No.182429

真・恋姫†無双異聞~皇龍剣風譚~ 外伝

YTAさん

随分と時間があいてしまいました。
すみません。
あとがきに、前作のコメ欄から削除させて頂いた質問に対する回答を、少し詳細にして書きましたので、興味のある方はそちらもご覧下さい。

では、どうぞ!

2010-11-03 23:27:50 投稿 / 全11ページ    総閲覧数:4122   閲覧ユーザー数:3370

                          真・恋姫†無双異聞~皇龍剣風譚~

 

                              外伝 姑獲鳥 第四章

 

 

 

 結局、一刀たちが張福の屋敷に帰り着いたのは、空が白み始める直前であった。

 一刀は、榊の皮を剥いた物を幾本かと、細い麻縄を出来るだけ用意するように張福に頼むと、借り受けた硯で墨を摺り、一心に何事かの呪文を唱えながら、苦しそうに息をする兼常(けんじょう)の臍を中心に、不可思議な文様を描いていた。

「これで、助かるのか?」

 心配そうに事の成り行きを見守っていた華雄が、筆を置いた一刀にそう尋ねると、一刀は小さく微笑んだ。

 

「まだ分からんな。この子を見つけた時に瘴気祓いの札を抱かせたから、今は辛うじて小康状態を保ってはいるが、これから行う祭儀に耐えられるかどうかは、信じるしかない。ともあれ、もう少しこうしておいて、出来るだけ自然に瘴気を出させてしまった方が良いだろう」

 一刀はそう言うと、醜く爛れてしまっている幼い兼常の頭を優しく撫でた。

「それほどに大変なものなのか?その祭儀とやらは・・・・・・」

「いや、簡単に言えば、悪いモノを吐き出させるだけだ。大人ならば、どうと言う事はないが・・・・・・。嘔吐と言うのは、意外と体力を使うものだからな。こんな小さな子には辛いだろう。ましてや、相当な量を出さないといけないからな」

 

「そうなのか・・・・・・。確かに、あの息の詰まる感じは私も嫌いだが・・・・・・」

「呑気な事を言っている場合じゃないぞ、華雄。お前にも、手伝って貰うんだからな」

「なに!?私には方術の心得など無いぞ!」

「心配はいらないよ。お前は、“いつも通り”にすれば良いだけだ」

 一刀は、慌てる華雄に向かって言った。

 

「いつも通り?」

「ああ。俺は、この子の中の瘴気を固め、凝縮して吐き出させる。しかし、吐き出された瘴気は、宿主を求めてこの子の中に戻ろうとするだろう。だから、その前にお前に瘴気を“斬って”もらいたいのさ」

「なんだ、そう言う事か!それ位ならお安い御用だが・・・・・・、その瘴気とやらは、私の斧で傷を付けられる代物なのか?」

「俺がお前の斧に呪(まじな)いを掛ける。それで大丈夫だよ。だが、チャンス・・・・・・いや、機会は一度きりだ。二度は、この子の体力が持たないだろうからな」

 一刀の言葉に、華雄は美しい銀髪を揺らして、静かに頷いた。

 

 

 二人のそんな会話から暫くして、張福が両手の一杯に榊の枝と麻縄を抱えて戻ってきた。

「これで、足りますでしょうか?」

そう言って一刀の前に両手の物を置いた張福の顔は、昨日の昼間より、十も老けてしまったようだった。

 無理も無いだろう。

 漸(ようや)く一人息子を取り戻したと思ったら、その犯人が、妹と思って可愛がってきた女が変わり果てた、異形の怪物だったのだから。

 

「あの、北刀様・・・・・・」

 十分だと返事をして、榊の枝の中から手頃な物を選別いている一刀に、張福は恐る恐るといった様子で話しかけた。

「何でしょう?」

「萩・・・・・・、いえ、麗儀の事なのですが」

「はい」

「あれは、助かるのでしょうか?」

 

「そうですね。あなたの言う、“助かる”の意味が、“元に戻る”と言う事であれば・・・・・・」

 一刀はそこで、榊の枝を選別していた手を止めて暫く逡巡した後、張福に視線を戻した。

「無理でしょう」

「そんな!お前は、麗儀殿は“憑かれた”のだと言ったではないか」

 がっくりと肩を落とした張福に代わって、華雄が叫んだ。

 

「はい。麗儀殿は、頻繁に山に入っていたとの事。山という場所は、古来より異界への入り口であるとされています。恐らく、麗儀殿の心の奥底にあった闇・・・・・・。我が子を失った時の絶望が、異界の住人を引き寄せてしまったのでしょう」

 

 一刀はそう言うと、立ち上がって、兼常の眠る小さな寝台の四隅に、榊を麻縄で括り付けた。

「なら、憑いたモノを祓えば良いのではないのか!?」

「それが、出来ないのですよ」

 一刀は、華雄の苛立ちを受け流すようにそう言って、寝台の柱の間に緩く麻縄を張っていく。

 更に、麻縄の寄り目の間に、予め作っておいた真っ白な紙垂(しで)を挟みこむと、一刀は漸く華雄に顔を向けた。

 

「麗儀殿と憑いたモノは、完全に“混ざり合って”しまっているのです。華雄将軍」

「混ざる・・・・・・?」

「はい。本来、自身の内から生じた以外のモノ、つまり、他人の生霊や死霊、妖異などが、取り憑いた人間の魂や肉体と完全に混ざってしまう事など、そうあるものではありません。何故なら、人間と一度形を成した怪異は、この世界に存在する為の“理”が違うからです。例えるならば、水と油のように」

 

 

「それが、混ざってしまった、と?」

「そうです、将軍。我々のような者は、人という“水”の上に浮いた、憑きものという“油”を、術という“網”で掬い取る訳ですが・・・・・・、混ざる筈のない水と油が混ざってしまった液体の中から、再び油だけを掬い出す網など、私は持っていないのです。いえ、私だけでなく、人の身が使役できる様な術では、魂の在り様を自在に弄り回すなどと言う事は、とても・・・・・・」

「それでは・・・・・・、それでは、麗儀殿が余りに哀れではないか!!」

 

 華雄は俯きながらそう怒鳴ると、やり場のない怒りをぶつけるように、金剛爆斧の石突で床を打ちすえた。

 余りに力を込めて金剛爆斧を握り締めている為に、その柄がギシギシと軋む音が、はっきりと一刀と張福に聞こえた。

「子を失い、伴侶を失い、それでも精一杯生きてきた結果がこれでは、いくら何でも哀し過ぎるではないか・・・・・・」

 次第に萎んでしまった華雄の言葉が落とした沈黙を破ったのは、黙って一刀と華雄の会話を聴いていた張福の、獣の咆哮の様な慟哭だった。

 その姿を、一刀は静かに、華雄は、自分の瞳に溜まった涙を拭うのも忘れて、呆然と見ていた。

 

「あれの、麗儀の子を奪ったのは、私なので御座います・・・・・・」

 押し寄せた激情が去って落ち着きを取り戻した張福は、両手で頭を抱えながら、唸るようにそう言った。

「“口減らし”、ですね・・・・・・?」

 張福は、一刀の言葉にゆっくりと頷いた。

「はい・・・・・・。その当時、この益州は劉璋様の御領地で御座いました。御遣い様と劉備様がおいでになられる以前の事です」

 張福は、絞り出す様な声で話し始めた。

 

 父、劉焉の後を継いで益州牧となった劉璋は、配下の貴族達の専横を抑えきれず、瞬く間に益州の経済を衰退させてしまった。

 貴族達は、主の優柔不断を良い事に甘言を弄し、次々と重税を課す旨の法を承認させて、それを自分たちの懐に入れ出した。

 やがて、劉璋が唯一心を開いていた慈善医術団体“五斗米道”の指導者である張魯の諫言すらも、劉璋の耳に入る前に握り潰されるようになったと言う噂が実(まこと)しやかに囁かれ出し、政(まつりごと)は更に乱れた。

 

 

 それでも、古参の重臣である厳顔将軍の治めているこの巴郡一帯は、他に比べればまだマシな方だった。

 厳顔将軍は、政権を口煩く批判していたものの、数少ない勇将でもあった為に、幕僚達もあえて刺激しないように、細心の注意を払って接していたからである。

 ところが、その危うい安寧も、遂に終わりを告げた。

 増長し、熟れ過ぎた果実の様な甘い享楽に溺れた貴族達は、最後の箍(たが)すら外れたのか、直接成都に税を納めるよう、厳顔将軍の頭越しに巴郡の民に法令を発したのである。

 

 厳顔将軍は激怒して成都に猛抗議をしたものの、成都は『これ以上の君主に対する暴言は、謀反の意思有りと見なす』という内容のそっけない書状一枚を送りつけて、それきり沈黙してしまった。

 これは、厳顔将軍が書状を受け取った時にその場に居合わせた兵士の口から、たちどころに近隣地域に広げられた話である。

 

 そしてとうとう、張福の治めるこの村にも成都からの使者がやって来て、昨年の倍にもなろうかという量の年貢を要求してきた。

 期日までに納めなければ、反逆者として村を焼くと一方的に宣告され、張福は悩んだ。

「この白髪も、その時に出来ました。信じて頂けないかも知れませんが、それまでは若者の同じ様に、まっ黒でしてね。ちょっとした自慢だったのですよ。終いには、赤い小便まで出る始末で・・・・・・」

 張福は自嘲気味にそう言って、自分の頭を一撫でしてから、話を再開した。

 

 本来、税のというものは、その対象となる町なり村なりの人口や、収穫高、商いの売上などを計算した上で決められる物である。

 今迄ですら、自分たちが如何にかこうにか食べていける以外の物は、全て税に宛がって漸くという具合だったのに、現在村人たちが持っている田畑から採れる量以上の年貢など、どう考えても払える筈はないのだ。

 

 ありがたい事に、厳顔将軍が城の備蓄米を巴郡の村々に極秘裏に流出してくれたおかげで、村の蔵に残った僅かな備蓄米と自分たちの食糧分とを切り詰めて、如何にか年貢は納める事が出来た。

 しかし、残った食糧だけでは、どう足掻いてみても冬は越せない事は明らかだった。

 村人たちは、奉公に出せる歳の子供は奉公に出し、他の村も同様の有り様で嫁の貰い手などある筈もなかったから、ただ同然の金で泣く泣く女衒(ぜげん)に娘達を売った。

 

「あれは、本当に生き地獄の様な時でした。村の年寄りの中には、孫に自分の食事を与えて餓死する者や、自分から命を絶つ者まで居りましたから・・・・・・。不運な事に、麗儀の子は、そんな年の秋に産まれ月を迎えたので御座います。自分たちが食べるのもやっとだった事もありますが、何よりも、身を切る思いで親を捨て、子供を手放した村人たちの手前、私は麗儀たち夫婦に、子を育てて良いとは、とても・・・・・・」

 

 

「成程・・・・・・。だから麗儀殿はあの時、『私から二度も子供を取り上げるのか』と、言っていたのだな・・・・・・」 

 張福は、華雄の言葉に力無く頷くと、再び身体を震わせて涙を流した。

「私は、子を奪ったのみならず、あれを化け物にしてしまいました。他に方法がなかったのかと思うと・・・・・・」

 

「元に戻す事は出来ませんが、せめて、業を軽くして上げることは出来るかも知れません」

 一刀は、人目を憚らずに涙を流す張福を暫く見つめた後、呟くように言った。

「まことで御座いますか!?」

 弾かれたように顔を上げた張福に対して、一刀は小さく頷いた。

「えぇ。最も、麗儀殿が、私が必要としている物を持っていてくれれば、ですが・・・・・・」

「必要としている物?」

「はい。張福殿、宜しければ、後ほど麗儀殿の部屋を見せて頂けませんか?」

 

「勿論です。麗儀の苦しみを少しでも拭えるのなら・・・・・・!」

「まだ、何とも言えませんが、最善を尽くしましょう。ともあれ今は、御令息の方を先に片づけてしまわなければ。もうそろそろ、頃合いの筈ですから」

 一刀は、張福の肩に優しく手を置いてそう言ってから、華雄の方に顔を向けた。

「華雄将軍、準備は宜しいですか?」

 華雄が唾を飲み込んでから頷くと、一刀は華雄の傍に歩み寄り、「では、斧の刃を此方に」、と静かに言った。

 

「オン・マユラ・キランディ・ソワカ・・・・・・」

華雄が斧を傾けると、一刀はその刀身に掌を当て、静かに呪文を唱えた。

次の瞬間、斧の刀身が淡く翠色に輝いたかと思うと、吸い込まれるように消えた。

「毒蛇を喰らう、孔雀の神の力を封じました。これで、瘴気の塊も斬れる筈です」

「応、任せろ」

 一刀は、力強くそう言った華雄の顔を見て満足そうに頷くと、兼常が横たえられている小さな寝台の傍らに立って呼吸を整え、華雄達たちの聴いた事の無い、不思議な呪文を唱え出した。

 

 それは、今迄に一刀が唱えていた呪文とは明らかに異なる抑揚を持ったもので、まるで、遠い異国の言葉で作られた詩(うた)を詠っているようにも聴こえた。

 華雄は、一刀が紡ぎ出す言の葉が、その場に眼に見えない“何か”を満たしていく気配を感じながら、瞬きを忘れ、一心に兼常の口元を見つめていた。

 初動を見極める事は、“敵”が人であれ妖異であれ、変わりはないと思ったからだ。

 まして、仕損じれば、眼の前で苦しんでいる罪も無い赤子を死なせる事になる。

『そんな事をさせてなるものか・・・・・・』

 華雄は内心でそう呟くと、更に感覚を研ぎ澄ました。

 

 

 やがて、苦しげに息をしていた兼常に変化が起き始めた。

 まるで、一刀の詩の抑揚に合わせるように、身体を被っていた瘡が蠢き出したのである。

 華雄の隣で、張福が息を呑む音が聞こえた。

 瘡は、皮膚の下を這いずるようにして、ゆっくり、ゆっくりと、兼常の喉に向かって集まって来ているのだった。

 

 一刀は静かに眼を開き、瘡が兼常の喉の下辺りで瘤の様になっているのを確認すると、右手の人差指と中指を立てて軽く唇に当て、左手を瘤の上に翳して、詩を詠う速度を速めた。

 すると瘤は、一刀の掌に追い立てられるようにして蠢き、痰の絡まった時のような不快な音を立てて、兼常の喉に消えた。

 兼常の喉から、藻の浮かんだ沼の水のような色の霧が立ち上ったかと思った次の瞬間、

 

 ゴシャッ!!

 

 と言う、何とも形容しがたい湿った音と共に、握り拳大の“モノ”が吐き出され、凄まじい速度でそのまま空中を飛びまわり始めた。

 その様子は、まるで小さな台風のようだ。

 逆巻き、荒れ狂いながら、唸り声にも似た風音を響かせている。

 いや、もしかしたらその音は、本当に声なのかも知れない。

 居心地の良い巣穴から無理矢理に追い立てられた形無き獣の、苛立ちと怨嗟の。

 

 華雄は呼吸を止め、切れ長の瞳をすっと細めて、兼常の口の上の空間に、全神経を注いだ。

 無秩序に飛び回る“それ”の行動を予測出来る場所はただ一点、再び兼常の口に入ろうとする瞬間だけだからだ。

 

 失敗は、許されない。

 

 “それ”は、不快な臭いを孕んだ風と共に部屋中を蹂躙してから、一際高く舞い上がると兼目がけて、獲物を見つけた猛禽の如く、凄まじい勢いで急降下した。

 

 

 しかし、“それ”が兼常の口に再び戻る事はなかった。

 華雄が振り抜いた金剛爆斧が、鋭い風切り音と共に奔り、“それ”を中心から真一文字に両断したのである。

 

 華雄が、二つになった“それ”が霧散して消えるのを確認して、気が抜けたように床に尻もちをついたのと同時に、後ろで見守っていた張福が、弾かれたように兼常の枕元に駆け寄って行く。

 入れ違いに、一刀が華雄の前に来て、右手を差し出た。

 

「お疲れ様でした。将軍」

「ふん、大した事ではない・・・・・・」

 華雄はそう言いながらも、少し頬を赤らめて一刀の手を掴んだ。

「あの子は、もう良いのか?」

「ええ。あとは、ゆっくり休ませれば大丈夫でしょう」

 立ち上がった華雄が尋ねると、一刀は微笑みながらそう言った。

 

 二人が寝台に近付くと、張福は息子の名前を呼びながら、優しくその頭を撫でているところだった。

「ほぉ・・・・・・!」

 兼常の様子を見た華雄はそう呟くと、驚いたような顔をして腕を組んだ。

 兼常が、先程まで醜く爛れていたとは思えない、皮を剥いたばかりのゆで卵のような滑らかな顔で、父親に笑いかけていたからだ。

 

「あぁ、華雄将軍、北刀様!ありがとう御座います!ありがとう御座います・・・・・・!!」

 張福は二人に向かって振り返ると、組んだ両腕を頭の上に掲げながら、床にひれ伏した。

「いえ、間に合って何よりでした」

 照れくさそうにそっぽを向いて頬を掻いている華雄を横目で見た一刀が、一瞬『仕方ない』というように肩をすくませてから進み出て、張福を立たせながら言った。

 

「張福殿。夜が明け切ったら、村の方に頼んで、奥方を安全な処に送ってもらって下さい。御子息の事は、まだ伝えずに」

「はぁ、それは構いませんが・・・・・・。何故、妻に息子の事を言ってはいけないのでしょう?」

 一刀の言葉に、張福が小さく首を傾けて尋ねた。

「御子息には、麗儀殿がこの家に来るまで、ここに居て頂かければなりません。他の場所に移せば、麗儀殿は御子息の“匂い”を感じ取り、そちらに向かってしまうでしょう。しかし、この家の中ならば、元々そこかしこに御子息の“匂い”が染みついておりますから、正確な位置を知られぬ程度に弱い結界を張れば、自然に御令息を隠す事が出来ます」

 

 

 張福は、一刀の言葉に素直に頷いたものの、不思議な顔で口を開いた。

「分かりました。しかしそれならば、妻に息子を任せて、一緒に隠れさせた方が良いのでは?」

「お気持ちは御尤もですが・・・・・・。張福殿、先程も言いましたが、麗儀殿を“元の戻す”事は出来ません。つまり、どの道、麗儀殿と奥方を再会させる事は出来ないのです。それならば、奥様には離れた場所に居て頂いた方が、残酷な言い方ですが、後々の言い訳も立ちます・・・・・・」

 

 一刀は、ハッとして自分の顔を見返した張福に頷いて、言葉を続けた。

「奥方には、昨夜から今迄に起こった事を今は何も話さず、今日の夜に起こった事としてお話すれば良いのです。“全て”が終わった後に・・・・・・。麗儀殿は、御令息の身を案じて我々に同行し、命を賭して御令息と我々を助けてくれた、と。どこも間違ってはいないでしょう?」

 

「・・・・・・そう・・・・・・、ですね。妻も、麗儀の子を奪ってしまった事を、ずっと悔いておりました。いえ、子を産んだ事のある分、私などよりもずっと・・・・・・。北刀様のおっしゃる通りにするのが、一番良いのかも知れません」

 張福は、魂を絞り出すような溜息を吐きながらも、悲しげにそう言って頷いたのだった。

 

 一刀は『もしも自分が間に合わなかった時の為に』と言って部屋の周囲を回って結界を張り、華雄と張福に幾つかの指示を出したあと、夜まで少し寝ておく様に言うと、自分は“準備”をする為だと言って、麗儀の住んでいた離れの部屋に籠もってしまった。

 

 それから一刻ほどして、妻を送り出した張福が、兼常を見守りながら簡単な食事を摂っていた華雄の元に帰って来た。

「申し訳ありません、将軍。御迷惑をおかけしているのに、粗末な物しかお出しできず・・・・・・」

 張福は、部屋に入って扉を閉めるなり、開口一番にそう言って頭を下げた。

 女手が無くなってしまったので、まともな料理が出せない事を気にしているのだった。

「なに、強行軍の時の兵糧に比べれば、十分旨いし豪勢だ。心配には及ばん」

 華雄はそう言って笑ってみせると、「女房殿はどうだった?」と、張福に尋ねた。

 

「はい。北刀様に言われた通り、『お二人と共に山に入って来るが、化け物が追いかけてくるかも知れないから用心の為に』と申しましたら、素直に信じたようで御座います」

「そうか・・・・・・」

「ええ・・・・・・。あの、将軍。息子はどんな様子で御座いますか」

 張福が、沈黙を恐れるようにそう尋ねると、華雄も何故か慌てたように答えた。

「お、おぉ。今更疑っていた訳ではないが、あいつの“札”は本当に良く効くようだな。あれからずっと、ぐっすり眠ったままだ」

 

 

 

 華雄の言葉に頷いた張福が、寝台に近づいて兼常の顔を覗き込むと、息子は安らかな寝息を立てて眠り込んでいた。

 一刀が、『奥方が居る内に泣き出されたら気づかれてしまうし、体力が落ちているから寝かせた方が良い』と言って、 麗儀の部屋に行く前に新しい札を書いて、兼常の懐に忍ばせたのである。

「本当に凄い道士様なのですね、北刀様は・・・・・・」

 

「あぁ、そうだな。その札も、明日の朝まで効き目が持つらしい。もし自分が戻らない内に夜になっても良いように、だそうだ」

 華雄は張福に同意してそう言うと、程良くぬるくなっていた茶を飲み干し、しきりに感心している張福に、改めて声を掛けた。

「張福殿。そなたも、何か腹に入れてから少し横になると良い。例え寝られずともな。秋の夜は長いのだ、休める内に休んでおかねば、いざと言う時に役に立たんぞ」

「はい・・・・・・。しかし、将軍はお休みになられないので?」

 

「私も、ここで少し休むさ。それに、この位は疲れた内に入らんよ」

「・・・・・・はい。では、御言葉に甘えさせて頂きます」

 張福は一瞬、逡巡する様子を見せたものの、結局は納得したようにそう言って、一礼してから部屋を出て行った。

 

 華雄は、張福の足音が遠ざかるのを聴いてから、腰を上げて兼常の顔を覗き込み、壊れしてしまうのを恐れるようなぎこちない手つきで、静かに寝息を立てている兼常の頬を撫でた。

「愛らしいものだな、赤子というのは」

 華雄は、ポツリとそう呟いてから、自分が口にした言葉に驚くような顔をした。

 その唐突に訪れた、何とも不思議な、しかし、決して不快ではない妙な感覚に、戸惑ってしまったのである。

「斧を振るう事位しか取り柄がなくとも、やはり私も女の端くれだったようだな・・・・・・」

 華雄は、その感覚の正体に気づいて面映(おもば)ゆそうに微笑むと、最後にもう一度だけ兼常の頬を撫でてから、先程まで座っていた長椅子に戻り、肘掛けを枕に身を横たえて目を閉じた。

 

 結局、夕暮れになって華雄が目を覚まし、張福が部屋に戻って来ても、一刀は姿を現さなかった。

 

 秋の空は、少しずつ藍色に染まろうとしていた。

 

 

                                あとがき

 

 今回のお話、いかがでしたか?

 リアルワールドで色々と忙しかったので、更新がすっかり遅れてしまいました。

 待っていて下さった方、(いらっしゃったら)申し訳ありません。

 しかし、ストーリー進まんなぁ・・・・・・。

 でも、次回あたりで終わらせるつもりではいます、はい。

 そろそろ本編も進めないとですからね~。

 

 さて、ついで、と言う訳ではないのですが、前作のコメント欄に頂いた質問に対する私の回答が、かなり長くなってしまい、質問ごと削除させて頂いたのですが、そのままと言うのも失礼かと思い、ここで改めて回答をさせて頂きます。

 

 この作品が、夢枕獏先生の『陰陽師』の他に、京極夏彦先生の『姑獲鳥の夏』のパロディでもないのか、もしそうなら、きちんと表記すべきだ、と言うご指摘です。

 

 コメントを下さった方がおっしゃるには、一刀が華雄に対して『怪異とは何ぞや』を説明する辺りに、かなり内容が類似した項があるとの事でした。

 

 詳しく知りたい方は、“陰陽道”でググるなりして頂けると解るかと思いますが、陰陽思想においては『森羅万象の全ては、陰と陽が互いに存在して初めて一つの要素である』としています(ちなみに、陽は善で陰が悪、と言う訳ではありません)。

 つまり、妖異と言う存在は、それを肯定し、存在すると信じる人間がいて初めて、この世に存在出来る訳です。

 これは妖異のみならず、神様などにも言える事でしょう。

 

 多少言い訳じみて聞こえるかもしれませんが、以上の事は、既に陰陽思想の根幹としてある考え方ですので、読者に物語内における“怪異”のポジションや定義を説明する必要が生じた場合、デティールに多少の差こそあれ、陰陽思想と言う思想を共通のモチーフにしている作品であれば、どうしても表現が似通ってしまうと思います。

 

 ただ、『陰陽師』シリーズはそれをそのまま受け入れた(最も、ある程度は科学的な視点で語られている事もありますが)“怪奇譚”であるのに対し、『京極堂』シリーズは、科学や民俗学の観点から理論的に、憑き物落としや怪異のメカニズムを解明した“怪奇ミステリー”である事には、大きな違いがあります。

 

 

 また、姑獲鳥と言う文字を“うぶめ”と読む事が、京極先生の作品タイトルで余りに有名である事も、大きな要因でもあったようなので、コメント欄では詳しく書けなかった、“こかくちょう”と“うぶめ”の違いについても書きます。

 

 姑獲鳥(こかくちょう)は本来、中国の妖怪で、作中で書いた通りの習性を持っています。

 しかし、日本の『うぶめ』は妖怪ではなく、妊婦の怨霊です。 

 日本において姑獲鳥を“うぶめ”と呼ぶようになったのは、鳥山石燕という浮世絵師が、『画図百鬼夜行』という画集に、本来“産女”と書いて『うぶめ』と読む妊婦(或いは子供を抱いた母親)の怨霊を、産婦の霊が化けたものだと言う説がある姑獲鳥と混同し、『姑獲鳥(うぶめ)』と当て字にして記した事で定着したからとか、茨城に伝わる“ウバメドリ”という怪鳥が、上記したのと同じ理由で同一視されたからだと言われています。

 

 京極先生がモチーフにしておられるのは、この混同された後の『うぶめ』、つまり、妊婦の怨霊の方ですね。

 元々が“母親”と言う存在が関わってくるモノですが、妖怪と怨霊(つまりは幽霊)は厳密には違うカテゴリーです。

 以上の理由から、私自身は『姑獲鳥の夏』をパロディの元ネタにしたつもりはありませんでした。

 

 

 しかし、結構長くなってしまいましたね・・・・・・。

 もう少し鳥山石燕の事などを詳しく書こうかと思ったんですが、今回はやめる事にしますwww

 

 では、また次回お会いしましょう!

 

 

 


 
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