第四.五章「Q&A」
「えっと、気分はどうかな?」
「気分? 元気だよ」
「そっか。じゃあ、今日も質問に答えてくれるかな?」
「うん。いつもと一緒だね」
「そうだね。……まず、お名前教えてくれるかな?」
「また? いつも聞くんだね?」
「そうだよ。今日も名前教えてほしいな」
「ボクはジュンだよ」
「ジュン君だね。名字は分かるかな?」
「ミョウジ?」
「上の名前の事だよ。僕、深山浩なら、深山の部分」
「おじさん。ミヤマって言うの?」
「そうだよ。ジュン君、君の名前を全部教えてくれるかな?」
「え~っとね。彼はユズヤマって言ってたよ」
「柚山潤、でいいのかい?」
「そうだと思う」
「ジュン君は、どうしてここにいるか知っているかな?」
「……知らない」
「ここがどこか知ってるかい?」
「私、知らない」
「今日が何月何日だか分かるかな?」
「そんな事どうでもいいじゃん。もっと楽しいことしようぜ」
「……質問には答えてくれないのかな?」
「答えて欲しけりゃ、それ相応のもんを出しやがれ!」
「はぁ、今日はご機嫌がよくないみたいだね」
「そうかな? 普通だよ」
「なら、質問に答えてくれるかな?」
「そんな事より深山。塩酸デュロキセチンの処方が多いようだが、何か問題でも?」
第五章「被検体H-4番の場合」
ある日、ボクは目覚めたんだ。
目を開ければ白しかない。全てが白い部屋だった。
壁も天井も白。窓に付いたカーテンまで白。
どこを見ても白いその部屋は、不思議と落ち着いた。
多分、そこが病院だってわかってた。
でも周りには誰もいない。お医者さんの先生もいないし、看護婦さんもいない。
パパやママもお見舞いに来てくれない。すごく変な所だった。
時々、お医者さんの格好をした人が来たけど、あの人たちはお医者さんじゃないと思う。
どうしてそう思ったのかボクにもよくわからないけど、あの人たちはお医者さんじゃなかった。
ボクは昔から病気をしてたので、本当のお医者さんにみてもらいたかったけど、その人たちはもう大丈夫って言っていた。
何が大丈夫なのか、ボクにはわからなかった。
ボクらは今でも普通じゃないのに……。
でも、確かに最近はなんだか調子がよかった。
だけど部屋から出してもらえないのは、やっぱり悲しかった。
外に遊びに出たいとは思ったけど、病気のボクが外で遊べないのはいつものことだから……。
それでも、慣れたって自分に言い聞かせることができるぐらいにボクは子供じゃなかった。
それに彼らがいてくれたおかげでさびしくはなかった。
しばらくたって、ボクは部屋が変わることになった。
白い部屋を出たボクが入ったのはきゅうくつな部屋だった。
窓がないから天井の電気しか明かりがない。
夜に電気が消えると真っ暗になって何も見えなかった。
その部屋はボクと同じような子が五人ぐらいいた。
実は五人だったか、六人だっか、よく覚えてない。
よく遊んだミヤコちゃんとアリサちゃんのことは覚えてる。
でも、それ以外の子のことは名前も思い出せなかった。
新しい部屋でボクらはいつも一緒にいた。
あんまり広い部屋じゃなかったけど、ボクら三人はいつも部屋の真ん中に集まっていた。
他の子は部屋の隅が好きだったみたいだけど、ボクら三人は部屋の真ん中でいつもおしゃべりをしていた。
ミヤコちゃんは明るい子だった。いつもボクらに話しかけてくれてすごく楽しかった。
ミヤコちゃんはボクよりも二才年上のお姉さん。
すっごく美人で、大人になったら結婚してって言ったら笑ってごまかされた。
ミヤコちゃんの赤茶色の長い髪の毛は、アリサちゃんがいつもうらやましがりながら三つ編みに編んでいた。
だって、アリサちゃんは黒髪のボサボサ頭で髪の毛がくくれないんだもん。
ミヤコちゃんとは逆に、アリサちゃんは大人しい子で、アリサちゃん自身のことはあまり話してくれなかった。
ただ、前にボクと会ったことがあるって言っていた。
ボクはいつも通りよく覚えてなかった。アリサちゃんとはどこで会ったのかな?
別にボクはミヤコちゃんとアリサちゃん以外の子と仲が悪かったわけじゃない。
ボクは頭が悪いから覚えられないことが多いけど、他の子のことをぜんぜん覚えてないのは、ちょっとおかしいとボクも思ってた。
どうして覚えてないのか、それに理由があるって、後になってから気がついたんだ。
それまでは特に二人と仲がよかったからだって思ってた。
それもあると思うけど、本当の原因は他の子はすぐにいなくなったからだって、最近気づいたんだ。
一人いなくなれば二人増えて、また一人いなくなる。
増えて、減って、増えて、減って……。
そうしてボクら三人だけが、その部屋に長くいたんだと思う。
やっぱりよく覚えてない。
どうしてこの部屋にボクらがいるのか?
どうして出て行く子がいて、入ってくる子がいるのか?
多分、彼なら知っていると思ったけど、いくら聞いても教えてくれなかった。
でも、ボクもそのうちこの部屋を出て行くんだってことはなんとなく気づいてた。
それがミヤコちゃんとアリサちゃんとのお別れになるってこともわかってた。
そのお別れは突然だった。
朝起きたらミヤコちゃんがいなかった。
そっか、ボクがいなくなる前に二人がいなくなることもあるんだ。
ミヤコちゃんがいなくなって、はじめてそのことに気がついた。
やっぱりボクはバカだ。
いくら待ってもミヤコちゃんは帰って来なかった。
帰って来ないことはわかっていたのに、ボクらは待っていた。
一日が過ぎて、二日がすぎて、それでも待っていた。
一週間がたったとき、アリサちゃんに言われなければ、今でも待っていたかもしれない。
いつの間にか、あの部屋はボクとアリサちゃんの二人だけになっていた。
アリサちゃんは毎日泣いていた。
さびしい、さびしい、って毎日泣いていた。
ボクらは家に帰りたいってずっと言ったけど、それをかなえてくれる人はいなかった。
その頃にはこの部屋がボクらを閉じ込めるためにあるってこともわかってた。
だって、ボクもアリサちゃんも壊れてたんだもん。
アリサちゃんはずっと泣いていた。
泣いてカベをなぐり続けてた。手から血が出てもアリサちゃんはずっとカベをなぐってた。
ボクが言ってもアリサちゃんは止めなかった。
アリサちゃんの手が痛そうだったから、ボクは無理矢理止めようとした。
そしたらアリサちゃんはボクをなぐった。ずっとずっとボクをなぐり続けた。
痛いから止めてって言っても、ボクはなぐられ続けた。
いつアリサちゃんが止めてくれたのか覚えてないけど、気がついたらボクは部屋の真ん中で大の字に倒れてた。
天井のうす暗い明かりがまぶしかった。
アリサちゃんは顔を赤くはれ上がらせて部屋の隅でふるえてた。
まるで、いつの間にか消えていった子たちのように。
ああ、アリサちゃんも消えるんだな、って思った。
その二日後、アリサちゃんはやっぱり消えていた。
結局、あの部屋はボクらだけになった。
みんながいた部屋とボクらだけの部屋。
それが同じ部屋だなんて信じられないくらいに変わってしまった。
ボクはこの部屋で何をしているんだろう?
みんなはどこに行ったんだろう?
そんなこと考えても、頭の悪いボクにわかるわけがないのに考えてしまう。
だってミヤコちゃんとアリサちゃんがいないんだもん。他にすることがなかったんだ。
二人がいないのはさびしかったけど、ボクは部屋の隅に隠れることで静かにすごすことができた。
それに比べ、日に日に荒れていく彼らのことがかわいそうでならなかった。
「H-4番。出ていいぞ」
今度は、ボクの番だった。
(第6章につづく)
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悠木有紗にとって僕がどういう存在なのか、気にならないと言えば嘘になる。
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ただ一つ、ただ一つ言えることは、僕には彼女が必要だったって事だ。
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