「……少しはよくなったか」
レーヴェは城壁の上から、完全武装で走り回る兵を見ながら言った。
兵が行っているのは出陣の準備だが、自分が担当している毎日の調練による成果が準備にも表れているところを見ると、自分も悪くない気持ちだと思った。
「どうした、そんな顔をして」
レーヴェがほんの少しの笑みを浮かべていると春蘭が話しかけてきた。最近の春蘭は一日一回はレーヴェに不意打ちまがいの勝負を挑んでくる。適度な運動にはちょうどいいのでレーヴェは毎日適当にあしらいながら、勝負を受けていた。ちなみに今日は朝起きたらいきなり襲いかかってきたのだが、足払いからの拳による一撃で勝負はついていた。一日一回しか襲ってこないあたりは意外と律儀だ。
「いや、自分が調練したものが上達している所を見ると少し嬉しくなってな……」
「……この程度でか? これなら私の兵の方が強いな」
春蘭はレーヴェに対抗するように言った。
「ふ……今はな。まあすぐに追い抜いてみせよう」
「ぐぬぬ…!な、なにをー! レーヴェなんぞには絶対に負けん!」
涼しげに話すレーヴェとそれとは対照的にすぐに熱くなって対抗する春蘭。最近ではこの光景は珍しくなく、兵達の間ではいいコンビだともっぱらの評判だ。それと同時に二人は兵達とっての武の憧れなので、最近は志願兵も増えている。特にレーヴェは盗賊退治や街の警邏にも回っていて『剣帝』としての名が広まってきている。それと同時に街の治安も良くなってきていた。
「……何を無駄話をしているの、春蘭」
話をしていると二人の主である華琳が秋蘭を連れてやってきた。
「か……っ、華琳さま……! でもレーヴェだって!」
「はぁ……春蘭。レーヴェはもう私に言われた仕事を終わらせたわ。それより装備品と兵の確認の最終報告、受けていないわよ。数はちゃんと揃っているの?」
春蘭は今回もレーヴェに責任を押し付けようとしたが今回もうまくいかなかった。
「そ、そんな馬鹿な!」
そう言って春蘭はレーヴェの方を見た。レーヴェは涼しげな顔をしている。
「春蘭。それでどうなの」
主に声をかけられ慌てて顔を主に向ける春蘭。
「は……はい。全て滞りなく済んでおります!」
「そう、わかったわ。後……レーヴェ。仕事が終わって暇そうな貴方にも仕事があるわ。糧食の最終点検の帳簿を受け取ってきて」
「ああ。わかった」
「監督官は、いま馬具の確認をしているはずだ。そちらに行くといい」
秋蘭は横から一言補足してくれた。
「ああ。感謝する、秋蘭!」
そう言ってレーヴェは城壁から飛び降り、監督官の所に向かった。
レーヴェが目的の場所に着くのに時間はかからなかった。
(監督官か……顔は知らないがその辺の人に聞けばわかるだろう)
「いつまでダラダラやってやがる!馬に蹴られて、山の向こうまで吹き飛ばされてぇのか!」
「は、はいっ!」
見ると兵達は出撃前ということで、どこもピリピリしている。何人かの兵はレーヴェに気付き声を掛けてきたり、尊敬の眼差しで見てきたりしてくる。
(ん?あれは……)
少し離れたところに一人だけ格好が違う小さい少女がいる。近くの兵士に聞いてみたところあの子がどうやら監督官らしい。
レーヴェは近付いて声を掛けることにした。
「すまない、少しいいか」
「…………」
「聞きたい事があるんだが…」
「…………」
(聞こえていない?)
周りは馬の声やら人の声で騒がしいのでレーヴェはもう一度声を掛けることにした。
「すまない、少しいいか」
「聞こえているわよ! さっきから何度も何度も何度も何度も……いったい何のつもり!?」
少女はいきなり振り返り、レーヴェに向かって怒鳴り散らした。レーヴェは聞こえているのなら返事くらいしてほしいと思ったが、この子も少しピリピリしているのだろう思う事にした。
「私はアンタなんかに用はないわけ。で、そんなに呼びつけて、何がしたかったわけ?」
「ああ、糧食の再点検の帳簿を受け取りに来たんだが……君が監督官なのか?」
レーヴェは丁寧に自分の目的を告げた。
「何でアンタなんかに、そんなことを教えてやらないといけないのよ」
「……華琳に頼まれたからだ」
華琳という名前をレーヴェがだすと少女はかなり驚いたようだ。
「な……っ! ……ちょっと、何でアンタみたいなヤツが、曹操さまの真名を呼んで……っ!」
「……いや、華琳自身から預かった真名だが……」
「信じられない……なんで、こんなヤツに……」
「………」
先ほどからすごい言われようだとレーヴェは思った。自分は自慢できるような事をしてきた覚えはないが、そこまで言われるほどでもないはずだ。
「……さっきから少し初対面の相手に向かって失礼じゃないか?」
「あんた、このあいだ曹操さまに拾われた、天界から来たとか言うヤツでしょ? 剣帝なんて大げさで変な通り名つけて。 少しばかり強いからって曹操さまの真名を呼ぶなんて……ありえないわ……」
「な……っ!」
レーヴェには珍しくあまりの事に声がでた。別にカッコいいと言われたいとは思わないが、変と呼ばれる筋合いはなかった。
「で、何? 私も暇じゃないんだけど」
少女は少しも悪びれた様子もない。
「……いや、華琳に糧食の帳簿を監督官から受け取ってくるように言われたんだが……」
レーヴェはもう一度目的を言うと今度は華琳に、という言葉が効いたのか対応が違った。
「……曹操さまに? それを早く言いなさいよ!」
(……何度も言ったんだが、根は悪い子ではないのだろう)
「……その辺に置いてあるから、勝手に持って行きなさい。草色の教師が当ててあるわ」
「……ああ、感謝する」
そう言いながらレーヴェは帳簿を一応確認した。少しの間確認しているとおかしい所に気がついた。
「……この帳簿、お前本当にこれでいいのか」
念のため確認をしてみるが答えはまったくの予想外のものだった。
「……ええ、それでいいのよ。何度も確認したわ。」
(何度も…か……。だとすればこれは……)
「……じゃあ持って行くぞ?」
「ええ。構わないわ」
レーヴェは最後にも確認を取ったがやはり大丈夫との事だった。レーヴェは今回も面倒なことになりそうだと、思いながら華琳の元に向かった。
「これが、再点検の帳簿だ」
「あなたにしては少し遅かったわね。早く見せなさい」
草色の表紙の当てられた紙束を渡すと、華琳はすぐにそれを繰って確認し始めた。
「………」
華琳は無言で帳簿を確認している。確認が終わったのと同時に華琳は秋蘭に声をかけた。
「……秋蘭」
「はっ」
「この監督官というのは、一体何者なのかしら?」
やはりか。とレーヴェは思った。そうだろうあの帳簿を書いた監督官がただで済むはずがない。華琳の問いに秋蘭はすぐに答える。
「はい。先日、志願してきた新人です。仕事の手際が良かったので、今回の食料調達を任せてみたのですが……何か問題でも?」
「ここに呼びなさい。大至急よ」
「はっ!」
そう言って秋蘭は先ほどの監督官の所へ向かって行った。それから少し経った頃。
「…………遅いわね」
「遅いですなぁ……」
「……すぐ戻ってくる」
遅いとは言っているが、雲の動きや下の荷物の減り具合を見るに、まだ大して時間は経っていない。華琳が頭に来てる感じをだしていて空気が重くなっているのだ。レーヴェはその原因を知っているのだが。
「華琳さま。連れて参りました」
それから少し経った頃に先ほどの監督官を秋蘭が連れてきた。
「おまえが食料の調達を?」
「はい。必要十分な量は、用意したつもりですが……何か問題でもありましたでしょうか?」
華琳の問いに、まったく問題はないという風に答える少女。だが華琳は少し怒りが篭った声で言った。
「必要十分って……どういうつもりかしら? 指定した量の半分しか準備できていないじゃない!」
「……ふむ」
レーヴェはやはりこうなったかと思った。
(だが……何か意図があるのだろう)
華琳は怒りが篭った声でそのまま続ける。
「このまま出撃したら、糧食不足で行き倒れになる所だったわ。そうなったら、あなたはどう責任をとるつもりかしら?」
「いえ。そうはならないはずです」
だが少女はあっさりと華琳の問いを否定した。
「何? ……どういう事?」
「理由は三つあります。お聞きいただけますか?」
「……説明なさい。納得のいく理由なら、許してあげてもいいでしょう」
その場にいる者が監督官の少女に注目する。
「……ご納得いただなければ、それは私の不能がいたす所。この場で我が首、刎ねていただいて結構にございます」
(大きくでたな……しかしこれではいくらオレでもかばうことはできないぞ……どうするつもりだ)
レーヴェはもし万が一の時は止めるつもりであったが、少女の言葉によりそれは叶わなくなった。
「……二言はないぞ?」
「はっ。では、説明させていただきますが……」
少女はいったん間をおいて説明を始めた。
「……まず一つ目。曹操さまは慎重なお方ゆえ、必ずご自分の目で糧食の最終確認をなさいます。そこで問題があれば、こうして責任者を呼ぶはず。行き倒れにはなりません」
「ば……っ! 馬鹿にしているの!? 春蘭!」
「はっ!」
少女の揚げ足取りとも言える説明を聞き、華琳は首を刎ねろと春蘭に命令をだすが。
「……待て。後二つ、理由を聞いてからでも判断は遅くはないだろう?」
「レーヴェの言う通りかと。それに華琳さま、先ほどのお約束は……」
「……そうだったわね。で、次は何?」
なんとかレーヴェと秋蘭の言葉でなんとか少女は助かった。華琳は怒りを抑え次の説明を聞くことにした。
「次に二つ目。糧食が少なければ身軽になり、輸送部隊の行軍速度も上がります。よって、討伐軍全体にかかる時間は、大幅に短縮できるでしょう」
(……確かに食料の数を減らすなり軽くなりすれば、移動速度は上がるだろう。しかし……)
「ん?……? なあ、秋蘭」
春蘭が頭をかしげながら声をかけた。
「どうした姉者。そんな難しい顔をして」
「行軍速度が早くなっても、移動する時間が短くなるだけではないのか? 討伐にかかる時間までは半分にはならない……よな?」
春蘭は少し自信なさげにそう言った。
「ならないぞ」
「良かった。私の頭が悪くなったのかと思ったぞ」
「そうか。良かったな、姉者」
「うむ」
そう。春蘭の言うとおりだった。移動だけではなく戦闘や、休憩の時間も必要であった。それに糧食を半分にしたとて、行軍速度も倍になるわけではない。
(……次で最後か。これで駄目なら……)
華琳たちはあまり釈然としない顔を浮かべていた。
「まあいいわ。最後の理由、言ってみなさい」
みんなが少女に注目する。これでだめならどうしようもない。待っているのは死だけである。
「はっ。三つめですが……私の提案する作戦を採れば、戦闘時間はさらに短くなるでしょう。よって、この糧食の量で充分だと判断いたしました」
(……そういうことか)
「曹操さま! どうかこの荀彧めを、曹操さまを勝利に導く軍師として、麾下にお加え下さいませ!」
(全ては軍師として華琳に仕えるためにこんなことをしたのか)
「……なるほど」
「な……っ!?」
「何と……」
「…………」
荀彧と名乗った少女の言葉に三人は驚いたが、肝心の華琳は黙っている。
「どうか! どうか! 曹操さま!」
荀彧は必死に呼びかけていた。そしてようやく華琳が口を開いた。
「……荀彧。あなたの真名は」
「桂花にございます」
「桂花。あなた……この曹操を試したわね?」
「はい」
華琳の問いに桂花は簡単に頷いた。それにいち早く反応したのは華琳ではなく春蘭だった。
「な……っ! 貴様、何をいけしゃあしゃあと……。華琳さま! このような無礼な輩、即刻首を刎ねてしまいましょう!」
しかしこれに反応したのも華琳ではなかった。
「あなたは黙っていなさい! 私の運命を決めていいのは、曹操さまだけよ!」
「ぐ……っ! 貴様ぁ……!」
春蘭は怒りを滲ませながら剣を構えた。
「落ち着け!春蘭……!」
「ぐぅぅ……」
レーヴェが少し強めに言うと気迫に押されて少しおとなしくなった。
「桂花。軍師としての経験は?」
「はっ。ここに来るまでは、南皮で軍師をしておりました」
「……そう」
(南皮……秋蘭から聞いたな……。華琳の昔馴染みが治めているところか)
「どうせあれのことだから、軍師の言葉など聞きはしなかったのでしょう」
レーヴェはこの時、「あれのことだから」がなんのことかわからなかったが後で嫌でも知ることになる。
「それに嫌気が差して、この辺りまで流れてきたのかしら?」
「……まさか。聞かぬ相手に説くことは、軍師の腕の見せ所。まして仕える主が天を取る器であるならば、その為に己が力を振るうこと、何を惜しみ、ためらいましょうや」
「……ならばその力、私のために振るうことは惜しまないと?」
「ひと目見た瞬間、私の全てを捧げるお方と確信いたしました。もしご不要とあらば、この荀彧、生きてこの場を去る気はありませぬ。遠慮なく、この場でお切り捨てくださいませ!」
荀彧は今まで以上に真剣に華琳を見つめ、言いきった。
(……これほどの覚悟を持つ人間、そうはいまい)
たいしたものだとレーヴェは思った。
「……華琳」
「…………」
「華琳さま……」
レーヴェと秋蘭が声を掛ける。
「春蘭」
「はっ!」
「華琳……!」
「華琳さまっ……!」
レーヴェと秋蘭の言葉を聞く様子もなく、華琳は春蘭から受け取った大鎌を、ゆっくりと荀彧に突き付けた。
「桂花。私がこの世で尤も腹立たしく思うこと。それは他人に試されるということ。……分かっているかしら?」
「はっ。そこをあえて試させていただきました」
「そう……。ならば、こうする事もあなたの手のひらの上という事よね……」
そう言うなり、華琳は振り上げた刃を一気に振り下ろし……!
「「「…………」」」
荀彧はその場に立ったまま。そして血は、一滴たりとも飛び散りはしなかった。
「……寸止めか」
レーヴェは途中で気づいていた。殺気をまったく感じられなかったからだ。世の中にはまったく殺気を感じさせず、雑草を毟るように命を奪う人間もいるのだが華琳はそうではない。
華琳が退いた刃の先に絡んだ淡い色の髪の毛は、荀彧の髪だろう。
(……ほんの少しでも荀彧が動いていたら、そのまま真っ二つになっていただろう)
「当然でしょう。……けれど桂花。もし私が本当に振り下ろしていたら、どうするつもりだった?」
華琳は先ほどとは打って変わって満足げに言葉を発する。
「それが天命と、受け入れておりました。天を取る器に看取られるなら、それを誇りこそすれ、恨むことなどございませぬ」
桂花は悟りを開いたかのように答えたが。
「……嘘は嫌いよ。本当の事を言いなさい。」
「曹操さまのご気性からして、試されたなら、必ず試し返すに違いないと思いましたので。避ける気など毛頭ありませんでした」
「……それに私は軍師であって武官ではありませぬ。あの状態から曹操さまの一撃を防ぐ術は、そもそもありませんでした」
「そう……」
小さく呟いた華琳が、荀彧に突き付けていた大鎌をゆっくり下ろす。
「……ふふっ。あははははははっ!」
「か、華琳さま……っ!?」
華琳は急に声を上げて笑いだした。それには春蘭も少し驚き、華琳は機嫌良く続けた。
「最高よ、桂花。私を二度も試す度胸とその知謀、気に入ったわ」
「あなたの才、私が天下を取るために存分に使わせてもらう事にする。いいわね?」
「はっ!」
(まさか華琳にここまで気に入られるとは……大した奴だ)
知謀、その一点においてはレーヴェよりも上だろう。自分も頑張らなければなとレーヴェは思った。
「ならまずは、この討伐行を成功させてみせなさい。糧食は半分で良いと言ったのだから……もし不足したならその失態、身をもって償ってもらうわよ?」
「御意!」
桂花が声を上げた後、準備が終わりすぐに5人は兵を率いて出撃した。
出し巻き卵です。
桂花は大好きです。
それだけです。
意見募集してます。
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第四話投稿
さて、これで書きためてたのがなくなっちまったぜ…
これ投稿したら続き書くので意見があればコメントくれるとうれしいです。