ある夜のことだった。
俺は粉雪が舞うのも気にせず、作務衣を着、雪駄を履いて散歩に出た。かれこれ5年続けている日課なのだからここでやめる気にはならない。雨の日も、風の日も、雪の日も警報と自分の体調が悪くならない限り俺はずっとこの日課を続けている。
ただ、その夜はいつもと違った。歩き続けていると、一人の男が道の端にしゃがんでいる。
「大丈夫か?」
もしかしたらどこか具合が悪いのかもしれない。あいにく俺は携帯電話なんてものを持っていないが、近くに公衆電話がある。
すると男は驚いてこちらへ振り返る。明らかに挙動不審だった。
「あ、いや、いや、猫、捨てられてた、から」
ろれつが回っていない。男の足元を見ると、ダンボールの中に一匹の猫がいた。小さく丸まり、震える猫。今にも死んでしまいそうで、垂らした男の指にすがりつくようにしていた。
「ふん、拾わないのか?多分今なら助かると思うぞ」
男は顔を伏せる。表情はうかがえず、小さく揺れる肩が悲しげだった。
「そうしたいのは山々なんですが……僕じゃ、養ってやれないんです。あなた、面倒を見てやってはくれませんか?」
すがるような目。その目は俺の目に、猫と同じように映った。
「初対面の人間に、任せてもいいのか?」
一度悩むそぶりを見せたが、男は肯定した。
「こういうことに興味を示してくれる人が悪い人なはずがありませんよ」
無理矢理に作られたような男の笑顔。その笑顔につられて俺の場合は苦笑いをしてしまった。
俺は猫を拾うと、懐に入れる。男は満面の笑みを浮かべ礼を述べる。
俺と男は別れ、それぞれ歩き出した。もう男がこちらへ向かってこないことを確認すると俺は懐から猫を取り出す。俺が首の骨を折ったことで、もう猫は死んでいた。
くしゃみが出る。俺は重度の猫アレルギーなのだ。
たらたらと赤い血が猫からあふれ出している。早く捨てなければ。
死ななければ生き物。死ねばただの物だ。死体にしてやれることはない。何かをすることは死体のためではなく、自己満足のためでしかない。だから、ダンボールにおいてやることもないだろう。どうせ明日動物病院に連れて行ったところで助けることができたとは限らない。
「ペットは責任を持って買いましょう。買えないのなら、買うのをやめましょう。それがペットのためです」
ごくごく当たり前にもかかわらず、二人ともできなかったことを呟きながら俺は猫を真っ白な雪のじゅうたんに乗せた。
「恨むな。誰ひとりとして恨むな。俺のせいでもなければ、あいつのせいでもない。神のせいでもなければ、無論仏のせいでもない。強いて言うなら、これはお前のせいだ」
ゆっくりと猫を中心にして、赤い波紋が広がっていく。
赤い、紅い、朱い、赫い。
俺は家へ帰る道を歩く。
背後には白い雪道の中に、一輪の赫い華が美しく咲いていた。
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ペット問題について自分なりに考えてみました。