あの別れから何度も同じ夢を見る。
「……逝かないで」
それはすごく鮮明で、手を伸ばせば届いてしまうくらいに――――
「一刀……」
だが、いくら声を張り上げようとも変わることのない記憶の欠片。
「一刀……」
少女の口から俺の名が紡がれようとも答えることは適わず。
「一刀……!」
そして、別れの言葉と供に彼女の物語は終わりを迎える。
きっと、彼女は泣いてくれただろう。
枯れるほどの涙を流し、未練を断ち切り前へ進むんだ。
だから俺も進まなくちゃいけない。
あの言葉を嘘にしない為に、俺の物語を――――
朝の日差しを瞼越しに感じ、眠りから覚める。
「これで何度目かな……」
目尻に溜まった涙をふき取り、覚醒していない身体を起こして時間を確認する。
「後悔はしていない……ね、未練たらたらじゃないか」
あれから3年の月日が流れた。
可笑しなもので、あちらの世界で過ごした日々はこちらだと僅か1日の出来事だったようだ。
そのおかげもあり、無事に高校を卒業して現在は大学休学中である。
「それじゃ行きますか」
今日、俺は旅立つ。
彼女達と供に過ごし、駆け抜けたあの舞台――――中国大陸へ。
『私のことを、夢の中へと 現代編』
手続きを済ませ、搭乗ゲートへ移動する。
あと10分もすればアナウンスが入り搭乗の為、列ができるだろう。
「休学して中国に旅行なんて、かずピーも変わっとるなぁ」
「お前ほどじゃないよ」
こいつの名前は、及川佑。
高校時代からの悪友であり、九州生まれのくせに関西弁を話す可笑しな奴だ。
「それにしても寂しいやっちゃで、見送りがわて一人って……」
「俺と親しくしてくれる奴なんてお前くらいしかいないよ」
こちらに戻ってきてからは暇があれば竹刀を振るい、知識を求め本を漁っていた。
剣術については祖父から才能がないと言われ、あまり上達してはいないのだが……
そんなことをしていた為か、周りからは一人でいることが好きな奴という印象を持たれてしまったようだ。
「嘘いうたらあかんで!かずピーが今までどれだけの女の子たちを泣かしてきたことか!」
たしかに、この3年間で何度か告白されたことはあるが全て断ってきた。
女々しいと言われるかもしれないが、彼女達を忘れるなんて俺にはできなかったからだ。
「わいだったら、来る者拒まずでハーレムを作っとるのになぁ……」
「お前いつか刺されるぞ。俺が帰ってきた時、遺影に帰郷報告なんてさせないでくれよ……」
俺が言えた義理ではないかもしれないが、一応釘を刺しておくことにする。
「冗談はこれくらいにしてっと、そろそろ時間やな」
「そうだな……。それじゃ行くよ、またな、及川」
「かずピーも元気でな!」
及川との別れを告げ、搭乗ゲートへと歩を進める。
俺の物語を始める為、彼女達との決別の旅を――――
飛行機の窓から外の風景を眺める。
一面に敷き詰められた雲が海のようで幻想的だが眺め続ければ飽きてしまうのは当然で――――
なので、中国までの僅かな時間を使ってこれまでのことを振り返ろうと思う。
あの世界から戻った俺は色々なことに挑戦した。
理由をつけて逃げていた剣術の修行を始めとし政治、経済、機械技術、農業の書籍を読み漁り、
気づいたことがあるとすれば、昔の俺はなにも知らなかったということだろう。
こちらの世界の知識で彼女達の役に立つものはいくらでもあったのに、
俺はそのほとんどを伝えきれていなかった。
伝えられたことといっても中途半端なものばかりで、桂花達も苦労していることだろう。
剣術については……あまり聞かないでほしい。
竹刀を振り回しているだけでは意味がないことに気づいた俺は、
祖父に頼み込んで稽古をつけてもらうことになった。
そこまでは良かったのだが、いざ稽古が始まると生傷が絶えず、
脳震盪で病院に担ぎ込まれたこともあったっけ……。
剣術をやっていて良かったことと言えば、あの不動先輩と試合をした時のことだろう。
結果は、一太刀も当てることができず散々なものではあったが、
「まだまだ荒い部分は多々あれど、北郷殿の気概は立派でござる」
と試合が終わった後に掛けてくれた言葉が嬉しかったことは覚えている。
また、息抜きとして三国志の文献を読んだりもした。
書かれている内容と記憶の中にある彼女達を比べて思わず笑ってしまったことさえある。
そんなことを振り返っていると飛行機が着陸体制に入り、
アナウンスで着陸時の案内が流れていた。
「そろそろかな……」
最初の目的地は決まっている。
俺と華琳が出会った場所である――――陳留だ。
あれから3年の月日が流れた。
今日は成都にて三国同盟を記念した宴が催されている。
毎年恒例の行事であり、3度目になるこの宴ではあるが、楽しめる気分ではなかった。
挨拶もそこそこに済ませ、後のことを秋蘭に任せた私はあの場所へと赴く。
あなたとの別れを交わした、悲しき場所へ――――
目的の場所に到着するまでの間、昔のことを思い返そう。
一刀を見送った後のこと、涙で腫れた瞼をそのままにして彼女達の元へ向かう。
彼を愛し、彼に愛された女の子たちの元へ。
あなたの最後を伝えた時の反応は様々だった。
声を荒げて泣き喚くもの、下を見つめ静かに悲しむもの、私の言葉を信じようとしないもの。
そういえば、桂花の反応は意外だった。
歯を食いしばり涙が溢れるのを堪えていたようだけど……思っていた以上に愛されていたようね。
中でも手を焼いたのが霞と凪だ。
馬に跨りあなたを探しに行くと聞かない霞を秋蘭が宥め、
私に殴りかかってきた凪を春蘭が押さえつけていた。
凪に関しては、正気を取り戻した後に何度も何度も頭を下げられたのだけど……正直困ってしまう。
あなたを止めることができなかった不甲斐ない王なんて恨まれて当然と思っていたのだから。
そんなことを考えていると見知った小川が見えてきた。
この小川に来るのは3度目になる。
あなたが戻ってくるのではないか、と期待したこともあったがもう止めにしよう。
きっと、あなたはあなたの世界で自分の物語を歩んでいることでしょう。
だから、ここに来るのは今日が最後だ。
この想いをここに置いて、彼の存在をここに刻み、別れを告げよう。
あなたに届くことはないけれど、あなたがここにいた事実を忘れない為に――――
河南省開封市陳留県――――
総人口80万人の観光地として栄えている都市であり、俺と華琳が出会った場所でもある。
「そういえば風や稟と出会ったのもここだよな……」
あの時は、いきなり真名を呼んでしまい趙雲さんに斬られそうになったんだっけ……
三国同盟を記念した宴で趙雲さんにそのことをからかわれながら、
天の御使いと分かっていたなら篭絡しておけばよかったと言われた時の皆の反応を思い出す。
三羽烏なんてジト目で俺のこと睨んでいたからな……俺ってそんなに信用ないのかよ!
そんな思い出に浸りながら市街を見て回っても、あの世界の面影はなく別の世界であることを実感する。
それからも色々な場所を巡った。
黄巾党最後の地である青州――――
董卓軍との激戦を繰り広げた虎牢関と汜水関――――
正史とは違う終わりを迎える決め手となった赤壁の戦いの地とされる赤壁山――――
そのどれもがやはり別の世界であることを認識させられるばかりで……
でも、これで良かったと思っている自分がいる。
帰る手段も、ましてや夢だったのかさえわからないあの体験……
それにやっと区切りを付けることができると思っていた。
あの場所を見るまでは――――
中華人民共和国四川省の成都市から少し外れた森の中を走っている。
あるはずがないと思っていた……
都市化が進むこの中国で森なんてものが残っているはずがないと。
でも、眼前に存在する見知った光景、見知った匂い。
この道を抜けた先には――――
「この場所は……」
知っている。
この場所を知っている。
それは、寂しがり屋の少女と別れを交わしたあの小川だった――――
荒げた息を整える。
自分の心に落ち着けと言い聞かせる。
少し考えればわかるはずだ。
似ている景色なんて山ほどある、そんなものに期待を持ってはいけない。
疲れた身体を休める為に、近くにある岩山に背を預ける。
「なに考えてるんだよ……」
自分の馬鹿さ加減に呆れながら下を見つめる。
「……琳?」
見つめた先には、張り付いた苔の隙間から岩に刻まれている文字がはみだしていた。
心臓が跳ねるような衝撃を覚える。
張り付いた苔を剥がす。指に擦り傷ができようと爪の間に苔が入ろうと構わず剥がす。
そこには――――
晨(あした)に上る散関の山
この道のけわしきことよ
晨に上る散関の山
この道のけわしきことよ
牛はたおれて起きず
車は谷間に堕ちぬ
盤石の上に巫して
五弦の琴をつまびかん
作り為すは清角の韻
意の中に迷い煩う
歌いて以て志を詠べん
晨に上る散関の山
いかなるおきなにおわしますや
ふと現われて我が傍らに立つ
いかなるおきなにおわしますや
ふと現われて我が傍らに立つ
袂をかかげ皮衣をはおり
つねの人にあらざるがごとし
我に謂う「きみなにゆえに
苦しみて自ら怨み
何を求めてさまよいつ
このあたりに到れるや」と
歌いて以て志を詠べん
いかなるおきなにおわしますや
「我は崑崙の山に居り
真人とひとは呼ぶ
我は崑崙の山に居り
真人とひとは呼ぶ
深き道理を究めんと
名山をめぐり観て
国のはてまで気ままに遊び
石に枕し 流れに漱ぎ 泉に飲みて
沈吟して決めざりしが
やがて高きみそらに上りぬ」
歌いて以て志を詠べん
我は崑崙の山に居り
去り去りて追いもならず
ひきとめんとて長く恨む
去り去りて追いもならず
ひきとめんとて長く恨む
夜ごと夜ごとに寐ねもやらず
くやみつつ自ら憐れむ
桓公正にしてあざむかず
うたいしものの依りて因る
駅より駅へ遠く馳せ
西の方より還るを思う
歌いて以て志を詠べん
去り去りて追いもならず
華琳
感情が溢れ出す。
岩に刻まれた一字一字から彼女の想いが流れ込む。
「あったんだ!……夢なんかじゃなかった!……俺はたしかにそこに居たんだ!」
言葉にならない声を発し、泣き叫ぶ。
だから、気づかなかった。
気づくことが出来なかった。後ろから迫る人の存在に――――
もう戻れないと思っていた。
きっかけなんてない。ただの偶然で始まった物語だった。
けれど、今度は違う。
始まるんだ。俺と彼女達の物語が――――
「……惨めだな。北郷一刀」
突然の呼びかけに振り向き、相手の姿を確認する。
「っ……誰だ!なぜ俺の名前を……」
見慣れない格好だった。
道士が好んで着るような道袍を纏い、白い肩布を羽織った男が目の前にいた。
「俺のことを貴様が知る必要などない。答えろ北郷っ!あの世界に帰りたいか?」
その問いかけに全身が硬直する。
先ほどとは違う疑問に頭の中が支配されていく。
この男が言うあの世界とは俺の捜し求めている世界のことなのか、と――――
「ちょっと待ってくれ!あの世界って……」
「なんだ忘れているのか?お前が愛する者たちのいる世界を」
名も知らぬ道士が俺を小馬鹿にするような笑みを浮かべて答える。
少々癪に障る言い方だったが、おかげで疑問が確信へと変わる。
「華琳っ……曹操達に会えるのか!帰りたい!あの世界へ……」
懇願にも似た気持ちで想いを発するが引っかかることがある。
「なぜあんたは俺を助けてくれるんだ?」
すると道士が本当につまらなそうに顔を顰めながら言葉を口にする。
「貴様が起点で始まった外史は貴様が消えることで収束に向かうはずだった。
しかし、予想を反して膨らみ続ける外史が外の外史に影響を出し始めた。
……その岩に刻まれた詩が良い例だな」
貴様に分かる話ではなかったか、と付け加えた男の言葉通り疑問符が沸く。
俺が起点で始まった外史?
俺が消えることで収束する?
膨らんだことによる影響?
訳の分からないことばかりではあるがこれだけは知らなければならない。
「……俺はなにをすればいいんだ?」
「俺の知ったところではない。……俺としては野たれ死んでくれると嬉しいんだがな」
聞き捨てならない言葉とともに、貂蝉が邪魔さえしなければ、とまた知らない単語が耳に入る。
あまり好きにはなれそうにない奴ではあるが、これだけは伝えないといけない。
「……ありがとう。あんたのおかげでまた皆に会える」
「ちっ……!礼などするな気持ちが悪い。それより歯を食いしばれ!
あちらに行く前に舌を噛み千切ってしまっては俺が来た意味がなくなってしまう!」
道士の言葉とともに、俺の身体が宙を舞う。
なにが起こったのかわからないが、確信を持って言えることが一つある。
このまま落ちたら川の中へ顔面ダイブだってこと――――
川に響く爆音が静まったところで森の中から男が現れる。
「別に蹴り飛ばさずとも送る方法はいくらでもあったでしょうに……左慈も無茶をしますね」
左慈と呼ばれた青年が現れた同じく道士に対して愚痴を零す。
「于吉か……。あれくらいやっても死ぬような男じゃないさ」
眼鏡を掛けた于吉と呼ばれる聡明そうな男がため息をつきながら返答する。
「妬けてしまいますね。一度は殺し合った仲である北郷を信頼するとは……」
「気持ち悪いことを言うな!上からの指示で仕方なくやっているだけだ!
それよりも次の仕事があるのだろう?俺は先にいくぞっ!」
形勢が悪いと見たのか左慈は逃げるように薄暗い森の中へと消えていく。
「はいはい。北郷一刀……今回は見守ることにしましょう。
外史の行く末をあなたに任せますよ?」
まるで目の前にいる人間に語りかけるような独り言を残し、左慈の消えた森へと歩を進める。
彼と……彼女達の物語が幕を開ける――――
『あとがき』
現代編をまとめただけになります。
見やすいようまとめようかなと思っただけなので追加や修正は入っていません。
とそんな当たり障りのない理由とは別にあとがきが書きたかった、なんてこともあったり……
なんか小説書くより、あとがき書く速度の方が何十倍も速いのはなんででしょうね。
そんな下らない話はおいて置いて、『私のことを、夢の中へと』のお話でもしようと思います。
物語について完結まで頭の中で、ではありますが筋書きが完成しました。
五話を投稿した時点で思っていたことから180度といっても良いくらい内容が変わりそうです。
投稿が少し停滞したのも、そのことがありまして2日ほど悩んでました。
六話については本日中に投稿しますので少々お待ちください。
あとは……ちょっとびっくりしたことがありまして、
四話と五話の閲覧ユーザ数おかしくないですか!
五話より四話の閲覧数が多いのは理解できるのですが、その反対って……
あれですね、四話の内容見ないでもわかってしまうような流れだったってこと……
もしくは、左慈好きの人が五話だけを見たという可能性も、
左慈と言えば、コメントで彼が一刀を助けることが以外だったという話がでてましたので、
そのことについてちょっと触れたいと思います。
左慈に一刀を助けさせた理由としては、
一話を作った時点での話になりますが、最初は悪役で登場してもらう予定でした。
しかし、彼らが悪役になるということは、
恋姫の無印をやったことのある方ならわかると思いますが、
創作者がどうのこうのという原作と同じ落ちにするしか理由付けとしておかしくなってしまう、
ということで今回は手助けする側に回ってもらいました。
手助けといってもたぶんこれ以降登場しないと思います。
一刀と左慈が仲良くしているところに違和感を覚えた方がいらっしゃったのであれば、
申し訳ありませんでした。
……あとがきが長いですね。
これ書くまでに5分くらいかな、小説なら同じ文章量書くのに4時間は掛かるのに……
愚痴ばっかりになりそうなのでそろそろあとがきを終わりたいと思います。
それでは『私のことを、夢の中へと 六話』でまたお会いしましょう!
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『私のことを、夢の中へと』の一話から五話までまとめたものになります。
文章量がない作品の為、普通ならこれくらいで一話なんでしょうね……
長い話が書けるように頑張りますのでこれからもよろしくお願いします。