を想像するのは容易かった。

 

一刀が喉を鳴らして唾液を飲み込む。

 

「恋殿はそのまま睨みあう両者の間をゆっくりと歩き、その中央で止まったです。

 そこで丁原様の部下も、烏丸の兵も武器を地に落としたそうですよ」

 

「な、なんで?」

 

「数多の真紅な針に体中を刺され、もう自分は死んだと思ったから。

 お互いに心神喪失で動けなかったそうです」

 

「はは……マジか」

 

一刀は呆れた。

 

__改めて思う、よく死ななかったなぁ俺。

 

虎牢関での記憶が蘇る。

 

あの気力を根こそぎ奪い取られる寒気も。

 

「唯一武器を落とさなかったのが丁原様なのですが、とても慎重だったそうです。

 このまま進めば部下の多くは、幼い恋殿に殺されるだろうと悟ったらしく、そのまま部下を下がらせました。

 そして烏丸へは食料を投げ、北方へと逃げる道を教えたとのことです……これ以上、盗賊行為を行わないと約束させて……口約束だけですけど」

 

「それは不味いんじゃないのか?」

 

「もちろんですよ。

 命令違反どころか、相手に肩入れしていると思われて仕方がないです。

 だけど丁原様にはその危険を犯すくらい、もっと興味がひかれることがあったのです。

 それが……」

 

「恋ってことか」

 

先に言うなと、音々は溜め息をついてから1つ頷いた。

 

「そうなのです。

 丁原様はその後、森に住む赤い髪をもった幼子をお1人で探しだし、その生活ぶりを観察していたそうです。

 恋殿もお気づきになっていたそうですが、害意がないので気にしていなかったと……しばらくは様子をみたり、食料を与えてみたりと色々試みたそうです。

 ですが恋殿は、一切お手をつけなかったそうですが」

 

__恋らしいな、っていうか本当に野生児か。

 

「恋殿は森の動物達ととても仲が良かったそうです。

 もちろん、恋殿だって食べないわけには生きていけないです。

 動物を殺してたべることもしょっちゅうでしたが、それでも動物に慕われていたそうです。

 丁原様もこのままそっとしておくべきかどうか、迷ったそうですよ」

 

「なるほど、それでどうして恋は軍に入ったんだ?」

 

「……ある日に豪雨がきたです、そこで崖から足を滑らせて鹿が落ちたのですよ。

 その落ちた際に、落石でもあったのでしょう。

 岩の下敷きなった鹿を見て、恋殿は一生懸命に掘りだそうとしていたらしいです」

 

「鹿を助けようとしたのか?」

 

音々がコクンと頷いた。

 

どうしてだかが一刀にはわからない。

 

もうそうなってしまった鹿ならば、死なせたほうがいいのではないか?

 

「お前の疑問ももっともですよ。

 丁原様もそう疑問に思ったらしく、意を決して近づいたそうです。

 何故そうするのかと聞いてはみても、ずっと首を横に振るだけで、恋殿から返事はなかったようですが……仕方なく、丁原様もその鹿を助けるために手を貸しました。

 そして岩の下から鹿を取り出すと、ピンと立って恋殿に甘えたそうです」

 

「まさか、無事だったのか?」

 

「そうです。

 後々になって言葉を恋殿に教えたのは丁原様なのですが、あのときどうして鹿が無事だとわかったのかと問うと、首を傾げた後にこう答えたそうです。

 ”あの子は、まだ死ぬ時がきていなかった、ただの事故だから助けた”と」

 

音々が恨めしげに一刀を見上げた。

 

一刀も口内が乾いていくのがわかる。

 

「それからの恋殿は、おおむね世間にしれている通りです。

 恋殿は生き物の死期がわかるですよ、恋殿が戦場で人を殺す理由は簡単です。

 一生懸命なのです……戦とかが近づくと、一緒にいたいと思う周りの人達に多くの死期が漂いはじめて……それが恋殿にはわかるから。

 皆の死期を振り払うために、ああやって方天画戟を振るうのです」

 

あの恋が戦場で放つ覇気の意味、一刀はその片鱗がわかった気がした。

 

「でもお前は生きているです」

 

「は?」

 

「恋殿が、お前は死ぬと思っていたのに、恋殿が守ったわけでもないのに……北郷一刀はあの虎牢関のときに、死期を自ら振り払ったらしいではないですか。

 恋殿は喜んでいました、こういうこともあるのだと。

 だからこそ……今のお前から目が離せないのですよ」

 

ゴクリと、一刀の喉が鳴った。

 

「お前……心当たりがあるですね?

 自分が死ぬかもしれないという事に。

 恋殿はそれがわかるです。

 だからお前から片時も目が離せないのですよ、セキト達のご飯を後回しにするくらいに」

 

音々の言葉が終わり、一刀は疲れたように椅子へと背中を預けた。

 

「……別に信じなくてもいいですよ。

 ただ丁原様の件で、音々は恋殿を信じていますが」

 

「まだ何かあるのか?」

 

「丁原様がまだご健在の頃、突如幼い恋殿が街医者を引きずってきて、健啖に昼食を食べる丁原様の前に放り投げたそうです」

 

「…………」

 

「案の定、丁原様は病気だったそうです、自覚症状もない、医者でさえ指摘されないとわからない膵臓の病だったとか。

 そして恋殿が医者をつれてきてから、わずか二週間後に気を失うように丁原様はお亡くなりになりました……しかし丁原様も恋殿がそのようにした意味がわかったのでしょう。

 笑って死を受け入れておられたそうです」

 

「そうか」

 

深く俯いている一刀は気づいていないが、音々の瞳には涙が溜まりはじめていた。

 

「おまぇ……本当に死ぬですか?」

 

「………………」

 

「っ! 死んだら許さないですよ! 恋殿を悲しませたら絶対に許さないです!」

 

「………………」

 

「死んだら天の国でも地獄でも追いかけてって、ちんきゅーきっくをお見舞いしてギッタギタにしてやるです!」

 

「………………」

 

「さっさと返事を返しやがれです! さっきのあの意気込みはどこへいったですか!

 死なないって怒鳴ったのは嘘ですか! このうそつき!!!」

 

「っ……」

 

音々の瞳からは涙が止まらなかった。

 

もう感情が爆発して、自分でも止められない。

 

ぽろぽろと落ちる涙も、否定して欲しいために叫ぶ声も、生きると言って欲しいと願う心も。

 

がちゃり

 

不意に開いた扉に、2人の視線が移った。

 

赤い前髪が下りていて、その瞳が見えない。

 

「ちんきゅ」

 

恋の呼びかけに、ビクリと音々が反応した。

 

初めてみた、音々が恋から離れようと後ずさりするところを。

 

「ちんきゅ」

 

恋が部屋に入って座布団へと近づく。

 

そして震える音々をその勢いのまま抱きしめると、一緒に座布団へと座った。

 

「音々はいい子」

 

離さないようにと抱きしめる恋に、音々も我慢せずに泣いた。

 

大声で泣く声が一刀の部屋に響く。

 

 

呆然とする一刀は椅子に座りこみながら、泣き叫ぶ音々をあやす恋を、力なく見ているしかなかった。

 

 

「なんだ? ずいぶんと大声で泣いているようだな」

 

「女泣かせねん、ご主人様は」

 

「ぬぅ、気にもなるが、儂らはいけぬしのう。

 もう時間も無い」

 

ゴリゴリと鳴るすり鉢では、次々と薬草が混ぜられていく。

 

効果を上げるために、採ってきた秘薬も混ぜ込んで形にしては、また原料を入れてすりだす。

 

ここ数週間の間、材料の採取と精製を繰り返し、ずっとこの調子であった。

 

華佗はもはや手馴れたと言えるすりこぎを手に、黙々と回している。

 

「っつ」

 

「あらん、どうしたのん? 華佗ちゃん」

 

「マメがまた潰れた」

 

「もう、これはマメじゃなくて血マメでしょん? こんなに手をボロボロにしてん」

 

血をまぜないようにと、手を離した華佗に貂蝉が包帯を巻いていく。

 

「ダーリンは少し休んでおるがよい。

 後は儂がやろう」

 

「すまない、力加減に気をつけてくれ」

 

「心得ておる」

 

ゴリゴリと、またすり潰す音が聞こえだした。

 

「彼女はまだ寝ておるのか?」

 

卑弥呼の問いに、貂蝉がチラリと目線を送った。

 

「そうねん。

 昨日も遅くまで鍛錬していたようだしぃ……治療をすると、負担もかかるしねん」

 

「ならばいい、音で起こさぬよう気をつけねばな」

 

「それにしてもこの泣き声は陳宮さんかしらん? ……呂布さんもいるみたいねん」

 

「呂布殿は格別勘が鋭そうだからのぅ。

 いくら一刀殿でも、隠し通せるものではないのかもしれんな」

 

「まぁ、あちらは一刀の役目だ。

 俺達はとにかく出来るだけこちらを仕上げよう、もう時間もないしな……蜀も呉も、他国はすでに突き動かされている」

 

華佗の言葉に、貂蝉と卑弥呼も頷いた。

 

ゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリ

 

 

音々は泣き疲れたのか、そのまま恋に縋りつくように寝てしまった。

 

小さい体から可愛い寝息が漏れている。

 

胸に抱いた音々を優しくあやす恋は、座布団の上で一刀へと視線を移した。

 

一刀もわかったのか、くいっと後ろへと顎を回す。

 

恋は音々を抱き上げて、そのまま一刀の寝床へとそっと下ろした。

 

布団をかけてやり、一刀へと向き直る。

 

一刀は椅子から立ち上がると、そのまま部屋から出て行く。

 

目指したのは城壁だった。

 

 

城壁はこの城でも天に近く、空に浮かぶ月がいつも以上に大きく見えた。

 

黒い夜空にわがもの顔で輝く月は、一刀と恋の姿をしっかりと照らしていた。

 

いっそ雲がかかって、真っ暗になればいいのにと思う。

 

「……恋、音々から話しは聞いたよ」

 

「………………………………そう」

 

「恋は俺が死ぬと、そう思うか?」

 

一刀の問いに、恋はわずかな間も無くコクリと俯いた。

 

__そうか、死の影がちらついているのか、俺には。

 

それには素直に納得できた。

 

危険な橋を渡るのは間違いないし、それによって死んでしまうことも、十分な可能性があるだろう。

 

恋はただ純粋に心配してくれているのだ。

 

一刀はふうっと息を吐くと、恋へと近寄った。

 

近寄って静かに抱きしめても、こういうときに恋は、他の女の子とは違って微動だにしない。

 

だから気持ちをより正直に、まっすぐな言葉で伝えなければならないのだ。

 

「俺は死ぬかもしれない」

 

ピクリとも恋は動かない。

 

「…………………………………………恋が、一刀を守る」

 

「駄目だ」

 

恋の肩がピクリとだけ震えた。

 

「恋には、このまま華琳に力を貸して欲しいんだ。

 まだまだ大陸には多くの猛者がいる。

 関羽、張飛、孫堅、孫策、馬騰、馬超……他にも多くの強い者達が、この国を倒さんと目指している」

 

「…………………………春蘭、霞も、皆いる」

 

「わがままを言わないでくれ……な?

 恋はよくわかってるんだろう?

 たしかに魏はこの大陸で一番強いけれど、他国を相手にすれば多くの犠牲者がでるってことも……正面から戦えば、春蘭だって、秋蘭だって、霞だって、華雄だって……死んじゃうかもしれないんだ。

 恋にはなんとなくそれがわかっているんだろう?」

 

ものすごく間があいてから、恋はフルフルと頭を振った。

 

彼女の下手な”嘘”だった。

 

「頼むよ恋……俺はなんとかするからさ、信じてくれないか?」

 

反応が無い。

 

恋は断固として自分の意見を譲る気はなかった。

 

例えそれで一刀に嫌われても、絶対に離れないと恋は考えていた。

 

返事も反応も、絶対に返さない。

 

恋の気持ちに気づき、それを嬉しく感じながらも、一刀は卑怯な手をとった。

 

そうするしかなかったのだ。

 

「俺なんて信じられないかな? ……俺は、恋の予感を破った男だぜ?」

 

「っ………………」

 

本当は何があっても、動く気はなかったのだろう。

 

そうすれば優しい一刀は、なんだかんだといって、自分をずっと傍につかせてくれると恋は考えていた。

 

でも自分は、今の言葉で動いてしまった。

 

虎牢関、将棋、そして今回。

 

__また………………恋の負け。

 

「……………………………………………………………………………………………………わかった」

 

「ありがとう」

 

もう大丈夫かと判断した一刀は恋から離れると、もう遅いからといって部屋に戻ろうとした。

 

しかしぎゅっと恋が裾を握ってくる。

 

一刀はとぼけたように、星々も煌く夜空へ視線を移すと、掴まれていないもう片方の腕の人差し指で頬を掻いた。

 

「今日は、一緒に寝ようか?」

 

 

一刀の提案に、恋は腕に抱きつくことで返事としたのだった。

 

 

1つの寝床で3人が寝そべっている。

 

2人に挟まれるように音々は眠っていた。

 

一刀に腕枕をしてもらう恋が、音々のおでこを撫でている。

 

「…………………………ちんきゅはいい子だから、一刀、怒らないで?」

 

「え? 俺が音々を?」

 

「さっき、音々も一刀も嫌な感じだったから」

 

「ははっ……大丈夫だよ。

 俺が音々を嫌いになるなんてありえないさ」

 

一刀の返答を受けると、恋は優しく微笑んだ。

 

「………………よかった」

 

うっすらと笑いながら恋が顔を上げてくる。

 

音々を囲うように寝ているので、2人の顔はとても近かった。

 

「一刀」

 

「恋?」

 

__いや、恋はそういう事を知らないはず……

 

なのに恋の柔らかそうな唇が、スローモーションのように寄ってきた。

 

そして……優しく触れる。

 

 

 

「ん…………………………おやすみなさい」

 

「ぁ、ああ、おやすみ」

 

 

「どうして音々は、こんなところで寝てるですか?」

 

温かい布団にくるまれた音々は、見慣れない天井をぼんやりとした瞳で眺めていた。

 

__たしか音々は昨日……恋殿の話しをして、泣いたんでしたっけ。

 

上体を起こそうとしたが、あまり動けない。

 

自分の腰上に、何かが乗っている。

 

スゥスゥと音がする右斜め上と、左斜め上に視線を送ると、愛しい恋の寝顔と、嫌いではないくらいの一刀の寝顔があった。

 

1、3、5,7……

 

一度頭の中で数字を数え、落ち着けと自分に言い聞かす。

 

__音々は昨日泣いたです、それできっと恋殿の胸で眠ってしまったですね。

 

もう一度2人の寝顔へと視線を送る。

 

服は着ていた、両者とも。

 

自分もちゃんと着ているし、まず大丈夫だろう。

 

__間違いは起きていないようですね。

 

とりあえず安心して、音々音は疲れた溜め息をついた。

 

昨夜のことを思い返し、らしくなかったなと自省の念に駆られる。

 

でももう終ったことだ。

 

眠る恋の顔を見るに、自分が寝た後にコイツと何かがあったのだろう。

 

とても安らかにみえる。

 

音々はこれでよかったのだと、前向きに考えることにした。

 

「ま、それはそれとしてですね」

 

音々は自分の腰に乗っている2本の腕をどかし、床の上へと立った。

 

幸せそうな2人の寝顔。

 

だから音々はキレた。

 

いつもの自分の調子を取り戻すためにも。

 

「こんの破廉恥漢め! なに恋殿といい感じに寝ているですか!!!」

 

音々の強烈な声の目覚ましによって、一刀の目が覚める。

 

「んあ?」

 

眠たそうに目を擦りながら、一刀が上体を起こしてくる。

 

__その寝ボケ頭に、強烈な目覚ましをくれてやるですよ!

 

「ちん~きゅ~~~」

 

ググッと後ろ足を曲げ、跳びかかる準備を進める。

 

力の篭った音々の掛け声に意識が覚醒したのか、一刀がガバッと顔を上げた。

 

__もう遅いですよ!

 

「き~~っイイ?!」

 

ズルッ

 

まさに力を開放する、その時だった。

 

踏み込みが深すぎたのか、それとも力が入り過ぎたのか……布団に後ろ足をとられた音々は、とび蹴りの体勢には到底至らず、前のめりに頭から飛び込む形となってしまった。

 

体勢を崩して腕が万歳のまま、音々の突撃が一刀へと襲う。

 

__これってキックじゃなくて、フライング・ボディ・アタックじゃね?

 

音々の頭が近づいてくるのをぼんやりと眺めながら、一刀は非常に暢気なことを考えていた。

 

ゴチンッ

 

「クィ~~~~~っ!!」

 

「キィ~~~~~っ!!」

 

まともな声にならない悲鳴が、朝っぱらから部屋に響く。

 

そして音々の顔は真赤であった。

 

__ん? んん? あ、あれ?! 今、音々はあいつと何したですか!?

 

起きたばかりだというのに、高まる動悸が止まるところを知らない。

 

「っぃってぇ~~~! 朝からずいぶんなご挨拶だな」

 

おでこを摩りながら、目尻に涙を溜める一刀。

 

おでこは音々だってとても痛いが、それどころではない。

 

「ん? でもなんか今、柔らかいものがくちび”ふん!”っはあ?!」

 

その先だけは言わせまいと、音々が一刀の頭を両手でがっちりと掴んだ。

 

「さっきからなんなんっ?!」

 

「記憶という記憶を失えええ!」

 

ゴンっというよりも、グシャっという、蛙が車輪にひき潰される音に近かった。

 

額よ割れろと言わんばかりの音々の頭突きが、一刀の頭にクリーンヒットする。

 

一瞬、瞳が真っ直ぐに向いて真顔になった一刀だったが、黒目が綺麗に瞼の裏へと引っくり返ると、グッタリと力が抜けて文字通り寝床へ崩れ落ちた。

 

ハァハァという息の荒い音々と、額から一筋も二筋も血の流れ道を作って、気を失う一刀が寝床の上に。

 

「…………………………………………ぇね」

 

ハッと音々が気づくと、恋がいつの間にか起きており、布団を手繰り寄せ体を小さく縮こませている。

 

まるでなにかに怯えているかのようだった。

 

あの恋が。

 

「れ、恋殿?! お早うございますです!」

 

「…………………………………………音々が、一刀に勝った」

 

「っは、あ!? いえ! これはですね! 違うですよ!?」

 

「恋が3度負けた一刀に、音々は勝った。

 ………………………………………………………………ちんきゅ、最強」

 

「誤解ですぞーーーーーーーーーーー!!!!!」

 

__っていうか! 音々のはじめての口づけがぁ~~~~!!!

 

 

一刀の部屋は、たいがいに騒々しい朝となったようだ。

 

この時、誰かが近づいていたとは知らずに……

 

 

約す時。

 

 

 

 

「…………一刀か」

 

「お見事、だな華雄」

 

「今は葉雄だ、そちらの名で呼ばれると困る」

 

「ああ、すまない、そうだったな。

 早く人目をはばからずに、呼べれるようになるといいんだが」

 

「ふっ、一刀が気にする事ではないさ。

 なにより私には真名がないからな、詠達に比べればずいぶんと気楽なほうだぞ」

 

「それって本当だったのか?」

 

以前、洛陽で月達を助けた時に一夜の酒宴があった。

 

その席で華雄は言っていた、私には真名がないが、お前に預けたいほどの気持ちはある、と。

 

あの夜のことを思い出し、一刀は眉をしかめた。

 

一刀の様子に華雄はククッと笑うと、そのまま再び瞳を閉じた。

 

集中している。

 

この滝が織り成す、激しく冷たい水の中で。

 

滝壺に大岩を投げ込み、その上で静かに禅をとる華雄はひたすら滝に打たれ続けていた。

 

彼女に精神鍛錬のアドバイスをした張本人である一刀が、華雄の様子を見に、気配を消して近寄ったのにも関わらず気づかれたのだ。

 

今の状態ならば、恐らく誰がやっても彼女には気づかれるだろう。

 

この場面の、ある一定の範囲で区切られたそれが、彼女の心象風景そのものになっていた。

 

__参ったねどうも……そのうち悟りでも開いちゃうんじゃないか?

 

呆れる一刀だったが、瞳を閉じたままの華雄が言葉を紡いだ。

 

「私の両親は、どちらにも真名があるぞ」

 

「え? じゃあ……」

 

「だが私には無い、この意味がわかるか?」

 

1つ思い当たった一刀だが、それは聞けないと口をつぐんだ。

 

しかし今の華雄にはしっかりと伝わってしまっているようで、やはり笑っていた。

 

「ははっ、安心しろ。

 私は別に拾われた子ではないさ」

 

駄目だ。

 

今、彼女のこの範囲内では、全てが筒抜けしまう気さえした。

 

じゃあなんだろうかと考える一刀だったが、答えを出す前に彼女が正解を教えてくれた。

 

「なんの名残なのかは私も知らないんだが、終生の伴侶に真名を貰うためだからだそうだ」

 

「終生の伴侶って……」

 

伴侶とは……友、つれ、仲間を指す言葉。

 

「そう。

 私の性別からだと、名付けは夫という事になるだろうな」

 

「そうなのか! へぇ~、なかなかロマンチックだな」

 

一刀の言葉の意味はよくわからないが、素直な驚きの声色に華雄も満足そうであった。

 

「一刀」

 

「ん、何?」

 

「私の名付け人になってくれないか?」

 

…………………………………………………………

 

例え目を瞑っていたとしても、華雄には手に取るようにわかっていた。

 

一度、一刀の心臓がピタリと止まったかと思えば、次の瞬間には駆け走るように鼓動が増した事に。

 

パクパクと口を開いたり閉めたりしている。

 

まるで魚のようだと思いながら、華雄は返事を待った。

 

待つのは…………だいぶ得意となった。

 

しばらくしてから、ようやく一刀の喉から声が漏れる。

 

「あ、いや、え?」

 

「そうか、イヤか」

 

「いや! そうじゃなくて! あの、その……ぅ」

 

あの一刀をこうも手玉に取れると、楽しさからかつい意地悪をしたくなる。

 

「仕方がないか。

 私のようなガサツな者では、魏にいる麗しい者達には到底及ぶまい」

 

「そんな事はない! 華雄は気立てもいいし、とても綺麗だ!」

 

__ふむ、存外嬉しいではないか。

 

ピクリとも表情にださない華雄に、一刀でさえ感情を欠片も読むことができなかった。

 

よって一刀の心中の方では、まさにてんてこまいである。

 

__もしかして傷つけた? それともからかわれてんのか? どっちだ?!

 

心理戦で後手をとっていると、一刀はそう判断した。

 

いつの間にかじっとりとした汗をかいている……もういっそのこと、ヤケでこの川に飛び込んでしまえば、スッキリする気さえした。

 

だが華雄はそれを許さない。

 

「しかし残念だ。

 一世一代の勇気を振り絞ったのだが……」

 

「ちょっと待って!」

 

「なんだ一刀。

 私は即答もできない男を求め続けられるほど、気は長くないぞ?

 何せ世間で言うところの、猪武者だからな」

 

これだけ冷静に対処しておきながら、どの口が言ってんだと一刀は思ったが、事が事なだけに即答など出来るわけが無い。

 

ならばせめて誠意ある対応を。

 

そう思い至ったら、もう一刀は迷うことなく行動に移していた。

 

「…………何故そうまで頭を下げるのだ? 一刀」

 

土下座だった。

 

「ごめん! 今はできない!」

 

「………………」

 

「だけど全てが終ったら、改めて俺から申し込みたい!

 いえ、申し込ませて頂けませんか!」

 

「全て、か。

 そんないつになるかもわからない、約す時を待てと?」

 

「都合のいい頼みだとはわかってる!

 初めは予想外過ぎてよくわからなかったけど、でも俺は華雄にそういって貰えて、凄い嬉しかった!

 だから頼む! 待っていてくれないか!」

 

ザバッと滝から立ち上がった華雄は、そばの岸に置いてあった”たおる”を手に取ると、塗れた髪を拭く。

 

短く切った銀色の髪をゆっくりと拭いた華雄は、そのまま頭を下げ続ける一刀に近寄ると、そっと顔をあげさせた。

 

「そんなに簡単に頭を下げるな……将来の旦那様よ」

 

「か、華雄」

 

「なに、実を言えば今すぐ答えが欲しかったわけでもないんだ。

 私は一度、お前に真名を預け損なっているしな……これで待たせるのも、お相子というものだろう。

 それにだな……私の真名になるんだぞ? いい名を考えてもらわなければ困る」

 

「あ、ありがとう!」

 

安心した一刀に笑顔が戻り、華雄も笑っている。

 

しかし一刀はハッとした。

 

たっぷりと水分を含んだ襦袢から、華雄の白い肌が透けかけていて、自然と目線がそちらへと引き込まれる。

 

華雄は一刀の目線が自分の体をチラチラと見ている事に嬉しくなったが、困ったように腕を組んで胸を覆い隠した。

 

一刀から見ると、頬をほんのりと紅潮させた華雄が上目使いで、濡れた襦袢などという、およそ役に立たない衣服を着込み、体を隠そうと懸命になっているようであった。

 

そのような仕草をとられると、余計に華雄の濡れた体が気になってしまう。

 

愛らしい姿を目の当たりにして、いよいよと脳細胞がショートしかかっている一刀に、華雄は小さく口を開いた。

 

 

「まだ、駄目だぞ?」

 

 

ぶっちぃ!!!

 

盛大に太い何かがぶち切れたような音が、またもや一刀の脳内を襲った。

 

こう霞の時のような、糸の束を纏めて引き千切った高音の連続ではなく、荒縄を綱引きして破ったような、重低音が一発であった。

 

マシンガンか、大砲か。

 

個人の脳細胞を落とすのならば、果たしてどちらが有効なのだろうか?

 

この際どちらでも構わないが、とにかく限界点を超えたのは間違いない。

 

ショックで人が灰になるというのなら、今がまさにそうなのだろう。

 

固まってピクリとも動けなくなった一刀の顔を覗きこんだ華雄は、ふふっと笑う。

 

__可愛いやつだ。

 

あれだけ多くの美女や美少女に囲まれながら、誰にも手をだしていない。

 

誰もが羨む、桃源郷のような環境だろうに。

 

なのに私のような武骨者にまで、このように優しく誠実に応じてくれる。

 

それがどれだけ嬉しいことか。

 

きっと、一刀はわかっていないのだろうな。

 

動かない一刀の頭に、華雄はさきほどまで髪を拭いていた”たおる”をかけ、その上からだが、そっと口づけた……ほんのわずかに不安を感じながら。

 

__喜んでくれるだろうか?

 

華雄がそのまま離れて森の中に着替えにいくと、固まっていた一刀がようやく動きだした。

 

「か、華雄! い、今……もしかして?!」

 

あたふたと慌てている一刀に、華雄は快活に笑った。

 

 

「いい真名を頼むよ。

 我が生涯、ただ1人にのみ付けてもらう真名なんだ。

 期待して待っている……それを私の希望としよう」

 

手を振って着替えにいく華雄の背中を眺め、一刀は少し湿った”たおる”を握ることしかできなかった。

 

 

「なぁ華佗君」

 

「なんだ? 一刀」

 

ゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリ

 

「先日聞いた、脳についての続きなんだが……」

 

「またか、脳など無理に決まっているだろう?」

 

「ああ、それはわかってる。

 だが胃なら……医者の領分だよな?」

 

「胃?」

 

「胃薬をくれ、強力で長持ちする奴がいい」

 

ゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリ

 

「………………わかった、片手間にやっておくよ」

 

「すまない」

 

「ついでに育毛剤も用意してやろうか?」

 

「流石にそれは……嫌過ぎる」

 

 

この年でストレス脱毛だけは、どうしても避けたい一刀であった。

 

 

どうもamagasaです。

 

いつも温かい応援ありがとうございます!

 

董卓勢編の拠点となった2話となります。

 

レッドクリフ解禁記念ということで(適当)

 

今回の拠点は、まぁ各々で甘かったり辛かったり楽しかったりですかね。

文量には各人に差がありますが、ご了承ください。

 

アンケート結果は、恋が5位、月と霞が6位、詠と華雄が7位、音々が8位でした。

董卓勢は全体的に固まっていましたね。

 

 

いかがでしたでしょうか?

 

 

感想、コメント、応援メール、ご支援、全てお待ちしております!(批判でもOKです!)

 

作品や文章構成に対して、こうしたほうがいい、ああいうのはどうか? などの御意見も、お手数ですが送って頂ければとてもありがたいです、よろしくお願いします!(厳しくして頂いて結構です!)

 

まだまだ力不足で未熟な私では御座いますが、一生懸命改善出来るように努力しますので、是非によろしくお願いします!!!

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「董卓勢編」

 

いかがでしたでしょうか?

蜀編と呉編があるんだから、董卓軍、袁家軍のパートがあってもいいんじゃなイカ?

こんな軽い感じで生まれたこの2作です。

次は袁家勢かなぁ……ようやく拠点シリーズも終わりの目処がついてきた、今日この頃。

稟と張三姉妹がまだ出来てないんですよねぇ、どうしよかな。

特別編もやりたい気はするんですけど、第三部もやらないと……う~ん、ちと大変。 レフェリー判定、延長戦へ。

 

 

「字数にひっかかったっす」

 

ほんと……拠点の時は、人数が決まっているので、字数制限はマジで困る。

1人分次話に回すとかできないしねぇ。

前話はあとがきどころか、本文まで少し削ったんですよ、こんちくしょー。

 

 

「月」

 

ちょっとこの中で、少なめだったかな?

でも月はこんな雰囲気が一番似合うと思ってます。

前々回の菖蒲と同じ、儚い感じですね。

今回は全体的に、詠に走っちゃったんだよなぁ小生……それは認めます。

 

 

「詠」

 

董卓軍パートで一番活躍した詠さん。

頭がいい人って無駄に疲れそうですよね、俺にはわかりませんけど……ま、そこは想像で補ったっす。

疑うのは得意な軍師の詠さん。

でもね、敵を騙すのとは違って、自分自身に嘘をつくのはとっても心が痛いんだよ。

っていうお話にしたかったのに、なんでこうなったか今でもわからんさ。

董卓軍で2番目に好きな女の子……あれ、皆さん興味無い感じ?

 

 

「霞」

 

書いているとき、大好きすぎたのがこのお姉さん。

実をいうと最後に甘えている時じゃなくて、一刀と詠が寝ているのを発見した後の、あの慌て具合が大好きな私。

とうぜん董卓軍で一番好……あれ、やっぱ興味ない?

 

 

「恋」

 

恋に対しては逆ですね、好きというよりも萌えですね。

なんかそのまんまにしておいて、そっと鑑賞していたい感じ……餌をあげたいわぁ。

丁原様って、爺さんのイメージしかないのは私だけですかね?

こう、白い顎髭をスリーフィンガー位に伸ばした感じ。

恋の出自についての話でしたが、どうでしょう?

ここまでの事があったのに、恋さんは一刀には、道で拾われて言われた通りに戦ってたらいつの間にか偉くなってた、って言いそうですよねぇ。

 

そんでもって三番目は恋さん……もうそろそろ、本気でうざがられそうなのでやめときます。

 

 

「音々音」

 

唯一原作で、真名が三文字という変り種の子。

ちんきゅうきっくが素敵な女の子。

自分としては、一番董卓軍で原作から離れた感じがしたんですけど……どうでしたかね?

よく一刀を追い詰めたよ、お手柄じゃん! 勝利。 ちんきゅ最強。

 

 

「華雄」

 

さて、どういう言葉を並べればいいのでしょうか?

原作だと、すっかりネタキャラになりつつあったが、その後、猛烈なファンの方々の活動により、二次創作界から大人気となった華雄姉さん。

自分の華雄さんはどうでしたでしょう。

厳しいこだわりもを持つ、数多の華雄さんファンから、どのような評価を頂けるのか正直不安でたまらない。

 

 

「伝言ゲーム」

 

占い師管輅が天の御使いの話を流布したというのが原作でのお話ですが、はたして大陸中に綺麗に広まったのか?

仮に管輅が大陸を旅しながら、自分の占い結果を各地に流しても、正確には流れないだろうというのが私の考え。

この妙な拙僧のこだわりは、小学校の時の実体験がもとになっている。

小学校とかのクラスで伝言ゲーム(名称は不明確)をやってみた方はいらっしゃらないでしょうか?

やってみればわかると思うのですが、意外に正確には伝わらないんですよね。

あれで赤っ恥をかいた事が私にはあるせいか、季流√ではちょっとこだわって見ることにしました。

 

ですので管輅の占いは、出るたびにその形が変わりますのであしからず。

 

 

「一刀の経歴書」

 

結構大変だった気がする。

今までの纏めになればと思いやってはみたが、どっかで間違えてそうな気がめっちゃしてます。

大丈夫だろうか? この部分は間違いに気づくたびに、後で色々と修正するかもしれません。

 

 

「重複表現」

 

”頭痛が痛い”とかの重複表情ですが、見逃さないようにと見直しの際に気をつけています。

しかし”返事を返す”という言葉は、なんとなく直しにくい。

音々が叫んだところとか、もう変えようがない気がしたので、そのまんまにしました。 判定待ち。

 

 

「ようやくこれで、半分は超しました」

 

アンケート30人中、これで16人分ですかね、拠点。

あとは袁家の6人(ないし5人)と張三姉妹、稟と風、夏侯姉妹に華琳(一応)ですか。

それに呉編が4話分の予定ですから……う~ん…………

 

先はなっが~~~~~~い、ですね。

皆さんを、超飽きさせちゃいそうです……頑張らんとな!

 

レッドクリフ見て寝ます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、また。

 


 
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