No.190633

真・恋姫無双 EP.55 処刑編(3)

元素猫さん

恋姫の世界観をファンタジー風にしました。
もっと混戦も考えましたが、シンプルに。
楽しんでもらえれば、幸いです。

2010-12-20 01:28:57 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:4509   閲覧ユーザー数:3910

 邪魔をする春蘭と秋蘭を押し退けて、処刑人のオークたちが再び斧を構えた。振り上げられた斧が、一刀と華琳の両側から襲いかかろうとする。

 

「させるかー!」

 

 その時、叫びながら霞が飛び込んできて処刑人の一匹を倒し、反対側から恋が飛び込んできてもう一匹を倒す。

 

「一刀!」

「かじゅと!」

 

 二人が駆け寄ると、何とか身を起こした一刀が切れ切れに言った。

 

「俺の事は……いい。早く、華琳たちの……鎖を……」

「わかった」

 

 頷いた恋が、落ちていた斧を拾い上げて華琳の鎖を切る。それを見た霞が、同じようにもう一つの斧を拾って春蘭と秋蘭の鎖を切った。

 

「合流場所に、急ぐんだ!」

 

 荒い息を吐きながら、心配そうにしている華琳に微笑んで、一刀はゆっくりと立ち上がる。そして残った左手で剣を構え、包囲を狭めてくるオークたちを睨んだ。

 

「恋! 霞! 早く、三人を連れて行け!」

「何言ってるの! 一刀も一緒よ!」

 

 華琳が声を荒げるが、一刀は黙って首を振る。

 

「俺がここで足止めをする」

「でも――!」

「いいから! ……必ず戻る。約束するよ」

「一刀……」

 

 なおも迷っている華琳だったが、恋と霞は覚悟を決めて三人の肩を支えた。

 

「すぐに、戻る」

「待っててや、かじゅと!」

 

 そう言い残し、恋と霞は華琳たちを連れて走り出した。ただ真っ直ぐと、敵の中を突き進んで行く。

 

「行カセルナ!」

 

 オークたちが次々に声を上げ、逃げた華琳たちの後を追いかけようとした。だが、一刀が遮るように立ちはだかる。

 

 

 華琳が縛って止血をしたが、完全ではない。すでに多くの血が失われており、絶え間なく襲いかかる痛みに一刀の意識は朦朧としている。立っているのも辛い状況で、けれどそれでもしっかりとした態度を見せてオークを牽制した。

 

「ここを通るなら……俺を倒して行け!」

 

 何人かがすでに後を追ったようだが、恋と霞なら問題ないだろう。自分の役目は、少しでも多くの兵士を引きつけることだ。華琳たちは張三姉妹の馬車で、混乱に紛れて街を出る手筈になっている。それまで、敵の目をこちらに向けておく必要があった。

 

「死ニゾコナイダ! ヤレ!」

 

 隊長らしきオークの合図で、取り囲んでいたオーク兵たちが襲いかかってきた。一刀は片手で剣を構え、攻撃をさばきながら一匹ずつ確実に仕留めてゆく。手に残る感触にわずかに顔を歪めて、それでも動きを止めることはしない。

 

(覚悟はしてたけど……意識すると、ダメだなあ)

 

 出来るだけ加減はしたい。突入する時は問題なかったが、片手になった今は意識を保つのもやっとで、一刀に余裕はない。相手がオークとはいえ、その命を奪うことに抵抗はあった。それでも今は、剣を振るい続けるしかなかったのだ。

 痛みと失血で冷静な思考が出来ないのが、今は幸いだった。恐怖や嫌悪感を感じる間もなく、ただ夢中で戦った。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 自分の血と返り血で、一刀の全身は赤く染まる。滴り落ちる剣を振り、ぐっと足を踏み込む。わっとオークたちから声が上がり、一刀の一閃が目の前のオークの腹を裂いた。こぼれ落ちる臓物と、むせるような生臭い臭いに一刀は胃の中から込み上げるものを堪えることが出来なかった。

 

「がはっ……げほっ……げぇ……」

 

 膝を付き、剣で身を支える。そこへ襲いかかる巨体の影が、突然、額から血を吹き出して後ろに倒れ込んだ。

 

「何……だ?」

 

 口元を拭って倒れたオークを見ると、額に矢が突き刺さっていた。射手を探して視線を向けた先には、逃げ惑う人々の中で悠然とこちらを見ている、明らかに他とは雰囲気の異なる二つの影があった。しかし一刀は一瞥しただけで、すぐに立ち上がって再び剣を構える。

 

「くそっ……意識が……」

 

 よろめきながら、威嚇するように剣を振り回す。一旦は広がる包囲網も、すぐにまた狭まってゆく。

 

「ガアァーーッ!!」

「ちっ!」

 

 側にやってきたオークが、金槌のようなものを振り下ろした。一刀は咄嗟に剣で受け止めたが、あまりの衝撃で折れてしまう。腕が痺れ顔を歪めた一刀は、次の攻撃に備えて落ちていた剣を拾って構えた。

 

 

「休マズ攻撃ヲ続ケロ!」

 

 指示の声が上がり、次々と一刀に襲いかかるオークの群れ。もはや闇雲に剣を振り回し、かろうじて立っている状態だった。

 

(……やばいなあ。もう、限界だ)

 

 霞がかった視界に、周囲の喧噪もどこか遠く感じられる。一刀はただ、貂蝉たちにみっちりとたたき込まれた地獄の一年間を思い出すように、考えるよりも先に体が動くという感じだった。

 しかしついに膝を付き、声にならない言葉を漏らす。

 

(華琳たちは、無事に逃げられたかな……)

 

 正面から来た槍を、剣ではじく。だが、血で滑って一刀の肩を貫いた。切られた右腕のおかげか、すでに痛みは感じられない。痺れたような感覚だけが、微かに脳に届く。

 

(ああ……)

 

 四方から、攻撃が襲いかかる。もはや、一刀には防ぐ手立てはない。絶体絶命かと思われたその時、不意に大きな影が一刀たちの頭上を覆った。そして次の瞬間、オークの群れが舞い上がる砂煙と共に宙に吹き飛び、波紋のように包囲網が崩れた。

 

「一刀!」

「かじゅと! 大丈夫やったか?」

 

 それは、恋と霞だった。セキトに乗ってやって来た二人は、そのまま包囲網の中に飛び降りたのである。

 

「……脱出する」

「よっしゃ!」

 

 二人は倒れそうな一刀を支え、周囲を牽制しながら外に向かって歩を進める。

 

「道、作る。一刀を頼んだ」

「指一本、触れさせへんよ」

 

 ブォンと空気が鳴り、恋の槍が大きくしなった。いつもの武器ではないため、実はすでに一本折っていたのだ。

 

「邪魔するなら、斬る」

 

 そう言って放った一撃は、簡単にオーク数匹を吹き飛ばした。それならばと霞を狙って襲いかかる者もあったが、神速の一撃は認識するよりも先にその命を奪った。

 大切な一刀を傷つけられ、静かな怒りの炎を燃やす二人に、誰一人として為す術はなかったのである。

 

 

 軽く舌打ちをして、彼女は弓を投げ捨てた。

 

「紫苑の真似などしてみたが、わしには向いてなさそうだ」

「そんなことはないと思いますが……」

 

 気遣うような言葉に苦笑を浮かべたのは、賞金稼ぎを生業とする厳顔だった。隣にいるのは、弟子の魏延だ。

 この街に立ち寄ったのは、旅の途中の偶然だった。処刑などに興味のない二人は酒場で酒を飲んでいたのだが、騒ぎが起きたためやって来たのだ。

 

「この街で飲んだ酒はどれもまずかったが、今夜は少し、うまい酒が飲めそうだな」

「でも、よろしいのですか? 北郷一刀は最高額の賞金首ですよ」

「うむ……だが、おもしろいではないか。女を助けにやってくる剛胆さは、嫌いじゃない。それに見たところ、殺しは初めてのようだ」

 

 一刀が吐いているのを目撃した厳顔は、それを直感した。

 

「今は興奮状態だが、落ち着けば嫌でも思い出す。初めて殺した時の感触、血の臭い、絶命する間際の息づかいまでもな……」

「そうですね……」

「ふふふ……焔耶もひどいものだったからな」

「そ、それは言わないでください」

 

 厳顔は目を細めて、空からやってきた二人組に連れて行かれる一刀の背中を見る。そこに何を思うのか、厳顔は魏延と共に人混みの中に消えていった。


 
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