#15
「ふぁああ…。そういや、昨日は美以のとこで世話になったんだっけか」
一刀は洞窟の中で目を覚ました。地面には葉っぱが敷き詰められ、硬い地面で寝たにしては、意外と寝覚めは悪くない。恋はセキトを抱いたまま、まだ眠っている。
一刀は起き上がって軽く伸びをすると、洞窟の入り口へと向かった。
「さて、どうしたものかね………」
一刀は昨日のことを思い出し、一人、呟いた。
前日。
「それで、その『大魔王』ってのはどんな奴なんだ?」
「一刀たちが食べた『魔王』よりも、ずっとずーっと大きい蛇にゃ!いくら美以が強くても、アイツにだけは勝てないにゃ。毎月美以たちの邑にやってきては、美以たちが貯めた果物や、捕まえた動物を食べていってしまうにゃ…」
「「「にゃ…」」」
「ものすごい大きいから、倒すことはできないし、邑を捨てて逃げても、どこからか嗅ぎつけて邑を襲うんだにゃ………。アイツが来る日はいつも皆で隠れて、アイツが満足して帰って行くまで静かにしてるにゃ………」
「そうか………」
一刀は考える。
「(あの蛇よりも大きいやつか………。どのくらいかは分からないが、さすがに伝説に出てくるようなバカデカイやつは出てこないだろう。これも何かの縁だし………)」
一刀が考え込んでいると、恋が袖を引っ張っていた。
「一刀…美以たち、友達………」
「わかってるよ、恋。…なぁ、美以。その『大魔王』なんだけど、俺たちが退治してやろうか?」
「っ!?ホントなのにゃ!?」
「「「なのにゃ!?」」」
「あぁ。これも何かの縁だ。蛇退治といこうじゃないか。な、恋?」
「…ん」
「ありがとーなのにゃ!!」
「「「なのにゃ!!」」」
美以たちが声を上げたかと思うと、一刀に飛びついてくる。ミケなんか涙ぐんでいるところを見ると、かなり被害を被ったであろうことが窺える。
一刀は美以たちを撫でてやると、問いかけた。
「ところで、その『大魔王』が次に来るのはいつ頃なんだ?」
「うぅ…あ、明日にゃ」
「「「明日にゃ……」」」
「そうか、明日か………って明日ぁ!?」
「………びっくり」
こうして、一刀たちは、美以たちの邑で世話になることとなった。
一刀が朝日を拝んでいると、ちょうど、美以たちがやって来るところだった。
「お、みんな、おはよう」
「おはようにゃ!」
「「おはようにゃ」」 「にゃ……zzz」
「あはは、相変わらずシャムは寝ぼすけさんだな。…なぁ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、『大魔王』って、どのくらいの大きさなんだ?」
「ものすっごい大きいやつだにゃ!」
「「おっきいにゃ!」」 「…zzz」
「ん~…それじゃぁちょっとわかりにくいから、もうちょっと具体的に………」
「にゃ…でも美以たちは漢のやつらが使う量りとかないからわかんないにゃ………」
「「「にゃ…」」」
「お、シャム、起きたか。そうだなぁ…じゃぁ、美以たちが食べられた動物の中で、一番大きいのはどんな動物だった?」
「それなら覚えているのにゃ!『大魔王』は、一度美以が捕まえたこぉんな大きい虎を丸呑みにしたことがあるにゃ!!」
美以やトラたちは、両手を広げて、大きさを表そうとする。
「そっか…トラか………」
一刀はそう呟いて、トラを見る。
「(このくらいの大きさなら、昨日のやつでも飲み込めるな………って)虎ぁっ!!?」
「そうだにゃ」
「「「にゃー」」」
「マジっすか………かなり、デカいな……………」
嫌な予感以外に浮かべられる感想を、一刀は持ち得なかった。
「で、どうやって退治するんだにゃ?」
「そうだなぁ………やっぱり、大蛇退治、って言ったらあれなのかなぁ………」
美以の問いかけに、一刀はしばし考えたのち、答えを出した。
「美以、ありったけの果物を集めてくれないか?あと、それと大きな壺か何かの容器があればなおいい」
一刀が指示を出すと、美以はミケ・トラ・シャムに指示を出し、そして3人も邑の住民に指示を出す。
「(というか、なんで邑人も3人とそっくりな見た目をしているんだ?)」
「…みんな、可愛いから、いい」
一刀が不思議に思っていると、ようやく起きたのか、恋がそばに寄ってきた。
「おはよう、恋。というか、人の思考を読まないでくれ」
「…?………おはよ」
「まぁ、いい。今日は、恋も俺と一緒に闘ってもらうから、よろしくな」
「…っ。………がんばる」
共に闘えることが嬉しいのか、恋は心なしか微笑み、いつもよりやる気が感じられるのであった。
「一刀、集めてきたにゃ!!」
「「「にゃー!」」」
数刻後、美以たちが邑人を引き連れて戻ってきた。それぞれが手に果物を持ち寄り、ミケは自身の身の丈の倍はあろうかというほどの壺を抱えている。
一刀はそれを確認すると、荷物の中から大きなの布を取り出し、地面に広げた。
「じゃぁ、この上にそれぞれ果物を置いてくれ。あぁ、皮が食べられないようなものは皮を剥いてから置いてくれな」
「任せるにゃ!」
「「「せるにゃ!!」」」
「………美味しそう」
「余ったら恋にも食べさせてやるから、その涎を拭いなさい」
次々と積まれていく果物を見ながら呟く恋の口元を、一刀は手ぬぐいで拭ってやるのだった。
「これを…こうして………っと。恋!」
「…?」
一刀は詰まれた果物を短刀で大まかに切っていくと、布の端をまとめて紐できつく縛り、恋に声をかけた。
「恋、大変だとは思うけど、このままこの布を絞って、果汁を壺に集めてくれないか?」
「……わかった」
おとな一人は入れそうな壺に、恋の怪力によってどんどん果汁が溜まっていく。
「いい匂いにゃ~」
「「おなか空いたにゃ~」」 「…眠くなる匂いにゃ」
「そうだね。でも、悪いけど、これは飲んじゃだめだよ?これから使うんだから」
「………(じゅるり)」
「………………恋もな」
「…何も言ってない」
「言わなくてもわかる」
「……………………………いけず」
「どこで覚えたんですか?」
恋の作業が終わろうとしている。恋の手を見ると、最初の包みの大きさが嘘のように小さくなり、これ以上絞れないような状態であった。
一刀は再び荷物をガサゴソと探ると、大徳利を3つ取り出した。
「奮発したんだけどなぁ…」
それは、以前立ち寄ったある街で飲み屋に入った際に、味が気に入って店主に頼み込み購入した、一刀秘蔵の品であった。
一刀が蓋をきゅぽん、と開けると、酒の芳しい香りが漂う。しかし一刀はそれを気にも留めず、そして惜しげもなく壺の中に落としていく。
「それはなんなのにゃ?」
「これはお酒だよ。なかなかに強い酒だから、これだけ果汁で割っても相当酔うとは思うけどね」
「むむむ…お酒は飲んだことないけど、美味いのにゃ?」
「ん~…苦いかな。甘いお酒もあるけどね」
「にゃ!美以は苦いのは嫌いにゃ!」
「まぁ、まだ早いかもな」
一刀は美以と言葉のやり取りをしながら、木の枝で壺をかき混ぜていく。
恋?恋は手についた果汁をミケたちと舐め合っていた。
「それで、なんでお酒を用意するにゃ?」
「ん?これはね―――」
一刀は作業の手を止めずに美以の方を向くと、ニヤリと笑って告げた。
「―――俺の国に伝わる、伝説の大蛇退治の方法だよ」
「さて、そろそろか」
「…ん」
今、俺と恋は邑――と言っても、洞窟のたくさんある山の麓で、樹木の上や大木の洞の簡単な住居の集まりではあるが――の広場の近くの茂みに隠れている。
壺は広場の真ん中に置いてあった。
正直、俺の作戦が上手く行くとはあまり思っていない。まぁ、余ったら蛇退治の後にみんなで飲むか、くらいに考えている。
美以たちの話では、蛇は動物以外に果物も普通に食べていたらしいので、匂いに釣られたりするとは思うが、どちらにしろ、標的の注意がそちらに向けばいいのである。
いま、邑の住人や美以たち、そしてセキトは少し離れたところに隠れてもらっている。さすがにあの人数を大蛇から守りきれるかと言われれば、なんとも言い難い。なにせ、大蛇退治など、昨日が初めてだったからだ。美以たちの話によると、相当の大きさがあるので、万が一のために備えておいた。
毎月、陽が翳る頃に現れるという大蛇。黄昏時、そして逢魔ヶ時。……まさに、鬼が出るか、蛇が出るか、だな。そして―――。
ズ…ズズ………メキメキ…………………
何かが地を這うような、そして木々を薙ぎ倒すような音が、密林の奥から聞こえてきた。
「来たな…」
「………一刀」
「なんだ?」
「すごく………大きい………………………」
「……マジ?」
「まじ…」
恋のその言葉に、嫌な予感が的中したことを確信した。
「っ!」
「………」
俺たちは息を呑んだ。
直径2メートルはある胴回り、眼光は鋭く、その胴は林から10メートル這い出てきても、いまだ終わりを見せない。
「(こんなバカデカい蛇なんかいんのかよ!?まさにオロチじゃねぇか!!)」
恋の手を握る俺の手は、汗ばんでいた。ふと横を見ると、恋もこちらを見ており、あの恋の瞳に不安の色が浮かんでいる。
大丈夫だ、俺がいる。
俺は思いを込めて恋の手を強く握る。恋はそれで安心したのか、少しだけ緊張を解いた。
「(さて、上手くいくか…)」
俺と恋が再び視線を前に戻すと、ちょうど大蛇が壺の淵に顔を近づけているところであった。数秒そうしていたかと思うと、大蛇は徐に舌を酒につけ、そして顔を壺に突込んだ。
「(かかった!)」
「…っ」
俺は飛び出そうと身体に力を込めた恋の手をぎゅっと握り、まだ時ではないことを伝える。
まだだ、まだ待つんだ。俺は恋に目で語る。
恋も目で了解の意を示した。
俺と恋は、ただひたすら気配を殺して機を窺っていた。
十数分後。
大蛇は壺の中身をすべて腹に収めると、さすがに酔っ払ったのか、少し移動しただけでその動きを緩め、ゆっくりとトグロを巻くと、眼を閉じた。
そして待つこと二刻。
「よし…行くか」
「(コク)」
大蛇が完全に寝入ったことを確認すると、俺と恋は音を立てないように茂みを抜け出した。気配を殺して、蛇に近づく俺たち。恋を少し離れたところに待機させると、俺は一人、さらに近寄った。大蛇は目を覚まさない。
太刀筋は最短で。殺気は一瞬で。
俺は音もなく野太刀を抜き上段に構え―――
「………………………………………………………っ!」
―――一息に振り下ろした。
ガッ!
「(ミスった!?)」
俺は決定的なミスを犯してしまった。前日の蛇の感触を頼りに、この刀で切れるだろうとタカを括っていたのだ。
爬虫類?まさか!まるで鋼じゃないか!!
俺がそんな後悔をした一瞬、大蛇の両目がカッ、と見開かれた。
「しまっ――?」
ドゴッ!
その瞬間、大蛇の尾が俺の横腹に直撃した。
「っ!」
払い飛ばされる俺を見た恋は一瞬で大蛇との間合いを詰めると、横薙ぎに方天画戟を振るった。
ガキィッ!
「っ!?」
しかし、その刃は蛇の鱗に当たってもなんら傷をつけることなく、弾き返されてしまう。大蛇は俺にしたように、恋へと尾を振るった。
恋は両手で戟を構えてそれを受けたが、衝撃までは殺しきれず、弾き飛ばされる。
「恋!大丈夫か!?」
「…へいき」
俺は大蛇を挟んで反対側にいる恋に声をかけると、恋は上手く両足で着地をし、返事を返した。
「恋っ!合わせるぞ!!」
俺のその一言で理解したのか、恋は再び前へと跳び出す。対する俺も、恋が跳ぶと同時に地を蹴り、大蛇へと向かっていった。
「美以さまぁ、一刀たち、大丈夫かにゃ~?」
「「にゃぁ」」
邑の広場から離れたところで隠れていると、トラが美以に不安げに問いかけた。ミケとシャムも同様である。
「一刀たちならきっと大丈夫にゃ」
対する美以も、部下たちを安心させようと気丈に振舞うが、その語尾は弱い。
「でもでも、ミケたちが何人かかっても倒せなかった『大魔王』にゃ。心配だにゃ…」
「「心配にゃ……」」
そう思うのは、何もミケたちだけではなかった。ふと周りを見渡すと、他の部下たちも不安げに美以を見つめている。
「(みんなして美以を見て…一体どうしろって言うにゃ………そりゃ美以だって不安にゃ…………でも………………)」
美以の王としての器が、今、試されようとしていた。
「はぁっ!!」 「…ふっ」
ガガッ! ガキィ! ザザァ…
「はぁ…はぁ………。くそ、傷一つつかないとはな」
「強い…」
三十分は打ち合っていただろうか。軽く様子見などしていれば、すぐに武器を弾かれてしまう。常に本気で刀や戟を振り続けていた一刀と恋は、少しずつ疲れを見せていた。
「まぁ、こうして悩んでいても仕方がないし、もう少しやってみるしかないか……恋、まだいけるか?」
「ん………でも、おなかすいた」
「そうだな………でも、アイツを倒したら、たらふく食えると思わないか?」
「………頑張る」
「あぁ、頑張ろうな」
俺は左手で恋の頭を軽く撫でてやると、再び大蛇へと向かった。
ガキィ!ガガガッ!ギィィン…
対する大蛇は抵抗もせずに、時たま尾で反撃をしてくる程度だ。しかし、その一撃が重い。そして何度目かの尾を受けた時―――
ガッ!
「やばっ!?」
俺の手は限界に近づいていたらしい。野太刀は弾き飛ばされ、初撃とは異なり、その一撃をもろに喰らってしまった。
「がはぁっ!!」
「っ」
それを見た恋は俺を庇おうと向かってくる。
「馬鹿っ、恋!!」
「くっ」
敵も馬鹿ではないらしい。その隙を突いて恋にも尾を振り当てた。
くそ…身体が重い………。これは、本当にヤバイな。俺は霞む視界の中で、大蛇が悠々とこちらに向かってくるのを見ていた。
そして、大蛇が首をもたげた、その時―――
「―――一刀を苛めるにゃぁぁああっ!!!」
―――少女が飛び出し、その手に持ったマジックハンドで大蛇の頭を殴りつけた。
「馬鹿野郎っ!なんで隠れていないんだっ!?」
それは、隠れているはずの美以だった。俺は思わず叫んでしまったが、美以は、震える手で武器を構え、大蛇に相対しながら叫び返した。
「かっ、一刀は美以の、ととと、友達にゃ!友達を見捨てたら、南蛮大王の名が泣くにゃっ!!」
「っ!」
美以は恐怖に震えながらも、その王としての器を俺に見せ付けた。
………ははは。何やってんだよ、俺。諦めようとしやがって。こんな小さな女の子が立ち向かってるんだぞ?ったく……何やってんだよぉ!!
俺は痛む身体に鞭を打って、立ち上がっる。
俺と一緒に飛ばされた野太刀を拾い上げると、俺は美以の頭を撫で、彼女を後ろへと追いやった。
「ありがとな、美以。美以は、立派な南蛮の王様だよ」
「とっ、当然にゃ!」
「ここからは俺に任せてくれ」
とは言ったもののどうしたものか………。日本書紀か古事記では酒に溺れて殺されるような神だったくせに、現実世界じゃこうも違うとはな………。そういえば、伝説では身体の中から草薙の剣が出てきた………んだっけ………………か?
………本格的にヤバイし、これしかないか。
俺は刀を右手で持ち、身体の左側にぴたりと添えると、恋に向かって叫んだ。
「恋!………俺を、信じろ!!」
俺は恋の反応を確かめる前に、大蛇の前へと跳び出した。
それを見ていた恋と美以は自分の眼を疑った。
一刀が叫んだかと思うと、大蛇との距離を詰め、そして―――
「っ!?」
「一刀!?」
―――その大きく開かれた口に、自ら飛び込んだ。
恋は動けなかった。いや、正確には動くことはできるのだが、動かなかった。一刀は言った。「信じろ」と。ならば、恋にできるのは信じることだけである。
大蛇の喉の部分が膨れあがり、徐々に腹の方へとその膨らみが移動していく。
「…っ」
恋はいまにも駆け出したい衝動へと駆られていた。だが動かない。戟を握る手にはこれまで以上に力が入り、必死に自分を抑えている。
一刀が嘘を吐く訳がない。信じろ。恋は自身にそう言い聞かせ、ただ大蛇の嚥下運動を見つめていた。そして、膨らみが2メートルほど進んだ時―――
思ったより狭いな。これだけの太さがあるから、もっと中は空洞があるかとも思っていたが、違うらしい。
…さて、息も長くは続かないし、さっさとやるかね。
俺は刀を持つ手に力を籠める。
勢いをつける幅は存在しない。失敗すれば息ができなくなる。できることはただ一振り。
まさに絶体絶命だな。
俺は心の中で苦笑しながら、なんとか体勢を整えると、両足に力を入れて、踏ん張った。
嚥下が止まる。足場は出来た。あとは、斬るだけだ。
……いくぞ。
―――その時、大蛇の喉が………裂けた。
「な、なんにゃ!?」
「っ!…一刀………」
血が吹き出る中、よほど苦しいのか、大蛇は首を振り回す。時に樹をへし折り、時に地面を抉り、そうして暴れ続けていたが、次第にその動きが収まっていく。
そして、完全に動かなくなった時。
「…ぶはぁっ!!苦しかったぁぁああ!」
大蛇の傷口が更に広がり、中から出てきたのは、一刀だった。
「なんとか終わったな………それにしても、蛇に飲み込まれて、しかも生還した人間なんて、人類史上初じゃないのか?」
そんないつも通りの一刀を見て、恋はたまらず方天画戟を放り投げ、走り出した。
「うぉぅっ!?………恋、俺いま血だらけだから、あまり触らない方がいいぞ?」
「………(ふるふる)」
「ま、洗えばいっか。恋…心配したか?」
「…(コク)」
「そっか……ごめんな?」
「でも…我慢した。一刀が………『信じろ』って言ったから、信じた………………」
「あぁ…ありがとな」
一刀はそう呟いたきり口を閉じ、抱きつく恋を、強く抱き締め返した。
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