第十六話 ~~趙雲の懸念~~
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「とゆーわけで・・・・性は馬、名は謖、字は幼常。 真名は雪で~す。 よろしく♪」
城へと戻った一刀たちは、新たな仲間として雪を紹介するため、玉座の間に皆を呼びだした。
当の雪はというと、そろった面々にいっさい恐縮することもなく相変わらずの笑顔で開口一番に名乗って見せた。
「もー、雪ちゃんってばまた簡単に真名を・・・・はぁ~、もういいです。 みなさん、こんな子ですが、どうか仲間に入れてあげてください。」
「むぅ~。 朱里先生、それビミョーにひどくない?」
相変わらずの雪の軽さに少し呆れ顔の朱里の言葉で、雪は少しすねたように唇をとがらせている。
そんな二人のやり取りを見ながら、玉座に座っている桃香は“くすくす”と笑っていた。
「あはは、朱里ちゃんと雛里ちゃんのお友達なら大歓迎だよ。 私は劉備玄徳、真名は桃香だよ。 よろしくね、雪ちゃん♪」
「ありがとうございます桃香様。 他の皆さんはよろしいですか?」
笑顔で頷いてくれた桃香に朱里は“ペコリ”とおじぎをして、周りにいる仲間たちを見渡す。
その問いに、最初に答えたのは愛紗だった。
「ふむ、朱里の弟子ということなら問題は無いだろうが・・・・ご主人様はすでに了承しているのですか?」
さすがに桃香とは違い、愛紗は初対面の相手に簡単に名乗ったりはしない。
雪を見つめる視線を一刀の方に移して問いかけた。
「ああ。 まぁ朱里や雛里みたいに軍師ってわけにはいかないだろうけど、雪が強いのは確かだよ。 不良三人を簡単にやっつけちゃったしね。」
しかしそのケンカを止めようとして自分があっけなくやられたことは、情けないので黙っておく。
一刀の答えに、愛紗は満足したように頷いた。
「そうですか。 ご主人様がそうおっしゃるのであれば、私に異論はありません。 私は関羽雲長、真名は愛紗だ。 よろしく頼むぞ、雪。」
「鈴々は張飛、字は翼徳。 真名は鈴々なのだっ。」
「あたしは馬超、字は孟起。 真名は翠ってんだ、よろしくな。」
「私は馬岱、真名はたんぽぽだよ。 私たち歳近いみたいだし、仲良くしよーね♪」
愛紗に続いて、皆笑顔で雪に名乗っていく。
しかしその中で一人だけが黙ったまま、目の前に立つ雪をただじっと見つめていた。
「・・・・・・・・・・・・」
「ん? どうした星、お主も名乗ってやれ。」
「っ! あ、ああ・・・そうだな。 私は趙子龍、真名は・・・・・・・・」
「・・・・?」
愛紗の呼びかけでようやく口を開いた星だったが、真名を名乗る手前でまた言葉を詰まらせた。
いつもの饒舌な星らしくない様子に、周りの仲間たちは全員不思議そうに星を見つめている。
一刀も少し心配になって、黙ったままの星に問いかけた。
「星・・・・どうかしたのか?」
「・・・・いや、なんでもありませぬ。 私の真名は星だ、よろしく頼む。」
「・・・・・・?」
やはりどこかおかしい星の様子に両眉を寄せる一刀だったが、今はあえて問い詰めることはしなかった。
そんな周りの不安をよそに、雪と朱里と雛里の三人は笑顔でお互いの顔を見合わせている。
「みなさん、ありがとうございます。」
「・・・よかったね、雪ちゃん。」
「うん♪ ありがとう皆、桃香さま。」
「こちらこそ、仲間が増えて心強いよ。 ね、ご主人様?」
「え?・・・・ああ、そうだな。」
『例の噛みつきさえなければ・・・・』と心の中で思ったが、口には出さなかった。
それで怒った雪にまた噛みつかれては、たまったものではない。
“チラッ”と右手の功に目をやると、先ほどの歯形がまだうっすらと残っていて、あの時の恐怖が少しだけよみがえってきた。
被害者は主に男だと朱里は言っていたが、万一他の子たちが噛まれては大変なので、後日雪が居ないところで皆に注意することにした。
「あ! ねぇねぇ、ご主人様。 私、城の中見て回りたいんだけど。」
自己紹介もそこそこに、一刀に恐怖の種を植え付けた張本人は思い出したように目を輝かせて催促してきた。
「え? あぁ・・・それじゃあ朱里、雛里、二人で雪に城の中を案内してやってくれよ。」
「・・・はい。」
「わかりました。 それじゃあ雪ちゃん、行こう。」
「うん♪」
満面の笑みの雪を連れて、朱里と雛里は小走りで部屋を出て行った。
「あはは、三人とも嬉しそうだね。」
「えぇ。 久しぶりの再会で、感慨深いものがあるのでしょう。」
三人の背中を見送りながら、桃香と愛紗は頬を緩ませている。
いつも仕事に追われている二人だけに、心の底から喜んでいる様子を見ると自然と心が和む気がする。
二人の笑顔が増えた事だけでも、雪が仲間に加わってくれたことは大きな意味があったと言えるだろう。
「さて・・・とりあえず雪の事は二人に任せるとして、俺たちも仕事に戻ろうか。」
話に区切りをつけるように、一刀は口を開いた。
考えてみれば、朝は自分の我がままで蔵の整理、昼は愛紗の鍛錬とその疲れを癒すために街で息抜き・・・やらなければならない仕事は山積みだ。
もちろん自分から進んでやりたくなどないが、国を預かる大切な仕事をさぼってばかりという訳にはいかない。
「あぅ゛~、またお仕事かぁ~・・・」
「桃香様、そう落ち込まないでください。 私も手伝いますから。」
「はぁ~い。」
愛紗は苦笑しながら、うなだれる桃香をつれて部屋へと戻って行く。
「翠、鈴々たちも鍛錬の続きやるのだ。」
「おう! 次は負けね―からな!」
「あはは、頑張ってお姉さま。」
残る三人も愛紗と桃香に続いて仕事・・・・でなはいが、それぞれの用事があるようで、部屋を去って行った。
「よし、それじゃあ俺も部屋に戻るか。」
愛紗と桃香ばかりに仕事をさせていては、後で何を言われるか分かったものではない。
山積みの書簡と戦う覚悟を決めて、一刀は歩を進めた。
「・・・主。」
「!・・・・星?」
皆に続いて部屋に戻ろうとした一刀を呼びとめたのは星だった。
いつもあまり表情を変えない星だが、今はいつにも増して表情が硬い。
「どうかしたのか? なんだかさっきから元気ないみたいだったけど・・・・」
さきほど皆が居た時には聞けなかった疑問を口にする。
「いえ・・・・雪の事について、少々主に話がございます。」
「雪の・・・・?」
星の口から出たのは、一刀も予想していない言葉だった。
先ほどの星の様子から、恐らく何か考え事をしているのだろうとは思っていたが、それがまさか雪に対してのものだとは思わなかった。
「雪が・・・どうかしたのか?」
「はい。 私の思い過ごしであれば良いのですが・・・」
そこまで言って、星の表情は更に険しくなった。
「雪は・・・・あの娘は危険です!」
「え・・・・っ?」
星の突然の言葉に、一刀は思わず言葉を失った。
「い、いきなり何を言い出すんだよ星!?」
話の内容によってはただことではないだけに、問いかける一刀の声も自然と大きくなってしまった。
しかし一刀とは対照的に、星はいたって冷静に話を続ける。
「申し訳ありません、不仕付けなのは百も承知です。 ですが、これは我が軍にとって重要なことなのです。」
「・・・・・・・・・っ
そう言う星の目は真剣だ。
そもそも、星は人をからかうのは好きでも、人を貶めるような冗談は決して言わない。
『危険』・・・・星の言うその言葉の意味は理解できなかったが、一刀には十分衝撃的だった。
例の噛みつきの事があるにせよ、たとえ星がそれを見抜いたところで、ここまで真剣になるようなことではない。
ならば、星はいったいあの笑顔の絶えない少女のどこが危険だと言うのか・・・・
「いったい・・・どういうことなんだ?」
星の様子から事の重大さを悟り、一刀も冷静さを取り戻して問いかけた。
「私自身、はっきりとは分かりません・・・・しかし感じるのです。 あの娘の中・・・心の奥底に、何か得体の知れない気配を・・・」
「気配・・・・?」
「はい。 愛紗たちは気づいていないようでしたが、私は自身の武芸を磨くために何年も各地を旅してきました。 その中で出会った者の中には、表では笑っていても、裏には恐ろしい姿を隠している・・・・そんな輩を、何人も見てきました。」
「じゃあ、さっきすぐに名乗らなかったのは・・・」
あの時、皆が次々に雪に名乗っていく中、星だけがずっと雪に対してそういった考えを持っていたのだとすれば、真名を名乗るのをためらったのも納得がいく。
目の前の相手が微かでも不穏な気配を感じさせていたのであれば、そんな相手に素直に真名を預けられるはずがない。
それは、星がただのカンだけでこんなことを言っているのではないことを物語っていた。
もちろん一刀は、星の事を信頼している・・・・しかし、それは会ったばかりとはいえ雪に対しても同じことだ。
だからこそ、星の言葉は辛かった。
「なら星は・・・雪もそんな奴らと同じだって言うのか?」
「そうは申しませぬ・・・・しかし、あの娘がその者たちとどこか似た気配を持っていることは確かです。 仲間にするというのであれば、十分に注意は必要だと思います。」
「そんな・・・・」
この場合、一刀の質問に星が『はい。』と答えなかったのは唯一の救いといえるのかもしれない。
しかし、それでも『十分に注意する』ということは、仲間として迎え入れたはずの雪を疑うということ。
それは、一刀にしてみれば決してしたくない事だった。
「これがただの杞憂であれば、それに越したことはありませぬ・・・・しかし、どうか頭の隅には置いておいてくだされ。」
「星・・・・・」
『では。』と短く言って、星は部屋を後にした。
残された一刀は、星の背中が見えなくなった後もただ一人、部屋の真ん中で立ち尽くしていた――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
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「・・・・・・・・」
部屋に戻った一刀は、無言のまま机に向かっていた。
「・・・・・・・・あ゛―ー、ダメだっ! 集中できんっ!」
まとわりつく迷いを消し去ろうと頭を“ぐしゃぐしゃ”とかき混ぜてみるが、それで何かが変わるわけではない。
さきほどからなるべく気にしないようにと仕事に意識を向けようとはしているのだが、どうしても星の言葉が頭から離れず、筆を持つ手はいつもの半分も進んではいない。
さじを投げるように筆を机に放って、ため息を吐く。
「はぁ~・・・(いったい、雪の何が危険だって言うんだ・・・・)」
力の抜けたように椅子の背にもたれかかり、天井を見上げる。
この話は、桃香や他のみんなにはしていない。
皆に余計な心配をかけたくないというのもあるが、何より仲間内でいらぬ疑心を抱かせてしまうのが怖かった。
「(もし星の言うことが本当なら、雪は・・・)」
どんなに考えても、あれほどまでに明るい雪に裏の姿があるようには思えない。
しかしもし本当に、雪が星の言うような危険な存在ならば、その時は仲間にしておくわけにはいかなくなる。
そうなれば、朱里と雛里の笑顔まで奪うことになってしまう。
そんな考えばかりが頭の中をぐるぐる回って、とても仕事など手に付かなかった。
今回ばかりは、星の言うことが嘘であって欲しいと、心の底でもう何度願ったか分からない。
しかし次の瞬間、そんな一刀の不安を蹴散らすように勢いよく扉が開いた。
“バンッ!”
「ごっしゅじんさまーーーっ!」
「なっ!・・・・・雪っ?」
扉を壊さんばかりの勢いで現れたのは、今まさに一刀の悩みの中心となっている少女だった。
一緒に居たはずの朱里と雛里の姿は無いので、どうやら一通り城の中は見て回ったようだ。
現にこうして迷わず一刀の部屋に来た辺り、もうどこに何があるのかはだいたい覚えてしまったのだろう。
そして一刀の不安など知る由もない彼女は、相変わらず眩しいほどの笑顔を浮かべている。
「ど、どうしたんだ・・・雪?」
ついさっきまで雪を疑うようなことを考えていただけに、後ろめたさから少し声が上ずってしまった。
しかし雪はそんな一刀の様子に気づくこともなく、質問に答えた。
「あのねあのね、桃香さまが今夜私の歓迎会を開いてくれるんだって! それでもうそろそろ準備できるから、ご主人様も呼んで来いってさ。」
「え?」
雪の言葉でふと窓の外を見ると、確かに空はもう暗くなり始めていた。
考え事のせいで仕事は手に付かなかったが、それに反して時間はいつの間にか過ぎていたようだ。
「ほらご主人様、早く行こっ!」
「あ、あぁ・・・」
戸惑っている一刀などお構いなしに、雪は今にも駆けだしそうな勢いで催促してくる。
「・・・・・なぁ、雪・・・」
「ん? なぁに?」
ゆっくりと口を開いた一刀の声に、もう部屋の外へ出ようとしていた雪は足を止めて振り向いた。
そして一刀は真っ直ぐに雪を見つめ、言葉を続ける。
「雪はさ、俺たちの仲間になれて・・・・よかったか?」
「へ?」
突然の質問に、さすがの雪もすこし驚いたように表情を固めた。
しかしすぐにお得意の笑顔を浮かべ、彼女は自信満々に言い放った。
「もちろん! よかったに決まってるでしょ♪」
「・・・・・・・・はは、そっか。」
雪の答えを聞いた瞬間、一刀は自分の中で何かが吹っ切れたように小さく笑った。
一刀がなぜ雪にこんな事を聞いたのか、それは雪の答えで自分の迷いに答えを出そうとしたから。
今の雪の答えが彼女の本心なのかどうか、一刀に知る術は無い。
しかしそれでも、今目の前にある雪の眩しいほどの笑顔は、まぎれもない現実としてここにあるのなら・・・・今はそれが答えでいいと思えた。
「そんなこといいから! ほら、皆待ってるよ。」
「あぁ、分かったよ。」
元気よく外へと駆けだした雪に続いて、一刀も部屋を後にする。
「にしてもお前、昼にあんなに食べたのにまだ喰うのか?」
「何言ってんの、あれくらいじゃ全然足りなよ~だ。」
「へぇ~、それはそれは。」
笑顔で答えて見せる雪に、思わず一刀も笑みがこぼれた。
たとえ星の言っていた心配が現実になったとしても、その時の事はそうなってから考えればいい。
今はただ、新しい仲間が加わった喜びを皆で分かち合おう・・・・
自分の前を走る少女の白い背中を見つめながら、一刀はそう心に誓った。
しかし、この時一刀は・・・・恐らく星も考えてもいなかった。
星の言っていた不安が、以外にもすぐに現実となることを――――――――――――――――――――――――――
~~一応あとがき~~
はい、ちょっと短めの十六話でした。
最後まで読んでいただきありがとうざいますww
前回せっかく仲間になったのにいきなり星に疑われてしまった雪ですが、星の言っていた気配の正体とは・・・
それは次回の話で分かりますので、また読んでいただけるとうれしいですww
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前回から仲間に加わった雪こと馬謖。
そんな雪に対して、星は・・・・