休むことなく飛び続けたセキトのおかげで、その日の夜には許昌に到着することが出来た。
「ご苦労様……」
「がうっ!」
許昌の街から少し離れた荒野に降りたセキトは、恋の労いにうれしそうな声を上げる。見るからに疲労して、しばらくは動くことも出来なさそうな様子のセキトだったが、その時ばかりはいつもの元気を取り戻した。
「さて、それじゃ急ごうか」
「うん……セキト、ここで待ってて」
「ありがとな、セキト」
一刀は恋、霞とともに街に向かって走り出す。街にはいくつもの明かりが灯り、夜襲を警戒するかのように兵士がまとまって見回りをしていた。
「厳重だなあ……」
「どうする?」
「いや、どうするも何も、荀彧さんからの手紙があるんだし……あれ? どこにしまったっけ?」
懐に入れたはずの手紙が見当たらない。一刀たちがその場で手紙を探していると、突然、武装した兵士たちが大勢やって来て三人を取り囲み始めたのだ。街のそばで立ち止まり、明かりも灯さず暗闇の中でごそごそしていれば怪しまれても仕方がなかった。
「いや、俺は北郷一刀で――」
一刀がそう口を開くと、兵士たちがざわめきはじめる。
「天の御遣い様の名を騙るとは、不届きな連中め! こいつらを捕らえろ!」
名前を出したのが逆効果となり、なぜか一刀たちは兵士に追われる羽目になった。
書類に目を通していた桂花は、何やら騒がしい様子に兵士を呼んだ。
「何かあったの?」
「それが、賊が忍び込もうとしていたようで……」
「こんな時に」
舌打ちをして、窓から外の様子を伺う。走り回るいくつもの明かりが見えた。
「賊は何人なの?」
「報告では3名だということですが、念のため、他に潜んでいる者がいないか周囲を探させております」
「そう……」
本当にただの賊なのか。それとも、何かの罠なのか。桂花はいくつもの可能性を思い浮かべ、忙しく頭を働かせた。と、なにげなく見ていた窓の外で、屋根の上に人影を発見したのである。
「あれが賊かしら……ん?」
桂花は思わず、窓から身を乗り出した。兵士が向けた明かりに中に浮かび上がるその姿は、よく見覚えのあるものだったのだ。
「あのバカ! 何やってるのよ!」
そう怒鳴ったかと思うと、桂花は大慌てで部屋を飛び出した。呼びかける兵士を無視し、城門前までやって来る。
「ここを開けなさい!」
「いけません、荀彧様! まだ賊が捕まっておりませんので――」
「だから!」
事情を説明するのももどかしいと言うかのように、桂花は激しく足を踏みならす。一刻も早く、この馬鹿馬鹿しい騒ぎを収めなくてはならないのだ。再び門番に怒鳴りつけようかと思ったその時、訓練場の方から歩いてくる4人の人影が視界に入ってきた。思わず喜びに目を見開いた桂花は、その人物たちの元に走り寄って行く。
「ちょうどいい所に来たわね! 早く行って、あいつらを止めてきてちょうだい!」
何の説明もなくそう早口に言う桂花の言葉に、その4人……張三姉妹と季衣はぽかんとした顔で立ち尽くしていたのである。
玉座の間で、あきれる桂花の視線に一刀は体を小さくする。
「まったく……季衣たちが来なかったら、どうなってたか」
「本当にすまん」
「もういいわ。こちらが頼んで来てもらったわけだし……」
溜息を漏らした桂花は、真面目な表情に戻って居並ぶ面々の顔を見た。一刀に恋、そして初めて会う張遼と、張三姉妹に季衣、流琉もいた。流琉は季衣が呼んできたのだ。
「でもー、急に戻って来るなんてどうしたの一刀? あっ、もしかして私に会いに来てくれたのかなぁ?」
甘えるように天和が言うが、残念ながら腕を絡ませることは出来ない。一刀の両側では、恋と張遼が譲るものかと目を光らせていたからだ。
「えっと、何というか……」
「その件については、私から説明するわ」
桂花はそう言うと、まだ公にはされていない華琳の公開処刑について話して聞かせた。一様に驚きの表情を浮かべ、やがて悔しさを滲ませる。
「でも……生きていらっしゃったのですね」
「ええ」
わずかに笑みを浮かべた流琉に、桂花は頷いた。季衣と流琉の二人は特に、華琳たちの無事を静かに喜んでいるようだった。
「でも、そんな大事な話を私たちにも聞かせて良かったのですか?」
人和が言う。今の話は、いわば最重要機密と言える内容だ。いずれ朝廷より正式な発表が成されるとはいえ、ぺらぺらと話していい事ではない。実際に慰問で兵士や街の人々の前で歌う彼女たちは、この街を支えているものが何であるのか十分に理解していた。万が一、華琳たちがすでに捕らえられており、処刑されると知られれば士気が大きく下がるだろう。
「華琳様救出作戦には、あなたたち三姉妹の力を借りたいの。だから話を聞いてもらったのよ。とはいえ、作戦と呼べるようなものは何もないんだけれど……」
「何だ、荀彧さんにしては弱気だな?」
「すべて十常侍の手の内なのよ。公開処刑なんて形にしたのは、潜入させやすいようにする意味もあるの。そしてもう一つの意味は……朝廷が本当に望むべき処刑、大衆が見守る中での天の御遣いの死――」
華琳を救出にやってきた北郷一刀を、大勢の前で殺すこと。それこそが朝廷――十常侍の目的だと桂花は読んでいたのだ。
だが、希望を目の前で奪われた人々が辿る運命は、さすがの桂花でもわからなかった。
「罠を承知で、俺は決めたんだ」
桂花の視線を真っ直ぐに受け止め、一刀はそう声を上げた。瞳の中には、一片の後悔も迷いもない。
「わかったわ。私も覚悟を決めた」
そう言うと桂花は、救出作戦について説明を始めた。いくら罠を張って待ち構えているとはいえ、その全容をすべての兵士が把握しているわけではないだろう。つまり、見つかれば捕らえられる。そしてそのまま、処刑台で華琳と並んで殺されるのだ。
「ある程度の隙は故意に作っていると思うけれど、無策で忍び込めるほど甘くはないわ。実はすでに、部下を使って処刑に関する情報を反抗勢力に伝わるよう流してあるの」
「反抗勢力?」
「何進に敵対する勢力が、河北には存在するのよ。あちこちで動いてくれれば、多少は何進軍の目をそらすことができるわ」
潜入、そして救出後の脱出まで、様々な状況を想定して桂花は説明を行った。そんな中、自分たちが留守番を任されるという事で、季衣と流琉が不満を漏らした。
「ボクたちだって、戦えます!」
「そうです! 私たちも行かせてください!」
「ダメよ。私も残るし、この街を守ることも大切な任務だわ」
「でも――!」
「華琳様や春蘭、秋蘭が戻ってきた時、この街がなくなっていたらどうするの? 私たちは正式な華琳様の部下、だからこそこの街を守る義務と責任があるのよ。それは他の誰にも、任せることは出来ないわ」
納得したわけではないだろう。しかしそれでも唇を噛みしめて、季衣と流琉は残ることを承諾した。
「準備が出来次第、すぐに出発するよ」
「わかったわ」
そうして、各々が準備のために玉座の間から出て行く。その時だ。桂花が一刀を呼び止めた。
「ちょっといいかしら?」
「うん……」
一刀と桂花の二人だけが、玉座の間に残った。
「用件は何?」
「ええ……」
言いよどむ桂花だったが、不意に真剣な顔で一刀を見ると、ゆっくりと頭を下げたのだ。
「ありがとう、北郷」
「ちょっ……荀彧さん」
突然の事に、一刀は驚いた。どんな事があっても、決して自分には頭を下げる事はないと思っていたからだ。
「無関係のあなたを、巻き込んでしまった。そして、罠とわかっている危険な場所に送り込まなければならない」
「……」
「他に手立てがなかったとはいえ、あなたには申し訳ないことをしたと思っている。本当に、ごめんなさい」
「やめてよ、そんな」
顔を上げた桂花に、一刀はニッと笑った。
「俺のさ、初めて出来た仲間は荀彧さんなんだよ? 仲間が困ってたら、助けたいじゃんか」
「北郷……」
「それに、俺自身が曹操さんたちを見捨てられない。だから気にしないでよ」
照れたように頭を掻き、一刀は「準備に行くよ」と言って歩き出す。その背中に、桂花が声を掛けた。
「無事に戻って来たら、真名……呼んでもいいわ」
「それは……最高のご褒美だね。やる気が出るなあ!」
「バカ!」
ひらひらと手を振って、一刀は出て行った。
「バカ……」
もう一度、桂花は呟いて目を閉じる。そして、火照った顔が冷めるまで、しばらくそうしてたたずんでいた。
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恋姫の世界観をファンタジー風にしました。
時々、原作のゲームで遊ばないとキャラの性格とかを忘れてしまいます。人数が多いので大変ですね。
楽しんでもらえれば、幸いです。