【回想】
白雪は、風乃と、風乃の母親を2階の寝室へ運ぶ。
二人とも、気持ちよさそうな顔で、
すやすやと寝ている。
白雪は、うんと背伸びをすると、2階のベランダに出る。
気持ちよい朝の空気。
青白い空が、広がっている。
白雪は、これまでのことを回想する。
腐った牛乳を飲んで腹壊したり、ぶっかけられたり。
ハブに拘束されたり、熱い緑茶を浴びたり、
遊女と化した風乃にもてあそばれたり。
「回想しなければ良かった」
白雪は、がっくりとうなだれた。
【寝言は寝て言え】
そのとき、うしろから何かが聞こえてきた。
「ううーん、紳士さん。
まだ戦うの?
しつこいよぉ…
さっきボコボコにしたのに…」
風乃の寝言だ。
夢の中では、まだ南国紳士と戦っているのだろう。
ほほえましくて、白雪は、くすりと笑った。
「あれ? うそ、紳士さん、どうしてこんなに強いの!?
あー、うー…
く…苦しい…
しらゆき、しらゆき。
助けて…!」
風乃は苦痛に顔をゆがませた。
頭を左右にふり、枯れそうな声で。
目に少量の涙が浮かぶ。
「風乃! 大丈夫か!」
ただならぬ風乃の様子に、
白雪は、ベッドの上の風乃に駆け寄り、
手をにぎろうとした。
「…と見せかけて」
「は?」
「馬鹿め! 死ね!」
風乃は寝たまま、グーパンチを空中に向かってつきだした。
白雪は、顔面に、風乃のグーパンチをまともに喰らう。
ぐしゃりとへこむ、白雪の顔。
白雪、横転。
「紳士さん…
困った顔した女の子に
だまされちゃダメだよ…
気をつけないと」
寝たまま、黒い笑いを浮かべる風乃。
「ああ、俺も気をつけるよ」
白雪は、右手で鼻をさすりながら、
左手の拳をにぎりしめ、
風乃の寝顔をにらみつけるのだった。
【出て行く】
小休止をとったあと、白雪は、身支度を整える。
風乃が起きる前に、この家を出て行こうと思っていた。
どれだけの数の沖縄の妖怪が襲ってくるのか、
白雪にはわからない。
だが、妖怪が、手段を選ばず襲ってくるような奴なら。
風乃は、ケガですまなくなるかもしれない。
風乃の寝言を思い出す。
「く…苦しい…
しらゆき、しらゆき。
助けて…!」
結局、あれは演技だった。
しかし、考え直してみる。
本当に演技だったのか。
妖怪と戦うなんて、誰もが恐怖するはずだ。
自分の命が危ないと。
風乃は、命の危険を、心の奥底で感じているのでは。
これ以上、風乃を苦しませていいのだろうか。
早く風乃の前から去ろう。
白雪は決意した。
白雪は、玄関の外に向けて、ゆっくりと歩き出す。
「あれ…
俺の靴がないぞ」
自分の靴がない。
さっきまで履いていた靴が、どこにもない。
いったいどこに。
白雪は、玄関のあたりをきょろきょろ見回す。
「やあ、おはよう、白雪」
声をかけてきたのは、風乃の父親だった。
「お義父さん…。
俺の靴を知らないか」
「靴? ああ、君の靴なら、洗って、今干しているよ」
「へ?」
「失礼なことを言うかもしれないけど、
ずいぶん、ぼろぼろで汚れた靴だったね。
気になっていたんだ。
普通の履き方をしていたら、あそこまでぼろぼろに
ならないよ」
「…」
「それと」
「なんだ」
「君の靴、腐った牛乳のにおいがしたよ」
「本当に失礼だな、おい」
白雪は、昨日、深夜の校舎で
風乃に腐った牛乳をぶっかけられたことを思い出し、
憂鬱になった。
【靴と雪女】
「白雪がどこを走り回っていたのか、
僕にはよくわからないけど…
靴は大事にね」
「ずっと、俺は逃げ回っていたからな。
靴が、きれいなはずがない」
「ずっと逃げ回っていたのか。
何か悪いことでもしたの?」
「していない。
俺は何ひとつ悪いことなど…」
白雪は、風乃の父親から目をそらした。
これ以上、何も言いたくない。そんな様子だった。
「ふーん…
まあ、警察のお世話にはならないようにね」
「ふふ、そうだな…」
「警察につかまったら、死刑になるから
あまりつかまらないほうがいいよ」
「お義父さん…間違ってはいない。
間違ってはいないが、間違っている」
次回に続く!
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【前回までのあらすじ】
雪女である白雪は、故郷を脱走し、沖縄まで逃げてきた。
他の雪女たちは、脱走した白雪を許さず、
沖縄の妖怪たちに「白雪をつかまえろ」と要請する。
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