袁紹軍を打ち、その後周りの豪族や異民族たち、それに天下の英傑たちの牽制に忙しく過ごしている曹魏だったが、
曹操には以外と余裕があったのかもしれん。
自分が居る城に夏侯姉妹、それに許緒、典韋のような親衛隊に楽進や于禁、この主力の将たちを全て外に回して、城には軍師たちと将では李典将軍しか居ない状況になっていた。
それは、自分自身を餌にして、他の国たちの動きを見るための行動であった。
とても危険であったが、曹孟徳にはそれほどの肝があったといえよう。
そして、そこで動きを見せたのが蜀に移った劉備であった。
以前の約束通り、劉備は全力で曹操の隙を突き、そして今、戦線は曹操にとって圧倒的に不利な状況であった。
「あー、もう、これじゃあ全然戦線の維持でできへんわ!」
戦線で唯一の将である李典は頑張っていたが、敵とこちらは圧倒的な数の差があった。
武、智謀、どれも有効なものだが、数の暴力を覆すには限界があった。
「真桜」
その時、後ろから誰かが李典の真名を呼んだ。
「何や、今忙しっちゅう……!!」
後ろを向いた李典は驚いた。
「老爺!ここで何して……いいや、そんなんちゃうわ!早く城に戻りな。身体の方も……」
「人の心配をしている時ではあるまい。戦線はどうなっておる」
北郷一刀、曹操の父親の代わりに曹孟徳を育てた、天の御使いと呼ばれし男。
その姿は老人であり、身体は病魔に蝕まれて死人みたいだったが、その目だけは濁っていなかった。
それは、武人としての北郷一刀の主への真っ直ぐ志を見せてくれていた。
「……正直厳しいわ。このままじゃあ戦線が持たへん」
「なら、ここは一度引いて籠城戦を図ろう」
「ここで籠城に入ったら、街の人たちもまだ避難できてないのに……」
「街は既に整理出来ておる。長老たちがうまく話を聞いてくれおった。ありがたい事じゃよ」
「老爺ってまたそんなことしとったん?もう、勘弁してや」
「……っ!」
「ほら、ほら!」
急に倒れようとする北郷一刀を李典が支えた。
「ちゃんと立っても居られない病人が何しとるねん!早く戻って休……」
「前を見ろ、李典!!」
「!!」
病人から出る声とは思えない一喝に、李典は驚いた。
「今この時にも、戦線を保つために兵たちを死んでおる!あの兵たち一人一人の人生が、なくなっておる!その分戦の悲しみが増して行くのじゃ。なのにお主はここで何をしておる。いつ死ぬかも知れぬ爺一人の手当をしてるつもりか!あの兵たちの命を変えて!」
「でも……」
「…儂のことは心配するな。今直ぐに戦線を引く準備をしろ。儂は華琳に伝えに行く」
「華琳さま……いや、大将は今前線におるで!まさか老爺、そこまでその身体で行くつもりなん?せめてウチが……」
「…大丈夫だ、真桜。儂は……あの仔を置いて死にはせん」
そう言って、北郷一刀は前線へと向かった。
「……アカン…アカンてのに、どうしてウチは老爺が止めれへんのや……」
理由は簡単。
北郷の言う言葉に間違いがないからだ。
今自分がここに居なければ、ここの兵たちは無駄死してしまう。
でも、だからって病魔に蝕みつつあるその身体、いつ倒れてもおかしくないその身体で前線に向かうその人を、守ってあげることができない自分のことが、果てしなく惨めに見えてしまうのであった。
ガチン!
「っ!!」
「はぁああああっ!!」
ガチン!
「流石関羽ね。袁紹と戦う時手に入れられなかったのが惜しいぐらいだわ」
「そんな余裕ぶったことが言えるかー!」
ガチン!
「ちっ!」
前線で関羽と遭遇した曹操は苦戦していた。
曹操の武は、幼い時は父親の曹嵩、少し育っては父親の後見人であった北郷一刀にならったものであった。
その武は、決して弱いものではなかったものの、軍神とも呼ばれる関羽に敵うことはできなかったため、自分の身を守ることでせいぜいであった。
もしここで敵の他の将でも来るとしたら、
「……あいしゃ」
「おお、恋か!」
「…呂布!!」
最悪の状況になるだろう。
「…桃香が言った。愛紗を手伝ってて」
「ああ、頼む。ここで決着を着けるぞ」
「っ…!」
関羽一人でも守るが精一杯なのに、呂布なんて相手に出来るわけがなかった。
曹操も命運もここで尽きるのか。
「…行く」
「っ!!」
そう思った曹操が目を閉じた瞬間であった。
「ぬおおおおっ!!」
ガチン!!
「!」
「何ヤツ!」
「!!」
目を開けた曹操の前には大きい、とても大きい背中が立っていた。
「目を開けろ、華琳。武人として戦場に立つならば、たとえ死ぬとしても目を開いたままであれと、そう教えたはずじゃ」
「老爺……」
「何者だ!」
関羽が叫んだが、一瞬だと言えど先の北郷一刀の動きに関羽は反応することが出来なかった。
決して北郷一刀の動きが早かったわけではない。彼の武は、年と病魔によって衰えていた。関羽はおろか、魏の李典にも劣るであろう。
その北郷一刀の攻撃に関羽が動けなかったのは何故か。それは気配であった。
北郷一刀が出す重い威圧に、軍神である関雲長ともあろうものが動きを封じられていたのだ。
「……邪魔するヤツは、死ね」
でも、呂布は違った。
一度自分の攻撃をこんな老人が防いだことに少し驚きつつも、劉備から命じられたことを果たすために動いた。
「ここは引くぞ、華琳!」
「え、ちょっと、ふえっ!」
急に自分を抱き上げる北郷一刀に、曹操はびっくりして反応することが出来なかった。
「…逃がさない」
「!!」
でも、華琳を持って無防備になった北郷一刀の背中に、恋も容赦なく方天画戟を振るった。
シーッ!
空気を斬る音をしながらかけてくる恋の攻撃は北郷一刀が着ていた鎧は無慈悲に斬られたが、運良く北郷一刀が避けたため、深い傷は避けられた。
北郷一刀が老人であるその身でいつも着ているその鎧さえもなかったら、呂布の攻撃は北郷の腰を真っ二つにしてしまっていただろう。
「老爺!」
「ううむ………」
けど、そ老人である彼には十分に致命的な戦傷であった。
傷の痛みが走り、持ち上げていた華琳の重さを耐えられず膝を折れて倒れそうになった北郷一刀であったが、
「ううーーむ!!」
「!」
耐えていた。
意地を持って耐えていた。
ここで倒れたら二度と立ち上がれない。
その思いで北郷一刀は立っていた。
自分が育てた、大事な子供。彼女を守るという意志が彼の足に前に一歩進める力を与えた。
「……逃がさない」
「…待て、恋」
もう一度攻撃を仕掛けようとした呂布を、関羽が止めた。
「…逃せ」
「……………………」
「責任は私が取る。だから…見逃してくれ」
「…………………わかった」
関羽の真っ直ぐな瞳を見て、呂布は戟を下ろした。
「雲長殿………」
「貴殿の忠義は見せてもらった。その心に尊敬する心を持って、ここは見逃してあげよう。直ぐに追撃をかける」
「……感謝しよう」
「ちょっと待ちなさい、老爺!勝手なことを……!」
曹操の声を無視し、北郷一刀は一歩一歩、重い足を運んでいった。
「…あいしゃ」
「………」
劉備への忠義を持って今まで全てを成し遂げた関雲長であったが、今回ばかりはそれができなかった。
戦場で、いつ倒れてもおかしくない老人が、自分の主を守るために武器を振るい、武人として恥と言える背中の傷までも戸惑い無くつくらせた。
そんなことが、自分には出来るのだろうか。
そんな思いをしながらしばらくして、老人と曹操が居なくなった時、後ろから趙雲が現れた。
「愛紗!」
「…星!」
「敵が撤退してゆくぞ」
「なら、こっちも追撃をかけるぞ。恋!」
「…わかった」
何もなかったのように関羽と呂布は追撃にかかった。
「おろしなさい!おろしなさいって言ってるじゃない!!」
「……」
敵から十分に離れたと思ったのか、それともそれ以上暴れる曹操を持っている力が残ってなかったのか、北郷一刀は曹操を下ろした。
「やってくれたじゃない。いくら老爺だとして………私にこんな屈辱を与えるなんて」
「屈辱?」
「そうよ!敵を前にして逃げて、しかも敵の情けまでもらうハメになるだなんて、こんな屈辱をもらうのならあそこで命を落としたほうがまし……!!」
曹操の言葉は、彼女の頬を打つ北郷一刀の手によって終わりをつけなかった。
「愚か者が!」
「!」
「簡単に死ぬということを口に出すでない!お前は魏の王だ!ここに居る兵たちは皆、お前一人のために戦っておる!」
「………」
「なのに何じゃと?名誉のために命を落とす!お主のそのちっぽけな名誉のために今この時でも何人の兵士たちが命を失っているのか、お前にはその生命の重さが分かっておるのかー!!」
「っ!!」
北郷一刀の一喝は、まるで老人のそれではなかった。
まるで、悪いことをした子供をしかる親のような姿で、かの覇王になる曹孟徳があの一言も出せずに黙って彼の言葉を聞いていた。
「もし、お前がそこで死んだら、お前の恥は晴らせるのやも知れん。じゃがそうなると、お前はここでお前のために戦っておる数えきれない人たちに一生の恥じらう屈辱を与えてしまうのだ。覚えておれ、お前の命はお前だけのものではないことを」
「………ごめんなさい」
親に叱られて意気消沈した子供が出すような小さい声で華琳は返事をした。
「……真桜に撤退するように言っておる。帰って籠城戦に移るぞ」
「……わかったわ」
「…まだ負けたわけではおるまい。元譲たちが戻って来るまで時間を稼がねばならん」
「うん……ごめんなさい、意地を張っちゃって」
「儂から見るとお前はいつまでも子供じゃよ…急がねばならん。一度情けを見てもらったといえ、雲長がいつまでも待ってくれるわけでもない」
そう言った北郷一刀が足を運ぼうとした。
が、
「うむ…!」
「!老爺!」
一歩も歩けずそこに跪いてしまった。
「うぅぅぅぅぅ……」
「老爺、背中の傷が……深いじゃない!どうして言わなかったのよ!」
呂布に当てられた傷から血がだらだらと流れていた。
ここまで華琳を連れて来たことが奇跡のようだった。
「しっかりなさい!早く!」
華琳はそんな老爺に自分の肩を貸して無理矢理立たせた。
「……お前の支えをもらうようになっては、儂ももうおしまいのようじゃの」
「馬鹿なこと言ってないで!こんなところで老爺が死ぬなんて、私は認めないわ!」
「うぅむ……このようなところで死んでは、曹嵩さまの顔を見る面目もないからの」
「わかってるなら早く歩きなさい。もう病人のくせにいつも重い鎧なんて着ているんだから」
「何を言うか。これでもなければここまで来るでできておらん」
「いいから脱ぎなさい。ああもう、重くて支えられないじゃない。そこのあなた!ちょっと手伝いなさい!」
「やれやれ、相変わらず文句の多い娘よ」
・・・
・・
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韓国のある方が連載している外史では、主人公が韓国で凄く有名な老人武将であります。これはそこからインスパイアした的が感じでネタに書いてみたものです