新城から魏興を抜け扶風にに着く頃には、扁風がよこした兵が迎えにきており涼州へと入っていた
涼州もそろそろ華琳によって二つに分けられるはずだ、涼州と雍州へと
この広大な涼州を一人で見る事は出来無いだろうし、今だ五胡の侵略を防いでいる地でもある
扁風一人でもこの地を見れる理由は、元々馬一族に縁のあるものが多い事と姜族とは交流があることだ
彼女を、英雄馬騰を慕うものは今だこの地に多い
迎えの兵が来れば旅路は早い、馬車で寝ている間にも兵達が代わり代わりに馬を走らせ
俺と秋蘭は子供達と荷台で景色を楽しみながらあっという間に金城に入ってしまった
流石は涼州の兵と言った所か、馬を使わせれば整備された道を驚くほど早く移動する
やはり蜀に入った涼州の老兵達を倒せたことは大きい
「早いな、もう着いてしまった」
「ああ、一馬を連れてきたらどんな顔をしたかな」
「勤勉な義弟の事だ、己の馬術に磨きをかける為、涼州の兵達に聞きまわるだろう」
門に入り、案内された城内へと馬を進ませ荷を降ろしながら「違いない」と涼風を肩に乗せ
璃々を右手で抱き上げて荷物を担ぐ男に、秋蘭はやれやれと男の荷物を無理矢理に奪って担ぐ
男は奪われた荷物に手を伸ばすが手を口で掴まれて指先を甘噛みされてしまう
「う、秋蘭」
「私は疲れていないぞ」
兵が見ていないとはいえ、そんなことをされて顔を耳まで真っ赤にして硬直する男。肩と腕に抱かれる子供
二人はゆでられた川海老のようになった男の顔を見て笑っていた
ドンッ!
その時足に走る懐かしい衝撃、足元を見ればフェイがニコニコしながら足にしがみ付いていた
「久しぶりだな、と言っても定軍山に攻め込んで以来だからそれほどたってはいないが」
癖のある柔らかい薄紫色の綺麗な髪を撫でると、猫のよう心地よさげに目を細める
相変わらず髪の毛はぼさぼさのままで、緑の長衣に背負う沢山の木管
撫でられる感触を十分楽しんだのか、手を離し背中から棒を取り出して凄まじい勢いで地面に文字を書いていく
その文字は相変わらず達筆で美しく、地面に書いてしまうのがもったいないと感じてしまうほどだ
詠さんから御話は窺っております。先日、姉様に文を送りました。御返事が来るまでどうぞこの金城で
御寛ぎ下さい
地面に書かれた文を見て、男は「ありがとう、世話になるよ」そういうと頭を撫で、扁風はまた男の脚にガッシリ
としがみ付く。どうやら男の脚からは離れたく無いらしく、男はそのまま子供二人と扁風を足につけたまま
用意された城の客間へと歩いていった
「フフッ、しかしフェイは相変わらずだな」
「うん、俺の脚にしがみ付くのが好きらしい。あまり重くもないし俺としては別に構わないんだが」
「変な光景である事は確かだな」
二人の言葉に少し頬を染めるが、それでも足からは離れようとしない。翠の妹だから俺の妹でもあるのだが
相変わらず俺の事は【昭様】とか【舞王様】と他人行儀に呼ぶ、と言うか書く
別にそれは構わないのだが、やはり妹なのだからそんな風に呼ばれると変な気持ちになる
俺は子供達を下ろし部屋に荷物を置き、そして荷物を解きながらその中に戦場で拾った銅心殿の槍の穂先を見つけ
思い出す。フェイに伝えなければ
「すまん、子供たちと少し外で遊んできてくれないか?」
「解った」
俺の顔を見て察したのだろう、素直に頷き子供達の手を引いて部屋の外へと出て行く秋蘭
部屋には【なんだろう?】と小頸をかしげるフェイ、俺は部屋に用意された椅子を引いて座るように
促すと、フェイはテコテコと歩いて座り、俺も椅子に座って荷物から取り出した槍の穂先と
小さな箱をフェイに差し出す
「・・・?」
「新城は奪取し、銅心殿を俺が殺したこと、もう耳に入っていると思う」
銅心、その言葉を耳にした瞬間、フェイの小さな肩が跳ねる。そして差し出した物の意味が解ったのか
振るえる手で穂先を拾い、指で刃こぼれした切っ先を撫でる
小さな指先から滲む赤い液体、まるで歪む瞳から零れ落ちる涙の代わりのように指から流れ落ちる
必死に涙を堪え、俺の方をしっかりと強い目で見てくる。俺は決して瞳を逸らさず真直ぐに見据えた
「この小さな箱はフェイに渡そうとしていた物らしい、最後に頼まれた」
ゆっくりと穂先を卓に置き、木で出来た緑色の箱を開けるとそこには光輝く小さな指輪、翠玉が綺麗にはめられ
ていて、フェイの中指にピッタリの大きさで作られていた
「ああぁう、うあああああああああぅ」
指輪を祈るように握り締め、まるで水をせき止めた関が決壊するように深い紫色の瞳から大量の涙が零れ落ちる
箱には小さな紙が入っており、そこには太くしっかりとした文体で書かれた文字
扁風、もう直ぐ誕生日であろうから、前から欲しがっていた翠と同じ指輪を送る
陣営は違えども、俺にとってお前は娘同然だ。何時までも健やかであれ
文字を見れば解る、銅心殿の優しさと大きさを。翠とフェイにとって銅心殿はもう一人の父だったのだろう
父を殺される、そんな感情を俺は何人もの人々からも感じ取ってきた。俺が秋蘭を殺されたと思ったときと同じように
とても言葉では表せないあのどす黒い感情、俺がフェイにしてやれることなど無い
「英雄、その言葉そのままの人だった」
目を何度も何度もこすり、涙を止めようとするが涙は止まらず声も止まらない
だが俺はフェイの頭を撫でることも、慰めることも出来やしない
何故なら銅心殿を殺したのは俺なのだから
ただ泣き続けるフェイから目を逸らさず、見ていることしか俺には出来ない
心を読み取る事は出来ずとも、彼女の動作から頭に刻み込んだ同じ苦しみを思い出すことしか彼女に対する償いは無い
そう、秋蘭を殺されたと思い込んだ時の
だがフェイは俺の意図に気が着いたのか目を隠し、椅子から降りて足にしがみ付く
この悲しみは己のものだと、俺には少しも渡してはやらぬと
同じ苦しみを味わうこともさせない、それが彼女の俺に対する罰なのだろう
「うぐっ、うぐっ・・・」
しばらくそのまま泣き続け、多少落ち着いたのか顔を上げて眼をごしごしと擦ると背中から木管を取り出して
ゆっくりと文字を書き始める
少し私に付き合ってもらえませんか?
フェイを見て頷くとフェイはテコテコと扉を開けて外へと歩き出す。その後を追って俺も歩き出す
城を抜け、黙々と歩き続ける。その道は前に通ったことのある道
そう我が父、馬騰の眠る墓所へと続く道
フェイは此方を振り向かず、真直ぐ墓へと歩いていく。その表情は後ろからは決して読み取る事は出来ないが
足取りはとても力強く、風を切るように歩いていた
草原の丘に石碑が一つ、風に柔らかく揺らめく草は何時ものように
フェイは石碑に近づくと、穂先を握り石碑をガリガリと削っていく。そこに新しく刻まれた名は韓遂
手を血だらけにしながら最後まで彫り終えると、石碑の真上に穂先を突き立てる
きっと亡骸の変わりだろう、涼州の片翼此処に眠ると石碑には書かれ、遺体は新城に丁重に葬られている
父と銅心殿、両翼揃ってこそ真の涼州の英雄だと華琳は言っていた
華琳もフェイも本当なら二人を同じ場所に葬りたかったのだろうと思いながら、持ち歩いている包帯を取り出し
血まみれの手に丁寧に巻いていく俺の姿を見ながら、フェイはニコリと微笑み俺の頭を撫でてきた
「え?」
理解の出来ない俺をよそに、背中の木管を取り出して今度はガリガリと何時ものように素早く文を書き
俺のほうへ木管を広げて見せてくる
銅心小父様の立派な最後、私は詠様からお聴きしております。御兄様が全てを出し切り、己の腕を刻みながら
戦ったことも全て、ですからどうぞ誇りに思ってください。英雄を、銅心小父様を倒したことを
小父様を誇り高い武人のまま死なせてくれて有り難う
その木管を笑顔で持ちながら見せる姿に俺はいつの間にか頬を涙が伝っていた。今までにあっただろうか
殺した相手の遺族に誇りに思えなどと言われたことが、この子は俺なんかよりもずっと強い
気が着けば膝を地に付いていてフェイに抱きしめられていた、なんと己の弱いことか。
あらゆる感情を頭に身体に記憶し妻の死ぬ感情ですら克服したと思っていたのに、こんな少女の強さにすら
俺は勝てないのだろうか
「すまない、俺が泣くなど」
呟く俺にフェイは微笑んで身体を離すと、また背中の木管を取り出してガリガリと文字を書き始める
御兄様は心の強い御方、普通ならば殺した遺族の前に無防備で、しかも一人で立つことなど出来ません
それどころか私の誘いでここまで来られてしまった。もし罠だったらどうなされる御つもりですか?
そこまで書いて、俺のほうを見ると呆れたように柔らかく笑う。何かされる事は覚悟していた
罠にはまってもそれは仕方が無いことだと、仕方が無い、だが死ぬ気は一切無い
きっと全てを御兄様は受け入れる、それが罠ですら。それでも死ぬ気は無いのでしょう?
そんな強さは普通の人にはありません、私は御兄様を誇りに思います。そんな強い御兄様を
いつの間にか御兄様と書かれ急に褒められ、顔が赤くなってしまう。この娘は見た目よりもずっとずっと
大人なのだろう。それともこの娘の置かれた状況が子供で居させることをさせなかったのか
風を真名に持つフェイの心根は読めるはずもなく、太陽を背に輝く薄紫の髪の毛を見ながら
ただこの娘の強さに驚かされるだけだった
「帰ってきたか・・・どうした?」
「いや、フェイの強さに打ちのめされた所だ」
「そうか、お前は優しすぎるのだ。だから心強くとも涙もろい」
子供たちと中庭のような所で遊んでいた秋蘭は、男の眼が少しだけ赤くなったのを見て
事情をなんとなく察したのか、男の手を握る。男は小さく深呼吸すると笑みを返す
やはり、秋蘭は俺を強くしてくれる。背負うものが俺を強くすると言うのならば
これほど俺を強くする存在など居ない
「食事しに行こうか、牛肉麺を食べよう。こっちまで回族が来て店を出してるから」
「そうだな、華琳様に是非食してもらわねば」
再度自分の力の根源を確認して子供達を抱き上げる。涼風は何時もの通り、身体をよじ登って
肩に座り、俺は空いた腕で秋蘭の手を掴む。秋蘭は少し頬を染めて腕を絡ませ身を寄せた
「フェイは行かぬのか?」
「ああ、今日はまだ片付けていない政務があるらしい。涼州も随分発展してきたからな」
屋台や店を出している通りへと歩を進めながら秋蘭と涼州について話をしながら考える
涼州を攻略してからしばらくは文官達がフェイに頼んで豪族や他民族と交渉をしながら治めていたが
太守がフェイに変わってから、今まで鳳から聞いて木管に記した政策や許昌で見てきた警備法など
を駆使してあっという間に目覚しい発展をさせていた。元々ローマなどとも外交できる場所で
あるから、多くの交易品を捌いて金を蓄えられた事も発展に大きく影響しているに違いない
「あの書記能力は凄いよ、しかも全て頭に入れているようだし」
「うむ、白眉良しと華琳様もお褒めになっていたからな」
全くだ、あれ程の力があるのだから華琳が気に入るのも、俺の知る歴史で諸葛亮に気に入られたのも解る
なにせ義兄弟にしていたらしいからな、敵に回れば面倒な相手になると言うことだが
「あー!おとうさんにくまんたべたい」
「帰りにまだお腹空いていたら買ってやる」
「ぜったいー?」
「絶対だ」
頭の上で涼風に肉まんをねだられるが、そこは何時ものことと受け答える。大抵食事を取ったら
腹いっぱいになってしまって食べないからと言うことと、隣に秋蘭が居るからだ
居なければ買ってやってしまうのだが、そんなことをすれば怒られてしまう
「っと、ここだな。フェイに聞いたんだが此処が一番美味いらしい、フェイも良く食べると言っていた」
「では早速入って食すとしよう」
涼風と璃々ちゃんを下ろし、店に入ると回族の民族衣装を纏い、髭を蓄えた小父さんが笑顔で出迎えてくれた
厨房では顔のそっくりな小父さんが鍋を振い、料理を作っていた。どうやら回族の料理だけではなく
色々な料理を作って出しているようだ
双子の兄弟が料理店を営んでいると言った所か、店内は繁盛しているようで席がほぼ埋まっていた
「此方へどうぞ、お決まりになりましたらお呼びください」
「とりあえず牛肉麺を四つ・・・いや五つ、二つは大盛りで。後はまた頼みます」
「えっ、あ、はい直ぐにお持ちいたします。採譜は其方ですので、それではごゆっくり」
俺の注文に少し驚いていたが、久しぶりに腹いっぱい食わせてもらおう、秋蘭も口に軽く握った手を当てて笑っていた
案内された場所は二階の窓際、日差しが柔らく入り込んで心地がいい。偶然だが良い場所に案内してくれたようだ
涼風を椅子に座らせ、隣には秋蘭、正面には俺、その隣に璃々ちゃんが座り、秋蘭は子供達と採譜を見ていた
「色々あるな、だが豚肉の料理が無い。酒も出さないのか」
「ああ、宗教の違いだな。清真料理といって彼らは禁じられた食材を使わないし食さない」
「珍しいものだ、代わりに牛肉と羊肉の料理が多いのか」
「夜は魚にしようか、秋蘭好きだろう?」
俺の提案に喜ぶ秋蘭、此処の所魚を食べることが無かったから嬉しいだろう。元々肉より魚のほうが好きなのだが
戦中や旅などで保存の効く肉のほうを食べることが多い、そのうち魚の干物でも作ってやるか
などと考えていると、出来立ての牛肉麺が運ばれる。牛肉麺は作るのが簡単のようだ
子供達は早速とばかりに箸を取り「いただきます」と言って食べ始める
口にいれた瞬間子供達は笑顔になり、美味しそうに租借していた。どうやらお気に召したようだ
「ふむ、汁は白湯か。味は・・・塩で味付けをしているだけなのに随分と濃厚な出汁が出ている」
「そうだな、牛肉の出汁で食べる麺料理と言うのも良い物だ、これは美味い」
一つ一つ味を確かめながら食べる秋蘭に対して、男は即座に一杯目を完食し、子供達の様子を見ながら二杯目に
手を伸ばしていた。秋蘭はその様子を少し楽しそうに見ながら、華琳へ献上する為、味の確認をしていくのだった
「大体解ったな、そういえば天で昭の食していたのはどういったものなのだ?」
「う~ん、確か豚骨って言って豚の骨を何時間も煮込んで、最後は骨を砕いて中の骨髄を入れて更に煮込むのとか
鶏肋を生姜とかと一緒に煮込んで出汁を取ったものとかかな」
「ほう、それだけ知っていると言う事は作ったことがあるのか?」
「いいや、拉麺は俺の住んでいた国で好まれていたから、良く情報が入ってくるだけだよ」
「では一緒に作ってくれないのか?」と少しすねた表情をする秋蘭に、胸の鼓動が高くなる。相変わらず俺に
どんな表情で言い寄れば言うことを聞いてくれるのか完全に把握している。更に秋蘭は駄目押しとばかりに
卓の上に置いた手に指を重ねてくる。やっている秋蘭も少し照れているのだろう、頬が赤くなっていて
俺の鼓動は益々早くなっていく
「そ、そんな頼み方しなくとも、俺は何時も手伝うじゃないか」
「フフフ。解っている。照れているところが見たくてやっているだけだ」
「意地悪だな、そういえば詠にも色々話してるんだって?」
「ああ、詠は私の秘密を知ってしまった。そのうち昭に愚痴を言いに行くと思うぞ」
やっぱりか、俺は呆れたように溜息を吐く、しかし本当は少し嬉しかったりもする
何故なら秋蘭が本音で心を隠さずに素の表情を見せ話せる人間など極僅かだからだ、華琳や春蘭、そして俺ぐらいだろう
一馬にもまだ全てを出せないで居る。だから兄弟や幼馴染などではなく、周りの人間に心を許せる人物が
出来たことがとても嬉かったりする
「もう既に来ているよ、帰ってきたら酒に付き合えと言われた」
「それは良かった、私もまた詠にお前のことを自慢できる」
秋蘭の嬉しそうな表情に俺は飲み込んだ麺を喉に詰まらせてしまう、日の光が優しく差し込むこの場所は危険だ
光を反射する綺麗な青色の髪と優しく笑う秋蘭の顔が綺麗過ぎて、まともに見られない
「どうした?大丈夫か?」
「う~・・・なんでもない」
完全に箸が止まってしまったことと、俺が秋蘭を直視できずに顔を赤くしてしまっていたことでどうやら
感づいたらしく、更に嬉しそうに牛肉麺をすすり。食べ終わるとニコニコしながらわざと手を掴んで見詰めていた
結局、その日は牛肉麺を二杯しか食べる事は出来ず。子供たちを連れて市を回り部屋へと戻った
夜に部屋を訪ねてきたフェイから聞かされたのは、やはり蜀で大騒ぎになっており、翠からもフェイ
宛てに連絡の文が来たようだ
「蜀は此方に璃々がいるかも知れぬと、手始めにフェイの元へ文を?」
秋蘭の言葉に頷くフェイ、部屋に来るなり足にしがみ付き、背中の木管を取り出して素早く書いたのは
翠からの文を要約したもの
其方に璃々は保護されていないか?もし保護されているなら御兄様を通して穏便に此方に引き渡せないだろうか?
との事らしい、ならば行き違いになってしまっているはずだからすぐに変えの文を送らねば
翠が此方に接触を図ってきたのなら、きっと黄忠を翠がなだめているのだろう
下手に荒立てれば戦になる。それだけは避けなければ
「直ぐに武都で落ち合う約束を取ろう、翠から連絡が来次第で直ぐに武都へ向かう」
「姉者と稟にも連絡はしておいたほうが良いな」
「ああ。璃々ちゃん、もう直ぐお母さんのところに帰れるよ」
そういって璃々ちゃんの頭を撫でると、璃々ちゃんは輝くような笑顔を見せてくれた。この子を早く
返してあげたい、引渡しには黄忠も来るだろう。秋蘭を傷つけた相手だが子供は関係が無い
引渡しは穏便に済ませる
「引渡しの時は武都で待っていてくれないか?」
「フフッ。駄目だ、私も行くぞ。勿論、姉者もついてくるだろうしな」
俺を見る眼は強く鋭い、そして握る手はしっかりと俺に繋がって。こうなってしまっては俺にしがみ付いてでも
ついて来る筈だ。俺を守る為に秋蘭はその身を盾にしてでも黄忠の矢を防ぐだろう
だがそんな事はさせない、黄忠にもそんな事はさせない、今回のことで子供を泣かせるわけには行かないんだ
「解った、着いてきても良いが言うことを聞いてくれよ」
「それは約束できん」
断る秋蘭を引き寄せて、頬に口付けをする。秋蘭は予想外のことをされて珍しく回りに人がいると言うのに
顔を赤くしていた。そのまま優しく頭をなでると、弱弱しく耳元で囁くように
「・・・解った」
とだけ言って、顔を俺の胸に埋めていた。きっと誰にも今の顔を見られたくは無いのだろう
そんな二人のやり取りを見ながら微笑み、フェイは木管に素早く文を認めると懐から呼び鈴を取り出し
リーン、リーンと綺麗な音を立てる
「御呼びで?」
近くに待機していたのだろう、兵士はフェイから木管を受け取ると直ぐに部屋から飛び出し、直後に聞こえる
馬の蹄の音。どうやら直ぐに蜀へいけるように待機していたようだ
フェイは更に背中から木管を取り出し、ガリガリと文字を書き始める
御姉様から直ぐに文の返事は届くでしょう、武都へ行くまで良かったら御兄様の御話をお聞かせください
そう書いた文を見せると、フェイは目を輝かせながら部屋の椅子に座り俺の話を待っていた
何を聞きたいのか、きっと何でも良いのだろう。ならばこの涼州に来る前の華琳に献上した知識でも
教えるとするか、そのうち華琳から話しは来るだろうが、早いうちに知っておいたほうが良いこともある
「それじゃ華琳に話した新しい屯田制のことを話すとするか」
その日は子供達の相手を秋蘭がして、俺はフェイが飽きるまで色々な話をしてやった
璃々ちゃんはようやく母に会える嬉しさからか、今までに見たことの無いくらいにはしゃいでいた
二日後、翠からの返事が届き、そこには武都での引渡しを受けるとのことで、早速旅の支度を始めていた
部屋では荷造りをする俺と秋蘭、弓で遊ぶ涼風と璃々ちゃん、荷造りを手伝うフェイ
「すまないな、この礼は何時か必ず」
頭を撫でる俺に、フェイは足元にしがみ付いたまま笑顔を返して頸を振る。どうやら気にするなと言うことらしい
流石に真名に風が入ると仕草や表情からなんとなく感じることしか出来ない、しかしこれが普通なのだろう
この眼にも随分と慣れてしまった
「あ・・・」
珍しく小さな声を出すフェイは背中から木管を取り出すと、素早く文字を書き俺に見せてくる
お礼を頂いても宜しいですか?御兄様の眼は普段から他の方の心まで読んでおられるのですか?
フェイの質問に少し驚く、誰も俺の眼について詳しく話をしなかったのだろうか?
いや、もしかしたら魏に住む者にとって周知の事実だからと知らされてなかったのかもしれない
「俺は人と話すときはなるべく視線を逸らして読まないようにしてる、人の心を勝手に読むのは失礼な
事だからな。だけど眼を鍛える時は、町を歩きながらわざと視線を合わせたりしているんだ」
まあそれでも相手の動きや動作から感情を読み取る事はあるんだが、相手の知られたくないことまで
読み取るような無粋はしたくない
納得したのかフェイは頷き、感心したようにしゃがみこんで、目線を合わせていた俺の眼元を指で触っていた
やはり聞かされていなかったのだろう、しかし相変わらず好奇心が旺盛だ。許昌に居た時も周りの者達から
色々な話を聞いていたからな
「ただ、相変わらずこうやってフェイを真直ぐに見ても、どんなことを考えているか全く解らないよ」
そう言うと俺に照れたような笑顔を見せてはにかむと、木管に【私の心は秘密です】そう書いて俺に見せてくる
俺は木管を見てフェイの頭を優しく撫でた
しかし撫でる男の顔は少しだけ悲しそうな顔で、眼を瞑って気持ちよさそうに撫でられるフェイは気がつく事は
無かったが、隣で見ていた秋蘭は荷造りの手を止めて顔を曇らせる男の横顔を見詰めていた
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久しぶりの扁風登場
銅心の話をする感じです
次回はいよいよ武都へ
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