私達は《リベルタ・ドール》から離れ、夜の街道を歩いていた。
《リベルタ・ドール》から離れてしまうと、街の灯りも何も無く、ただ暗い山の道が伸びているば
かり、幾つかの松明だけが道しるべだった。
先頭を行くのはカテリーナで、彼女はとにかく『リキテインブルグ』の方へと向かっているよう
だった。しかし、馬ですら国境まで1日かかる程の距離があるというのに、歩いて行ったらどの
くらいかかってしまうのか。
だから彼女は、『リキテインブルグ』にまで歩いて行こうとしているわけではないのだろう。
救援を求めるのならば、街道沿いに並んだ警鐘が、ずっと伝わって行ったはず。《リベタ・ドー
ル》の危機は、周辺諸国にまで伝わって行っているのだ。街道沿いにはずっと、小屋や警備塔
などの施設が連なっており、そこには必ず常備兵と、大きな警鐘がある。それが、街で起きた
危機をずっと伝えて行くのだ。
だから明日には、隣国にまで《リベルタ・ドール》で、非常事態が起こったという事は伝わるは
ずだった。
私達、そして、城から脱出してきた人々は、とにかく《リベルタ・ドール》から離れ、避難する為
に街道を歩き続けていた。
数十人という人数が列をなし、一体、どのくらい歩いたのだろうか。もう日が昇ってきてしまう
のではないのかという時間まで、私達は歩き続けていた。
誰とも遭遇せずに、街から離れる事ができているだけでも運が良い。《リベルタ・ドール》を襲
撃した者達は、街を包囲するのが目的らしく、街道までは兵を放っていないようだった。私は弱
音を漏らすまいと、疲労を押さえ込みながらずっと歩いていた。
しかしやがて、
「も~う、限界! これ以上歩けないよッ!」
私の背後からフレアーが声を上げていた。彼女はそのまま地面にへたりこんでしまう。
「できるだけ街から離れないと危険だ」
カテリーナが言った。彼女には、まるで疲労の様子も現れていない。
「でも、もう限界なの! これ以上歩くなんて無理!」
「フレアー様、みっともないですぞ。子供みたいな声で」
シルアが指摘するほどの、子供がわめき散らすかのようなフレアーの声。しかし、無理もない
のだろう。私だって、これ以上歩けないほど疲れている。私よりも体格が小さくて体力の無さそ
うなフレアーなのだから、相当に疲れてしまっているはずだった。
するとやがて、私達の後について来た人々からも声が上がる。
「もうこれ以上歩けません!」
「少しだけでもいいから休ませて下さい!」
「どうか、もう限界なんです!」
そのほとんどが、女性から上がる声だった。ほとんど文句も無しに私達に続いてきた
人々だったが、フレアーの声をきっかけに、休息を訴えてくる。
「カテリーナ…」
私は、最も先頭にいるカテリーナの方を向いた。
「仕方ない…。ここらで休もう」
彼女は周囲を見回した後でそう言った。とりあえず、周辺に怪しい気配は無い。
「だけど、警戒は怠らないように…な」
そして私達は、夜の街道から少し外れた空き地で休憩を取る事になった。
どのくらい休んだ事だろうか。ようやく休めるようになって、私はその場で倒れたように眠りに
ついた。
それから、私は時の感覚を失ったように熟睡し、目覚めた時は、もう日が昇っていた。それも
最も高い位置にある、正午過ぎの時刻だった。
私は起きて、周囲の様子を見渡した。ここに来たばかりの時は、夜もふけていて、辺りの様
子が見て取れなかったが、今は違う。
ここは、山道の山腹にある空き地で、街道は少し離れたところにある。
私達と共に逃げてきた人々は、とりあえず一箇所に固まっていて、一緒にいた。そして、城の
警備兵達が交代で警戒に当たっているようだった。
私の近くには、カテリーナが座っていて、ずっと警戒に当たっているようだった。
彼女が少しは休んだのかどうか、私には分からなかった。側から見ている分には、疲れ
ている様子はないから、多分、眠りにはついて休んではいたのだろう。
やがて私が起きだした時、街道の方から、ロベルトが姿を現した。彼は、数名の警備兵を連
れている上、手に大きな袋の包みを抱えている。
「とりあえず、この辺りに怪しいものはいない…」
そう言って、彼は地面に袋の包みを置いた。
「食糧を、持ってきた」
ロベルトの持ってきた袋からは、果物があふれ出していた。彼は、周囲の警戒に当たる
ついでに、食糧を探して来ていたのだった。
彼は私達のすぐ側に座り、一緒に行動していたらしい騎士達は、他の人々に食べ物を配
り始めた。
カテリーナは、袋の中身からこぼれた果物を手に取り、それが痛んでいないか、匂いを嗅い
だり、手にとって見ていたりした。大分慣れた手つきだ。私もいつも同じような事をしているから
分かる。
「これから…、どうするか…」
カテリーナは、その果物を食べる前に呟いていた。
「…いずれ隣国から応援が来る」
ロベルトが答えた。彼はすでに何かを食べたのだろうか、果物を差し出す事はしたもの
の、自身はそれを食べようとはしない。
「それまでは、逃げ回るしか、ないか…」
再び呟くようにカテリーナは言った。
「逃げ回るのは嫌いか…?」
そう尋ねてきたロベルトの方を少しだけ見て、カテリーナは
「割と…、ね…」
とだけ呟いていた。
その時、私のすぐ後ろでぐっすりと眠っていたフレアーが、にわかに私達が動き出したのに気
づき、起きようとしていた。
「う~ん…。今何時…?」
眠い目をこすりながら、緊張感の無い声でフレアーは起き出してきた。彼女の表情からして、
まるで昨晩の出来事など忘れてしまったかのようだった。
「シルア…、起きなさい…!」
そう彼女は言って、自分に寄り添うように眠っていた、黒猫のシルアを叩きながら起こしてい
た。
彼は猫の声を出しながら、迷惑そうに呻き、目を開け出していた。
「あー! 食べ物あるの?」
私達が囲んでいる果物の山に、眠気が吹き飛んだかのようにフレアーは叫び立てる。そ
して、私達の輪の中に入ってくるのだった。
「どのくらい兵が集まれば、あの軍勢を打ち倒せるか…」
フレアーが起き出した事など知らないかのように、カテリーナは呟いている。
「それよりもまず、王様を救出しないと!」
彼女にかまってほしいかのようにフレアーが言った。
「それは、それで考えているって…」
「王様の事、凄く心配しているようだけれど…?」
そうフレアーに尋ねたのは私だった。
「それはもう。フレアー様と王様は、まるで祖父と孫娘のような関係でございますから…」
「一国の王様が連れ去られたんだよ! 心配して当然でしょう? いても立ってもいられない
よ!」
やっと起き出してきたシルアの言葉を、否定するかのような言葉でフレアーは騒ぐのだった。
「こんな人数で、何ができるって言うんだ?」
立ち上がって、力強く主張するフレアーを、ちらっと見上げながらカテリーナは言う。
「じゃあ、このままほっとけって言うの?」
「フレアー様。あなた様の気持ちも分かりますが、どうか落ち着かれて…」
シルアが、フレアーのズボンの裾を掴みながら彼女を落ち着かせようとした。
「…、分かったよぉう…」
そう答えると、フレアーは地面に座ろうとしたが、いても立ってもいられないという様子で、そ
の場をうろうろし出した。
「どうか、遠くへ行かれないで…」
シルアが心配して彼女に呼びかけた。
「子供じゃああるまいし、そんな事するわけないでしょ!」
いらついたように彼女は答えるのだった。
「すいません皆様…。しかし、フレアー様の気持ちもどうかご理解下さい。先程も申し上げたよ
うに、お二人は、祖父と孫娘のような関係でございますので…」
「どういう事だい?」
カテリーナが尋ねた。すると、シルアは自分の前に転がってきた果物を、前足で転がしながら
話し始めるのだった。
「そうですね…。フレアー様はあの通り、魔法使いという種族の血の入っているお方でありま
す。私は、あの方の祖父母の代から仕えている者ですが…、やはり、皆様のような普通の人間
の事とは違う事も多いのですよ…。
例えば、フレアー様はあの通り、姿も子供のようでして、魔法使いの者はどうしても、人で言う
ならば10歳か11歳くらいの頃で成長が止まってしまうもの。ああ見えても、フレアー様は立派
に成人なさっているのですが、人と比べられて、外見面で色々不満に思う事も多いのです。
特に子供の頃などは、あの方も、他の子供達と遊ぶような事も多かったのですが、周りはど
んどん成長して行くのに、自分だけが取り残されていく。そのような事で思い悩む事も多かった
ようなのです。
そんな時、ご両親がいられれば、フレアー様の悩みも聞いてくださったでしょう。しかし、フレ
アー様のご両親は、我ら『セルティオン国』の外交官という立場におられた。フレアー様を一人
にしてしまう事も多く、致し方なかったのです。
ですが、そんなフレアー様を理解して下さる方こそが、エドガー陛下であったのです。あのお
方は、まるで自分の子供か孫娘のように、フレアー様を可愛がられた。そして面倒を見てあげ
たり、悩み事なども親身になって聞いたりなさったのです。
フレアー様も、エドガー陛下の事を、実の祖父のようにお思いなさっているのでしょう。ですか
らあのように、いても立ってもいられないのです…」
そこまで話すと、シルアは目の前の果物に向かって、猫がするようにかぶり付いた。
「そう…、だけど、私はどちらにしろ王を救出する立場にある…。彼女の為にも私は王を救出
するさ…」
カテリーナは、果物を食べているシルアの方を見ながら言った。
「ええ、私からもお願いします。私も、フレアー様の事は何より大切ですので…」
そうシルアが言った時だった。何かに気づいたようにカテリーナはその場から立ち上が
る。彼女の顔は警戒の色を強めていた。
「何か…、近づいてくる」
そう彼女は言った。しかし寝起きのせいか、私には全く気配が感じられなかった。
カテリーナは、背中に剣を吊るしたまま、空き地から街道の方へと向かっていく。間にあった
茂みをかき分け、山の中の街道へと飛び出した。私も彼女の後へと続いて街道の方へと飛び
出すのだった。
そこまで来ると、私もやっと、多くの音を聞き取れるようになった。
確かにカテリーナの言う通り、音が迫ってきていた。多くの音。それは馬の蹄の音であるのに
は間違いないようだった。
カテリーナは警戒心を強めた。しかし、彼女は何かに気づいたかのようにその警戒心を
解く。背中に伸びていた手も、剣を握ろうとはしなかった。
やがて街道を走ってくる大勢の馬の姿。かなりの数の群集が、狭い山の中の街道に馬を
走らせてきていた。
それは騎士達だった。このようなのどかな山道の街道に騎士達の姿など、とても物々しい光
景だ。しかし、私は先頭で馬を進めてくる騎士に見覚えがあった。
カテリーナの目の前までやって来るその騎士。跨っているのは、真っ白な白馬だった。どこに
も白以外の毛はないといったくらいに真っ白な馬だ。
その上に跨っている女の騎士は、カテリーナの方を向いて言う。
「あら、どうしたの?」
それは、何のくったくもないような、まるで友達同士で交わすような言葉と口調だ。
その騎士達は、カテリーナがその団長を務める、『フェティーネ騎士団』だったのだ。
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ある少女の出会いから、大陸規模の内戦まで展開するファンタジー小説です。
脱出組を先導した魔法使い、フレアーが自分について語ります。