俺は昔、神隠しに遭った。
と言っても俺にその時の記憶はまったく無い。
いつの間にか姿を消して、約一年経ったころ聖フランチェスカの敷地でボロボロの制服を着て
寝ていたらしい。
悪友の及川に半べそで抱きつかれたのは今となっては良い思い出だな。
警察に事情聴取を受けたりマスコミの取材を受けたり色々大変だったが今は普通に大学を通っている。
表面上は神隠し前と後では何も変わらなかったが俺の心の中には大きな変化があった。
ある種の脅迫概念と言うべきか。
まず俺は強さに対して異常なまでに貪欲になった。
部活の剣道ではまったく満足できなくなった。だから道場をやっている爺ちゃんに剣術の師事を仰いだ。だがそれでも自分の求めているものには辿りつかなかった。
爺ちゃんには「若造が生意気言うな!」ってよく言われるけど。
もう一つは知識に対しても貪欲さを見せるようになった。
学校の教科は勿論のこと経済、法律、農業、工学、医療・・・・とにかく何でも役に立つと考えたものは頭に入れなければ気が済まなかった。
だがどれだけやってもいつも心にポッカリ穴が空いた気分になる。
一体俺は何を求めているのだろうか。
「神隠しから戻ってきてもう三年目・・・・・か」
ベッドの上で天井を見ながらそう呟く。
俺はこの三年で随分変わってしまった。
体も筋骨隆々とまでは言わないがそれなりにある筋肉。
手は木刀とペンの握り過ぎでタコだらけだ。
髪も手入れする時間を削りたいから高校生の時と比べれば凄く短くなった。
「さて、そろそろ寝るか」
今日も遅くまで勉強をしていたせいで日が昇り始めている。
自分のことながらこんな生活でよく倒れないもんだ。
いい感じに眠気も来始めた・・・・・・・・・・そのとき
「ご主人様、時は満ちたわ」
部屋に誰かの声が響いた。
「誰だ!?」
急いで起き上がると部屋の扉の前に筋肉達磨が立っていた。
「・・・・・・・・・・・・・・」
言葉が出てこない。なんてコメントすればいいんだ・・・・・・。
強盗? それにしては随分と開放的な格好だ。
「あぁらぁ♪ ご主人様しばらく見ないうちに随分野性的な風貌になったわねぇい」
そう言い体をくねらせながらウィンクをする。
おい、今ウィンクで風圧が来たんだけど?
「あの、何か用ですか?」
とりあえず相手を刺激しないようにしよう。
「やだ、随分と冷めた反応なのねぇん。まあいいわ」
さっきと打って変わって目の前の筋肉達磨は真剣な表情になった。
「ご主人様は昔自分の身に何があったか知りたくない?」
「!?」
こいつは俺自身の知らないことを知っている?
表情は真剣そのものでとても嘘をついているようには思えない。
「お前は一体何なんだ?」
「私は貂蝉。しがない踊り子よ。そしてここに来た理由はあなたの意思を聞くため」
「知りたいって言ったら昔俺に何があったか教えてくれるのか?」
「そうね。あまり詳しくは言わないけどご主人様は三国志の世界で天の御使いとして乱世を駆け抜けたとだけ言っておこうかしら」
三国志? 天の御使い?こいつは正気か?
「まあ今のご主人様じゃとても信じられないとは思うわ。でもこれは事実。そしてそれを否定することは私が絶対許さないわ。それじゃあの子達が可哀想過ぎるもの」
貂蝉からとてつもないプレッシャーを感じる。無闇に否定することはやめよう。
「・・・・とりあえず信じよう」
「話が早くて助かるわぁん♪」
とりあえずクネクネすんな、気色悪い。
「まあ今の説明だけじゃご主人様の全てを語れたじゃないわ。もっとも細部までは私の口からは言えないけどねん」
「どうしてだ?」
「それ以上先はご主人様自身が思い出さないといけない。まあどちらにしても他人の口からじゃただの情報にしかならず記憶に成り得ないわ」
「じゃあ俺にどうしろと言うんだ?」
貂蝉は一度深呼吸をする。
「率直に言うわ。知りたければまた三国志の世界に降り立たなければいけないわ。そして一度この選択をしたらもう二度とこの世界には帰って来れないわ」
「帰って来られない? なぜ?」
「それを知る必要はないわ。まあ「正史」という大樹の「外史」という枝に実が実りそしてその実が独立しようとしている、とだけ言っておこうかしら」
うん、何を言っているのかさっぱりだ。
「で、どうなの?行きたい? それとも今のままでいい?」
何故だろう、普通ならここで断るべきだろう。
しかし自分は行く選択をすべきだと心が叫んでいた。行く選択をした先に今までの努力の意味があると。
「行く」
「あらぁ、随分と早い選択ねぇん。まあそのほうが助かるんだけど」
「ああ、自分でも驚いているよ」
「じゃあまずあっちに行く前に決まり事を教えておくわ」
「決まり事?」
「そう、あっちの世界が「正史」から独立するまではご主人様は世界にとっての異物でしかないわ。だからご主人様という存在を世界に馴染ませなければならない。だからご主人様は三国の各地をひたすら放浪して頂戴。そうすれば独立し始めている「外史」はやがてご主人様を世界の一部として受け入れてくれるわ」
「大変そうだなぁ・・・・。けどわかったよ」
「次に三国の各地を放浪し終わったら満月の晩に泰山という山に来て頂戴。そこに全てがあるわ」
「ああ、わかった」
「それと最後にひとつ、全てが終わるまでは曹操ちゃんには絶対会わないこと」
「曹操ってあの曹操か? 何か会うとマズイのか?」
曹操といえば乱世の奸雄と言われた曹操だよな。
「まあ会うだけなら大丈夫でしょう。けれど絶対に心を開いては駄目よ。終端を迎えたはずの物語で曹操ちゃんとご主人様が繋がれば大きな矛盾が生まれ世界はご主人様を排除しようとするわ」
「言ってる意味はよく分かんないけど肝に銘じておくよ」
「曹操ちゃんには申し訳ないけどねぇん」
「曹操と俺って知り合いだったのか?」
「まああちらに行けばよく分かるわ」
「じゃあ俺行く為の準備してくるよ」
「ええ、しっかりと準備なさい。私もちょっと出掛けて来るからそれまでに終わらせて頂戴」
「ああ、わかった」
こうして物語はまた始まった。
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初投稿になります。 魏√の続きをイメージした二次創作です。
渋い出来ですが見てやってください。
オリジナルな設定も多々ありますから苦手な方ご注意ください