(え~っと……これは一体どうなってるんでしょう?)
尋問のため、近くの村まで連行されてきたわけだが……。
「あの、これから俺を尋問するんですよね?」
「さっき、そう言ったじゃん。人の話聞いてなかったのか?
あ!おっちゃん蒸し餃子、六人前追加ね♪」
「三人前で充分だよ、文ちゃん……」
連れてこられた場所は、どうみても大衆食堂だった。
「尋問って、もっとこう薄暗くてジメジメした場所でやるものじゃないんですか?」
俺の勝手な“尋問”のイメージなのだが。
「そっちの方が良かったですか?」
「明るくてサッパリしたところが大好きですっ!」
拷問部屋にでも連れて行かれたら洒落にならん。自分の首を絞めるようなことを言わないように、気をつけよう。
「すみません。この娘が“ご飯食べながらじゃないと嫌だ”って、聞かなくって」
「戦も尋問も腹が減ったらできないんだよ。」
尋問ってこういうもんなの?
まぁ、刑事ドラマの取調べとかでも犯人にカツ丼がでるし、そういうことなんだろう。
テーブルに並べられている料理を見れば、どれも中華料理に見える。
この食堂に来るまでに町並みを見たが、こちらも中華風のたたずまいの建物ばかりだった。
「なんだよ? 兄ちゃんさっきから、全然食ってないな。ひょっとして、腹へってないのか?」
「あ、いえ、そんなことないです」
今まで得た情報から、ここがどこなのかをしばらく考えてみたが、空腹のせいかうまく考えがまとまらない。
どうせ尋問の時に色々と聞き出されるだろうし、その時に聞けばいいや。
「い、いただきます」
まずは腹ごしらえして、脳に栄養を与えてやらねば。
「おう、くえくえ! これなんて、うまいぞ~」
ブンさんが勧めてくれた、野菜炒めのような料理を一口食べてみた。
「……あ、おいしい」
ピリ辛の味付けに野菜の甘味が程良く口の中で絡みあう。白いご飯が欲しくなる一品だ。
「だっろ~? 店に入る前から、ここの料理は美味いだろうなって、予感がしてたんだよ」
ブンさんは、控え目なボリュームの胸を得意げに張っている。
飲み込んだ料理は食道を通り、胃の中まで運ばれると、痺れに似た感覚が波を打つように四肢に広がっていく。
(なんだろうこの感覚? ただ野菜炒めを食べただけなのに……)
――ああ、そうか。人が生きていく為に最も基本的な行為で、生きていることを実感したんだな俺は。
普段の食事でこんな感覚を味わったことは一度もなかった。
けど、生まれて初めて命の危機に晒されたことで、生への執着心が強く湧いたのだろう。
“生きることは食べること”って、言葉を聞いたことがある。
その時は、“何を当たり前のことをいってるんだか”ぐらいにしか思わなかったが、今はその言葉が痛いほど分かる。
生 き て て よ か っ た
「あ、あれ? おかしいな……」
寒いわけでもないのに、急に体が震えだす。
震えを止めようと手で必死に押さえつけるが、治まる気配が無い。
(なんだよこれ? 何で今さらブルってんだよ)
「そういう時は、無理に押さえない方がいいよ」
ブンさんが俺の手をそっと優しく握ってくれた。
握った手を通してブンさんの体温がジンワリと伝わってくると、震えが少し小さくなったような気がする。
「そうだ! こっちの焼売もおいしいですよ?」
トシさんは努めて明るい声を出し、焼売を小皿に取り分け俺の前に置いてくれた。
「……いただきます」
震えを振り払うかのように、俺は黙々と箸を動かし続けた。
「どうです? 少し落ち着きましたか?」
トシさんが入れてくれた白湯を飲み干す。
「はい、もう大丈夫です。……すみません、見苦しいところを見せてしまって」
「そんなに気ぃ遣うなよ。殺されそうな目に逢ったら、誰だってああなるよ。」
ははっ……殺されかけたニ回のうち、一回は貴方になんですけどねブンさん。
「じゃあ、ご飯も食べたし、そろそろ話を聞かせてもらっていいですか?」
トシさんが尋問を始めようとしたが、その前にどうしても言わなければならないことがある。
「その前にお礼を言わせてください」
「「お礼?」」
「はい。先程は、危ないところを助けていただき、本当にありがとうございました」
いくら気が動転していたからって、こんな大事なことを今まで言いそびれるなんて、我ながら情けない。
「……ああ、何だそんなことか。あたいらもこれが仕事だし、礼なんて別にいいよ」
照れくさそうに、ブンさんが答える。
「あの、お二人の仕事っていうのは?」
「私達は軍人で、警邏の途中にあの現場に出会したんですよ」
「そうだったんですか……道理で」
確かにそれなら、彼女達の物々しい装備や、身体能力にも説明がつくのだが、軍人なのに銃も持ってない。
それに身に纏っているモノは戦国武将の鎧なのはどういう理由だ?
「あの、もう一つお聞きしてもいいですか?」
「どうぞ」
尋問されるはずの俺ばかりが質問しているな。けど、確認しなければならないことがある。
「ここって、一体どこなんですか?」
顔つき、服装、食べた料理、町並み、ブンさんが口にした“南方のナンバン”。
これらのキーワードから導きだされる答えは“中国”しかない――のだが、疑問が残る。
(生活レベルがずいぶん低いんだよな。中国の田舎の方では、電気が通ってないところもあるって聞いたことあるけど……)
「え! ここがどこかも知らずに来たの!?」
俺の質問に驚きの声を上げるブンさん。いや、まぁ、こんな質問されたら普通は驚くよな。
「はぁ、気がついたらあの荒野いまして。どうやって、ここまできたのかさっぱり……」
二人とも少し呆れた顔をしているが、トシさんが代表して答えてくれた。
「ここは、河北の南皮ですよ」
「かほくのなんぴ……ですか」
トシさんが教えてくれた土地名を確かめるように自分の口で呟いてみる。
――聞いたことあるような、ないような?
自分の記憶から、聞いた地名を引きずり出そうとしていると、
「あの、今度はこちらから聞いてもいいですか?」
「あ、はい。俺が分かることでしたらなんでも。」
「じゃあ、まずお兄さんの名前は?」
あ……命を助けてもらった礼は言っておいて、自分の名前も教えていないとは。
「すみません。これこそお礼の前に言うべきでしたね。俺の名前は、北郷一刀って言います。」
「ほんごうかずと? ずいぶん変わった名前だな」
俺の名前がよっぽど珍しいのか、首をかしげている。
まぁ確かに、田中さんや鈴木さんに比べたら、あまり見ない苗字だよな。
鹿児島や宮崎あたりにいけば、北郷姓も時々みかけるんだけど。
「えっと……よければ、お二人の名前も教えてもらっていいですか?」
マナは他人が勝手に呼んではいけない名前だということは知った。ならば、他人が呼ぶ時の名前もあるはずだ。
「おっと、人に名前を聞いといて自分が名乗らないのは、礼儀に反するよな。あたいは文醜ってんだ。」
「私は顔良っていいます。」
…………はい?
あとがき。
第5話いかがだったでしょうか?
今回は、自己紹介の回とでもいったところでしょうか?
途中、グルメ漫画のような展開になってしまいましたが、本当に怖い目や悲しい目に遭ったら、
その時よりも、災難が去り、落ち着いた頃に恐怖に襲われるんじゃないかな? という私の妄想で書きました。
原作の魏√でも食事のことを少し掘り下げていたので、私も真似したかった……というのもありあますが。
ここまで読んで頂き、多謝^^
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第5話です。
よろしければ、今回もお付き合い下さい。