真・恋姫†無双SS
たぶん車角香桂落ちくらい?
俺は勝手知ったるその部屋の扉をおざなりにノックし、ろくに返事も待たずに中に入った。
魏王の執務室では華琳が仕事をしている……というわけでもなく、政務中座りっぱなしのはずの席は空っぽだ。そこにいるものとばかり思い込んでいたため、華琳を見つけられずに空振った視線が一瞬宙をさまよってしまう。
「一刀、部屋に入るなら返事をしてからにして頂戴」
探しあてる前に声を掛けられてそちらを見てみれば、華琳はすぐそばにある来客用の椅子に座っていた。この時間は仕事一点張りという先入観があったからか見落としてしまったようだ。
気付いた俺が声をかけるヒマもなく
「礼儀と言うのならただ扉を叩けばいいというわけではないでしょう。来意を告げる為のものなら当然、中に居る者の許しを得るまで待つべきよね」
そう注意された。
もともと小柄な華琳が腰をおろしていると、こちらからは自然と見下ろすような形になってしまう。もちろん、心理的には逆に華琳の方になるんだけどな。
「……面目ない」
「この習慣を持ち込んだのはあなただというのに、まったく…………さっきのやり様こそ虚礼というのよ。憶えておきなさい」
「次からは気をつける」
「それで、何かあったのかしら?」
俺は手にした書簡を示しつつ、これだよと声をかけた。
彼女は受け取って一読する。
「これは……この前決まった案件の経過報告かしら。別にあなたがわざわざ手渡しにする必要なんて無いのではなくて?」
「まあ、一応三国すべてが関わってるものだし。華琳も早く知りたいんじゃないかと思ってね」
「確かに気にはなっていたけれど…………あなたも忙しいんだし、これだけのために来たわけじゃないんでしょう?」
「このところ自分の部屋と仕事部屋を行ったり来たりするだけでさ、ちょっと息がつまりそうだったんで抜け出してきた」
どうせすぐにわかっちゃうだろうし、隠すだけ無駄なのであっさりと白状する。
俺の仕事の量は朱里、雛里、詠や月にまで手伝ってもらってなんとかこなせるくらいのものだ。
そうは言っても手伝ってもらってる手前、あんまり大きな顔は出来ないがさすがに一週間もこもりっきりだと気持ちがふさいでくる。
さぼった分は後でちゃんと挽回するつもりだし問題はないだろう。
心の中で言い訳しながら華琳を見ると、執務室を出るときの朱里たちのことを思い出してしまう。
そうそう、ちょうどこんな感じの目だ――――華琳が諦めと呆れと蔑みの混ざったような冷たい視線を送ってくる。
部屋に戻る前にみんなへ差し入れを買っておこう……。
「そんなところだろうと思っていたわ。でも、仕事一辺倒という割には随分とお盛んなようね」
「ぎくっ」
確かに部屋へ戻る途中で会ったり、夜討ち朝駆けされたりで一人寝はしてないけどさ。そこで断ったりするのはいろんな意味でダメだろう。
「そのくせ……は………触れ……………………だから」
華琳がなにか小声で呟いた。
「うん?何か言ったか?」
「なんでもないわよっ!」
どうも今日の彼女は機嫌が悪いらしい。
この話題を続けると地雷を踏みそうな予感がする。
「そういう華琳だって休憩中じゃないか」
「怠けてばかりのあなたと違って私はちゃんとやってるもの。ここで一息入れるのも予定の内よ」
怠けてばかりって……仕事でカンヅメ状態だったんだけどな。
だけど、迂闊にそんなことを口に出して一日にこなす仕事の量とか較べられると精神衛生上よろしくないのでここは反論しないでおこう。
「それで象棋ね……頭を使う仕事の合間に頭使うことして休みになるのか?」
目の前の机には象棋盤と二色の駒が並べられている。盤上では黒駒が白の本陣に今にも攻め入ろうとしている――――もちろん黒の本陣は華琳の座っている側だ。
「それは人それぞれでしょう。少なくとも私にとっては遊びよ。悪手を指したからといって誰が死ぬわけでも飢えるわけでもないもの」
そのあたりは見解の相違、なのか?
少なくともついこの間大会を開いて軍師の序列を決めた人の言葉じゃないような……。
俺がそのことを言うと
「これが上手いからといって戦や政が達者とは限らないわ。相手の手を読んだり、論理と思考を積み重ねて目的への道筋を組み立てたり……そういう要素が軍師に求められる素養と重なっている、ということよ」
駒を始めの位置に戻しながら華琳が答えた。
「なるほど。つまり腕利きの軍師なら象棋も上手いけど、象棋の名手だからといって軍師として優秀かどうかはわからない?」
「そういうことよ……さて、一刀」
すぐにでも一勝負始められるようになった盤面を示しながら華琳が誘いをかけてくる。
「俺と華琳じゃやるまでもなく華琳の勝ちだろ」
「あら、戦う前から白旗を揚げるの?少しくらいは手加減してあげてもいいのよ?」
「手加減してもらって勝ったって嬉しくないだろう」
それに手加減してもらってる方はまだしも、する方はあんまり面白くないものだ。こういうゲームはお互いが真剣にやるから楽しいんであって、初心者に教えてるんでもない限り手加減してる方はつまらないんだよな。
だからといって華琳に本気を出されれば、俺があっという間に投了するのはわかりきっている。
「なら、こういうのはどうかしら?」
そういって自分の駒を一つ、二つと取っては脇に除けていく。
どういうつもりか分からない俺が見ている間、コトッ、コトッと駒を置く音だけがやけに大きく響いた。
「これならいい勝負になるでしょう」
不敵な笑みを浮かべた華琳がそう言ったのは、駒の三割ほどを取り去った後だった。
当然、その分陣立ても薄くなり俺の側と較べるまでもなく頼りなさそうだ。
「いい勝負って……いくら華琳でもここから逆転するのは無理じゃないか?」
「今度はやる前から勝った気でいるの?私を誰だと思っているのかしら」
「別に華琳の腕を疑ってるんじゃないよ…………まあ、そっちが構わないって言うなら」
ハンデつきでも華琳に勝ったとなれば少しは自慢にもなるだろうし、そうまで言われて断るのも大人げない。そう思った俺は勝負を受ける気になった。
「気に入らないわね」
険のある口調でそういう彼女はやはり虫の居所が悪いようだ。
「いいでしょう。そんなに自信があるのなら賭けをしましょうか」
「賭け、ね……」
「そうよ。負けた方は相手の言うことをひとつ聞く。どうかしら?」
「言うことを聞くって、なんでもいいのか?」
「構わないわ…………もちろん私に勝てれば、の話よ」
そう言われ、改めて盤の上を見る。今さら確認するまでもなく華琳の駒は少なく、俺の駒は多い。
「いいよ。その賭け、乗った!……後になって知らんぷりとかしても、もう遅いからな」
「勝った後のことをあれこれ思い描くより勝つ方法を考えるのが先でしょうに…………もっともそんなものがあれば、だけどね」
そう言い放った華琳にはまた挑戦的な笑顔が戻っていた。
白くほっそりした指が迷いなく黒い駒を動かす。
互いのプライドを賭けた勝負が始まった。
そして幾許かの時が経ち――――盤上の戦いも終わりに近づいていた。
誘いだと分かっていながらも手薄に見えた本陣をついた俺の騎兵は華琳の槍兵部隊に止められ、攻撃で出来た隙をつくように華琳は逆にこちらの本陣に肉薄している。
やがて抵抗空しく本陣が陥落し、華琳の勝利となった。
それにしても、あれだけ大口を叩いておいて負けるとか情けないにもほどがあるな。いや、俺が弱いんじゃなくて華琳が強いんだ。
正直なところ、ここまで差を見せつけられると悔しいとも思えない。
「まさかあれだけの差をひっくり返されるとはなー」
「あなたこそ数を恃んで攻めてくると思っていたけれど、意外と慎重だったじゃない」
勝負に勝ったからか、上機嫌な華琳が俺を褒める。
「華琳が相手だし無理に攻めたって勝てっこないだろうからな。慎重にもなるさ……とは言え、結局負けてるんじゃなあ」
「確かにもう少し倒し歯ごたえが無いと私も楽しめないわね」
持ち上げたと思えばすぐに貶したり、華琳も忙しないな。だけど、本当に期待外れだったんならこんなに機嫌が良いわけないだろうし、認められたんだと思っておこう。
「さて、と。賭けは私の勝ちなんだけど、一刀には何をしてもらおうかしら」
訂正する。ご機嫌なのは俺に言うことを聞かせられるからか。なんともサディスティックな表情だ。猫が捕まえたネズミで遊んでる時、きっとこんな顔をしてるんだろう。
「ううっ、お手柔らかにお願いします」
「そうね……一ヶ月間いやらしいことは禁止、とか」
「――――っ、それは勘弁してくれないか」
「冗談よ。そんなことになったら私が皆に恨まれてしまうもの」
「そりゃ本気とは思ってなかったけどさ」
「当然でしょ。それに……って……………よ」
「うん?何か言ったか?」
「なんでもないわ。他にはそうね…………何か珍しい料理でも持ってきてもらおうかしら」
「漠然と珍しいなんて言われてもな……例えばどんな料理なんだよ?」
「私がすぐに思いつくようなものを珍しいとは言わないでしょう」
そういえば以前にもそんな話をしたような。自分で料理の本を書いちゃうような人間でも食べたことがない料理なんて……あるのか?
現代の料理なら華琳も知らないだろうけど、再現するのは俺一人じゃ無理だし。
「じゃあそれもナシで」
「…………一刀。さっきからあれは駄目、これも駄目と随分と注文が多いのだけれど、あなたに何をさせるか決めるのは私だってことを忘れないで欲しいわね」
華琳が冷たい眼差しを向けながら言った。
確かに自分でも往生際が悪いような気もするが、出来ないことは出来ないのだ。下手に見栄を張って安請け合いなんかしたら、それこそ後でどんな目に遭わされるか分かったものじゃないし。
「そうは言っても俺に出来ることなんて知れてるんだし仕方ないだろ」
「この男は…………まさか開き直って難癖をつけていればそのうち有耶無耶に出来るなどと甘いことを考えてるのではないでしょうね?」
「違うって。俺にやれる範囲内で決めてくれって言ってるだけだよ」
「今の言葉、聞いたわよ」
そう言って考え込む華琳は楽しそうだった――――これで悩んでるのが『俺にどんな罰ゲームをやらせるか』じゃなかったら、ずっと見ていたかったんだけどな。
いや、この場合はむしろずっと見ていたい、と言うべきか。それだけ無事でいられる時間が長くなるし。
そして、即断即決の彼女にしては長い時間をかけた後。
「いいことを思いついたわ、一刀」
俯けていた顔をあげた華琳は実に晴れやかな笑みを浮かべていた。
もちろん、笑顔を向けられた方は嫌な予感しかしない。今なら処刑を待つ罪人の気持ちもよくわかりそうだ。
「あなたが決めなさい」
俺は華琳の突き抜けた回答に唖然とするしかなかった。
自分で自分の罰を決めるってことか?どんな無茶振りだよ。
「はあ?どういうことだ?」
「私が納得するような罰を自分で決めてみせろ、と言っているのよ。自分の能力くらい把握してるでしょうし難しいことじゃないわよね…………もし罰にならないようなものだったら……」
「どうなるんだ?」
「さて、あなたがどんな醜態を見せてくれるか楽しみね」
俺はいったい何をされるんだ!?
だいたいどうすれば華琳が許してくれるかなんて見当もつかないぞ。
「そうそう、何か思いつくまで私の傍に居なさい……いいわね?」
「いや、あの……俺、ちょっと抜けて来ただけでまだ仕事が残ってるんだけど……」
「あら?何か言ったかしら?」
「なんでもありません」
「期待してるわよ、一刀」
今日は徹夜決定か……。落ち込む俺とは裏腹に、華琳は足取りも軽く政務用の机に向かう。
「もっとも、別に…………なくても私は…………けど」
華琳が何か小声でつけ足した。
かろうじて耳に届くくらいの聞き取りにくい台詞だったけど、こう言っていた――――別に思いつかなくても私は構わないけどって。
ホントにそうだったのかなんて今さら確かめようもない。
もし聞きなおしたとしても、華琳はきっとこう言うのだ。
「なんでもないわよっ!」
<あとがき>
本作からお読みくださった皆様、はじめまして。他の話を読んでくださった奇特な方々はお久しぶりでございます。
なんだか華琳様の話が読みたくなったので書いてはみたものの……出来ばえの方はご覧のとおりです。
毎度のように詰まりながら書いているのでこんなのでも時間だけは結構かかっています。筆の速い方々が妬ましいばかりです。特に困るのがタイトルで、本編は書き終わってもタイトルが付けられなくて投稿出来ない……なんてことがままあるんですよね。今回は書き始めた時に仮でつけてたタイトルをそのまま持ってきてしまいましたが、果たしてこんなのでいいんでしょうか?
ちなみに車角香桂落ちとは将棋のハンデで、上手側の駒が6枚少ない状態で指すものです。象棋の方は詳しい描写がないのでわかりませんが、将棋では取った相手の駒を再利用できるから成立するんです。……偉そうに語っているものの将棋はほとんどやらないし、まして6枚落ちなんて見たこともないんですけどね。
では、ここらで失礼したします。
読んでくださった方々に尽きせぬ感謝を、感想や意見、その他諸々を下さる方々にはもっと大きな感謝を捧げます。
乱筆・乱文失礼しました。
Tweet |
|
|
21
|
1
|
追加するフォルダを選択
真・恋姫†無双の2次創作で華琳様のお話。キャラ崩壊してるかもしれません。
タイトルにも本文にも特に意味はなかったり。
感想とかコメントをもらえると書いてる人が喜びます。
続きを表示