No.175517

真・恋姫無双 刀香譚 ~双天王記~ 第四十五話

狭乃 狼さん

お待たせ(?)しました!

刀香譚、四十五話をお送りします!

あ~、やっと話が進められる・・・。

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2010-09-30 11:12:21 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:11194   閲覧ユーザー数:9604

 少女にとっての母とは、畏怖と尊敬の対象だった。

 

 幼くして父をなくした少女は、同じく両親を亡くした少し下の従姉妹とともに、母の下で育った。

 

 好きなものは武術と馬。後は食べること。

 

 苦手なものは勉強。それと、異性。

 

 別に異性が嫌いというわけではない。極々普通だと思う。だが、いざ好意を持った相手の前に出ると、顔が熱くなって頭が真っ白になる。

 

 だから、生まれてこの方、異性と付き合ったことはなかったし、それ以前に、自分より強くなければ、そういう対象として見る事もなかった。

 

 そんな彼女の前に、”彼”が現れた。

 

 母や、自身の旧友である董卓とともに洛陽にいた彼女たちを、いくつかの諸侯が連合を組んで攻めてきた。

 

 その時、自分たちの援軍として駆けつけてくれた、幽州の牧、公孫瓚率いる諸将の中に、”彼”は居た。

 

 最初の印象は、顔がいいだけの優男、だった。

 

 しかし、その後の戦でその評価は一変した。

 

 武の力量、その豊富な知識、そして人としての器量。

 

 少女は、自分はそのどれもが、”彼”の足元にも及ばないと思った。

 

 戦の後、”彼”は徐州の牧としてかの地へと赴任した。結局、洛陽に居る間、少女はまともに言葉を交わすことすらなかった。

 

 それから暫くして、少女の母が、西涼に侵攻してきた異民族退治のために、洛陽を発った。

 

 少女は洛陽に残った。そして、半月もした頃、その報せが届いた。

 

 「母君が、西涼にて苦戦中。援軍に来られたし」

 

 少女は一も二も無く、従姉妹とともに洛陽を飛び出した。

 

 彼女が漸くの思いでたどり着いた先で見たもの。それは、地に転がる無数の西涼の兵隊の屍。そして、一人の男に首を飛ばされる、母の姿だった。

 

 その男が、彼女のほうを振り向いた。

 

 その顔は、少女のよく知る顔。

 

 ”彼”だった。

 

 

 

 その後のことはよく覚えていなかった。気がつけば、少女は従姉妹とともに、漢中で五斗米道のものに保護されていた。

 

 そして、半年ほどして怪我の癒えた少女は、従姉妹を連れて益州に赴いた。

 

 何故か。

 

 憎い母の仇が、益州に侵攻を開始していると、人づてに聞いたからだ。

 

 許せなかった。

 

 自分たちの母を討ち、この上、平穏な生活をしている益州の人々を苦しめようとしているそいつが。

 

 益州の成都で州牧の劉季玉に仕官し、少女は綿竹関に配備された。

 

 しかし、そこに現れたのは”彼”ではなかった。確か、義妹の張飛とかいう奴。そして、元幽州牧の公孫瓚。

 

 少女は悔しかった。

 

 憎い仇は、どうやら直接成都に向かったようだった。

 

 しかし少女は思った。

 

 アイツの大事な仲間の首をここでとり、その眼前にさらしてやる、と。

 

 そして、大切な者を奪われる苦しみを、あいつにも教えてやる、と。

 

 少女は関の門を開けさせ、従姉妹とともに外へ出た。

 

 少女の名は馬超、字は孟起。

 

 西涼の錦と呼ばれた、万夫不当の将。

 

 従姉妹の馬岱とともに、馬超は歩を進める。

 

 激しい憎悪と、憤怒の気をまとって。

 

 

 

 張飛、字を翼徳は、両親の顔を何故かよく覚えていない。

 

 十歳ぐらいまで、義姉の関羽と同じ邑で育った。その頃は、両親も健在だった。だがある時、邑を賊が襲った。生き残りは、彼女と関羽の二人だけだった。

 

 それ以降、関羽と共に各地を渡り歩いたのだが、何故か霞がかかったかのように、両親の顔を思い出せなくなっていた。そしてもうひとつ、張飛の体に異常が起きていた。

 

 邑を出て数年が経っても、彼女の体はあの時のまま、成長しなかった。

 

 義姉の関羽は大層心配したが、本人は大して気にしていなかった。体が成長しなくても、義姉と二人で居れば、彼女は十分に幸せだったのだ。

 

 旅から旅を続けるそんなある日のこと。

 

 張飛は関羽とともに、在る男と出会った。そして、それがきっかけで、義兄と義姉が一度に増えた。

 

 特に、男兄弟の居なかった彼女は、義兄ができたことがとても嬉しかった。多くの人に慕われる義兄が、張飛も大好きだった。

 

 その義兄が、洛陽で友となり、真名すら交し合った相手から、母親殺しの仇と言われ、張飛の頭は大混乱になった。

 

 友は、馬超は何を言っているのだろう、と。

 

 張飛は(自分でもよくわかっている)あまり良くない頭で必死になって考えた。

 

 そして出した結論は、

 

 「お義兄ちゃんは絶対に悪くないのだ!」

 

 そう。

 

 両親の顔を覚えていない自分にとって、二人の義姉以上に大切な義兄を信じること。

 

 「だから、例えぶん殴ってでも、翠の誤解を解いてやるのだ!」

 

 張飛らしい、実に単純明快な結論だった。

 

 そして、友である馬超に対して、自慢の丈八蛇矛を構えた。

 

 友の誤解を解き、仲直りして大好きな義兄の下に必ず向かうのだと。強い決意の下に。

 

 

 

 その少女は、生まれながらにして両親の顔を知らない。

 

 物心ついたときには、母の姉に当たるという人物の下に居た。その人物の名は馬騰。西涼の各部族を纏める、西涼連合の頭首である。

 

 その馬騰には一人の娘が居た。

 

 少女はその娘、自分にとっては従姉妹にあたる馬超にとても懐いていた。お姉さま、お姉さまと呼んで、いつもその後ろについて歩いていた。

 

 その馬超が武将として馬騰の下で働くようになると、彼女も武将として手伝うことを熱望した。最初は相手にされなかったが、必死になって修行するその姿を馬騰が認め、その配下の将として働くことができるようになった。

 

 その後、当時の皇太子であった、後の少帝を伴って洛陽入りすることになった馬騰に、馬超とともに従うことになった。

 

 そして、自分たちへの反連合が組まれた戦で、馬超が一人の男性に惹かれている事を知った。少女から見ても、その人物-劉北辰は素晴らしい人物だった。

 

 だから、彼女はその時、わが目を疑った。

 

 馬騰の援軍に赴いた地で、母とも慕ったその人が、あろうことか、その劉北辰によって首を飛ばされた。

 

 初めは呆然とし、その次に怒りが湧き起こり、最後には憎しみが、少女の心を支配した。

 

 「おば様の仇を直接討てないのは悔しいけど、それならそれで、目の前の相手にあいつの分まで恨みを叩きつけてやる!」

 

 少女-馬岱は自分と相対する赤い髪の女を睨み付ける。自身の愛槍、影閃を構えて。

 

 

 

 どこにでも居る普通の人間。

 

 基本的に、自分にされる評価はそんなものばかりだった。

 

 公孫瓚、字は伯珪。

 

 幽州は北平の生まれで、家は特に名門というわけでもなく、ごく普通の家庭に生まれ、ごく普通の両親に育てられた。

 

 その両親が、洛陽の有名な私塾への推薦状を、ある日持ってきた。

 

 どうやってそんな物を手に入れたのかを聞くと、自分たちにもそれ位の人脈はある、と。笑顔で言った。

 

 その頃の彼女は、周りの者達よりも、いくらかは優れているという自負があった。

 

 だが、実際に私塾に入ってみると、自分の井の中の蛙っぷりを思い知らされた。

 

 同期の中には、曹操や孫権といった、自分よりもはるかに優れた者がごろごろ居た。袁紹のような名門出身の者も大勢居た。そしてその中でも、特に目を引かれたのが、劉翔という同じ幽州出身の男性だった。

 

 常に首席を争そうその能力もそうだが、何より人としての魅力は頭抜けていた。男女問わず、その笑顔に惹かれない者は居なかった。

 

 かく言う自分も、会ったその日見惚れた。

 

 ただ、想いを伝えることは、最後まですることは無かった。

 

 所詮自分は、路傍に咲く名も無い花。

 

 相手になんかされる筈もないと、自分を封じ込めた。

 

 その代わり、彼にとっての良き友であり続けようと決めた。彼の配下となった今、その想いはさらに強く、彼女の心を占めていた。

 

 『何でもこなせる白蓮は、ある意味誰よりも優れているよ。子供の頃も、今も、ね。だからあんまり自分を卑下しないようにね』

 

 自分をそう評価し、励ましてくれた彼に、彼女はなんとしてでも応えたかった。

 

 「最愛の”とも”、一刀のために!」

 

 

 

 張飛と馬超は扱う得物が良く似ている。どちらも長柄の、槍と矛。

 

 それ故、戦い方も良く似ていた。

 

 「たりゃりゃりゃりゃーーー!!」

 

 「うっらあーーーー!!」

 

 ガキィン!

 

 互いに、武器の刃で相手の刃を受け止める。暫く力比べをした後、相手と距離をとり、間合いを掴み直す。

 

 すでに五十合。その繰り返しだった。

 

 「相変わらず強いのだ、翠!」

 

 「ふん!お前もな!……それはそうと、あたしの真名をもう呼ぶんじゃないと、何度言えばわかるんだ!」

 

 「いやなのだ!何があっても鈴々にとって翠は翠なのだ!だから、鈴々はこれからもずっと、翠と呼ぶのをやめないのだ!」

 

 「~~~~っの、わからずやが!つりゃあーーー!!」

 

 ガキィッ!

 

 張飛と馬超が再びぶつかる。

 

 「何でお前はあんな奴の味方をする!あたしの母上を殺し、今度は他国に侵略しようとする奴なんかに!」

 

 再び刃を重ねながら、馬超が張飛に問う。

 

 「翠が言っていることが本当かどうかは、鈴々にはわからないのだ。けど、鈴々はお義兄ちゃんを信じるのだ!助平だけど、いつも優しいお義兄ちゃんをなのだ!」

 

 真っ直ぐな目で馬超を見つめる張飛。

 

 「う。(……なんでこいつは、こんな真っ直ぐな目をしているんだ?……あたしが、何か間違っているっていうのか?)」

 

 張飛の澄んだ目に見据えられ、そんな考えが馬超の頭をよぎる。

 

 「!隙ありなのだ!!」

 

 「しまっ!?」

 

 一瞬の思考の隙を突き、馬超の槍を弾き飛ばす張飛。そして、

 

 どがっ!

 

 「がはっ!」

 

 顎を思い切り、矛の柄で打ちつける。その一撃で脳震盪を起こし、馬超はそのまま、仰向けに倒れていく。

 

 その最中、馬超の脳裏にあの場面が浮かび上がる。

 

 首を飛ばされる母。

 

 それを行う一刀。

 

 だが、その一刀の顔が、次第にぼやけていき、最後には、まったく知らない男のものになった。

 

 (あれは……あいつじゃなかった、のか……?だとしたら、あたしは一体……)

 

 地に倒れ臥し、馬超の意識は、そのまま闇の中へと沈んでいった。

 

 

 

 「だから何度言えば解る!一刀には絶対無理だと言っているだろう!?」

 

 「うるさい、うるさい!そんなの誰が信じるもんか!あたしはこの目で確かに見たんだから!」

 

 剣で馬岱の槍を捌きながら、必死に公孫瓚は訴え続けた。友の無実を。

 

 「馬騰殿が亡くなられた頃には、一刀は徐州に居たんだ!なのにどうやって、西涼に居る人間を討てる!?」

 

 「そんなの知らない!妖術か何か使ったんじゃないの!!」

 

 「普通の人間にそんなものが使えるか!このわからずやが!」

 

 ギィン!

 

 と、馬岱の槍をはじき、懐に飛び込もうとする。

 

 「ッ!何の!」

 

 とっさに後方へと宙返りをして、再び距離をとる馬岱。

 

 「くそ!猿みたいにぴょんぴょんと!」

 

 「お姉さまみたいな膂力は無いけど、あたしにはこのすばしっこさがある!普通人なんかに負けるもんか!」

 

 馬岱が再び槍を構える。と、

 

 「……普通の何が悪い?」

 

 「え?」

 

 公孫瓚の言葉に、思わずきょとんとする馬岱。

 

 「器用貧乏だろうがなんだろうが、何でも出来る人間の方が貴重だと、アイツはあたしに言ってくれた。だから、私はもう何を言われても気にしない」

 

 腰に差していたもう一本の剣を抜き放ち、公孫瓚は体勢を思い切り低くして身構える。

 

 「?!二刀?!そんな、普通人がそんなことを」

 

 「そうだ、普通。すなわち平均だからこそ、どこでも自由に伸ばすことが出来る!経験と、努力で!」

 

 その言葉とともに、勢い良く馬岱に向かって突進する公孫瓚。

 

 「くっ!」

 

 「遅い!」

 

 迎え撃とうとし、体勢を整えなおそうとする馬岱。だが、それよりわずかに早く、公孫瓚が馬岱の槍を右手の剣で跳ね上げる。そして、

 

 「せやあっ!」

 

 どすっ!

 

 「はぐっ!」

 

 左手の剣で、馬岱のみぞおちを痛打する。

 

 「そん、な……」

 

 どさり、と。その場に倒れる馬岱。

 

 「……すまんな、蒲公英。……しかし、馬騰殿を討ったのは一体誰なんだ?やはり、奴等の内の誰かなんだろうか?」

 

 遠く、西涼の方を見やる公孫瓚。そこに、

 

 

 

 「姉貴ー!関は落としたぞー!」

 

 公孫越の声が背後から聞こえた。

 

 気絶した馬岱を担ぎ、公孫瓚は妹のほうへと歩き出す。

 

 水色の公孫旗が翻る、綿竹関へ。

 

 

 

 

  

 

  

 

  

 丁度同じ頃、成都でも全ての決着が、今まさに着こうとしていた。

 

 

 

                                  ~続く

  


 
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