少女は戸惑っていた。
なにしろこういった経験は初めてだから、もちろん知識としては知っているし映像や本でもみた事があるのだ
しかしこんなに間近で自分の目で見たことはないし触った事など殆どないから余計にどうしたらいいか分からず困惑しその場にいることしかできなかった
「……どうしよう」
「一日降るかなって思ったけど止んじゃったなぁ」
う~~~ん。と伸びをする薫子さん。今日の授業も終わり少し気が抜けているのかもしれない
それはいいが今の言葉が少し残念そうな響きを持っていた
「あら、薫子さんは雨より晴れのほうが好きだと思っていましたが違うのですか?」
「ん? そりゃあたしだって晴れのほうが好きだけど、たまの雨だって嫌いじゃないわよ」
「そうですか、教室から曇り空を見ている時はなんとなく恨めしげに見えましたが」
「恨めし気って……もうちょっと言い方ってものがあるんじゃない千早」
「そうですね。確かに言い方が悪かったかもしれません。ごめんなさい薫子さん」
「いや、別にいいけど、たまの雨が好きなだけで晴れてる方があたしは好きだし」
「そういう千早は晴れと雨どっちが好きなのよ?」
「私ですか? そうですね……薫子さんと同じでたまの雨も良いと思います」
ここに来る前。家に篭っていた頃なら陰鬱な空をみているだけでといつも以上に暗い気分になっていたが今ではそんな空模様も良いと思えるようになったのは以前と変わってきているのかもしれない
ただ聖應に入った理由が理由だけに少々複雑な気分に囚われてしまうのが難点ではあるが
「そうだよねぇ……あたしが曇り空を見てたら恨めしげに見えるけど、千早が教室で頬杖ついて外を見てたら悩める乙女だもんねぇ」
「なやめるおとめ……ですか」
「演目は忘れたけど前に奏お姉さまの台詞あわせに付き合ってた時にあたしが浮かべてたイメージをそのままだったから」
「………」
ニコニコしながらこちらを見てくる薫子さんの笑顔はいつもだと見ているだけで楽しくなってくる筈なのに、
この時ばかりは少し、ほんの少しだがなぜかもの悲しくなってくるのはなぜだろう?
「あの劇のキャストを決める権限があたしにあったら間違いなく千早を押してただろうなあ」
「そうですか……」
きっと薫子さんは本心からいっているのだろうけどその悪意のない言葉が心にザクザク突き刺さる音が僕の頭の中で鳴り響くのであった
「正体知ってるあたしでもそう思うんだから他の子からみたら本当に魅力的な“女の子”にみえて、ってどうしたの?」
「いえ、何でもありませんよ薫子さん」
今日に限っていえば窓の外を見ていたのだって特に意識せず自然にしていた筈なのに魅力的な女の子に見えてるという事は、つまり普段の立ち居振る舞いがますます女性らしくなってきているわけで
しかしそれをしている僕自身は男であるからして魅力的な女性といわれても嬉しい訳もなく落ち込むしかないのであった
「どうかなさいましたか? 千早様、薫子お姉さま」
「ああ、史。用事は終わったのですか?」
「はい千早様。その件は滞りなく」
「用事?」
「はい。明日の授業で少し準備が必要でしてその手伝いを」
「へー、史ちゃんも大変だね。千早お仕えして身の回りの世話もしてるのにそんな事までやるなんて」
「いえ、手伝いはそれほど労力を要するものではありませんのでたいした事ではありませんが………」
「ところで、なぜ千早様は先程から少し複雑そうな表情をされているのでしょうか?」
「何でもありませんよ。史」
うまく隠せていた思っていたが些細な表情の変化も見逃さないあたりは長年僕に仕えてくれているだけあると思う。
「そうなの? 今日の千早はすごく女の子してたなって話してただけなんだけど」
「女の子をしてたですか?」
「うん。今日教室でね―――」
所々端折りながらも今日あった事を先程の話を史に教えている始めるのだった
いつもと変わらぬ表情で聞く史ととても楽しそうな薫子さん。非常に対照的でみていて面白い筈なのに内容が内容だけに素直に楽しめないのであった
「なるほど。そのような事があったのですか」
沈思黙考とばかりに黙り込む史。僕が今のこの状態となった原因を目の前で見ているだけに複雑なのだろう
「それにしても、今の内容のどこに問題があるのか史には分かりません」
「え?!」
考え込むような表情は消え心から不思議そうにこちら見てくる史。長年仕えてくれていたから分かる。彼女は本気だと
「千早様の今の状況を思えば落ち込む要素などどこにも見受けられません。むしろ喜ぶべきかと」
「そうだよね。あたしも良い事だと思ってたんだけどなぁ」
「は、はは、ははは……」
僕の事を思ってそういってくれるこの二人は真の意味で仲間や友人なのだと思う。前の学校ではついぞ得る事のなかった貴重な存在だ
しかしその存在とそれを得る事ができた事の発端を思うと微妙なアンビバレントに囚われてしまい少し乾いた笑いをこぼすしかないのである
ううっ、変わるのは良いけどこんな風に変わることじゃないほうが良いなと少し思う
「でもまあ、ここで延々話してもなんだしさっさと帰ろうよ」
「史もその方がよろしいかと」
その言葉を最後に会話は終わりと歩き出す二人に付いていき寮まであと少しといったところで覚えのある後姿が……
「あれ……優雨ちゃんかな?」
確かに背格好とあの長い黒髪は優雨に見えるが、寮にも入らずなぜあんな所で佇んでいるのか
そして優雨の足元に見えるあの黒い塊は……
「優雨、こんなところでどうしたの?」
「ちはや、それにかおることふみ」
声をかけると縋るような表情でこちらを見てくる優雨。そして声に反応するようにこちらをみてくる黒い塊、いや真っ黒い子犬
「うわ~、野良っこだよ。めっずらし~い」
確かに今時野良犬を見かけるなどそうそうない。まして学院内であるどこから迷い込んだのか
「あのね、このこが離れてくれないの」
さっきはこちらの周囲を駆けずり回っていたのに、今はおとなしく優雨の足にじゃれ付いている。よっぽど気に入られたのだろう
「優雨は学院の外に出ていたの?」
「ううん。雨が降ってるときにベンチで眠っていたらいつの間にかこの子がいたの」
「それで、帰るまでにどこかに行くかなと思ったのだけど」
「そのまま付いて来てしまったのね」
こくりとうなずく優雨。確かに優雨の性格からして子犬を邪険に追い払うなどできないだろう。
しかし寮は動物禁止。そのままだとついてきてしまうので寮に入れず立ち尽くしたままの状態で今に繋がるといったところだろうか?
「ちはや。このこ、どうしたらいい?」
「うっ」
じっとこちら見てくる優雨。ああ……これがよく話に出てくる捨て犬を拾ってきた子供と親の図だ
「ちはやぁ」
「うぅ」
こちら見つめる純真な目を見ていると返答に困る。話の中の親たちもこんな心境なのだろうか
「千早さま」
横から声をかけてくる史
「千早さま、返答を出すことに苦慮しておられようですが今は濡れた優雨さまをどうかすることが優先かと」
犬に注意が向かっていたが多少乾いているとはいえ、たしかに今の優雨はびしょ濡れに近い。早く着替えさせないと風邪などひいては事だ
「たしかに史のいう通りだわ。優雨、一度中に入りましょう」
「でもこの子が……」
「たしかに寮は動物禁止だけど今は優雨の事が優先よ。玄関のところで適当な箱に入れておきましょう」
「しかしそれでは寮則に違反してしまいます」
「では初音さんや寮母さんに駄目といわれた場合は即外に連れて行くということにしましょう」
「千早さまがそう仰るのでしたら」
「では、早く入りましょう。さあ、優雨」
「うん」
「いや、あたしはなんとなく結果は見えているような気がするなぁ……」
後ろから呟く薫子さんの声が聞こえたがどういう事だろう?
「駄目ですよ優雨ちゃん。寮内は動物禁止なのですから」
「初音。言葉と表情があっていなくてよ」
たしかに初音さんの言葉は優雨の行動を嗜める内容なのだが表情は緩みっぱなし視線は優雨の抱き上げた子犬に釘付けだ
「えっ?! そんな事ないはずです」
一瞬できりっと表情を引き締めるがものの数秒も持たずにまた緩み始めるある意味勝負あったといったところか
「こうなると思った」
苦笑しながら一連の流れを見ていた薫子さん。たしかに初音さんがそう強い態度に出る訳無いのだった
「でもどうするの? さっき初音が言った事だけどココは動物禁止よ」
冷静に突っ込みを入れる香織理さんの言葉に少し考え込むがものの数秒で答えを出したらしい
「今日はもう遅い時間です。今から学院外に出るのはあまり良くないと思います」
「よって今回は特例として一晩だけ寮にこの子を置くことにしましょう」
優雨と子犬を見ながらそう言ったのだった
「それでいいのかしら」
チラリと他所を見る香織理さんの視線を追うと、苦笑いをしながらこちらを見ている寮母さんが映る。あちらも積極的に反対するつもりも無いらしい。これで詰みだ
「ありがとう。初音お姉さま」
「でもね優雨ちゃん。今回だけは本当に特別です。次からは駄目ですよ」
「うん」
神妙にうなずく優雨
「じゃあ約束」
そういいながら小指を出す初音さんとそれに自分の小指を絡める優雨
「「ゆびきりげんまん、うそついたらはりせんほんの~ます。ゆびきった」」
そんな懐かしい言葉を口ずさみながら約束を交わす二人。その姿はなんというか
「和むわねぇ」
しみじみと呟く香織理さん
「ええ、まったくですね」
本心からの同意だった
「じゃぁ今夜はこの子と一緒にいられんですねっ!!」
先程まで静かに事の成り行きを見ていた陽向ちゃんが弾んだ声で問いかける
「あら陽向いたの?」
「いましたよ~。ずっと隣にいたのに気づかなかったんですか~?!」
「静か過ぎる陽向なんて陽向じゃないわ」
「お姉さまの中の私っていったい……」
「聞きたい?」
「いいえ。なんとなく想像がつきますので」
「そう」
なんとなく残念そうな香織理さん。食い付きが悪かったのが不満なのだろうか?
「そんな事より犬ですよ犬っ!!」
普段からテンションの高い陽向ちゃんだが、今はそれの五割り増しくらいだろうか?目に見えすぎるほどにはしゃいでいるのが分かる
「陽向ちゃんは犬好きなのかしら?」
「確かに動物は好きですけどこういうシチュエーションに憧れてたのもありまして」
舌を出しながら少し恥ずかしそうにこちらを見てくる陽向ちゃん
「憧れていた?」
「前にも言いましたがうちは母子家庭でして、住んでいた場所が動物禁止だったものもあっておっきな家で犬を飼うというのはすごく憧れだったんですよ」
「そうだったの」
「そうなのです。憧れましたねぇ。一戸建てに暮らして犬を飼って………狭いながら~も楽しい我が家~!! っと」
「?」
やや調子っぱずれな歌を口ずさんでいるがどうにも聞き覚えのない歌である。一体何の曲だろう?
「陽向、前からあなたは少しおっさんくさいと思っていたけど訂正するわ」
「実際おっさんだわ」
「ひどいですお姉さま~そのオブラートに包まれてない言葉が私を攻め立てます~。何を持ってそのような事を」
「しょうがないじゃない。そのネタ分かる人間なんてある程度年齢がいってないと分からないもの、見なさい。千早なんてポカンとしてるじゃない」
「わたしは祖父母の家にあったビデオで見て覚えたのですけど」
「それを普通に分かる香織理お姉さまも中々のって……あいたたたたっ!!」
「あら陽向何か言ったかしら?」
陽向「何も言ってませんです~~っ!! 強いて言うなら香織理お姉さまの知識の豊富さに驚いていただけです~~~っ!!」
「そう? ならいいわ」
「仲良いですね」
本当にいつもどおりな二人だなあと思う
「しかしこうして見ていると寮の人間で家族役が割り振れますねぇ」
先程のウメボシも何のそのと本当に立ち直りの早い娘である
「家族……ねぇ」
子犬を囲んで盛り上がる面々を見てつぶやく陽向ちゃんとそれになんとなく適当な相槌を打つ香織理さん
「そうですよ~」
それから寮の人間を一戸の家族に見立てて割り振っていく陽向ちゃん
なんとなく分からないでもない配役だったが、父親と母親の割り振りには少し不満が出るのであった。というか性別的には逆だろう。と
「なら陽向ちゃんはどんな役割になるのかしら」
「私ですか? そうですね~、途中から入ってきた従姉妹ってところでしょうか? 新しい家族と日々を楽しんでいるといった感じで」
「じゃあ私は?」
「う~~ん。母親役をたまにいびる小姑やあいたたたたたたたたっ!!」
「ひ~な~た~」
「訂正しますぅ~っ!! 豊富な人生経験でまだ若い母親役を導いていくお姉さまです~~~っ!!」
これも姉妹間の立派なスキンシップ? なんですよね
しかし、意外にもダメージが大きかったのかそれ以降沈黙する陽向ちゃんと満足そうな香織理さんの三人で他の面々を眺めていたのだが……
「う~~~ん。ふぁああ」
「初音おねえさま。ねむいの?」
「眠くなんかありませんよ優雨ちゃん。ただちょっとまぶたが重いだけですから」
「あら、もうこんな時間なのね」
その言葉にみなが時計に目を向けると時計の針は十時を指しつつあった。意外と時間がたっていたらしい
「わたし部屋に戻ります」
ものすごく残念そうな初音さんの言葉に皮切りにめいめい用事等を思い出し各自部屋に戻っていったのだった。中には
「「明日提出の課題があったんだった!!」」
と異口同音に叫んでいた人が二人ほどいたがこれは名誉のために伏せておこうと思う。
ついでに言えば本人の為を思って今回は手を貸さないと思う、そして……
「優雨はまだ戻らないの?」
「わたし、もうちょっとだけこの子のそばにいる」
結局私と優雨の二人だけになっていた
そして子犬はというと先程まではしゃぎまわっていたのに電池切れといわんばかりに眠りこけていた
「かわいい」
先程から優雨はその言葉を繰り返しながら背中やおなかを撫で回していた。寮に入る前の戸惑っていた様子が嘘のように馴染んでいる
「ちはや」
「どうしたの優雨」
「やっぱりこの子と一緒にいたい」
「………」
やはり情が移ってしまったらしい
「この子の事が好きになったのね」
「うん。かわいくって大好き。だけど」
「だけど?」
「さっき初音お姉さまと約束したからまもらないといけない」
「そう……」
この子と離れたくない気持ちもあるが、初音さんと交わした約束を守らないといけない考えている。
本当に子供なら駄々をこねて周りを困らせるだけだろう
そういった行動に走らないのは見た目どおりの幼さだけでなく心もしっかり育っている証拠だ
「そうね。約束は守らないといけないわ」
「うん」
「優雨。一期一会という言葉があることは知っているわね?」
「うん」
「優雨にとって今日この子と出会った事は間違いなく一期一会だったのよ」
「………」
「そして優雨が約束を守らないといけない大切な人がいるように、きっとこの子にも大切な人がいるはずよ」
「この子のたいせつなひと………おかあさん?」
「そうね、お母さんもいるだろうし兄弟か姉妹がいるかもしれない。その子にとって一期一会ではなく一生大事にする繋がりがきっとあるはずよ」
「この子をそこにちゃんと返してあげないと、この子もそのお母さんもきっと悲しむわ」
「優雨はそんなのは嫌でしょう?」
「うん」
こくりと素直にうなずく優雨。間違った事は言ってないかもしれないがこの理屈は自分でも卑怯だと思う
「それならもう優雨の答えは出ているはずよ」
「うん。あと千早におねがいがあるの」
「なに?」
「あしたこの子を外に放しにいく時ちはやに一緒に来てほしい」
「分かったわ。ついて行ってあげるわ」
「ありがとう」
「どういたしまして」
その言葉と同時に時計が鐘を鳴らし始めたが日付が変わっていたらしい
「優雨。そろそろお休みの時間ね」
「うん」
優雨はまだ眠ったままの子犬を即席のベッドにそっと横たわらせる自分の部屋に戻るつもりらしい
「ちはや。おやすみなさい」
「部屋まで送っていかなくても大丈夫?」
「うん」
「じゃあ、おやすみなさい優雨」
「うん。ちはや、またあした」
「ええ」
その言葉でこの場はお開きとなった。ただ優雨が今夜いい夢を見れますようにと背中を見ながら思ったのだった
「眠れないわね」
あれから一時間ほど経つがどうにも寝付けない。こういうときはホットミルクでも飲んだほうが良いかもしれない
時間も時間だ。音を立てないように階段を下りていくと誰かがいた。あれは……
「香織理……さん?」
「あら千早、まだ起きていたの?」
「どうにも寝付けなくて、香織理さんこそココで何を」
「私はいつもこの時間くらいまでは起きているけれど」
「気分転換にちょっと部屋を出たらこの子が寂しそうに鳴いていたものだから少し相手をしていただけよ」
「そうなのですか」
特に話すこともなくそれきり互いに黙り込む。ただ………
軽く伸ばした指に甘噛みを繰り返している子犬を見る香織理さんの表情は優しいのにどこか寂しげでとても印象的だった
「私がいるだけでこんなになるなんて寂しかったのね」
香織理さんがぽつりとこぼす
「そうですね。まだ子犬ですから」
「この子も親を求めているのかしら?」
千早「そうでしょうねえ。本当だったらただ母親にじゃれついて眠るだけの日々でしょうから」
香織理「遠くない別れの日を考える事無く過ごす日々……ね。それは幸せなのかしら?」
千早「香織理さん」
「つまらないことをいったわね。けど知らないことは幸せか不幸せか、そんな本当につまらない事を考えただけよ」
一体何を想いそういったのだろう? 誰を想いそういったのだろう ?
「たとえそのどちらであっても、きっと………痛みを感じるのでしょうね。激痛であり鈍痛であり後に残り続ける何かが」
「………」
「けどその痛みも包み込む思い出があるのならその痛みの受け入れられると思います」
「千早はそれを受け入れられたの?」
「私。いえ、僕はまだその途中だと思います。けど………」
「けど?」
「少し前にちょっとだけ一歩前に進めたような気がします。ほんの少しだけですけど」
「そう」
それきり再び黙り込むのだった
「そろそろ部屋に戻るわね。この子も眠っちゃったし」
「えっ」
その言葉を聞き見てみると子犬は再び眠りについたようだった
「勝手なものね。遊ぶだけ遊んで気が済んだら眠るなんて本当に勝手なものだわ」
「人であれ犬であれ、それが許されるのも子供の特権なのでしょう」
「違いないわ」
互いに苦笑を漏らす。そしてその笑いが収まったのを合図に互いの部屋に戻っていったのだった
「痛みを受け入れる……か」
「千歳さん。あなたは天国で元気に暮らしているのですか」
もういない双子の姉を思うとまだ癒えきらぬ痛みが胸を刺すのだった
翌日
「それで皆さん勢ぞろい………ですか」
「まぁ気になっちゃったしね」
「別れは寂しいですが、ちゃんとお見送りはしたいので~」
「私はすぐに生徒会室に戻らないといけませんけど、ちょっとくらい抜けても大丈夫ですから」
「まぁ、特にやることもないから」
「侍女はいつもそばに控えているものです」
「みんないっしょ楽しい」
そんなこんなで寮の人間勢揃いと相成ったのだった
「しかし寮の人間勢揃いで歩くというのも珍しいですね」
「そういえばそうだね。誰か一人はいないものだし」
「寮への珍しいお客さんですから。寮監としてはみんなでお見送りするの良いのではないでしょうか」
「犬はお客さんというのかしら?」
「犬は人類のかけがえのないパートナーですよ。お姉さま」
そんな取り止めのないことを話しながら歩けば学院の門はすぐそばまで来ていた
道路を渡り向かいの公園に出る。そこが別れの場所である
「さあ、優雨」
「うん」
寮からここまで一度も下ろす事無く抱いていた優雨だがいい加減放すべきだと思ったのだろう
もう一度軽く抱き上げ目元まで持っていくと子犬は優雨の鼻の辺りを舐め回していた
そして最後にぎゅっと抱きしめるとゆっくりと地面に下ろしたのだった
「ばいばい」
子犬はそんな優雨を少し不思議そうに見上げるが何かを悟ったのか向かい側に駆け出していったのであった
「あっ」
一瞬その姿を追いかけようとするが立ち止まりじっと見つめる一期一会の出会いを忘れないように目に焼き付けているようだった
「あれ?」
最初に気づいたのは薫子さんだった
少し遠くになったが子犬はまたじゃれ付いていた。遠目に見える子犬より少し大きな真っ黒な犬に……
「よかった。お母さんに会えたんだ」
うれしそうに言う優雨の言葉を皆はじっと聞いていた。皆それぞれに母親を思い浮かべていたのかもしれない
もういなければ離れているだけかもしれない
それぞれ立場は違えど大事な肉親を
「もしもし母さんですか?」
「あらどうしたの千早ちゃん? 急に電話なんかしてきて」
「別に意味はありませんよ。なんとなくです」
「なんとなくでも電話をしてくれて嬉しいわ。最近は何があったのよ?」
いつもと変わらぬ様子で喋り始める母さんの声に少し嬉しくなる。それと同時に母さんにも痛みを乗り越えて欲しいと思うのだった
「ちょっと千早ちゃん聞いてるの?」
「聞いてますよ母さん」
そんなこんなでそれから数時間電話越しにはない続けたのであった。
たまにはこんな日もいいと思うのであった
FIN
Tweet |
|
|
9
|
0
|
追加するフォルダを選択
処女はお姉さまに恋してる 〜2人のエルダー〜 秋の作品フェスティバル
投稿作品