「何……ですって……?」
朝議。
任務の為居ない霞を除く全ての魏将が揃っている中放った人和の言葉に、私は耳を疑った。
「人和……すまないがもう一度言ってもらえるか?」
信じられない様子で、秋蘭が人和に問いかける。
「はい。五年前天の国へと帰った北郷一刀は、既にこの世界に戻ってきています」
先程と変わらない言葉が帰って来る。
一刀が……帰ってきてる?
「華琳様!」
春蘭が嬉々として私を見る。
他の子も、色々な表情を浮かべながら私を見て指示を待っている。
「……凪!」
「はい!」
「出払っている霞にこの事を通達。次いで霞と共に北郷一刀の捜索を命ずる!」
「了解しました!」
「王祥、真桜、沙和は凪の分の仕事を怠らぬよう勤めなさい」
「はっ!」
「了解や!」
「分かったのー!」
「風!稟!」
「はいー」
「はい!」
「前に頼んだ件は後回しにしていいわ。今は三国同盟祭に向け急いで内政を進めなさい」
「了解ですー」
「御意に!」
三国同盟祭までもう二十日を切っている。それまでの仕事はまだ片付いていない。
必要な仕事を終わらせ、早く一刀の捜索へ力をいれなければ。
「他の者は変わらず、いつも通り仕事に励みなさい!」
朝議を終わらせる。
事を聞いていた人和が、呆然とした様子で私を見ていた。
「あの、何で一刀さんがここに戻ってこないのか聞かないんですか?」
どうやら人和は一刀が何故戻ってこないかの理由を知っているらしい。
だが、
「ふふ、そんな事どうだっていいのよ」
「え……」
自然と笑みが浮かぶ。こんなに心の底から微笑んだのは何時ぶりだろうか。
「とっ捕まえて、本人から洗いざらい聞けばいいんだもの」
一刀、すぐに戻ってこなかった事を後悔させてやるわ。
隊長が戻ってきている。
「くっ……うぅ……!」
その事実に、心が喜びに打ち震える。
涙を堪えながら遠出の準備を進める。
と、部屋に扉の叩く音が響いた。
「凪ー!」
「凪ちゃーん!」
「わぷっ!沙和!真桜!」
真桜と沙和が部屋に飛び込んで来て抱きついてくる。
少し遅れて王祥さんも来た。
「隊長の事、頼むで!」
「絶対連れて帰ってほしいのー!」
二人の言葉で、喜びによって気付いていなかった当たり前の疑問が浮かび上がった。
「……何で隊長は帰ってこないんだろう」
私の呟きに、騒いでいた二人が静まる。
空気が一変し、沈黙が部屋を包む。
「……多分、警備隊の名を聞いたからですかね……」
「それは……!」
「ええ、わかってます。でも隊長の事ですから、変な勘違いでもしているんじゃないでしょうか……」
ふぅ、と王祥さんが息をつく。
隊長の事だ、大いに有り得るだろう。
「その事も隊長本人に会って聞いてみてください。それから、五年前私達には何も告げずに帰ったんです。一発強いのでも見舞ってやってください」
「ふふ、そうですね。了解しました」
そうだ。どんな理由であれ、ここまで思っている私達を蔑ろに旅をしているのだ。少しぐらい仕返しをしてもいいだろう。
とりあえずは霞様の部隊と早く合流しなければ。通達目的なので、荷物は少なく用意はもう済んだ。
「行ってくる!」
「あまり急ぎすぎて怪我しいひんようになー」
「お願いなのー!」
「気をつけてくださいね」
三人の声を受け、馬舎へ向かう。
こんなに足取りが軽いのは何時ぶりだろう。
少しでも早く隊長に会いたい。
その思いから、私は自然と駆け出していた。
「うふふー」
「随分と機嫌がいいですね」
私と稟ちゃんは二人で執務室に篭り政務を消化しています。
それにしても、朝人和ちゃんから聞いた話はとても驚きました。
「そういう稟ちゃんもにやけてますねー。そんなにお兄さんが帰ってきてるのがうれしいのですか?」
「なっ!……にやけてるなんて……」
顔を赤らめながら慌てる稟ちゃん。
ふふーかわいいですねぇ。
「……風だって、うれしいからそんなにも機嫌がいいのでしょう?」
「当たり前なのですよ。この五年間、お兄さんを思わなかった事なんてありませんでしたからー」
五年前、華琳様と別れを告げ天へ帰ったお兄さん。
当時の魏のみんなは、私含めてひどいものでしたね。持ち直すまでどれだけかかったことか。
「でも稟ちゃん。うれしいだけじゃなくて、風はとても怒っているのですよー」
「五年前、私達には何も告げず帰ってしまった事?それともこちらに戻ってから真っ先に帰ってこなかった事?」
微笑しながら尋ねる稟ちゃん。答えが分かっているのに聞いてる感じですねー。
「もちろん両方ですねー。お兄さんにどんな理由があったとしても、到底許せるものではないのですよ」
「ふふ、そうですね」
会話を交わしながらも、手は動かし仕事を続けていく。
「連れ戻す係は凪ちゃんと霞ちゃんに任せて、私達はお仕置きを考えましょうかー」
「いいですね。一刀殿には目一杯苦しんでもらいましょう」
笑いあう私達。仕事をするのがこんなにも楽しく、またもどかしいのは初めてですねー。
朝議が終わり、私と季衣は厨房にいます。
今日は朝議に参加したら休暇の予定でした。
兄様を探しに今すぐにでも城を飛び出したいけど、華琳様の命があるので、私達には凪さん達に任せて待つ事しかできません。
「流琉、このくらい炒めたらもういい?」
「うん、次はこっちの野菜を入れて……」
今、季衣が料理をしています。
五年前までは食べる専門だった季衣が、何故料理を始めたかというと、兄様に関係があります。
季衣は兄様が帰ってくるまでに料理ができるようになって、自分の料理を食べてもらいたいと言いました。
親友の頼みを断るはずもなく、それからずっと料理の練習に付き合っています。
正直言って、季衣に料理の才能はまったくありませんでした。
それでもこの五年間の必死の努力で、私がおいしいと思う程の料理まで作れるようになりました。
華琳様にお出しするにはまだまだですが、これはすごい進歩です。
「……えへへ」
「どうしたの季衣?」
鍋を揺すりながら幸せそうに笑みを浮かべる季衣。
「兄ちゃんが帰ってきたら、僕の料理を食べさせて絶対美味しいって言わせてやるんだ!」
「……うん」
強く意気込む季衣。五年前兄様が帰ってから泣いてばっかりだった私達。
立ち直るきっかけは、季衣のこの強い志でした。
兄様なら、どんなに下手な料理でも私達が作ったものなら美味しいと笑顔でいってくれるでしょう。
だけど季衣が欲しいのはそんなのじゃありません。
「できた!流琉、食べてみて!」
お皿に盛られた酢豚。見た目からしてとても美味しそうです。
お箸を持って一口。
「……おいしい」
その酢豚は、付き合ってきた今までで一番の出来でした。
これなら兄様も心から美味しいと感じて、喜んでくれるでしょう。
「やった!あー、早く兄ちゃん帰ってこないかなぁ……」
窓を見て物憂げに呟く季衣。
待ちきれない気持ちは私も同じです。
兄様、早く帰ってきてください。
あの馬鹿が帰ってきている。
「まったく、何なのよあの男は!」
五年前、あの男が天の国に帰ってから、私達はひどい有様だった。
仕事を疎かにするもの、会議中呆けるもの、本当に魏の将かと疑う程だった。
不謹慎ながらも、私はあの男が帰ってうれしかった。
これで華琳様もあの男に構わず私をご寵愛される時間が増える。
新しい献策により多大に膨れる政務も、根源が消えたためもう現れない。
そう、うれしかった。
うれしかった、はずだった。
実際に華琳様のご寵愛を受ける時間も増えた。
政務は国が安定するまでは忙しかったが、以前のような極端さは無かった。
悪い事など何も無かった。
だけど何故か……
私の心には、ぽっかりと大きな穴があいていた。
この寂しさは何だろうか。
何故華琳様と一緒に居る時に、違う人、しかも男の事などを考えてしまうのだろうか。
聡明な私は、答えなんてとうに導き出していた。
しかしその答えを、心が必死に否定する。
ありえない!認めない!
この荀文若があんな男に……
「……確認が必要ね」
そうだ、確認が必要だ。
心の中で復唱する。
あの男が帰ってきていると聞いて、私の心の穴が満たされていくのを感じられた。
私にはそれがとても不快で、癪だった。
凪と霞程の将なら、あの男が捕まり戻ってくるのも時間の問題だろう。
帰ってきたら、すぐに確認だ。
もし私の導き出した答えが合っているようなら、もう抗わない。受け入れてやろう。
「だから……早く帰ってきなさい」
小さく呟く。私はあの男の帰還を初めて願ってやった。
あとがき
お久しぶりです。ふぉんです。
リアル多忙が半端無く、更新が滞ってました。11月中旬まではずっと忙しそうです……
リアル関係なく更新していきたいと言いましたが、現状厳しい状態です。申し訳ありません。
今回の話、今までで一番の難産でした。書いては消し書いては消し、それでもこの質なのは仕様です。ご了承ください。
夏侯姉妹と曹操の個別は、次回へまわしたいと思います。
個別として一気に書きたかったのですが、これからまた忙しくなりそうなのでできた所までupという形にさせていただきました。
長く時間をかけてでも、完結を目標としておりますので、応援の程をよろしくお願いします。
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魏√after 久遠の月日の中で10になります。
前作の番外編から見ていただければ幸いです。
それではどうぞ。