廃校になった古い学園の暗い通路を必死で走る。
右手に持った刀が重い。それは血で重さが増したからか、奪った命の重さか・・・。
10月の寒い夜中だというのに汗を吸った制服も重く感じて、全てのものが脚を引っ張るような感覚にイラつく。
一刻も早く先に進まなければと思えば思うほど、目的の場所が遠く感じられる。
やがて礼拝堂の入り口が見えた。
この向こうにアイツがいる筈だ!
俺は体当たりするかのようにドアにぶち当たると、朽ちかけていたドアはあっさりと内側に倒れる。
ダアン!という音が礼拝堂の中に響くが、それ以外に音は無い。
穴の開いた天井から差し込む月明かりに照らされた先を見れば、十字架の前で立ち尽くす男の姿があった。
右手には俺と同じ刀が握られているが、俯いたその表情は見えない。
俺と同じ制服を着た男・・・水月ユウヤ。
俺の親友・・・だった男・・・。
そして、その足元には倒れてピクリとも動かない少女の姿がある。
うつぶせに倒れた少女の体の下には、赤いものが広がっていた。
こんな暗い中でも分かる。あれは・・・血だ。
心臓が爆発しそうなほど
「やぁ・・・早かったね、神崎キリト」
ユウヤがすっと顔を上げ、俺の名を呼ぶ。
端整な顔立ちで幼い頃はいつも女の子に間違えられていたが、そのメガネの奥の目は鋭い。
「なんでだ!!なんで・・・っ!なんでこんな・・・っ!!」
自分の叫び声で咽が痛くなる。耳の奥がジンジンと痛みを訴え、胸が押しつぶされそうだ。
「君は・・・弱い」
「何を言って・・・!」
「でも、ボクより強くならなくてはならないんだ。だから考えたんだよ・・・どうすれば君は
強くなってくれるんだろうって・・・」
ユウヤの口がにいっと笑いの形になる。それは見るものを恐怖に陥れる笑み。
「そして気づいたんだ。ボクを憎むことで、ボクと同じ所まで堕ちればいいんだって・・・」
「そんな・・・そんな理由でスズカを殺したのか!!!」
ユウヤの足元に倒れる少女・・・俺と一緒にいる事が何よりの望みだといった・・・俺の愛した少女。
そしてユウヤの妹。水月スズカ。
ユウヤが刀を正面に構え、その笑みが壮絶さを増してゆく。
「ホクを憎めよ。神崎。そして、その力を見せろ」
そう言って、ユウヤはスズカの体を足で仰向けに転がす。
何も映さない瞳が俺を見る。その手には、俺があげた携帯のストラップが握られていた。
俺の中で・・・何かが壊れた。
「ユウヤァァァァァァァァァァ!!!!」
俺は刀を水平に構え、風のように走り出す。
「神崎ィィィィィィィィィィィ!!!!」
高速の突きをユウヤが刀で受け、火花が飛び散る。
ユウヤの顔が近づき、その頬にある涙の跡に気が付いた・・・。
「おい・・・これ本当に上映すんのか」
「あったり前でしょう!文化祭の文芸部の目玉じゃない!」
ノートパソコンに映っていた動画を途中まで見た俺が嘆息しながらスズカに声を掛けると、
目の前の机に座り、動画を上機嫌で見ているスズカは、ポニーテールにした髪をさらりとさせながら
ちょっと頬を膨らませて"黙っていれば美人"と評判の顔でこちらを振り向く。
ここは放課後の文芸部の部室で、今ここには俺とスズカの二人しかいない。
他の連中はそれぞれの教室で高校生活最初の文化祭の準備に追われている。
本来は俺達も文芸部として準備しなければならない筈だったが、先日完成した自主制作映画1本で行くと
俺の知らない間に決まっており、部室の準備があると思っていた俺はノコノコ部室に来ちまった。
「だってこれまんまマンガのパクリじゃねーか!」
本棚を指させば、文芸部のクセにマンガ本ばかりの棚があり、その中でもスズカ専用と書かれたプラカード
の下の所には少年向け週刊誌で大人気のマンガ本が全巻ずらりと並んでいる。
「だーって。シナリオから制作する時間が無かったんだもん。他のシナリオ考えてる余裕無かったしぃー」
スズカがそっぽを向きながら口を尖らせる。こいつの昔からの癖だ。
「時間が無かったのは誰のせいだ。文化祭二週間前に突然映画を撮ろうなんて言い出したやつは」
もう明後日には文化祭だ。
俺がジト目でスズカを見ると、スズカは悪ぶれた風も無くにっこり笑って「私ー」と手を上げる。
「でもお兄ちゃんも他のみんなもノリノリだったじゃない」
そう。映画を撮ろうと突然言い出したスズカに最初は呆れたが、いざ始まって物語が進んでくると
みんなが熱中しだした。
逆に俺はその様子を見て冷めていったが。
何しろラストシーンが・・・。
「でもやっぱりラストシーンが締まらないんじゃない?お兄ちゃんを倒した後、私を抱きしめて終わりなんて」
「はぁ?それ以外に何やれってんだよ」
「いやほら・・・原作通りだと・・・」
「イヤイヤ。ねーから。そもそも原作っていっても名前からして違うじゃねーか」
原作そのままに再現しようとすると、この場面は俺の口付けでスズカが蘇るシーンだ。
俺が何とか意見をいって変えてもらった。
スズカとのキス・・・正直に言えば、御免こうむる。
顔が悪いわけじゃない。スタイル・・・はかなりいいほうだ。
だがどうしても妹としか思えないコイツとキスするとかはありえない。
俺の家とスズカの家はすぐ近くで、俺と俺の一つ下の妹とスズカ、そしてスズカの兄で一つ上のユウヤとはまるで
4人兄弟のように育った。妹萌とかいうが、実際妹がいるやつからすればそんなのは無い。
ぶーぶーと不満気にするスズカの頭を小突くと、俺はエンドロールが始まった動画を見つめる。
こいつ・・・エンドロールまでしっかり作ってやがる・・・。
「でもキリトもお兄ちゃんも、キャラにはまり過ぎてるよねー」
「・・・ん?そうか?」
画面を見つめるスズカの、褒め言葉とは裏腹のちょっと不満気な口調を不思議に思うと、スズカはこちら
を見ずに俺の腹をぼすっと叩く。
「ちょっと・・・カッコよすぎない・・・?」
「フッフッフ・・・お主もようやく俺のカッコよさに気がついたか」
「ばーかばーか」
ぼすっぼすっと二発叩かれた。理不尽な。
やがてエンドロールも終わり動画の再生が止まると、わずかな沈黙が部室を支配した。
窓の外からは準備に走り回る生徒の声がかすかに聞こえ、日が暮れるのが早くなった為にもう夕陽が見える。
まさに放課後って感じの時間。
俺はこの時間が結構好きだ。
これで彼女でもいれば────
「ねぇ・・・もし・・・もし、さ」
「ん・・・?」
不意に掛けられた声に思わず思考を中断してスズカを見ると、スズカは相変わらずノートパソコンの画面を
見つめたままだ。
「もし、あの時に・・・絶対キスしたいって言ったら・・・してくれた?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
慌てたが、何か話さなければと思い────
そんなわけねーだろ。
────という声が出なかった。
いや・・・出せなかった。
俺の口は、急に立ち上がったスズカの・・・その柔らかい唇で塞がれたからだ。
スズカのシャンプーのいい匂いがする。
頭が混乱して、自分が何をやっているのかさえ分からない。
スッと体を離したスズカは、こっちを見る事も無く走って部室を出て行く。
残された俺は、追いかける事もできずにただ呆然とその場に立ち尽くすしかなかった。
これは・・・大変な事になったんじゃないか・・・?
何て、その時は思ったが、本当に大変なのはその動画が上映された後だった・・・。
これから恋愛ドラマが始まる・・・そんな作品ですが、続きは無いです。
ごめんなさい。
・・・と思ってましたが、続きが浮かんだのでもうちょっと書こうと思います。
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昼にピンと来て書いた初作品です。よろしくお願いします。