(まるで人形のようだな)
その少女を初めて見たとき、彼-一刀はまず率直にそう思った。
鮮やかなその銀髪とは正反対に、氷の彫像のような無表情なその顔。年齢は十七歳だと聞いているが、とてもそうは思えない、その大人びた顔。それでいて、十歳前後の童のように見えるその容姿。
その瞳はどこかうつろで、まるで生気というものを感じさせていない。
「…………」
ただ、その瞳の奥には、何か強いものが宿っている。それが何なのかはわからないが、少女にはまだ、生きていく”意志”があることだけは、一刀にも理解することができた。
「……それで、輝里?彼女、何か話したかい?」
「……いえ。けど、無理もないと思います。……目の前で一家を、あんな、惨たらしい”殺され方”をされては」
「……だな」
それは、この三日ほど前。
鄴の街から少し離れた小さな町を、黄巾賊が襲撃したとの報せを受けた一刀たちは、すぐにその討伐に向かい、賊を見事に壊滅させた。だが、被害を完全に抑えることは出来ず、町の者たちに少なからぬ被害が出てしまった。
その被害者の中に、件の少女がいた。
おそらくは、少女の親兄妹であろう、すでに事切れた者たちに守られるようにして、少女はそこにいた。……感情というものが、すべて抜け落ちたかのような、うつろな表情で。
一刀たちはその少女を、自分たちで引き取ることにした。
町の者たちに話しを聞いたところ、少女の身寄りは、殺された家族ですべてとのことだった。天涯孤独になったその少女を、一刀たちは見捨てることがどうしても出来なかった。――自分たちと、”同じ境遇”になってしまった、その少女を。
そうして三日が経ち、軽症ですんでいたその少女が、徐庶に連れられて病院を退院し、一刀の下へとやって来たのである。
「体のほうは、もう何の心配もないそうや。あとは、心の問題やて、お医者はんは言うとったで。……せめて、名前ぐらい教えてほしかったんやけど、何を聞いても何の反応もないから、医者も困っとったわ」
「……そっか」
姜維の台詞に頷くと、一刀は徐庶のその手を強く握り締めている、少女のその傍に歩み寄る。
「……」
少女の前に屈み、その、色を失った瞳をじっと見据える。そして、その眼前に握った拳をかざす。
「……?」
それにわずかに反応する少女。そして、一刀がその手をパッ、と開くと。
ぐるっぽー。
「!!」
どこから取り出したのか、一羽の鳩が、一刀の手の上で鳴いた。
「……驚いたかい?ああ、妖術なんかじゃないよ。ちゃんとタネのある手品さ。……名前、聞いてもいいかい?俺は北郷一刀。……君は?」
少女に優しく微笑む一刀。すると、その微笑を見た少女は、その頬をほんのりと紅くし、小さくつぶやいた。
「……い」
「ん?」
「……姓は、司馬。……名は、懿。……字は、仲達……」
「…………へ?」
その、まったく予想だにしていなかった名に、一刀の頭は完全に、その思考を停止させていた。
その衝撃の出会いから、約一月がたった。
「……にしても、あの娘がかの司馬仲達とはなあ……。女性になっているであろうことは、ある程度予測はしてはいたけど、ギャップがありすぎだって……」
一人つぶやく一刀。その視線の先には、兵の調練を行っている徐庶と、あの少女――司馬懿仲達の姿があった。
(正史じゃ、後に”魏”を乗っ取って次の王朝――、”晋”の礎を築いた、希代の天才軍師。あの”諸葛孔明”のライバルでもあった人物――。それが、あんな幼く見える容姿の少女だって言うんだから、ほんと、この世界はわけわからんな)
と、そんなことをしみじみ思う。
「けど、その能力はやっぱり本物だな。わずか一月で、輝里を相手にいい勝負をしてる」
眼下の練兵場で、実戦形式で陣取り合戦をしている二つの集団を見つつ、司馬懿の采配に心底感心する一刀。
あれから後、なかなか口を開かないその少女が、たった一つだけ、強く願ったことがあった。
「……私を、将として、使ってください」
それには皆、一様に驚いた。
一刀からすれば、かの司馬仲達が、自分の仲間になってくれると言っているのであるから、これほど心強いことはなかった。だが、正史の彼女を知らない徐庶たちからしてみれば、司馬懿はまったく無名の人物に過ぎなかった。みな、危ぶみこそしたものの、一刀の台詞で不承不承納得した。
「……彼女の意思は大事にしたい。それに、将としてでもなんでも、生きていく目的があるのは、彼女にとって良い事だと俺は思う。……何かあったら俺が責任を取るから、みんな、彼女を認めてあげてくれないかい?」
そして、将軍見習いという形で、司馬懿は一刀の幕下に加わることになった。それから一月。司馬懿は見事なほどに、その才を発揮した。政務、軍略双方において、その類まれなる才能を一同に示した。とくに、情報の収集と管理においては、これまでそれを担って来た姜維も、その舌を巻くほどのものだった。
雑多に集められた情報を整理し、その中から必要なものだけを的確に拾い出し、もっとも適切な形にくみ上げる。無数に散らばったパズルのピースを、必要なものだけ瞬時に集め、一枚の絵を完成させていくように。
わあああっっっ!!
「お。どうやら終わったようだな」
みれば、”司馬”と書かれた旗を、徐庶率いる隊の兵が、それを高々と掲げていた。
「一応、輝里が勝ったか。……よし、俺もあっちに行くかな」
欄干を離れ、練兵場へとその足を向ける一刀。
「はあ~。何とか勝てた……。なかなかやるね、司馬懿ちゃん」
「……別に。負けは負けです。……あと、ちゃんはつけないでください。……じゃ」
「あ……」
てくてくと。無表情のまま、その場を去っていく司馬懿。
「……悔しい、とか。そんな風に思わないのかな?……冷徹なのが、悪いこととは言わないけれど……」
司馬懿の背を見送りつつ、徐庶がそんなことをつぶやく。そこに、
「……思ってはいるさ。けど、それを表にうまく出せないんだよ。……相当根深いな、彼女の”トラウマ”は」
「一刀さん、見ていたんですか?……ていうか、虎と馬がどうかしたんですか?」
「はは。……言われるとは思ってたけど。……トラウマ。心的外傷症候群、ってやつさ。簡単に言えば、心の傷ってこと。……子供の頃なんかに犬に追っかけられたりして、それ以来犬がだめになったりする人がいるだろ?」
「……なるほど。それが”とらうま”ですか。……あの子の場合は、それがかなり酷い、ということですね?」
「ああ。……時間がかかるのはわかってるけど、何とか、彼女が笑っているところを、見てみたいな。……ずいぶん、可愛らしいだろうに、さ」
少し離れたところを歩く少女の、その後姿を眺めつつ、一刀はそんな風につぶやく。
「そう、ですね……。あ、でも、だからって、手を出しちゃだめですからね?」
「……出しませんって」
どんだけ信用ないんだよ、おれ。と一刀が言い、普段の行いが原因です。と、徐庶がそんなツッコミをする。そのやり取りを、遠目で見ていた司馬懿は一言、「……馬鹿」と、つぶやいていた。
そして、黄巾の乱が終結したその日。
「輝里で~す!」
「由や~!」
「二人合わせて」
『輝里あんど由で~す!』
「って!そのまんまやないかい!」
「細かいこと気にしちゃ、だ、め」
そこは練兵場の一角。しつらえられたその舞台の上で、何故か漫才をしている徐庶と姜維の姿があった。
「……何ですか、これ」
「ん?もちろん祝勝会だよ。あと、慰労会もかねてる。……戦続きで、みんな精神的に疲れているだろうからさ、ちょっとした息抜きだよ。……”瑠里”も楽しんでくれよな?」
「はあ……」
黄巾賊壊滅の祝勝会。
一応はそれが名目ではある。だが、一刀の本当の狙いは、隣にたたずむその少女にあった。この数ヶ月の間に、真名を許しあうことまでは出来た。だが、司馬懿の無感情ぶりは、一向に改善される様子が見えない。
そこで、祝勝会を理由にして、めったに部屋から出ない彼女を引っ張り出し、何とか彼女を笑わせよう、ということになったのである。
(せめて、きっかけだけにでも、なってくれればいいんだけど)
と、一刀がそんなことを考えているうちも、徐庶と姜維の漫才は順調(?)に進み、そろそろ”オチ”のところに差し掛かっていた。
「……だから、私はそいつに言ってやったわけ。……あんたの顔より、饅頭のほうが怖い」
「なんでやねん!えーかげんにしなさい!」
あっはははははは!
大爆笑に包まれる会場。二人が舞台の袖へ引っ込んでいく。
(いや~。やっぱり由をツッコミにして正解だったな~。いいもん、見せてもらった。うんうん。……さて、瑠里のほうは、と)
こっそりと、一刀は司馬懿の顔を横目で見やる。が、
「…………」
(……駄目、か)
彼女はまったく表情を変えていなかった。クスリとも笑うどころか、冷たい視線を舞台上に向けているだけ。
その後も、徐庶、姜維、徐晃、そして、天和たち数え役満姉妹の舞台が、次々と行われていくが、司馬懿の表情はまったく変化を見せなかった。
そうして、宴も終わり、皆がそれぞれ帰路についていく。最後に残ったのは、一刀と司馬懿の二人だけ。
「……楽しく、なかった、かな?」
思い切って、一刀は彼女に聞いてみた。絶望的な返事が返ってくることを、半ば覚悟の上で。
「…………まあまあ、ですね」
「え?」
予想外の返事。表情は相変わらず氷ついたままだが、彼女はそう言ったのだ。今までのような、「別に」、とか、「特には」、とかではなく。「まあまあ」と。
「……何ですか?」
「……いや。そか、まあまあ、だったか」
「……はい」
で、翌日。
「こらーっ!この、浮気者ーっ!」
「またんかこらーっ!今日という今日はゆるさへんでー!」
「誤解だー!ちょっとしゃべってただけじゃんかー!」
「だったらなんで、あんなに鼻の下を伸ばしてた?!やましい考えがあったんだろうがー!」
「天地神明に誓ってないですー!」
『だったら逃げんなー!おとなしく”オハナシ”されなさーい(されやー)(されんかー)!!』
「だったら、その手に持ってる武器をおいてくれー!」
『それは断る!!』
「イヤーッ!」
今日も今日とて、浮気をした(ほんとは女中と立ち話していただけの)一刀を、それぞれの武器を手に、徐庶たちが城中を追い掛け回す。恒例のその光景が展開されていた。
「……またやってるんですか」
「瑠里!頼む!助けて!このままだと、確実にみんなに”絞られる”!」
「……じゃ、いい言葉をさしあげます」
「……何?」
「……自業自得」
「はう!」
司馬懿のあっさりとした一言で、心にクリティカルヒットをもらう一刀。そこに、
「見つけた!」
「逃がさへんで!」
「覚悟して、おとなしく絞られろ」
「いーーーやーーーーっっっ!!」
再び始まる四人の鬼ごっこ。そうして去っていく一刀たちを見やりつつ、司馬懿はポツリとつぶやいた。
「……ほんと、馬鹿ばっか」
クスリ、と。
わずかにその口元を緩めて。
~了~
さて、拠点の四回目、ルリルリ編でしたが、いかがだったでしょうか?
輝「最初のシリアスはどこいった」
しりません。どっか遠くに逝ったかと。
由「・・・・・自分が逝っとき。なんでウチらが漫才せなあかんねん」
輝「そーよ、そーよ。それも私がボケって」
だって、ツッコミはやっぱ、関西弁じゃないと。
瑠「・・・理由はそんだけですか?」
ですが。何か問題でも?
輝・由・瑠『・・・なんでもない』
さて、次回は白亜の拠点です。
輝「ネタ、もう出来てるんですか?」
はい。大まかなものは。
由「投稿はいつごろ?やっぱおそなるん?」
未定。諸事情により、いつやれるかわかりません。なので、気長にお待ちください。
瑠「じゃ、いつもどおり〆ますか」
輝「それではみなさま、今回もコメント、お待ちしてますね」
由「ツッコミでもええでな。ぎょーさん待っとるで?」
瑠「誹謗中傷はご勘弁くださいね」
それではみなさま、
『再見~!!』
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はい。北朝伝の拠点第四弾をお送りします。
今回は司馬仲達こと、瑠里のお話です。
時間的には、黄巾の乱が始まって間もないころです。
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