<5センチ。>
「渋谷君って、意外に鈍感なんだね。」
「え…?」
冬を目前とする11月。周りには誰もいない屋上で柿本杏は渋谷諒に背を向けてつぶやく。
その体はフェンスの向こう側にいて、半分足は地についていなかった。
諒は状況がつかめないままでその場に立ち尽くす。
「……だーかーらー、渋谷君は鈍感だって言ってるの。」
「………。」
杏はフェンスに掴まりながら体をこちらに向け、諒と向き合った。
夕方の暗がりの所為で表情が良く見えない。
「………ずっと、好きだったんだよ。渋谷君のこと。」
そしてそれが、最後に杏が紡いだ言葉だった。
「…………。」
「…………。」
やっと落ち着いて、時計に目を向けると針は9時をさしていた。
その場の重い空気、無機質な蛍光灯の光。
諒は今までのことがなんなのか、さっぱり理解できなかった。
杏が諒に告白した後、杏はフェンスから手を離しそのまま落下した。
そして緊急に病院に搬送され、今に至る。
「………。」
「………。」
「………。」
隣には杏の両親がいて、どちらも顔色が青ざめている。
諒も杏の両親とともに赤く光る『手術中』の電子掲示板を見つめ続ける。
諒にとって生涯一番長い時間が過ぎようとしていた。
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短編小説です。
拙い文章だと思いますが、読んでくれたら嬉しいです。