No.184653

TINAMI学園祭参加作品『大喇叭と司書室ともやしラーメン Ⅲ(最終話)』

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TINAMI学園祭参加作品『だった』短期集中投稿作品です。
ぬぁ、後一時間弱あれば間に合ったのに orz
……まぁ、終わってしまったものは仕方ありません。

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2010-11-15 01:36:30 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:8812   閲覧ユーザー数:7620

あの後、俺はそのまま学校を後にした。

『体調崩したから早退する。先生にもそう言っておいてくれ』

今の時間帯に店番を担当している筈の図書委員にそうとだけメールして携帯の電源を切り、適当に放って寝返りを打つ。

三日ほど前から明滅し始めた蛍光灯。

枕元に積み重なっている、暇潰しに読み返した漫画や小説。

普段は綺麗に仕舞ってあるのだが、最近はずっと出しっ放しだった。

掃除も最近さぼっているせいか、少し空気が埃っぽい気がする。

「…………」

何もする気が起きなかった。

惰眠を貪ろうにも、眠くなりもしない。

染みついた習慣が、今は本当に忌まわしかった。

言われなくても解っていた。

これはただの現実逃避だ。

今の自分を認めたくなくて、全部他人のせいにして、そんな下らない瓦礫で薄っぺらな蓑を厚塗りして、矮小な自分を覆い隠そうとしていた。

そんな自分が、何より嫌いだった。

「畜生……」

仮定の話をしたって、どうしようも無い事は解っている。

それでもあの時、違う選択肢を選んでいたら、と考えてしまう。

世界が生まれたのは五秒前かもしれない、という説がある。

約百三七億年前の大爆発により宇宙が生まれ、気が遠くなる年月を経て地球という惑星で生物が生まれ、気の遠くなるような枝分かれの末に生まれた人間という種族に自分が生まれ、この日この時この一瞬まで生きて来た、その全ての記憶が、ほんの五秒前に神の作り出した偽物かもしれない、という話。

以前の俺なら、笑い飛ばしていた。

あまりに荒唐無稽で、

あまりに馬鹿馬鹿しくて、

あまりに詰まらなかったから。

自分の生きて来た全てを否定された気がしたから。

でも、今はほんの少し、そうであって欲しいと願っている自分がいる。

情けない、弱い自分。

全部が嘘であってくれ。

下らない。

無表情という表情で隠していた、そんな弱い自分が、アイツの言葉で引き摺りだされた。

アイツは間違った事など言っていない。

俺の為に言ったのだ。

俺の為に行ったのだ。

そうしてくれたのだ。

 

なのに、そんなアイツに俺は何をした?

 

「……最低だ」

奥歯を強く噛み締め、傍らの壁を思い切り殴った。

何度も、何度も、拳が痛みで麻痺し始めるまで。

こんな自分を変えたかった筈なのに。

コンコン。

ドアのノックの音。

返事をする気も起きなかった。

土曜日。まだ夕暮れには早い。

ならば、誰かは解る。

弟は陸上部で中学に。

父さんは仕事仲間と朝からゴルフに出たきり。

それに、帰って来た時に家にいたのは一人だけだった。

「入るわね」

返事が無い事を予想していたのだろう、母さんは躊躇いなく入って来た。

ベッドの上で背を向けていたが、手に取る様に解る。笑っていた。

「酷い顔だったわよね……泣いたの?」

帰って来た時に赤くなった両目は見られた筈だ。癪ではあるが何も言い返せない。

「ふぅ……何があったかは知らないけれど、これだけは言っておくわよ」

小さな嘆息の後、母さんは俺の方へと歩み寄り、

「絶対に後悔せずに生きるなんて不可能。これから先も、後悔する事なんて幾らでもある。……だからね、」

俺の頭をポンと叩いて、

 

「後悔するなら、取り返しのつく後悔だけにしなさい」

 

何か一枚の紙を机に置くや否や、ドアノブに手を掛けて、

「今悩んでる事は、どっちなの?」

そう言い残して、部屋を出て行った。

再び訪れる沈黙。

しかし、先程のそれとは、何かが違った。

のそりと起き上がり、母さんが置いて行った机の上のそれを見て、

 

その日の夜は、久し振りによく眠る事が出来た

 

翌日、午前十時過ぎ。

俺は学園の廊下を歩いていた。

向かう先は古本市の教室。

今日の午前はアイツが担当だった筈。

やがて辿り着く目的地。

扉を開くと、アイツは呆然と躊躇が混じり合った複雑そうな顔でこっちを見ていた。

「松岡」

「あ、先輩……」

他の図書委員や訪れていた客が何事かとこちらを見ていたが、欠片も気にならなかった。

弱冠早足気味で眼前まで歩み寄り、何処か怯えるように身を竦ませる松岡を見下ろして、

「午後、空いてるか?」

「……へ?」

「午後、空いてるのか?」

「あ、えと、はい、一応は……」

「……午後三時、体育館前に来い」

「あ、え、あの、それって――――って、先輩?」

きょとんとする松岡に告げるだけ告げて、俺は教室を後にした。

勘違いした周囲の連中が何やら色めき立っていたが、今の俺にはどうでもよかった。

擦れ違う人の群れの中、掲示板に貼られる催し物の宣伝ポスター、その一つ。

油性のマジックでカラフルに描かれたそれには、手描きの楽器や楽譜のイラストと共に、イベントの詳細が記されていた。

場所、体育館。

時刻、午後三時。

吹奏楽部主催、学園祭フェスティバルコンサート。

一人適当に時間を潰していた。

出店を回って飲み食いしたり、友人のクラスの催しを冷やかしに行ったり。

無計画でもそれなりに暇は潰せた。

やがて時間も近くなり、体育館への連絡通路に向かった。

十五分前にも関わらず、松岡は既に待っていた。

「随分早いな」

「あまりあそこに居たくなかったんです。……あの後、誤解解くの、大変だったんですよ?」

「悪かった。おら、早めに行かないと良い席無くなっちまうだろ」

「あ、ちょっと先輩!」

俯きながら唇を尖らせる松岡に、両手を挙げて大袈裟に答えながら、四方全ての射光を黒幕で遮断した体育館へと入る。

吹奏楽部の部員達が準備に勤しむステージの前には、普段教室で使われている椅子が規則的に、しかし前に座る人の頭が被らないよう半分ずらした状態で並べられていた。

まだ人影は疎らな中、俺は適当に中盤から少し後ろ、真ん中辺りの席を選んだ。

ステージ上の何人かが、大小に差はあれど驚愕の視線をこちらに向けていた。

「先輩、そこは――――」

「いいんだよ、ここで。この辺が、一番音がよく聴こえるんだ」

腕を組み深く腰を落とすと、松岡も諦めたのか隣にゆっくりと座った。

やがて時刻が迫るに連れて客足は伸び始め、開始間近にもなると満席状態、立ち見の連中もちらほら窺えた。

そして、とうとう開演の時刻となり、指揮者を務める顧問の一礼と共に、コンサートは幕を開けた。

始まりは、今年のコンクールでも演奏した組曲だった。

重低音のおどろおどろしい音色に始まり、木管やトランペットによる軽快な律動へと変わる。

やがて階段を駆け上がる様に全体の熱は昇り始め、荘厳で力強い協和音が大気中に飽和する。

(あぁ、これだ)

俺が数か月前まで座っていた場所では、今年入ったばかりの後輩が懸命な表情で指揮者に視線を注いでいた。

一挙手一投足、その全ての見逃すまいと。

そこには、もう俺の入る余地などありはしない。

(良かったな)

素直にそう思えていた自分に気付いて、また視界が滲み始めた。

今度は嫌ではなかった。

自然と唇の端が吊り上り、瞼を閉じて耳だけに全てを集中させる。

恐らく、これが最後だろうから。

その曲の終わりと同時に、俺は席を立った。

松岡は何も言わずに、俺の後を着いてきてくれた。

「先輩……」

続く筈だった言葉は解らない。

疑問と躊躇が小さな頭の中で何度も競り合っているのだろう。

「松岡」

だから、俺から話しかけた。

振り返ると、松岡は何処か悲しそうな顔をしていて、

「お前さ、ラーメン好きか?」

「……はい?」

そのあまりに間の抜けた表情は中々に面白くて、俺は自然と笑っていた。

「へい、らっしゃ――――おぉ、坊主じゃねえか」

真赤な暖簾を潜った先は、油とスープの混ざり合った匂いで充満していた。

絶えず聞こえる中華鍋の上で踊る具材の音。

茹で上がった麺から弾ける飛沫。

その全てが空腹を促進させる。

決して広くは無いその空間が、俺のお気に入りだった。

「久し振り、おやっさん」

「最近めっきり来ねぇからよ、ウチの味に飽きちまったかと思ったぜ」

「んな訳無いって。受験勉強とか、俺も色々忙しくてさ」

「そうかよ……っと、そっちの嬢ちゃんは初めてだな?」

「あぁ、俺の後輩。ここのラーメン、食わせてやろうと思ってさ」

「おぉ、そいつぁ有難いねぇ。あっちの畳が空いてっから座っとけ」

「ん。いつもの二つね」

「あいよっ!」

促されるまま靴を脱いで畳の上に座る。

松岡も躊躇いがちに俺の対面に座った。

「あの、先輩?」

「ん?」

「良かったんですか?勝手に学園祭、抜け出して来て」

「別にいいだろ。出席はとってねぇし、この後に当番もねぇんだろ?」

「えぇ、まぁそうですけど……」

何処か後ろめたいのだろう、松岡は落ち着かない様子で時折周囲を見回すように首を動かしていた。

やがて暫く経つと、おやっさんが丼を二つ抱えてやって来た。

いつもと同じ、山盛りの炒めたもやしと豚挽肉。

細いがしっかりとした歯応えのストレート麺。

湯気と共にゆっくりと立ち上る赤味噌の香り。

「先輩、これって……」

「もやしラーメンだ。食え」

「いや、食えって言われましても」

「何だ、嫌いだったか?」

「あ、いえ、嫌いではないですけど……」

「んじゃ食えよ。代金なら気にするな、俺が奢る」

割り箸を割り、まずはスープを一口。

そのままもやしの山を軽く崩し、麺と一緒に口に含む。

もやしのシャキシャキとした食感が麺の歯応えをより一層引き立たせ、いくらでも箸が進む。

そんな俺を見ていて腹が減って来たのか、松岡もやっと割り箸を手に取り、一口食べて、

「……美味しい」

「だろ?」

後は二人して、ただただ無言で麺を啜り続けた。

「ごっそさん。また来るよ」

「おう、いつでも来い!」

おやっさんの威勢のいい声を背に、真赤な暖簾を再び潜る。

既に太陽は西に沈み始め、空は茜一色になっていた。

「ここのもやしラーメンな、俺の大好物なんだ」

住宅街の片隅にポツリとある、所謂『隠れた店』。

客の入りはいつもそこそこ。

値段も、大盛りでなければ野口英世で二人前のお釣りがくるほどリーズナブル。

あまり人には教えたくないのだが、

「お前だから教えた。あの屋上のお返しだ」

「は、はぁ……」

松岡はまだ訳が解らないようだった。

まぁ当然だろう。

突然学園祭を無断で早退し、いきなり連れて来られた場所は小さなラーメン屋。

俺が相手の立場でも戸惑うと思う。

一度深く息を吸い込み、沈む太陽を眺めながら、

 

「トロンボーンは、多分もう吹かない」

 

背後で、息を呑むのが聞こえた。

「こればっかりは、正しいとか間違ってるとか、そういうんじゃない。俺自身の問題なんだ。俺は何でも直ぐに割り切れる程、潔くなれない。少なくとも、暫くの間は吹けないと思う」

「そう、ですか……」

明らかな落胆の気配。

そこまで自分の音楽を好きでいてくれたという証。

 

「けど、音楽は辞めねぇよ」

 

「……へ?」

だからこそ、俺は続けようと思った。

「母さんの教え子の親に、ピアノ塾やってる人がいるらしい。受験生ではあるけど、週に二時間くらいなら時間作れなくもないし」

だからこそ、俺は続けてみようと思った。

「俺、やっぱり音楽嫌いになれないらしい」

振り返った先、松岡の顔は夕陽のせいか、真赤に染まっていて、

「お前の御蔭だよ、松岡。……ありがとな」

俺は本当に久し振りに、無邪気に笑っていた。

 

彼が呆けている彼女に気付くのに、後五秒。

 

彼女が慌てふためき支離滅裂な言葉と共に更に顔を赤くするまで、後八秒。

 

彼が彼女の顔が夕陽以外の理由で赤くなっている事に気付くのに、後十二秒。

 

彼女がそれを指摘されどさくさ紛れに秘めていた想いを打ち明けてしまうまで、後二十五秒。

 

彼がそれを聞いて唖然とし頬を紅潮させるまで、後三十秒。

 

 

彼がその想いに対して答えを告げるまで、後――――

 

 

《終》

 

後書きです、ハイ。

 

時間、足りませんでした。

結構な走り書きで頑張ったんですがね、ほんのちょっとだったのに……もっと早く起きろよ、俺。

タグくらいは別にいいです、よね……?

 

さて、『俺』の結論、皆さんはどう思われましたでしょうか?

前向きとも後ろ向きともとれる答え。

しかし、どんな答えだったとしても、自分が本当に考えて導き出したのなら、その人にとってはそれが正解なのでは、と俺は思うのです。

どれだけ他人の答えが正しいと思っても、自分が納得出来ていなくては、それは全部間違いなのではないかと思うのです。

『後悔のないように生きる』

よく耳にするフレーズですが、果たして本当に実現できるのか、俺は疑問に思えて仕方ありません。

でも『後悔』の前に『出来るだけ』と付けると、少し実現できそうな気がしませんか?

 

それでは、次の更新でお会いしましょう。

早く『盲目』『蒼穹』仕上げなくては。

 

でわでわ。


 
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