「無関心の災厄」 -- 過去編 ヤマザクラ
第2話 珪素生命体とヒトと人間と
テストも終了した学校で無駄な時間を潰すよりはまあ意味があるかもしれない。最も、それは人目が多いという事に他ならないのだが。
「柊くん、香城くん。いま帰り?」
「梨鈴ちゃん、こんにちは」
校門へと向かう途中、クラスメイトが声をかけてくる。
珪素生命体(シリカ)を連れた変人ばかりの文芸部に話しかけてくる人間自体が少ないのだが、この二人は気にもかけていないようだった。
「萩原、大坂井」
オレたちを呼びとめたのは、級長の萩原加奈子(ハギワラカナコ)とその親友で小学生のような容姿の大坂井美穂(オオサカイミホ)。
大坂井は、自分よりほんの少しだけ背の低い梨鈴に駆け寄ってきた。こうして二人と梨鈴が並んでいると、隣にいる萩原が保護者に見えるから不思議だ。
「梨鈴ちゃん、撫でてもいい?」
「ミホとカナコならいいよっ。でも、マモルはダメ」
「何だそれ?!」
オレが触れば即尻尾ビンタをかますというのに、このキツネは大坂井に撫でられて嬉しそうに尻尾を振っている。
何だコレ、理不尽にもほどがあんだろ。
んべ、とオレに向かって舌を出した梨鈴に、大人げなくムカっとする。
「梨鈴ちゃんは柊くんに甘えてるんだね」
大坂井はくすくすと笑い、萩原も同意するようにつられて笑った。
「はぁ? どこが?」
思わず眉を寄せて反論。梨鈴も不満だったらしく、ゆらゆらと左右に揺れていた尻尾の動きが止まった。
「何言ってんだよ、ミホっ。なんであたしがマモルに……」
「そうだそうだ。万一そうだとしても、甘えられるならコイツより、もっと素直でかわいいキツネがいい」
「なんだと! マモルのくせに!」
まるで国民的いじめっ子のような台詞を吐き、銀毛のキツネはオレを威嚇した。
「どう考えてもそうだろ。こんな見事な銀髪で、おっきい鈴付けて、そんでもって奇麗な毛並みにこの顔。ふつうは手鞠でも持ってニコッと笑うやさしいキツネを考えるだろ!」
「はぁ? 何だそれ、マモル、それどこの幻想なんだっ?」
「世間一般的なイメージの問題だ」
腰を折り、梨鈴と額を突き合わせるようにしてそう告げると、不機嫌な表情をした彼女は一瞬、とん、と地面を蹴った。
要するに、上から覗きこんでいたオレに向かって頭突きかましやがった。
「~~っ!」
珪素生命体(シリカ)の頭突きくらったオレは、問答無用で悶絶してしゃがみこんだ。
柊くん大丈夫、と心配そうにのぞきこんだ大坂井の顎に、同じように頭突きかます結果となったのだった。
顎を打った大坂井に平謝りし、梨鈴にヤられた額をさすりながら、オレたちは学校をあとにする。
すでにこの高校では顔馴染みとなってしまっている梨鈴は、校門のところに立っている体育教師にひらひらと尻尾を振り、お愛想して難なく校門を通り過ぎた。
その姿を見て、オレは常々不思議に思っていた事を口に出してしまう。
「なぁ、梨鈴。いつも疑問に思っていた事を聞いていいか?」
「何だぁ?」
「一応、桜崎高校にも中枢と呼ばれるメインコンピューターが存在するわけで、そいつは学校全体の監視をしているわけだから、セキュリティと呼ばれるものがあるはずなんだ。それでもって学校関係者以外の人間を許可なく校内に侵入させる事はない。もし無理に侵入すれば直接警察に連絡が行くからな」
「……相変わらずマモルの話は回りくどいな」
うるさい、創りもんの頭脳がついてる珪素生命体(シリカ)に言われたくねえ。
「なぜ部外者どころかオレたちと種族どころか生命体としてのレベルも違うオマエが侵入出来るんだ?」
「セキュリティ? マモル、何言ってんだぁ?」
キツネがこっちを睨んだ。
しかしながら、ふわふわのしっぽは楽しそうに左右に揺れている。触ればヤマアラシにちょっかいを出した犬並にトゲまみれになる事は分かっていても、触りたくなるのが人情というものだ。
しかし、このキツネ少女は尻尾を触られる事をひどく嫌うので、それは我慢する。
「マモルさん、リリンは珪素生命体(シリカ)だよ。有機生命体(タンソ)と同じセキュリティに引っかかるわけないと思うけど?」
代わりに夙夜が答えた。
「ああ、まあ……そう言われてみればそうか」
桜坂高校のメインは、珪素生命体(シリカ)を『侵入者』と認識しないのか。空から屋上に侵入する鳩や鳶と同じように。もしくは、搬入されてくる備品と同じように――
そこで、オレはほんの少しの違和感を持つ。
珪素生命体(シリカ)の素材は岩や石と同じだ。確かにそれは、否めない事実。
でも、じゃあ、今、オレたちがコミュニケーションをとっているこの相手は『何』だ? 尻尾を振り、日本語を話すどころか憎まれ口を叩き、有機生命体(タンソ)の人間を差別し(アレは差別だ)、助けてくれ、と頼む。
梨鈴は、いったいどんな言葉に分類されるんだろう?
人間ではない。ペットではない。
それでもオレたちの隣をあるく、コレは、いったい何なんだろう――?
住宅街を抜け、坂を登っていく。坂はだんだん勾配がキツくなり、この先にあるのは、神楽山の登山コースだけだった。
「神楽山のヤマザクラのとこなんだよぉ、なんであんな有機生命体(タンソ)の近くに『異属』がいるんだよぉ……」
「ここでこうしてオレたちの邪魔をしているオマエが堂々と言うな」
目の前にある銀色の耳をぎゅっと引っ張ってやると、銀色のしっぽで右手の甲を叩かれた。
もちろん、見た目だけは極上・ふわふわの尻尾に見えてもこいつは珪素生命体(シリカ)、その硬度はしょせん有機生命体(タンソ)のオレたちの比ではない。
ふわふわに見えた毛は鋭く手の甲に刺さり、悶絶するような痛みに襲われる。
そして掴んだ耳に温かさはなく、まるでその辺に転がっている石ころを撫でたような感触だった。
「ヤマザクラなら、そろそろ花が咲くかもしれないね。サクラと一緒で、4月1日の誕生花なんだよ。春の代名詞だね」
夙夜は少しずつ暖かくなってきた外を見て呟く。
たしかに、朝晩の冷え込みは未だ厳しいが、昼間は日が当たる場所でぽかぽかと昼寝したくなる心地だ。
「夙夜、オマエ、たまに妙に植物に詳しいよな」
「んー、俺、田舎育ちだから」
いったいそれが何の根拠になっているのか、オレには全く分からない。
でも、コイツの中では理屈が通っているんだろう。
「それでさ、梨鈴はどうしたいの?」
「何がだよ、シュクヤ」
「『異属』を発見して、逃げたいの?」
笑いながら首を傾げる夙夜に、全く悪気はない。
「捕まえたいの? 追い払いたいの? それとも――壊(コワ)したいの?」
「それは」
梨鈴が言葉に詰まる。
「リリンがどうしたいか言わないと、俺にだってどうしようもないよ」
そうだ、こいつはこんなヤツなのだ。超天然マイペース人間。聞いてないようで、実はきっちりと話を聞いている。考えてないようで、完全に問題の本質をついて来る。プリンをこよなく愛する17歳男、文芸部。
本当に、ムカつくヤツだ。このぼーっとした男が実は口八丁を誇るオレより学業成績がいいだなんて、ぜったいに認めねえ。
邪気なく笑うソイツに殺意を覚える。
「決めたら、教えてね」
言われて、ぐっと俯いた梨鈴。
これで欠片でも悪意があったら問答無用で殴ってやるところだぜ?
先輩が、むっと口を尖らせた梨鈴の頭を撫でる。
「んふふ、梨鈴ちゃん、可愛いのです。がんばってくださいなのです」
くすぐったそうにした梨鈴の鈴が、りん、と音をたてた。
実は、名も無き珪素生命体(シリカ)のキツネ少女に『梨鈴(リリン)』という名をつけたのは先輩だ。『鈴の音なのです』とか言いながら。
この人は、なぜか皆にあだ名をつけたがる。
ちなみにオレは『口先道化師』。案に口だけ男というレッテルを貼られてしまったわけだ。
いや、事実だから悲しくなんかないぜ?
「シュクヤくん、キミがついてるから大丈夫だと思うのですけれど、危なかったら逃げるのですよ?」
「ありがとうございます、スミレ先輩。でも、ちゃんと何とかしますよ」
無邪気な笑顔で答えた夙夜。
何とかなる、ではなく『何とかする』と答えたコイツは、その言葉の意味が分からないわけではないはずだ。
ただ、オレは未だにこの飄々とした同級生を測りかねていた。
何しろ、『|名付け親《ゴッドファーザー》』は去年の春、一目見るなりこのノーテンキ男にあだ名をつけた。
「先輩、オレよりもこのぼーっとしたヤツの方が頼りになるっての?」
「この場合は仕方ないのです。だって敵は珪素生命体(シリカ)なのですから。珪素生命体(シリカ)相手に、マモルちゃんお得意の口八丁は通用しないのですぅ」
うう、さらにグサッとくる言葉だが、何とも言い返しようがない。
「それより、神楽山のヤマザクラだよね。あれのこと?」
夙夜は、唐突に神楽山の一角を指して言う。
が、オレにはただ緑色の山が春と呼ぶにふさわしい大気をはさんで、それなりの距離でもって、でんと目の前に鎮座しているようにしか見えない。いったいあのでかい山の中のうちのどれがヤマザクラだと言うのだろうか。
同じ様に梨鈴も首を傾げた。
それを見た夙夜がひらひらと手を振る。
「あっ、ごめん。えーと、今のナシ」
今のは、何だ?
まるで、あの山のどこかにあるヤマザクラが、この場所から見えていたような言い方だった。
不自然。あまりに不自然……まさか本当に見えていたとでも言うのだろうか。
いや、まさかな。
アリエネエだろと結論付けたその瞬間、隣を歩いていた筈の夙夜の姿が消えた。
消えた?!
が、振り向けば、いてて、とか言いながら起き上る姿。
どうやらコイツ、ここで転んだらしい。
「……出来ればオレにも分かるようになぜ転んだか教えてくれ」
これほど見通しが良く、まっ平らな歩道でコケられるのは、ある意味天才だ。
すると、ソイツは足元の黄色い粒々を指して言った。そう、アレだ、視覚障害者用に道に取り付けてある高させいぜい1cmほどの粒だ。
「いや、これに躓いて……」
「シュクヤくん、横着しちゃダメなのですよ?」
先輩が楽しそうに笑う。
それを意に介さず、夙夜は困った顔でオレを見た。
「マモルさん」
「何だ?」
「足ひねったみたいだから、回復するまでちょっと待って欲しいな」
返す言葉もねえよ、バカ。
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オレにはちょっと変わった同級生がいる。
ソイツは、ちょっとぼーっとしている、一見無邪気な17歳男。
――きっとソイツはオレを非日常と災厄に導く張本人。
※「無関心の災厄」シリーズの番外、過去編です。
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