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……あれ?俺は……どうなったんだっけ?
まどろむ意識の中、俺はそんな事を考えていた。
確か……天和が大変な事になって、それで街中を走り回って、何とか華佗を見つけ出して、華佗に天和を治療してもらって……その後は……
「……ぅふふ……さまぁん」
そう、こんな声が聞こえてきて……って、え?
「どぅふふふふぅん。会いたかったわぁん!!ごしゅじんさまぁぁぁぁぁん!!」
え!?ちょ!?ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「わっ!?」
唐突に意識が覚醒する。気付くと、着ていた制服が寝汗でびっしょりと湿っていた。
「って、何で俺こんな格好で寝て……ああ、そういえば」
そこまで考えてやっと現状を理解する。あの後……華佗の治療が終わった後、唐突に出現した化物(クリーチャー)の手によって意識が薄れていった所までは憶えているから、恐らくそのまま気を失ってしまったのだろう。
「良かった、やっと気がついたよ~。もう目を覚まさないかと思っちゃった」
恐ろしい体験を振り返り、汗も手伝って身震いをしている俺の耳にそんな声が聞こえてくる。
その、声のするほうを見ると、そこにいたのは……
「て、天和!?」
「……?そうだけど、それがどうかした?」
不思議そうに首を傾げる天和。
「いやいや、そうじゃなくて!!何で天和が!?起きてて大丈夫なのか!?」
「?……ああ、そっか。一刀はずっと眠ってたんだから知らないんだ。私は大丈夫だよ?華佗さんに鍼を打って貰って三日位休んだら元気になったから」
笑顔で答える天和だったが……三日休んだ?
「え?ちょっと待って。ってことは俺は……三日も寝込んでたって事?」
「ううん。正確には一週間くらいかな」
「一週間!?え、何で!?」
驚愕した。ってか幾ら多大なショックを受けたとしても、人が一週間も気を失うなんてあるんだろうか?
そんな疑問を抱いていると、それに答えるかのように天和が続ける。
「うん。華佗さんが言うには最初の貂蝉さんの抱擁……で良いのかな?で、背骨に大きな損傷が~、って話で、結構大変だったみたいだよ?それは私が起きる前のお話だったから詳しくは分かんないんだけどね」
「……背骨って」
確かにあの貂蝉と名乗る漢(本名だとは信じたくない)の体格と技の決まり具合からして不思議ではないのだが、それよりもだ。
背骨、というか脊椎って確か自力では再生しない、ある意味一番痛めてはいけない部位の一つだと思うんだが……良く生きてたな俺。華佗が治してくれたんだろうか。
「でも、何度か目を覚ましそうになったんだけど、その度に貂蝉さんと卑弥呼さんのじんこうこ……あ、それは言わない方が良いよね」
「ちょっと待って天和。今聞き捨てならない単語が聞こえた気がしたんだが!?というか、誤魔化すにしてもお粗末過ぎるだろう!?」
「そのせいでまた気を失って、華佗さんもてんてこ舞いだったんだよ」
「さらっと流さないで!!俺にとっては重要な部分が明らかになってないよ!?」
「大丈夫、貞操の危機だけは私とちいちゃんと人和ちゃんで守ったから♪」
「貞操の危機ってのも気になるけど、『だけは』って何!?俺絶対何か奪われたよね特に唇的な何かを!!」
「……大丈夫だよ。だってあれは医療行為だって華佗さんもいってたし」
フッ、と目を逸らしながらいう天和。
「もう隠す気すらない!?俺のファーストキスがぁぁぁぁ!!嘘だといってくれ天和ぉぉ!!」
「うん、嘘だよ」
「さらっと言った!?」
もう俺の許容範囲(キャパシティ)はとっくの昔にオーバーしていた為、もう訳が分からなかった。
そんなテンパっている俺を見て、天和がからからと笑いながら続ける。
「貂蝉さんが『じんこうこきゅう』とかいうのをやろうとしたのは本当だけど、それは私達が必死に止めたんだよ。一刀が起きなかったのはただの疲れだって」
「じゃあ何でそんな嘘を……」
「だって一刀が寝てる間暇だったんだも~ん。だからちょっとした悪戯ってやつだよ」
悪びれる様子も無く、笑顔のままの天和だったが……それはつまり。
いつもどおりの……病気なんて感じさせない、元気な天和だということで。
屈託の無い笑顔の天和を、俺は思わず抱きしめてしまった。
「きゃっ、どうしたの一刀?」
突然の行動に驚いた声を上げる天和。
「……良かった。天和が無事で、本当に良かった」
噛締めるようにいう俺に、天和は苦笑気味で答える。
「もう、一刀ってば大袈裟~……でも無いのかな?私は苦しかった~って記憶しかないけど、ちいちゃん達の話だと大変だったらしいし」
でもね、と天和が続ける。
「病気が治ったのも良かったけど、私は一刀が必死になってくれたって話の方が嬉しかった。ありがとね、一刀」
柔らかく微笑む天和。その笑顔を見ているとなんだかこそばゆい気持ちがこみ上げてきて――
「あらぁん、良い雰囲気。なんだか妬けちゃうわねぇん」
――一気に寒気に変わった。
「うおぁあ!?化物!!」
一目見た瞬間、反射的に叫んでしまった。すると目の前の漢は一気に怒気を膨らませて、
「だぁーれが一度見たら三日三晩は飯が喉を通らないほど醜いゴリゴリの化物でぇすってぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
「誰もそこまでは言ってないですスミマセン!?」
そのプレッシャーに圧され即座に謝る。
「あら、そうだったかしらん。まあ、ご主人様がそこまでいうなら許してあ・げ・る♥」
ウインク交じりの言葉にゾクッ、と寒気を感じたものの、どうやら許してくれたようだった。
「あ、貂蝉さん」
「看病お疲れ様、天和ちゃん」
さっきの流れを感じさせないテンションで挨拶を交わす二人。それを見る限りどうやら俺が眠っている間に打ち解けたのだろうか、真名をかわすくらいには仲が良くなったようだ。
……というか
「あの、貂蝉……さん?で良いのかな?」
「そうよぉん♪洛陽に咲く一輪の花、踊り子の貂蝉とは私のこ・と♥」
……信じたくなかったが、やっぱり彼が『貂蝉』らしい……っと、それよりもだ。
「あの、ご主人様っていうのは……どういう事?多分、貂蝉さんと会うのは初めてだと思うんだけど」
「……やっぱり、憶えてないのねぇ」
ボソッ、とこちらには聞こえないような声で何かを呟く貂蝉。
「え?なにか言った?」
「ううん、いいの。こっちの話だから」
そういって貂蝉が話し始める。
「昔……遠い昔に私のいた国を治めていた領主様……ご主人様に瓜二つだったから、ついついそう呼んでしまったの。ゴメンなさぁい」
「領主様……?そんなにそっくりだったのか?」
「ええ、本当に……別人とは思えないほどにねぇん」
そう話す貂蝉はどこと無く寂しそうな雰囲気をしていた。
「……なんか、ゴメン」
貂蝉に向かって言う。
……何故だか、知らなくて当然のはずなのに、分からない事が申し訳ないと思えてしまったからだ。
「いいえ、貴方が謝ることじゃないわぁん。……それに」
言いながら貂蝉は両腕を広げ、
「この出会いを運命だと思って、今日からは貴方の事をご主人様と呼ばせて――」
「絶対にやめてください」
即答する俺……なんというか、同情して損した気分だった。
「ああん、つれないのねぇん。そんなご主人様も、す・て・き♥」
「だからやめろっていってるだろうがぁっ!!」
それから暫くの間――正確にはご主人様という呼び方を認める形で俺が折れるまで――貂蝉とのやりとりは続いたのだった……
「おう、一刀。目が覚めたようで何よりだが……なんでそんなに疲れた顔をしているんだ?」
「……いや、ちょっと騒ぎすぎて」
華佗の問いかけに詳細に応じる元気も無かった俺は、それだけを呟くように答える。
あの後、天和が俺が目覚めた事を皆に伝えた所、皆が部屋へと集まってきていたのだった。
「? まあ、特に変わりが無いのなら良いのだが」
「それは大丈夫だよ。……それにしても、天和の事といい、俺といい華佗には世話になってばっかりだ。本当に感謝してるよ」
「なに、医者として当然のことをしたまでさ。一刀については寧ろ俺達が迷惑をかけてしまったしな」
華佗が苦笑しながら言う。
そうして暫く談笑が続き……俺は少し前から考えていた事を、華佗に聞いてみることにした。
「なあ、華佗はこれからどうするんだ?」
「ん?これからか?」
突然の問いかけに華佗は少し驚いた顔をして、少し悩むようにしながら答える。
「う~ん、今は医聖と名高き張機殿に傷寒論を学ばせてもらっているが……まあ、数日したらまた旅に出る予定だ」
「それだったら……俺達と一緒に旅をしないか?」
「一緒にか?」
「ああ、実は――」
そう前置きしつつ、華佗達に俺達の旅の本当の目的を告げる事にした。
これまでにあった事や俺達の考え、今後の計画……全部を話した。
「――そんな訳で俺達は旅を続けながら、仲間を募っているんだ。それで……できる事なら、華佗も俺達に力を貸してくれないか?」
俺が告げると、少し難しい顔をしながら考える仕草をする華佗。
「……一刀の話については良く分かった。確かにこの時勢、身分の低い者、力の無い者が一方的に虐げられている現実があるのは事実。そしてこの先に待っているのは権力争いによる乱世であるってことも否定は出来ない」
だが、と華佗は続ける。
「戦の為の力を求めているんなら、残念ながら力を貸す事はできないぞ?これでも一介の医者である以上、悪事を働いた者以外に振り上げる拳は持たないと誓っているからな」
「ああいや、力を貸してくれっていうのはそういう意味じゃないんだ。悪い。言葉が少なくて勘違いさせちゃったみたいだな」
俺の言葉に華佗は怪訝そうな顔をする。
「力を貸して欲しいっていうのは医術の力の方なんだ。今回の事もそうだけど……今まで旅をしてきて感じたことは、人が苦しんでいるのは暴政や飢饉だけじゃなくて……まだ医術って物がしっかりと広まっていない今の時代じゃあ、助かるはずの人も病気で苦しんでいるって事だ」
言いながら真っ直ぐに華佗の方を見て、続ける。
「俺達は旅の目的上、色々な地域、色々な人と繋がりを広めて行く。そこで皆に医術を……まあ、五斗米道自体は無理かもしれないけど、華佗の医術ってやつを広めていって欲しいんだ。……頼めないかな?」
伝えたい事、全てを伝えて華佗からの返答を伺ってみる。
すると華佗は、「……もう一つだけ聞かせてくれ」と切り出した。
「一刀達は皆と、民と共に立ち上がって……どんな世の中を目指している?」
「え?……それはもちろん」
一拍を置いて、俺は心からの言葉を言い放つ。
「大勢の人が笑って、自由に生きる平和な世の中だよ。歌や踊りを、自由に心から楽しめるような、ね」
「自由に笑って、か……」
華佗は呟くように言うと……二ッと微笑んだ。
「ようし、分かった!!そんな世の中にする為ならば、この五斗米道継承者、華佗、元化!!医術を大陸に広める為の力を貸すと約束しよう!!」
いいながら華佗は手を差し出して来て……俺はその手を、しっかりと握った。
こうして俺達は、華佗という頼もしい仲間と旅路を共にする事に……
「うぬぅ……貂蝉よ。どうする?」
「う~ん、本来なら私達があまり干渉をする事は好ましいとはいえないけれどぉん……でも卑弥呼?もう心は決まってるんじゃないの?」
「ウム、であるな。だぁりんが望むのならば、何があろうと道を共にするのみであるな!!」
「そ・う・い・う・事ぉん。というわけでご主人様。私達もぉん、微力ながらお手伝いさせて頂くわぁん♥」
……いけない。この二人の事を忘れてた……
とはいえ、少し話しただけではあるが二人共悪い奴じゃなさそうだし、寧ろ天和が真名を許している事からしても良い人達だって事は分かる。
絞め落とされた俺自身としても、頼もしい味方である事は間違いないと思うんだが……正直キャラが濃すぎて、キツイ。
「あらあら、それでしたら私に一計が」
俺がそんな事を考えていると後ろからある声……水鏡先生の声が聞こえてくる。
「貂蝉さん、卑弥呼さん。少しお耳を拝借させて貰えますか?……ああ、あまり近すぎずとも声が聞こえる範囲に来てくだされば結構です」
そういって水鏡先生は二人と共に少しはなれた場所で(二人とは一定の距離を保ちつつ)話を始める。
「考えというのは……を二人に……して頂きたいと」
「ぬ?それでは我らが……と……ではないか!」
「そうよそうよ!……じゃ……よぅ!」
「いえいえ、そこは……で……という考え方もできますよ?」
「なっ!?それはつまり……で……ってことねぇん!?」
「むぅ、その鋭い考察……ではないな。まさか乙女道……を実践するときが来るとは」
なにやらこそこそと話しているため断片的にしか聞こえてこないが、何を話しているのだろうか?
……っと考えているとどうやら話がついたようで先生と二人がこちらへと戻ってくる。
すると貂蝉、卑弥呼の二人は開口一番、こういった。
「ご主人様、私と卑弥呼は水鏡ちゃんのお願いで荊州の『方』師団の調練に向かう事にするわぁん」
「だぁりんと離れ離れになるのは辛いが……これもだぁりんと、良いおのこである一刀の望みの為。寂しいが暫しお別れだ」
「それじゃあ早速向かう事にするけれどぉん……ご主人様?寂しいからってなかないでぇん♥」
「だぁりん、私達がいないからといって、浮気をしたらいかんからな♥」
二人はそれだけ言うと、バチンッ!!と音が鳴りそうなぐらいのウインクを俺達に放ち、去っていってしまった。
突然の出来事に、取り残された華佗や天和達もぽかんとした表情で見送る事しか出来なかった……え~、っと、
「……水鏡先生?説明を頂けますか?」
他の皆が未だぽかんとしている中、俺は水鏡先生に近寄ると小声で問いかける。
「ええ、貂蝉さんが言っていた通り、あの二人には荊州の師団を鍛えてもらおうと思いまして。荊州に残っている師団の人たちは天和ちゃん達に心酔していますが、それが行き過ぎて暴走、なんて事も考えられますでしょう?故にそれを監視する必要があると思っていた所だったんですよ。私見ではありますが、あの二人なら腕っ節、考え、共に信頼できると思いますし、良く言い含めておきましたから大丈夫だと思いますよ?」
「……どうやって説得を?」
「説得というほどでもありませんよ?ただ私は『遠距離、というものが恋心を加速させるという話は良くある』『好いている彼を影ながら助けるというのは良い女の証拠』という一般論を話しただけです。そうしたら、漢女道が何とか、て言い出して、快く快諾してもらったんですよ」
すらすらと説明してくれる先生。……なぜか俺と目を合わせずに。
「え、っと、もしかして先生……」
俺が次の言葉を放とうとするとそれに被せる様に先生が続ける。
「いえいえ、決して『あまり濃い面子で旅を続けるのは正直キツイ』とか『良い人というのは分かっているけれど毎日顔を合わせるのは苦痛』なんて考えてないですよ?」
……先生の言葉は、もうはっきりといっているも同然だった。
だが先生はそれを聞いた俺の表情が不満だったらしく「それとも?」と続ける。
「一刀君としては、毎日貂蝉さん達に『ご主人様』と呼ばれて蜜月な日々を過ごしたかったとでも?」
まあ……そういわれてしまうと、俺から返す言葉は決まってしまう訳で。
「先生の慧眼には感服するばかりです……」
「はい。それで好々、です」
俺の言葉に満足そうに微笑む水鏡先生……改めて、敵にしたくない人だった。
まあともかく、こうして一騒動あったものの……改めて、だ。
俺達は、華佗(と、同道しない漢女二人)という頼もしい仲間と旅路を共にする事になったのだった……
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黄巾党√第十二話です
最近は本当に更新が遅れておりまして、続きを待ってくださっている方々には本当に申し訳ありませんが……これからはもう少し早くできるよう頑張ってまいりますので、どうかお付き合い頂けたらと思います
とりあえずの目標としましては、本年中の完結を目指し頑張らせて頂きたいと思っております
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