「そう。一刀達が益州にね」
「はい。今頃は巴郡についている頃合かと」
揚州・柴桑城。その玉座の間に集まっている、孫家の家臣団。そしてあと二人。
「一刀兄は大丈夫じゃろうか。のう、七乃」
「大丈夫ですよ~。普段、桃香さんや愛紗さん達にあれだけ痛めつけられても、ぴんぴんしているんですよ?殺したって死ぬような人じゃないですよ、一刀さんは」
不安そうな顔の袁術と、それを慰めようと(?)している張勲。
「……何気に、随分酷い言われようをしているけど、まあいいわ。実際事実だしね。それで母様?私達もそろそろ動くの?」
母に問いかける孫策。
「ああ。船も戦力もだいぶ回復したし、今回は美羽たちも手伝ってくれるしね」
「うむ。妾たちは麗羽姉様たちを救出したい。そのために、文台殿が揚州を再統一するのを手伝うのじゃ」
孫堅の言葉にそう返す、戦装束姿で椅子に座る袁術。
「はい~。持ちつ持たれつというやつですから、ど~ぞお気になさらず」
「……もっとも、姉様達は助け出した後にたっぷりと働いてもらうつもりじゃがの。そして思い知ってもらうのじゃ。世間の厳しさと、民達の思いをのう」
「恩も売れて、労働力も得られる。一石二鳥というやつですね、お嬢様」
「そういう事じゃ。ぬっはっは!」
(……やっぱりいい性格してるわ、この娘)
(根っこは変わらんということだな)
高笑いをする袁術をみて、そんな風に思う孫親娘であった。
それから五日後。
柴桑の港を出港する孫家の船団と、陸路を進発し、翻陽方面から抹稜を目指す袁術軍の姿があった。
一方、その目的地である抹稜では。
「まずい。非常にまずいぞ。船はまともに無く、兵も二万しか居らん。……こうなれば、あやつらを使うしか……。凌統!」
「なによ、へたれ男」
劉繇に声をかけられた少女が、面倒くさそうに返事をする。
「相も変わらず口の悪いやつだ。まあいい。牢にいる連中を連れて、やつ等を出迎えろ!」
「……どっちを?」
「袁術の方に決まっているだろうが!人質と引き換えに、撤退させるのだ!!」
「……やなこった」
ぷい、と。そっぽを向く少女。凌統、字は公積。
「な!貴様、自分の立場がわかっているのか?!母親が死んだ後、今まで生きてこられたのは誰のおかげだと」
「言っとくけど。あたいはあんたに感謝なんかしていないよ。あたいは別に一人でも生きていけた。なのにここに居た理由はただひとつ。敵討ちのためだけさ」
ギロリ、と。劉繇の言葉をさえぎり、睨み付ける凌統。そして、劉繇から背を向け、
「船と兵はあたいが使わせてもらう。五百ほどは残してやるから、袁術のほうはあんたが自分で対応するんだね。いつもいつも真っ先に逃げ出してきたんだ。一度くらい、自分で何とかしてみな」
そう言って、退出していく凌統。
「……………」
それをただ、見送るしかできない、劉繇だった。
その数日後。翻陽方面を進軍中の袁術たち。
「やはりこの辺りはしけっぽいの~。じめじめして敵わんのじゃ」
水筒の水を飲み、そうぼやく袁術。
「そうですね~。でもお嬢様~?あんまり水を飲み過ぎないほうがいいですよ?おなか壊して、お漏らしなんかしちゃ駄目ですからね~?」
「バッ?!馬鹿者!妾は漏らしたりなどせぬ!もう前とは違うのじゃ!!」
「はいはい。そ~ですね~。(あ~もう。必死になって否定するお嬢様、なんて可愛いんでしょうか)」
袁術を半分(?)からかいながら、恍惚とした表情を浮かべる張勲。
「まったく。……ところで六音(りくね)よ。抹凌までは後どのくらいじゃ?」
「……はい?……あ~、そですね~。あと三日ってところじゃないでしょか~。まあ、気長にいきましょう、気長に。ね、お嬢様?」
袁術の問いに対し、のんびりとした調子でそう返事をするのは、雷薄という女性。昼行灯として有名な彼女ではあるが、人材の少ない袁術軍の中で、武将として前線を張れる数少ない人物である。
「……けど六音さん?孫堅さんたちとも合流しないといけませんし、もう少し位急いでも」
「七乃ちゃん?世の中はね、焦った方が、往々にして負けるんですよ?……あ、ほらお嬢様。白鳥ですよ~。綺麗ですね~」
どこまでものほほんとした感じの雷薄。
(七乃よ。あれで本当に、戦場では鬼と呼ばれるやつなのかや?)
(お嬢様は六音さんの戦いを見たことがありませんからね~。普段は確かに、少しいらっとする人ですけど、実力は本物ですよ?紀霊さまも、そこは認めておられましたし)
(かかさまがのう)
本人に聞こえないよう、ひそひそと話す袁術と張勲。
「……あら?お嬢様?あそこに軍勢がいますよ?」
「なんじゃと?」
袁術たちの前方、およそ一里ほどの所に、五百程度の軍勢が展開していた。
「旗は劉。……劉繇さん御本人が出てきましたか。でも、たったあれっぽっちで、私達を迎え撃つ気ですかねぇ」
首をかしげる張勲。そこに、
「そこに来られたは、袁公路どのか?!わしは劉繇じゃ!こちらには交戦の意思は無い!頼む!わしの降伏を認めてくれ!」
両手を挙げて歩み出てくる劉繇。
「……いい根性をしているのう。劉繇よ。例え妾が許したところで、文台どのが許すと思うかや?現に、先に囚われた許貢はすでに斬首されたぞ?」
あきれた表情で劉繇にそう言う袁術。
「わ、わしは許貢に担がれただけじゃ!けしてすすんで反旗を翻したわけでは」
「そういうことは孫堅さんたちに言ってくださいね。それで、袁紹さまたちは無事なんですか?」
劉繇の言を遮り、逆に問いかける張勲。
「そうじゃな。まずは姉様達の姿を見せい。話はそれからじゃ」
「……わ、わかった。おい!」
劉繇が兵士に声をかける。そして引き出されてきたのは、
「むーっ!むむーーっ!」
「ふんむぉー!ふもふもー!!」
「……」
猿轡をかまされ、なぜか亀甲縛りにされた袁紹、文醜、顔良の三人。
「……麗羽姉様、なんと言う恥ずかしい格好に」
「名門の威厳も何も無いですねー」
「あららら。……情け無い格好で」
袁紹達の姿を見て、そんな風に感想を漏らす袁術達。
「むっむ!むーっ!むむーっ!」
それが聞こえたのか、抗議している感じの袁紹。
「さあ、こやつらは無事じゃぞ!わしをその軍門に加えてくだされ!そしてこのまま退却といきましょうぞ!」
満面の笑みを浮かべて叫ぶ劉繇。
「……ひとつ聞くがの。おぬし、先ほど許貢に担がれただけと言うたが、それは本心なのか?」
「……ど、どういう意味で?」
「許貢が申しておったぞ。おぬし、司馬仲達配下の女に言うたそうではないか。漢の一門として、漢のために働くのだと。それは違ったのか?」
劉繇を睨み付け、そう問いかける袁術。
「何をおっしゃるかと思えば。漢室などすでに命運は尽きておりましょう?なのに何故、滅ぶとわかっているものに付き合わねばなりませぬ?」
「では~。今回の叛乱は何のために行ったのです?地に落ちた漢に見切りをつけ、江東を独自に守ろうとしたとでも?」
張勲が問いかけると、さらに卑屈な笑みを浮かべる劉繇。
「さ、左様左様!江東は江東の者が治めるのが一番良いのじゃ!そのためにわしは」
「……語るに落ちたというやつじゃの」
「は?」
自身の言を遮った袁術の台詞に、一瞬、何のことか分からないという表情をする劉繇。
「江東は江東の者が治めるのが一番良いのじゃろ?ならば孫家に任せておけば良かったではないか。叛乱などせずとも、文台どのは江東を良く治めておったそうではないか」
「そ、それは」
言葉に詰まる劉繇。
「そうですねぇ。つまるところ劉繇さんは、自分が一番になりたかっただけってことですね~。ね、お嬢様?」
「七乃の言うとおりじゃ。おぬしは民のことなど何も考えておらん。自分が可愛いだけの、ただの腐れ儒者なだけじゃ!」
最後には怒気をはらんで、劉繇を怒鳴りつける袁術。
(……あれ、本当に美羽さんですの?)
(ふえ~。姫とは大違いだな~)
(……一体、何があったんでしょうか?)
袁術のその凛々しい姿を見て、それぞれにそんな感想を持つ袁紹たち。
「……お、おのれ、小娘如きが偉そうな事を言いおって!三世四公を排出した家が、そんなに偉いとでもいうのか?!」
苦し紛れな罵声を浴びせる劉繇。
「……なにか勘違いをしておるようじゃな。以前の妾ならばともかく、今の妾は自分のことを偉いなどとは思うておらぬぞ?よいか?この世で最も偉いのは、その日その日を大事に生きる、大勢の民達じゃ!妾たちはその民によって生かされておるにすぎぬ!よう覚えておけ!」
劉繇の罵声を一蹴し、再び怒鳴りつける袁術。
「よっ!かっこいいぞお嬢様!恥ずかしい格好で縛られている誰かさんと違って、威厳に満ち満ちているぞ!このこのっ!」
「ぬはははは!そうじゃろ、そうじゃろ!」
張勲にヨイショされて上機嫌になる袁術。
(これが無ければ、もっと良かったんですけどね~)
と。引きつり顔でそのやり取りを見る、雷薄であった。
「……く、くくく。そうか。そうかそうか。貴様もわしを認めんというのか。どいつもこいつも、このわしを認めず、あんな成り上がりや、民などという雑草を大事にするのか」
「なんじゃとぉ!?」
「本性を現したみたいですね~」
「何とでも言え!こうなれば人質などもう要らぬ!お前達!この三人を殺せ!そしてやつらを足止めするのだ!わしが逃げるまでの間じゃ!わしのために命を捨てよ!貴様らはそのためだけに存在しておるのじゃからな!」
兵士達にそう命じる劉繇。だが。
「……なぜじゃ。なぜ、わしの命を聞かぬ!」
兵士達はピクリとも動かなかった。それどころか、劉繇に激しい憎悪の目を向けていた。
「な、なんじゃ、お前らその目は!?」
「今更命令を聞く義理は無いということじゃろ。今までの話を聞いていた上に、今の台詞を聞かされれば尚更じゃ」
「ぐ、ぐぬぬぬぬ」
完全に追い詰められた劉繇。
「……ならば、せめてこやつらを道連れにしてくれるわ!死ね!袁紹!」
腰の剣を抜き、袁紹に振るおうとする。
「姉様!」
「大丈夫ですよ、お嬢様。ほら」
「ほえ?」
張勲が袁術の肩に手を置き、劉繇の方を指差す。そこには、
「……ばか、な」
「死ぬなら自分ひとりで逝っときな。地獄で許貢が、てぐすね引いて待ってるからさ」
ズブ、と。胸に深々と剣を差し込まれている劉繇と、その剣を握り、先ほどまでとはうって変わった厳しい表情で、劉繇をにらみつけている雷薄がそこにいた。。
「こ、こんなところで、わしは死ぬ、のか……」
「小悪党には相応しい末路だよ。……逝っときな」
そう言って、剣を思い切り引き抜く雷薄。
「はぐっ!!」
ぷしゅーーーっ!
と。大量の血を胸から噴き出し、その場に倒れ臥す劉繇。
「……下衆の末路は哀れじゃの」
「そーですね。そそのかされたとはいえ、全ては自業自得の結果ですけど。利用されて捨て駒にされたところ位は、同情してもいいかもですねぇ」
絶命した劉繇を見下ろしながら、そんな風につぶやく袁術と張勲であった。
「ふがふがふが(ところで、私達は何時までこのままなんですの?)」
「ふがふが(さ~?気がついてくれるまでじゃないっすか?)」
「ふんあ~(そんな~)……シクシク」
……後編に続く(笑
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刀香譚、四十一話です。
今回は一刀達の視点から離れて、揚州での顛末をお送りします。
まずは前編。
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