No.171864

機動戦士 ガンダムSEED Spiritual Vol07

黒帽子さん

 ライラとステラのデストロイは計らずもオノゴロ島への侵攻、キラとムウの迎撃が戦略兵器を退けたものの凄まじい爪痕が…。何故武力などあるのか? ヒトに保身がある限り争いを消し去ることはできないのか?
30~34話掲載。

2010-09-11 22:37:37 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:1396   閲覧ユーザー数:1374

SEED Spiritual PHASE-30 獣の怒り

 

 今度は自分だけが呼ばれた。そのことにクロは罪悪感すら覚えた。

 ルナマリアは見舞いくらいしたかったと言うことなのだろう。彼女の目の前で扉を閉じるのはかなり抵抗があったものの、ティニの部屋への入出、ティニが否と言えば従うしかない。

「どうした? 彼が気がついたか?」

「いつでも覚醒させることはできますが、暴れられても困るので、一通りの治療が済むまでは寝かせておくつもりです」

 ルナマリアを遠慮させ、ノストラビッチを呼ばずにシンを寝かせている……想像できる内容にクロは勢い込んだ。

「こいつのアタマについて、何か分かったんだな?」

「はい。ですが地球連合が過去に作っていた『ソキウス』なる戦闘用コーディネイターとも違いますね」

 一般には知られていないが、〝プラント〟と地球圏――つまりナチュラルとコーディネイター――の戦争が起こる少し前、地球連合がコーディネイター作成技術を用いて兵士を作成した記録があった。身体機能強化の遺伝子調整と共に服従遺伝子を用いた裏切り防止策も加えた特殊兵士は戦友(ソキウス)と呼ばれた。しかしナチュラル側は『敵』と刷り込まれたコーディネイターを身内で作ることに抵抗を覚え、存在自体が闇に葬られている。

「資料が少ないので私の推論も入りますが……彼、シン・アスカさんは、後天的なスーパーコーディネイターとでも言うべき存在ですね」

「なんだと? スーパーコーディネイターってのはキラ・ヤマトと、その過渡期の失敗作が生き残ってるってのしかいないんじゃないのか? あの異常生命体がそんなに造れるってんなら地球連合なら造りまくってるだろ?」

 ティニがシンの収められたカプセルから目を離し、クロを見た。何となく嘲られているようで居心地が悪かったが、それでも彼女の話には引き込まれた。

「クロも『スーパー』で勘違いしてますね。ヒビキ博士が完成させた唯一のスーパーコーディネイター、キラ・ヤマト。その生成過程に『より以上に進化させた』とか、『コーディネイター以上の能力を付加した』などという概念はありません。博士は『計画通り望む形に生まれるコーディネイター』を目指して人工子宮などを造り上げています」

 クロはその辺りの話は知らなかったが、キラ・ヤマトという夢を造り上げるその発端は強さを追求するニーズではなかったらしい。

 青い眼を望んだのに黒く生まれてきた。

 金髪を望んだら白髪で生まれてきた。

 賢い子を望んだはずだがスポーツ選手になってしまった。

 これを望むとおりにできないか? それを叶えたのが生身とは違い安定性のある人工子宮であり、そこから生まれたあのスーパーコーディネイターと言うわけらしい。

「じゃあなんでキラ・ヤマトはあんなに強えんだよ……」

「んー……『コーディネイターだから』じゃありませんか? コーディネイターが、電子工学を専攻し、モビルスーツに乗って、実戦を繰り返した結果が彼、と言うだけだと思います。もし、彼が並のコーディネイターがどうやっても追いつけない存在なのだとしたら、ではアスラン・ザラは何者なんだという話になりませんか?」

「………………あー……まぁいいや」

 一度彼の戦い振りを見てしまうと俄に納得できないが、今重要なのはそんな定義ではない。

「で、後天的スーパーコーディネイター……長ったらしいな……。シンがそいつだって根拠は?」

 幾つか画面が提示されたがそろそろ読むのも面倒だ。顔を向け、視線だけは落とす。

「これは彼が〝プラント〟へ赴くまで、オーブでご家族が殺される前までの経歴ですが。はっきり言って一般人です。どうして彼が同年代中トップの戦闘力を得られたのか。一つの可能性がこれです」

 データを受け取って顔をしかめる。その表情から汲み取ってくれたと言うことだろう。ティニは用語で説明を付け足した。

「ここなんですけど、配列が戦闘用コーディネイターによく似ているんです」

「……それが、後天的だと? シンは、第二世代コーディネイターだろ? 偶然の可能性も……」

「もちろん偶然戦闘向きに生まれついた、もありえます。両親のどちらかが実は連合によって調整されていたとすればその可能性も高いかもしれません。しかし偶然で片付けるにはできすぎている要素が一つ――」

 

 Superior

 Evolutionary

 Element

 Destined-factor

 

 優良種進化要素運命決定因子。ティニが表示させたデータはクロも目にしたことがあるものだった。

「――S.E.E.D.か」

「今のところ、造り出された戦闘用コーディネイターでこの要素を持っている者、私は知りません。無論この要素は先天のもに限られると思います。〝ターミナルサーバ〟をひっくり返してみてもS.E.E.D.を後天的に植えつけられたと言う情報はありませんので」

 〝インパルス〟がレイ・ザ・バレルでなく、他のセカンドステージ候補者でもなくシン・アスカに与えられた理由は彼に秘められた力があるからだ、等という噂は〝ミネルバ〟に端を発してザフトの中でも広まっていた。遺伝子工学の専門家だったデュランダルは、その隠された力とやらを解き明かしていたのではないか? クロは飽きていたはずのデータに惹きつけられ、彼の価値を考え直す。

「復讐心を持ったS.E.E.D.保有者。S.E.E.D.配列をも発見していた遺伝子学者ギルバート・デュランダルがそれに目をつけてこいつを懐刀に仕立て上げるため……思考を弄ったと言いたいのか?」

 何となく頷ける。だが、戦闘力の高いコーディネイターがS.E.E.D.を持って生まれてくる可能性は、低いがゼロではない。後天的と断言する理由には、弱い。

「いいえ。彼が後天的なスーパーコーディネイターのようだと考える理由はもう一つあります。彼、服従遺伝子が組み込まれています」

 服従遺伝子。蟻など社会性昆虫はその発現が顕著に見られる。自らにない能力を持つ存在に謙る特性を持つ遺伝子だと言う。生物、ナチュラルさえも元来持っているものだというが…………マゾヒストと言う感情動物はこれが強く発現したもの、と言うことなのだろうか。聞けばソキウスはナチュラルに対する服従遺伝子を組み込まれており、ナチュラルからの「部屋に入るな」という命令にすら逆らえなかったと言う。恐らく死ねと言われればあっさり死ぬ程その呪縛は抗いがたいものなのだろう。

 彼は一般的な家庭に生まれ育ったと言う。ならば隠れソキウスなどという可能性はありえまい。そしてS.E.E.D.まで発見していたデュランダルがそんな素養を手駒にしようとするだろうか? 服従遺伝子を見逃した、と言うのもありえない。

「つまり……シンは、ここ最近、生まれてから遺伝子調整なんかを受けさせられたと?」

「はい。但し――」

 次々に出てくるティニの逆説にクロはだんだん混乱してきた。確かにルナマリアには聞かせられない。

「――ここ最近ではないようです。少なくとも、3年は経ってます」

「……って…〝ミネルバ〟にいたこいつは、既に服従とかだったってことか?」

「はい。他にもなにやらあとで付加したと思しきデータが幾つか。この脳波などアルダ家のクローンが――」

「なによ? それ……」

 扉が開いていた。先程の懸念が鎌首をもたげる。ルナマリアに聞かせられない話の数々。クロは生唾を飲み込んだ。

「服従――? シンが……いや、何なのよそれぇっ!?」

「ルナマリア!」

 走り去ったルナマリアの後を追ったが彼女の部屋のドアに阻まれる。鍵がかけられなくてもこれを開けるのは憚られた。

「ちっ……ルナマリア。あとでオレが聞いたことは全部説明してやるから変なこと考えるなよ!」

 扉に激突音。轟音にクロは思わず仰け反った。話したくないと言うことか。何かが扉に投げつけられたらしい。

「う……秘密なんか作らないから……。まぁ、話しづらいならディアナとかでもいい。キレるなよ」

 こいつが男の限界らしい。クロは結局ノブを握る勇気を出せないまま振り返れば通路にティニが立っている。

「あと、クロが気にしていた服従遺伝子の活用法ですが……彼に施されたものは大体解明できると思いますので他人に施すことはできると断言できます。しかし、あなたの考えているのは全人類に施したい、でしょう? それは無理かと」

 やがてティニの部屋に到着し、彼女は定位置に付いた。クロもついては来たものの、彼女の様子が気になって仕方がなく、学術的なティニの言葉など全く頭に入りそうもない。

「今はルナマリアのこと考えてやれ」

 ティニが爪を噛むクロを盗み見たが彼はその視線には気付かなかった。

「やはり現状を流すしかありませんね…………」

 聞いていないクロはそのまま爪先を外へと向けている。ティニは溜息をつきながら、自身もキーボードへと視線を落とした。数百発打ち込んで、その指先がピタリと止まる。

「そう言えば――」

 新たな未来の想像を止め、仲間の心情にかかりきりになったクロに、ティニがデータ操作を再開しながら問うてきた。

「クロはアスラン・ザラと先日の交戦時、話したんですよね」

「――? あ、あぁ」

「アスラン・ザラはエヴィデンス01について、何か言いました?」

「……? いや、あの時は一方的にオレが文句行っただけだし。あいつも輸送機だったから、放送の方は見てなかったんじゃないか?」

「そうですか」

 クロは何となく振り返ったが、ティニは相変わらず画面としか向き合わない。しかし――その横顔が苛立っているように思えて、クロは触らず部屋を出た。

 

 

 

 叩き付けたペンケースが扉から跳ね返り中身をばらまいて余韻を残した。クロの声は届いたが、彼がどんな心を投げかけたのかは理解できなかった。投げつけた凶器が全て床に落ちると、静けさがやってくる。

「う………」

 クロは行ってしまったらしい。静けさが来る。

「うぅぅぅぅ…………」

 ベッドの上にしゃがみ込み、漏れる嗚咽だけが静けさに染み入る。世界が怖くなり、きつく目を閉じれば意識は過去へと流れていく。

 

「一緒に戦おう」

「――っ……はいっ……!」

 妹の眠る慰霊碑の前で、シンはキラの手を硬く握った。その涙に、ルナマリアは胸に満ちる暖かなものを感じていた。復讐鬼になりかけ、復讐心が燃え尽きた後は傀儡になりかけ、唯一の拠り所であった最強証明さえも破られた彼に、まだ残っているものがある。そう思うだけで微笑みが漏れた。

「んで、メイリン。あんたアスランとひじょーに巧くやってるようね?」

「えへ」

 めかし込んだ様子。それ以上にしたり顔で笑顔を返す妹に驚いた。自分は日向、妹は影。そんな認識を改めるべき、と言うことか。アスランに視線を投げるメイリンを、微笑ましく思う。ジェラシー? どこへ行ってしまったのだろう……。妹が、彼が、戦友が生き残った。その事実だけで胸がいっぱいになってしまったということなのか。

 ここには、確かに平和があった。嗚咽を堪えるシンを見つめながら幾つかの疑問を飲み込めば、確かに平和がある。

 ――やがてキラとラクス、アスランとメイリン、そしてシンとルナマリアはそれぞれの道を歩み始める。他の二組が見えなくなる頃、シンが足を止めた。

「どうしたの?」

 振り返る。彼に合わせて彼女も振り返ったが、もう慰霊碑さえも見えない。

「…………ねえ」

 視線を戻せばシンは項垂れ、立ちすくんでいた。その様子に幸せはなく――ルナマリアは不安を抱えた。言葉すらかけられずにいる彼女に、不幸せを漂わせる男は追い打ちをかけた。

「おれはなんでこんな所にいるんだろうな」

 幸せが傾き、音を立てて崩れ始める。

 管理者の変わったザフトに所属し、ラクス・クラインに羨望の眼差しを投げる脇でシンは奇異な言動を繰り返していた。ルナマリアは徐々に彼を他者から遠ざけるようになり……二人の時間が増えた。

 そんなある日。

「アルザッヘル基地に?」

「はい。〝ロゴス〟の残党かと思われますが、詳細は不明です。ザフト軍は戦闘態勢に入り、目標宙域に到達次第、キラ・ヤマト、シン・アスカ両名にてモビルアーマー群を突破せよとの通達です」

 渡されたデータをキラとともに見つめるシン。ルナマリアは一歩下がった場所からその二人のやりとりを何気なく見つめていた。

 最強戦力が先陣を切る。これが理にかなっているのかわからないが、〝メサイア攻防戦〟以後は常識となってしまっている。百万の量産機よりも一人のスーパーエース。近年立て続けて起こったコズミック・イラの大戦は全てこの図式が停戦を勝ち取っている。

 ルナマリアは特に心配などしなかった。自分も出撃はしたが案の定、活躍の場などありはしない。

 そして当然のようにシンの駆る〝インパルス〟とキラが操る〝ストライクフリーダム〟はキルレシオを無視した活躍でアルザッヘルを陥落させた。これもまた手を叩いて喜ぶほどのことではない。

「シン。お疲れ」

「すごいですね。あなた一人でも勝てたんじゃないですか?」

 ルナマリアの労いは聞き流された。無重力、通路のレールに手を引かれながらキラを囲む二人の男、ソートとシン。その表情と言葉が全く同じような気がしてルナマリアは怖気を覚える。呼吸もできない絶句。永遠の時間を過ぎ、ノーマルスーツから軍服に着替えた男三人が通り過ぎていく。たまらなくなったルナマリアはそのうち一人、シンの腕を強引に引いた。

「な、なんだよ?」

「あ……ごめんねルナマリア。シン、ちゃんと話して。じゃあ行こうかソート」

「はいキラ様」

 奥へと流れていく二人のことなど気にもとめずシンを見つめたが、当の彼は名残惜しそうにその背中へ手を振っていた。苛立ちをぶつけるつもりだったが気持ちは萎え、ため息だけが零れた。

「あんたさぁ……アスランにはあんなに突っかかったのに、あの人にはやたらとへりくだってへつらって下手に出るのは何で?」

 言葉に棘を生やし毒まで忍ばせたというのにあのシンが睨むどころか遠い目を返してくる。

「あぁ……ホントだな。全然思わない」

「え? なにが?」

「なんで……アスラン超えようとすっげぇ思ったのに――あの人を超えようとは思わないのかな?」

 言い表せない恐怖だった。彼自身、自分の精神の異常性に気づけていなかったらしい。

 返された視線は、それがシンのものであるという現実をルナマリアの魂は認めなかった。

 そして、彼は消えた。

「――っ」

 暗い部屋に光が差し込む。シルエットが眼球に染みる。

「シン・アスカ。彼が心配ですか?」

 心配……とは違うような気がする。とにかく嫌なのだ! 現実を突きつけるティニの言葉がおぞましく、ルナマリアは再び両目をきつく閉じた。

「…………愛してるんですか? 彼を」

 うるさい。苛立ちながらも思考は巡る。………愛ってなに?

「愛する彼の惨たらしい姿に耐えられない、と?」

 うるさい。そうだ愛しているのだ。自分が最も苦しいときに傷を舐めてくれたのはシンだけだから

「もう自分を見てくれない。そう考えるのが怖いのですか?」

「うるっさいわ! 黙って! そうよ恋人よ愛してるわよ! そんなっ……そんなのが、シン……わたしどうすればいいのよ……っ!」

 視界は暗いままだったが、ティニが間近まで近づいてきたのが気配で知れた。どうしてこいつはそっとしておいてくれないのか!? 人の気持ちがここまでわからない奴も珍しいっ!

「ルナさん」

「もう放っておいてよ!」

「私にそういうものがないからかも知れませんが――」

 憤怒の限りをこめて涙に濡れた眼で無神経を射抜く。しかし予想とは裏腹に彼女の表情に哀れみも嘲笑もなかった。さりとていつもの無表情ですらない。

「欲望に夢などと名付けるものより性欲に愛と名付ける奴の方がムカつきます」

 扉が閉じる。

 慰めたいわけではなかったらしい。ルナマリアは持て余す怒りを寝台構成品に絶えることなくぶつけながら獣のように呻き続けた。

SEED Spiritual PHASE-31 そんな不幸を認めない

 

「くっ! こんな所にこんなものがっ!」

 黒い〝デスティニー〟。流言飛語は無数にあれどアパラチア以来エンカウントはゼロ。キラは世界へ無数の制裁を加えながらも――本人は認めないが他の言葉で代替しようのない「復讐」の機会はどれだけ焦がれようと訪れない。

 だがこんなものには遭遇した。

 そして自軍は全滅。

 海上、塔の如き白波を蹴立てながら搭乗機を追うその巨体は怖ろしい記憶を喚起する悪魔の姿だった。人の幸せに満ちる空間を電撃的に地獄へと変えた存在。

 それによって仲間は全滅。

「こんなものが……、まだっ!」

 残ったのは自分だけ。

 怒りに燃えて撃ち込んだ粒子の奔流も虹色の光膜に阻まれ四散する。全身に凶悪な火器と鉄壁のリフレクターを備えた怪異の如き存在が蒼い海を戦場に変える。〝ストライクフリーダム〟が対峙させられた存在は、最早見かけることなどないはずの負の遺産。敵対者であったキラすら認める悪の枢軸〝ロゴス〟の意識が具現せしもの、戦略兵器だった。以前戦ったのはただの一度、その後見たデータで初めて見た名前は――忘却してもライブラリが押し付けてくる。

 GFAS‐X1〝デストロイ〟

 C.E.73時点では存在していた兵器であるため条約違反ではない。

(だが……こんな破壊兵器をカガリが許すわけがない!)

 両腕のライフルと複相砲を解き放つも砲を背負ったカブトガニはビームの驟雨を意にも介さず突き進んでくる。腰部のレールガン兼スラスターユニットに火を入れ機体を強制的にスライドさせた先を凄まじい光熱が浚っていく。戦艦をも撃ち抜くあの一撃、フェイズシフト装甲も関係ない。連合基地ヘブンズベースで行われた〝オペレーション・ラグナロク〟の際はザフトのエース機有するビームシールドが一対の巨砲を完全無効化していた映像があったが……先日〝プラント〟を襲った戦艦モビルアーマーの一撃を受けた経験から、それをMX2200で試したいとは思わない。

 〝デストロイ〟は海上を滑空しながら全方位に吐き出される熱プラズマ複合砲〝ネフェルテム503〟を撒き散らす。キラはその全てを舞うようにかわすものの反撃の糸口はまるでつかめずにいた。

 以前この巨大モビルアーマーと戦った際はキラは〝フリーダム〟を用いた。〝フリーダム〟はザフトが対地球連合基地を想定した〝オペレーション・スピットブレイク〟に使用する可能性が大だったこともあり、地上戦での多対一に特化したモビルスーツであった。それに対し、〝ストライクフリーダム〟は対ザフト、もしくは月面基地を想定した設計になっているため宇宙戦でこそ真価を発揮する機体だ。

「くそっ!」

 弾幕の薄い上部装甲を狙ったが無数のミサイルに阻まれる。フレキシブルに動くビーム砲を搭載していた〝フリーダム〟ならばこの全てをなぎ払えたかも知れないが、重力下、何よりNジャマーによる通信障害の激しい地上では量子通信を駆使したドラグーンシステムを頼ることはできない。そして〝ストライクフリーダム〟の加速システムはドラグーンを切り離さなければ利用できない。

 地球上では、この機体の全力を出すことはできないのだ。

「駄目だ…! 届かないッ! くそっ! せめてソートがいてくれたら……!」

 彼に別地域の平定を任せたのは自分だ。今こんな後悔をしても益はない。有効打になる兵装はMA-M02G〝シュペールラケルタ〟ビームサーベルとMMI-M15E 〝クスィフィアス3〟レール砲。いや、光波シールドをレールガンで突破できたとしてもトランスフェイズ装甲とも噂される分厚い外壁を貫けるものだろうか。何より機体が無制限のエネルギーを出力し、光速寸前のレールガンを扱えるとしても、実体弾を撃ち出す以上数弾に制限がある。キラの頭脳はそれらの可能性を一瞬のうちにシミュレートした。

 迫り来る無数の火線を縫い抜ける。呻きながら左のライフルで散発的な牽制射撃を行い、片方のライフルを腰部にマウント、バックに下がったラッチよりビームサーベルを引き出す。リフレクターが死角を作ったと思われるその刹那を狙い、カメラアイの真上へと躍り掛かった。リフレクターの隙間を突破し、一撃を振りかぶった刹那、

〈はい! お疲れさまぁ~!〉

 殺意を持った通信が浴びせかけられた。

「!」

 巨体に隠れるようにモビルスーツが張り付いていた。全身に砲を持つその姿は連合に蹂躙されたオーブを想起させる。近接武装が加えられ多少の様変わりはしているもののライブラリも記憶と同じデータを返してきている。〝カラミティ〟だ。

〈無駄よ軍神さん。あなたにカブトガニは墜とせないわ〉

(……女、の子……?)

 声に惑わされている場合ではない。この〝カラミティ〟は自分の軍隊を全滅させ、今の今まで凶器の上で高みの見物を決め込んでいたような奴なのだ。

「何故こんなことをしたっ!?」

〈『今』が理解できないからよ! 世界は歪んでる。あなたは、歪んでいる。そしてそんなあなた達に意見する奴ぁダァ~レもいない!〉

「そんな理屈で――っ! 君は人を殺すのか!」

〈そうね。あたしの不幸は、それを是とする教育受けるトコで育っちゃったこと。んで、アンタの不幸は……叱ってくれる大人に会えなかったことかな!〉

 見上げる〝カラミティ〟の両肩の砲がこちらを向いた。ロックされた旨を泣き叫ぶアラートがキラにレバーを倒させた。二条の破壊光に掠められながらもキラの動体視力はその機体をロックした。

「――っ……不、幸?」

 しかしトリガーにかかった指が、動かない。

〈考えもしなかったってのがヤバイ所ね。ステラ〉

〈……なに?〉

 通信越しに別の声が聞こえるもそれを咀嚼する余裕も生まれない。キラは凍り付きひび割れた思考を掻き集めるもその信念、雫となって零れていく。

〈攻撃中止。ちょっとの間ね〉

〈撃っちゃ駄目なの? どうして? ライラ、知ってる人?〉

〈この人? まぁ知ってる人だよ〉

〈ともだち?〉

〈違うし。友達だったら最初っから撃っちゃ駄目だよ〉

〈わかった…〉

 遠い。〝フリーダム〟はシールドを掲げた〝カラミティ〟に銃口を突き付けたまま――動けない。世界を破壊する戦略兵器がかわす平和な会話を遠く聞きながら、キラは自問すべき手段を見つけられずにいた。

〈で、最強のコーディネイターさん。結論出た?〉

(今撃つべきよね? こいつは世界にあるとマズイ存在よね?)

 キラ・ヤマトに銃口を向けられた存在は悉く武装解除されてその場に転がることになる。その伝説がライラに生きた心地をさせなかったが、自分は何とか逃げ出さずには済んでいるようだ。守りたい者があるからか? ライラはサブモニタに映る幼い少女の姿に苦笑を漏らした。

 そう。幼い少女だ。容姿は児童だが、年齢はそれを更に下回る。この〝デストロイ〟は年齢数ヶ月の子供に操縦させるためコクピットは完全に造り替えることとなった。カスタマイズと言うよりすげ替えだった。

「僕は……みんなの平和を守るために戦っているんだ」

 苦し紛れの言い訳ではなく、それはキラ・ヤマトの本心。嘲笑を浮かべていたライラだったが通信機から入ってきたその言葉に猛烈な反発を覚える。

〈『みんな』? ハッ! アンタが守りたいのは自分と自分に近しい奴らだけでしょ? あたしの幸せなんて考えてないでしょ? ホントにアンタ傲慢よね〉

「それが、君の考えか……!」

 声の質が変わったと感じた。ライラはシールドを下ろせないまま苦い唾液を飲み下す。

「自分のために、小さな平和を……! 勝手な想いのために人を蹴落としても何も思わない……そんな君の考えがっ!」

〈ステラ!〝シュトゥルムファウスト〟!〉

 キラの殺意。それが肌を散り尽かせる数瞬前にライラの下した命令を〝デストロイ〟が狂い無く従った。ビームライフルの一射を後ずさりながら受け止めれば両サイドのモニタに巨大な『手』が現れる。〝シュトゥルムファウスト〟。〝デストロイ〟の放った誘導兵器より迸る計十条のスプリットビームガンが眼前の〝フリーダム〟を切り刻みかけるも流石にそれで墜とせるほど甘くはなかった。自身に被る被害は陽電子リフレクターが遮る。この機体でなければ自爆しかねない攻撃も〝フリーダム〟は墜とせない。空中でとんぼを切る白の機体へとライラが砲撃を集中させるもそれすらかわしきる。

〈ステラ! 墜とす気で!〉

〈わかった。墜とす気〉

 全周囲砲撃も球を支配する破壊ではない。キラは攻防両面の間隙を瞬時に見抜くと左のライフルも腰に収めた。

〈ステラ! 弾幕!〉

〈わかった〉

 Mk.626連装多目的ミサイルランチャーが景気のいい花火の如く誘導弾をばらまく中、チャージを終えた〝スキュラ〟が火を噴く。接近戦を狙う〝フリーダム〟を取り付かせまいと無数の重火器が閃光を散らす。巨体が生み出す威圧感はやはり相当なもので、回避を続ける〝フリーダム〟は後退を余儀なくされている。

 粒子の間隙を縫って虚空を舞う。硬直の瞬間も瞬時のシールド展開が弾き返し、更に流れる光の速さまでもサーベルが弾く。

「……信じらんねー…。流石ね」

 その全てが普通と呼ばれる反射速度をぶっちぎっている。

(でも、近づけない……! こんな人の苦しみを考えない奴にっ!)

 普通よりスゴイから何だというのか。傷つけられない凶器操作など、結局は剣舞にしか過ぎない。現前の脅威は、今こうして、駆逐できずにここにある。

「くそっ!」

〈ライラ〉

〈ステラ集中! 気ぃ抜いたらあんたでも無事じゃ済まないわ!〉

〈ライラ、でも島……〉

 その通信にリアモニタを眼にやったキラは戦慄する。鎮圧作業の帰途だった。それは理解していた。しかし戦闘しながらGPSを確認する余裕がなかった。歯がみしながら眼前の悪魔を睨み据える。2年前のベルリン。その悪夢がオーブで? 認めることなど断じてできない想像だった。キラは格子を描くビームの海を泳ぎながら通信回線を調節する。Nジャマーの状況下、どの距離で通信可能になるかは、賭けでしかない。

「オーブ行政府! こちら特務隊フェイス所属、キラ・ヤマト。オーブ行政府! 応答願います!」

〈こちらオーブ行政――〉

〈待て! わたしが出……キラかっ!?〉

「カガリ? よかった。国防本部に連絡を! この二機が現在オーブ領海を侵犯! くっ――」

 苦悶を残して途絶する通信。それに続いて送られてきた兵器のデータにカガリは顔から血の気が引く音を確かに聞いてしまった。

SEED Spiritual PHASE-32 いい加減にしなさい

 

「キラ!?」

 テキストオンリーの通信がノイズに飲み込まれた。ほぼ同時に送られてきたライブラリデータに行政府全体が息を飲む。

 GAT‐131、そしてGFAS‐X1。前者はオーブの民が自らの体験を持って、後者は衝撃的すぎる映像を持って恐怖の象徴として脳裏に刻まれている。その今更映像データなど用意する必要など無いほど鮮明に写る、心に刻まれた恐怖が色を持って国防を責め立てた。

 息を切らしながら国防本部に辿り着いたカガリは最初の報告に気を失いそうになる。

「〝デストロイ〟、オノゴロ島に!」

 直ぐさま映されたオノゴロ島西海岸で着陸した〝デストロイ〟がミサイルをばら撒くさまが見て取れた。無数の命令が飛び交い、黒い巨体に〝ムラサメ〟が群がるものの数え切れない砲撃の乱舞が蝿でも落とすかのように撃墜していく。カガリはコンソールの縁を握りしめながら締め付けられる心地を持て余していた。

〈お姫様! 俺が出るぜ。いいな!〉

 強制割り込みをかけた通信はパイロットスーツを着込んだムウ・ラ・フラガ一佐からのものだった。確かに鷹の操る〝アカツキ〟ならばオーブを守る最後の盾になりうる。金色の装甲〝ヤタノカガミ〟は陽電子砲の照射すら弾き返した実績があるのだ。

「フラガ一佐! 現在キラが押さえ込んでいる。その前面をお願いしたい」

〈了解したァ! ムウ・ラ・フラガ、〝アカツキ〟出る!〉

 出撃する〝アカツキ〟と入れ替わるように国防本部へマリュー・ラミアスが駆け込んできた。現状、『島』がバックアップする防衛戦では戦艦が出撃する必要がない。〝アークエンジェル〟艦長である彼女が艦に留まる必要はないかも知れない。しかし、要塞並みの巨躯を持つあの敵に対しては対艦、対要塞戦に向く艦砲こそ有効なようにも考えられるが。

「ラミアス艦長、〝アークエンジェル〟は?」

 カガリは他方の指示の隙間を縫ってマリューへの指示を飛ばすもののそれに対する返事はない。怪訝に思い顔まで向き直らせたが彼女は気付いた風もなくモニタを注視している。その表情には逼迫した悲壮感が滲んでいる。

(〝デストロイ〟……、ムウ…いや、ネオ・ロアノーク。あぁそうか)

 現在のムウにはネオであった頃の記憶はない。カガリはマリューの心の内を拾い上げられたが、ここは軍。心情に配慮している余裕はない。

「ラミアス艦長!」

「――あっ! はい」

「〝アークエンジェル〟発進準備を。〝アカツキ〟と〝フリーダム〟の後方をカバーしてくれ」

「はい……カガリさん。この状況は――いえ、了解しました」

 何か迷いを抱えていたようだが居住まいを正したマリューは敬礼を返すと指令室から駆け出そうとして扉より飛び出してきた二人を慌てて除けた。

「あ、アスラン君?」

 メイリンを伴って現れたのは、先日中破した〝ジャスティス〟と共にソートに助け出されたアスランだった。カガリは思わず肩を跳ねさせ、何とか駆け寄りたい衝動を抑え込む。彼にオーブが戦場になっている様を見せた奴は誰だ?

 メイリンが何やら丁寧語を並べ立てて彼を押さえようとしているが徒労に終わっている。当然だ。アスランの信念を言葉で曲げられるわけがない。彼の性格ならモビルスーツが扱えないならせめてサポートでも、との考えに凝り固まりいてもたってもいられないのだろう。

「アスランさん! 左手の火傷動かせる状態じゃないんですから!」

「大丈夫だ……。情報処理に関しては――」

「その子の言うとおりだアスラン。戻れ」

 目を見る勇気はなかったが、その言葉が入り口で押し問答を続ける三人を凍り付かせた。カガリはモニタの暗色部分を鏡に使いながら彼らの顔色を窺い、次の言葉を叩き付けた。

「准将が我が儘言うな。お前はモビルスーツのパイロットとして期待されているんだ。〝ジャスティス〟の修復が完了したときお前がまだ怪我人だったらわたしがお前を馘首にするぞ!」

「ぐ……」

「ホーク補佐官。彼を連れて行け。アスラン、状況は全て終わったら包み隠さず教えてやる。わたし達が守りきるから」

 怪我人がすごすごと消えていき、赤い頭がお辞儀する様が見えた。残ったマリューが、こちらを向く。鏡越しだが、微笑む表情は見て取れた。

「頑張りすぎないでね。カガリさん」

「ラミアス艦長! 戦闘中だ!」

 例え彼女の態度に感謝を覚えてもこう言わねばなるまい。友人の調子を崩せないまま出て行った彼女も、心に抱えた疑念を払拭して集中してくれれば結果オーライだ。そんな期待を言外に抱えながら見やる大型モニタ、その戦況は芳しくない。

 

 

 

「ちっ……やたら大事になっちゃったわね…」

 あわよくば〝フリーダム〟を墜とそうという腹積もりはあった。だが、C.E.73に当時の〝ブルーコスモス〟盟主が命じた惨劇を避けるため、海上を選んだつもりだ。

(まぁ、戦争っつー超非人道行為に色付けたところで善人にはなれないってことで)

 どちらにせよ、〝デストロイ〟と〝カラミティ〟がワンオフだと言え地球圏汎統合国家の中心部でその主戦力と戦い合って勝てる要素など、ない。その推測を更に色濃くしたいか、ライラの見やるライブラリにORB‐01が表示される。

「ぉうあトンデモねぇのが来たわ。ステラ、撤退よ」

〈…………〉

 通信機からは、何故か沈黙が返ってきた。ライラは眉を寄せ、通信先のモニタに目をやる。小さなステラは機器に埋もれながらただただ前を見据えており、特に異常は見受けられない。

「コラ! ステラ!」

 叱責したライラだったが、すくみ上がったのはむしろ彼女の方だった。小さな女の子はパイロットスーツの奥底で、小さくこう呟いた。

〈……………………消えちゃえ〉

 その心を、〝デストロイ〟が飲み込んだ。

 市街が瞬時に地獄へと変じる。オノゴロ島はオーブ連合首長国時代からこの地の軍事の中心地。そこを焦土に変えるのはある種の快感ではあったがその報復を想像すれば笑ってなどいられない。

〈やめろ! どうしてこんなことをっ!〉

 それを幼児に理解させるのは、不可能なのか! モビルスーツの露払いは僚機の役目、子供が空間破壊に勤しむ間は自分が〝フリーダム〟の相手をしなければならない。陽電子リフレクターを利用できるとは言え決して楽な仕事ではない。そして迫り来るはORB‐01〝アカツキ〟。コレが搭載している対ビーム防御反射システム〝ヤタノカガミ〟。その装甲のために〝カラミティ〟が有する決定打の殆どが無効化どころか逆効果に働かされる。

「ステラ! 帰るわよ!」

 返事はない。ただひたすらに砲撃するカブトガニが明確な返答と言うことか。帰路を何とか確保しなければらない。大荷物を抱えて、たった一人で。

 連射されるビームを〝デストロイ〟のリフレクターで防ぎながら盾を突き付け115㎜2連装衝角砲〝ケーファー・ツヴァイ〟で弾幕形成に熱を注ぐ。幸い動力は戦艦と同等とも言われる足下から得られるためビームの弾数を気にする必要はない。序でに艦砲射撃を嵐のようにばらまいてくれる要塞もどきのお陰で史上最強モビルスーツの接近を阻み続けていられるが――

 黄金の到着がその均衡を突き崩した。

「キラ! お前さんともあろー者が手こずってるじゃねーか!」

「ムウさん! こんなの……許せません!」

「よォォし! 思い知らせてやろうぜ!」

 ライラの指先が痙攣した。これで武装の大半が封じられたがステラにその知識までは入れられなかったらしい。彼女は新たな敵機をロックするなり周囲までも巻き込む〝ネフェルテム503〟を発射した。地上に犇めく無数の建造物と〝アストレイ〟が崩れ落ちていく中、〝アカツキ〟は接近速度を微塵も緩めず極太の粒子塊へと接触した。

 ビーム反射装甲が機能する。陽電子の奔流さえ弾き返すきらめきがまとめて叩き付けられた熱プラズマ複合砲を発射口目掛けて跳ね返した。息を飲むライラ。ステラに警告を出す暇もあらばこそ、淡緑光がモニタの中で拡大していく。直撃すれば装甲板融解貫通確実の破壊力もOS判断で展開された陽電子リフレクターが無効化した。

「…っ…怖ェよー。ステラわかった? あの金ぴかにビーム兵器はNGだよ!」

〈えぬじー……わかった。あいつは撃たない〉

 自分より遙かに落ち着いた幼児の回答になんとなく釈然としないモノを憶えたが、従うのなら文句を言ってる場合ではない。眼前に最強の盾が現れ、更に戦況が不利になった。〝フリーダム〟撃墜など夢また夢だ。戦線を維持する価値すらなくなった戦場からはとっとと離脱するに限る。近距離過ぎてNジャマー影響下でも機能するレーダーには自機を取り囲むように無数のレッドマーカーが犇めいていた。ライラはそのデータに辟易しながら沈思黙考。こちらの持つ激烈な火力とオーブの理念を利用させてもらうことにする。

「ステラ、変形」

〈……わかった〉

 〝カラミティ〟のバックパックと〝デストロイ〟を繋いでいたコードがパージされた。

 飛行翼を展開し、舞い上がる〝カラミティ〟へと〝ムラサメ〟の編隊が迫り来る。両肩のビーム砲を叩き付けて統率を乱す間に驟雨の如きミサイルが弾幕となって周囲を一掃、接近する敵を完全に阻む。

 その間にカブトガニの下半身が反転し、ヘッドマウントユニットがバックパックへとスライドした。秒単位でモビルスーツと化した〝デストロイ〟が自由になった腕部を振り上げ五指よりビームを解き放つ。

「やめろぉっ!」

〈はい〝フリーダム〟さんはこっち!〉

 サーベルを手にして飛来する〝ストライクフリーダム〟へと持てる火器の全てを叩き付ける。機動力に優れる敵機は予想通り受けることをせず回避で距離を取ってくれた。その注視の一瞬を狙って〝アカツキ〟が73F式改高エネルギービーム砲を展開、殺す気で撃ち込んできた。ライラは死を呼ぶ赤を視界端で捉えながら15.78m対艦刀〝シュベルトゲベール〟一振りを抜き、先程回避を終えた〝フリーダム〟へと肉薄した。超接近戦なら迂闊な横やりは入るまいと考えて。

「ステラ、〝スーパースキュラ〟! 切り開いた斜線軸から待避するわよ!」

 指示を出しながら長刀を振りかぶり、振り下ろす!

 しかし敵機の挙動を知覚するより早く鋼の剣が斬り飛ばされていた。更に舌を噛みかねない激震に襲われライラは傲慢を反省した。〝フリーダム〟と一騎打ちしようなど至上の愚行と言うことか。恐らく蹴り飛ばされたのだろう。フライトユニットを斬られなかっただけ僥倖と思うしかない。姿勢制御中に撃ち込まれたビームを何とかシールドでいなしたライラは回避と逃亡に全霊を込めようと心に誓う。

「やるねェ……。腐った連合にもこんな奴がいたのか」

 ムウは体勢の崩れた瞬間を狙って撃ち込んだビームをギリギリながらも回避した敵を見つめながら口の端に笑みを浮かべる。軽口を叩き、通信機から届くキラの怒りを宥める。だがそれらは全て虚勢だった。

(…………なんなんだ……この戦場は)

 地球連合が巨大すぎる黒いバケモノを無数に所有している事実は知っていた。データでは知っていた。こんな戦略兵器を街に放てば眼下のような惨状になることも想像はできた。しかし、苛立ちが募る。苛立ち? いや違う。焦燥か? それとも微妙に違う。何というか……気持ち悪さとしか表現しようのない感覚がムウを破壊行為に集中させない。

 ムウは目の前のカスタム〝カラミティ〟へと回線を繋いだ。どうやらキラと話していたようで、回線の選択は思いの外すんなり完了する。

「よぅ敵さん。いくら何でも統合国家の軍事島に2機ってのはやり過ぎなんじゃないか?」

〈あ~らかの有名なエンデュミオンの鷹と一曲ワルツとしゃれ込めるなんて。統合国家は有名人揃いだから目移りしちゃうわ〉

 おいおい女かよ……。ムウは愚かな気分転換を呪った。

〈ムウさん援護を! 接近できれば僕がこれを墜とします!〉

〈ちっ…! ステラ、撃てる?〉

〈うん――チャージ完了。ライラ、どこへ?〉

〈おし! 厚いとこにぶち込んで! 手薄になったらあたしも行くわ!〉

「…………………………ステラだと?」

 自機の隣にモスグリーンの宇宙戦用強襲機がちらついた。〝ウィンダム〟のコクピットを思い出した。焦土の上に散らばるザフトのモビルスーツが見えたような気がした。

(俺は、こんな世界を、知っている………?)

〈ムウさん!〉

 はっとした時には敵の狙いが世界に作用していた。〝デストロイ〟の口部と胸部が臨界し200㎜エネルギー砲〝ツォーンMk2〟と1580㎜複列位相エネルギー砲〝スーパースキュラ〟、激烈口径砲四斉射による一転突破が発動する。雲霞の如く群れていた〝ムラサメ〟隊が跡形もなく滅され青空がやたらと鮮明に映し出される。

〈ステラお見事! 逃げるわよ!〉

 また言った『ステラ』と。悪夢で自分を苛む相手の名前と、同じ? 掻き乱される心を持て余し、叩き付けるようなキラからの通信も耳に入らない。

 ライラは全速力でステラの元へと飛び戻る。何故か〝アカツキ〟からの追撃はないものの、フロントモニタ内で〝フリーダム〟が大きくなればそれを喜んでいられる余裕はない。

〈変形して撤退!〉

 ライラはそのまま〝デストロイ〟の真横を通り過ぎるつもりでいたが

〈……………すごい〉

 ステラの嬉しそうなその一言が以降の予定を全てキャンセルさせる。〝カラミティ〟のスラスターを逆噴射させたときにはメートル級の口径砲が再びオーブへと火を噴いていた。鈍重なイメージのあるこの巨体だったが予想以上にスピーディな旋回性能が前方半円数キロメートルを一瞬で焦土に変え――更なるエネルギーが胸部砲口に集中し始めた。

〈ちっ…! ステラ! いい加減にしなさい!〉

 第3射。この子は楽しんでいるのかもしれないが、その度接近しかける〝フリーダム〟に牽制を仕掛けなければならないこちらの心臓を察してくれ。アンタと違ってエネルギーに余裕のある機体じゃない!

〈ムウさん! 何をしてるんですかっ!?〉

 量産型の大半は吹き散らされているので殆ど敵としての意味を成さないが、この状況で〝アカツキ〟に入られては支えきれない。

「このっ……ここで死ぬなんて、冗談じゃないわ!」

 この場にいる誰もが冗談じゃない。だがそれは自分の身に振りかかかってこそ意味を成す事実。自分勝手を振り翳しきれずにいる内に、〝アカツキ〟が〝デストロイ〟の眼前に現れた。

 吐き出される閃光。

 黄金のモビルスーツが常識を完全に無視した防御姿勢で空中静止。ぶち当たり真っ向から反射された〝ツォーンMk2〟は過たず〝デストロイ〟の頭部を爆砕した。

〈――あ〉

 あたしの考えが甘かったのか? 一時の感情に流れた優しさなど見せず、完全制御して生き残らせることこそステラのためなのか? ライラはその懸念を無理やり噛み潰す。しかし別の心配事もある。メインカメラ損傷時の視覚確保技術、あの幼子に叩き込めているか?

「ったく言わんこっちゃないっ!」

〈どらアァァア!〉

 鷹の咆吼が切れずにいた通信機から漏れ入ってくる。照射を続ける次の砲にまで機体をねじ込もうとするそいつに戦慄し、ライラは折れた刀に続いてライフルも破棄すると腰部にマウントしてあった337㎜プラズマサボット・バズーカ砲〝トーデスブロック〟を引き抜いた。〝ザクウォーリア〟のMMIM633ビーム突撃銃が取り回し、エネルギー効率、速射性能の三拍子揃ったビーム兵器の傑作ならばこれはプラズマを帯びさせた榴弾をほぼ無反動でぶち込む実弾兵器の傑作だ。

 撃ち出されたバズーカ弾が叫ぶ〝アカツキ〟を過たず直撃する。ビーム反射装甲を最大限に生かす姿勢は実弾に足しては完全無防備な体勢であり、質量と爆発の衝撃を思いっきり喰らったムウは悲鳴を上げながら墜落していった。

「おしっ!」

 思わず操縦桿から左手を離しガッツポーズに勤しんでいると〝フリーダム〟から放たれた〝カリドゥス〟の赤光がシールドと〝シュラーク〟一本持って行った。

「ぎゃ! 駄目駄目駄目! ステラ逃げるよ」

〈見えない……〉

「この…! 頭の上の黄色いのを右から順に7コ切り替えて!」

〈あ……でも一つ映らない……〉

「いーでしょ前が見えればぁっ! 変形! 反転! 撤収っ!」

 頭に来たライラはこいつが今度攻撃姿勢を見せたら囮にして逃げようと心に決めるが、追い抜く頃にはカブトガニが殻を被ってリフレクターを張り巡らせながら敵前逃亡を始めてくれた。ほっと一息つき、〝カラミティ〟をその上部装甲に降り立たせる。その間に先程の一撃で干渉を受けたらしくノイズの走るメインカメラを切り替える――切り替わるモニタに花畑が見えた。

「……………」

 小さい頃のライラはこのオノゴロ島に住んでいた。故に地形は熟知しているつもりだ。例え戦争の爪痕が島の各所を様変わりさせても遊んでいた場所を思い描くくらいはできる。

「…………」

 花畑に包まれるようにしてぽつんと一つ石の固まりが見受けられる。拡大してみると……慰霊碑か? 慰霊碑。あぁ確かに慰められるべき霊はあそこにごまんと漂っていることだろう。ライラは嗤おうとしてできない自分を抱きしめた。

(これが……お父さんが尊敬していたおっさんの判断ってこと?〉

 猛烈な反発が湧き起こる。気付けば奥歯を噛みしめている。気付けば機体を眼下に向けている。気付けばこの指はトリガーを引き絞っている。

 眼下での爆音にステラがこちらを掠め見たが質問などせずにおいてくれたのは有り難かった。

(……っつーか、あたしそんなに怖い顔してる?)

 無理矢理気を取り直しながら背後を映すモニタに目をやる。オノゴロ島は徐々に小さくなっていく中、予想通り追撃はない。〝デストロイ〟は海中で牽引すれば良し。さっさと母艦に迎えに来てもらおうと通信機に手を伸ばしかけ、やはりと足跡消しを思い直す。その間にもステラからの言葉はなく、追撃の気配すら見受けられなかった。

SEED Spiritual PHASE-33 世界に対する恨みが募る

 

〈カガリ様! 撤退していきます!〉

「引くというなら追撃はしない。全軍に徹底しろ」

 オーブの理念に照らし合わせればそう言う他はない。だがそれに、〝プラント〟からの特使が異を唱えた。

〈どうしてだカガリ! こんなことを許すのか!?〉

「キラ……」

 弟からの思いもかけない言葉に鼻白むカガリだが……それをはね除けるだけの建前と正義は持ち合わせている。

「オーブの軍事力はあくまで自衛のためのものだ」

〈ここまでされて放置するのか?〉

 そしてそれは、限界でもある。自らの縛る鎖でもある。海岸際で食い止められたとは言えあれだけの〝ムラサメ〟を墜とされた事実が放置で済ませる被害でだとは自分も毛頭思わない。

(いや、一機だって大切な命だ。駄目だな……こんな考え方)

 このキラらしからぬ言動も、協力国から借り受けた命を無惨に散らしてしまった責任感からくるものなのだろう。

〈キラ。その件はあとだ。被害状況の報告を〉

 喚き散らすキラがどういう眼で見られているかには考えを及ばせず、カガリは羅列される被害状況を記録していった。

 南西海岸線から半径数キロの建造物は丸ごと薙ぎ払われ、工廠地帯などはしばらく修復に追われることだろう。しかしオノゴロ島には監視衛星などのカモフラージュの意味も含めて地下にこそ大規模な主要施設を有しているため、いきなり無力化させられたわけではない。

 慰霊碑のとその周辺のが壊滅状態。シンに申し訳ない気持ちが溢れ出し、隠そうとしても眦が歪んだ。

 〝アカツキ〟の小破。オーブの理念を具現化した機体に傷を付けられた事実が痛いが、パイロットが無事だと言うならばそれは胸をなで下ろすべきなのだろう。カガリは〝アカツキ〟との回線を開かせると落ち込んでいるかもしれないムウへのねぎらいの言葉を考える。しかし繋がるより思いつくよりも早く別の通信が割り込んできた。

〈カガリさん! あの、ムウは!?〉

 艦長席から身を乗り出して聞いてくるマリューの様子に思わず吹き出し年上の女に憮然とされてしまった。彼が無事だからできる仕草だ。

「大丈夫だよ艦長。機体にダメージはあるが、ほら今繋がる」

 オペレータからマイクを受け取り自分が何を言うより喜ぶであろう女性の声を聞かせようとしたカガリだったが、映し出された映像の中で、ムウが沈み込んでいた。いつも飄々とした陽気な男が項垂れ鬱に浸っている。顔面を横切る大きな傷跡から鮮血でも滴り落ちそうな黒い雰囲気に二人は思わず息を飲んだ。

「……フラガ一佐?」

〈はは……俺はなにやってんだろな……。結局、誰も守れてねぇじゃねえか〉

 呻き声は独り言のように漏れている。カガリとマリューは画面越しながらも顔を見合わせ目を丸くした。

〈お前ら……俺の命令で戦場になんか出るんじゃねえぞ……それしか、道が無くてもなぁっ!〉

 いきなりの怒号にマリューが慌ててムウの名を呼んでいる。更に何かを言うキラも、この様子を伝えると押し黙った。

「フラガ一佐!」

〈ムウさん?〉

〈ムウ!〉

 結局誰の問いにも答えられず、ムウは激しく痙攣を始め、やがてがくりと頽れた。操縦者を失った〝アカツキ〟は大きく体勢を崩し墜落しかけるがオートバランサーが空中静止程度には機体制御し、慌てて駆け寄ったキラに支えられる。息を飲んだカガリも〝フリーダム〟のお陰で一息つくも、その眼がマリューに向くなり微笑むことができずに引き締まる。

「ラミアス艦長……これは、記憶が?」

〈そう、かもしれないわ。キラ君、彼のこと、頼める?〉

〈……はい。その、気を落とさないでくださいね…?〉

 慰めの言葉も巧く浮かばずキラは少し首を傾げながらムウを運んで飛び過ぎていく。爪を噛むマリューの姿に居たたまれなくなったカガリは自分一人で仕事を終わらせる覚悟を決めると頭を掻いた。

「艦長。そんな顔してちゃ仕事にならないだろ。もう上がって、医務室手伝って」

 反論を許さず通信を切るとカガリは言い訳の選別に苦心し始めた。政治とは、外交とはつまり言い訳の組み立て合い。どんな反論にも対処できる言葉を選び貯め込まなければならない。しかし対外的なものより先にまずキラと一度話し合うべきだ。彼の怒りも、もっともではある。

(追撃、すべきだったか?)

 キラは、動けた。有象無象をぶつけたところで連合のバケモノに相対してはろくな打撃も与えられずに吹き散らされるだけなのは過去の情報からも今見せつけられた現状からも思い知らされている。

(アスランが無事だったら、追撃命令をかけていたか?)

 恐らく、否だろう。理念を曲げた結果が民のためにならないことは昨年嫌と言うほど思い知らされている。絶対にオーブの理念だけは曲げられない。

 だが……キラの懸念は、確かに早急に対処すべき問題だ。あの二機は、必ずもう一度、いや何度でもテロリズムを振り翳すに違いない。それがオーブの外だからと言って無視は出来ない。オーブは地球圏汎統合国家。現状では地球上にオーブ外など有り得ない。

(拠点だけは突き止めないと……いや、この件に関しては黒い〝デスティニー〟についても同じか……)

 世論ではあれを潰すべきとの声も上がるに違いない。政権批判の材料になる。あんな戦略兵器を逃した以上、再び使用されるのは確実だ。別の地域で同等以上の破壊活動が起こると予見できながら見過ごすことは……果たして正しかったのか。

(たった一機のモビルスーツが、均衡を崩してしまうなんて……全く。これはラクスにも伝えないと)

 地球圏の戦力だけでは対応しきれない。今回の遠征、生き残りはキラだけだったのだ。

(条約制限も、甘いのか?)

 モビルスーツは兵器であり、重機でもあるが免許はいらない。かといっていきなり免許制だの軍属専用だのと制限したら傭兵やジャンク屋で職にあぶれる者が出まくることだろう。また、別の争いが起こる。

(全く……世の中というのはどうしてこう悪い方に傾きやすくできてるんだ……っ!)

 カガリは世界を呪い、力の足りない自分を責めた。

 

 

 

 メイリンはカガリに命じられるままアスランを医務室に連行した。始めは戦場の様子が気が気ではなくて何かをまくし立てようとしたアスランだったがやはり体は疲労し、眠りを欲していたのだろう。寝台に押し込めば薬を用いる必要も無く静かになり、今は穏やかな寝息を立てている。

 アスランが眠ったことを軍医にまで確認した彼女は音量を絞って端末を操作した。アスランを気にしてか、カガリがここにまで制限をかけたようだが、メイリンは難なくプロテクトの数々を突破すると戦場の様子を映し出す。

 それは、自分が見慣れた戦場だった。障壁に守られカメラで盗み見る安全な戦場。凄まじい閃光に曝され〝ムラサメ〟の群れが跡形も無く消えていった。眼下の炎が逃げ惑う人々を飲み込みその間隙を縫っても叩き付けられる爆撃の雨に蹂躙される。メディアはそれらを曖昧にし、結果メイリンは遠い目をして戦場を見つめることができている。

 だが、アパラチア共和国を思い出し、胃と口元を押さえさせられた。

 黒い〝デスティニー〟――DSSDの博士が〝ルインデスティニー〟などと紹介していたか。ともかくキラの〝ストライク〟がそれに破れ、怒りに駆られたソートが飛び去った事後処理はアパラチアのレスキューと彼女の仕事になった。そこには、メイリンにとって慣れのない戦場が広がり、ザフトのアカデミーを卒業した軍人である自分にできることは――ほとんど無かった。

「……うっ」

 押さえるだけでは済まなくなりそうだ。慣れない戦場には……崩れた壁材と割られた装甲材と融かされた建材と土塊が散らばってそこに在った。腕と足とが分かれて在った。腱と骨と脳と臓が晒されて在った。湯気があり、赤い液があり透明な液があり、黄土色の液があり、それらが広がってあった。解体されたモノとヒトという欠片の数々があった。撫でられるともげる首、人型のまま燻る燃え滓、ほんの少し前までは悲鳴を上げていたであろうなれの果てがあった。それはまさに、混沌だった。闇に満たされずとも心が恐怖する空間。その撤去こそレスキューの主業務がったがメイリンにはその殆どができなかった。

 手を差し伸べようとする。それが精一杯。耳障りな荒れる吐息が自分のものだと気付いたときには「邪魔だ」と除けられ後ずさり血溜まりを踏んだ。それでも矜恃から、救出作業補助を買って再び退かされ、脳髄を踏んだ瞬間は世界の理解が消え去り…………理解が戻ってきたときには気を失うまで吐くことしかできなかった。

 ――メイリンが洗面台から顔を上げる頃には〝アカツキ〟が被弾し、〝フリーダム〟が敵機を薙ぎ払い、そして慰霊碑が破壊される映像が掠めるように映されていた。

「……あ」

 シンのことを思い出した。結局自分は、あの時以来、情報でしかシンと会っていない。自然と、眼は穏やかに眠るアスランへと下げられた。彼は〝ミネルバ〟にいた頃よりシンの行いを諫めようと躍起になっていた。今は、分かり合えている彼らは、会って談笑などしていたか? それが正しい人と人との間の在り方だと、感じる。

「…………う……っ!」

 先日、アスランがソートに救出され、半壊した〝ジャスティス〟より引きずり出される様を目の当たりにした。治療班が彼を取り巻き、それに紛れて近寄れば、

「ぐぁあぁぁぁぁっ!」

 鼓膜を劈く凄まじい悲鳴。何事かと駆け寄るメイリンだったが、誰かに止められ追いやられた。包帯に包まれた彼の腕へと目を落とす。彼の左手はビームに晒されたとでも言うのか大火傷を負っていた。パイロットスーツを引き剥がした際の激痛があのアスランをして悲鳴を上げさせたのだという。自分が追い返されたのは彼の様子があまりに凄惨であったからなのだろう。

 見慣れた戦場は、静かになっていた。どれほど惚けていたものか。メイリンは思い返した自分の姿を恥じ入る。補佐官という肩書きを名乗りながら彼のために何もできていない自分を恥じる。

「……わたしが、しっかりしなきゃ……」

 彼はこんなに傷ついているというのに、自分は一体何をしているのだ? 恥じる。恥じ入る。忸怩たる想いに苛まれる。病室にいる意味すら見出せなくなった彼女は部屋から出、無駄に彷徨き、そして閣議か指揮官かを終えたカガリと鉢合わせた。

「あ………どうも代表……」

 挨拶を返したカガリは閣僚を引き連れて頭を下げたメイリンの脇を通り過ぎていく。彼女は代表として精一杯頑張っているというのに自分は――

 靴音が、止まる。

「っ……あぁっ!」

 いきなり上がった呻き声に驚いて目をやればカガリが閣僚達の先頭で髪を盛大に掻きむしっていた。仰天から脱却できずに呆然としていると廻れ右したカガリがこちらへとつかつかつかつか歩み寄ってくる。叱られるかと身を固くしたメイリンの両肩にカガリの両手が思いっきり乗せられる。

「お前ちゃんと泣いたか? ちなみに私は泣いたぞっ!」

 カガリは少し顔を赤らめるとそのまま元の位置まで早足で進んでいった。

(…………かっこいいなぁ)

 アスランについて、そしてアスランに寄る虫について最も考えを巡らせているのは彼女と言うことか? あっさり心の内を見抜かれ、生きていくアドバイスまで頂いてしまった。メイリンにとって彼女は、言わば恋敵のようになってしまって自分からは話しかけづらいのだが、彼女の方がいつもこちらを気遣ってくれる。

「はぁ……わたしにはできそうもないなぁ…」

 シンは、今も彼女を誤解しているか? 尊敬すべき人だと思う。戦争が、武力がなければシンとカガリの間に軋轢はなく、シンとアスランが衝突することもなく、世界が混乱することもないはずだ。

 そんな彼らはなぜこうまでして軍人を続けるのだろう?

 なぜ軍など存在するのだろう? 軍人らしからぬその疑問にメイリンは苦笑しようとして、できない自分を嘲笑した。

 軍事力は他国への牽制、侵攻抑止のために絶対必要なファクターとされるが、敵対者同士が同時に銃をおろせば、必要なくなるではないか。

 先程見た、映像に映る黒の巨体が脳裏に閃きその考えを嘲笑う。わかっている。中立国を謳ったオーブですら強大な軍事力を有したわけを。侵攻を許さず武力を放棄するのなら、相手の軍備完全解体を確認したうえでこちらの完全非武装を相手にきっちり伝える必要がある。それを示しあうのは、言葉、通信、映像、その他を媒介とする人の心である。

 根幹となるその心には個人的保身と嘘がある。信じられるはずが無い。武力を手放せるはずが無い。

「戦争根絶なんて、考えるだけ無駄かな? アスランさん……あんなに頑張ってるのに……」

 世界に対する恨みが募る。その世界と言う言葉は人の心と置き換えられる。メイリンはその両方を憎悪した。神様と言う存在があるとしたら、その不完全さを呪いたくなる。

 何故、人は神を憎む? 不完全こそ悪魔の所行と考えないのか? 絶対を望むその心が、恨みと呪いを生んでいく。

 

SEED Spiritual PHASE-34 信じるの裏側

 

 目覚めはことのほか爽快だったが、目蓋を開くと同時に上がっていったカプセルの蓋がいやな気分を連想させる。まるで繭から孵る蛾にでもなったような気分だ。

「おはようございます。まず、お名前を」

 見覚えのない小娘が自分を見下ろしながら尋ねてくる。

「……? シン。シン・アスカ」

 その問いに素直に従おうなどと言う意識は生まれなかったが、取り敢えず反論する理由も見つけられず、思いつく単語を伝える。

「今の場所はわかりますか?」

 見覚えのない小娘が自分を見下ろしながら再び尋ねてくる。その問いに素直に従おうなどと言う意識は生まれなかったが、取り敢えず反論する理由も見つけられず、見上げる。

「…………わからない。どこだ?」

 白いどこか、程度が導き出せる最善の回答だろう。閉鎖空間では気候も分からずどこの国かさえ判断材料はない。

「はい。ではシン・アスカさん、生年月日と所属を――」

「その前に、アンタ何なんだ?」

「ティニと呼んでください。あと3つ質問に答えていただけたら詳細を話します。生年月日と所属を」

 何か一つでも他に興味の湧く対象があればこんな一方的な質問、暴力的に切り上げる所だが生憎白一色の天井は何を引き出す要素もなし。そうなれば暇潰しにでも素直に答えるしかない。

「えー、と……57年9月1日、ザフト所属。フェイスは解任。オーブ連合首長国オノゴロ島出身乙女座血液型O家族無し――こんなんでいいか?」

「記憶の混乱はなさそうですね」

 何となく終了の気配を感じたシンはカプセルの縁に手をかけ起きあがった。先程こちらを覗き込んできた女がコンピュータに向かって凄まじい勢いでキーボードを叩いていた。先程聞こえた声質とは裏腹の鬼気迫る勢いに、人から傍若無人扱いされるシンも気圧されし、そのまま出て行く気が失せた。

「………ティニ、だったか。アンタ、コーディネイター?」

「違いますよ」

「いや、嘘だろ?」

 ティニはキーボードを打つ手を緩めぬまま、胸中で大きく嘆息した。ヒトの頭の中には人型の存在をホモサピエンスと断定し、そしてナチュラルかコーディネイターの二極に分けることしかできない。

「視野が狭い方ですね」

「なに?」

「ジョージ・グレンが木星から持ち帰った化石を見て、人類は地球外生命体の可能性を検討したんじゃなかったんですか?」

 シンは彼女の言葉を喧嘩腰と取ったが、雪崩のようなキー音に邪魔されなかなか反論する余地を見出せない。結局何も言い返せずにいる内に彼女は外部と通信を取り、

「ティニです。ひとまず検査は完了しました。ルナさんどうぞ」

 扉を開かせた。扉がスライドすると同時に赤毛の女が駆け込んできた。飛び込んできた光に眼を細めている間に、シンは思い切り抱き付かれた。

「シン!」

「……ルナか」

 感涙にむせび泣くルナマリアを横目にしながらティニは更に通信を繋ぐ。

「クロ。入ってきてください」

 閉じかけた扉に手を差し込み入ってきたクロは二人からことさら眼を反らしている。

「…………オレ、入っていいのか?」

「シン・アスカさんの洗脳結果、聞きたくないんですか?」

 こいつに人の心を理解させるのは諦めよう。クロは何度か破った誓いを心に刻むとちらりと二人を盗み見る。恐らく自分が入ってきたときなのだろう。久しぶりの恋人の抱擁を自分が引き剥がしてしまったらしい。

「じゃあ、聞かせてもらう。ルナマリア、いいか?」

「あ、うん。心の準備はできてるわ」

 手近なところに一人腰掛けたシンを見やれば彼の表情には狂気は見られず赤い瞳に理性が浮かんでいる。少なくともルナマリアの覚悟を容易に駆逐する程の衝撃は生まれまいと考え、クロもティニを促した。彼女も一つ頷くと検査結果の数値をずらずら読み始める。血中物質の濃度などの数値などはどうでもいいクロはうんざりと聞いていたがルナマリアは一字一句聞き逃すまいと眼を爛々と輝かせている。当のシンは……興味がないように見える。もしかしたらティニがくどくど聞かせたりしたんだろうか。続けて処置の説明に入り、ようやく待ち望んだ結果が告げられる。

「――この処理により電気的な表層記憶操作は完全に消去できましたのでこれまでのような記憶の混乱は起こらないかと」

「じ、じゃあもうシンは認知症患者みたいなことには、ならないのねっ!?」

「はい」

「おい…おれ、そんなだったのか?」

「で、ティニ――」

 逸れていく話に横やりを入れたクロにティニが掌を差し出し制する。

「はい。クロの気にしていた洗脳技術ですが。一応〝ファントムペイン〟と同等程度には再現できると思います。今のところ理論だけですが、作れと言われれば博士と相談して、予算一考します」

「……完璧かそれ? この間行ってた服従遺伝子とかは?」

「遺伝子の内容は大体分かりますが――あ、シンさん。服従遺伝子の撤去はできていませんのでそこで私を責めないでください」

「えっ!? 話が違うじゃない!」

「ルナさんに攻められてもやっぱり困ります。地球人類が元から持っている遺伝子なので撤去してしまったら彼が変なイキモノになりかねませんよ」

 言葉に詰まるルナマリアはティニを何やら睨み付けているがクロは技術の利用法に思考を巡らせる。やはり最初に相談したとおり、簡単に大多数へと施せなければ有益たり得ない。

「じ、じゃあ、その遺伝子がついてても問題はないわけね?」

「生きる上では」

「な、なによそれ?」

「何に対して服従するように設定されているかまでは不明ですから……。シンさんの経歴から、ナチュラルに服従する、と言う条件で無いことは確かですが」

 設定と言う言葉にシンとルナマリアは露骨に顔をしかめたが彼女は気付かなかったかのように言葉を継いだ。

「まぁなんにせよ、記憶の混乱で暴走はしません。断言できます」

「そうか。じゃあシン・アスカ」

「ん?」

「お前を戦力として考えるがいいか?」

 上からの言われ方が気に入らなかったかシンが分かりやすくむくれた。

「デュランダルがキラに対抗できると認めた力に期待したいが、嫌なのか?」

「シンを言葉で言いくるめようとすると逆効果よ」

「ルナは黙ってろよ。あーと…クロさんだったか?」

「本名じゃない。コードネームのようなもんだから呼び捨てで結構」

「んじゃクロ。ルナもティニとかも、か。あんた達は今の世界をぶっ壊そうとしているのか?」

 挑むような彼の目にルナマリアが息を飲む。彼は自身の正義のために近しいものを殺せるような割り切れる戦士ではない。それは、彼女が一番よく知っている。反らした目を追いかけられ、ルナマリアは思わず呻いた。

「力で、我を押し通して、それで最後は幸せになるのか?」

「話してる間に世界は固まっていく。割れないくらいに固まったら、きっと究極の楽園になっちまう」

 クロの薄ら笑いにシンの瞳がそちらを向いた。挑むようなその視線を睨み返しながらクロは更に彼を試した。

「おれは、別に今の体制に恨みがあるわけじゃない。戦う理由は何だ?」

「誰も思考しない世界ができあがるぞ」

 挑む瞳に揺らぎを認め、クロは少しばかり失望する。

「ラクス・クラインの言うことは間違いない? 彼女を信じれば、誰もが幸せになれると確信できるか?」

「アスハと違ってあの人のやることは信じられる……」

 迷うその言葉にクロは嘲笑を隠せなかった。

「ハッ! 信じると言う行為は相手への押し付けじゃないのか? 自分が考えて責任取りたくないから信じるんじゃないか? 神を、彼女を!」

「……アンタ」

 シンは、その先の言葉を続けられなかった。自分は、オーブの理念に家族を殺され、カガリ・ユラ・アスハをこの上なく憎悪した。彼も似たような理由で……ラクス・クラインを憎悪しているとしたら――

「どうしたシン?」

「い、いや……」

 迷っているシンの肩をルナマリアが優しく抱いた。縋り付くような視線をティニが見逃さない。

「ルナさん、もう一ついいですか? 確定情報ではありませんが、シンさんに『洗脳』を施した対象は……当時の〝クライン派ターミナル〟ではないかと考えています」

 シンの目が見開かれた。クロは洗脳にも似たその誘導に不快感を覚えたが先程自身がティニから提示された情報を思い返せば自分の求めるものが分からなくなる。

「そ、……それホントなの?」

 思い返されるのはアカデミー時代。レイは言った。シンの消えたある日に「今日は誰の検査もありはしない」と。ルナマリアは声以上に心臓が震える音を止められなかった。

「私は、そう考えます。シンさんが〝ファントムペイン〟やそれに類する組織と関わった経歴はありませんし、ザフトには洗脳される技術も理由もありません。可能性としては高いかと感じますが……ルナさんは何か心当たり、在りますか?」

 デュランダルが最高評議会議長になってから義務化されたアカデミー入学者の遺伝子検査、それを把握していたであろうレイ、一時消えたシン。クライン派は〝プラント〟の深奥にもザフトの中枢にもその触手を伸ばしていたという事実を、今はルナマリアですら知っている。

 目を見開いて愕然と項垂れるルナマリアにシンがそっと手を差し伸べた。クロはその様を見てはいられなかったが、言葉だけは滑り出た。

「迷ってるのか? シン・アスカ」

「え……う……あぁ…。迷ってる」

「体制どうこうは置いといて、彼女のために戦うのは、嫌か?」

 クロは胸中で苦笑した。洗脳したいのは自分ではないか。

「彼女と話し合えよ。まぁ、協力しないっつった場合、ここに軟禁なんてことになるが――自分を曲げて戦ってもらっても困る」

 ルナマリアとクロを交互に見たシンだったが、だんだん悩むのも嫌になり、取り敢えずクロを睨み付けた。

「なんだよあんた……。だ、大体緑が赤でフェイスにまでなったおれに――ねぁわぅあぁおぉっ!?」

 目を反らしてぶつぶつ言っているといきなりクロのアイアンクローをくらわされた。予想だにしなかった凄まじい握力にシンは意味不明の悲鳴を上げる。

「リンゴ潰せる?」

「ねわぁぁああああぁぇえっ!?」

「ちなみにオレはクルミを三本指で潰せるよーな気がするぞぉぉぉ」

「ねあああああああああ――っ! ってやめろよっ!」

 必死の思いでクロの左手をはね除けたシンは詰め寄ろうとするより先にルナマリアに抱きかかえられた。女にかばってもらったってぇことが多少プライドに引っかかるもののそれをはね除ける理由も見つけられず押し黙るしかできない。

 そんなシンを見つめながらクロは手を振って少し考え……詫びた。

「悪かったな」

「………なにが?」

「緑とか赤とかフェイスとかの能力差別、オレの同世代で嫌いな奴がいたんだが……差別否定も努力否定と同じか、とか考えるとオレもデュランダル元議長を悪く言えねーなぁと思って」

 いきなり悩み出したクロに毒気を抜かれ、シンは二の句が継げなくなった。クロはそのまま部屋の外に足を向ける。

「っちょっと?」

「〝ルインデスティニー〟調整してくる。博士拾ってきたとき充電のため接地圧最大値にしちまったから――あ、二人とも、準備整ったらオーブ攻めるから。そのつもりで話し合えよ」

 一方的な通達完了。反論も許さず消えていく。

「…………アンタ、変わってるな」

 その言葉は扉に阻まれより一層気まずくなる。

「わたしの方がアレの付き合い長いの。尊敬しなさいよ」

 肩を、叩かれる。ルナマリアの心から出た笑顔というものを久しぶりに見た、と思う。シンはその事実にうろたえながら、すべきことを思い描こうとして……できない自分に愕然とした。当時の最新鋭艦〝ミネルバ〟のエース、ザフト最後のスーパーエースが、何をしたらいいか分からない。だが、今ここから抜け出し〝プラント〟に密告というのも、正しいことと思えない。

(道義的には、テロリストの密告……すべきことだよなぁ)

 正しいことと感じられない。シンはとにかく首を傾げ続けた。

「おれは、戦うべきなんだろうか?」

「うーん……。わたしは無理強いしないよ。これ、メイリンとかに黙ってるのもかなりきっついから……」


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
1
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択