真・恋姫†無双 魏F
§0/北郷一刀
「さようなら……愛していたよ、華琳――――――」
魏、呉、蜀による三国同盟が成り、その成立を祝う宴の夜。
覇王曹操と共に夢を追い、乱世を駆けた天の御使い――北郷一刀は消えた。
「ここは……どこだ?」
別れを告げ、向こう側が透けて見えるほどに希薄になった体が、光の粉になって飛び散ったとき、一刀の意識も一度弾けた。
再び目を覚ました彼が見たのは、一面の闇と光。
宇宙空間を思わせる漆黒の中に、光線によって光のトンネルが走り、その中に一刀の体が浮かんでいた。
比較対照するものがなく非常にわかり難いが、一刀の体はその光の中を、川に流されるようにどこかへ運ばれているようだった。
(俺は――どうなったんだ?)
華琳に別れを告げた、そこまでは覚えている。
そこで意識を失い、気がつけばこの状態。
綺麗さっぱり消滅するという事態は避けられているようだが、ここがどこなのか、どうすれば元の――出身地である世界であれ、あの三国志の世界であれ――に戻れるのかもわからない。
「……どうすりゃいいんだよ」
途方にくれて、一刀がそう呟いた、そのとき、
『ずっと――って……言――――ない…………!』
どこからともなく、声が聞こえた。
それは、前から聞こえるようにも後ろから聞こえるようにも思える上に、酷く掠れていて聞き取り難い。
だが、光と闇しかない無音の世界に、唯一現れた動きだ。
一刀は、なんとかそれを聞き取ろうと、耳を澄ませる。
『ばか―――……!』
と、もう一声。
聞こえた言葉は、それが最後だった。
正確に言うならば、意味を成していた言葉は、だが。
やがて、響いてきたのは、身を切られるような慟哭。
「誰かが……泣いてる?」
この男は、間抜けにもそんなことを呟いた。
それだけ、彼女と泣くという行為が繋がらなかったのだ。
しかし、いくら意外なことであっても、延々と響く泣き声を聞き続けていれば、一刀も気づく。
それが、自分が愛した少女の声だということに。
「まさか……華琳なのか……?」
疑問の未だ半信半疑という声を上げる一刀。
「どうして――いや、」
一刀は、頭を振った。
どうしてもこうしてもない、自分のせいだ。
華琳は、北郷一刀が消えてしまったせいで泣いている。
驚きはした、が、よく考えてみればそれほど意外でもない気もする。
なにしろ、一刀自身が、覇王ではない、女の子の華琳に対しては『寂しがりや』と評したのだから。
「っ、華琳!」
あの華琳が泣いている。
そう思った途端、いても立ってもいられず、一刀はがむしゃらに手足を動かした。
大局に逆らえば身の破滅と、予言されていた終端。
一刀はそれを受け入れるだけの覚悟を決め、いなくなった後のために、自分の知る『天の国』の知識から、役に立ちそうなものを片っ端から書き起こしておいた。
そして、華琳に送り出されることで、未練を断ち切って、消え去るはずだった。
実際、最後の決戦を前にして、城壁の上で話したときに、彼女は言ってくれたのだ。
『消えるのなら、勝手に消えてしまえばいいわ。後の事は、残った私たちに任せておきなさい』
それなのにまさか、本当の別れの際に、泣かれてしまうなんて――
「反則、だろっ……」
今になって未練が湧いた。
華琳のそばに――いや、華琳だけじゃない。
愛して、愛された、魏のみんなのそばにいたい。
水の中でするように、手を掻き、足をバタつかせる。
しかし、どれほどもがこうとも、体は思うようには進まない。
そもそも、動いたとしても、目指す指針すら、一刀は持っていないのだ。
「くそっ」
手足に疲労が溜まり、重くなる。
その動きが鈍った分、今度は口が回るようになった。
「なんでだ――なんでだよ! やっと平和になったのに、どうして! 俺は、みんなと一緒にいられないんだ!」
文句が次々に口を衝く。
「どうして俺は、消えなくちゃいけないんだ!? 誰か、教えてくれよ!」
一刀の上げた大声が、闇の中に響き渡る。
そして――
「それはあなた自身が望んだからよ」
そんな声と共に、ふわりと、
一刀の目の前に、1人の少女が姿を見せた。
縦ロールの金髪に髑髏の髪飾り、整った顔に輝く意思の強そうな青の瞳。
平坦な体を妙に露出の多い衣装で包んだ彼女は、
「華琳!?」
「いいえ、違うわ」
と、華琳は――華琳そっくりの少女は首を振る。
「私は、回答者。この姿は、適当に借りているだけよ」
「回答者……?」
「そう。あなたの疑問に答えるための存在よ」
「俺の疑問に答えるための存在だって?」
「ええ。あなたが教えてくれと望んだから、私は生まれた。
そして、回答したわ『北郷一刀の消滅は、北郷一刀の意思』だと」
「俺の意思だって?
俺は、そんなこと望んでいない!」
「そうね。確かに、望みはしなかったかもしれない。
けれど、無意識下で、あなたは感じていた」
声を荒げた一刀に、回答者は淡々と答える。
「ここは、自分の世界ではない。自分は、異邦人だと。
三国志に、天の御使いというイレギュラーがいることの違和感を」
「それは……」
一刀は言葉に詰まる。
回答者の言ったことは正しい。
武将がみんな女の子になってしまっているとは言え、大まかには三国志の世界だ。
過去を、歴史を知るからこそ、その種の違和感は、確かに一刀の中にあった。
「結局、『三国志に、天の御使い――北郷一刀――と言う人物は存在しない』というあなた自身の考えが、あなた自身を消してしまったということなのよ」
「俺が、俺を消した……? そんなこと、ありえない」
「いいえ、あなたにはできるのよ。
なぜなら、あの世界は、外史と呼ばれる世界だから」
「外史?」
「外史というのは、ある1つの世界のから派生して生まれる別の世界。
元となる世界――正史のスピンオフとして生まれるパラレルワールドと言えばいいかしらね。
まぁ、正史だ外史だと言ったところで、所詮は相対的なものにすぎないのだけれど。
ある外史が他の世界にとっての正史になることも、特に珍しいことではないわ」
何やら話が壮大になってきた。
一刀は、口を挟むこともできず、ぽかんとしたまま、回答者の話を聞くだけだった。
(………別人とは言え、華琳の口からカタカナ語が出ると凄い違和感があるなぁ)
頭の中は若干現実逃避気味である。
「ちょっと、話を聞いているの?」
気がつけば、むすっとした顔の回答者が、手に華琳愛用の戦鎌――絶――を握り締めていた。
「き、聞いてます聞いてます!」
慌てて一刀が頷くと、回答者は構えていた絶を下ろした。
「とにかく、正史を元とした平行世界は常に生まれ、そして消えているの。
けれど、この泡のような平行世界は正史の人間を核として取り込んだときのみ、外史として存在できるようになるのよ。
そして、あの世界の核はあなた。
故に、世界はあなたの想いによって支えられている。
あの世界の中では、あなたは全知全能の存在なのよ」
「そんな、馬鹿な……」
「信じられない? でも、事実よ。
黄巾の乱、反董卓連合と、あなたが思い描く歴史のままに、世界は動いていたでしょう?」
「でも、それなら、赤壁の戦いで魏は負けてしまうじゃないか」
自分で自分を消してしまったと、それを認められない一刀は、何とか反論を試みる。
「忘れたの? あの世界におけるあなたは神に等しい存在でしょう。
夏侯惇が片目を喪ったときから、あなたは意識的に歴史に干渉を始めた。
無意識に辿る歴史に意識的な変革が勝り、夏侯淵は定軍山で死なず、魏は赤壁の戦いに勝利した。
もっとも、あなた自身は、その変革には何らかの代償があるのではないかと不安を覚え、消滅への歩みを早めてしまったようだけど。
物語の緒端から蓄積される違和感に歴史改変の代償と言う思い込みが重なって、それがあの世界に留まりたいと言うあなたの意識を越えてしまったから、あなたは外史からはじき出されたのよ」
「う……ぐ……」
荒唐無稽な話だが、筋は通っている。
だがそれは、一刀にとって、あまりに受け入れがたい話で。
「じゃ、じゃあ、あの占いは!?
大局に背いたから、歴史を変えたから、俺は消えたんじゃないのか!?」
「あの占いに意味なんてないわよ」
苦し紛れの反論にも、回答者はあっさりと答えを出す。
「あなたは忘れているかもしれないけど、占い師は2つの予言をしたのよ?
1つは、あなたに向けたもの。
もう1つは、曹操に向けたもの」
「……乱世ならば、奸雄になるってやつか」
「ええ。それでどうだった?
文句のつけようの無い乱世だったと思うけれど、曹操は奸雄になったかしら?」
「……なってないな」
奸雄。奸智にたけた英雄。
つまり、悪巧みをしたり、ずるがしこい卑劣な者というイメージの言葉である。
確かに、一刀の知る歴史上の曹操は乱世の奸雄などと言われる男だ。
しかし、一刀の知る曹操――華琳はむしろその逆を行く少女だ。
かなり苛烈な性格をしているが、それは奸雄とはまた別の話だろう。
「あれは、天の御使いが存在することへのあなたの違和感が世界にわかりやすく現れた一端。
だから、一刀の歴史上のイメージの曹操像を語ったのでしょうね。
ま、歴史を変えたから消えると言う結果的には変わりがないかもしれないけど」
「……問題は、経過だよ」
うなだれて、一刀は言った。
歴史を変えて、世界や歴史の反発力のような、得体の知れない巨大な力によって消されるのだと思っていた。
それならばまだ、諦めもついた。
だが、まさか、一刀に魏の面々との別れを強いていたのが、自分自身だったとは。
何という、残酷な話だろう。
「って待て! それなら、ここで俺が戻りたいって望めば、叶うんじゃ!?」
「それは無理だわ。
もう、あの外史から離れすぎてしまった。
私だって」
ほら、と両手を広げてみせる。
回答者の体は、末端に行くほど半透明に薄れ、指先は既に消え始めていた。
「それならもっと早く言ってくれよ!」
それなら、間に合ったかもしれないのに。
悔し紛れに、一刀は叫んだ。
「だって、聞かれてないのだもの」
「聞かれてって……あぁ、そうか……」
彼女は、回答者。
一刀の質問に答えるためだけに存在する者。
聞かれなかったことには、当然、回答しない。
その彼女が、遅すぎると言う。
けれど、一刀は、
「まだ、諦めないからな」
目を閉じ、深く深呼吸。
大切な女の子たちの顔は、簡単に瞼の裏側に描くことができた。
(頼む。俺を、みんなのところに、戻してくれ!!)
一心に、必死に、祈る。
そして――目を開く。
そこには、
何も変わらない風景が広がっていた。
どこだかわからない、闇と光の世界。
唯一の変化は、回答者の体がさらに薄くなっていること。
彼女の言葉を借りるなら、あの世界から、さらに遠くなっているのだろう。
「あぁ――」
一刀は、長く、息を吐いた。
「なぁ、回答者。1つ、聞いていいか?」
「何かしら?」
「俺が、つまり世界の核がいなくなっても、あの世界が消えたりはしないのか?」
「ええ。しないわ。親が死んだからと言って、その子供が死んだりはしないでしょう?
一度、その存在を確立した世界は、ただそれだけで在りうるのよ」
「……本当だよな?」
「疑り深いわね……本当よ。
一刀の世界だって、核が死んだ後も続いているじゃない」
「え、俺の世界も外史なのか?」
「正史と外史は相対関係と言ったでしょ。
始まりの世界を除けば、全ての世界は外史なのよ」
「ふーん……。じゃあ俺の世界にも天の御使いみたいなヤツがいたかもしれないのか……」
「いたわよ?」
「マジで?」
「ええ。一刀は日本人だから、馴染みが薄いのかしら?」
「それって、まさか……」
天使に誕生を予言され、病人を癒し、死者を蘇らせるという奇跡を行った、神の子。
どうやら自分は、とんでもない人物と同格の存在になっていたようだ。
「はは――」
一刀は乾いた笑いを上げ、
「――まじかよ」
と、呟いた声は、すぐ隣の車道を走る車の音にかき消された。
黄昏色に染まった空の下、一刀は舗装された道路に立っていた。
そこは、紛れもなく、生まれてからずっと、一刀の生きていた世界だった。
(えっと、今日は朝起きて、学校に行って、いつも通りの授業を受けて、それから――)
それから、武将も軍師もみんな女の子になった三国志の世界に行って、大陸に太平をもたらした。
(まるで、白昼夢だな)
自分の体を見下ろして、一刀はそう思う。
戦や、あるいは仲間との過激なじゃれあいで汚れたり痛んだりした制服は、すっかり元通り。
多少は鍛えられた体も、元に戻っている。
これも、一刀の無意識のせいだろう。
この世界にとって、あの外史での出来事は、夢として処理されたのだ。
おそらくは、華琳の、あの言葉に影響されて。
胡蝶の夢。
もしかしたら、その話をしたこともまた、一刀の消滅に影響を与えたのかもしれなかった。
「記憶にしか残ってないんじゃ、ほんと、夢と現実の区別がつかないよな」
一言嘆いて、
そして、一刀は歩き始めた。
考えないといけないことは色々ある。
整理しなければならない感情は胸中に渦巻いている。
けれど今は、とにかく前へと。
大地を踏んで、歩いて行った。
<あとがき>
はじめまして、truthと申します。
どうもあとがきを書くのが主流のようなので、真似してみます。
初投稿させていただきました、真・恋姫無双の二次創作です。
今回はプロローグ的なもの。
次回から本編に入りますが、ここで1つ大事なお話が。
この作品は、所謂魏アフターものですが、一刀が帰還しようと頑張る話でも、帰還した後の話でもありません。
一刀がいなくなった後――具体的には8年後――の魏の国を舞台に、ヒロインたちの日常を描く短編連作的なものを予定しています。
ほのぼのメインで、戦闘などはほぼありません。
そういう話が合わない方もいると思うので、注意して下さい。
あと、オリジナルキャラ(女性と言うか幼女)が1人出てきます。
では、次回、魏Future §1/曹魏の娘 でお会いしましょう。
そう言えば、改ページのタイミングが良くわかりません。
今回は適当に区切っておきましたが、いいとか悪いとか、意見がありましたら教えてください。
Tweet |
|
|
20
|
5
|
追加するフォルダを選択
真・恋姫無双の二次創作を投稿してみます。
どうして魏ルートの一刀は消えたのか。
外史というものの解釈についての話です。