一刀たちが成都に戻って十日。
二人の変化にほとんどの者が気づいていた。
それもその筈、公務中以外の場では常にべったりのその姿を見れば、誰でも解ることだった。
ただ一人を除いて。
「いつもながら仲の良いお二人だ。そうは思われませんか、白蓮どの?」
「そ、そうだな。はは、は……」
関羽の台詞に、苦笑するしかない公孫賛。
そう。関羽ただ一人だけが、一刀と劉備の変化に気づいていなかった。
だが、否が応でも、気づかされる時が来た。
所用で現在の赴任地である培城から、成都を訪れていたその日の夜。厠へ立ったその帰りに、一刀の部屋の前を通った。
”それ”が聞こえたのは、その時だった。
「?……今のは、義兄上と義姉上の声か?こんな時間に一体……」
夜中、一つの部屋から聞こえる男女の声。
それが何を意味しているのか、関羽は本気で気付かなかった。そっと、聞き耳を立てた。
そして、聞いてしまった。
「かず、と。もっと、あ、つよく」
「ん。……可愛いよ、桃香」
「うれ、し。ああっ!!」
……義兄と義姉の、”男女”の声を。
「……!!」
思わず逃げ出していた。
頭が真っ白になって、気がつけば自分の部屋に戻っていた。
閉じた扉にもたれかかり、肩で息をする。呼吸が落ち着いてくると、次第に頭も冷静になってきた。
「……義兄上と、義姉上が、そんな……」
ずずず、と。
その場に座り込む。
一刀と劉備は実の兄妹。だから、例え想いが通じ合ったとしても、”そういう事”にはならない、と。
関羽はそう思っていた。いや、そう願っていたというべきか。
だが現実には、あの二人は最後の一線を越えてしまっていた。
いつの間に?……考えるまでも無かった。二人が荊州に出向いていた間にだろう。
思い返してみれば十日前。戻ってきた二人は、何か吹っ切れたような、清清しい表情をしていた。
それから今日までの間に見た二人は、とても仲睦まじかった。
”それ”が、兄妹としての”それ”ではなく、男女としての”それ”だったのだと、関羽は今になって気付いたのである。
「……他の者達も、察していたのだろうな。だから皆、微笑ましい顔で義兄上たちを見ていたのか」
関羽は悩んだ。
義兄のことは好きである。いや、言葉にこそしていないが、愛していると、自分では思っている。
だが、義姉である劉備のこともまた、関羽は大好きである。
義兄への愛か。義姉への義か。
どちらを取るかで、その日は一晩中、葛藤を続けた関羽だった。
その日の翌日。
「ハアッ!ハッ!フンッ!!」
一心不乱に、棍を振る関羽の姿が、練武場にあった。
「いりゃあっ!!」
ぶおんっ!!
鬼気迫る、というのは、このときの彼女の表情をいうのであろう。
想いを振り払うかのように、ただただ、棍を振り続ける。そこに、
「精が出るね、愛紗ちゃん」
「!!……義姉上」
劉備がてくてくと歩いてくる。無邪気な笑顔で。
「……なにか、御用でしょうか」
「ううん、別に。姿が見えたから声をかけてみただけ。……ね、ちょっとお茶しない?」
「は、はあ……」
その手を引かれ、練武場から半ば無理やりに、と言った感じで、城内の食堂へとやってきた。
「…………」
何を話していいかわからない。そんな感じで茶をすする関羽に、
「ねぇ、愛紗ちゃん」
「は、はい!?」
「さっきの練武だけど、何か、心ここにあらずって感じに見えたけど、何かあったの?」
「!!……」
みすかされた、と。関羽は思った。迷いが武に出ていたのを、その力量においてかなりの差がある義姉にすら、見抜かれた。
だが、その迷いを語るわけにはいかなかった。
相手はその、迷いの元の当人なのだから。
「……たいしたことではありません。義姉上には、関係の無いことです」
思わずついた嘘。
それにより、悲しそうにうつむいた義姉を見て、関羽の心に、激しい罪悪感が湧き上がる。
「あ、あの。義姉上、いまのはその」
「ううん、いいの。愛紗ちゃんだって、話したくないことぐらいあるもんね。……けど、もし話せることがあったらいつでも言って?……私なんかじゃ、頼りにならないかもしれないけど。ね?」
関羽に笑顔を向ける劉備。
関羽はおもった。
(……やはり、この方はすごい。相手が誰であっても、その慈母の様な笑顔で包み込んでしまう)
そんな義姉だからこそ、義兄も惹かれたのだろう、と。
(そんな義姉上を、私は裏切りたくはない。けど、義兄上への想いを、自分の心を偽りたくも無い。……私は、どうすれば……)
「ねえ、愛紗ちゃん」
「はい?」
一人思考に入っていた関羽に、劉備が優しく声をかける。
「何を悩んでいるのかは知らないけど、私から一つだけ助言。……悩んで答えが出ないのなら、後はただ、行動あるのみ、だよ?」
「…………」
その一言で、関羽の心に引っかかっていた”何か”が、外れた。
そして、その日の夜。
「あの、愛紗さん?一体どうしたんでしょうか?」
「……」
一刀の部屋で、関羽は一刀を寝台に押し倒していた。
関羽は、劉備の一言で踏ん切りがついた。
義姉への義は義。けれど、義兄への想いはそれ以上に強い。そして、昼間の義姉の一言。
「後はただ、行動あるのみ」
そう。関羽は行動に起こした。義兄への、夜這いという形で。
「……義兄うえ、お慕いいたしております」
「え?……むぐっ?!」
強引に、一刀の唇に自分の唇を押し付ける。
「んっ、んんっ……、ぷはっ!ちょ、ちょっと待って、愛紗!!」
「……何故、ですか?私では、駄目なのですか?」
「そうじゃなくて!こういうのはお互いの気持ちが」
「私は!義兄上を、一刀さまを愛しています!!それでは駄目なのですか?!一刀さまは、私がお嫌いなのですか?」
その瞳に涙を浮かべ、一刀に問いかける関羽。
「……嫌いなわけ無いだろ?愛紗の気持ちも嬉しいさ。だけど、駄目だよこんな」
「……義姉上以外では、そんな気になれないと?」
「そうじゃないって。……よっと」
「あ」
ぐい、と。上体を起こし、関羽の肩をつかんでその瞳を見つめる一刀。
「……俺は愛紗が嫌いなわけじゃない。むしろ、愛しいと思ってる。けど、俺が一番愛しているのは桃香、だ。……それでも、愛紗は構わないのかい?それを聞いてもなお、考えは変わらないのかい?」
「……」
コクリ、と。無言で頷く関羽。
「……はあ~、やれやれ。……だそうだよ、桃香」
「え?!」
一刀の言葉に驚き、扉のほうに振り向く。そこには、しかめっ面をした劉備が立っていた。
「……昼間様子がおかしかったから、もしかしてって、思ったんだけど」
「と、桃香さま!い、一体いつから……」
「……最初っから」
「あう」
劉備が居たことにまったく気付かなかった。……突っ走ると周りが見えなくなるのが、彼女の唯一にして最大の欠点であった(料理は除く)。
「……でもしょうがないね。一刀がもてるのは今に始まったことじゃないし。……それに、愛紗ちゃんなら、まあ、良いかな」
「え?」
関羽を許すという劉備の言葉に、罵倒されても仕方ないと思っていた関羽は、思わず呆気に取られる。
「一刀、優しくしてあげなきゃ駄目だよ?いつもみたいに激しくしたら、愛紗ちゃんでも壊れちゃうかもしれないからね?分かった?」
にっこりと。一刀と関羽に微笑む劉備。……目は笑っていないが。
「あ、ああ。分かってる」
「と、桃香さ、ま?」
「それじゃ、お邪魔虫は消えるね。……愛紗ちゃん」
「は、はい!」
扉に手をかけつつ、
「……負けないから、ね?」
そう言って部屋を出て行く劉備。
「あ、あの、義兄、上……」
「……どうする?続き、してほしい?」
「~~~~いじわる、です」
「はは。……好きだよ、愛紗」
とさ、と。寝台に関羽の体を横たえる一刀。
「義兄、上。……かずと、さま……」
ついに、至福の時に身をゆだねる事が出来た関羽。
そう。
たとえ行為の最中、一度も”愛してる”と、言われなかったとしても、関羽にとって、人生でもっとも幸せな時間。
その事に、変わりはなかった。
たとえ、最後に選ばれなかったとしても、今この時だけは、愛する人は、自分だけのもの。
彼女は何度も何度も、愛しい人を求め続けた。
この幸せなひと時を、しっかりと噛み締めるように。
何度も、何度も。
……一刀が干からびるまで(笑。
てなわけで、最終拠点その二です。
「……」
「……」
……え~と。あの、輝里さん?由さん?どうかなさいましたか?
「……教えてほしいわけ?」
「……聞かな解らんか?」
……一刀のことでしょうか?
「あれが一刀さんの本領だということは、百歩譲って認めましょう。ですが!」
「せや!一億歩譲って認めたとしても、うちらは、うちらは」
あー、はいはい。手を出してもらえないから寂しいわけ。
「そ!そんなつもりじゃ!!」
「あ、あほな事言いな!うちは別に……!!」
まあ、もう少し辛抱ですよ。そのうち良いことありますから。
「……ほんとーに?」
「信用ならんからな、作者の言うことは」
いいよー、信用してもらえなくても。別に無理して君らの話し書く必要は無いしねー。あーあ、この台本も無用の長物かなー?(ちらり)
「え、えーと。つ、次は誰のお話なのかなー?」
「そ、そやね。あー、たのしみやなー」
そう?じゃ、後で楽屋おいで。”これ”、見せてあげるから。
というわけで、次回もまたまた拠点です。
「楽しみにお待ちくださいねー(早くおわらせないと)」
「コメントもぎょーさん待ってるでな~(次の台本、次の台本)」
ではみなさん、またの機会に。
『再見~!!』
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刀香譚、最終拠点シリーズ第二弾です。
今回は前回の予告どおり愛紗のお話です。
それでは、お楽しみください。