No.172178

真・恋姫無双 EP.41 予感編

元素猫さん

恋姫の世界観をファンタジー風にしました。
楽しんでもらえれば、幸いです。

2010-09-13 01:08:59 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:4544   閲覧ユーザー数:3884

 その知らせが届いたのは、まだ太陽が地平からわずかに顔を覗かせたばかりの早朝だった。主だった人物たちがすぐに玉座の間に集められ、桂花が改めて報告する。身元預かりの身である季衣と流琉も、特別に同席が許されていた。

 

「桂花、これまでにわかっている情報を皆に話してちょうだい」

「はい……南下する何進軍は、少なくともおよそ100万。そのすべてが、人外の部隊で構成されています」

「人外だと?」

 

 桂花の報告に、春蘭が声を上げた。

 

「ええ。約50万は、今まで表舞台に立つことのなかったオークたちの部隊よ。何進は全国のオークに、人間からの解放を訴えているわ」

 

 その言葉に、誰もが顔をしかめた。

 

「敵の進軍だけではなく、内側からの混乱にも気を配らなければならないということね」

「はい。実際に一部ですが、待遇の改善を要求する動きが起きているという報告もあります。大半が事態を静観しているようですが、今後の何進軍の動きによっては大きく変わるでしょう」

「重労働に従事する彼らは、何の訓練も受けていない状態でも戦力としては十分だわ。実際の数以上の脅威となりうると、考えておいた方がいいようね」

 

 華琳の言葉に、場の空気が重く沈んだ。誰もが、勝機を見出せないでいた。だが、まだ敵の兵力は半分である。

 

「残りの50万は何だ?」

 

 春蘭が訊ねる。桂花はわずかに言い淀み、迷いを表すかのように視線をさまよわせた。

 

「……私も、自分の目で見たわけじゃないから、にわかには信じられないのだけれど」

「何だ、らしくないな。いいから言ってみろ」

 

 少し苛ついて春蘭が促すと、桂花は深く息を吐いて答えた。

 

「残りの50万は、絡繰り兵だそうよ」

 

 

 誰もが、その言葉の意味を掴みかねていた。

 

「絡繰り兵? 何だ、それは?」

「言葉のままよ。恐らく木製の、絡繰りで動く兵士らしいわ」

「それが50万だと?」

「そうよ」

 

 あまりに、荒唐無稽な話だった。

 

「幻術か人形遣いではないのか?」

「ありえないわね」

 

 秋蘭の言葉を、桂花は一蹴する。

 

「目撃報告は一人じゃない。幻術だとすれば、よほど強力で広範囲に渡るわ。そこまでの幻術なら、竜の部隊とかもっと他のものの方が効果的じゃない」

「確かにそうだな……」

「人形遣いだって、一人で2体動かすとしても25万人も集めなければならないわ。それこそ荒唐無稽よ」

 

 すると、それまで黙ってやりとりを聞いていた華琳が口を開いた。

 

「死者まで駆り出すほど人手不足だったから、向こうもあらゆる手を尽くしたということね。今まで静かだったのは、おそらくこのためだったのでしょう。いずれにしても、一筋縄ではいかない相手ということだわ。秋蘭、今現在、こちらが集められる最大兵力はどれくらいかしら?」

「はい、黄巾党との戦いで多くの死傷者が出ておりますので、すぐに動けるのは13万……」

「北の国境の守りはいいわ」

「それならば、あと3万は合流できるかと」

 

 だが、それでも合わせて16万でしかない。考えれば考えるほど最悪な状況しか浮かんではこなかった。

 

(何か策を……)

 

 桂花が頭をフル回転させていると、突然、重く沈んだ空気を破るように兵士が駆け込んできた。

 

「何事だ!」

「申し上げます! 何進軍、平原より黄河を渡り、許昌に向かって進軍中です!」

 

 

 その一報の後、次々と新たな報告がやってくる。それは、何進軍が途中にある街や村を襲い、女子供関係なく、人間を皆殺しにしているとの情報だった。報告を聞きながら、華琳は拳を握りしめ、怒りに震えた。

 

「何進――っ!」

 

 溢れ出る感情のまま、華琳は立ち上がった。

 

「春蘭、秋蘭! すぐに出陣の準備をしなさい!」

「華琳様!」

 

 華琳が言い終わると同時に、桂花が声を上げ前に進み出る。

 

「おやめください! すぐに策を考えますので、今しばらくお時間を――」

「こうしている間にも、無辜の民が殺されているのよ! 抗うことも出来ず、蹂躙されている! それを黙って見過ごすことなど、出来るはずもないわ!」

「わかっております! ですが今の兵力差では無駄死になります!」

「何進の目的は、私の首。囮くらいにはなるでしょう」

 

 その言葉に、春蘭と秋蘭も声を上げる。だが、華琳は首を横に振った。

 

「今、動かなければ、私たちも朝廷の連中と同じになってしまう。たとえ損害を最小に抑えることが出来たとしても、その時はもはや人心は我が元にあらず。自己保身の朝廷を見限って立ち上がった我らが、彼らを見捨てたとあっては、遅かれ早かれ滅ぶしかないのよ」

「ですが、華琳様が倒れては、それこそ無意味です!」

「最終的に、その選択が民のためになるのだとしても、今苦しんでいる者にはわからないのよ。もしも自分たちが見捨てられたのだと、わずかにでも胸に抱かせてしまったなら同じこと。ならば死中に活を求めましょう」

 

 揺るがない心を示すように、真っ直ぐな瞳で華琳は一同を見渡した。

 

「季衣、流琉。それぞれ、春蘭と秋蘭の副官として、あなたたちも同行しなさい」

「はい!」

「わかりました!」

「桂花、あなたは城の守りを」

「華琳様! 私も――」

「私たちの帰る場所を、守ってちょうだい。いいわね?」

 

 最後は優しく微笑む華琳に、桂花は頷くしかなかった。

 

 

 甲冑をまとい、華琳は外に出る。忙しく走り回る兵士の姿を見守りながら、戦いの空気を全身に染み渡らせるように深呼吸をした。

 

「華琳様……」

 

 桂花が、華琳の馬を引いてやって来た。

 

「準備は出来たのかしら?」

「もう間もなくとのことです」

 

 一つ頷いた華琳は、馬の腹を優しく撫でた。

 

「今頃、どの辺りかしら?」

 

 話しかけるともなく、ぽつりと呟く華琳の言葉に、桂花はすぐにそれが一刀のことだと気付いた。

 

「順調に進んでいれば、もうまもなく呉に到着するかと……」

「そう……」

 

 華琳は空を見上げた。そして真っ直ぐ、雲を掴むかのように腕を伸ばす。

 

「華琳様?」

「……ふふ、天は遠いわね」

 

 その時、準備が完了したことを兵士が告げる。頷いて、華琳は馬に乗ろうと手を掛けて動きを止めた。突如、彼女の胸の中に漠然とした不安が溢れ出たのだ。今まで戦いの前に感じたことのない、嫌な予感だった。まるで――。

 

(このまま進めば、もう二度と一刀には会えない気がする……)

 

 心を癒す一刀の笑顔が、遠ざかってゆく。

 

「どうかされましたか?」

 

 桂花の声で我に返った華琳は、不安を振り払うように首を振った。

 

(それが運命だというのなら、そんな運命などこの手で引き裂いてみせるわ)

 

 強い決意と共に、華琳は馬に飛び乗った。思い浮かべるのは、ただ、彼の事――。

 

 

「へっくしょい!」

 

 一刀は大きなクシャミをする。

 

「あー、風邪かなあ」

「それはないのです!」

「ないわね!」

「何で?」

「お兄さんですからねー」

「一刀殿ですから」

「だから、何で?」

 

 思わず漏らした一刀の言葉に、音々音と詠が突っ込み、風と稟が同意する。釈然としない一刀が、助けを求めるように月を見ると寝ていたので、隣の恋に視線を向けた。すると、恋は何やら遠くを見ていた。

 

「どうしたの、恋?」

「……嫌な、感じがした」

「へっ?」

 

 その言葉に、一刀も恋の視界の先を見てみた。そっちは、一刀たちがやって来た方角だ。

 

「言われてみれば、何だか妙な胸騒ぎがするような……」

 

 胸の奥にぽつんと浮かぶ、小さな黒い染み。だがすぐに一刀は、気のせいだろうと忘れることにした。目的地の呉の街は、目前だった。


 
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