~前回の ブッ飛ばせ! は ~
眉目秀麗品性良好文武両道の善人でトラブルメイカーでありフラグメイカーにしてフラグゲッター、そしてほぼ常に美少女に囲まれるハーレム[ 野郎/キング ]、来栖川 秀人。
そんな忌々しき幼馴染み来栖川 秀人に親友認定され憑き纏わられ続けるジローこと田中 二郎はことあるごとに騒動や事件に巻き込まれては厄介ごとを押し付けられ良いとこ取りされていく。ジローの成したことでさえ、人に評価されることは全て来栖川 秀人へと集まっていく。
何をしようと誰も見てくれない、誰も評価してくれない、そんな懊悩から気付けばジローは幼くしてやさぐれ、中学では「猟拳」「凶拳羅刹」などと呼ばれ恐れられる一匹狼の不良と化していたが、兄によってどん底から掬い上げられ更正を果たす。
しかし、苦心の末に高校へ上がるも来栖川 秀人との縁は切れず、再びやさぐれることとなり、不良のレッテルを張られてしまう。
それでも日々を耐え忍び鬱々と過ごしつつも兄への誓いのために何とか真面目に勉学に勤しんでいた。
そんなある日の下校路でジローは自身のハーレムを引き連れた来栖川 秀人に捕まってしまったがために今まで経験してきた物とは比べ物にならない事件/騒動に巻き込まれてしまう。
突如空に出現した異世界への[ 門/ゲート ]に飲み込まれたことによって……
ハーレム野郎(キング)をブッ飛ばせ! エピソード-01
『 異世界召喚! 』
「つ……」
背中の固く冷たい感触と節々の痛み、そしてクラクラする頭とチカチカする目に最悪な気分を味わいつつ辺りに意識を向ければ複数の人の気配。
「チッ」
思わず小さく舌打ちが出てしまう。
ここが無人の人里離れたどこかだったなら近くで未だ倒れているらしい[ 来栖川 秀人/奴 ]との縁を物理的に完膚なきまでに断ち切ることができた物を。
内心でぼやきつつ頭と目のクラクラやらチカチカやら振り払うように頭を軽く振りながら痛む体に鞭打って身を起こし、何があってもすぐさま対処できるよう警戒しつつ辺りを睨むように見渡す。
荘厳と言える石造りの、神殿? みたいな場所で、自分の居るところは三本の石柱に囲まれた一段高くなった円状の舞台ような、祭壇と言ったところだろうか。
そしてこちらを支点にして半円に取り囲みように法衣やら鎧甲冑やらに身を包んだ、正に「そういう」モノに出てきそうな連中が立ち並び、その中央は丁度こちらの真正面の位置に法衣? と法衣を着た女の子が二人。
ひとりは周りの法衣を着ている連中と同系統と思われる濃紺と白を基調にシンプルなデザインをしたフォーマルなのだろうシスターを思わせるような女性用法衣を着た若草色の髪を一本の三つ編みにした眼鏡の女の子。
もうひとりは改造法衣、とでも言えばいいのだろうか? 白と金を基調にドレス化したように装飾された法衣に身包んだ膝下くらいまであるふわふわした薄いピンク色の髪の女の子で、十人中十人、いや百人中百人がお姫様を連想するような美少女。
立ち居地や身なりから言ってこのお姫様(仮)の娘が召喚魔法の術者と言ったところだろうか?
まあこれが大掛かりなドッキリだとか映画だかの撮影セットでもなければだが。
生憎ここがどこかのスタジオのセットには見えないしカメラらしい物も見当たらない上、「なぜ二人も……」「術式にも詠唱にも問題は……」「もしや何かの啓示なのでは……」などという演技とは思いがたい真剣な声で紡がれるざわめきが聞こえることから残念ながらその可能性は限りなく低そうだった。
「あの、大丈夫ですか? 」
そんな無駄なことを考えながら軽く現実逃避している間に周りの途惑いを他所に法衣の女の子を引き連れてお姫様(仮)はこちらへ近づいて来ていた。
どうやら認めたくない現実に顔をしかめたのを召喚で身体の加減を悪くしたとでも思ったらしい。気遣わしげに顔を覗き込んでくる。
「……………」
何年、ぶり、だろうか。
女の子に、いや、兄や両親以外に気遣われたのは。こうしてオレという存在を見て声を掛けてくれたのは。
少なくとも奴と出会ってからの6年余りの間にはなかったことだけは、確かだ。
「あの」
「あ、ああ大丈夫」
「そうですか、よかった」
言葉と共に節々の痛みも忘れて立ち上がり、異常はないと行動で示すとほっとして自然と笑顔をこぼすお姫様(仮)。
例えそれが営業スマイルのようなものであったとしても愛らしい少女の優しい笑顔が今「オレという存在」に向けられている。それだけで6年余りも続く暗鬱とした苦行の如き日々が洗い流されるような、そんな錯覚を覚えた。
「わたくしはフェリセリア・ユーディリス・フィ・ゼフィラース。姫巫女を務める神聖 ゼフィラースの第一皇女です。
そして彼女はわたくし付きの巫女で……」
「エミィ・クランスと申します」
お姫様、フェリセリアが名乗り、隣りは半歩後ろに控えていた法衣の女の子を促し名乗らせる。
「オレは、オレはジロー」
フェリセリアとエミィ。趣きの異なるものの紛うことなき美少女二人がオレという存在に敵意などを向けることもなく面と向かって言葉を交わそうとしている。そんな今までに経験したことのない状況にはたと気付き、柄にもなく緊張してしまった。
「うっ……」
そうして「田中 二郎だ」と続けてフルネームを告げようとした時、この世で最も忌わしいモノが目を覚ましてしまった。
「ここは……」
茶髪碧眼長身痩躯眉目秀麗な[ 超美形/超イケメン ]がうつ伏せから身を起こし、その美貌をさらす。
「あ……」
「!……」
そしてフェリセリアとエミィの二人の背後にオレは少年漫画よろしく「ズキュウーン!!」という擬音を幻視した。
おそらく、フェリセリア達には[ 来栖川 秀人/奴 ]のバックに少女漫画よろしく可憐な華がキラキラと輝き咲き誇って見えているのだろう。
ああ、またか。またなんだな。
そんな目の前の状況に、展開され始めた最初期型[ 桃色空間/ピンクフィールド ]を前に真っ先に頭に浮かんだ言葉はそんな諦観塗れの言葉。
頬を染め途惑う姿も愛らしく[ 来栖川 秀人/奴 ]に見惚れる二人の様子は奴と出遭い憑き纏われてしまって以来、多少の差異はあれども何度となく見てきた少女たちの反応と同じ。
こうしてオレが少女達に何を話そうと何をどう尽くそうと、ただ出会うだけで来栖川 秀人という存在は彼女達の中で上書きされ、彼女達の中からオレという存在は消える。もう二度と「オレという存在」を見ることはなくなる。
まあ、奴が目覚める前にジローと名乗れただけマシなのか。奴の後ではオレが名乗ったとて、そのことを覚えてくれていた娘など今まで一人も居なかった。
「君たちは? 」
「あ……わ、わたくしは姫巫女を務める神聖 ゼフィラースの第一皇女、フェリセリア・ユーディリス・フィ・ゼフィラースと申します。
彼女は、わたくし付きの巫女でエミィ・クランス」
「お、お見知りおきを! 」
「僕は来栖川 秀人。シュウト・クルスガワって言った方がいいのかな? 」
そうして諦観塗れで事態を認識し終われば、『こんなことが受け入れられるものか!』 と底に溜まった汚泥の如き澱みがじわじわ蓋の隙間から染み出て溢れ広がるように憤りや憎しみなどの暗く濁った感情が溢れ出し、諦観の念を飲み込み胸を焼き焦がす。
憤りに妬み嫉み、奴への憎悪に断ち切れない[ 縁/鎖 ]への苛立ち、それらによって生まれる胸の不快感。
自然と眉間に縦皺が刻まれ、不機嫌さを露わに目付きが鋭くなっていく。フェリセリアの笑顔で和らぎかけた表情はいつもの目付きの悪い[ 表情/モノ ]へと戻ていた。
「今この世界、中央大陸ファンダールでは人間の敵である魔族がその動きを活発化させ始めているのです。
かつての『大崩壊』の時のように」
「大崩壊? 」
「はい。今からおよそ1500年余り前、栄華を誇っていた前文明を大魔王率いる魔族が無に帰し、大地を分かち、全ての前文明を消失させたと伝えられている出来事です」
「そして大崩壊にあっても何とか生き残ったわずかな人間達は魔族に脅えながらも魔族と戦い倒しえる力を求め、苦心の末に異界から勇者を呼び寄せることに成功しました。
そしてその異界の勇者は仲間達と共に数々の苦難を乗り越え、大魔王を討ち倒し、このファンダールに再び平和を呼び戻し、ヒトはまた栄えることが出来たのだと」
「それゆえに魔族の活発化こそ大魔王の復活と大崩壊の再来の予兆だと言う者も少なくありません」
「だからその大魔王を倒す勇者として僕たちを呼んだってこと? 」
「いえ、正確には勇者候補と言ったところです」
互いの自己紹介を終えると自然の摂理だとでも言うのか、当然のようにオレをそっちのけで奴とフェリセリアとエミィの3人だけの世界で話がトントンと進んでいく。
というか「僕『たち』」っていうな、オレは貴様に巻き込まれてここにいるんだよ。
「かつての人間達が異界の勇者を呼んだのは大崩壊によって満足に戦える者がほとんど居なくなってしまっためです」
「現在のファンダールは冒険者を始めとした力持つ者たちの育成に力を入れており、大成した名のある冒険者に剣士や騎士たちが数多くいます。
伝え聞く大崩壊後のような疲弊し切って異邦人であった勇者一人に頼り切ることしか出来なかったかつてとは違うのです」
「そう、勇者と成りえる者たちは確かに居るのです。しかし大崩壊の伝承を詳しく知る識者たちや魔族の脅威を恐れる民たちの不安はそれでも拭える物ではなく……」
「だからこの世界の勇者の代名詞でもある異世界の人間を呼んで勇者候補の一人にしようと考えたっていうわけか」
少しでもみんなに安心してもらえるために、と続けて納得したと言うようにうんうん頷いてる来栖川 秀人。
完全にこの状況を受け入れて勇者候補とやらをやる気だ。無事な帰りを胸が引き裂かれるような思いで待ってくれているだろう人たちが家族以外にも大勢居るだろうに、そのことを一切考えちゃいない。
これこそオレがお人好しの善人と評される奴を「独善」と言い切る理由だ。
その身を心配する人や帰りを待っている人が居ようと目の前で事件や騒動があれば、どんな危険があるかも考えずに人助けと当然のように首を突っ込む。
側に居れば多少は気に掛けはするが、基本的に目の前の事件や騒動、人間を最優先にして心配してくれる人たちや待ってくれている人たちの気持ちを考えもしないどころか、その存在すら元からないものとしているのだ。しかも無意識で。
意識してやっているのであればまだ罪悪感も雀の涙ほどでも湧くのだろうが、無意識ゆえにその罪悪感もないからことさらに[ 性質/タチ ]が悪い。
どこかの正義の味方のように幼少期に何がしかのトラウマを負ってとか誰々に憧れてとかいうわけでもないというのに一体何なんだろうか奴は。
そしてそういうことだから何度それで女の子を泣かせたか知れない。奴が小さくとも怪我をして帰るたび、奴に好意を抱く近しい娘たちは心配し、時には泣き付くというのに、危ないことはしないでと言い募られるというのに奴が改めようとしたことは微塵もない。
心配して心痛めた女の子が泣きついている姿を見せつけられているこっちは一人居た堪れない気持ちにさせられるは、気の強い娘などには「一緒だったアンタが怪我すれば良かったのよッ」などと言う類の呪詛のような言葉を吐きかけられるは、結果として居た堪れない気持ちにさせられるのも理不尽に呪詛紛いの言葉を吐きかけれて心砕かれるのも御免だから、理由はどうあれ女の子の泣いてる姿なんざ見たくないから、嫌々ながらオレは奴が怪我をしないようフォローする羽目になったのだ。
ちなみに女の子たちは怪我らしい怪我もなく笑っている奴だけ心配し、その側に怪我をして頭から血を流しているオレが居ると言うのに心配以前に見向きもされないというのは決してボケだとかギャグなどの類でもイジメでもなかった。
本気でオレという存在を忘却していたのだ、彼女達は。
彼女達の中では
[ 来栖川 秀人/奴 ] >>>越えられない壁>>>友人親兄弟>>>>>>>>>>絶対に越えられない果てなき断崖絶壁>>>>>>>>>>オレ
というような図式が天然自然の理の如く当たり前のように出来上がっているらしい。
例え目の前でオレが盾になって大ケガしようと奴が無事ならオレの身や命のことなど無視して奴とのロマンスを優先するのだから思い出して考えるだけでも業腹で気が変になりそうだ。
「ちょっと待て」
だからオレさえ巻き込まれなければ、やる気を出して[ 異世界/ここ ]に残ると言うなら好きにすればいい。
「一つ、確認させろ」
「なんでしょう? 」
巻き込まれてここに居るオレをちゃんと元の世界に帰してくれるなら何も言う気はない。
「異世界から人を呼べたってことは、呼んだ者を元の世界に帰す方法はあるんだよな」
毎度の奴絡みの不機嫌さから言葉や視線が威圧的になってしまうがあまり気に留めない。
本来ならフェリセリア、王族のお姫さまへ最低限でも礼儀を取り、敬う姿勢を見せるべきなのだろうが、[ 来栖川 秀人/奴 ]に魅入られたのならどうせ礼を尽くしたところで奴のことに関して記憶するので頭が一杯でオレのことを覚えておく容量など針の先ほどにもないのだ。自身の感情を抑えて精一杯礼儀に気を付けていたとて心象が悪くなることはあっても良くなることなどありはしないのだから気疲れするだけ無駄な努力だ。
それで無礼だの不敬罪だの言われてどうこうなろうとも構やしない、とっ捕まる前に逃げるなり何なりするだけだ。
「そ、それは……」
「ない、っていうのか」
「……勇者を異世界から召喚する魔法は、大崩壊後から伝わる古文書に記されていたものを解読して完成たもので、呼んだ者を元の世界に帰す魔法は、その、かつての勇者が、このファンダールに骨を埋めたためなのか記されていなかったんです。
帰す魔法、送還魔法はこれから研究しなければ……
で、ですが! 帰る方法を魔法に特定しなければ見つける手立てはあると思います! 」
言葉に詰まるフェリセリアに代わってエミィが懸命に弁明するが、こっちには気休めにもならない。
たしかに「[ ファンタジー物/そう言った物 ]の知識」が多少あるから予想できていたことだが、それでも現実に現状全く方法がないと面と向かって示されるのは堪えるものがある。
大体、知性の低い獣やらではなく人間を呼び出すというのに相手の意思も都合も聞かず、何の説明もなく掻っ攫うように異世界に呼び込むなど拉致誘拐だ。
挙句に帰す方法がないとくれば右も左もわからない異世界。勇者候補をやってほしいだとかの要求はどういう態度や言葉で言い繕うが選択肢も拒否権もない強制だ。
奴なら異世界だろうと家族だとかを元からいないものとして喜んで楽しみながら好き勝手にやるだろうが、オレはそうは行かない。
中学時代、話しても他の連中と同じでわかってなどくれないと思い込んで悩みを打ち明けず一人グレて迷惑を掛けてしまった両親や兄にできるならこれ以上心配や迷惑など掛けたくないのだ。
ただでさえ未だ拳をぶつける相手を探して夜な夜な街を徘徊していることで心配をかけてしまっているのだから。
「ありがとうジロー。でも、大丈夫だよ」
突然何の脈絡もなくそう言って人の肩に気安く手を乗せて微笑みかけてきたのはオレを巻き込んだ張本人、奴こと来栖川 秀人。
一体何が『ありがとう』で何が『大丈夫』なんだ。何が。
オレは『自分のために』帰る方法を問い質しているのであって他の誰のためでも、ましてや貴様のためでも断じてない。
だというのにこいつ、また勝手に人の言動行動を自分に都合良く自己解釈して自己完結しやがった。
大方「僕のために云々かんぬん」だとか何だとか頭の中で勝手に思っているに違いない。
こうなったらもう何を如何こう言ったところで奴の中でそれらは全て照れ隠し、いわゆるツンデレ乙的な解釈でスルーされる。
出来ることは少しでも気分がマシな内に早々に奴から離れるしかない。が、現状から言ってそれが出来ない。
残された選択肢は「流れに身を任せる」の一択のみとは最悪だ。
「チッ」
舌打ち一つ。気安く肩に置かれた手を弾くように手荒に払い除け、奴から数歩離れ、身体ごと視線を背けることで奴を視界から締め出す。
「ごめんね、ジローってキツイ物言いをするけど根は良い人なんだ。誤解しないであげてね」などと奴はフェリセリアたちに言ってオレに折られた話を戻し始める。
奴の声など聞きたくもないのだが、これから自分が置かれる立場やこの世界についての状況把握のために聞き耳を立て、気を少しでも紛らわすために―― キョロキョロと挙動不審に見られないよう視線だけチラリと動かして ――辺りの様子を、周りに居る神官やら騎士やらの連中を簡単に観察する。
思いっきり訝しげに睨まれてるな。オレ一人が。
まあ、背が低くて目付きの悪いガキと[ 超美形/超イケメン ]の好青年なのとどっちが勇者(候補)らしいかと言えば誰もが後者だと言うだろう。その上に目付きの悪いガキの方が大事な大事なお姫様に無礼な物言い吐たともなればな。
すぐさま取り押さえにこなかったのは一応でも勇者候補だと見なしてのことなのか、単純に[ フェリセリア/皇女様 ]の会話を邪魔しないためなのか。
いずれにしろ、本気でいつでも逃げ隠れ出来るよう隙を窺っておいた方が良いのかもしれないな。
「それで勇者候補って、僕たちは何をすればいいのかな? 」
「はい、シュウトさま達にはまずラビリンスへ潜る冒険者としての基礎やこの世界についての知識を身に付けて貰うためにアーディアス学院へ入って頂きます」
「アーディアス学院? ラビリンス? 」
「ラビリンスとはファンダール中に点在している様々な姿をした迷宮のことです。それは大崩壊よりも遥か昔、前文明発祥よりも前から在ったと言われ、ファンダールを去って行った旧支配者、古代神たちによって造られたとも言われています。
その内には様々な資源や財宝、人知を超える宝具が眠っているのです」
「そして5代前のゼフィラース皇、アーディアスⅢ世がラビリンス探索者育成を目的に設立なされたラビリンス探索を主目的とする冒険者の育成機関がアーディアス学院です。
現在では冒険者以外の育成にも力を入れて出自の貴賎を問わずに迎え入れる広き門戸をもち、多くの名のある冒険者、剣士や騎士に魔導士に創具師、そして識者たちを輩出してきた神聖 ゼフィラースの誇るファンダール有数の学院ですわ」
「もしかしてエミィがさっき言ってた魔法以外の帰る手立てって……」
「はい、ラビリンスに眠る宝具ならば世界を越える物があっても不思議ではありません。宝具とはそれほどの物なのです。
かつての勇者も魔族を、大魔王を討ち倒した装備をラビリンスから探し出した宝具で揃えたと云われていますから勇者候補となってくださるならラビリンスへ潜るのは必然となるでしょう。ですから……」
フェリセリアとエミィのふたりが[ 来栖川 秀人/奴 ]の問いに応えるように交互に説明していく。顔をほころばせて楽しそうに。
元の世界に帰ることが出来ないことを納得していないオレへの気遣いは一切なし。そして奴は『危険をおして』ラビリンス内から探し出さねばならない『数ある宝具の中に』元の世界に帰ることの出来る力を持った物が『あるかもしれない』と言うだけだと言うのに「なんだ、それなら安心だね」といった風情で笑顔で二人と言葉を交わしている。
奴は理解しているようで現状をまったく理解していない。変わらず『帰ることは出来ない』と言われていると言うのに。
あるかどうかわからない物を探して一体幾つのラビリンスとやらに挑戦しなければならないのか。
ひとつのラビリンスを当てどもなくさまよい攻略するのにどれ程の危険があるのか、どれ程時間が掛かるのか。
目的の宝具があると仮定して探すとしても―― ラビリンスの実態がわからないから想像や憶測だけの考えだが ――それでも少なく見積もっても一年以上どころか下手すりゃ10年以上掛かるはずだ。
それじゃあ帰れたとしても意味がない。家族にどれほどの心配を掛けてしまうのか。何より7年以上経ってしまったら生死不明の行方不明者は法律上死亡扱いになる。
高校を卒業して一人立ちどころか恩返しも親孝行も何一つ出来ずに親より先に死ぬなど―― 本当は死んでいなくとも ――最悪の親不孝だ。
なんとしても帰らねばならない。
出来る限り早く。
それが無理だというならせめて自身の安否を一度きりでも良いから伝えねばこんな異郷どころではない異世界では死ぬことになったとしても死ぬに死に切れない。
勇者候補だのやこの世界で生活していく地盤云々抜きにしても元の世界へ帰るためには進んで冒険者とやらになるしかないとは少なからず予想出来てていたことだとしても癪に障って仕方がない。特に奴と一緒では。
「フェリセリア様」
そんなことを考えつつ進んでいくフェリセリアたちの会話に聞き耳立てていると渋い声で正に執事、侍従長といった出で立ちと風格を持った初老の男が話の切れ間に恭しく入ってきた。
「『見定めの儀式』の用意が整いましてございます」
「いけない、忘れるところでした」
掛けられた言葉に目を丸くして両手の指先を合わせた愛らしい仕草を見せるフェリセリア。
「見定めの儀式」、非常に嫌な予感のする語呂の言葉だ。
そんなことを考えながら促される奴について行くような形で神殿のような儀式場を後にする。
この後の展開から不快な目に遭わされる前に出来るならさっさと逃げ出したいのだが、如何せん。
そんなわけではないだろうが、まるで「逃がしゃしねえぞっ」と言うように儀式場で控えていた騎士やら神官やらが思いっきり周りを固めていてそれもままならなかった。
フェリセリアとエミィのふたりが奴に「見定めの儀式」について説明しているのを聞きながら、やけに明るい月明かりが差し込む窓へ目をやりつつ石造り剥き出しの広い通路を通り過ぎて真っ白な白亜の天井や壁の通路を進むこと暫し、辿り着いた場所はやはり白亜の壁に赤、水色、茶色、黄緑、緑、青、黄色、黒と色鮮やかに炎や雫、風や葉などのシンボルが円になって並び、それを中心にそれぞれ区切られた様々な景色が荘厳に描かれた天井画のある部屋。
部屋入り口の真向かいには天井画に描かれた円に並ぶシンボル―― 黄色の星十字を真上に黒の球体を真下にし、赤い炎、水色の雫、茶色の岩、黄緑の風、緑の葉、青い氷の結晶が円に並んだ――を模したらしい豪奢な金の彫板を置いた祭壇らしきものがあり、その手前に何も刻まれていない鏡のように磨かれた大理石の二枚の石版に挟まれて人の頭ほどある大きさの水晶球が白亜の台座の上に鎮座していた。
「シュウトさま、水晶にお手を」
エミィに促された奴が水晶球の元へ近づいて手を置く。
ここへ来るまでに盗み聞いた内容によるとこの世界の人間は皆、この世界にあまねく存在している精霊たちの加護を大なり小なり受けていて、「見定めの儀式」とはその加護を数値などで目に見える形で表し調べる行為らしい。
要するにRPGのステータス確認みたいな物というわけだ。
「!? 」
触れた途端水晶が輝き、ウォンという小さな低い音が響く。さすがの奴も驚きを露わにするが情けない声を出すような無様は辛うじてしなかった。
そうして宙空にデカデカと浮かび上がった薄青色のSFモノやらに出てきそうなホログラフィモニターのようなもの。
英語でも仏語でもアラビア語でもない、[ 蚯蚓/ミミズ ]がのたくったような見たことも無い文字やらが羅列されたそれが奴のステータスを示す物らしい。
一体なんて書いてあるんだと内容よりも文字の意味に悩んでいるとそれを見ていた周りから感嘆の声があがった。
「この数値でLv、7……」
「そ、それに全ての属性が埋まっています!
歴史上精霊の守護を多く受けた方は確かに居ました。でも、それでも四つか五つで八つ全ての精霊の守護を受けた人なんて伝説にも御伽話にも出てきたことなんて……」
信じられないと言った風のフェリセリアとエミィの言葉から表示されたステータスでも奴は無駄に天才振りを発揮しているようだ。それとも精霊にまでモテまくっているということだろうか。
オレには一体どんなことが書かれているのかわからない、が……?
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・Name[ ネーム ]: シュウト・クルスガワ
・Class[ クラス ](職種): ノービス
・称号: 輝ける者
・Lv 7
・Attribute[ アトリビュート ](属性、守護精霊): 光・火・水・土・風・木・氷・闇
・Vitality[ バイタリティー ](生命力、持続力、体力、耐久力など): 140
・Strength[ ストレングス ](強さ、筋力): 102
・Dexterity[ デクステリティ ](素早さ、器用さ、命中率、クリティカルヒット率、回避率、生産成功率など): 90
・Agility[ アジリティー ](敏捷さ、回避率や命中率など): 97
・Intelligence[ インテリジェンス ](知性や知識、魔法の効果など): 106
・Mind[ マインド ](精神力や集中力、魔法の効果や魔法耐性など): 121
・Magi[ マギ ](純魔力量): 200
・Luck[ ラック ](運): 180
・Gift[ ギフト ](精霊達から与えられた恩恵である特殊能力):
「魔除けの加護Lv2」 「文武修学Lv2」 「カリスマLv3(修得限界値)」
・Skill[ スキル ](修学や鍛錬などによって身に付け、精霊の加護による補正が付いた特殊技能):
「真・危機回避Lv3(修得限界値)」 「魔貌の輝きLv2」
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胡乱に読むことの出来ない文字やらの羅列を睨んでいたら不意に、漠然とではあったが意味のわからないはず文字の意味が頭の中に浮かび理解できた。
あの[ 門/ゲート ]を通ったことで翻訳の魔法みたいなものが掛かっていたということだろうか。
よくよく考えれば明らかに日本語を話しそうに無い文化形態をしているだろう異世界人のフェリセリアたちと何の問題もなく言葉が通じているし、ありえる話だが。
しかし、Lv7でLv二桁のステータスでギフトやらスキルやらがそれ以上とか、本当にフザケた数値だ。
学校での成績を常にトップでいるのに飽き足らず、全国模試でも全国一位を取り、挙句スポーツも武道もそつなく以上にこなす万能ぶりを本当に何でもないと、自慢するでもなく謙遜するでもなく極普通に出来て当たり前のことと見せつけ、周りからの憧憬も妬みも欲しいままにしている[ 来栖川 秀人/奴 ]らしいといえば奴らしいが。
「そんなにすごいの? 」
「すごいなんてものじゃありませんよッ! ねえ姫さま」
「ええ、ええ本当に。
シュウトさまは本当に勇者さまなのかもしれませんね」
よくわからないといった[ 体/てい ]の奴に興奮気味なせいで少し素が出たのかややフレンドリーな物言いで答えるエミィに頬を紅潮させたフェリセリアは憧憬の滲む潤んだ瞳でうっとりと奴に熱い眼差しを送っている。
このままオレを忘れて放置したまま、この場を後にして次に進みそうな雰囲気だ。
まあ別段奴と比べられるだけになる自分のステータスのことなど取り立ててこの場で知りたいとも思わない。
「次はあなたの番です」
などと思っていると侍従長(仮)の静かな渋い声が掛かる。
この侍従長(仮)、フェリセリアとエミィ始め周りの連中と違って随分と[ 冷静/Cool ]だな。
大概奴について知ったり見せ付けられたりした人間は憧憬か妬みやらのどっちかの感情を露わにするもんなんだが。
「あ、そうでした今度は………ジローさまの番ですね」
「……………「さま」はいらない」
侍従長(仮)の声を聞き我に返ったフェリセリアがオレを促すが、オレの名前を呼ぶ前に空いた間がオレの名前を忘れ去っていたことを如実に表していた。
不機嫌極まるがこれ以上何かあからさまな態度を出すとさすがに周りの連中が黙ってはいないだろう。やるってんなら相手になるが、元の世界へ帰るための足場を作る前から失うわけには行かない。せめてもの抵抗代わりに[ 敬称/さま付け ]を止めるよう言って水晶へ。
「………」
だが全く持って気乗りがしない。
[ 現在/いま ]まで奴と比較されるようなことは奴が優等生の天才児でオレが不良のレッテルを張られていたこともあって並び立っていてもまず無かったが、6年余りの経験則から言って奴の引き立て役にされるのは間違いないだろう。
しかしやらなければ先に進めない状況。気は進まないが少なからず自身のステータスがどういうものか気になるのも事実で、それを理由にすることで渋々ながら水晶に手を置いた。
奴がやった先ほどと同じくウォンという小さく低い音が鳴り、宙空に薄青色のホログラフィモニターが浮かび上がる。
「これは……」
「……ありえん」
「なぜ「精霊に嫌われし者」などが……」
「……これで勇者などと………」
「やはりあの者など要らぬのでは……」
などと言う外野のヒソヒソ話にもなっていない、はっきりと聞こえてくる侮蔑交じりの声を耳にしながらオレは予想を遥かに上回った自身のステータスを前に不機嫌に眉間の皺を深くし、その内容を睨つけていた。
━━━━━━━━━━━━
・Name: ジロー
・Class: ノービス
・称号:無し
・Lv 1
・Attribute: 無し
・Vitality: 2
・Strength: 2
・Dexterity: 2
・Agility: 2
・Intelligence: 1
・Mind: 2
・Magi: 1
・Luck: 0
・Gift: 無し
・Skill: 無し
━━━━━━━━━━━━
Lv1だとか属性にギフトやスキルがないとかはまだ良い。ただ[ Luck/運 ]が0で最高数値が2ってなんだ。
Lv0と大差ないというか以下というか、お情けでLv1になってる感じだ。
「これはその、なんと言えば良いのか……」
「無理に言わなくて良い」
後ろから聞こえてきた気まずさが滲み言葉に詰まるエミィの声を不機嫌を露わに両断してさっさと水晶から手を退ける。
落ち着きを取り戻したのか周りの神官や騎士連中がオレへ一層色濃く侮蔑の眼差しを向けて来ている。特に騎士連中からは見下した目を向けてくる奴らもいた。普段ならそんな目を向けてくる輩は ―― 学校内や同じ学校の教師や生徒でもなければ ―― 問答無用で殴り潰しているところだが、状況的に当然それは出来ず、よって不快極まりなくとも耐えるしかなく、非常に居心地悪いことこの上ない。
「大丈夫だよ、ジローならガンバればすぐに僕に追い付くさ。まあ簡単に追い付かせないけどね」
そんなオレにジョーク交じりの慰めか鼓舞のつもりか、微笑を浮かべウィンクする愛嬌のある ―― オレには非常にイラッと来る ―― 仕草で[ 来栖川 秀人/奴 ]は上から目線でたわけたことを言ってくる。
コイツは周りの俺に向ける目やフェリセリアとエミィから聞かされたステータスに関する説明、周りの連中が口にした「精霊に嫌われし者」と言う言葉を理解していないのだろうか?
しっかりと聞いて考えを廻らせていたとしても適当に自己解釈して流していそうだから本当の意味で理解しているかどうか非常に怪しいもんだが。
『ステータスは精霊の加護を凡そに数値化した物』
『精霊に嫌われし者』
この二つから今のオレのような無属性極低ステータスになる人間の事例があり、周りの反応を踏まえるに精霊の加護を正常に受けられず、Lvやステータスが極めて低いだけでなく、『非常に上がりにくい』ないし『全く上がらない』ことが容易に推察できる。
まあ、Lv1で極低ステータスと表示されたが自分自身、[ 弱体化した/弱くなっ た ]感覚はさらさらないので殊更不安はないのだが。
ともあれ、そういう[ 理由/ワケ ]で「頑張れば追い付く」などというのは気休めにもならないし、取り方と相手によっては嫌味などにしかならないのだろう。実際にそうらしく周りの連中の何人かがさすがに奴の今の発言が純粋に言葉通りの鼓舞や励ましなのか、それとも嫌味なのかどう取ったものかと何人か少ないながら困惑の色を見せている。
そして奴しか見えていないフェリセリアとエミィのふたりはといえば、言葉通りに受け取ったようで見下さずに励まして見せた奴への好感度を上げているようだ。
これだけ人が居れば誰か一人くらいピロリロリロリンといった効果音の幻聴でも聞いていないだろうか?
「ではシュウトさま、お部屋を用意してありますから今日はもうお休みください」
「明日は聖皇ランデルタ・アーディクス・フィ・ゼフィラース陛下との謁見して頂きますので……」
そんなどうでもいいアホなことを考えて居心地悪さを紛らわせていれば、漂っている空気に気付いているのかいのか、フェリセリアとエミィが事態を先へと促す言葉を発し、一応場の空気が流れてくれたことで居心地の悪さが多少マシになった。
もっとも、何気に二人にオレの存在が忘れられていたが。
巻き込まれた上に不本意ではあるが一応オレも勇者候補てことになってるはずなんだがな。
せめて「突然異世界に召喚されて本当にお疲れになられたでしょう」なんて言いながら奴を気遣う気持ちの10分の1程度で良いからオレの方へも意識を向けてくれ。
傍に居るのに存在が無いみたいにナチュラルに忘れられるのは毎度々々のことで慣れがあってもさすがにキツイんだよ。
「それではお部屋へご案内させていただきます」
儀式の[ 間/あいだ ]に控えていたのか見定めの儀式の間を出たところで通路の隅に一人のメイドさんが立っていて、こちらへ向き直るとお辞儀し、案内すると言う。
どうやらフェリセリアたちとはここでお別れらしい。名残惜しげに奴と言葉を交わしている。
「そういえば、この世界には本物の魔法があるんだよね」
護衛なのか監視なのか二人ほど付いて来た騎士を引き連れてメイドさんに案内されることしばし、唐突に[ 来栖川 秀人/奴 ]がそんなことを言ってきた。
しかも何の苦慮の一欠片もない笑顔で。
こっちは寄る辺のない異世界で周りが敵か味方か明確にわからない現状から警戒を怠らずに今後どう立ち回るべきか、二人も不要だとか不吉だとかで排除されるなどの最悪の事態も考えて頭を巡らせているというのに相も変わず悩み知らずの能天気御気楽ぶりにオレのイラッと指数が急激上昇。彫りを刻むように眉間の縦皺が深くなっていく。
「はい、魔力を糧に精霊の力を借り、呪文詠唱によって方向性を持たせ、使う魔法のイメージを強めることで様々な事象を起こすことができます。
……やはり、シュウトさまの居た世界には魔法はないのですか? 」
奴の呟きを魔法について問われたと取ったメイドさんがどこか嬉しげに―― 恐らくは話の切っ掛けが出来たことを喜んで ――魔法について奴へ簡単に説き聞かせ、奴の呟きから感じ取った疑問を投げ掛けた。
「うん、僕たちの世界で魔法といえばおとぎ話とかの空想の産物だったから、本当にあって使えたらな~、なんて小さい頃に思ったことがあるよ」
「では小さな頃の思いが叶いますね。
全ての精霊の加護を受けておられるシュウトさまならばきっとすぐに魔法を使えるようになりますわ」
はにかむ奴にフフフと微笑みながら言葉を返すメイドさん。
瞬く間に最初期型[ 桃色空間/ピンクフィールド ]が形成されていく。
自分の立場をわきまえているメイドさんだからなのか、フェリセリアとエミィたちの時よりは若干弱いようだが中てられる方には気休めにもなりはしない。
「ホント、いい加減にしてくれ……」
部屋に着くまでに特に出来たことといえば辟易しながらそんなことをげんなりと呟くことだけだった。
……………つづく
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美少女たちにモテモテのハーレム主人公なキャラの友人が主人公で、ハーレムな友人に敵意とか負の念とか持っていたら、という発想に異世界召喚で無謀にも迷宮探索なんて要素をぶち込んでしまったオリジナル初挑戦で迷走作になるだろう一品(==;
プロローグから随分と間が空いてしまいましたが何とかギリギリで年内に第一話間に合いました;
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