「えっとこんなもんだけど…………どうかな?」
不安そうにそこにいる者たちを見る一刀。
「なるほどな……。確かに修正すべき所はあるが効果的かもしれん」
「そうですねぇ。私たちじゃ考えつかなかったですからね~」
前に明命と街に行った時に気がついた警備態勢の不備を報告したところ、冥琳に上手く考えを纏めて来いと言われた一刀。言うとおりに一刀なりに考えた案を正式に発表したのである。
「本当に!? よかった~」
何となく気がついた事を纏めただけなので一刀は不安だったのだが大都督である冥琳のお墨付きを得ることが出来たのだ。
「なかなか使えるようだな、天の御遣い殿は」
「うっ、それを言わないでくれよ」
前回の騒動で一刀のことを知らない者はいなくなったと言ってもいい。
街に出る度に何かを貰ったり、拝まれたり、欲情されたりと大変なのである。
「そうよねー、私も街に行ったら、一刀は一緒じゃないのかーとか一刀とはどういう関係なのかーとか聞かれて大変だったんだからー」
ぶーぶー、と文句を垂れながらもどこか嬉しそうに話す雪蓮。
「あ、あの……」
そこで亜莎が小さく声を発する。
当然、全員の目が集中する。
「い、いえ。なんでもありません……」
しかし、俯き何もしゃべらなかった。
それを見て一刀たちは再び話をするのだった。
「おーい、呂蒙」
「はいぃぃぃぃ!」
廊下で亜莎を見つけた一刀は後ろから声をかけたのだが予想以上に驚かれてしまった。
「ご、ごめん。そんなに驚くとは思わなくて」
「い、いえ。こちらこそ申し訳ありません」
ペコペコと頭を下げる亜莎に苦笑する一刀だった。
「ほら、顔をあげて」
「は、はい」
顔をあげた亜莎の目には若干涙が浮かんでいた。
「な、何か御用ですか?」
「あ、そうだ。さっき俺になんか聞きたそうにしてなかった?」
さきほどの場で亜莎が何か言いかけたのを気にしていた一刀。
「えっと、その……」
「何かあるんだよね?」
長い袖で顔を隠しながら言い淀む亜莎を見て一刀は確信した。
やがて亜莎は堪忍したのかゆっくりと口を開いた。
「て、天の国ではどこもこのような警備態勢を布いているのでしょうか?」
「それだけ?」
「はい」
「なんでさっき聞かなかったの?」
この程度なら一瞬で答えることができる。
なら何故さっき聞かなかったのかという疑問がが出てくる。
「は、恥ずかしかったのです」
「うぇ?」
「恥ずかしかったのです!」
あまりに素っ頓狂な声を出す一刀に亜莎は声を大きくして答えた。
「恥ずかしかったって質問することが?」
「……はい。質問をすると皆さんが注目してしまいますので」
「ふ、普段の軍議とかはどうしてるの?」
「あとでこっそりと冥琳様や穏様にお尋ねします」
「献策とかは?」
「それも同じです」
一刀はあんぐりと口をあける。
なんせ未来の大都督がこのように引っ込み思案だったからである。
こんなんでこの先やっていけるのかと心配になってしまう。
思い込んだら試練の道を。
「よし!」
「ど、どうされたのですか?」
「今から呂蒙の人見知りを治す特訓をしよう!」
「ええっ! む、無理です! 無理です!」
「大事なことでもないのに二回も言うな!」
「そ、そんな……」
一刀のスパルタ調教が始まるのだった。
すてっぷいち
「よし、それじゃあまずすれ違う人に挨拶をしてみよう。相手が王様でも侍女でも恥ずかしがらずに相手の目を見て挨拶をするんだ」
「は、はい」
「まずは俺が見本をみせるね」
ちょうど正面から蓮華が歩いてきた。
「こんにちは孫権」キラッ
爽やかに笑顔を見せて蓮華に挨拶をする一刀。
「こ、ここにちは!」
いきなり笑顔を見せつけられた蓮華は動揺していたのだが。
次に一刀が狙いを定めたのは蓮華の後ろを歩いていた思春だ。
「こんにちは甘寧」キラッ
蓮華の時同様に爽やかスマイルで見せつける一刀。
「気持ちの悪い笑顔を向けるな。蓮華様が体調を崩してしまう」
「ちょっとそれ言い過ぎじゃないですか!?」
「少し冗談だ」
「大半本気かーい!」
真顔で言われた一刀のライフはもうゼロよ!
「ちょ、ちょっと思春言い過ぎよ。そ、それに笑顔は良い事だわ」
「申し訳ございません。ですが仕方の無い事です」
「そ、そう。それは仕方ないわね」
まさかの蓮華の裏切りだった。
「わ、わかったな呂蒙」
「は、はい」
あまりいい見本を示すことが出来なかった一刀。
「ほら、前から侍女さんが来たぞ」
「い、行ってきます」
「ご武運を」
戦に送り出す気持ちで一刀は亜莎を見送る。
廊下の脇で頭を下げる侍女。
亜莎は侍女の前に止まった。
「目を合わせて、目を合わせて、目を合わせて」
一刀に言われたことをぶつぶつと呟き実行しようとする亜莎。
しかしすれ違うまで頭をあげることができない侍女。
ここに、我慢比べが勃発した。
「(くっ、なかなか頭をあげてくれません。これも一刀様の試練なのですね。分かりました。きっと成功させてみせます)」
「(ふぇ~ん。なんで呂蒙様は立ち止まってるんだろう。ま、まさかこれは噂の新人虐めなのか! せっかく御遣い様に会うために侍女になったのに、こんなに身近に障害が待ってるなんて……。そう、これは試練よ! 頑張るのよみっちゃん!)」
互いに譲ることが出来ない理由があった。
五分……
十分……
三十分……
「カンカンカーン! いつまで膠着状態が続くんだよ!?」
頭を下げる侍女の数は十人を超えていた。
この戦いはレフェリーストップとなった。
すてっぷに
「よ、よし。気を取り直して次だ」
「は、はい」
先程の失敗のせいで少し落ち込んでいる亜莎だった。
「次はお買い物をしよう」
「買い物ですか?」
それなら簡単だと安心する亜莎。
「もちろんただ買い物をするだけじゃない。店の人と少し会話をしてみよう」
「会話……ですか?」
「ああ。今日は良い天気ですねーとか相変わらず綺麗ですねーとか。どんな内容でも良いから世間話をしてみよう」
「わ、わかりました」
「これは呂蒙様。いらっしゃいませ」
「きょ、今日は良い天気ですね」
言えたことにホッとする亜莎。
「今すぐにでも雨が降りそうですけど?」
空を見上げれば分厚い雲が覆っていた。
「あ、相変わらずお綺麗ですね!」
「自分男なんですが……」
良くも悪くも一刀の言うことを忠実に守った亜莎。
亜莎に出来ることはもう買い物を済ますことしかなかった。
「ご、ごま……」
胡麻団子を指す亜莎。
「五万個ください!」
「ちょっとマテーイ!」
思わず飛び出す一刀だった。
すてっぷさん
「今度の試練は今までのどれよりも厳しい」
「は、はい」
その言葉に怯える亜莎。
「その内容は……」
「その内容とは?」
「あそこで酒を飲んでいる黄蓋さんを注意するのだ!」
「無理です! 無理です!」
「大事なことでもないのに二回言うな!」
「あうぅ~」
あずまやで真昼間から酒を飲む祭。
「俺の得た情報では今日は午後から警邏のはずだ。しかし、時間になってもああして酒を飲んでいる」
「さ、祭様を警邏に行くようにすればいいのですね?」
「ああ。ご武運を」
「ふぇ~ん」
半泣きになりながら死地へ赴く亜莎だった。
「さ、祭様!」
「ん? なんじゃ、亜莎か。ほれ、お主も一杯どうじゃ?」
「い、いけません。祭様、警邏はどうされたのですか?」
「はて? 警邏なんてあったかのう?」
「あります。午後から街の見回りです」
「うーむ。お主がそこまで言うのだからそれは正しいのじゃろう。しかしな、儂はこうして酒を飲んでしまったので警邏には行けそうにないんじゃ。だから亜莎、今回はお主が行ってくれんかのう?」
非常に残念そうに亜莎にお願いする祭。
「そ、それは仕方ないですね。分かりました。私が代わりに――」
「シャーラップ!」
またしても突っ込んでしまう一刀だった。
「なんで言いなりになってるんだよ!?」
「す、すみません」
「言いなりとは聞き捨てならんのう北郷」
「だってそうでしょ? 呂蒙の気が弱い事を利用するなんて」
「むっ。これは仕方がなかったのじゃ」
「明らかに自分が悪いでしょ! こんなところ周瑜に見られたら――」
「ふん。あんなヒヨっ子に何が出来ると言うんじゃ。それにな、冥琳は儂が育てた(キリッ)」
星野監督ばりに決めた祭。
一刀は言葉が出なかった。
もの凄いプレッシャーによって。
「ほほう。祭殿が警邏に来ないと報告を受けたので捜してみればこんなとこにおられるとは。ご丁寧に酒を片手に」
「こ、公瑾?」
「ええ。お話はあちらでたっぷりと聞かせていただきます」
「ま、待つんじゃ! お主ら! 儂を助けんか!」
「少しお静かに」
「痛い! 耳を引っ張るんじゃない! あ、アッーーーーー!」
城中に祭の悲鳴が木霊した。
その後も続けられた一刀による調教。
そのおかげか、亜莎は少しずつだが克服していく。
そして数日経った今ではスラスラと話が出来るようになった。
「長江の治水工事の件ですがやはり慣れない者を派遣すると風土病にかかる可能性が大きいです。その分資金や人材、時間が余計にかかってしまうのでその周辺の街や村から工兵を募った方が良いと思います」
甲冑相手にだが。
「うん。だいぶ成長したな呂蒙」
「はい! これも一刀様のおかげです!」
それでも、ここ最近付きっきりだった一刀相手には緊張することは無くなった。
「ううん。これは呂蒙が頑張ったからだ。君の努力の成果だ」
「ありがとうございます! そ、それであの……」
「うん? どうしたの?」
急にモジモジとしだす亜莎。
「わ、私の真名を受け取ってください!」
「……わかった。それじゃあこれからは亜莎と呼ばせてもらうね」
「はいっ!」
とびきりの笑顔を見せる亜莎だった。
まだ亜莎は知らない。
これから別の意味で一刀と話すのが緊張することを。
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クリスマスが過ぎたので普通に投稿です。
「とっくん!」