第十四話 ~~緋(あか)い刀と白い少女
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「ふぅ~・・・けっこうあるもんだなぁ・・・」
「ですねぇ~・・・んしょっ!と」
額の汗をぬぐいながらの一刀の言葉に、朱里は大きな木箱を抱えたまま答えた。
今二人は何をしているのかといえば、城にある蔵の整理。
こんな仕事は普通なら侍女か、さもなければ兵にでも任せてしまえばいいのだが、なぜこうなったかというのは単純に一刀の我がままだ。
『ずっと机に向かってたんじゃ息が詰まる。』などと一刀が言いだしたため、気分転換も兼ねた蔵の整理に朱里も付き合っているという訳だ。
ちなみに、朱里といつもセットの雛里は、今は翠とたんぽぽの騎馬隊演習を見に行っている。
「はわわ~、すごいほこりです・・・けほっ、けほっ!」
「あはは、大丈夫か? 朱里。」
朱里が抱えていた木箱を置くと、その拍子に溜まっていたほこりが舞い上がり朱里の周りにまとわりつく。
朱里には悪いが、そのせいでせき込むその姿が可愛らしくてついつい笑ってしまう。
「はう~・・・大変ですぅ・・・」
一刀はともかく、いかんせん朱里は背が低い。
ちょうどほこりが多く漂っているくらいの高さに顔があるので、被害も大きいのだ。
「う~ん、小さい蔵だからすぐに終わると思ってたんだけど・・・少し疲れたな。」
相変わらずほこりの舞う蔵の中を見渡しながら一刀は小さくため息。
もともと城そのものがそれほど大きいものではないので、蔵も小さめだ。
しかしいざ中に入ってみると、二人の予想に反してたくさんの物がところせましと保管されていた。
中にはなかなか高そうなものもあるので、整理は要注意だ。
先ほどなど、もとの世界でテレビで見たことがあるような立派なつぼを朱里がふらつきながらに持ち上げたものだから、どれだけヒヤヒヤしたことか・・・
「でもやるって言い出したのはご主人様なんですから、最後までやらなきゃだめですよ?」
やっとほこりの被害から脱した朱里が笑顔で言う。
付き合いで手伝ってくれている朱里だが、初めから今まで文句ひとつ言いはしない。
きれい好きの朱里は蔵の整理も楽しんでいるようだ。
「ああ、わかってるよ。 えっと、この箱はそっちに・・・てうわっ!?」
“ガッシャーーンッ!!”
箱を持ち上げた瞬間、一刀はバランスを崩して乗っていた踏み台ごとひっくり返った。
その拍子に、再び大量のほこりが舞い上がる。
ようやくほこりの群れから抜け出したばかりの朱里も、再びほこりに囲まれてしまった。
「けほっ、けほっ・・・ご、ご主人様っ! 大丈夫ですか!?」
「いつつ~・・・あぁ、なんとかね。 朱里の方こそ、ケガとかしてない?」
「はい、私は大丈夫ですけど・・・」
「そっか、ならよかった。」
盛大に打ちつけた腰をさすりながら、朱里が無事だったことに安心して笑顔を向ける。
付き合わせている上に自分のせいで彼女にケガでもさせてしまったら、それこそ申し訳ないでは済まない。
「良くありません! もぉ~、こんなことでご主人様がケガでもされたらどうするんですか?」
「あはは、ごめんごめん。 気をつけるよ・・・・ん?」
頬を膨らませて可愛らしく怒る朱里に苦笑していると、足元に転がっている細長い木箱が目に付いた。
簡単に開かないようにひもで縛られていて、すすけてはいるがなかなか立派な箱だ。
どうやら、今転んだ時に上に積んであったのが落ちて来たらしい。
「何だろう? これ・・・」
まるで引きつけられるようにその箱へと手を伸ばし、ふたを縛っているひもをはずす。
「! これって・・・・」
ふたを開けると、入っていたのは鞘に収められたひと振りの刀だった。
一刀はそれをゆっくりと手に取り、食い入るように見つめる。
「これって、日本刀?・・・に似てるけど・・・」
祖父の家に、本物かどうか確かめたことは無いが一振りだけ日本刀が飾ってあったのを思い出した。
鞘に隠れていて刀身は見えないが、その反り返った形と、柄(つか)や鍔(つば)を見る限り、それは一刀の知る日本刀とそっくりだった。
「にほんとう・・・って何ですか?」
聞きなれない言葉に、朱里は“キョトン”と首をかしげる。
「あぁ、日本刀っていうのは俺が居た国で昔使われてた刀の事だよ。 これが本当にそうなのかは分からないけどね。」
普通に考えれば、こんな時代の中国に日本刀などあるはずもない。
おそらくたまたま似たような形に作られたのだろう。
「へぇ~、変わった形ですね。 そんなに細くて折れちゃったりしないんですか?」
「これはどうか知らないけど、俺の知ってる日本刀はそうとう頑丈だよ。」
別に日本刀について詳しいわけではないが、確かそうだったはず。
・・・にしても、あの諸葛孔明に物を教えるというのは少し気分がいいものだ。
「よし、ちょっと抜いてみよう。」
「え? 危なくないですか・・・?」
「大丈夫、大丈夫。」
心配する朱里をよそに、刀の柄に手をかけ、ゆっくりと力を込める。
“カチャ”
「・・・・すごいな。」
「わぁ~~、きれいですねぇ♪」
静かな音と共に鞘から放たれた光に二人は目を奪われた。
現れた刀身は、まるで日暮れ前の夕焼けを映したような美しい緋色に染まっている。
しかしその鮮やかさとは裏腹に刀身が放つ光は淡く、暗い蔵の中で自らを見つめる二人の顔を優しく照らした。
「・・・こんな刀、どうやって作ったんだ?」
緋色の刀身を見つめながら、一刀は首をかしげる。
こんな美しい色の刀は、一刀だって見たことは無い。
「あ! ご主人様、箱に何か入ってますよ?」
「え?」
朱里はなにやら、箱の中に残っていた古びた紙を見つけて取り出した。
広げてみると、どうやらそれはこの刀についての説明書きのようだ。
「えーと・・・これによると、どうやらその刀は、昔この辺りで名の知れた職人が作った物のようですね。 詳しい事は書いてませんが・・・銘は『緋弦(ひげん)』というらしいです。」
「へぇ~・・・」
朱里の説明を聞きながら、一刀はもう一度その緋色の刀身を見つめた。
「緋弦・・・か。」―――――――――――――――――――――――――――――
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「はっ!」
“ビュン”
「ふっ!」
“ビュン”
中庭に、刃が風を切る高い音が響ている。
もとの世界では毎日欠かすことのなかった竹刀(しない)による素振り。
それを、今一刀は真剣で行っていた。
「ふぅ~・・・真剣ってこんなに重かったのか。」
構えていた手をおろし、息を吐く。
今まで竹刀しか扱ったことのなかった一刀にとって、初めて手にする真剣の重みは相当のものだった。
この世界に来た最初の日、黄巾党の男と戦ったあの時も一応は真剣だったため正確に言えば初めてではないが、あの時の事は夢中だったのであまり覚えていない・・・・
「・・・そういえば、最近あの夢・・・見てないな。」
あの時の事を思い出すと、それと同時にあの時聞こえた謎の声の事も頭をよぎる・・・その声と会話をしたあの黒い世界の夢の事も。
考えてみると、黄巾党との戦いの日以来あの夢は見ていない。
「・・・まぁ夢の事なんていちいち気にしててもしょうがないか。」
変な夢の一つや二つは誰でも見るはずだ・・・
そう自分に言い聞かせて、夢の事はひとまず頭から消した。
「・・・でも、本当にもらっちゃって良かったのかな?」
右手に持った緋弦を空に掲げると、その緋色の刀身は日の光を浴びて青い空の中に鮮やかに輝く。
暗い蔵の中で見たのとはまた違った美しさだ。
結局あの後もこの刀の事が気になりっぱなしで、蔵の整理を終えてそのまま持ち出してしまった。
もちろん、一応桃香に確認はとったが『うん。 全然いいよ♪』と二つ返事で許された。
恐らく桃香自信も、蔵の物に関してはほとんど知らないのだろう・・・
あそこまで簡単に許されてしまうと、逆に不安になってしまう。
「・・・ま、いっか。 一応護身用って事で。」
今まで武器など特に持とうとしなかった一刀だが、不思議とこの緋弦だけは使ってみたくなった。
空に掲げた緋弦を降ろし、素振りを再開しようと構える。
「・・・ご主人様?」
「?・・・あぁ、愛紗。」
背後から聞こえた声に振りかえると、青龍刀を片手にした愛紗が立っていた。
「どうしたんだ愛紗? 青龍刀なんか持って・・・」
「はい。 少々時間が空いたので鍛錬でもと。 ご主人様こそ、こんなところで何を・・・・それは?」
愛紗は話の途中で一刀の右手にある刀に気づき、首をかしげた。
「美しい刀ですね・・・こんな刀は私も見たことがありません。 一体どこでこんなものを?」
緋弦の放つ淡い光の美しさに、愛紗も感動しているようだ。
目を輝かせて、一刀の持つ緋弦の刀身を見つめている。
「あぁ、さっき蔵の整理をしてたら見つけたんだよ。 なんだか気に入っちゃって、一応護身用にでも持っとこうかと思ってね。」
「それは素晴らしい。 ご主人様自ら身を守る術を持っていただければ、いざという時に私たちも安心です。」
「あはは、まぁ俺がいくらがんばったところでたかが知れてるけどね。」
「そんな事はありませんよ。 そうです、せっかくですから私が稽古をつけて差し上げましょう!」
「えぇ!? 愛紗が!?」
「はい。 どうせやるのなら素振りなどでなく、実際に打ち合った方が上達も早いというものです。」
「いやいやいや、無理だって! 俺はほとんど初心者なんだぞ!?」
“ブンブン”と顔の前で手を振って、なんとかこの状況を回避しようとする。
そうでなくとも、相手はあの武神・関雲長だ。
下手をすれば、命の危険すら考えられる。
「ご安心ください。 ちゃんと加減は致しますので。」
「そ、そういう問題じゃなくて・・・」
一刀の言葉などまるで聞かずに、愛紗は手に持った青龍刀を構える。
「愛紗、ちょっと待・・・っ」
「では、行きますよ。 はぁーーーー!!」
「ぎゃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!」
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「はぁ゛~・・・死ぬかと思った。」
「・・・大丈夫ですか? ご主人様。」
「うん、何とかね・・・・いつっ。」
心配してくれる雛里になんとか笑顔を返しつつも、体のいたるところに残った痛みに顔をゆがめる。
「もぉ~、愛紗さんったら加減を知らないんですから・・・」
雛里と反対側では朱里が頬を膨らまして眉をひそめている。
「あはは、俺が弱すぎるのがいけないんだよ。」
あれでも愛紗は、相当手加減をしてくれていたはずだ。
にもかかわらず、結局何度やってもほとんど一撃で吹き飛ばされ、いちばんもった時でさえ三回打ち合うのがやっと。
今でさえ、愛紗の豪雨のような攻撃を受け続けて両手はしびれたままだ。
それでもなんとか愛紗の地獄の訓練を終え、今はボロボロの体を引きずりながら朱里と雛里を連れて街へ買い物に来ていた。
一応、腰には緋弦を携えたままだ。
「あう・・・痛そうです。」
隣を歩く一刀の服からのぞく傷を見ながら、雛里は悲しそうな声を出す。
「心配してくれてありがとう雛里。 でも本当に大丈夫だから、そんな顔しないで?」
「あっ・・・・はい♪」
笑顔で優しく頭を撫でてやると、安心したのか雛里の表情も柔らかくなる。
正直に言ってしまえばいまだに全身が“ヒリヒリ”と痛むが、雛里の笑顔のためにはここはグッと我慢だ。
「むぅ~~・・・・・」
おっと・・・忘れるところだった。
もう一人隣で可愛らしく膨れている女の子の頭も同じように撫でつけて・・・・
「朱里も、ありがとう。」
「えへへ・・・はい♪」
これで、無事に右も左も笑顔だ。
「あ・・・そういえば何を買うんだっけ?」
二人のご機嫌も取ったところで、買い物の内容を確認する。
「えっとですね・・・頼まれたのは墨と、お茶と、塩、それから・・・・メンマです。」
「あぁ・・・メンマね。」
もちろん、これは城を出るときにたまたま会った星から頼まれたものだ。
『手が空いていたらで構いませんので。』と星は涼しい顔で言っていたが、もし買って帰らなければどれほど恐ろしいことになるかは容易に想像がつく。
たとえ他の物は買い忘れても、メンマだけは忘れるわけにはいかないのだ。
買い物のついでのはずなのに、必然的にメンマはこの買い物の最優先事項となっていた。
「まぁ、それくらいならすぐ買えるかな。 せっかくだし、早く終わらせて三人で少し市を見て回ろっか?」
「はい♪」
「・・・はい♪」
一刀の提案に、二人は今まで以上の笑顔で返事をする。
そんな二人を連れて、一刀は買い物へと向かった。――――――――――――――――
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「ふぅ~・・・やっと終わったな。」
「そうですね。」
予想していたよりも少し時間はかかったが、無事に全ての買い物を終えて三人は通りを歩いていた。
一番時間を使ったのはやはりメンマだった。
星の気に入りそうなメンマを・・・というか、今日に限ってメンマを置いている店がなかなか無かったので、メンマそのものを探すのに街中を歩き回った。
最後に買った塩は大きなつぼ入りで持って帰るのは少々大変だったので、店のおじさんに頼んで他の荷物と一緒に城に送ってもらうことにした。
そんなわけで、今三人の手には荷物は一つもない。
「さてと、それじゃあ約束通りどこか見て回ろう。 二人とも、どこか行きたいとことかあるかな?」
「あ、はい。 今日はお気に入りの本の新巻が出るので、本屋に行ってもいいですか?」
「・・・・“コクコク”」
「ん、りょーかい。 それじゃあ行こうか。」―――――――――――――――――――
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「じゃあ、俺は外で待ってるから。」
「すみません。 すぐに終わりますから。」
「急がないでいいよ。 他にも見たい本があったらゆっくり見ておいで。」
「はい、ありがとうございます。 行こう、雛里ちゃん。」
「・・・うん。」
“ヒラヒラ”と手を振る一刀に“ペコリ”とおじぎをして、朱里と雛里は本屋の中へと入って行った。
一刀としても最近は少しずつ文字も読めるようになってきたので、簡単な本なら読めるしそれがなかなか楽しい・・・のだが、まだ朱里たちが薦めてくれた本が未読のまま部屋に積んであるので、新しい本に手をつける余裕は無い。
ということで、一人外で待つことにした。
「それにしても、あの二人は本当に本が好きだなぁ。」
城に居ても、仕事がない時は本を読んでいる姿をよく見かける。
さすがは歴史に名を残す二人の名軍師、自軍が誇る軍師としては頼もしい限りだ。
店の前で腕を組んで、“ウンウン”と感心してみたり。
「何だとテメェー!!」
「!?」
突然響いた怒声に、思わず“ビクッ”と体が跳ねてしまった。
声の聞こえた方を見ると、なにやら人だかりができている。
「・・・何の騒ぎだ?」
警邏中では無いとはいえ、仮にもこの街を治める君主として見つけた騒ぎを放っておくわけにはいかない。
一刀は急いで人だかりの中へと駆けだした。
「すいません・・・ちょっと通して・・・」
厚い野次馬の壁の中を、かき分けるようにして進んでいく。
「はぁ、やっと出れた・・・ん?」
人の林を抜けた先にあったのは、なにやら珍しい光景だった。
さっき聞こえた怒声からきっと喧嘩だろうとは予想がついていて、実際小さいケンカくらいならこの街でもさほど珍しくはない。
そしてそこで起こっていた騒ぎも、一刀の予想通りケンカには違いなかったのだが、それでも一刀の知るケンカとは少し違っていた。
一方は三人組の大柄の男で、いかにもケンカ慣れしているような風貌。
だがその三人と対峙しているのは、なんとたった一人の少女だった。
歳はおそらくたんぽぽと同じくらいで、背中にはなぜか二本の槍らしきものを背負ったその少女は、三人の男を前にひるむことなく凛と立っている。
一刀はしばらく、その光景に目を奪われた。
と言ってもこの状況そのものにではなく、その少女の姿にである。
少女の姿を見た瞬間、この世界に来て初めて愛紗の姿を目にした時と似たような感動が、一刀の胸を満たした。
・・・白い少女だった。
もし街中で彼女を見かけなかったか、と人に尋ねるとしたら、ただ『白い女の子』とだけ言えば、きっと誰にでもすぐに伝わるだろう・・・
そう思えるほどに、少女の身体は白に包まれていた。
雪化粧をしたかのような真っ白なショートカットの髪と、その前髪の下に見える同じ色の白い眉。
ガラス細工のように透き通ったようなその肌も白なら、その身を包む衣装も、背中に背負った二本の槍も、全てが白。
そんな彼女の身体の中で唯一その瞳だけは、空に透かしたガラス玉のように青く澄んでいた。
それはまるで雪でつくられた人形が動き出したかのような、それほど白く・・・美しい少女だった。―――――――――――――――――――
さて、というわけで十四話目でした。
え~と、今回最後のほうにちょっとだけ登場したオリキャラですが・・・・誰だかわかりますかね?
ヒントは本編に書いてあるとおり『白』です。
この白い少女の正体は次回わかるので、それまでお楽しみにww ノシ
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十四話目です。
今回は前回予告したとおり、一人オリキャラが登場しますww