No.180917

5センチ。4

月橘さん

いつまで続くのか…!?
短編じゃなかったっけ…??

2010-10-28 17:08:52 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:285   閲覧ユーザー数:277

「…お前、色々と一人で抱え込みすぎ。」

「………。」

いきなりこぼれ落ちた涙も今はもう収まり、勇治とまともに会話できるようになった。

勇治の話によると、学校では杏と諒が駆け落ちをしたのではないかというデマが流れているらしい。

「……まあ、元気そうでよかった。」

「…ごめん。」

今の杏の状態も、担任からはただ体調不良とだけ伝えられ、噂だけが流れ続けた。

「……とりあえず、杏のことは言わないでくれ。……今、どうなってるかわからないし……。」

「……っはっ!?」

「……な、何?」

勇治はいきなり諒の肩を鷲掴みにすると、諒を自分の顔の前まで引き寄せた。

その状況に頭が追いついていない諒はただ慌てふためいた。

「お前、今の杏のことわかんねーの!?」

「え………。」

「……何で落ちたんだかしらねーけど、最後に杏と会話したのお前だろ?」

「………。」

「なんで、見舞い行ってやんねーんだよっ!?」

「それは……。」

諒は口ごもる。

決して、彼女のもとに行こうとしなかったわけではない。足が竦んだのだ。

今日だって病院の中に入ろうとして、結局行けなくて勇治と出会ったのだ。

また諒の中では罪悪感でいっぱいになる

「……よし。決めた。」

「は……って、ちょっとおい!」

勇治は何を考えたのか、諒の腕を引っ張って立ち上がらせた。

「何っ…?」

「相変わらず、細っせ…。ほら、行くぞ。」

「どこに……?」

「………お前ってやつは……。」

まったく見当のつかない諒の態度に半分あきれながらも、勇治は答えた。

「杏の、病院だよ。ばーか。」

「……ほら、行くぞ。」

「………。」

勇治のその頼もしい広い背中を見失わないように、諒はせかせか歩いた。

いつもだったら、諒が声を掛けたら待ってくれる勇治も今日は一切待つことはしなかった。

「今日じゃないと、だめ?」

「だめ。…ほら、さっさと歩く。面会時間過ぎるだろ?」

「……。」

諒が眠っていた時間は相当長かったらしく、こうして急ぎ足で病院に向かわないと面会時間に間に合わないのだ。

「………。」

「………。」

二人とも無言で歩き続ける。

その間諒の頭は不安でいっぱいだった。

杏の一番最後の姿は無言だった。そのまま自分の前から姿を消してしまったのではないかと。

本当はそれを一番に恐れて今まで、病院に入れなかったのかもしれない。

現実はよいかもしれなくても、悪い可能性もあるからただ逃げていたのかもしれない。

「………。」

「……諒、」

「………杏の、部屋308号室だって。」

「………っっ。」

そんな卑怯な自分でも、杏は笑ってくれるのだろうか。

透き通るような綺麗な声を掛けてくれるのだろうか。

「……失礼します。」

「………あら、広山君。」

「どうもです。」

病室の中では早苗と勇治が親しげに会話するのが聞こえる。

「どうして、ここに?」

「あ、ちょっと話を聞いたもんですから心配で……。」

「ありがとうねぇ。……一人できたの?」

「いえ、渋谷を……あれ?」

「………っっ。」

勇治はそこにいるはずの諒を紹介しようとして振り返ったが、そこには誰も居ず、諒は病室のドアの前で立ち止まっていた。

「……渋谷君?来てるの?」

「ええ……。」

早苗の声質も少々硬くなる。

勇治は諒を連れ出そうとドアを開けた。

「………。」

しかし、そこには諒の姿は無かった。

「この前は、迷惑かけたね……。」

「いえ……迷惑掛けたのは俺の方……です。」

病院の屋上のベンチで、二人の影が腰掛けて切れ切れの会話を続ける。

「……杏には…会ったのか?」

「……まだ…です……。」

何も遮る建物も無い病院の屋上からは、夕闇からかすかに星が見え始めている。

北から吹く風が二人の間を吹き抜け、諒は寒さを覚える。

「言いたいことがあって……ここに来ました。」

「………。」

稔は何も言わず、黙って諒の言葉を待った。

その様子に諒は深く息を吸って話しはじめた。

「俺は、今までずっと逃げてました。」

大きく口をあけてはっきり言葉にした。

「杏とも、幼馴染で、これからもその関係に甘えてようとしてました。」

「………。」

「でも、杏がこういうことになって、その現実からも俺は逃げようとしていました。」

心臓がバクバクと早鐘を打ち始め、息が吸えなくなって、呼吸が荒くなる。

「今日も、友人に連れられてここまで来ました。今まで一度も来ることができなかったです。……杏がこのようになってしまったのは、俺がちゃんと正面から向き合えなかったから……逃げてたからなのに……。」

「………。」

だんだんと夜が更けていき、おぼろげだった月はもう鮮明に夜を照らし始めていた。

「でも……一つだけ……一つだけ気付いた事があるんです……。」

声が震えてないか不安になって、思いっきり深呼吸する。

「杏は、俺の大切な人ということに気付いたんです。」

「………。」

「……今更こういうことを言うなんて卑怯者だってわかってます。でも、それを伝えたくて……。」

「君は……それを伝えるために、ここ数日間毎日病院まで足を運んでたのか……?」

「え………?」

諒は稔の言葉の意味を理解できず、言葉に詰まる。

「…杏の……杏の病室からはね、正門が見えるんだよ。」

「………。」

ようやくそこで諒は意味を理解した。

いつも正門で立ち止まって帰る諒の姿をいつも稔は見かけていた。

声をかけようともしたが、深刻そうな顔で去っていってしまった為、声をかけられなかったという。

「君が、杏の事をずっと気にしていたことはわかった。」

「………。」

「それは、本人が聞いたほうがもっと嬉しいだろうな……。」

「えっ……?」

驚いて諒は稔を見つめた。

稔は大変穏やかな顔で遠くを眺めた。

「…さ、杏のところに行こう。」

「………。」

稔はベンチから立ち上がり、屋上のドアへと向かった。

諒も、その後に続いた。


 
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