No.194209

【BL】年明け・ティータイム ~左団長のサプライズパーティその後の後~

魔界の王子様シヴァは超偏食症。主食はなんとえっち中の相手の精気! そんな王子をトリコにしたのは「極上の精気」を持つ人間、深雪(♂)だった。
そんな魔界王子×人間のいちゃラブ(似非)ファンタジー『LET'S EAT!!』
2010年12月冬コミ発行の同人誌(無料配布本)に掲載したものです。

2011-01-05 20:07:28 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:497   閲覧ユーザー数:496

 

 左牙宮では公休を代休するシフトも終わり、すっかり新年気分も抜けた、ある日の午後。

 左牙宮の『お花さま』こと、伴侶の桃鳴深雪はいつも通りに、左牙宮の上層にある庭園でお茶会の準備をしていた。

 お茶会と言っても本日の出席者はシヴァだけだ。

 いつもは、このほかに魔界の大賢者サガと、時折予告もなくふらりとやってくる第二王子のリイチなども参加することがある。

 しかしシヴァに次いで出席率のいい賢者殿は、本日所用があるとのことで、昨夜のうちに不参加表明を提出している。

 どうにもうきうきしたその様子から、恐らく地下にある研究室兼自室に、新しい植物でも入荷したのだろう。

 深雪はシヴァと二人きりとはいえ、こういった準備にまったく手は抜かない。

 こんなときこそ「人をもてなす」ということが、やはり深雪の天職だと思うのだ。

 それに花茶はシヴァの口に入れられる数少ない飲み物だ。

 深雪は今までよりも美味しいものをシヴァに提供しようと常に心がけている。

「しば、まだかな?」

 準備も一通り済ませて、深雪はきょろりと庭園内を見回した。そよりと、アンテナが風に揺れる。

 今日はとても気分がいい。

 まず花茶を満足行くほどに美味しく淹れられた。

 それに今日のお茶は初春限定の雪花茶なのだ。

「今日は、しばしかいないなら。膝に乗せてもらっちゃおうかな」

 シヴァはなんだかんだ上品ではあるものの、意外とオヤジくさいところがある。

 なによりも二人しかいないのであれば、この庭園はプライベートルームとなんら変わらないのだ。

 そよ、そよとアンテナを風に揺らしながら、深雪がこれからのことに思いを馳せていたその時。

 建物側の扉を開く音が聞こえた。

 

 

 *  *  *

 

 

「きた!」

 人待ちの相手が来たときは、それがただの友人であれ、嬉しい。それが大切な人なら尚更だ。

「深雪」

 かけられた声に、深雪は満面の笑みで振り返った。

「!」

 そこには。長身のシヴァの後ろに、更に大柄な左牙騎士団長の姿があった。

 思わず、深雪の背筋がぴんと伸びる。ついでにアンテナもぴーんと張り詰めた。

バルガが庭園に来るなんて、本当に珍しい。明日は、季節外れの鰻雷が来るかもしれない。

「バルガも、いいかな。深雪」

 伺うようなシヴァの声音に、深雪は何度も笑顔で頷いた。

 美味しいものを振舞えるのは、嬉しい限りだ。

「もちろん、どうぞ! 美味しくできたんだよ」

 にこにこと笑みを浮かべながら深雪はバルガに席を勧める。すると、それを手で制された。

「いえ、私はここで」

 硬い表情で、なにか思いつめたような顔をしているバルガに深雪は首を傾げた。

シヴァといえば、定位置にすでに腰を下ろして、苦笑を浮かべている。

「すぐにお暇しますので、ええ」

「……ええと。バルガさん、どうしたの?」

 深雪はいつも以上にぴしりと背筋を伸ばしたバルガに問いかけた。

「せ。先日は……」

 多少どもりながら、言いにくそうに。

しかも眉間にめちゃくちゃ深い皺を刻みながらバルガは唇を噛む。

深雪はその様子を眺めながら首を傾げていた。

 

「大 変 申 し 訳 あ り ま せ ん で し た」

 

 一言一言を区切りながら、バルガは言葉と共にまたぽっきりと身体を腰から二つに折った。

 今度はそんなバルガに深雪がびっくりしたように瞳を瞬かせる。

 そんな二人の様子を黙って眺めていたシヴァは、肩を竦めて苦笑を深くした。

「宴の席とはいえ、主君に向かってあのような失態。数々の無礼、いくら頭を下げても下げ足りず……」

 どうやらバルガは、先日のサプライズパーティで飲まされた酒の勢いにより、最後まで主君シヴァとその伴侶である深雪にくだを巻いたことを恥じているようだった。

「謝ることなんてなにも……」

 そもそもそれが目的で飲ませたのは、深雪だ。

「いいえ!」

 なにも「ない」と言おうとした言葉を遮って、勢いよく告げるバルガに、深雪は困った表情でシヴァに視線を向ける。

「……まあ、俺もそう言ったんだが、この通りで」

 シヴァは息を吐きながら、眉尻を下げた。

「シヴァ様は甘すぎます!」

 どうやらバルガの気持ちが、シヴァへ逸れたらしい。

深雪はほっと息を吐いた。

あんなひたむきな謝罪は、受けるだけで心苦しいのだ。

「俺は久しぶりにお前と膝を割って話すことが出来て嬉しかったんだが……」

 ふう、と行き混じりのシヴァの言葉に、更にバルガの眉間に皺が寄る。

「もう学生時代とは違います。あなたは私の主君であって……!」

「あのー」

 尚も言い募ろうとするバルガを遮るように、深雪は彼のマントをくいくいと引っ張った。

 それに気を取られて、バルガは言葉を止め、深雪に視線を向ける。

「バルガさんは、何を申し訳ないと思ってるんですか? だって俺たちは何も不快に思ってないんだよ」

 不思議そうに深雪が問いかけた。

 ついでに「ねえ、しば?」と首を傾けるその仕草に、今度はバルガが困った表情を浮かべた。

 シヴァは、側にある椅子に腰を下ろしながら、その長い足を軽く組んで、テーブルに頬杖をつく。

「つまりバルガは、酒で主従の垣根を越えてしまったかもしれないことと、その勢いで俺に言わなくても良いことを言ったかもしれないことを反省しているんだろう?」

「……む」

 シヴァの言葉は一言一句、バルガの気持ちを正しく表している。

 まったくその通りで、余計な言葉も出てこない。

「しかも、深雪が見ている前で」

「…………」

 こちらもまた正しかったが、本人の見ている前で、そんなことを認めるわけにもいかず、バルガは眉間に皺を寄せながら無言を貫いた。

「しかし、そう考えれば、バルガの罪悪感の原因……、そのきっかけを作った犯人は誰なのか、答えは簡単にわかるというものだ」

 バルガの様子に気づいているのかいないのか。シヴァの言葉がだんだん、どこか同情を帯びてきて、視線が近くにいる深雪を捕らえた。

そんなシヴァに気づいた深雪が、「あ!」と小さな声を上げて、なにかを誤魔化すようにえへへと笑う。

「……本当ならバルガは謝らなくていいんだ。お前は言うならば、被害者だからな」

 シヴァが腕を組みながら、息混じりにそう告げた。

自らが悪いと申し出ていたはずなのに、気がつけばバルガは被害者だとシヴァは言う。

「……しかし」

「深雪は故意だった。バルガの忠誠心につけこんで酒量をコントロールしたのは明らかだ」

 正直、あの宴の席は、バルガは大変気持ちよく酒を飲んだ。

実際、伴侶殿にそんなことをされたかどうかはもう覚えていないが、満面の笑みでどや顔をしている伴侶を見ていると、シヴァの言葉は正しいものに思えてくる。

「深雪のやんちゃは俺の責任だ。謝らせてすまなかったな、バルガ。でも俺は……」

 こほん、と咳払いをして足を組みなおすシヴァに、バルガは思わず居住まいを正した。

「何度も言うが、お前と話す機会を設けることができて、正直嬉しかった」

 そんなシヴァの言葉に思わずバルガの目頭が熱くなる。

 

 

 学生の頃は、ほんの短い期間だったけれど、時間だけはあったから、多少の問題を乗り越えて、たくさんシヴァと話をした。

 もちろん的を射ないものも、解決しないものもあったが、その時間はとても有意義だった。

 一時、主従ではないただの友人関係がそこには存在していた。

「随分長い時間お前には世話になっているが、改めてこういった言葉をかけることはなかったな」

 

 ――誕生日、おめでとう

 

 シヴァが穏やかに、祝いの言葉を述べた。その言葉にバルガは、驚いたように見返した。

 誕生日とは一番縁遠いところにいたはずのシヴァからの言葉に、バルガは軽く唇を噛む。

「そして、これからもよろしく……まぁ、今後も迷惑はかけると思うが」

 最後のところでシヴァは若干バツが悪そうに、目を反らした。

「…………」

 バルガは内心「確信犯か!」と突っ込みたかったが、敢えてそれは飲み込んだ。

 目頭にこみ上げる熱いものを感じて、口を開けばみっともないことになってしまいそうだったので。

 問題だらけの王子ではあるものの、信じて剣を捧げた相手が目の前で、かつてないほどに飛躍的な成長を遂げている。

 日々、健全な方向に豊かになってゆく。

 それを側で見続けて、そしてこれからも支えて行くことができるのだ。

 そう考えると、何故かバルガの心は震えだした。そして、年甲斐もなく耳が熱い。

 

 

 きっと来年も再来年も、その先も。

 シヴァとその伴侶の側で、バルガは怒ったり胃を痛めたりしているのだろう。

 でも、それはそれで、自分らしい、決して悪くない未来だと思えてしまうのだ。

 

 

 *  *  *

 

 

「なんか、まるっと解決? 良かったね、バルガさん」

 シヴァとバルガの様子をただ眺めていた深雪は、その間に花茶と茶菓子の用意をすませていた。

 テーブルには、ティーセットが三客。

 本日のお茶菓子は、タマゴボウロ風スコーンだ。

 準備万端の深雪にシヴァは、眉根を寄せて呆れたように告げた。

「深雪はいろいろ反省しなさい。その夜のことも」

「ぎゃふん」

 怒られた、と肩をすくめる伴侶と苦言を弄しながらも緩んだ表情の主君に、バルガの中の何かが引っかかり、騎士は顔を上げる。

「その、夜?」

「はわわわわ、なんでもないです、こっちの話! それよりも、バルガさん」

 深雪は慌てた様子で両手と首を振り、激しくなんでもないアピールを繰り返した後、勢い良く話題の方向転換をした。

「それでもいろいろ気持ちが治まらないだろうから。俺は今日お詫びに花茶を振舞うから、今度バルガさんが俺とシヴァに珈琲を淹れてよ」

 突然出てきた嗜好飲料の名前に、バルガもシヴァも訝しげに眉を寄せる。

そんな二人に深雪は満面の笑みで頷き返した。

「チグサくんたちから聞いたんだ。バルガさんはすごく珈琲通で、自分でいろいろ揃えてて、たまに騎士団に振舞ってくれるのがすごく美味しいってこと。だから、時間があるときでいいのでここで珈琲を淹れてくれませんか?」

 小首を傾げてお願いのポーズをする深雪に、シヴァがちいさく噴出した。

 深雪にこうされて断れる魔界人などいるはずがない、とシヴァは思っているのだ。そして深雪もどこかそれをわかって使っている節がある。

「あ、でも。ここは主従禁止です」

 だってここは俺の庭だから、と胸を張って笑む深雪に、今度はバルガが目を丸くした。

 確かにここは左牙宮上層ミユキ・ガーデン。この場では深雪がルールブックだ。

「魔界では花茶が主流で。珈琲の話なんかぜんぜん聞かないし。もう飲めないと思ってたんだよ。だから、バルガさんがすごく上手に淹れるって聞いて、俺は嬉しかったんだ」

 人間界ではどちらかというと、コーヒーの方が身近だった。

 道を歩けば、紅茶屋よりもどちらかといえばシアトル系のコーヒー屋の方が目に付いた。

「ああ。珈琲とはあの黒い飲み物のことか。俺も興味があるな。あれは俺の体質でも飲めるんだろうか」

 話題に入り込んだシヴァに今度は深雪が「一度試してみたら?精気あげるよ」と炊き付けている。

「いや、シヴァ様、深雪様、それは……。それに珈琲を好むのは少数派で、深雪様の口に合うようなものでは……」

 いつの間にか、深雪とシヴァの間で、バルガがここで珈琲を振舞う話になっていた。

 慌てて辞退しようとバルガが口を開くも、そんな話をまったく二人は聞いていない。

「大丈夫。俺はインスタントコーヒー党です!」

 ちゃんとした珈琲は好きだけど、自分で淹れるのは適当に済ませていた深雪が、自らの味覚レベルをバルガに告げる。

「ああ。あの湯を注ぐだけの不思議な飲み物か」

 ふむ、とシヴァが相槌を打つ。

 かつて深雪の部屋で見たことのある瓶に入った粉末を思い出して、シヴァが感慨深く頷いた。

 あの頃、寝起きの深雪に頼まれて、シヴァがインスタントコーヒーに湯を注いでいたことは、バルガには秘密なのだ。

「そう、それそれ」

 深雪も同様の見解なのか、ちいさく笑って頷き返している。

「……いや、あの、だから私の話を聞いてくだ……」

 

 

 *  *  *

 

 

 かくして。

 騎士団長バルガは、たまの空き時間にミルやランプ、サイフォン等の器具を持参して上層に向かう姿が見られるようになったという。

 着席中は、主従禁止令を守ってか団長の証である長マントは外しているようだ。

 そのティータイムならぬ珈琲ブレイクは、花の伴侶さまがお昼寝で欠席のときも、変わらず二名で開かれているらしい。

 

 足繁く上層に荷物を持って通う団長を不思議に思った団員の何名かが、後から聞いたことによると。

伴侶殿曰く、

「その環境をプレゼントできたことが、俺からバルガさんへの一番の誕生日のお祝いかも」

 と、それはそれは嬉しそうに、零れるような笑顔で語っていたそうだ。

 

 

 今日も甘い伴侶の香りに混じって、上層の空中庭園からアロマの芳香が立ち上る。

 控えめに漂うそれは不器用な男達の密やかな友情の香りなのかもしれない。

 

<了>

 

 

 
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