No.185660

機動戦士 ガンダムSEED Spiritual Vol17

黒帽子さん

「クロフォード君……。あなた戦うべきじゃないわ」
 プラントへのテロを経て四ヶ月。妥協せずに世界を生きることはできるか? エヴィデンスは妥協を無為と断じ暗躍を続ける。平和など見えない渦中に放り込まれたシン、アスラン、ルナマリアはそれでも何かを続け、生きる。話にならなくとも諦められない。ヒトの世界を続けたいなら。
72~74話掲載

2010-11-20 22:55:46 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:1207   閲覧ユーザー数:1163

SEED Spiritual PHASE-72 考えられない

 

〈――射出。ポッドも問題ありません。降下コース誤差コンマ7…予定範囲内です〉

「お疲れ様です。では月軌道への移行をお願いします」

〈了解。〝アイオーン〟発進します〉

 アビーのアナウンスに見えないと知りつつ頷き返しながらティニはまた一つ項目を消した。全く計画というものは立てるだけ無駄なのかも知れない。修正に次ぐ修正で最初の予定が思い出せなくなる……。

「クロは……会えたんですかね…」

 聞いてみたいが戯れに声をかけたら取り込み中で返事がないようではなんにもならない。何故こうも世界という奴は不完全にできているのか……。知的生命体として、意識体のせいではなく世界のせいだと思考逃避したくもなるが、結局世界は意識の認識が形作っている。苦しみをまき散らす不完全な世界こそ意識体達の不完全さを象徴していると言うことなのだろう。

 早く同胞の意見が聞いてみたいものだが――その思索に浸る時間も与えられないらしい。ティニの意識と直結したセンサーが明らかな敵意を拾ってきた。

 

 

「なァにぃ? それ本当かいダコスタ君」

「はい! たった今〝ターミナル〟より入った情報ですがこの間の所属不明艦……らしきものが、月軌道に。これが現座標です」

 表示された座標は確かにL1寄りの月軌道だった。つまりこの〝エターナル〟の位置から近い。バルトフェルドは即断した。

「行ってみようかボクたちが」

「えぇ!?」

「なァに驚いてんだか。その為にみんなに来て貰ったわけだしさ」

 月で兵力を整えている正体不明の存在がある。

 〝ターミナル〟からもたらされたその危機感が現実に化けるかも知れないのだ。バルトフェルドは軽口を叩きながらも胸中が久しく憶えなかった緊張感に満たされるのを感じていた。

(さぁて……杞憂に終われば面倒がないんだが、そうは思えんな)

 待つことしばし。緊張をはらんだ報告が彼の耳に届く。

「不明艦補足! 光学映像に出します」

 その映像を目にしたバルトフェルドは思わず呻いた。そして杞憂など有り得ないことを思い知る。

「おいおい……〝エターナル〟の、同型か?」

 機体色は対極的な黒ずんだ蒼であるものの、そのシルエットは歌姫の旗艦たるこの〝エターナル〟に酷似している。

「ど、どこの艦でしょうか……」

 気弱げに尋ねてくるダコスタを叱責する気にはなれなかった。歌姫の艦をオマージュするような存在が友好的な相手とは思いにくい。

「わからんがね。この〝エターナル〟は今もナスカ級をぶっちぎったウチの最高速艦だ。あちらさんがそれを見越して造ったもんだとすると……エンジンがどんなもんかわからんが、サイズからしても逃がさずにってのが難しくなるねぇ……」

 ただの偵察では終わりそうもない。バルトフェルドはモビルスーツ管制と格納庫(ハンガー)に指示を出す。こう言う『もしも』のために彼らを連れてきたのだ。

「マーズ、聞こえるか? モビルスーツの発進準備済ましとけ」

〈了解です。あぁしかしとんでもない相手みたいですな〉

「気合い入れろよ。あぁそれからダコスタ、相手との通信、開けるか?」

「いえ」

「だったら国際救難チャンネルで構わん。こっちに回せ」

 不明艦へのチャンネルが開く。バルトフェルドは唾液を飲み、飲みそうになった息を吐いた。

「こちらザフト軍所属艦〝エターナル〟、アンドリュー・バルトフェルドだ。そこの蒼くて黒いウチによく似た艦。所属を示してもらおうか。一分待っても応じてもらえない場合は――暴力が入るよ。こちらも穏便に済ませたいんだがね」

 返答はない。予想できたことだ。

 一分待った。逃げるそぶりもない。

 威嚇射撃をかました。特に何も変わらない。

「………故障してるとか、ですかね?」

「通信機と航行システムが同時にかい? そんなら月のザフト駐留軍に見つかって保護されてるだろう」

 あちらがその辺にごろごろしているようなタイプの艦ならダコスタの言うことにも頷けただろう。しかしライブラリに登録もないような所属不明艦だとどうしても猜疑心が拭い去れない。

「マーズ、モビルスーツを出せ。敵対者にしろ要救助者にしろ接触してみないことにはわからん」

〈了解。んじゃ相手を囲めるくらいは出させてもらいますぜ〉

 マーズの言葉にバルトフェルドは三小隊程度の機体数かと当たりを付けた。許可を出しておいてなんだが、この部隊は気心が知れすぎているが故、報告義務などの規律がないがしろにされている感はある……。バルトフェルドは規律の今後について考えを巡らせながら、思ったより少なめの自軍モビルスーツが不明艦へと接近を始める様を見守った。

 ――と、あちらのリニアカタパルトにも動きがあった。

「隊長! あちらもモビルスーツを発進! ……600、601R…〝ゲイツ〟です。その数十一!」

 馬脚を現したか。この虎から死んだふりで逃げおおせるつもりだったとは甘く見てくれる。口の端に笑みを浮かべたバルトフェルトは艦長席を蹴ってコートの裾を翻した。

「ダコスタ、後の指揮は任せる。〝ガイア〟で出る!」

「り、了解!」

 高揚感を抑えきれない自分に呆れながらも特注のパイロットスーツを身に纏い格納庫(ハンガー)へと飛び込む。朱色の盾をぶら下げた〝ガイア〟へとほくそ笑みながらコクピットに滑り込む。

「不明艦(ボギーワン)を包囲しろ。俺も出る。撃沈させるなよ!」

〈もう敵艦(エネミー)でいーんじゃないか?〉

「違いない。アンドリュー・バルトフェルド、〝ガイア〟、出るぞ!」

 ライブラリ更新の指示は出さぬままバルトフェルドは宇宙へ飛び出す。〝ドムトルーパー〟2機、〝ザクウォーリア〟二十機以上の編隊が蒼い〝エターナル〟を包囲しようとしているが、敵艦の吐き出した〝ゲイツ〟と〝ゲイツR〟の群れがそれに抵抗している。

〈隊長!〉

 悲鳴を聞くまでもなくこちらは反応できている。一気に間近まで接近してきた〝ゲイツR〟がMA-MV05複合兵装防盾システムより出力したビームサーベルで突きかかってくる。アンチビームコートシールドであっても真正面から受け止める愚は犯さず機体を引いて受け流す。両手に構えたビームサーベルを一閃させれば突きかかってきた迂闊な量産機が両断される――はずだった。しかし刀身は奴が腕をねじって受け止めたシールドに受け止められていた。

「やるねぇ……!」

 もう一刀を振り上げる頃には〝ゲイツR〟が距離を取っている。四足獣型に変形し〝グリフォン2〟ブレードによる突貫を狙うもののレールガンを擦らされ紙一重で回避された。行き過ぎ、人型に変じビームライフルを撃ちかけるも〝ゲイツR〟は振り向くことなく機体を滑らせた。

 周囲のアラートと通信に耳をそばだてる。新型の集団が旧型を翻弄している場所は終ぞ見られない。一機の〝ザクウォーリア〟が煙を噴きながら〝エターナル〟へ逃げ帰る様がサイドモニタを掠めていった。

「こいつぁデキるぞ。新兵じゃない……そんな奴が何人も、反乱分子として潜んでたって言うのか?」

 驚愕したところで突き付けられたライフルが横手から飛来したバズーカ弾に吹き飛ばされていく。接近してきた〝ドムトルーパー〟が〝ガイア〟の背後を補完し迫り来る〝ゲイツ〟に牽制の弾幕を浴びせた。

〈考えられませんぜ……。世の中に腐ってたザフトの脱走兵がこんなにいるとでも?〉

「――とにかくあの艦を抑える。マーズ、フォロー頼むぞ」

 幾ら撃ち込もうとも一撃で倒せるような敵機は存在しなかった。それでも防衛線を幾つか貫通し、蒼い〝エターナル〟までの距離を半分消化したところで――

〈ぬ!? た、隊長っ!〉

 月から無数の光点が出現した。

「おいおいまさか……あれが〝ターミナル〟の言ってた月の戦力か…!?」

 驚愕する。今自分達が取り囲んでいる――取り囲まれているとさえ言えるかもしれないが――奴らのざっと十倍。

(この戦力では……アタマに来るが……対抗できない!)

「撤退だマーズ!」

〈えぇ!? おいおいそりゃないぜ……〉

「アレを全滅させられるかい? 頑張ってくれるなら置いてくよ〉

 マーズとヘルベルトの会話が伝わってきたがどう見ても撤退せざるを得ないだろう。バルトフェルドは〝ガイア〟を後退させようとしたが、それに通信が割って入る。現れたウィンドウには泡を飛ばすダコスタが映し出された。

〈た、隊長! 不明艦からの通信です! 通信相手が――〉

「なんだなんだ? こちらに回せ」

〈は、はい!〉

 後退する意識は外さぬまま意識の一部を通信に向ける。そして驚愕に目を見開いた。

〈悪夢は終わっていませんよ。ザフトの皆さん〉

 〝エターナル〟を経由したモニタにあの翼ある少女が映る。黒い〝デスティニー〟を用いて世界を滅ぼすとさえ言い放った存在が、あれに乗っているというのか!?

〈どうも初めまして――と言って良いかどうかわかりませんが、ティニセル・エヴィデンス03です〉

「ティニ…セル? おいダコスタ、あちらと話せるか?」

〈あ、はい。では〝ガイア〟に繋ぎます〉

 戦闘の渦中から〝ガイア〟を逃がし、〝エターナル〟に向かいながらバルトフェルドはティニセルとやらを睨み付ける。

「こちらザフト軍艦〝エターナル〟艦長、アンドリュー・バルトフェルド。ティニセルさんとやら、所属を証して貰いたいものだな」

〈歌姫様にお伝え下さい。一度お話がしたい、と〉

 凄まじい数の戦闘部隊が〝エターナル〟への包囲を始めている。バルトフェルドは打開策を模索したが敗北を理解せざるを得なかった。黒い〝デスティニー〟だけではなかったのか。こいつらは十分な『軍』を有している。

「ウチの歌姫様と、お知り合いかい?」

〈いえ、直接は。ですがお願いしいますね〉

 唇を噛むしかない。艦に戻って撤退命令を出しながら部下達の文句をいなしていく。メインモニタには微動だにしない敵軍団。そう軍団だ。

(まさかあれが全部……デキるってんじゃないだろうな……)

 どうしてもあり得ないことのように思えた。

「ダコスタ君」

「はい?」

 徒労に終わるはずだ。有り得ないと思う。だがそうでなければあれだけの反乱兵など説明できるか?

「…………ザフトと統合国家の軍からの脱走兵リスト、作ってくれないか。――いや、できるなら世界中の軍隊の方がいいか……」

 あり得ない。もしこれだけの軍備を整えていたなら4ヶ月前の〝プラント〟侵攻の際、もっと被害が拡大していたように思える。ではこの4ヶ月の間に脱走兵が極端に増え、全部が全部テロ組織に下ったと? それも俄には考えられない。虎は吠えることもできずに思考の海で藻掻いていた。

 

 

 

 新たな任務は一晩経ったら届いた。モビルスーツを通信機代わりにしてティニから届いた指令は、軍事を用いての人道行動だった。人道をつけると聞こえは良いが、要はアフリカ共同体中心部に対するクーデターである。

「なんか、人道とか言われても首傾げるよねー」

 ティニが指揮能力を問うていた意味がこれか。結局は〝ストライクノワール〟を旗機として軍事行動をしろと言うことなのだろう。クロがここに軍事介入した後、南アフリカ統一機構が援助の手を差し伸べたわけだが現政権は意固地なまでに利権を手放そうとはせず、民から目を離して籠城している。ルナマリアはクロよりも直接的に現首脳部の壊滅を依頼されたことになる。

「クロでも、一応は「ここの人が解決してこそ」とか考えてたんだろうに……」

「信じるまでもなく、確定できるってことじゃないか?」

「……え?」

「クーデターで政権奪取。それが自己中が支配階級につきたいだけである、と言う可能性をゼロにできるんだろうよ。みんなに尽くす性格に『された』人が王様になればみんな満足……ってことじゃないか。この強行策の推奨は」

 そんなものの片棒を担ぐのか。ルナマリアは暗澹たる面持ちを抱えながらもヨウランの言葉を意外に思った。分析している、つまりある程度は冷静にことを受け止めているらしい。男だからだろうか。

「よし。レクチャーは終了したよ。みんな流石に飲み込みが早い」

 ヨウランが示す先には十機程度の一回り大きな人型が並んでいた。モルゲンレーテ社製のパワードスーツ。アクタイオン社製のパワードスーツ〝グティ〟と異なりクローラー等足回りの追加装備は微妙な仕様だが代わりに火器が充実している。今回は皆暴徒鎮圧用のスモークグレネードやゴムスタン、閃光手榴弾などの非殺傷武装で固まっている。

 そしてその奧には〝ジン〟と〝ストライクダガー〟が1機ずつ。国に喧嘩売るには些か不安の残る戦力だが、経験を一晩で加算できても財源まで上乗せするわけにはいかなかったのだろう。それにクロに疲弊させられた軍に余剰戦力などないとの情報も入っている。

「じゃあ、わたしは出るわよ。モビルスーツが複数来るようならサポートなんて無理だからね」

 手を挙げたヨウランにサインを返し、〝ストライクノワール〟のハッチに沈む。布を取り払い、機体をトレーラーより起きあがらせる。モニタは遠くに建造物群を映し出した。

「ルナマリア・ホーク、〝ストライクノワール〟、出るわよ!」

 ステップを走破しスラスターを吹かし瞬時に目的地との距離を詰める。〝ノワール〟の接近に気づいた当方も何機かのモビルスーツを出撃させたが、2機ばかりが装甲を欠損させているのが確認できた。最新型の〝エール〟や〝ジェット〟とまではいかなくとも〝ノワールストライカー〟には充分な空戦能力がある。砲撃機による対空防御の隙間を飛び抜け、両手のビームライフルを撃ちつける。精密射撃は苦手でも動かない的に位は当てられる。防衛行動を取る静止砲台やモビルスーツを何機か潰し、両手のビームライフルを破棄しながら急降下する。ゼロ距離の敵機に〝フラガラッハ3〟を打ち付け、ショートレンジの敵へとビームライフルショーティーを向ける。この距離での連射兵器で外すはずもなく、一機が煙を上げて倒れ込んだ。

 続いて〝ストライクダガー〟と〝ジン〟が侵入を果たす。〝ジン〟が機銃で弾幕を張り、回避したものへと〝ダガー〟がビームを打ち付ける。機械的ではあるが的確な連携が順に敵を屠っていった。ルナマリアは視界の端に僚機の活躍を収めながら一機を潰し、そして思う。

(意識が通じ合ってるかってくらいの連携は確かに凄いわ。でも、単調よねぇ……。あれで通じるのかな)

 機体性能や武装もあるのだろうが。今回は敵も味方も少数なので役割分担も単調で済むが〝ヤキン・ドゥーエ〟や〝メサイア〟の規模でどこまでやれるのかは未知数である。

 ほぼ全滅したモビルスーツの掃討を二機に任せ、ルナマリアは行政府に肉薄した。指先が閃きサイドモニタにいくつもの画面がトリミングされる。ティニから送られてきた人物データが自動的に照合され、高官共が即座に抽出される。

「動くな!」

 外部スピーカに向けて怒鳴りながら二丁のビームライフルショーティーを高層建築中央と入り口付近に突き付けた。どちらを撃ち抜いたとしても周囲一体無事では済まない。撃てるはずがなくても人間達が萎縮した。

「……ふぅ」

 緊張を周囲に強いながら、ルナマリアは息をついて肩の力を抜いた。

 

 

「はぁ~」

「お疲れ」

 占拠だなんだはティニに任せる。ノーマルスーツの上半身をはだけ落としたルナマリアにヨウランがドリンクのボトルを放った。

「あ、サンキュ」

 片手でキャッチし喉を潤す。ここは、やはり、熱い。

「平和になるのかな。ちゃんと」

 二人は渦中から少しばかり距離を置いていた。完璧な人間達による完璧な交渉が行われているのか、それとも戦場らしく目を背けたくなるような処理が行われているのか。

「実験場って言い方は悪いが、そうなっちゃってるよな。ここ……」

 何度か苦言を繰り返したが、彼らの意識を折ることなどできなかった。そして一両日――ルナマリアの中には気まずさだけが残っていた。

 意見発議を抑制するのはこの感情だ。嫌われるかも知れないから自分を押し止めよう、と。だから人は、敵を作る覚悟を遙かに超える利点がなければ自分をさらけ出そうとはしない。が、彼らには陰口という感情など存在しないようであった。〝ストライクノワール〟は彼らの協力により整備され、二人の待遇もケチを付ける部分がない。

「ねーヨウラン……。あっちの部屋で、みんなわたしのことをよけーなこと言うヤな女って思ってるかな?」

「……思ってるんじゃね?」

 ヨウランはルナマリアとの二人部屋を宛がわれたことに何を思えばいいのか困るところがあったが。

「ティニは何も言ってこない……暇してればいいのかな?」

「うん? 来てるぞ。雄志を集めてってとこが謎だが……ルブアルハリ砂漠に籠もってる〝ターミナル〟を頼れってよ」

 ヨウランが差し出してきたのは紙媒体だった。〝ターミナル〟は時折よく分からない通信方法を用いる。

「る、ルブ…アルハリ?」

 アラビア半島の南側を占める世界最大規模の砂漠である。『ルブアルハリ』とはヘブライ語で『何もない、空虚』を意味し、世界最大面積の不毛地帯から西暦時代には最も踏み込みづらい、酔狂だけが観光に来る空間だったらしい。自分達が利用していたゴビ砂漠よりも、世界規模の監視から隠れるには適した場所といえるかも知れない。ちなみに有数の石油産出地帯であったが――石油資源の枯渇したC.E.では過去の栄光でしかない。

「なんか……調査じゃなくってもぉ地球で戦ってこいってことかしらね? クロだったら、喜んでたかも知れないけど」

「駒は駒としてがんばろー」

 つまりアフリカ中央部からアラビア半島まで出向かなければならないと言うことだ。そして戦力の中核を自分が担わないとならないらしい。ルナマリアは暗澹たる面持ちに苛まれた。

 

 

 

 豪雪地帯だった。アラスカの宇宙港に降り、輸送機に揺られるまま運ばれ下ろされたのはツンドラの地域。遙か遠くにこちらを伺うホッキョクグマが見えたが大人数に戦いたか、直ぐさま雪煙の中に消えていく。

「ブルーノお爺さんから伝令届いてると思うけど?」

「はっ! ようこそロアノーク少佐。こちらへ」

 地球軍式の敬礼を返してきたのはファー付きフードに顔の半分を隠した猟師風の男だった。擬装か? シンは感じた疑問が鬱陶しかった。マユに問いただしたいができない立場が恨めしい。

 猟師姿に促されるまま数分程度歩かされる。立ち止まった場所で彼が携帯端末を取り出し操作すると百センチ単位で積もった雪を押しのけ地面が大きな口を開けた。

「おぉ……」

「入るよ。遅れないで」

 先年、〝ヘブンズベース〟に山を丸ごと擬装シャッターにして戦略兵器〝ニーベルング〟を隠していたような連合共である。この程度のカムフラージュはカネを使った内に入らないのだろうか。一人呻いてしまったシンは口元を抑えながら女性陣の後をついていった。

 直ぐさま防寒具が鬱陶しくなる。ライトに照らされた鉄の通路は外気を遮断し寒さも軽減。皆はそのままの恰好で歩いていくがシンは早々にファーフードを外した。それに倣ってかライラも外す。上司が外すとアサギが外し、残る二人もそれに倣う。猟師姿とその他のものが堪えきれず苦笑を漏らしていた。

「シン……」

「ん?」

 シンは足下に目を向けた。フードにくるまれ、まるでライオンのように見えるステラは少し非難するような目を向けてきている。

「かぶったら、かってにとるとあぶないんだよ」

「……………」

 どういう意味か理解すらできず、とにかく困っていると妹が助け船を出してくれた。

「モビルスーツに乗るときとか、ヘルメット被ったら無断で取ると怪我するんだよー」

「あぁ……ごめんステラ」

 むっ、と睨まれ追い抜かれた。前を歩く女性陣から聞こえよがしの失笑を浴びせられ、大人になんぞなれっこないシンはステラ以上にむくれて視線を反らした。

 やがて通路に終わりが見え、猟師男の網膜走査で扉が開く。空中にかけられたキャットウォーク。列から離れて入り込んだシンは薄暗いライトに照らされる偉容に息を飲んだ。

 戦艦のミサイルハンガーを思わせるこの場所、眼下に格納される誘導弾の代わりに高所にいても身の丈を超える〝デストロイ〟に迎えられた。その数も一つではない。こんなものを未だ生産し続けているのかと苦いものを抱えたが、次の扉を抜けた先で新たな気持ちに上書きされた。

 百近い子供が体操座りの状態で並べられていた。何者かが整然と並べたとしか思えない。子供の姿をした――製品。これがクローンだと言うことだろうか。

「うっ……」

「あ、すごーい。みんなもう戦えるの?」

 置いてけぼりにされて会話は進んでいった。シンは飲み下せない何かを抱えながら何も言えずに部隊編成を見守るしかなかった。

 緑の髪の精悍な顔つきの少年、と青の髪の整った顔立ちの少年。その二種類が数百人。シンは掻き消そうとした単語が再び迫り上がってくるのを感じた。製品。

「オリジナルはスティング・オークレーとアウル・ニーダです」

「あれ? この子の兄弟は?」

 指差されたステラは頑なにフードを取らないまま、目をしばたたかせた。

「それが……、成功例ないんですよ……。何故か安定しない」

「え? 成功例あるじゃない」

「その子だけですね……。他のサンプルは成長しないんですよ…」

「はぁ……。シカゴのはラボにあった別のサンプルで3つとも成功したって聞いたわよ。やっぱり〝エクステンデッド〟と薬漬けは元が違うのかなぁ……」

 これが〝ファントムペイン〟か。解ってはいたはずだがシンは怒りが膨れ上がるのを感じていた。理性でそれをねじ伏せながらも、人を人とも思わない、命を量産して兵器とするその思考に戦慄を覚える…。だが妹を信じたい気持ちがその怒りを圧殺した。

「――機体準備はできてます。彼らも、戦えますよ」

「うん。シン、聞いてた?」

「え?」

 問い返すとライラは両手を腰に当ててあからさまに怒って見せた。

「聞いててよ! まず道すがら統合国家よりの西側に喧嘩売ってそのまま中東のラボに行くから。戦闘準備、お願いね」

「でもちょっと待ってライラ。あんな目立つモビルスーツ使うの?」

 アサギの問いにライラは遠くに視線を向けた。シンは当初、〝デストロイ〟のことを言ってるのかと思ったが。

「そーよ。ザフトのワンオフなんでしょう? 生き残り作っちゃうと、私達がトレースされる原因になっちゃうよ」

 どうやら〝デスティニー〟のことらしい。

「あぁ、大丈夫よ」

「〝ウィンダム〟に乗せる気? それはちょっと彼の力を押さえ込んでるようで勿体ないと思うわ」

「違う違う。この間の戦闘で〝インパルス〟拾って修復したのを使わせようと思ってるの」

「あぁ……そー言えばあったわね…」

「でも、予備パーツないんじゃなかった?」

「だからこそシンに任せるの。できるわよね?」

 女四人と子供一人に見上げられたシンは少し言葉に詰まった。が、〝インパルス〟なら豊富な経験がある。

「ソードとフォースがあるだけなんだけど」

「充分」

「おし。じゃあ〝デストロイ〟積み込み次第〝ボナパルト〟発進。それまで戦闘員は休んでて。いざ開始って時に体調崩してたら殴るわよ」

 ハンニバル級地上戦艦〝ボナパルト〟は〝デストロイ〟が一機運ばれていくその先にあった。先年ベルリンで虐殺が行われた際もこのような地上戦艦が用いられたのだろうか。シンは憎々しげに黒い偉容を見上げたが。その心は押し殺すしかない。此に乗らねばならないのだから。

「〝シルエット〟システムはどうするんだ? まさか着艦して換装とか言わないよな?」

「普通にリニアカタパルト使うわ。足とか上半身とか飛ばすわけじゃないから大丈夫でしょ」

 不安が残っても――

 戦闘が始まれば気にしている場合ではない。恐らくモニタがズームアップした統合国家の施設では急襲に対しての警報が鳴り響いていることだろう。

「シン・アスカ、〝インパルス〟行きます!」

 艦の眼前で急上昇し〝フォースシルエット〟とのドッキングだけ経て完成した〝インパルス〟が無数の〝ウィンダム〟の群れに混じった。

「これが全部……強化人間か……」

 それを思うと居たたまれなくなる。だが手段などどうでもいい。ここまで腐った世界をおれの手で切り崩す!

 ライフルを連射しながら基地の上空を旋回する。発進準備を終えたばかりのモビルスーツに狙いをつけ、頭を撃ち抜き押し倒す。戦力の空白地帯を見定め着地するとハンガーに向かって連射する。

「〝ミネルバ〟! 〝ソードシルエット〟!」

〈〝ミネルバ〟じゃないわよ!〉

 射出された〝シルエットフライヤー〟目掛けて飛び上がる脇を黒い烏の如き機体が駆け抜け爆撃していった。高機動戦用装備をパージし近接戦用に切り替える。二つの対艦刀を振りかぶり穴だらけになったハンガーにとどめの一撃を加えた。アラートに誘われ背後を振り返るがこちらに銃口を向けていた〝シグー〟が上空から降り注いだ機銃弾に蜂の巣にされていた。

〈援護するわ。壊せるだけぶっ壊して〉

 マユの乗る〝レイダー〟が変形を終えて着地し周囲に右腕の防盾砲をばらまいていく。シンはマユの死角へ回り込みながら施設を徹底的に粉砕していった。空を雲霞の如く埋め尽くす〝ウィンダム〟のばらまくミサイルに基地が価値を削られていく。しかしそんな友軍機も対空砲火に刻まれて地に落ちていく。

「マユ!」

 その背後を取った〝ザクウォーリア〟にビームライフルを三連射し黙らせる。気づいたライラは破砕球を振り回し、周囲の建造物ごとモビルスーツを叩いて眠らせる。

〈ありがと〉

「……やりたかないが、お前を守るためにやってんだからな」

 通信の隙間から笑い声が返ってきた。もやもやがそれだけで帳消しになる。MMI‐710〝エクスカリバー〟の柄を連結させると頭上で旋回させ、横手からビームサーベルを突き込んできた〝ムラサメ〟を斬殺した。

 三機の〝ウィンダム〟が間近に、それに倍する数の〝ウィンダム〟が基地中心部へと降り立った。

〈ライラ! ものたりねぇぜ!〉

〈そーだな。こんなんで良いのか初陣がよっ!〉

 アウルとスティングからの通信だった。しかし直後に〝ウィンダム〟一機がビームに貫通され爆炎を上げる。

〈スティング!? くっそ、てめぇらああっ!〉

 間近の〝ウィンダム〟が狙撃を成功させた〝アストレイ〟へとライフルを射かけ、飛び上がってMk438/B多目的ミサイル〝ヴュルガーSA10〟を二連射し行く手を阻んで撃墜した。

 スティング機が一機撃墜された際、自軍の〝ウィンダム〟達が一瞬動きを止めたのをシンは見逃さなかった。中にはバランスを崩して転倒した機体すらある。

(あれが、リーダーが死んだって奴か……?)

 スティングクローン、及びアウルクローンは優秀な戦闘思考をコピーするため、核となる思考を持つリーダーが設定されているとか。故に体のみならず個性までも統一された戦闘製品を量産できたという。が、しかし戦場で中心人物が最後まで生き残るとは限らない。その対応策としてリーダーの権限を継承することができるらしい。その際一瞬の転送時間ができ、彼らが止まるのだと言う。人間の魂だかなんだかの無線通信やらをどうやってるかは腐った連合の機密事項とやらで不明だが……世の中にはとんでもないことが多すぎる。

〈スティング! 大丈夫かよ?〉

〈ちっ……問題ない! 次に行くぞアウル!〉

「何が大丈夫なんだか……」

〈シン! 新手よ〉

 見やれば遠くの〝ウィンダム〟達が大出力のビーム砲に焼き尽くされる様が見えた。あれは…連合製のモビルアーマー……。役に立たない記憶よりも〝インパルス〟のライブラリが精確な情報を伝えてくる。YMAF‐A6BD〝ザムザザー〟だった。空中に浮かぶそいつらの下方にはYMAG‐X7F〝ゲルズゲー〟が陽電子リフレクターを張り巡らせる姿も見やれる。その数も一つや二つではない。

「あぁ、あっちも拠点防御用の機体を用意してたわけだね」

「ミネ――〝ボナパルト〟! 〝フォースシルエット〟を!」

〈待って。あたしが運ぶわ。ソードのままよ!〉

 変形した〝レイダー〟が頭上を旋回して眼前へと接近してくる。オーブで見たことがある。苦々しい思い出がよぎるが、〝オーブ解放作戦〟の際、この機体は砲撃機体を背に乗せてサブフライトシステムの役割を果たしていた。

「――了解だ」

 ライラの機体に相対速度を合わせ、飛び乗る。〝インパルス〟がビームライフルを撃ちかけ、〝レイダー〟が機関砲をばらまきながら彼我の距離を縮めていく。

 シンが飛び退るなり変形を解除し、放たれた〝ゲルズゲー〟のライフル射撃を片やシールド、片やビームコーティングされたチェーンで弾き飛ばし、反撃を開始する。

「シン!」

「おぉよっ!」

 陽電子リフレクターを張り巡らせた敵機に強引に対艦刀をねじ込み破壊する。

 ぶん回されたビームコートされている破砕球が陽電子リフレクターを貫通し、〝ダガー〟タイプのセンサー部分を根こそぎこそげ取る。後退する基盤部分に防盾砲をゼロ距離でぶち込まれ、また一機が沈黙した。

 切り崩された敵陣に〝ウィンダム〟の雨が降り注ぐ。いかな鉄壁を誇るモビルアーマー達も全方位を包んでいるわけではない。多対少数に追い込まれた〝ザムザザー〟が全身をビームに切り刻まれて甲羅のような装甲奧で火の花を弾けさせた。

「行ける!」

 友軍の一撃でリフレクターを失った〝ザムザザー〟に〝エクスカリバー〟を振り下ろした。味方の犠牲も厭わない次の〝ザムザザー〟が〝インパルス〟目掛けてM534 複列位相エネルギー砲〝ガムザートフ〟を解き放ってくる。モニタ一面を塗り潰す赤に対してシンはシールドを掲げた。近接戦用に小型化していたシールドが展開し、延伸する。暴虐の赤目掛けて盾を投げつけるも刹那の間をおいて融解を始めた。だが鈍重なモビルアーマーに対して得られる余裕など一瞬で充分、盾を犠牲に天高く飛び上がった〝インパルス〟は太陽を背負いながら最後の大型兵器に躍りかかった。

「おれは……今度こそ!」

 巨大な刀をその装甲に叩き付ける。突き刺した刃を強引に引き戻しながらもう一刀でリフレクターアンテナを斬り捨てる。

「今度こそ! 守る!」

 上部装甲を二つに割った斬撃が展開しかけていたクローさえも切り落とした。

「もう誰も――」

 負荷に押し止められた一刀を手放し残る剣を両手で振り上げる。

「失わせない!」

 そして突き下ろす! 蟹が威嚇するように四肢を振り上げ――そのモビルアーマーがぐらりと沈んだ。〝インパルス〟は二つの剣を抜き取ると火を吹き始めた敵機から飛び退る。

 一つの基地が、降伏を示す信号弾を打ち上げた。

SEED Spiritual PHASE-73 咎は受ける。受けられるなら

 

 瀬川博士が〝アイオーン〟にやってきた。〝プラント〟での戦闘状況を人伝、機械づてに取得した彼は友人の安否を気遣いこうして仕事をほっぽり出してくれたと言う。

「心配される言われはないわい。初めっからとてつもなく危険なことをしとるんだからな」

「減らず口を……。だが無事で良かった」

 体躯を揺らす瀬川の来訪。ノストラビッチはこれをただの座談会に終わらせるつもりはなく、折角なので自室に誘った。

「――これの、お前さんなりの意見を聞かせて欲しい。わしも掴みかねとるんじゃ」

 そう言って彼が取り出したのはデータディスク、しかもこの型はモビルスーツのミッションレコーダーだろうか。そこまで思い至った瀬川は彼の見せようとしているものが推測できた。

「それは……〝ルインデスティニー〟のレコーダーか?」

「そうじゃ」

 ディスクを差し込みしばらく待つとディスプレイに、開く〝アイオーン〟のハッチが映る。同時に並べられたサブモニタにクロの脳波、機体状況、エネルギー残量、武装状況等々……各種データが無機質な映像として動き始めた。

 深淵ばかりを映す映像が飛ばされ近過去の戦闘が今を持って開始された。

『は?』

 クロの間の抜けた声の直後、ノイズと共に急制動をかけたらしきブレが見られた。その時のエネルギー残量が紅く明滅しているのが確認できる。成る程、位置取りを気にしなければ戦えない機体になってしまっている。

「……太陽風充電システムはまだまだ改善の必要がありそうだな……」

 ノストラビッチは瀬川の呟きに頷いた。装甲を削って充電効率を上げるのは没。ならば容量を増やすためにコンデンサを増設するなど方法は幾つかある。

『ぐっ!』

 続くクロの呻きのしばらく後、両端のモニタを二色の〝インパルス〟が占めた。安全領域にいる二人までも手に汗握るその瞬間――

「ここからじゃ」

 ――瞬く間に二機の〝インパルス〟が死んだ。その間の音声は「くそっ!」「――をぅっ!?」……とても敵を圧倒している人間の精神とは思えない。むしろ圧倒され、慌てているそれと採れる。

 その瞬間からは一つ、異常とも言える変化を見せたデータがあった。AI。セレーネが構築し、シン・アスカの戦闘思考を反映した人工知能が通常とは明らかに違う波形を見せている。

 やがて波形は落ち着きを見せ画面に再度の急制動が走った直後、

『――ぅぶっ!』

 クロが吐血したらしい。自分達は脳で思うことしかできないがこれだけのG数値が出ていれば無理もない。スーツの耐G性能などほとんど機能しなかっただろう。

「……異常な数値だな」

「それもだが、わしが気になったのはさっきの瞬間を境にAIへの負荷が極端に上がっていることじゃ。これは多分システムが操作系を占有した結果……と言うことだと思うんだがな」

 取り出したデータを解析すると確かに一時的に占有率が上がっている。のみならずパイロットからの命令をキャンセルしている節さえある。

「なぁ…ノストラビッチ博士。この波形、どこかで見たような気がするんだがなぁ……」

「むぅ? あくまでわしは数学専門。生化学的なことを言われても知らんがなぁ……」

 そう言いながらも記憶の片隅には引っかかっている。二人は各々携帯端末を取り出すとそれらしい学会資料に目を通していく。アングラの情報だったのか? これと言った内容は、ない。

「裏……ん、あれではないか? ギルバートが隠し持ってたっつー遺伝子データ、あったよなぁ」

「なに? まさかS.E.E.D.か!」

 二人が揃って凄まじい勢いでキータイピングを開始する。一般社会ではまだ仮説の域を出ない謎の要素であるS.E.E.D.だが、アンダーグラウンドの全てたる〝ターミナル〟ではデュランダルの功績の利用により部分的に解析ができている。

「こ、これはなかなか凄い発見だな。人の思考を転写できたって……それまで写せたとなるとこれは……」

「うぅむ……どうする? 試しにこれの反応速度でシミュレートやってみるか?」

 そんな不可思議なデータなど数年前のキラ・ヤマトが要所要所で見せた内容しか残っていない。人類最強の存在とはいえ民間人から軍人へ変わる過渡期のデータが役に立つのかは疑問である。二人は今見たばかりの〝ルインデスティニー〟の戦闘データから戦闘記録を抽出すると、手に入る限りのS.E.E.D.発現と思われるものと照合した。『連合最強と言われた〝ストライク〟』の魂を抽出し、そこから既にあるシミュレーションプログラムと混ぜ合わせ、クロが行った戦闘の数々をすげ替えてみる。

「こ……これは――」

 以前の改修時のデータを引っ張り出す。ゴビ砂漠でやらかした様な使い方でもしなければエナジーシフトフレームに過負荷などと言う状況は起こり得なかったはずだった。

「思考補助はもう完成したようなもんだわな。クロ自身の言葉からも裏付けられている」

 超加速は相対的に時間の流れを遅らせる。誰よりも早く動け、そのスピードを掌握して行動できたのなら――それは不可侵の存在となる。

「だが……死なんか? パイロット」

「クロは吐血しておったな……」

「……お蔵入りじゃな」

「殺してどーするって話だな」

 

 

 

 クロは頭を振って空を振り仰ぐ。人工的な青空と雲の先に――格子状の自己修復ガラスが透けて見える。

(オレがぶっ壊した〝アプリリウス〟は……どれくらい直ったんだろうか……)

 心配する場所が間違っている。あの時何人宇宙に吸い出されたか。〝ルインデスティニー〟は何人人を踏みつぶしたのか。自らに降り掛かる理不尽を、一体いくつの心が怒ったのか……。

(知らないままだ……。咎は受ける。受けられるならな)

 〝プラント〟の土を踏んで、元同僚で新たな同僚達に酒漬けにされた明くる日、望めば得られた休暇を使ってまで訪れたい場所があった。

 コロニー〝セプテンベルシックス〟。政治の中心〝アプリリウス〟から遠く離れた。電子工学、情報学を司る場所。そんな空間にあって気まぐれとしか思えない建物。犇めく子供達の奇異の視線をすり抜けながら古い記憶にある道に足跡を刻みつけていく。

「あの……どちら様でしょうか?」

 軍服で来れば良かったかもしれない。

「すみません。院長の知り合いというか……いや、ここの卒業生です」

 迷っていたら信じてもらえなかったかも知れないが、若い教師――もしくは保育師――に睨まれながら院長室のドアをノックする。

「どうぞ」

「失礼しますよ」

 それ程高級そうにも見えないチェアに腰掛けた女性は書類やデータに目を通しながら編み物をしていた。

「忙しそうですね。いや、偉くなくなって暇そうなんですか?」

「…………クロフォード君?」

 データを追う目がこちらを向いた。しかし手先はしつこく編み物を続けている。

「お久しぶりです院長。と言うか、カナーバ前議長閣下。無事生還しましたよ」

「やめてよ。いえ、無事生還はおめでとうを言わせて貰いたいけど」

 デスクの端末からは目を離し、喜色を浮かべてこちらを見てくれたが、両手はまるで別の生き物のように編み針を操っていた。

「姉さん……何で編み物なんですか? 言っちゃいけないかも知れませんが、似合いませんよ」

「ん……ここ、これが……ほら今度研究しようとしてる生体(バイオ)コンピュータの回路と一緒で、繋がりがわかんなくなったから立体モデルが欲しくなってね……」

「えー、と……意味あるんですか?」

「何よぅその目は。ふん浅学者。あやとりで回路組んだ科学者だっているんだからね!」

 ようやく編み物を止めた。院長にして元臨時最高評議会議長アイリーン・カナーバが。

「取り敢えず、座って」

 そう言いながら立ち上がったアイリーンは入り口を開けた。案内役が慌てて頭を下げ、院長に何か一言二言言われて去っていく。彼女は人を追い出すと、扉の鍵を閉めた。

「先生。密談ですか?」

「君とは、その方が良いかと思ってね。それから先生はやめて」

 院長先生手ずから淹れてくれた珈琲に礼を向け、口を付けられるほど冷めるまで置く。早々に味わい始めたアイリーンを見つめながら、クロは過去を思い描いた。

「じゃあなんて呼べば良いんですかー?」

「姉さんでいいじゃないの。敬語も気持ち悪いわ」

 クロにとってのアイリーンは――両親が早世し、聞けずじまいであるため――正確には聞いていないが、異父母姉弟か従姉弟にでも当たるらしい。当時のクロは歳が離れたコーディネイターの姉がおり、電子工学や人工知能学の博士号を取ったとか評議員に推薦されたなどと言った話を聞かされる度ただただスゴイ血縁者がいるなどと理解もできずに思っていた。

「今どうしてるの? 療養中?」

「まさか。健康体ですからいきなりザフトに復隊です」

 彼女がクロフォードなどという冴えない血縁者に気づいたのはいつなのだろう。もしかしたら、自分がこの孤児院を頼るまで耳にしたことすらなかったのではないかと彼は思い病んだ。C.E.54、当時十にも届かなかった彼の両親はナチュラルに対し猛威を振るったS2インフルエンザに殺された。死にかけた家族は息子を疎開させる心地で彼女の支援していた孤児院を頼っており、途方に暮れたクロフォードは逆らう理由も思いつけず〝プラント〟の彼女の下へとやってきている。

「この間の、〝アプリリウス〟のテロ、出てたの?」

「…………あの時に、帰ってきました。ここしばらくはオーブの〝アメノミハシラ〟にいたんです」

 孤児と言うほどガキではなくなってからは、その孤児院の経営すら任されていた姉の補佐をし、〝プラント〟の年齢で成人してまで姉の臑をかじるのは気が引けて立身出世目的でザフトに志願した。〝ジン〟を何とか操縦できる程度の腕前でしかなかったが。

「〝メサイア〟で撃墜されたのをあそこの元首に助けて貰ったんで。借りを返していたと言いますか」

「そう。苦労したのね……」

 だが、充分だった。〝ジン〟の価値に連合が怯えていた時代は相当数の〝メビウス〟を相手にしなければ負けることはなく、ザフト軍の戦場は意外なことに安全だったのだ。VRを経ることもなく経験を積む機会は豊富にあった。

「で、オレのことより姉さんについて」

「ん?」

 クロはぽつりと呟いた。

「なんで、政治しないんですか?」

「わたしが? とうに失脚した身よ。わたしには――」

 クロが首を振ったことに、彼女は言葉を切る。その目を見返すことはできないまま、クロは呟きを次いだ。

「臨時最高評議会の手腕は酷いものだったとか言いたいですが、それとは別です。あなたは、もう残った最後の、本当の穏健(クライン)派なんですよ」

「…………ラクス・クライン議長を認めない?」

「あなたの、ユニウス条約も認めませんけどね」

「わたしの落ち度は後で幾らでも聞くから。今の〝プラント〟、ダメだと思うの?」

「シーゲル・クラインの娘、って頃は彼女の作る世界というのを想像したこともありますよ。だが、こんなんじゃなかったはずです」

 アイリーンに見つめられながら、彼女を見つめず、ただ呟く。クロは湯気の少なくなった珈琲に手を伸ばした。

「先生は穏健派。対話によっての解決方法を模索していた。シーゲル・クライン前議長も、そうだと、今のオレは思ってます。だからこその〝クライン派〟……。それが、今崩れているように思えて……」

 言葉を巧く継げられず、唇をマグで塞ぐ。カップの縁から唇を離したアイリーンは目元を伏せたまま問い返してきた。

「具体的には? 彼女、平和を作ってるように見えるけど」

「それが姉さんの本気だったらオレは二度とここには来ないようにします」

 彼女のカップが置かれる音が、妙に甲高く耳障りに聞こえた。

「キラ・ヤマトと言う逆らえない力で、ラクス・クラインの思想を無理矢理世界に浸透させている――〝メサイア攻防戦〟辺りからの、オレの〝プラント〟の見え方です。姉さんは……違いますか?」

「うーん……」

 相手が、例えばルナマリアかヴィーノ辺りだったらどうだろう? 諭していたか、キレていたか。だが元評議員だった院長先生の立場も考えて、彼女の唸り声を待つことにした。

「『平和』と言う誰もが納得しそうな色眼鏡をみんなにかけさせ、自分達の思想を押しつけている。……これって騙してません?」

 ……数分と待てなかった。

 やはり言葉の刺を感じられたようだ。困るだけだった姉の表情に明らかな険が浮かぶ。アイリーンはチェアの上で足を組み替えるとこちらを見下ろすように告げてきた。

「……アカデミーの遺伝子検査でナチュラルだとバレて、デュランダル議長に地球へ飛ばされたあんたが、それを言うの?」

「……」

 第2次〝ヤキン・ドゥーエ〟戦役を経ての新たなザフトの幕開け。ZGMF‐1000新鋭機〝ザクウォーリア〟の第一号機ロールアウトと時を同じくして、時の最高評議会議長ギルバート・デュランダルに敷かれたザフト候補生の遺伝子検査はザフトの戦闘員全てにまで及んだ。その際にクロフォード・カナーバはザフト上層部と評議会に異端と認識される。クロの両親はナチュラルだった。生まれる前に決定されるその差別、聞かされなければ本人が認識できるはずもない。別段隠すつもりもなかったのだが、ナチュラルとコーディネイターの戦争をしていた最中、言いそびれていた方が〝プラント〟に移住しやすかったのも事実。デュランダル最高評議会議長にどう思われたかは底辺這いずる一介の兵士に窺い知ることもないが、クロは『この特性を利用して』地球連合への間諜として扱われることになる。

「現クライン議長の政治手腕が超一流かと聞かれれば、わたしもちょっとは考えるけど」

「統合国家の元首なんか政治家やっちゃいけない奴なんで、彼女に対してはそこまで言いませんよ」

 一般ナチュラル兵士より熟達していたモビルスーツの操縦技術、〝プラント〟から幾つか持たされた『土産』が功を奏し、中枢に迫れる〝ファントムペイン〟にまで辿り着けた。最も裏切り者を信頼する組織ではなく、ソード装備の〝スローターダガー〟を任され致死率だけは跳ね上げられていたが。

「まぁ、なんて言うか……。人間なんかに世界の悪意を非難する資格はねーかもしれませんがよ……」

 デュランダルが〝ロゴス〟と言う存在を暴露したのと同時に――〝プラント〟へ戻りはしたが、元通りの『ザフト兵』には戻れなかった。〝レクイエム〟の修復、〝デスティニープラン〟の導入に疑問符を浮かべたが、それが現状を信じられなくなった原因だろうか? いや、デュランダルに反逆した者達、彼らが介入した『理由』のせいだとクロは思っている。感じている。思い込もうとする必要もなく、忘れようとしても消せず、認識が胸中に残り続ける。

「それでも、幼稚な発想だって姉さんは笑うかも知れないけど……それでもオレは、世界を変えたい」

 そして――こうなった。姉をも騙し、世界を敵に回すような底辺よりも下に行った男に。

「それでも君は、ザフトの兵士として働くわけなんでしょ? 何か矛盾してない?」

「……確かに。特に一般人の戦闘力で世の中を変えてやろうとまでは思ってませんから」

 アイリーンはずっと伏せられていた彼の目を何とか見つめようと首を傾げた。

「クロフォード君……。あなた戦うべきじゃないわ」

 隠そうともしていない。彼の目から籠もれ出る意味だけで、彼の心にだけは嘘がないのがよく分かる。

「MIAから生還したばかりなんだし、一月くらいの休暇は取っても、誰も何も言わないわよ」

 見つめ返された彼の目には、悲しみが見えた。いや、違うのかも知れないが、何某かの負の感情が見えた。

「この安定のない世界で休むなんて考えられませんよ。オレより、姉さんは? 結局、身の振り方答えてくれてないじゃないですか」

 知らぬ間に冷めたコーヒーカップは指に跡を付けるほど一体化していた。こちらから睨んでやると、アイリーンは目を反らす。アイリーンの視線がこちらの指先に向いたため、空になったカップをテーブルに置き、丁重に礼を示すと片付けられた。陶器を持ち去り見えないところまで持って行く間も何やら呻いていた。答えにくい内容と言うよりは、何を言うべきか迷っているという唸り声だろうと当たりを付けると途端に彼女の解答が予見できる気がした。

 戻ってきたアイリーンはやはり誤魔化すような愛想笑いを浮かべている。男がやると苛立つ表情だが、女がやると何やら嘆息一つで許しそうになるのは何故だろう。やはり自分が、男性だからか?

「――クロフォード君の考え方が完全に正しいかは、今のわたしには判断できないわ。それに……平たく言っちゃえばわたしは失脚した身よ。今の評議会に何かをするのは、多分無理ね」

 立場の保留ということだろう。

 

 こちらの解答がお気に召さなかった、と言うことだろう。昔から、自分の正義を曲げることだけはしたがらない子だった。彼は珈琲の礼だけ律儀に返すと他の礼は何も言わずに帰って行った。職員達の彼を送り返す声が順に遠くなっていくのを感じながら、アイリーンは編みかけの作品をつまみ上げ、意識はディスプレイへと戻した。

 生体コンピュータによるAIシステム。当初は身体障害者諸活動、モビルスーツ操縦などの思考補助として研究を始めたものだが、DSSDのGSX-401FWの資料を見せて貰ってからテーマが変わった。現在構築目標としているのは人間の脳と同等の思考、学習をする人工知能の開発。

「あの子は自分のやってること、迷わないのかしらね……」

 これが形になれば少人数で困っている〝プラント〟の労働力不足は一掃されるだろう。そして戦争でも無駄な人死を極力減らすことができる。そこまで並べれば良いことずくめだが、迷っている理由は以下だ。道具として使い潰せる人と同等の思考力が普及すればコーディネイターまで含めた人権ある人間は職を失い、旧世紀の機械打ち壊し(ラダイト)運動を復活させるだけだろうし、機械兵が最前線で喧嘩する傍ら司令部や軍需工場を直接狙った破壊活動が増え、結果統計的な死亡者数に変化はないだろう。光と影、表と裏。ラクス・クラインを彼が非難する一方、彼女を熱狂的に支持する者もいるのだ。

「子供なだけかな。ここの手伝いしかしてなかったからね……」

 ――理路整然かどうかは解らないが、自分の意志を誰憚ることなく伝えてきた弟、クロフォードの考えを子供と断じて薄く微笑む自分に気づき、アイリーンは自分自身を見直してみた。これは……なんなのだろう? ユニウス条約の一件で政治家として無能の烙印を押された自分は、彼を羨ましがっているのか?

(わたしが政治から身を引いた理由、問いつめてきてたらキレてたかしらね……)

 隠棲するしかできないのだ。求めていた福祉だのだのと言った穏健政策にカネを使うことができなくなっていた。

「…………」

 妥協は必要なのだ。世界という不完全と折り合って行くには。

SEED Spiritual PHASE-74 理由はこれだ

 

 月を最初に掌握したかった理由はこれだ。ザフトより先に、〝メサイア〟を手中に収めたかったのだ。

「皆さんご苦労様です。サルベージの係の方は引き続き内部調査をお願いします」

 だが必要なのは〝ミーティア〟に切り刻まれ用をなさなくなったリフレクターリングでも固定式になったため射線の限定される〝ネオジェネシス〟でもない。ギルバート・デュランダルが全人類の遺伝情報を管理するため作成させた量子コンピュータ群。ヒトの価値を収められる箱達である。

〈ティニー、内部地図はまだ? 転送されてきてないんだけど〉

「少し待ってください。月面落下の衝撃と〝フリーダム〟のトドメのせいで正規のマップだと行き止まりだらけなんです。スキャンが終わるまであと――」

 〝アイオーン〟に所属する技術者と月の有志による一団が〝メサイア〟へと滑り込んでいく。かつての絶対要塞は無残な屍を晒し、ただ陽光を照り返すのみで侵入者に対してむける牙を何一つ持ち得ない。敵軍も、システムも制圧する必要なく異物を体内に入れられていく貝殻の姿にティニはヤドカリを連想した。

〈ダメね。流石にニュートロンジャマーキャンセラーは取り外されてる〉

 さもありなん。一部が旧地球連合に流れているとはいえそれはザフトの専売特許技術だ。連合ですら民族撲滅と交渉カード以外には秘匿し、他に流通させるようなことはしていない。万一こんなものがテロリストの手に渡れば大変な事態となってしまう。〝メサイア〟の回収に費用を出し渋った〝プラント〟も流石にキャンセラーの回収を怠るような愚は犯さない。

〈これでコンピュータ全部修復不能だったら、あたしゃ泣くよ?〉

「私だって泣きたくなります。資材ゼロの状態から量子コンピュータを大量生産する宛てなど思いつきません」

〈〝アメノミハシラ〟にタカった方が確実性あると――〉

〈リーダー、発見しました〉

 ディアナのどうでもいい話は必要な報告にさえぎられた。報告を送ってきた〝ゲイツR〟のメインカメラ映像を拝借し、映し出された瓦礫の山にスキャンをかける。

〈無事な機体もあります。運び出しますか?〉

「そうですね。損傷の少ないものはそのまま〝アイオーン〟へ搬送願います。ヴィーノさん、間も無く届きます。直せる物から直してこちらと接続を」

 返事も聞かずにスキャンを続け、完全に残骸なっているものにマーキングしてモビルスーツ達に転送していく。だが不合格品も捨てていくわけではない。ジャンク屋に売却すれば小遣い稼ぎにはなる。

〈……結構残ってるわけね。ジャンク屋なにやってんのかしら?〉

〈モビルスーツの方が流通させやすいからそっちを優先させたのかと。 要塞の買い手など限られてしまいます。その点モビルスーツならリペア必要なサイズも限られるし需要も軍だけとは限りません。まぁフェイズシフト装甲材など目新しい素材を持っていく意味はあるでしょうが、これのサルベージ費用の方が高くついてしまいますよ。事実、あれだけの戦闘があったのにここ一年でほとんどのモビルスーツは回収されているでしょう?〉

〈へー。あんた、元ジャンク屋?〉

 数時間を要して運び込まれた量子コンピュータの群れはすぐさまティニセルとの接続が開始された。生き残り達の中身を走査しながらティニは内心で目を見張った。デュランダルの計算は正しいらしい。全人類の個人情報を格納して管理するだけの性能は集められている。だが彼女はこれで遺伝情報を管理するつもりなど毛頭ない。収めるのは、心。

「数値化、量子化ができるようになるまでは主観が大きく入ってしまうでしょうけど。スペックは必要充分ですね」

 管理に関しては当面の問題は無くなった。あとは、施行だが……。

「………………それこそ、まずみんなが手術を受けに来るよう洗脳しなければならないんじゃないでしょうか……」

 ティニはラクス・クラインの凄まじいカリスマを羨んだ。同時に渋面を浮かべる。02がもしこのことを知ったら嘲るだろうと容易に想像できたからだ。

「誰も救えていないあなたの言葉は負け犬の遠吠えに聞こえますよ」

 まずはできるところから。

 国家群単位のドメインを構築することとし、まずはアフリカ共同体を制御できるだけの数が揃うのを待つ――やがて無数のコンピュータが赤いLEDを浮かび上がらせ鼓動を開始する――

 

 

 

 モビルスーツ三機を悪路走破に適したクローラー付きのトレーラーに乗せ、アフリカ大陸を延々と北上している。世界規模の遠征は一度経験のあるルナマリアとヨウランだったが個室ベッド付きの大型軍艦〝ミネルバ〟で廻るのと体を拭く水さえ節約しなければならない強行軍では疲労の度合いが段違いであった。間もなくカイロ……。大都会に入れれば多少の贅沢は許されるだろうか。トレーラーの助手席、そのダッシュボードに顎を乗せながらルナマリアはうーあー呻いていた。

「疲れてるなー」

「地上のお姉さん方が太陽で肌が荒れるって言ってた意味が、ようやく分かったような気がするー」

 笑いながらステアリングを操るヨウランだったが、フロントガラスに影を見つけ、笑いを止めて眉を顰めた。

「お、おい……ルナマリア、あれ見えるか?」

「ん?」

 疲労に微睡みかけていた眼を真上に向ければその「あれ」が目に入った。逆V字の雁群と見紛う集団が蒼天に染みを作っている。だが、鳥と呼ぶには――大きすぎる。しかもこちらへと降下しようとしているような……

「えっ? モビルスーツ?」

 高倍率の双眼鏡を引っ張り出し、そこから目標を観察したルナマリアは思わず下品に呻いていた。

「うげぇ!」

 この叫びにどういう意味があるのか疑問に思ったヨウランは車を止め、彼女の手から双眼鏡を奪い取った。

「…うげぇ」

 そして直ぐさま理解する。ほんの数日前、確か単独で飛んでいったはず。〝ギガフロート〟から逃げ出したっきり避けてきたアスランに何があったかは知るはずもない。しかし〝ジャスティス〟と言えばアスランである。

 その〝ジャスティス〟がモビルスーツ数機を率いて降下してくる。

「か、カイロには入れないんじゃない?」

 降下していく〝ジャスティス〟と護衛らしき機体はカイロの西側付近に位置取りホバリングしている。ルナマリアが眉を顰めたが、ヨウランが集音装置を取り出したことに得心した。アスランが降伏勧告か何かをしているのだろう。と、すればサハラ砂漠にも自分達が持っていたような〝ターミナル〟拠点があると言うことか。

 同道していた他のトレーラーも次々とブレーキをかける。擬装のためにカーキ色の布を取り出すものもいる。起動していないモビルスーツなら熱紋センサーの目も誤魔化せるだろうか。ルナマリアは取り敢えず下車すると同じく下りてきた仲間達に不安げな眼差しを向ける。

「参ったわね……動いて良いものか……」

「う……自信はありませんが、隠れ続けることを提案します。街に入る者は、もしかしたら別部隊がチェックしているかも知れませんし、かと言って街を迂回すればそれはそれで目を引く……と思いますので」

 彼は言いながらも既に自分の車両に擬装を完了していた。その言い分が最良かどうかはルナマリアには判断がつかなかったが、確かに反対できるだけの材料は引き出せない。彼女はちらりと自分のトレーラーに目をやったが思案するまでもなく却下する。皆が逃げ切るまで自分一人で3機を牽制……その内一機があのアスラン・ザラでなければ検討材料にもなるのだが。

 だがいざとなればその無謀も視野に入れざるを得ない。ヨウランに考えを伝えたルナマリアは〝ストライクノワール〟のコクピットに滑り込んだ。

 一通り起動させ、あらゆるモニタが布地のテクスチャしか映さなかったのでヨウランに一言通信。マニピュレータ付近のサブカメラを用いて〝ジャスティス〟の様子をうかがうことにした。

〈あっ!〉

 誰かの悲鳴に気が引き締まる。空中の三機が眼下へビームライフルを放っていた。隠れ続けられなくなった〝ターミナル〟が迎撃行動に入ったようだが、二機の〝ダガーL〟が何かをする前に解体されていく。一瞬で地上に爪先を滑らせた〝ジャスティス〟が出撃直後の〝ゲイツ〟達を無数の刃で屠っていく。背部から離れ、自立飛行するリフターがビームサーベルの塊となって背後を取った一機を粉砕、握り込まれたビームライフルはモビルスーツの発進口に銃口を突き付けていた。

〈おい……あれ……!〉

 〝ジャスティス〟ばかりを注視していたルナマリアはその声に意識を広げ、舌打ちした。滞空している〝ダガーL〟がカメラをこちらに向けている。そしてもう一機も、こちらを向いた。

〈見つかったんじゃないか?〉

 どうする? 職質なんぞされようものなら戦闘開始は必至だ。――ならば、せめて護衛機だけでも奇襲で潰し有利を稼がなければならないのではないか。

(アスランと、戦う? わたしが?)

 気が進まない。心情的にも、戦力的にも。だがやるしか――

〈ルナマリア、あれは!?〉

 動かしかけたマニピュレータがヨウランの声に押し止められた。有視界通信内のヨウランが指差す方向へ手元のサブカメラを向ければ――大気摩擦に灼熱しながらこちらへと降下してくる何かが見える。人型……モビルスーツか。

 敵機達の意識までも空に向く中、紅い人型は翼を折り畳み急迫するなり腰部の砲身を展開した。レールキャノンから吐き出された亜音速弾が量産機の雑な装甲を凄惨に引き裂く。〝ジャスティス〟までも振り仰ぎ、敵軍後続の発進を看過する。ルナマリアはレバーに固定した掌までも堅くしながら天空の機体名を震える声で紡ぎ出した。

「〝フリーダム〟!?」

〈ルナマリア、応答しろ〉

「えっ? ソートなの? あんた、艦の護衛はどーしたのよ!?」

〈月のが予定より早く集まった。ティニ様からお前に土産だ〉

 ソートの言葉を追うようにポッドが一つ降ってくる。砂山に直撃した降下ポッドは弾けるでもなく沈黙している。モビルスーツを落としたわけではないのだろうか。

〈ここはおれが引き受けた。お前達は荷物をまとめてさっさと行け〉

「……偉そーに…!」

 零しながらもルナマリアは通信で人を使った。起きあがった〝ストライクダガー〟がポッドを改修しトレーラーに積み込むと全車両が急発進を開始する。

〈スエズ通ってる場合じゃねーな。ルナマリア、海路にすると言ってるが〉

「そうね。賛成。わたしはこのまま乗ってるから、出して!」

 シートベルトが振動を何とか押さえ込んでくれる。砂塵を蹴立てた数台の車両は〝フリーダム〟を盾に距離を大きく離していく。

 

 

 

「どういうつもりだ!? お前は、何者だ!?」

 あの機体、見覚えがあるどころではない。だが、〝フリーダム〟に撃たれる理由が理解できないアスランは叫んでいた。しかし砂地獄じみた穴から這いだしてくる敵を放置するわけにもいかない。手近な二機を切り捨てながらメインカメラを振り仰がせる。映るのは二丁のカノンをぶら下げた、それだけが差異の〝フリーダム〟。

「お前も――〝ターミナル〟か!」

 〝ジャスティス〟が怒号を飛ばしながらも新たに砂地獄から湧きだしてきたモビルスーツを斬って捨てる。ソートはその様を見下ろしながら脳裏の想像とパイロットの声を照合した。

「アスラン……ティニ様の理想実現のため、障害たるお前を排除する」

〈その声……お前!〉

 問答無用。ソートは〝バスターフリーダム〟の両手にぶら下げる砲を連結させると超高インパルス砲を赤い機体目掛けて解き放った。〝ジャスティス〟はすんでの所でそれを回避し次の通信を送ってくる。

「お前は!? ソートか!?」

〈障害を、排除する!〉

 連結した砲をそのままに片手にビームサーベルを握り込んだ〝フリーダム〟が急迫してくる。アスランは臍を噛みながらも控えさせていた部隊に現状を通達、サーベルの一撃にシールドを差し込んだ。

「キラはどうした! 何故お前が斬りかかってくるんだっ!?」

 こうしている間にも壊滅しきれなかった施設からモビルスーツが這いだしており、こちらに銃口を向けてくる。カイロ上空を飛び越えた友軍がそれらに照準を重ねる。先程の、報告にあったが彼自身は見られなかった未確認車両が何だったのかも心をささくれ立たせる。全てがアスランの望まない世界に崩れ落ちようとしていた。

〈キラは、おれにとって最大の障害。お前も、同様だ!〉

 二度、三度を切り結ぶ間に都市に近い砂漠が戦場となった。民間人を危険に晒しかねない戦場にアスランは忸怩たるものを抱えるが、眼前の〝フリーダム〟が浸り込むことを許さない。一体何故だ!? 〝フリーダム〟が敵対勢力に鹵獲され、今は〝ターミナル〟構成員が乗っていると言うのならばまだしも納得はしようが、

「ソート! 質問に答えろ!」

〈おれは答えた。ティニ様の障害となりうるお前を、排除する!〉

 殴り飛ばした〝フリーダム〟が両肩のビーム砲〝バラエーナ〟を向けてきた。ロックオンアラートに従い僅かにずらした機体の脇を灼熱の二条が貫いていく。表層だけを似せたデッドコピーではない。核動力ならではの出力だ。そしてパイロットは再三再四の呼びかけに、否定を返しては来ない。それでも確信を抱けないアスランは有視界通信を〝フリーダム〟目掛けて送ってみた。案の定、チャンネル変えられてしまっている。業を煮やしたアスランは国際救難チャンネルでの通信を送る。どうせ有名人だ。立場を考えたところで機体で所属などばれている。

「ソート! やめるんだ!」

〈お前と話し合う価値などない!〉

 現れた小窓に映る姿、ヘルメットのバイザー越しに見えるその顔は、はっきりと見覚えがあった。親しいわけではないが、キラに追従してオーブに来た姿も何度か見ている。

「何故だ!?」

 シールドにマニピュレータを差し込み〝シャイニングエッジ〟を抜き出し相手のビーム砲目掛けて投げ放つ。

 ビームブーメランを降下して回避した〝フリーダム〟だったが眼前に迫った質量に目を剥きシールドを掲げる。時間差で飛んできた〝ファトゥム01〟機首を反転させ光刃を晒した。その激突にラミネートシールドは負荷に耐えかね一瞬で粉砕されたがリフターから身を翻す時間を稼いではくれた。

 アスランがリフターの反転命令を流したときには〝フリーダム〟がお返しとばかりに計五つの砲を撃ち返してくる。〝ジャスティス〟はビームシールドでその破壊閃を受け止めたが一気に距離を離される。

「ちぃっ!」

 〝ジャスティス〟に対し〝フリーダム〟こそが有利なレンジに陥っている。不利に追い込まれた戦場で迷うなどあってはならないとは思いつつも、ソートの豹変が理解できない。思考の沼に足を取られたアスランは制御できぬまま生まれてくる思考に浸らされ、翻弄された。

 

「キラ様なら、大丈夫ですよ。あなたも信頼されているのでしょう?」

「男は女以上に……強い者に引かれる。あなたの力は眠らせるべきじゃない」

「キラ様……やはり心配ですか? 今、宇宙(ソラ)に、帰るのは……」

「キラ様。おれが残ります。せめてアスラン・ザラが全快するまで」

「あなたには余計な心配などして欲しくはありません。ラクス・クラインの守護者として、求められる場所で全力を尽くしてください」

 

 あれ程までにキラに心酔していた男が、なぜ!? 解けない疑問に怒りすら生まれるが、ふと、これをなし得るおぞましい想像が脳裏をよぎった。

 

「……どういう状況なんだ……あの男は。一体何が刺さってるんだ?」

「こっ……こんなものを突き立てられて普通に生活していたと言うのか!?」

 

 尊厳を根本からねじ曲げられた存在の記憶が蘇る。アスランは思わず呻いてしまい〝ジャスティス〟が〝クスィフィアス〟の砲弾に吹き飛ばされた。が、その激震すら遠いもののように感じる。

「なっ……!」

 〝ギガフロート〟で自決した構成員達。生き残っていたものは自分のしていることを記憶してすらいなかった。『大脳にまで達する針を突き立てられて』。

「ソート……お前」

〈命乞いは見苦しいぞ! 英雄として、散れっ!〉

「あいつらは……お前に何をしたんだっ!」

 右手のインパルス砲の射線を見切ってかわす。ヘルメットで見えないが、彼の額にもあのおぞましいものが突き立っているというのだろうか?

「お前は操られている!」

〈情報の氾濫するこの世の中、操られてない人間なんているのか?〉

 そのような言葉遊びを好む男ではなかったはずだ。自分の連れてきた〝ダガーL〟の三小隊と地面から湧きだした〝ジンオーカー〟と〝バクゥ〟の混成部隊が争う。指揮を執るべき立場にありながらアスランはそれをできずにいた。

 虹色の閃光を撒き散らしながら最適の間合いを選択する〝フリーダム〟を睨み付け、リフター〝ファトゥム01〟を分離させる。二つの機動兵器の並列操作は至難を極めるが〝ジャスティス〟の挟撃にソートは集中を散らし悔しげに呻いた。更に距離を取るためバーニアをふかすも、加速力の落ちた母機は離せても負荷を減らしたサーベルの集合体はその限りではなかった。シールドを失っている〝フリーダム〟はビームサーベルの先端をリフター機首のMA-M02S〝ブレフィスラケルタ〟ビームサーベルに突き立てる。二つの粒子兵器が干渉を起こしてたわむ中、質量兵器に変わったリフターが〝フリーダム〟のサーベルとマニピュレータを砕いたところで押し止められる。次いで向けられた連結砲が機動兵器を貫き吹き飛ばす。

〈っ!〉

 が、取り回しの悪い長大な砲身に振り回されている間に〝ジャスティス〟の接近を許してしまう。組み付かれた〝フリーダム〟は慣性にすっ飛ばされ砂山に叩き付けられ組み敷かれる。

(針を外せば、助けられるか?)

 ソートを拘束できたアスランは考える。だとしても容易なことではない。一縷の望みをかけて有視界接触通信を試みる間、同時に相手のコクピットに銃口を突き付けることをやめられなかった。

「ソート! ヘルメットを外せ」

〈? 断る。何がしたいんだ?〉

「外せ!」

 正面モニタに映る銃口に射すくめられたか舌打ちを零しながらもヘルメットに手をかけた。〝ジャスティス〟を下り、拳銃を用いたCQBでソートを取り押さえる行程を脳裏でシミュレートしていたアスランは……晒されたソートの顔に絶句した。

 針などない。

〈……ほら。何が望みだ?〉

 操縦桿から離れていた指先が震え、再び握らざるを得なくなった。震えた指がレバーを倒し、銃口が――逸れる。

〈っ!〉

 ソートの目の色が変わった。アスランは失態を悟る。〝フリーダム〟両肩のビーム砲がこちらを捉え、砲口に赤を湛えた。

「くっ!」

 右の砲身をマニピュレータで抑え付け〝ジャスティス〟の中心を翻す。L字を描いたプラズマ収束ビームが戦場を一瞬停止させた。

〈ザラ隊ち――〉

 いきなり響いた通信は悲鳴に代わりノイズに飲まれる。瞳孔を引き絞られながら見やれば銃撃に切り刻まれ煙を上げて墜落する〝ダガーL〟の姿が行き過ぎる。砂地にはそれに数倍する敵機の亡骸が散らばっているのだがそれはアスランの目には入らなかった。

〈まだだアスラン・ザラ! おれは、お前を殺す!〉

 翼を広げた〝フリーダム〟が〝ジャスティス〟以上の推力を持って押し返す。砲身から圧し剥がされたアスランは部下の通信に鼓膜を引っかかれながら彼を引きずり出す方法を模索した。

 ソートが無事な片手でインパルス砲を向けてきた。スラスターを着地制御に使っていたアスランは回避を断念しビームシールドで受け止める。砂地に溝を描き大きく押し返され、広角になった視界の中で別の友軍機が墜落していく。

 模索する間に人が死ぬ。

 自分の我が儘に付き合ってくれる人達が、自分の逡巡のせいで死んでいく。

 

「敵って、誰だよ……?」

 

 ルナマリアが武力を必要と語ったとき、自分はそう反論したが……自らの生温さに今は腹が立つ。

〈死ねっ!〉

 迫り来る三条の光。聞かれない説得。死んでいく同僚。感情の許容量を超えたアスランの脳は思考することを拒否した。

「この…バカヤロォオォッ!」

 純白に塗り潰された思考の中心に何かが現れ大きく弾ける。瞬間視界はクリアになり、迷う苦さが無味に変わる。

 背部のスラスターをカット、

 脚部を翻し逆噴射、

 仰向けになったその鼻先を破壊光線が行き過ぎていく。

「俺と対立し、俺の大切な人達に危害を加えようとする者……それが俺の敵だっ!」

 自機の真下、つまりは前方目掛けて〝グラップルスティンガー〟を解き放つ。

「それが、英雄の見解か! 平和を唱いながらもそれがあなたの本音かっ! だから争いがなくならないんだよ!」

 かぎ爪が冷却も終わらない〝フリーダム〟の砲身を掴み取り、強靱なアンカーがモビルスーツの重量を引き寄せる。

「黙れ!」

「あなたのような者こそ、その怒りを消さなければならない。でなければ世界は! ただ憎み合い戦うだけの地獄になるだろうよ!」

 足がかりのない砂地、繋がれた二機は引き合い距離が瞬く間に縮められる。無造作に上げられた赤い左足が行き過ぎるなり――

〈なにっ!?〉

 高エネルギーライフル部分が溶断面を見せて落下した。臑上で〝グリフォン〟ビームブレイドが輝いている。次いで右足を跳ね上げ立ち上がった〝ジャスティス〟が〝シューペルラケルタ〟ビームサーベルを抜く。

(なんだっ!? 予測が、つかねぇ!〉

 ソートも最大威力を破棄し、〝ラケルタ〟ビームサーベルで応戦するが、機動力、最大速度でともに勝っているはずの〝フリーダム〟が、リフターを失くし大きな推力を失った〝ジャスティス〟を引き離せずにいる。

〈追いつかない! 戦闘用であるおれが! こんな力を、世界に残すわけにはっ!〉

 光刃が投網のように投げかけられる。アスランは緩慢に動く世界を斬りつけながらメインカメラも向けずに遠距離を狙撃した。〝バクゥ〟が中心部を貫通され、砂地に倒れ伏す。

 苦し紛れに展開される砲身を蠢く順に切り落とす。後退した敵機の軸足に光刃煌めく蹴りを叩き込む。砂塵を蹴立てて倒れ伏した〝フリーダム〟を剣を手にした〝ジャスティス〟が睥睨した。

「ここまでだソート。投降しろ」

 逡巡の気配があった。だがしかし、

〈ふっ…ざけるな! 世界を乱す障害が!〉

 サーベルも意に介さずスラスターを全開にした敵機に激突された。シートベルトの許容量を超えかねない衝撃に強かに揺さぶられたアスランはモニタを埋め尽くす〝フリーダム〟の姿にその意図を掴みかねる――砲は潰した。この姿勢では残ったマニピュレータでサーベルにアクセスは不可能。攻撃手段はないはずだ。

 ないはずだが、組み付いた。そこで思い至ったのはかつての愛機〝イージス〟だった。

「自爆する気かソート!」

〈ティニ様の気苦労を一つでも減らせるのならばな!〉

 本気の眼差しに戦慄する。〝フリーダム〟は〝イージス〟と違い核分裂炉を積んでいる。ヨーロッパ沖での戦いの折り、シンの〝インパルス〟がこの機体を貫通した際の未熟核爆発――いや原子炉が閉鎖された際の爆発ですら海上を圧し、〝ミネルバ〟を激震させるほどの閃光と衝撃を放っていた。

「地上で! そんなことをしたらどれほどの被害が出るか……わかっているのかっ!?」

 だが、核爆発の怖ろしさはギガトン単位を超える破壊力だけではない。撒き散らされる放射能による汚染は人を殺し、水を殺し、土を殺す。長きに渡って。

〈変革に犠牲はつきものなんだよ!〉

 話に、ならない! ここまで人心を歪めるのか、敵は!

 〝フリーダム〟が閃光を発し、アフリカ大陸北東部に光点が生まれた。


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
3
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択